サモンナイト2
ネスとトリスの幼少期小説。

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あなたへの月

 

 

 月の冴える、風の静まった夜だった。

 石畳の中庭を、ネスティは歩いていた。

 青い影を落とす銀盤の光を浴びて、ただ歩みをすすめる。

 

 どこへ?

 

 自分でも、わからなかった。

 

 

       ◆

 

 

 クレスメントの末裔の少女がこの派閥本部へ連れてこられてから、季節が一巡りした。

 はじめは捕まった野良猫のように警戒していた少女も、ようやくここの生活に慣れたようで、子供らしい屈託ない表情を見せることもしばしばだった。

 ただ、やはり平民嫌いの派閥にはやはり馴染み切らないらしく、周囲と衝突するたびに、懲りもせず脱走騒ぎを繰り返している。

 そして彼女が連れ戻されるたびお説教をくれるのが、彼の役目のひとつになっていた。

 

 初めて逢ったあの日から、少女は自分になつきっぱなしだった。

 最初は何処へ行くにもついて歩いて、まるですり込みされた雛のようだと義父からからかわれたこともある。

 もちろん、戸惑いながらも懸命に面倒を見ているネスティを信頼してくれてのことではあるが、歳に似合わぬ大人びた性格と思考を持ち合わせたネスティには、なかなかに不本意な状況である。

 なんべん叱っても脱走し、隙さえあれば彼の目を盗んで昼寝。一晩かけてのお説教も全く効果なし。

 そのくせ、これだけ叱っても彼を疎うそぶりなどみじんも見せず、舌っ足らずの甘えるような声で自分を呼んではつきまとう。

 忙しいからとか邪魔だとかつっけんどんにはねのけても、まったくこたえたふうがない。彼だけは、どんなことがあっても自分の味方だと信じて疑っていないようだった。

 それが、苛立たしくて。

 無条件に守ってもらえると信じているような、その無垢な瞳が忌々しくて。

 伸ばされた手を払い除けた。

 その勢いに呑まれたように立ち尽くす少女を置き去りにして、それから半日、ずっと書庫にこもって顔をあわせなかった。

 本をめくってもめくっても何一つ覚えることはできず、苛々と唇を噛む。

 そんなことをしている自分が、酷く醜く思えた。

 

 

 夜も遅くなってようやく岩戸から出てきたネスティを見ても、養父は何も言わなかった。

 彼もまた、全てのしがらみを知ったうえでネスティを引き取り、トリスの後見人になった身だ。

 異界人である養子を本当の息子のように愛し、世界を滅亡の瀬戸際まで追い込む元凶を造った稀代の召喚師一族の末裔である少女を守っている。

 それがゆえに、異端を嫌う派閥の中枢からはたびたび疎まれ、才有りながらも師範の地位に甘んじて。

 そんな養父を尊敬してはいるが、彼のような人格者になるには、ネスティはまだ幼すぎた。

 ラウルも、彼に不相応な無理を強いたりはしない。ただ、必要と思われること以外には手を貸そうとはせず、日々の様々な騒動に関しても、基本的には二人の相談相手にとどまっている。

 全ては、彼等自身の手で切り開いて行かねばならないと、やがて来る未来を見通していたのかも知れない。

 

 何故か味気ない夕食を一人きりで取り、翌日の講議の用意をして、夜着に着替える。

 そのたびにいやでも目にしなければならない、自分の身体。

 異界人であることの証明。

 普段でもあまりいい気はしないが、こんな不安定な気持ちの時は更に気が滅入る。

 

 ライルの名は、表立っては語られることはない。

 クレスメントの名が禁忌なのと同じように、彼の本当の名も、人々の忌むところだから。

 だが、自分はネスティ・ライルだ。

 ネスティ・バスクの名は不快なものではないが、今際のきわに母が泣いた、その言葉を、忘れることはできない。

   ”あなたは、ロレイラルの融機人・ライル家の、最後の一人”

 他には何も残してやれないの。

 そう呟いた声だけが、彼にとっての《母親》の記憶だった。

 異界で虐げられながら、息を殺して生き延びてきた、自分の一族。

 いっそ自分に至る前に絶えてくれればよかったと、己が一族を恨むほどの、無惨で残酷な永劫の記憶。

 異種族人の間にただ一人残されて、一族の終焉を看取るのが、自分の定めなのか。

 血も通わぬほどきつく握りしめていた掌をたまらない思いで開くと、そっと廊下へ出た。

 しんと静まり返った石造りの建物は、季節を問わずひんやりと冷たい風を寄越す。

 まるで何かを拒むように。

 異質なものをことごとく忌む、この派閥の気風のように。

 

 

 夜半もすぎて皆寝静まり、彼を見咎める者もいない。

 蒼い風だけが、月光を受けて森のように佇む木々をそよがせてゆく。

 敷き詰められた白い石畳が、おぼろげな光を受けて淡く浮かび上がるように輝き、見慣れた庭を夢幻的な絵画のように見せていた。

 そのなかをただ彷徨うネスティは、まるで幽鬼のように見えたろう。

―――いっそこのまま消えていければ。

   そうすれば、悩みも苦しみも消えるのか。

 何一つ感情を浮かべていない貌の内側で、激情の嵐が渦巻いている。

 息がつまるような悲嘆と、耐えきれない憤りと。

 それが方向性を持った時、足はひとつの部屋へ向いていた。

 

