知り合いの情報屋の幾つかを尋ね周り、オシュトル殿について一通りのことは知れた。
一つ、帝都の裏で『右近衛大将オシュトル』が何かをした痕跡は一切ない
一つ、ここ最近『右近衛大将オシュトル』は公的に帝都を出た記録はなく、帝都に駐在しているはずである
一つ、明らかに兵卒ではないのに、オシュトル邸を出入りするネコネという幼い少女の存在
さらに興味深い噂が一つ。
オシュトル殿が何らかの活躍を見せた際に、かなりの確率でその現場に現れている『ウコン』という男の存在。
聞けば、そのウコンという男、腕っ節も強い上に人格者で帝都の一部ではそれなりに有名なんだとか。どことなくとある人物を連想させる存在である。
更にはそのウコン、先程のネコネの兄であるらしい。2人で居る所が目撃されていたり、本人達が自ら兄妹だと言っていたりするらしいのでほぼ確実である。
ここまでくれば、このウコンという男、確実にオシュトル殿と何らかの繋がりがあると思って間違いないだろう。
裏社会で色々やらかしているブルタンタ…もといデコポンポとは違い、真実清廉潔白であるらしいオシュトル殿には、後暗くなくとも何らかの秘密があるようだ。
正直、万が一の時に大将に有利に働きそうな情報はあまり得られなさそうだったが、ここまでくれば意地である。情報屋にも少なくない金額を払っているわけだし、オシュトル殿の秘密を明らかにするまでは引き下がれない。
聞けば、そのウコンという男、1ヶ月程前に護衛の任務を受けてシシリ州クジュウリへと男集を引き連れて出かけて行ったとか。
アンジュの、オシュトル殿を最近見かけない、という言葉を思い出した。
何らかの理由で会えていないだけかもしれないが、ウコンという男が帝都を出たのと同時期にということが妙に引っかかる。
実際にオシュトル邸を訪ねて探ってもいいが、今まで一回も交流したことのない相手の所を表向き何の用もない者が訪ねるのは不自然すぎる。ましてや俺はオシュトル殿と対立しがちな大将の従者である。下手に訪問などすれば無用な争いの種を蒔きそうだ。
となれば、ウコンの方の探りを入れる方が良さそうだ。幸い、彼は非常に交友関係が広いらしい。適当な事を言って周囲の人間から情報を得るか。
行動方針が決まってきたところで、ウコンが良く現れるという帝都の一角に向かう。
流石大國ヤマトの首都、といったところだろうか。通りは活気に満ち、道に面した数々の店が自らの商品を道行く人に売り込んでいる。
(―――ん?)
ふと、鼻が捉えた甘い匂いに意識が引っ張られる。匂いの方向を見ると、そこには焼きたてのクニュイを売っている屋台があった。クニュイとは溶き卵の甘い生地に、煮詰めた果物や香草を入れ何層かに丸めて焼き上げた菓子である。滋養があって子供にも人気があるようだ。
その為、クニュイを売っている店は間が悪ければ人がたくさん並んでいて中々買えなかったりする。しかし、ちょうど今は、客は誰もいないようだ。
(ちょうど腹も減ってきたことだし一つ買って食べるか)
実のところ、甘いものは嫌いではない。昔から女子供に交じって菓子などは良く買っていた。大将からは変なものを見るような目をされたが。
朝から情報収集に駆け回っていたことで生じた空腹に正直になって屋台に近寄る。
黄金色に輝くクニュイは、匂いと相まってより一層美味しそうだ。どうやら残り1個だったらしいそれを買い、早速口に運ぼうとした、その時。
「わりぃなお嬢ちゃん、クニュイは今ちょうど売り切れちまったんだ」
「そ、そうなのですか…」
先程の屋台からきこてくる声に何となく目を向ける。
そこには申し訳なさそうに品切れを告げる店の人間と、項垂れている幼い少女の姿。桃色を基調としたような可愛らしい服装に、小動物を連想させるような顔立ちの少女は、どうやらクニュイを買いたかったらしい。悲しげに耳が垂れている。一瞬、頭の片隅に何かが引っかかったが、あまりに小さいそれは追求する前に消える。
自分が先ほどその最後の一個を買ってしまっただけにどことなく気まずくて少女を見ていると、ふと顔を上げた少女と目が合ってしまう。
