月夜に輝く、漆黒のボディ。そしてその躰を伝う、まるで血管のように全身に伸びる白い光。赤い目を光らせながら、闇を裂くように彼―――カノンは走る。その背に歌を浴びながら拳を突き出す。普段はこちらからの干渉を一切受け付けないノイズだが、この姿である奏太にはそんな常識など関係ないと言わんばかりに突き出した拳はノイズを炭素へと変える。それを見て響は驚きの声を上げる。
「凄い、この力と同じ・・・」
『痴女と一緒にするな』
「ち、ち・・・ッ、まだ言うかなァ!?」
売り言葉に買い言葉をしながら瞬く間にノイズを撃破していく二人。
『チッ、まだいる・・・』
そろそろ危ない。そんなことをぼやきながら背後に迫った一匹を蹴り抜く。
「お姉ちゃん、頑張れ!」
と、そこへ聴こえてきた響とは違いもっと幼い声。そちらを振り返れば、戦う響の姿を見てテンション高くぴょんぴょんと跳ねながら声援を送る女の子の姿が。
「あの子、まさか私を追ってきて・・・!」
これには予想外だったらしく、焦燥の色が響から見えた。それもそうだ。この場には大量のノイズ。それを今は自分達に注意が向いているからいいものを、そこに新たな、しかも自分達のように戦う手段をもっていないものが現れたらどうだろう。もちろんのこと、響の方に集中していたノイズの一角が女の子に気が付き、そちらに進路を変えてきた。慌ててそれを潰しにかかろうとするも、抜けた一角を埋めるかのように奏太側のノイズが立ちはだかる。恐怖に染まる、二人の顔。
クソッタレがッ!!
『ッ・・・・おい、大丈夫か・・・?』
「・・・う、うん・・・」
『危ねーから、ここで大人しくしてろ・・・いいな?』
迫ったノイズをとっさの動きでフォローに入り、防衛に成功するも討ち漏らしがあり、それが躰をかすめてダメージを負う。全身を激痛が襲うが、それをなんとか踏ん張って耐えて倒れまいと堪える。
『時間がない・・・一気に決めるッ!』
胸の前で右手を翳せば、手甲に描かれたアルファベットのUの記号が光り、それを縁取った剣が現れる。
〘オンサセイバー!〙
オンサセイバー。そう呼ばれた剣の鍔にあたる部分がベルトのバックル同様に開閉式のパーツが備わっており、それを開き、バックルにセットされている白いディスクを抜いて装填する。
〘フィナーレぇ!〙
グリップ部分のスイッチを押せば待機音声と共にベルトから光が走り、ラインを伝って剣へと流れる。それに呼応するかの如くディスクの回転が激しくなり、刀身にエネルギーが満ちていく。オンサセイバーを右腰溜めに構えながら、気合いを入れるように声に出しながら息を吐いていく。その間、ノイズ達は待ってなどくれはしない。大きな隙ができたと判断したのか、はたまた本能的にチャンスと思ったのか。向かってくるのは15もの群れ。それが跳びかかってきて―――間合いに入ったところで、横に一閃。孤を描いた白い光はノイズを全て消し去った。
「す、すごい・・・」
一撃、たった一撃で全てのノイズを切り裂いた。響が相手していたものも含めて。その事実に驚愕していると、急に彼が膝をついて倒れた。慌てて駆けよれば、息も荒い。
『クソ・・・時間か・・・』
息も絶え絶えにそうぼやくように吐き捨てた。
「時間って、なに?しっかりして!」
『うっさい・・・』
心配する響を余所に憎まれ口を叩く奏太。やがて変身が解ければ、そこには汗でびっしょりの奏太が。顔も心のなしか青く見える。いったいどうしたのかとパニックになっていると辺りから聞こえてくる車のエンジン音と、上からはヘリの音。この日、奏太の記憶はそこで途切れていた。辛うじて覚えていたのは、こちらを心底心配そうに見つめる響の顔だった。
♬
躰がだるい。おまけに頭も少し痛い。これは明日のバイトに差し支えるなと呑気なまでの思考を働かせながら奏太は目を開ける。最初に入ってきたのは強烈な光。思わずギュッと目をつむってしまったがなんとかそれを堪えて目を開ける。次に嗅覚。うまく言い表せないが、とりあえず路上でそのままということではにようだ。どこかの室内らしい。そして聴覚。相も変わらず色んな音が聴こえてきてこの体質だけは迷惑極まりないが、一つ言えることは先ほど共闘していた少女―――立花響の困ったような笑い声が聞こえるということと。
もんの凄く、香水臭い。
