ホームルームの時間を終えた後の教室は二つの空気に分かれていた。一つは女子校と言っても差し支えなかったIS学園にやって来た男生徒三人を見ようとして集まってきた生徒たち。一年生の他のクラスは勿論の事、二年生や三年生までこの場に集まってきている。そしてもう一つは真輝の発言に困惑したり蔑んだような目を向ける一年一組の生徒たち。元ブリュンヒルデである織斑千冬を倒すという言葉が本気なのか戯言なのか判断しかねている様だった。それでも女尊男卑信者たちは女性の象徴ともいえる織斑千冬に逆らう様な言葉を言った真輝のことを敵視しているらしいが。
そんな中、渦中の人物である真輝は自分の机に座って教科書を読んでいた。今年から高校に入学する予定だったが適性検査で適性があることが判明したためにIS学園に強引に捻じ込まれたのだ。ISに関わるとなるとそれ相応の知識が必要となってくる。一般の学校なら上位に食い込む程の成績を持つ生徒が山ほどいるのだ。だから真輝は開いた時間を使って少しでも知識を詰め込もうと努力している。もっとも、それが実るかどうかは別なのだが。
「ちょっと良いか?」
そんな真輝に話しかける人物が一人、如月蓮夜だ。三人しかいない男生徒の内の一人である織斑一夏がポニーテールの女生徒に連れて行かれたので残っていた真輝に話しかけたのだ。しかし話しかけられても真輝は反応を見せずに教科書を読んでいる。余程集中しているのかと蓮夜は考えて真輝の肩を叩いた。するとようやく反応を見せて真輝は蓮夜を視界に入れた。
「悪りぃ、ちょっと良いか?」
「はぁ……何か?」
「いやいや、三人しか男がいないわけだから仲良くさせて貰おうと思ってさ。俺は如月蓮夜だ、蓮夜って呼んでくれ」
「あぁ、ご丁寧にどうも。橘真輝です、お好きな様に呼んでください。キララギさん」
「違う、如月だ」
「失礼、噛みました」
そこまで言って二人は堪えられなくなったのか笑いを漏らした。そして何故かこの光景を見ていた女生徒の一部が鼻息を荒くして興奮している。
「まっさかこのネタを理解してくれるとはな」
「親父がアニメが好きで、その影響ですよ」
そして二人は話し出した。その内容にこの学園についての愚痴や不安が多かったのは仕方の無いことだろう。なにせ女子校に男が入れられるというドラマの様な展開が現実で起こったのだ。第三者として見るなら兎も角、当事者になるのは避けたいところだろう。
「ーーーそういやぁよ、あの発言本気か?」
「あの発言とは?」
「織斑先生倒すってやつ」
蓮夜の質問にただでさえ向けられていた視線がより一層強くなって二人にーーー正確には真輝に向けられる。女子の噂の伝達は速いものでこの場にいる女生徒の耳にも届いている。それが単なる噂なのか本気で言ったのか気にしているのだろう。
「本気ですよ」
そしてそれに対する真輝の答えは是だった。多くの人間から注目されているというのに萎縮する事なく胸を張って堂々としている。その言葉を聞いて女生徒の中にあざ笑うかの様な視線と蔑む様な視線と敵意を含んだ視線が増えたのだが真輝はそれでも自分の発言に言い訳をしようとはしなかった。
「ふーん、ほーん、へーん……」
真輝の答えを聞いた蓮夜は感心する様な興味深い物を見つけた様な目を向けていた。織斑千冬と言えば公式でのIS戦闘において全勝無敗というレコードを打ち立てた名実ともに世界最強に相応しい人物である。本人はそんな素振りは見せていないが女尊男卑の信者たちからは自分たちの思想の教祖であるかの様に掲げられている。そんな存在に向かって堂々と倒すと言ってのける人間に興味を抱かないはずが無い。
まだ言いたい事があったのか蓮夜が口を開こうとしたと同時に授業の開始を知らせるチャイムが鳴り響く。教室の外にいたはずの女生徒たちはいつの間にかいなくなっていた。
「席に着け、授業を始めるぞ」
千冬が麻耶を引き連れて教室に入る。女性操縦者の憧れともいえる存在で教師である千冬の言葉に逆らおうと考えるものはいないのかその指示に従って一年一組の生徒たちは自分の席に戻っていく。
「じゃ、また後でな」
「はい」
まだ言いたい事があったが授業が始まるとなると仕方が無いと蓮夜は自分の席に戻っていく。そんな蓮夜に一言返しながら真輝は机の中から次の授業の教材を出していた。
蛇足だがもう一人の男生徒である織斑一夏は遅れて戻ってきて、ポニーテールの女生徒共々千冬に頭を出席簿で叩かれていた。
「(ま、マズイ!!まるで意味が分からん!!)」
千冬監督の中麻耶の授業が行われているが一夏は麻耶の言っていることがまったく理解出来ていなかった。それと言うのも必読と念を押されて渡されていた参考書を一夏は誤って捨ててしまい、予備知識無しで授業に臨んでいるからだ。ちらりと周りを見れば誰もが麻耶のいう事や黒板の板書をノートに書き写している。自分と同じ男生徒の蓮夜と真輝もだ。
「えっと……織斑君、ここまでで分からないことはあるかな?」
説明を止めて教室を見渡した時に顔色のおかしかった一夏に麻耶が尋ねる。今年初めて副担任という役職に抜擢されたので張り切っているのだ。それに今まで過ごした環境と異なる環境に放り込まれた彼らを心配しての事だろう。
「ーーーすいません、ほとんど分からないです」
