すでに《ソードアート・オンライン》の正式サービス開始から一ヶ月がたった。
一般的なMMORPGならば、そろそろ初期のレベル上限に到達するプレイヤーが現れ、ワールドマップも端から端まで探索され尽くされそうかという頃だ。
しかし、このSAOではトップ集団でも、レベルは10やそこらだ。
そして、浮遊城アインクラッドも、全面積の僅か数パーセント程度しか踏破されていないだろう。
それほどまでに攻略が進まないのは、これがデスゲームだからだろう。
この世界でHPが0になれば現実の体は死ぬ。
それなのにわざわざ危険を犯してまでダンジョンやフィールドを攻略しようという奴はそうはいない。
大抵は《はじまりの街》に籠っている。
そんな中で俺たちはその危険なダンジョンに足を踏み入れていた。
そこで俺たちは《流星》を見た。
背景は夜空じゃない。
薄暗い迷宮の奥底でだ。
ーーーーー
その戦いぶりはまさに息を呑むような戦いだった。
レベル6のモンスター、《ルインコボルド・トルーパー》の振りかざす手斧をこちらがヒヤヒヤするような紙一重の間合いで躱す。
それを三度繰り返すとコボルドが大きく体勢を崩すので、その隙に細剣のソードスキルでコボルドの体を穿つ。
ソードスキルの名前は知らない。
でも、とてつもなく速い。
あれはシステムのモーションアシストに加え、プレイヤー自身の運動命令によって速度をブーストしている。
キリトもこれをやってたし、俺も最近は出来るようになった。
だが、速度は比べ物にならない。
その純白のライトエフェクトはまさにリアルで何度か目にした流星だった。
そしてその
「っ!」
俺は倒れた彼女に近づいた。
遅れてキリトも近づいてきた。
向こうは十五メートルほど離れた場所にいた俺たちに気づいていた。
さらに数歩近づくと俺たちの足音に気付き、肩をピクリと震わせたが、それ以上動こうとはしなかった。
恐らくモンスターではないと分かったからだろう。
レイピア使いは無言で、どこかに行け、という意思を強く表していたので俺はそこで立ち止まったが、キリトはそのまま進み、レイピア使いの少し前で立ち止まった。
そしてキリトは口を開いた。
「さっきのはオーバーキルすぎるよ」
返事は無かった。
キリトは、オーバーキルの説明をした。
レイピア使いはその後も十秒以上も無反応だったが、ようやく小さな声がフードの下から零れた。
「・・・過剰で、何か、問題があるの?」
透き通った声で返事を返してきた。
キリトはなぜか驚いていた。
その理由は数秒後に理解できた。
あいつ、あの子を男だと思ってやがったな・・・。
ーーーーー
どうやら彼女は三、四日もここから出ずに狩りをしていたらしい。
彼女曰く、ダメージを受けなければ薬はいらないし、剣は同じのを五本買ったし、休憩は近くの安全地帯で取ってるから帰る必要はないらしい。
ぶっ飛んでやがる。
こんな狩りの仕方をしていればとっくに集中力は切れているはずだ。
しかし、現に彼女はいまここで立っているし、いや座っているし、ケープはそれほどの戦闘を越えてなお、形を残していることから、ダメージを受けないというのは大袈裟では無いようだ。
「・・・そんな戦い方してたら、死ぬぞ」
いきなり爆弾発言。
だが、確かに間違ってはいないと思う。
しかし、レイピア使いのヘイゼルに見えた瞳は薄赤く底光りしながら俺たちを射抜いた。
「・・・どうせ、みんな死ぬのよ」
「たった一ヶ月で、二千人も死んだわ。でもまだ、最初のフロアすら突破されていない。このゲームはクリア不可能なのよ。どこでどんなふうに死のうと、早いか・・・遅いかだけの、違い・・・」
信長かよ。
そして、それを言い残して去ろうとしたレイピア使いは突然、しかし緩やかに地面へと崩れ落ちた。
ーーーーー
俺とキリトは協力して彼女を運び出した。
どうやったとか聞くなよ。
そして、しばらくして運び出したフェンサーは目を覚まし、少し顔を持ち上げた。
そして目を覚ましてからの第一声は
「余計な・・・ことを」
ちょっとひどくない?
