長瀬恵は動かない   作:イヌガミケ

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※注意
日付は作者が適当につけました。


その1「入学式~織斑一夏との邂逅」

2012/04/09月 0830

 今日は入学式。ISについての話以外はいたって普通の入学式だった。式が終わり教室に入ると私の席は窓側で前から四番目だった。教室全体を見ると五人、六列の形で机が並んでいた。

そして私の右斜め前、真ん中の一番前には「男子」生徒が座っていた。彼の名前は織斑一夏。女性にしか動かせなかったISを世界で初めて起動させた人間である。

 今から二カ月ほど前、彼がISを動かしたことがニュースで報道された。世界を動かすほどの力を持ち、女性にしか扱えなかった代物を男性が動かしたということで国内だけでなく世界中で騒ぎになった。恐らく毎日のように家にマスコミが押し掛けたのだろう。そしてそいつらや織斑一夏の体を調べようとする連中から彼を守るためにこの学園に入れたと報道された。

 つまりこの学園に存在する唯一の男子である。気のせいか体が震えているように見えた。顔は見えなかったが険しい表情をしているのは容易に想像ができた。

 しばらくして教室のドアが開き女性が入ってくる。教壇に上ると教卓から山田真耶と書かれたプレートが表示される。彼女はこのクラスの副担任と自己紹介をした。では担任はどこにいるのかと疑問に思っていたら用事で遅れることを彼女は話した。そして彼女によって学園の説明が行われた。と言っても世界で唯一のIS専門の学校であることや全寮制であるなどの説明をしていたがどれもパンフレットの内容と大差なく、特に目新しいものはなかった。

「みなさん、仲良くしましょうね!」

 そう彼女が言葉を投げかけたがクラスの生徒たちは反応しなかった。応えると思っていたのか彼女は戸惑っていた。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと……まずは相川さん」

 微妙な空気の中、自己紹介が始まった。その間も彼、織斑一夏は震えていた。すると彼は左を向いた。視線の先には二人の生徒、そのうち私と同じ列にいた長い黒髪にポニーテールの子が彼に対して顔を背けていた。彼女に助けを求めていたのだろう。助け船を出してもらえないことに落ち込んでいたためか彼は自己紹介する順番が回ってきたことに気付いていなかった。山田先生が何度も呼びかけてようやく気付いた。

「自己紹介してくれるかな? ダメかな……?」

 新入生、しかも初めての男子生徒で扱いが分からないのもあるかもしれない。けどそこまで生徒相手に下手に出ていいのだろうかと思ってしまった。

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 彼女に促され彼が自己紹介をする。それによってクラスの視線が一気に集まる。世界初の男性IS操縦者がどんな話をするのか、そんな期待を込めた視線だった。しばらくの沈黙の後、彼は深呼吸をした。何を言うのか、と私も含め全員が息を飲んだ。

「以上です!」

 期待外れの言葉に一同がひっくり返った。戸惑っていた一夏にいつの間にか教室に入ってきた黒いスーツの女性が近づく。そして彼の頭に拳骨を落とす。

「げっ、千冬姉――グハッ!」

 再び彼に拳骨が落ちる。

「全く……。ここでは『織斑先生』だ」

 千冬姉という呼び方や彼と同じ苗字、そして今のやりとり。これらから察するに彼らは姉第と察した。(この後、彼女に確認したらやはり姉弟だった)

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物にするのが私の仕事だ」

 彼女が口を開くとクラスから黄色い歓声が上がる。ある人は彼女に会うために北九州から来たという子までいる。

「ハア……。どうして私のとこにはこういうバカが集まって来るんだ」

 さすがに言い過ぎではないか、と思ったがますます騒がしくなった。お姉さまもっと罵って、などという輩もいた。何しにここに来たのか疑うレベルだ。

「静かにッ!」

 彼女の声で静まり返る。それほど彼女の言葉には迫力があった。

「諸君らにはISの基礎知識を半年で覚えてもらう。その後に実習を行うが、これも半月で体に浸み込ませろ。分かったか? いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ」

 彼女は織斑千冬。日本の元国家代表生でISの世界大会「モンド・グロッソ」の第一回総合優勝および格闘部門優勝者だ。モンド・グロッソとは世界各国のIS操縦者が国の技術力を競うスポーツとしての側面が強い大会だ。世界を震撼させたISがスポーツで使われるようになったのには理由がある。