「……え?」
その言葉にミシリと何かが軋む様な音が聞こえた気がした。麻耶は慌てながらも一夏がどの部分が分からないのか尋ねる。するとそのすべてが分からないと一夏は吹っ切れたのか胸を張って答えた。
「……織斑、貴様必読と書いてあった参考書はどうした」
「電話帳と間違えて捨てました!!」
「威張って言うことか!!馬鹿者!!」
繰り出される出席簿の一撃に一夏は机の上に突っ伏す事になる。千冬は自分の弟が馬鹿な事をやらかしたと頭に手を添えていた。
「うぅ〜……き、如月君は!?」
「事前に学習しておいたんで今の所は大丈夫っすよ」
「よかった……」
如月グループの御曹司ということもあり蓮夜の頭は英才教育の影響で良い部類に入る。これで蓮夜が分からないと言っていたら麻耶の心はポキリと折れてしまっていただろう。
「じゃ、じゃあ橘君は?」
「……」
「た、橘君?」
麻耶の問いかけに答える事なく真輝は真剣な表情でノートを綴っている。それを見て真輝の状態に気づいた千冬が真輝に近づき、授業の始まる前のように出席簿で真輝の頭を叩いた。だが威力はこちらの方が圧倒的に弱く、効果音をつけるならポスン程度のものだった。それでも真輝を正気に戻すのには十分だったらしくノートを書く手を止めた。
「えっと、何か?」
「橘、授業についていけているか?」
「残念ながらまったくついていけてないです」
真輝の言葉を聞いた一夏が同志を見つけたと言わんばかりに顔を輝かせるがそれは千冬が投げた出席簿が頬をかすめる事で曇る事となる。
「そうか、だがそれは仕方無いな。覚えるつもりはあるのだろう?」
「当然です、ボイスレコーダーにも録ってありますし。まぁそれでもわからない事があったら質問する事になると思いますけど」
「ならば良し、誰かの様に電話帳と間違って捨てるような事をしていないしな」
千冬の反応を聞いた麻耶以外の全員が驚く事になる。例え実の弟でも体罰をする千冬が授業についていけていない真輝を庇うような反応をしているのだ。
「せ、先生!!それって差別じゃありませんか!?」
一人の女生徒が叫ぶようにそう告げた。確かにこの千冬の発言は何も知らない者たちからすれば差別と取られてもおかしくない発言だ。千冬はどうしてこのような発言をされたのか分からないという表情になったが橘真輝という男生徒の詳しい説明をしていなかったことを思い出す。
「橘、お前の事について話すが良いか?」
「構いませんよ、そうでもしないと納得出来なさそうですし」
「そうだな、まったく頭の痛い……橘は過去に頭に受けた傷のせいで記憶力の低下が見られる。無論覚えられなくは無いが時間がかかる。この事は既に全教員に通達されている事だ。あと、こいつはアスペルガー症候群を発症している。感染するような病気じゃなく分かりやすく言えば集中しすぎてしまう病気だ。話しかけても反応が無い場合には軽く衝撃を与えれば元に戻る。諸君らもこの事を念頭に置いて橘と接してやってくれ」
さらりと千冬の口から告げられた内容に何人かは同情するような目を向けるがほとんどが嫌悪の目を真輝に向けていた。自分たちよりも劣っているのに千冬に守られているのが気にくわないのだろう。蓮夜はそれを聞いて関心を強めたが一夏は嫉妬を孕んだ目で真輝のことを睨んでいた。姉に擁護されるような発言をされた真輝の事が羨ましいのだろう。
教室の空気が一変するが千冬と真輝は気にした様子を見せない。真輝は自分が他者よりも劣っている事を自覚していながらそれを追い越そうと努力しており、千冬は真剣に自分の事を倒そうと努力している真輝のことを評価しているからだ。
だから真輝は他人からの評価など気にしない。気にしている暇があるなら己を研鑽する事に時間をかけたいと思っているから。
だから千冬はそれ以上真輝に気をかけない、彼ならばこの環境でも折れる事なく自分を倒すための研鑽を積み重ねると信じているから
「それでは山田先生、授業の再開を」
「は、はい!!」
険悪な空気に包まれた教室内でいつか真輝が自分の前に敵として立っている場面を想像して千冬は微笑んでいた。そんな千冬の反応が珍しかったのか麻耶は慌てながら授業を再開させる。
結局この空気は授業が終わるまで変わる事は無かった。
主人公こと真輝君の簡単なスペック
・記憶力が低い(過去に受けた傷が原因)
・アスペルガー症候群(興味を引かれればそれに集中しすぎる)
・自分が劣っていることを自覚している
・それでも努力している
・???(秘密)
真顔で織斑千冬を倒すと発言しているので学園にいる女尊男卑主義者を敵に回すという、更に織斑千冬に擁護されるような発言をさせたことで織斑千冬信者+ワンサマから敵意を向けられることになりました……なんだこのハードモードは(唖然)
それでも真輝君は諦めずに打倒織斑千冬に向けて頑張っています。彼がこのハードモードを乗り越えるためには仲間を作ることですね。そうじゃないと一人でこのハードモードを乗り越えろとか不可能です。
まぁ真輝君なら嬉々としてハードモードを無意識で煽ってルナティックに昇華させた挙句に特攻していきそうですけど。
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