どうしたものか。そう呟いて目の前の惨状を唸りながら腕を組んで見下ろす。頼りのマネージャーは今は別件で外しており、先日律儀に見舞いに来てくれた
「あ~・・・こりゃひでぇな」
突然聞こえてきた声に跳び退く。その際、自分が怪我人だということを忘れてやってしまった為痛みに悶えるハメになってしまった。なんとも無様なことだが、想像していただきたい。自分以外誰もいない、ましてや早朝といっても差し支えないような時間だ、そしてここは個室の病室。そんな状況でこんなことにならない自信のある人間はまずいないだろう。
その・・・何が言いたいかというと、こうなった自分は悪くない。不可抗力、だから恥ずかしくない、うん。
そう誰に向けての言い訳なのかわからぬまま強引に納得する。そうでなければ、この事態にぽっきり折れかねない。
「怪我人なんだから無理すんなっつの」
「クッ・・・私としたことが、こんな・・・ッ。そもそも、お前こそ何故ここにいる?私より重症ではなかったのか」
「・・・俺、人と違って頑丈なんだよ。で、何これ。泥棒でも入った?」
「・・・その通りだ」
「嘘つけ」
即答で否定される。もはやぐうの音もでない。言い返す言葉もなくベッドに腰掛け溜息を吐く翼に対し、奏太はただ黙って散乱している衣服を拾い上げる。それを見た翼はハッとなって素早く自身の下着のみを片っ端から拾い集めていく。
無言のまま、かたづけをする少年とトップアーティスト。なんともシュールな光景だが、見る人がみたらそれこそ血涙を流しながら羨ましがるであろうシチュエーションだ。
「・・・ここに来たのは、アンタに伝言を預かってるからだ」
自分宛てに伝言。そう聞いて思い浮かぶのは緒川や叔父である弦十郎、もしくは響か了子の誰かと絞ってみる。響はともかくとして、他の者は皆翼のアドレスを知っている。なにかあるならそちらでする筈なので、それがないとなるとやはり響だろうか。いったいなんだろうと聞き入る。すると、それは意外な人物からであった。
「翼。お前はもう、一人で飛べる。・・・だってさ」
それを聞いて、最後の一枚に手を伸ばしたところで手を止めてしまう。ハッとして目を開き、顔を上げる、奏太は既に自分で拾っていた分を綺麗に折りたたみベッドに置いて出て行くところだった。
「んじゃ、確かに伝えたからな」
「ま、待ってくれ!」
思わず引き留めてしまう。完全に無意識だった為どうしたものかと考えつつ、何かを喋らねばと口を開くも言葉が出てこずじどろもどろ。
「・・・あ、ありがとう。そして、すまなかった」
そう言って頭を下げる。これまでのことを思い返せばまずそれから言うべきだったと軽く後悔をしながらも、翼は精一杯の謝罪を奏太の背中に向けた。
「・・・はて、俺はアンタに何かされたか?記憶にねーんだけど」
「え・・・だ、だが私は―――」
「自惚れんな人気者。アンタがどう考えてとった行動かは大体わかってる。だから、謝るのは筋違いだ。・・・それに、アンタの気持ちもわからないでもないしな」
ともに、大事なものを失った。だからこそわかる翼の激情と葛藤。正しくないとわかっていても、心と躰では常にズレが生じるものだ。それを無くすのにも時間がかかる。結局のところ、どんなに強がろうが、どんなに背伸びしようが子供は子供。そういうことらしい。
「あ、それからアンタに言いたい事があったんだ」
「なんだ?」
「・・・正直、覚悟って言われたらないと思う。そこまで俺は強くない。でも・・・守りたいものってのが、俺にもできたから。その為だったら、なけなしの勇気を振り絞って踏ん張ってみようかと思った」
「・・・そうか。それが、お前の
だからそんな大それたもんじゃない、と否定してみるも、振り返って見た翼の表情があまりにも清々しいような顔をしていたので、何も言えずに向き直って溜息を一つつく。
「ま、そんなだから。よろしく頼むよ」
「・・・不承不承ながら、了承しよう」
「酷ぇ言いぐさだなそれ」
「だが、これぐらいがちょうどいいだろ?」
「まあな」
「・・・行くのか?」
声のトーンが少し変わる。先ほどまでの会話のような砕けた調子ではないことから、これから自分がやろうとしていることに対しての安否を気遣ってのことだろう。それは自身の耳と心でそれが伝わってきたので、間違いない。
にしても、つい最近まで険悪だった相手に心配、ましてや今じゃ自分より怪我してる人間に心配されるとは。なんという皮肉だろうか。
でも。やると決めたからには最後までやり遂げる。もう、逃げたりはしない。だから。
「もちろん」
そう、返す。
「ならば、行くがいい。気をつけてな」
「・・・おう」
背中越しのサムズアップ。今はそれだけで、互いが通じ合えた。そんな気がした。
♬