 「白騎士事件」の後、ISは兵器としての開発が急速に進んだというのは前にも述べた。しかし事件から二年後、国連に設立された「国際IS委員会」の会議で「IS運用協定」、通称「IS条約」または「アラスカ条約」が採決された。その条約で研究用などに使っていたISを軍事用に転換することを禁止した。その代わりに国際IS委員会は二年後にISの世界大会を開き各国の技術力を競うことを決定した。それがモンド・グロッソである。

 大会の総合部門優勝者にはIS操縦者として最高の称号である「ブリュンヒルデ」を与えられる。第二回大会でも彼女の総合優勝が確実と言われていたが決勝戦で突然の棄権、相手の不戦勝になった。そのため総合優勝もその相手に決まったが「彼女を倒さずして『ブリュンビルデ』を名乗るわけにはいかない」と称号の授与を辞退したという逸話がある。そのためブリュンヒルデの称号を持っているのは彼女だけである。

 

 

同日 0935

 一限目が終わり今は休み時間。一夏は早速女子たちのグループの話題になっていた。誰が話しかけるのかということだった。私自身、彼に興味はあったがこの状況で行くと抜け駆けなどと言われてしまう。様子を見ていると一夏の前に一人の少女が近づいた。その子は自己紹介の時に彼が助け船を求めたポニーテールの子だった。

「ちょっといいか?」

 彼女がそう言うと彼を連れて教室を出て行った。私と数人の女子が慌てて追いかける。向かったのはこの校舎の屋上だった。私たちは屋上の入り口に隠れて二人の様子をうかがった。距離があったため会話の内容は聞き取れなかったが恐らく小学校か中学校の同級生なのだろう。しばらく待っていると二限目の予鈴が鳴ったので私たちは教室に戻った。

 

 

同日 0945

 二限目の授業が始まった。内容はPICやハイパーセンサーなどISの基礎知識に関するものだった。IS学園はISの専門学校だが法律上は高校である。なので数学や国語などの一般教科もあり、その中に「IS」という単元が入っている。

 ふと一夏の方をちらっと見ると教科書を睨みながらペラペラとページをめくっていた。恐らく目当てのページが見つからずに焦っていたのだろう。その様子を見て山田先生が一夏に分からないところを聞いていたが彼はほとんど分からないと答えた。

IS学園に入る人間は大抵、中学の初めから勉強を始める。彼がISを動かしたのはほんの数ヶ月前。苦労するのも無理はないと思った。

 先生は他に分からない人がいないか尋ねたが誰も手を上げなかった。本当は何人かいるだろうに。

「織斑、入学前に渡した専門書はどうした?」

 織斑先生のいう専門書とはIS学園が入学する生徒全員に配布している「IS専門書」のことである。私も入学の前にそれを渡されたが分厚い上に専門用語のオンパレードだったので数ページで読む気が失せた。仕方なく書店で売っている参考書を買って勉強を始めた。私が買ったのはNHCという会社から出ている本で非常に分かりやすく書かれている。後ろの方には専門用語の辞書も付いているので、これを片手に専門書を読んだ。

 読んでみて分かったことだが専門書も読めると応用が利く知識を得られる。だがアレを初見で理解することは不可能だ。これに関しては改善したほうがいいと感じた。

「専門書ってあの分厚いやつですか?」

「そうだ。『必読』と書いてあっただろう?」

「あっ……えっと…古い電話帳と間違えて捨てちゃったかも――」

 織斑先生が出席簿で一夏をはたいた。普通では出ないような鈍い音が発せられた。

「後で再発行するから一週間以内で覚えろ」

「いや、あの厚さで一週間じゃ――」

「やれと言ったらやれ」

 ギロリと彼を睨みつける。

「はい……」

 先ほどのやりとりで私の彼に対する評価が一気に落ちた。いくら勉強不足だったとはいえ専門書を捨てるとはISを扱う人間として自覚が足りないのではないか。ISを動かしてココに不本意で入ってしまったとしても入った以上はそれなりのことはしなければならないはずだ。

 それにISを理由に女性至上主義を掲げ、男子を虐げる連中もいる。私の中学にもそういう輩はいた。よく考えればおかしな話だ。当の本人はISを持っていないのになぜあそこまで威張れるのか不思議に思っていた。彼女たちから見れば彼は自分たちの特権だったISを奪う存在になる。今の女尊男卑の風潮ならそれくらいのことは理解しているはずなのに。