正直言って女性用の香水は大の苦手だ。一時間同じ密室空間にいるだけで吐き気を催すほどに。もう少しわかりやすく言うのであれば、小学生の頃、授業参観の日に校内がやたら化粧品の臭いで満ちていたことがあるだろう。あの空間なら30分で気絶する自信がある。兎に角、自分はそれほど〝感覚〟というものが幼いころから他人よりも敏感なのだ。
「臭い・・・」
「あら、起きたのね。おはよう」
女性の声。光をさえぎって上から頭が生えてきたかのように映るのは、今自分がソファの上に寝かされているからだ。けだるさマックスの上半身を起こして周囲を見渡す。一瞬、どこぞのちょっとお高いホテルのロビーと錯覚してしまいそうなその造りは一目見て普通の施設とは言い難いということがわかる。ここにいる人間の一部を除いて同一の制服を着ていることからなにかしらの機関ということが察せる。
「お、ようやくお目覚めか。ようこそ、特異災害対策機動部二課へ!工藤奏太君」
大柄で赤いシャツを着た男がにこやかにそう言ってくる。が、その笑顔はなんとも暑苦しい。
「ここは対ノイズ用に設立された機関でね。単刀直入に言おう。きみの力を貸して―――」
「却下」
交渉開始わずか数秒。拒否の意を示した奏太の顔は心底嫌気な顔をしていた。
「・・・そうか」
しかしその表情から何かを悟ったかのような、少し真面目な顔になりそれ以上の勧誘はなかった。それに眼鏡をかけた褐色髪の女性、櫻井了子は不満の声をあげる。
「折角見つけた貴重な症例なのよ?それに、監視がしやすくていいと思うのだけど」
「本人にその気がないのに無理強いするのは俺達の流儀そのものに反する。それは了子君もわかっているだろ?」
「それは・・・そうだけど・・・」
まだ納得がいかない様子で口どもる了子。その様子を見かねたのか、ハァと溜息をついて壁から離れる人物が。
「なんの覚悟もないような人が生き残れるほど戦場は甘くない。むしろ、最善の選択と言えます」
「・・・風鳴、翼・・・!?」
かつて、ツヴァイウィングとして一世を風靡し、ソロとなった今でもその人気は衰えるどころか急上昇している。CDを出せば即日完売、ライブのチケットも入手困難を極めるなど、今やトップアーティストとしての階段を駆け上がっている人気絶頂のあの風鳴翼が今、自分の目の前にいる。これが普段なら興奮のあまり奇声でもでそうな勢いだろうが、今目の前にいる風鳴翼は自分が知っているソレとは激しく異なっている。テレビなどでみる彼女は凜としていて、勇ましさすら感じられる程だ。だが、今の彼女から感じられるのは、拒絶や自己嫌悪といった、負の感覚。なんというか、あまり関わり合いになりたくないと、この時は思った。
「私も関係者の一人です。そこの子と同じように、ね」
奏太の疑問に答えるように説明しながら翼は響を見る。が、その視線と目つきは明らかに歓迎している雰囲気ではなかった。ソファに座り縮こまる響。
「・・・えっと、とりあえず、今二人の持っている力の説明をしてもいいかしら?」
空気に耐えられなくなった了子が気まずそうにそう提案してきた。それに了承するように響と奏太は頷く。いい機会だ。これでコイツがいったいなんなのかがわかると耳を傾ける。
「まず、響ちゃんからね。貴女が持っているのは、シンフォギアと呼ばれる・・・まぁ、簡単に言えば対ノイズ用のパワードスーツって認識でいてくれればいいわ。そして、それを使うには歌が必要なの」
「歌?」
首を傾げつつ、響は先ほどの戦闘で自分が無意識に歌っていたことを思い出し、そういえばとリアクションする。
「歌こそがギアのパワーの源であり、人が持つ無限の可能性。フォニックゲインと呼ばれるエネルギーを媒介とし、歌うことでそれを高めて活動力とするのよ。簡単に言えば、歌が燃料で、ギアが車って感じね。響ちゃんの纏っていたのは、ガングニールというギアよ」
「・・・・」
ガングニール―――そのワードが出た途端にまた翼の雰囲気がピリピリと張りつめる。しかしそれを感じ取れるのが奏太しかいないためと、翼も務めてそれを表に出さないよう組んだ腕の裾をギュッと掴むことでこらえているため、誰も気づかずに了子の説明は続く。
「そしてギアを纏えるのは、選ばれた人間だけ。つまり現状だと、翼ちゃんと響ちゃんの二人だけってことになるわ」
「シンフォギア装者の実態については、国家機関で取り扱う情報の中でもトップシークレットに分類されるほどの重要案件となっている。今日起こったこと、そして見聞きしたことは周囲の人間には黙秘しなければならない」