世界は、いつだって残酷で。こんなはずじゃないことばっかりだ。そう決めつけるかのように、少女は目の前の黒いナニかを睨む。あともう少しかもしれない理想に手が届くというところで阻まれた。そして、それはまったく予想だにしない形で今、猛威を振るっている。そしてできれば、こんなモノは見たくはなかった。
奴のことは嫌いだ。あのなんにもしらない真っ直ぐで純粋な目が嫌いだ。言葉が嫌いだ。そして―――歌が、嫌いだ。とにかくなにもかもが嫌いだ。でも、そんな相手でも。何故かこんなことをしている相手のことを心配してしまう自分がいる。それがわけわからなくて、少女―――雪音クリスはかぶりを振ると雄叫びを上げ、光球を投げる。ネフシュタンの鎧の、今出せるだけの最高出力。まともにくらえばタダではすまない筈のそれだが、今はこれ以外に対抗できる手段が見つからない。
「なんなんだよ・・・なんなんだよお前ッ!」
言い知れぬわだかまり。それがなんだかわからなくてもどかしい。吐きだしたいのに、それを晴らす言葉を、クリスは持ち合わせていなかった。
「戦いたくないとか言いながらそうやって戦って・・・見せつけてッ!」
もはや自分で何を言っているのかすらわからない。ここから逃げ出す算段も、アレを止める術も、なにも思いつかない。ただ頭の中がかき乱されるようで、心がぐちゃぐちゃにかき回されているみたいで、うまくまとまらない。制御できない。
吠える。それは威嚇であり、気合を入れる一つの手段であり。この場合は・・・おそらく、前者。ただ吠えられただけなのに、瞬間躰が硬直したように動かなくなる。生き物としての本能が訴えているのだ。「コイツはヤバい」、と。だが、逃げ出すことなどできない。今手ぶらでなに得られずに帰れば、きっとまた彼女はがっかりするだろう。きっと、失望させてしまうかもしれない。それだけは、イヤだから。だからこそ、動けない。たとえここで命を捨てるということになろうとも。
迫る刃。黄金色に輝き、本体よりも数倍大きなそれは、今ゆっくりと自身の頭上から振り下ろされてくる。クリスはただそれを、思うように動かない躰に舌うちをしながら見つめる。
「・・・ここまでか・・・ッ」
そう呟いた時。何かが、頭上で爆ぜた。刀身はその爆風に煽られ、違う場所に振り下ろされて猛威を振るう。唖然としてその光景を見つめるクリスだが、やがて目の前に着地する一人の少年。背格好からして、自分と同い年くらいだろうか。少年は振り返らず、こちらに言葉だけを向けてくる。
「動けるか?」
そうただ一言。唖然となっていたクリスがややかすれ気味に肯定の意を返すと、少年は「そうか」とまた短く一言返した。その声は、安心したように柔らかいものだった。
「・・・今まで、ずっと逃げてきた。自分からも、その周りからも」
歩き出す。何をするまでもなく、ただ彼は真っ直ぐに。目を反らすことなく、自身の想いを込めて、決意を口にする。
「でも、お前は違った。逃げてばかりじゃなく、向き合う強さを持ってた。・・・だから、見たいと思ったんだ。お前の、本当の笑顔を」
歩く。ゆっくりと、噛みしめるように。
「今はまだ無理かもしれない。きっと、何もかもが足りない。だから、もっと強くなる。今よりもっと、今日よりずっと」
言葉にしなくちゃ、伝わらない。思っているだけじゃ、届かない。だからこそ、声高らかに告げよう。
「お前が誰かの笑顔を守るっていうなら・・・だったら俺は、お前の笑顔を守るッ!悲しみも、辛さも!全部俺が受け止める!だから・・・響ッ!」
「・・・・ッ」
「・・・見ててくれ。俺の、変身」
肩幅に足を開き、両手を腰に翳す。戦う意志にベルトが応え、その姿を現す。バックル上部のつまみを左手でスライドすれば、バックルが開き、そこに右手で持った白いディスクを装填する。
〘モジュレーション!〙
待機音と音声が鳴り、それがまるで心臓の音が如く響く。そして―――右手でそのつまみを戻し、反対に左手は肩より少し高い位置まで斜めに動かす。バックルが閉まり、中のディスクが回転してベルトから赤いラインが全身に伸びていく。
〘レッツプレイ、カノン!〙
それは、戦う為の姿。戦士としての、自分の名前。忌み嫌っていたものを、今度は心の底から受け入れる。誓った想いを胸に、宵闇の黒から朝焼けの白へと姿を変えた。
人類救済の力。これはまさに、そう言えてしまうのだろう。そして、それを今からたった一人の少女の笑顔の為に使おうというのだ。端から見たら愚かな事かもしれない。でも・・・今目の前で
だからこそ、人々は噂する。己の身を例え異形に変えたとしても、心は変えず。ただ、純粋に守りたいものの為に戦う、そんな〝愚か者〟達を。その誇りと、姿を讃えて。
〝仮面ライダー〟、と。
『・・・仮面ライダーカノン。一曲、付き合ってもらうぜ』
その悲しみに、
クウガをイメージしてみました。クウガ劇中のBGMと共にご覧ください