暗闇の中に、気配を感じる。一つや二つではない。十、二十・・・まだ増えている。空間が歪んだようにぐにゃりと歪ができたと思ったら、すぐさま背筋を悪寒が襲う。それはまごうことなき死の気配。
それから逃げるために、必死で足を動かす。
どうしてこんなことになったのかなんてわかりきっている。
バイトの帰り道。普段であれば一人暮らしをするアパートで夕食のカップ麺を啜りながらテレビを見ている時間だ、そんな時間を何も変化のない日常の楽しみにしていた、そんな矢先で遭遇した異形の物達。昨今頻繁に出没するようになった〝ノイズ〟と呼ばれるそれらは此方を捉えると一目散に追いかけてきたのだ。しかも、走り出して時間が経過するごとに増えていくという何とも嬉しくないおまけ付きで。そこまでして自分に恨みでもあるのかと問いただしたいが、生憎とこの死神のごとき生き物には言葉という概念は存在しないらしい。
いや、そもそも生き物かどうかすら怪しいが。
そして、いつの間にかあたりは星の光さえ遮るかのような深い闇に変わっていた。鼻を抜ける錆びついた鉄の臭いと、潮の香り。近々取り壊し予定の廃工場のある沿岸まで来ていた。自宅付近を歩いていたということを考えると随分と走ってきたことがわかる。汗が滝のように滴り、足がガクガクと震える。おまけに喉もカラカラ、声も擦れてきた。
後ろを振り返る。気配は・・・ない。と思いたい。ヘンに警戒心をとがらせて軽く疑心暗鬼になりそうになっているところに、声が聞こえた。
「そこどいて~!」
振り返れば、奇怪な恰好で走ってくる女の子の姿が。ぴっちりとしたボディインナーに、ゴツゴツそした装飾品をこしらえた上、露出度もそれなりに高い。ノイズの次は変態かよと驚愕していると、ヘンなのが恰好だけでなく様子もだということに気が付く。女の子・・・夜で辺りも暗いが視力には自信がある、見た目は幼いが躰の作りからして高校生といって差支えないだろう。そんな子があんな速さで走れるはずがない。今の彼女を例えるなら、スピードMaxでブレーキがぶっ壊れた機関車と言えばいいだろうか。とにかくそんな感じで此方に走ってきている。
あ、ヤバイ。
よけないと。そう思ったのもつかの間で異音を感じて振り返ればそこには先ほど巻いたはずのノイズの群れ。逃げようと思っていた方向にとんでもない奴らが蠢いていたので慌てて方向転換しようとしたが、遅かった。女の子と激突し、ごろごろと転がる。そしてそのまま廃屋内に突っ込み、土煙と空のドラム缶を巻き込んで派手に止まった。
いったい何なんだ今日はッ!ノイズに執拗に追いかけまわされ、変態女子高生の暴走に巻き込まれてこのザマだ!
愚痴の一つや二つじゃ収まらない激情をあらわにしようとして躰を起こそうと力を入れれば、ムニ、と何やら柔らかい感触。そして感じる温もり。これはもしかすると・・・・いや、そでなくともこれは非常にマズい。
慣れた目に映るのは、そのぴっちりとしたボディインナーによりくっきりと浮かび上がっているまだ発展途上で、しかしそれでも同世代の女の子からしたら大きいであろう柔い双丘。それが今、顔面にのしかかっている状態だ。そしてこちらの様子に気が付いたのか、小さく声を上げる少女。
死ぬ。今度は、社会的に。
「こ、これはその―――」
「エッチッ!」
言い訳する前にとび退く。当然の反応ではあるがこうなった原因はそもそもそっちだろと言ってやりたい。が、彼女はまくしたてる。
「お、男の人ってみんなそうなんですか!?おっぱいとかお尻とか、何がそんなにいいのかさっぱりなんですけど!」
「俺に訊くな!つか、元はと言えばこうなった原因はそっちだろ!?」
「貴方がどかないのが悪いんじゃないですか!」
「こっちとらノイズに追っかけられてへとへとなんだっつのッ!」
「そんなことわから―――って、そうだノイズ!」
言い争いの終止符は、なんともあっけなかった。ノイズというワードに反応した女の子はすぐさま立ち上がり出て行こうとする。が、そこに天井からノイズがなだれ込んできて道を塞いでしまったことにより、少女は立ち止まってしまう。
「おい、何してんだ!早く逃げ―――」
言いかけて、突然響く歌。そう、少女は歌っているのだ。
「呑気に歌ってる場合か!?」
「でも、こうしないといけない気がして・・・」
しかも何故歌いだしたかも認識が曖昧。あっという間に周囲を取り囲むノイズ。逃げ場は、もうなかった。
「・・・・ッ」
覚悟を決める・・・そんな面持で少女の前に出る。
「ちょ、何してるんですか!?早く逃げないと―――」
「それは、こっちのセリフだっつの」
「え?」
「・・・さっき逢ったばかりだけど、きみには死んでほしくない。だから、俺がなんとかする」
「何とかするって、相手はノイズですよ!?普通の人じゃどうにも―――」
「大丈夫。俺、
疑問に首を傾げる少女を背にしたまま、さらに一歩歩み出る。深く呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、震える手をぎゅっと握りしめた。まるで、何か言い聞かせているかのように。そして直後、足を肩幅に開き、両手を腰の付近にかざす。すると、どこからともなくベルトのようなものが現れた。
「え、ベルト・・・?」
そしてバックル部分を開く。そこへベルトと一緒に現れた右腰についている手のひらサイズの、さながらCDのような形をした白いそれをセットして再び閉じる。
〘モジュレーション!〙
「変身ッ!」
〘レッツプレイ、カノン!〙
変身。その言葉と声の通り、少年の躰が光に包まれ変わっていく。黒を基調とし、真っ赤な目と、全身を走る白いライン。鎧を着こんだかののようにゴツゴツとした部分もあるが、そのシルエットはシンプルの一言で表せる。変わったその姿を、少女―――立花響は魅入る。
空いた穴から差し込む月明りに照らされ輝きを放つその姿は、まさに暗闇に現れたヒーローのようだ。
『・・・奏太』
「え?」
『名前だよ。そっちは?』
「え、あ、えっと、立花響・・・」
『そう、なら・・・立花』
「なに?」
『・・・
真っ直ぐノイズを見据えてそう頼む少年、奏太に響はうんと返事をして並び立つ。
『さて・・・人の楽しみを邪魔してくれた揚句、こんな目に合わせてくれたんだ。だからここからは・・・一曲付き合ってもらうぜッ!』