泣きそうなんだけど。
「余計な・・・」
再び口を開こうとした、フェンサーの声を遮って、キリトは声を発した。
「あんたを助けたわけじゃない」
マジかよ、俺は助けたつもりだったんだけど。
そう思った俺を尻目にキリトとフェンサーはさらに会話を続けた。
「なら、なんで置いていかなかったの」
「助けたかったのは、あんたが持ってるマップデータさ。あんたと一緒に消えるのがちょっともったいなくてね」
キリトくんマジツンデレ。
フェンサーは一瞬黙ったが、すぐに
「なら、持っていけば」
キリトは足下に投げられた小さなスクロールを手に取った。
「それで、あなたの目的は達したでしょう。じゃあ、わたしは行くわ」
そう言って少しふらつきながらも立ち上がり、迷宮区へと戻ろうと、歩き出した。
そこで俺は彼女を呼び止めた。
「ちょっと待って!」
「・・・・・・」
無視されちょっと傷ついたが、言葉を続けた。
「あんたも、基本的にはゲームクリアのために頑張ってるんだろ?なら、《会議》に顔を出してみたらどうだ?」
「《会議》?」
背を向けたままフェンサーは返事をしてきた。
「今日の夕方、迷宮区最寄りの《トールバーナ》で、一回目の《第一層フロアボス攻略会議》が開かれるらしいんだ」
ーーーーー
ここ、アインクラッドは上層に向かうにつれて細くなっていく構造をしている。
そのため、当然一番広いのはこの第一層だ。
第一層には、中小規模の町や村が点在するが、その中でも最大の大きさを誇るのが迷宮区から程近い谷あいの町《トールバーナ》だ。
俺たちは街区圏内に入った。
しかし、未だに俺たちの後ろを歩くフェンサーは気を緩めるつもりは無いらしい。
「アイツ本当すごい集中力だよな」
「まったくだ。早朝にここを出た俺たちでさえこの消耗だっていうのに、あれじゃあ端から見れば三、四日迷宮区に潜ってたようには見えないぞ」
俺とキリトは言葉を交わしつつ、後ろを歩くフェンサーをちらりと見る。
しかし、無駄口を叩けるような雰囲気では無かったので事務的なことをレイピア使いに向けて言葉を掛けた。
「会議は町の中央広場で、午後4時かららしいぞ」
「・・・・・」
彼女の顔がフードの中で僅かに上下した。
しかし、止まることなく俺の前を歩いていく。
「妙な女だよナ」
いきなり背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「すぐにでも死にそうなのに、死なナイ。どう見てもネトゲ素人なのに、技は恐ろしく切れル。何者なのかネ」
「知ってるのか、あのフェンサーのこと」
キリトは咄嗟に尋ねていた。
そのあとすぐに、しまった、という顔をしていたが最早手遅れだった。
すばしっこそうなクロー使いは指を五本立てながら言った。
「安くしとくヨ。五百コル」
頬には動物の髭のようなものがある。
俺もキリトもそれぞれなぜそんなマーキングをしているのか聞いたことはある。
すると、「女の子に化粧の理由なんか訊くもんじゃないヨ」と怒られた直後に「十万コル払えば教えるヨ」と言われ、しぶしぶ引き下がった。
俺はそれで諦めたが、キリトは「激レアアイテムのひとつも拾った暁には本当に十万コル払ってやる」と意気込んでいた。
キリトは仏頂面で答えた。
「女の子の情報を売り買いするのは気が引けるんで、遠慮しとく」
「にひひ、いい心がけだナ」
ふてぶてしい台詞を吐き、恐らく、アインクラッド初の情報屋、通称《鼠のアルゴ》はけたけたと笑った。
「で?今日もまた、本業の取引じゃなくて、いつもの代理交渉か?」
すると、次はアルゴが渋面になり、俺たちの背中を押して、路地裏に入った。
人には聞かれたくない話らしい。
細い路地の奥まで来ると、アルゴは民家の壁にもたれかかり、口を開いた。
「まあナ。二万九千八百コルまで引き上げるそーダ」