 私が最初に思った織斑一夏の印象はあまり良いものではなかった。

 

 

同日 1310

 昼休み。さっきのがこたえたのか一夏は机に伏していた。彼に対する興味が一日目で冷めてきた。彼の観察をやめ、自分の勉強に戻ろうとした時、一人の生徒が彼に話しかけた。

「ちょっとよろしくて?」

「ふぇ?」

「まあ何ですの、そのお返事は! 私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるでしょ?」

 一夏に話しかけたのはセシリア・オルコット。私と同じ一組の生徒で名前の通り外国、イギリスから来た留学生だ。しかしただの留学生ではない。IS操縦者の国家代表候補生だ。

 ISの世界大会のモンド・グロッソに出場するためには国内で優秀な成績を収めて国家代表生というものになる必要がある。その国家代表生を育成するために国家代表候補生という枠が設けられている。つまりセシリアは国家代表の一歩手前にいる実力者だ。ただ高飛車な態度が少し気に障る女性だった。

「まあ私は優秀ですから、あなたのような人間にもやさしくしてあげますわ。分からないことがあったら、まあ泣いて頼まれたら教えてあげてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したものですから」

「教官なら俺も倒したぞ」

「……何ですって…!」

 先ほどまで自信満々に語っていた彼女の声が震えていた。自分以外で教官を倒した者がいることが信じられなかったようだ。だがよく彼の話を聞くと彼自身が倒したというよりは教官が突っ込んできたのをかわしたら壁に激突してそのまま動かなくなった、つまり相手の自滅である。 しかし彼女の耳には届いていなかったようだ。

「あなたも教官を倒したというのですか!」

「お、落ち着けって……」

「これが落ち着いていられますかッ!」

 彼女が問い詰めようとしたら授業の予鈴が鳴った。

「っ……! 話の続きはまた改めて、よろしいですわね!」

 そう言うと彼女は自分の席に戻った。その姿を見て私は中学時代にいたある人の事を思い出していた。

 

 

同日 1700

 その後は特に記録するほどの出来事はなかった。授業が終わり、放課後に山田先生から部屋の番号を教えてもらい部屋へ向かった。中に入ると既に同居人が奥の方のベッドでくつろいでいた。

「あれー? 長瀬じゃん。あんたもこの部屋なの」

「ええ、『また』よろしくね、清香」

 同居人は同じクラスの相川清香だった。クラスの出席番号が一番で最初に自己紹介した子であり私の中学校の同級生でもあった。自分が奥の方のベッドに座りたかった気持ちを抑えつつ挨拶をして荷物を整理し始めた。

「ねえねえ、長瀬から見て織斑君の事どう思う?」

 粗方片付け終わった頃に彼女が話しかけてくる。

「どうって言われても……普通かな」

「ふーん」

 訝しげに私を見つめる。

「本当の所は?」

「……IS操縦者としての自覚が足りないんじゃないかな? 専門書を難しいから読んでないだったらまだ分かるけど。捨てるってありえないでしょ」

「はあ、相変わらず辛口だねえ」

「客観的な意見を言っただけよ……よし、片付け終了! じゃあ私飲み物買ってくるから」

「あ、待って。私も行く~」

 

 

同日 1730

 荷物を整理した後、清香と飲み物を買いに行った。その間も彼女は彼の事ばかり話していた。もっと仲良くなりたいだのそんな類の話をしていると曲がり角の向こうから大きな音がした。何事かと思って音のした場所に向かうと部屋の前で一夏が倒れていた。そして彼の後ろの扉には穴が開いていてその穴の一つから木刀の先端が突き出ていた。音に釣られたのか周りの部屋の女子たちが出てくる。目の前に男がいるというのに下着姿の子もいた。(私はちゃんと着ていた)

 無防備な姿の女子から目を背けつつ彼は木刀が刺さったドアの前で「お願いします箒様」と土下座をした。すると中から休み時間に彼を屋上に連れ出したポニーテールの子が出てきた。彼を部屋の中に入れ騒ぎは収まった。

「あそこが織斑君の部屋か~。良い情報ゲット!」

 部屋に帰る途中、清香は嬉しそうな足取りで歩いていた。1025室、彼とあの女子の部屋番号である。みんな彼の部屋番号が分かってウキウキしていたが彼の同居人が同い年の女子であることにどうしてツッコまないんだと考えてしまった。もしかしてこれは考えてはいけないことなのだろうか。

 

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