初めて変身したのは、たしか一年前。息抜きにと貰ったツヴァイウィングのコンサートチケットを握りしめ、会場に行ったと時だ。あの時はもう無我夢中で、ただ湧き上がる衝動のままこの白いディスクを差し込み、戦う為に力を手に入れた。今はベッドの横にある台に置かれ、その時を待っているようにも見える。あの時から、自分の周囲の世界はガラリと変わった。それまでノイズに追い回されたことなどなかったのに、なぜか追い回される毎日。おかげで足が速くなり、スタミナもついたがそれはあくまでも副産物であり、日夜命の危機にさらされていることに変わりはない。
最初の頃は、自ら進んで変身もした。あの姿になると、自分がヒーローになれた気分になれるから。誰も殺すことのができないノイズを、自分一人が、世界で唯一触れることができる。殴ればその部分から灰化し、技を撃てば綺麗さっぱり消えてなくなるあの感触と光景は、今でも忘れられない。
しかし、そんな優越感と満足感が続くはずもなく。いつもの如く遭遇するノイズ達。いつものように、サクッと倒して終わる・・・筈だった。だがその時のイレギュラーが、力に対しての認識を変えた。出逢ったのは、幼い兄妹。どうやら遊んでいたところにノイズが現れ、逃げ惑う内に徐々に追い詰められたらしい。それを見た瞬間、頭にあったのは助けようという感情ではなかった。
―――この二人を助ければ、ヒーローになれる。
歪んだ感情のまま、自分は力を振るった。その結果、些細なミスが生んだ隙により、大きな過ちを犯してしまう。慢心により、囲まれた妹を助けようと飛び込んだ兄を、誤って切ってしまったのだ。今思い返せば、兄妹を助けることよりノイズを倒すということに執着しすぎたのがいけなかったのか。はたまたなんの覚悟もなく戦場に赴いたのがいけなかったのか・・・考えれば、いくらでも錆などでてくる。未熟、慢心、傲り・・・とにかく、何もかもが欠けていた。それにより傷つけてしまった二人は、その後駆け戦闘の騒ぎを聞きつけた警察により保護。それ以来、会っていない。どうしているだろうか。そんなことを考えたこともあったが、それ以上に頭を占めるのは、人を傷つけた瞬間の感触だった。まるで肉に包丁を入れるかのような、あの鈍い感触。傷は浅かったとはいえ、あの二人には一生消えない傷となったことだろう。殺さなかっただけよかったとは、言えない。そんな言葉では済まされない。してしまったことの罪は、そんなハリボテのような偽善では消えない。
だからこそ、恐いのだ。いつか、また人を傷つけてしまう自分の力が。自分自身が。
「あ、起きた?」
目を開けて始めに聞こえたのは、そう言う優しい声。けだるさの中首だけ動かせば、花瓶に花を添える黒髪の少女がそこに立っていた。
「アンタ・・・たしか店に来た」
「小日向未来っていうの。その・・・友達が昨日怪我をしたから、ここに来てて。幸い軽い怪我で済んだんだけど、聞いたら貴方もここで入院してるって聞いたの。調子はどう?どこか、痛いところとかない?」
「・・・別に」
心配してくれるのはわかる。その気持ちも行為も、嬉しいし有難い。でも、その気持ちに甘えるわけにはいかない。甘える資格など、ありはしない。
「・・・そっか。あ、じゃあ何か―――」
「あのさ」
「なに?」
「・・・何考えてるか知んないけど、
見透かされた、それともただの驚愕か。そんな表情を浮かべる未来を、静かに見据える。傍にいるだけあって、彼女の〝音〟はよく聴こえた。
「どう言っていいのかわかんねーけどさ。多分、アンタが本当に心配・・・っつか、面倒?見なきゃいけないのって、俺じゃないと思う」
だから、上手く言葉を紡ぐことができない。音は聞こえるのに、それを口に出して形にすることが何よりも苦手だ。自分なりに精一杯やってるつもりが、いつも空回り。それで誤解されて、時には責められもする。どうしていいのかわからなくて、結局は目を背けることで上手くやってきた。
そうやって、逃げてきたんだ。今までも、これからも。
「・・・気持ち悪いって、少しでも思ったならもう俺に関わるのはやめた方がいい。アンタにとって、何もいいことなんてないからな」
「・・・どうして、そう思うの?」
「そうする方が楽なんだよ。俺も、他人も。そうすれば、誰も傷つかないし傷つけない」
「でもそれじゃ、貴方が独りぼっちになっちゃうよ。自分に大丈夫って言い聞かせるだけじゃ、苦しいだけだよ」
その言葉は、いやに重みがあって。反らした目を改めて見返せば、反らすことができなかった。