その視線は自然と俺の持っているクニュイへと向かい、残念さと物ほしさの混ざった悲しい表情を浮かべた。本人に悪気は無いのだろうが、俺の良心はちくちくと痛む。正当に買ったものとは言え、俺は大の大人の男、相手はまだまだ幼い少女である。申し訳なさが鎌首をもたげてきた。
「あー…、もし良かったらいるかい?」
「っ!?…そ、それは貴方が正当に手に入れた報酬なのです。情けは無用なのですよ!」
と言いつつも目は口ほどにものを語っている。明らかにクニュイが欲しそうだ。
「ははは、子供が遠慮なんかするもんじゃない。安心しな、今買ったばかりだから毒なんて入ってねえし、口もつけてない」
「で、ですが…!」
「ほらよ」
クニュイを少女の前に差し出す。目の前にしてその凶暴的なまでに甘い匂いが漂ってきたのだろう、少女の視線は言ってることとは裏腹に菓子に釘付けである。
「遠慮するなってば」
「…むむむ」
「せっかく焼きたてなのに勿体無いぞ?」
「………です」
「ん?」
「あ、ありがとうございますです」
甘い匂いに根負けしたのか、少女はおずおずとクニュイを受け取ると小さく頭を下げた。
「その歳できちんと礼が言えるとは、立派じゃないか嬢ちゃん!」
なんとなくアンジュを思い出し、少女の小さな頭を乱暴に撫でる。極力手加減をしてはいるのだが、体躯の小さい少女は俺の手の動きに合わせてグワングワンと揺れている。
「や、止めるです!子供扱いするんじゃないですよ!」
「おっとすまねえ。つい知り合いの子供を思い出してよ」
「……別に、気にしてないです。それにしても、外見の割に力の強さが尋常でないのです」
「おう?そういや良く言われるなそれ」
これでもしっかりと鍛えているハズのだが。もしかしたら父方の血が影響しているのかもしれない。
まあ、俺の周囲の人間は自然と体型の比較対象を大将にしているようなので然も有りなんである。あのような大男は滅多に見かけない。
そんなに頼りなさげに見えるかねと腕を組む俺を見つめ、少女は慌ててそういえば!と声を上げた。
「これのお礼がまだだったのです!ちょうどこれを買うはずだったお金があるので、受け取って欲しいのです」
そう言って少女は荷物を漁ると、クニュイの代金を差し出してきた。
「いや、クニュイの代金なんてたいしたことないんだ。別にいらねえよ」
内心、子供から金を貰うのもなあと肩を竦める。口にすれば怒られそうなので言わないが。
「なっ、いいから受け取るですよ!見ず知らずの人に貰いっぱなしなんてダメなのです」
「そんな菓子一つで大げさな。こんなことくらいで嬢ちゃんにたかったりはしねえから安心しな」
「…むぅ」
不満そうな少女の顔に思わず苦笑する。妹や娘みたいな存在がいればこんな感じなのだろうか。
「どうしても不満ってなら、金はいらないから今度俺が困っている時になんか助けてくれや。もちろん出来る範囲で構わねえ」
取り敢えず適当なことを言ってこの場を誤魔化すことにした。俺がこの少女に助けを求めることは無いだろうが、こうでも言わないと納得しなさそうだ。
「……ネコネです」
「おう?」
「私の名前です。ネコネと言うです。私の名前を知らなかったら、私に助けを求めることができないですよ?」
「ほお?了解した、嬢ちゃんの名前はネコネだな。…ん、ネコネ?」
ネコネという言葉に何か引っかかる。桃色を基調とした服に小動物めいた容姿。ネコネという名前。
「……あ」
思い出した。
初めて見た時に何か引っかかるものを感じたが、その正体も判明した。
情報屋から得た、オシュトル邸を出入りするネコネという少女。その少女の特徴と一致しているのだ。
とは言っても帝都は広い。たまたま似たような姿の同じ名前の人間が一人くらいいてもおかしくはない。ここは慎重に行くべきだろう。
「なあ、嬢ちゃん」
「何ですか?」
突然硬直して考え込んでいた俺を、不審そうに見るネコネ。心なしか先程よりも距離が遠い。
「これは噂で聞いたのだが、お嬢ちゃん、あのウコン殿の妹さんかい?」
「!…兄様を知ってるのです?」
「ああ、やっぱりそうなのか…。ウコン殿は有名だからな、当然さ」