 そっと、音がしないように扉を開ける。

 真っ暗だと思った部屋には、カーテンが開け放ってあるおかげで薄ぼんやりした月光が投げ込まれていた。

 さほど大きくない窓際に置かれたベッドには、寝具に埋もれるようにして、少女が眠っている。

 その小さな顔にも、柔らかい髪にも、青白い月の光がかかっていた。

 物音をたてないように、ベッドに歩み寄る。

 無表情のまま、浅く寝息を立てている少女を見下ろした。

 運命すらねじ曲げるほどの魔力を持つという、伝説の召喚師一族、クレスメント。

 その無謀ともいえる望みの果てに引き起こされた暴挙と、リィンバウム全てにもたらされた絶望。

 

   過ちは消せない罪と罰

 

 自分の一族が舐めさせられた辛酸は、この世界を訪れた時から始まった。

 ようやく安住の地を見つけたと安堵したのも束の間、やがておしつけられた更なる過酷。

 これが生まれた世界を見限り、逃げたことへの罰なのか、それとも贄を捧げてまで力を求めることに手を貸した罪の酬いなのか。

 苦しみ抜いた一族の全てを、自分は背負って。

 目の前で眠る少女は、クレスメントの名すら知らずに。

 こんなに間近なのに、互いの間にはなんと深い溝のあることか。

 

 無意識に、手が伸びた。

 細い、華奢な首を、その掌で包む。

 微かな呼吸と、ゆっくりした鼓動が伝わってくる。

 何も考えないまま、もう片方の手も添えた。

 このまま、力を込めれば。

 真っ暗な中に、浮かび上がる声。

 自分の力なら、簡単に縊れるだろう。

 非力な少女だ。抵抗などできないまま。

 どこかが麻痺したような思考。

 両手にかすかな力が入る。

 少女の様子に変化はない。

 次第に強くなっていく、圧力。

 

「ネ、ス……」

 

 吐息に混じるかすれた声に、冷水を浴びせられたように正気に戻った。

 魅入られるように顔を寄せていた姿勢から飛び退く。

 冷たい脂汗と、叩き付けるように速い鼓動が、自分が何をしようとしていたかを思い知らせた。

 殺そうとしていた。

 なにも知らず眠る少女を。

 いつも彼女が無心にすがりついてくる、この手で。

 突き上げてくる悲鳴を両手で押さえつけるように顔を覆った。

「僕、は、なんてことを……っ」

 ライルの悲運も、この意に添わぬ牢獄のような人生も、彼女の罪ではないのに。

 こぼれ落ちた滴が、目が醒めた様子もない少女のなめらかな頬を伝う。

 その目元に、かすかに涙の跡が残っていることに気付いた。

 きっと、泣いたんだ。

 昼間、自分に冷たくされて。

 師範もそれを知っているのだろう。でも、叱らなかった。自分を信頼して、任せてくれているから。

 それを、全部滅茶苦茶にするところだった。

「ごめん、トリス……」

 髪を撫でて、額を寄せる。

「ごめん」

 嗚咽を噛み殺し、繰り返した。

 

 世界に取り残されたのは、彼女も同じ。

 共に取り消せぬ過ちを負った罪人の、最後の一人。

 自分が守らなくて、誰が守るというのだろう。

 この異質なものばかりの世界で、ただ一つ自分達の手を取ってくれた一族の末裔を。

「僕が、守るから」

 月の光を受ける少女は、何も知らず眠っている。

 その頬を、そっと撫でた。

「君を傷つけるものから、必ず守るから……」

 それが、どんなものでも。

 やわらかい頬に手を添えて、額にそっと唇を寄せる。

「君には、悪夢なんて見させない」

 小さく言って、そっと部屋を出た。

 

 

 

「ネスティ!!」

 聞き慣れた、相変わらず舌ったらずな声が、血を吐くような悲鳴で自分の名を呼ぶ。

 逆巻く瘴気の中、崩れ始めた要塞のコンソールに指を躍らせて、ネスティは場違いなほどに優しく微笑んだ。

 今まで見たことがないくらい、穏やかで満たされた表情に、トリスが息をのむ。

 聞かなくても、言わなくてもわかってしまった。

 最初から、彼がそのつもりであったことが。

 自分にしかできないと、わかっていたことが。

 

 もう、ほかに道はないことが。

 

 

 たとえそれで、僕が死ぬとしても。

 君が生きていてくれるならそれでいい。

 

 あの日、誓ったから。

 

「君の愛する世界だから、守りたいんだ」

 

 

 

END

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サイトを閉じたので、サモンナイトもちらほら載せていきます。
懐かしいなーとでも思っていただければ嬉しいです。

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