「・・・昔ね。一人の女の子がいたの。その子はどこにでもいる普通の子で、元気と笑顔がトレードマークみたいな明るい子だった。でも、そんな子がある日を境に変わってしまった。本当の意味で、彼女は笑わなくなった。精一杯笑顔を作って・・・大丈夫って、笑って・・・。今の貴方は、ちょうどその子によく似てる。だから、ほっとけないの。たしかにさっきはびっくりしたけど・・・でも、今関わるのをやめたら、後悔する・・・そんな気がするから」
真っ直ぐで、でもどこか迷いのある言葉に奏太は聞き入る。〝彼女〟とは違う真っ直ぐな心と瞳に、いつの間にか惹きつけられていたことにさえ、気づかずに。
「・・・余計なお世話だよ」
でも。
「え・・・?」
それを受け入れてしまったら、きっと自分を保つことができないと思うから。
「そういうお節介ってさ。正直、ウザいんだよね」
こういうことでしか、応える術をしらない。
「・・・そう、か。ごめんね、なんか・・・それじゃ、私、これで」
泣かせてしまった。去り際に見えた目が揺れていたのを見てそう思う。いや、十中八九泣かせただろう。今の言葉は自分でも最低だと思う。せっかく心配してくれて、大した付き合いでもないのにお見舞いまでしてくれた。その好意を、全て踏みにじったのだから。それが許せなくて、どうしようもなくて。
「・・・だから言ったんだ。関わるなって」
グッと、唇を噛んだ。
♬
「いや~、まさか転んで頭打って気絶なんて初めての体験だよ・・・って、どうしたの未来?」
「何?」
「うかない顔してたから・・・あ、わかった!お腹減ったんでしょ?わかるよ~その気持ち!特に学校のある日の四時限目とかもうこの世の終わりだ~っ、てなる」
「もう、響と一緒にしないで」
「え~、そんなぁ・・・」
いつも通り。いつもと変わらない友人と、いつもと・・・は、今はちょっと違う道。自分にとっての日常。そんな当たり前で、いつも通りのことが本当はすごく幸せなことで。少し怖いこともあるけど、でも、それでも自分の世界は変わらないでずっとここにある。
でも、最近はなんだか違う気がする。自分の知らないところで響が、世界が、何だか変わっていく気がして。変わらないモノなんてないのかもしれない。その裏で、変わらないであってほしいと思うものもある。目の前の、この笑顔のように。くだらない話で笑いあったり、休日にはどこかへ出かけたり。そんな当たり前の日常を失いたくない。そう考えてしまうほどに、小日向未来にとって、工藤奏太という少年は異質だった。
「・・・響」
名前を呼ばれて振り返る響。親友で、幼馴染で、誰よりも大切だと思える、そんな友達。何時でもどんな時でも真っ直ぐなその意志と瞳に、憧れていたこともある。そしてそれは今も変わらなくて。この子に相談すれば、少しはこのモヤモヤに対しての答えが出るだろうか?
そう思って、声をかけようとしたその時。
「未来ッ!」
急に血相を変えた響がまるでタックルするがごとく自分に向かって走ってきた。あまりの急な出来事に未来は身動きがとれず、成すがままに押し倒されてしまう。尻もちをついてしまい、痛みに顔を顰めていると、響は自分を庇うかのようにして膝立ちになる。その先に目を向ければ、昨今巷を騒がせている、特異災害認定された、あの生物。
「ノイズ・・・!」
マズい、と響は苦虫を噛んだように顔をしかめる。シンフォギアを纏えばこの程度の数、難なく退けることはできる。しかし今自分の後ろには未来が。見られるわけにはいかない。どうしたいいものか―――と、悩んでいる暇はないッ!
「未来、逃げよう!」
響は未来を立ち上がらせるとその手を取って走り出す。携帯のGPSはオンにしてある為、二課がすぐに発見してくれるはず。そうでなくてもこの町一帯にはノイズが現れる兆候があるとすぐさま反応し本部に警報を促すよう知らせるセンサーが張り巡らされている。この事態を察知した本部が、すぐに応援を呼んでくれる。そこまで思考したところで、響の脳裏に昨夜での翼の、怒りと悲しみに満ちた顔がよぎった。
(翼さんは、たった一人で戦ってる・・・奏さんを失ったあの日からずっと。でも、私は・・・)
奏の代わりに一緒に戦う。それが響の想いだった。最初に逢った日に見た悲しい瞳が忘れられなくて、その曇りを少しでも晴らしたくて放った言葉。でもそれは翼を苦しめる以外の何物でもかなった。人助け―――その
(誰かを助けたくて、自分にできることがあると思ってやったことが間違いだった・・・私は、どうしたら・・・?)