「それってつまり、秘密にしなくちゃいけないってことですか・・・?」
「そうなるな」
一瞬、響の顔が曇った。だがそれも本当にほんの一瞬だったため、本当にそんな顔をしたかどうかはわからない。だが―――
(ほんっっっと面倒だな、この体質)
なんというか、人の感情というか、心の動きがわかってしまう体質が、奏太にはある。こんなものをいつから身に着けたなんて知る由もないが、とにかく今響の心情がなんとなくではあるが察しがいってしまったことに溜息をつく。
「どうしたの?」
「いや、別に。それより続き、どぞ」
「ええ。・・・それから、どうして響ちゃんが特別かってことだけど。このシンフォギア、実は戦闘以外での待機時の状態は赤い石のようなもで、ペンダントになっているのよ。でも、響ちゃんにはそれがない。そ・こ・で!さっき撮ったレントゲン写真を見てみれば、あ~ら不思議。体内に聖遺物の破片が刺さってるのよ。調べた結果、どうやらこれが反応したみたいね」
何故かテンションの高い了子。そして胸のガングニールに覚えがあるのか、響は胸元をそっと触れる。脳裏に思い出すのは、激しく焼けるような熱。そして、意識が朦朧とする中聞いた、あの言葉。
生きることを、諦めるな。
そう言ってくれたあの人は、もういない。あの日、あの時、あの場所で、彼女は勇ましく、そして優雅に歌い・・・・その命を燃やし尽くして消えた。この胸のガングニールは、あの時自分に刺さったものの破片だろう。そう思うと、不思議と胸が温かくなった。
「さて、響ちゃんの力の説明に関してはこんなもんかしらね。あまり細かすぎるとさっきみたいにショートしちゃうだろうし」
「あははは・・・」
「んで、次は奏太君。なんだけど・・・」
困り顔で、空中投影型のホロウィンドウを操作して切り替える。
「貴方の使ってたこの力・・・解析させてもらったけど、シンフォギアとはちょっと違うのよねぇ・・・言っちゃえば親戚?みたいな感じなのよ」
随分と抽象的な感じだなと思う。先ほどまで事細かく、そしてわかりやすく説明していた姿とは打って変わってなにやらもどかしい様子だ。
「どういうことだ?」
「ん~・・・たしかにシンフォギアと極めて近いシステムを使ってるわ。それは間違いないの。ただ、あの理論は私の方で厳重に保管、管理してるから外部に漏れて誰かが作ったなんてことはないのよ。でもこれは明らかに〝櫻井理論〟のもの。ねえ奏太君。そのえっと・・・ベルト?でいいわよね。いつから持ってたの?」
「・・・小学生の時、死んだ父さんから。ある人から預かった大事なものだから、肌身離さず持っとけって。で、ある日これを興味本位でつけてみたら・・・」
「つけてみたら?」
「・・・見ればわかるよ」
テーブルの上に置かれたベルト―――カノンドライバーを手にして、適当な人物・・・誰にしようかと選んだ響に渡す。
「ちょっとコレ持ってこの部屋からでて」
「・・・?」
わからないまま、促されるがままに従い指令室から出て行く。扉が完全に閉まったのを確認してから、奏太は目を閉じて足を肩幅に開き意識を手中させるように、息を深く吐く。そして、腹部に両手を翳せば。
《うおぉ!?》
扉の向こうで響が驚愕する声と同時に奏太の腰には、先ほど響に手渡したはずのカノンドライバーが備わっていた。
「い、今、ベルトがピカーって光って、消えて!」
軽くパニックになっている響を落ち着かせようとオペレーターの友里あおいがどうどうとまるで動物をあやす飼育員のように苦笑いをしながら宥める。
「と、まぁこんな感じで有難くないことにどこに捨てようが何しようが俺の手元に戻ってくるんだ。一度海に投げ捨てたことがあったけど、いつの間にかまたこうして戻ってくるから困ってるんだよ」
うんざりしたように溜息を吐く。よほどこの力のことが嫌いなのか。
「脱着できる癖に躰の中から出てくるから捨てようにも捨てられなくって」
「えっと・・・どうしてそんなに捨てようとするの?」
「コイツのせいでノイズに追いかけまわされたりしてるんだ。さっきもそのせいで巻き込まれた。どうしようもなくなって、仕方なくあの姿になれば、今度はこんな風にぶっ倒れるし。踏んだり蹴ったりでいい迷惑だ」
ベルトを外して、半ば押し付けるように了子へと渡す。
「わっと・・・あ、そうそう。そういえば奏太君のあの姿ってどこかで見たことあると思ったら、貴方が噂の〝仮面ライダー〟ってやつなのね」