「兄様が…。当然です!兄様は立派な方なのです!」
俺がウコンについて触れると、ネコネは目を輝かして胸を張った。どうやら兄のことをとても好いているようである。
(しっかし、偶然にしちゃ出来すぎてるってくらいだな。まさかクニュイを買おうとしたら件の嬢ちゃんに遭遇するとは)
考えてみれば、これはウコンについて探る絶好の機会ではないだろうか。ネコネという少女は、言わばウコンに一番近い存在である。信頼性の高い情報を入手出来るはずだ。
「へぇ、噂にゃ聞いていたが、そんなにすごい人なのかい?そのウコン殿は」
にっと笑みを浮かべて、不自然さのないように尋ねる。問われたネコネは、待ってましたとばかりに口を開いた。
「そうなのです!兄様は武芸に優れているだけではなく知略にも長け、周りの人からも慕われているのです!帝都では既にいくつもの事件も解決しているのです!」
「そりゃあ凄いな。で、そのウコン殿は今日はどうしたんだい?一緒じゃないのか?」
既に情報としてウコンが帝都を出ていることは知っているが、そしらぬふりで聞く。途端、ネコネは耳と尻尾を垂れさせ、笑顔を曇らせた。
「兄様は、今はお仕事で帝都を出て行っておられるのです。遠くへと出かけられたので、暫くは会えないのです」
少女は心配そうな表情を浮かべて小さな手を握り締めている。これだけ幼いのだ、まだ兄が恋しい年なのだろう。
「へえ、帝都を出ていくような仕事まで任されてんのか。信頼されてんだな」
大國ヤマトの首都であるここ帝都は八柱将を始めたくさんの兵士に守られ安全である。しかし、一歩外に出ればその状況は一変する。外には危険な生物や盗賊、タタリのような存在までいるのだ。その為帝都から外へと出ていく仕事には、それがどのような内容であれ、ある程度の力を必要とされる。つまりウコンは、それだけ仕事の依頼主に高く評価されているということである。
「兄様なのだから、当然です!…ただ、今回はいつもより重要な仕事だから、少し心配なのです」
「へぇ、そうなのかい?」
「はい、オーゼン様から……の………あっ」
「…オーゼン様?」
「あー!あー!何でもないのです!!!」
「えーと、嬢ちゃん?」
「あっ、そういえば用事が有るのを思い出したのです!!さよならっ!!!」
俺の追求を許さず、素早い動きで走り去るネコネ。あっという間に帝都の活気ある通りの向こうへ消えていく小さな背中を、俺は呆然と見送った。
オーゼン様。ネコネはさっきそう言った筈だ。その名前に、俺は聞き覚えがあった。
(クジュウリ皇オーゼン)
ウコンが向かったという場所はクジュウリ方面。更には今のオーゼン殿の名前。
(同姓同名の別人ってことは…多分ないだろうな)
ウコンという男に、どうやらオーゼン殿も関わっているようだ。オーゼン殿はクジュウリの皇であり八柱将の一人である。只の男が関われる存在ではない。ますます興味深いことになってきた。
幸い、今日はこれといって仕事はない。まだ、調査に時間をさけそうだ。
「おい、聞いたか!またオシュトル様がお手柄らしいぞ!」
「本当か!?」
「ああ、本当だ。なんでも、何とか…ええと、モズヌ?とかっていう盗賊団の隠れ家を見つけられて自ら捕縛に向かわれたとか」
「モズヌっていうと、帝都とクジュウリの間で悪さばっかりしてる奴らじゃねぇか」
「今まで憲兵が何回も取り逃がしてきたっていうのに拠点まで見つけられるとは、流石はオシュトル様!」
「違えねぇ!オシュトル様にかかれば、そいつ等が捕まるのも時間の問題だな!」
ふと耳に入ってきた会話に足を止める。オシュトル殿が賊の捕縛、などと今は聞き逃せない言葉だ。
わいわいと盛り上がっている男たちの方へと歩み寄る。
「よぉ、兄ちゃん達!」
「おお!?」
「誰だ、兄ちゃん?」
突然話しかけてきた見知らぬ存在に、若干警戒する男たち。俺は、出来るだけ人好きのする笑顔を浮かべて言った。
「俺か?俺はレオ…いや、レオンっていう者なんだが、さっきの話俺にも詳しく教えてくれないか?」
後で書き直すかもです。
次話、やっとこさメインキャラ(ハクやクオン、ウコン)と遭遇予定。