「じゃ、これプリント」
さっそくヒロは私とプリンツにプリントを配った。
「ありがとう」
「ところでこれ、ヒロの自作なんですか?」
「え?あ、あぁ。まぁね」
「スゴイですね……わざわざありがとうございます」
「やると言ったからにはやらないと気が済まないタチなだけだよ。じゃ、説明するから」
「おっと、その必要はないわ」
私はビシィッと言った。
「?」
「予習しておいたから、このプリントくらいサクッと終わらせてあげるわ」
そう宣言して、私はさっさとプリントを解いていった。5分で終わらせると、私はビュッ!とヒロに見せ付けた。
「どう?」
言うと、ヒロはプリントを受け取って採点を始める。ふんっ!精々悔しがるがいいわ!
「………ほんとだ。出来てる。すごいじゃんビスマルク。3日でここまで出来るなんて」
「えっ?あ、あれ?う、うん!当然でしょ!」
あれ?意外と悔しがらない?
「うん、本当にすごい」
「ふふん、もっと褒めてもいいのよ」
「偉い偉い。よく頑張ったね」
ヒロは微笑みながら頭を撫でてくれた。や、やっぱり褒められるのは嬉し………、
「じゃない!だから子供扱いはやめてってば!」
「あっ、ごめん。いやでも本当にすごいと思ったからさ……」
「むぐぐっ……」
やるならせめて2人だけのときにして欲しい。プリンツの前ではやめて。
「分かったよ。プリンツの前ではやめる」
「一々心を読まないで!」
「表情を読んでるんだよ」
む、ムカつく……。ていうかそもそも悔しがらせるのが目的だったのに……。
「でも、これだけ出来たならビスマルクは今日は何もしなくていいかな」
「ほんと?」
「うん。何もすることないからね。今日はプリンツとマンツーマンでやるから、帰ってもいいしここに残ってても好きなようにして」
「じゃ、残ってるわね。プリンツもいるし」
「わかった。じゃ、プリンツ。やろうか」
「はい!」
さて、じゃあ私は高みの見物でもしていましょうか。そう思いながら2人の様子を眺めた。
「二字熟語っていうのは、基本的にそれだけで意味が大体分かるようになってるんだ。例えば、『車内』。車の内側を表すから『車内』なんだ」
「なるほど……」
「他にも色々パターンはあるけど……まぁそこはあれ、さじ加減ね」
「なるほど!」
「いや、途中からテキトーになってるじゃない。プリンツもどうやって納得したの?」
思わずツッコんでしまったものの、確かにさじ加減だ。私も感覚で分かっちゃった。
「まぁ、幸いプリンツもビスマルクも話すのは出来るみたいだから、読み方を覚えればほんとにさじ加減でいけると思うよ。ほら、『家庭』とか『いえにわ』って読むとなんか言い難いじゃん?」
「むむむ……なるほど」
「それでも読めない漢字は大体、日本人でも読めないから。例えばほら、これ読める?」
鞄の中からメモ用紙を取り出してヒロはさらさらと文字を書き始めた。
土竜
黒子
百足
「これ、読める?」
「むむむっ……ツ、ツチリュウ……?」
「これでモグラって読むんだ。下のはホクロ、その下はムカデ」
「な、なるほど……た、たしかにムカデの足って100本くらいありそうですね……」
「でもこんなの日本人じゃないとだいたい知らないから、覚えなくていいと思うよ?」
「なるほど……」
「ま、とにかくプリントやってみなよ。それ出来れば終わりでいいからさ」
「分かりました!」
そんなわけで、コーヒーを一口飲むと、プリントをやり始めるプリンツ。……プリントをやるプリンツ?ぷぷっ。
ちょっとくだらない事を思いながらも課題に取り組むプリンツを眺める。………先に終わらせるのも退屈ね。ヒロを見てみると、ヒロもヒロで、英単語帳を読んでいた。マジメなヤツ……少しからかってやろうかしら。私は机の下からヒロの脛を蹴った。
「痛ッ!」
すかさずそっぽを向いて知らないふり。
「? どうかしましたヒロ?」
プリンツが声をかけた。そのヒロは返事を返すことなく、私の方をジトーっと睨む。
「…………何か用?」
「べ、別に蹴ってなんかないわよ!」
「自白ありがとう」
で、ヒロは「パァ……」とため息をつくと私に言った。
「そういえば、ビスマルクはどんな物が好きなの?」
どうやら、相手をしてくれるみたいだ。いや、わたしが相手をしてあげてるのね。うん。
「どんな物って?」
「食べ物とか趣味とか」