「かめ・・・なにそれ」
「知らない?今ネットで有名な都市伝説だよ。ノイズと戦う、正義のヒーローって。その姿がテレビでやってたヒーローものにそっくりだから、その名前をもじってみんなそう呼んでるんだよ」
響が補足として得意げに話す。対して奏太は「アホくさ」とさらに嫌味を漏らす。
「兎に角、俺はその仮面なんとかにはならないし、戦う気もさらさらない。記憶を消すなりなんなりして早く帰してくれ。明日のバイトに障る」
時計を見れば、もう夜中。未成年がうろついていていい時間はとうに過ぎている。今回はこれでお開きということになり、二人は翼のマネージャーである緒川慎次の運転する車に乗りそれぞれの帰路につく。
「それじゃ、お二人とも気を付けて」
「ありがとうございましたー」
「したー」
緒川と別れ、歩き出す二人。色々あって疲れたなと呟きながら、響は前を歩く奏太のことをすこし振り返ってみる。
無気力。だが、戦闘の時に見せたあの立ち振る舞いはそんなことはなかった。どちらかというと、なんだか素のようにも感じられたような気がする。でも、さっきまで見ていた彼も素である。というか、アレを演技で違和感なくできるものだろうか?
やる気はある。でも普段はわけあって無気力を演じている?でも、両方素で・・・
「わけがわからないよ」
「なにが」
「ふぇ・・・あああ、なんでもない、うん」
うっかり心の声が漏れてしまったことに慌ててなかったことにする。普段はこんなことないのになと思いつつ、やはり今日は疲れているんだろう。早く帰って親友の未来に癒しを貰おうと思うも、こんな時間だ。帰ったらまずは説教だとげんなりしていると。
「なあ、なんであの人達の誘い受けたんだ?」
そんな話を振られた。
「人助けが私の趣味だから。今はよくわからないけど、この力で多くの人を助けられるっていうなら・・・って」
「・・・あ、そ」
興味がない。そう言いたげにそっけない返事を返す。それにムッとなった自分は悪くない、はずだ。
「自分から聞いといてそれはないんじゃない?というか、そっちこそなんで断ったのさ」
「・・・自分の命と他人の命、天秤にかけて重いのはどっちだと思う?」
「そんなの、両方だよ」
「そう、両方。人の命は尊厳と一緒で等しく守られなければならないもの・・・でもな。自分の命が乗っかった皿をわざと軽くして他人の尊厳を守りたいと思えるほど、俺は良心的じゃない。それが断った理由だ」
とどのつまり、自分の命が大事だからということだ。響とはまったく別ベクトルの答え。しかし、彼の言っていることが矛盾していることにすぐに気が付けないほど、響は物忘れが激しい方ではない。
「それなら、どうしてさっきあの子を守ったりしたの?自分の命が大事なら、身を挺してまでそんなことしないし・・・ましてや、私にあんなこと言ったりしないよ」
―――きみに、死んでほしくない。確かにあの時、奏太は言った。
「・・・あの時は俺自身命の危機だったんだ。さすがにあんな状況になってまで戦いたくないなんて言ってらんないだろ?それにアレは・・・まぁ、なんだ。雰囲気だよ雰囲気」
けらけらと笑う。その笑いがイヤに渇いて、寂しく聞こえた・・・気がした。話してみての結果、響はこの工藤奏太という男がさらにわからなくなった。この感じを何と言うべきか・・・・そう、狐につままれた、だ。確か。
「んじゃ、俺はこっちだから」
「あ、うん。・・・ねえ!」
「ん?」
「よかったら、なんだけど、アドレス交換しないかな?」
「・・・ナンパ?」
「ち、違うよ!」
「だってなんの脈絡もないし」
「なんていうか、釈然としないんだよ」
「なにが?」
「奏太君が」
それでメアドを聞くと。なんともまぁ、突拍子もなく何かを突然やりだす子だなという印象はあったがまさかここまでとは。
「・・・言っとくけど、手伝ったりしないからな?」
「わかってる。私だって、そうむやみやたらに巻き込める趣味してないからさ」
そう笑って、互いにアドレスを交換すると響は曲がり角を右へと入る。奏太は左だ。
「んじゃ」
「うん。おやすみ」
挨拶を交わしてそれぞれの帰路に着く。歩きながら、奏太は携帯のアドレス帳を見ながら響のことを思い出し―――
「・・・まあ、なんだ」
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