自問自答を繰り返しながら、響は未来の手を引いて走る。背後に迫る恐怖さえも、気にする余裕もないまま。
♬
「もう、いいのか?」
着ていた入院着を脱ぎ、私服に袖を通したところでそう声をかけられた。
「ノックくらいしたらどーなんだ」
「したが応答ななくてね。何かあってはならないと思い、無礼を承知で勝手に入らせてもらったよ」
面倒だから無視していた、と言えば先ほどの未来以上に厄介なことになりそうな相手なので無言のままに服を着る。
「・・・いいの?アンタって、たしかあそこの責任者でしょ」
「優秀で信頼できる仲間たちがいるんでな。少しの間なら、離れられる。それに身内が起こした不祥事だ。俺が来るのが筋、というものだろ?」
最もな理由に何とも言えず口どもる。
「・・・立花響君、彼女を君はどう思う?」
唐突に出された問。弦十郎はいたって真剣な声色と表情で話す。
「趣味の人助け・・・そこから来る彼女の行動や言葉。あれは明らかに―――」
「知ってる。だから、関わるなって言った」
「それは・・・何故だい?」
「・・・前にも言っただろ。俺、ノイズに追っかけまわされるんだよ。多分、コイツのせいで」
そう言っておもむろに奏太は棚に置かれたベルトに手をかけ、いきなり弦十郎めがけ投げた。軌道からして顔面直撃は必須。しかし、弦十郎は〝ノイズが絡まない、人為的かつ対人的な事件や現象であれば大抵のことは一人でもどうにかなる〟と、二課の間では有名なほど身体能力は高い。そんな彼に掛かればこの程度の不意打ちは意味をなさない。が、彼が何かをするよりも早く投げられたベルトは目の前で消えた。
「・・・この前と違う。意識しなくても、こうして捨てようとすれば戻ってくるようになったんだ」
それはまるで、呪いのようで。ベルトを検査した了子が言っていた、「装着者が絶命しない限り、離れることはない」と。そのように作られている、と。その言葉通り、ベルトは彼から離れることはない。こうして粒子となって消え、次の瞬間には彼の腰に備わっている。
「多分、彼奴らにとってこれは相当邪魔なものらしい。だから追い回してくるんじゃないかってさ」
「・・・なるほど。その力のせいで、ただでさえ危ない行動の目立つ彼女がさらに危険に晒される、と?」
奏太は無言でその言葉に頷く。
「・・・そうか。なら、安心した」
そして出てきた言葉は驚くほど意外なものだった。
「・・・奏太君のご両親とは、実は知り合いでね。よく、君の話を聞かされたよ」
「父さんと母さんが・・・?」
「ああ。そして聞いていた通り、優しい子で安心した」
そう言って歯を見せて笑う弦十郎。その笑顔は、どこか響と重なって見えた。
「・・・・ッ」
「どうやら、時間のようだ。俺はこれで失礼する」
「・・・父さんは、このベルトのことなんて?」
これは父から託されたもの。そして渡したからには、なんらかの意図があってのことだ。そう思い、恐る恐る奏太は弦十郎の背中に問う。
「・・・わからない。だが、言えることは一つある」
「それは?」
♬
あれから、どれほど走り続けただろうか。二人とも息が上がり、足も限界にきていた。そして気が付けば、周囲には灰の山。それが意味するのは、自分達がここにくるまで人が大勢いたということ。ということは、この灰の数々はそれまで人だったもの。それを意識した途端、こみあげるものがあり未来は空いている方の手で口を覆った。それを視界の端でチラリと見ながら響は焦りの色を濃くする。なんとかして、彼女だけでも安全な場所に送らなければ。
しかし、相手はノイズ。撒いたからと言ってまたそこに現れないという保証はどこにもない。もしかしたら、逆に未来を危険に晒してしまうかもしれないということがさらに響の焦燥を駆り立てる。思考が悪循環を始める中、それでも二人は遊歩道を走り続けた。
「きゃっ!」
そして、とうとう足がもつれた未来が躓いて倒れる。手を離したことで響は勢い余って数歩先に離れてしまう。
「未来ッ!」
駆け寄る響。未来を気遣いつつ立ち上がろうとするも、もう目の前にはノイズが。死を覚悟したその瞬間―――突然現れた、一台のバイク。それはあろうことか
「その子を連れて逃げろ」
「奏太君・・・。わかった。未来、立てる?」
「うん・・・ッ、足が・・・」
右の足首が赤く腫れている。どうやら捻ってしまったらしい。これでは逃げるにしても足が動かないのではどうしようもない。しかし、目の前にはノイズ。この時、奏太に課せられた選択肢は一つしかなかった。
「・・・小日向未来、だっけ」
「う、うん」
「今からここで起こること、見ること。全部現実で、それを受け入れるってこと・・・アンタにできるって言うなら、今度ふらわーの新作メニューをタダで食わせてやる」
「え・・・?」
「できるか、できねーのか。どっちだ?」
「・・・わかった」
未来の返答を聞いて、奏太は構える。
これを、一体どんな想いで託したのかはわからない。
〘モジュレーション!〙
でも、たった一つだけわかるのは。
「変身!」
―――子を大切に思わない親はいない、ってことだ。
〘レッツプレイ、カノン!〙
その言葉を、信じてみたいと思う。
「奏太、君・・・?」
『・・・前言撤回は今更なしだぜ。・・・さて、一曲、付き合ってもらうぞ』