うーん……本当は甘い物が大好きなんだけど……子供っぽいわよね。
「苦いもの、とかかしら?」
「甘いの反対は苦いってわけじゃないと思うけど」
「ほ、ほんとよ!ほんとなんだから!」
相変わらず鋭い奴ね……。
「コーヒーだってブラックだし!」
幸い、まだコーヒーにガムシロップもミルクも淹れてない状態だ。ていうかまだ口つけてない。
「や、別にそんなとこまで見栄張らなくても……。俺だってブラックコーヒーは飲めないし……」
「あ、あんたと一緒にしないでよ!私は飲めるもん!」
言いながら威勢良くコーヒーを飲んだ。が、苦い。何これ………人の飲むものじゃないでしょ。とりあえず表情を隠す為、下を向いた。で、ぷるぷる悶えること数秒、なんとか前を向いて言った。
「お、美味しい……」
「いや思いっきり涙目だけど」
「そ、そんなことないわよ!」
「あの、ほんとそんな無理しなくても……」
「無理なんかしてないわ!」
で、二口目。あっ、やばい咽せそう……。なんとか抑え込むけど次はないわねこれ……。すると、ヒロが立ち上がった。
「そういや、俺飲み物買ってないや。ちょっと買ってくる」
そう言うとレジの方へ歩いて行った。チャンス!私はこっそりとプリンツとコーヒーを入れ替えた。これで飲めるわね。さっき、プリンツはコーヒー飲んでたし、問題ないはず。すると、ヒロが抹茶オレを持って戻ってきた。
「はい、ビスマルク。ガムシロとミルク貰ってきたよ」
「いらないわよ!」
「だから何処に無理する必要が……」
「無理なんてしてないわ!」
言うと私は入れ替えたコーヒーを飲んだ。これで、勝つる!と、思ったら苦かった。
「ブッフー!」
「キャッ!ね、姉様⁉︎どうしたんですか⁉︎」
思わず吹き出してしまった。ブラック、だと……?
「ぷ、ぷりんつ……あなた、コーヒーにシロップは……?」
「……い、いれませんけど……?」
私の目尻にじわっと涙が浮かんだ。
「うわぁーん!裏切り者ぉー!」
「ね、姉様⁉︎どうしたんですか?」
「プリンツ、そっとしておいてあげな」
私はしばらく、顔をあげられなかった。
*
ようやくショックから立ち直り、私は今度は聞き返した。
「じゃあ、ヒロはどんな食べ物が好きなの?」
「基本的に何でも食べられるよ。ただ特に好きなものって言ったらビスマルクと同じで甘いものかな。それとラーメン」
「ラーメン?何それ?」
「あーそっか。日本に来たばかりで食べたことないのか」
「どんな食べ物なの?」
「うーん……どんな、と言われても……麺類としか……」
「麺類かぁ……あまり食べたことないわ」
「大丈夫だよ。ラーメンが嫌いな人なんて基本的にいないから。ビスマルクも気に入ってくれると思うよ」
ラーメンかぁ……少し食べてみたいかも。
「そうだ、このあと寄っていかない?私達は今日の夜はもう予定ないし。………プリンツもなかったわよね?」
「はい、ありませんよ。ヒロ、終わりました」
プリンツからプリントを受け取るヒロ。そのまま採点を始めながら言った。
「うーん……そうしたいのは山々なんだけどさ、俺はこのあと家帰って妹達の面倒見ないといけないから」
「そうなの……。というか妹いるの?」
「ああ。2人ね。家じゃ俺が2人の面倒みてるからさ」
「ご両親は?」
「母さんは仕事。父さんは漁師だったんだけど……深海棲艦を釣り上げてね」
「はっ?」
「そのまま襲われて死んだよ」
………泣けばいいのか笑えばいいのか分からないんだけど……。
「ご、ごめんなさい……嫌なこと聞いちゃったわね」
「気にしないでいいよ。まぁ、俺がいなくても妹は2人ともしっかりしてるし、大丈夫だと思うけど。それでも、俺が家事とかしてやれる時はしてやりたいからさ。……ほいっ、プリンツ。満点」
「ありがとうございます」
「じゃ、今日はここまでだね」
…………と、なるとこのプリントは、家事とかで忙しい合間に作ってくれたものなのね。家事、学校、バイト、その上で私達の面倒まで見てくれてるんだ……。
「気にしないでいいよビスマルク」
まだ何も言ってないのに私にヒロは言った。
「父さんが死んでから色んな人に親切にされたからか、俺も困ってる人は放っておけないタチでさ。全然、迷惑だなんて思ってないから」
「…………」
「じゃ、次は四字熟語とかそういうのやろうと思うから。またね」
コーヒーを飲み干して店を出て行くヒロの背中を私はただ眺めていた。