「ニーキュッパときたか」
そう、最近、キリトの武器を買い取りたいという依頼人がアルゴを通じて取引をしている。
その依頼人というのが少々面倒な人らしく、何度キリトが断ってもしつこく買い取ろうとしてくるのだ。
「悪いけど、何コル積まれても答えは同じだ。売る気はないよ」
「オレっちも、依頼人にそう言ったんだけどナー」
キリトの武器はよく強化されている。
俺の《アニールブレード》は+が4なのに対して、キリトは+が6という強化値だ。
だからといって相場の数倍も払って買うようなものでもない。
所詮は《序盤の装備》だからな。
「そいつが払った口止め料、千コルだっけ?」
「そーだナ。上積みする気になったカ?」
「どっかの女性プレイヤーが俺のパーソナル情報をお求めになったら知らせてくれ。その人の情報を買うから」
「んじゃ、依頼人には今度も断られたと伝えとくサ。ほんじゃまたナ、キー坊、ロー坊」
そう言って、アルゴは渾名に相応しい敏捷さで人混みを走り抜けた。
ーーーーー
俺とキリトが町を歩いていると、一人でパンを食べている、フェンサーを見かけた。
俺たちもそこで少し腹ごしらえをしようと思ったのだが、
「あ、やべ、もうパン無くなっちゃった。悪いキリト。俺パン買って来るからアイツと一緒に食っててくれ。
俺は適当に食って直接広場に向かうよ。」
「ああ、分かった」
こんなことならたくさん買っておけば良かったな。
そう思いながら、歩いていると曲がり角から人が飛び出してきた。
「うわっ!」
俺は咄嗟に避けようとしたが、間に合わず衝突してしまった。
そうして、俺の上に飛び出してきた人が乗っかっている状態のまま声を掛けた。
「大丈夫か?怪我はない?」
「うん、ボクは大丈夫だよ。ごめんね急に飛び出してきて」
「いや、いいよ」
そんな、何気ない会話をしていたのだが、俺は底知れない違和感を感じていた。
まさか、もしかして、俺の上に乗ってるのは・・・、
「ユウキ!離れて!」
そう思っていると、人が飛び出してきた曲がり角から女の子が叫びながら走ってきた。
「えっ・・・」
走って来たかと思うといきなり俺に剣を突きつけてきた。
ほんの一瞬だが、俺は恐怖に似た感情を覚えた。
俺を鋭く睨み付ける目の色は・・・“赤色”だった。
「っ!」
その女の子は予備動作ほぼなしで俺に向けて剣を放った。
俺は咄嗟に虚空から剣を抜き出してその剣を弾いた。
女の子が再び剣を放とうとすると、俺と彼女の間にまたまたある女の子が立ちはだかった 。
「二人ともストーップ!!」
その女の子は俺とぶつかった女の子だった。
「アリア、その人は悪くないよ。ボクがぶつかっちゃったんだ。だから、剣を収めて、ね。それに、お兄さんも剣を収めて」
「そういう事だったのね。いきなり斬りかかってごめんなさい。お詫びをさせてくれませんか?」
「いや、お詫びなんて・・・。別にわざとじゃないんなら、別にこれ以上はいいよ」
「ですが・・・」
それでもなお食い下がるアリアという子を見て、俺は思いついた。
「実は今仲間と別行動してるんだけど、一緒にご飯食べる人がいないんだ。だから飯に付き合ってほしいなぁなんて」
ちょっと難しいかなと思ったが案外あっさりOKが出たため、俺たちは一緒に飯を食べることになった。
ーーーーー
「もしかして、二人も今日の会議に参加するの?」
「うん、そうだよ」
「へぇ、そうなのか。実は俺たちも参加するんだ」
「そうなんだ~。あ、そうだ!ロンドの仲間は何人いるの?」
「俺の仲間か?三人だけど」
「じゃあさ、ボクたちと組もうよ!」
「いいな、そうしよう。っと、アリアもそれでいいのか?」
「ええ、あなたが一緒にパーティーを組んでくれるなら心強いわ」
そう言って飯を食べているうちに会議の時間が近づいてきたため俺たち三人は広場へ向かった。