短編ネタ Fate/zero × 神座シリーズ   作:天狗道の射干

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サブタイトルは、シリアスキラー的な意味で。


リリなの全話改訂作業にちょっと飽きてきたので、気分転換に書きました。



三回目 早く来てくれシュピーネさん!

――そう。私は彼らに二度と会いたくない。あの五騎は恐ろしい……そして悍ましいのですよツァラトゥストラ。

 

 ~永劫に回帰する閉じた世界で、シュピーネさんが吐いた弱音語録より抜粋~

 

 

 

 

 

1.

 一台のタンクローリーが、その建物に突っ込んだ。

 大量の石油が引火して、盛大な炎の狼煙を上げている。

 

 サイレンを鳴らして消防車両が走り抜ける中、野次馬の群れとは逆方向へと歩く男が居た。

 

 名を、衛宮切嗣。

 この現状を齎した、元凶とも呼ぶべき男である。

 

 彼はある程度建物から離れると、懐から取り出した煙草を口に咥える。

 

 ライターで火を付け、その煙をゆっくりと吸い込み吐き出す。

 僅かにあった動揺や迷いと言った感情が、煙と共に消えていく気がした。

 

 セイヴァーとの繋がりにより、敵マスターが転移した施設を見つけ出した切嗣は、即座に手持ちの道具の中から対処に有効な物を見繕う。

 それがいざという時の為に用意した、石油満載のタンクローリーを突っ込ませると言う外道の手段。

 

 どうやらマスターだけではなく、囚われた子供達もまた転移によって中に居たらしい。

 それをセイヴァーより伝えられていながら、それでも衛宮切嗣は迷わずにこの選択をした。

 

 爆発炎上する建物内部は、まだ確認できていない。

 だが、もう敵マスターの死は確定であろう。キャスターのサーヴァントが消滅寸前となった事が、それを示している。

 

 或いはキャスターが自らラインを切断する可能性もあるが、それをする利点が何処にもない。

 念の為にこうして現場に残ってはいるが、実際にはもう終わっているだろう。魔術師殺しはマスター殺しに成功したと判断していた。

 

 攫われた子供達の尊い犠牲と、引き換えに――

 

 

「誰も泣かないで良い。そんな世界は、そんな楽園は、もう直ぐに出来る」

 

 

 子供達の年齢は、北の大地に残した娘と同じくらいらしい。

 罪を背負う。そう口にした切嗣に、セイヴァーが教えた真実。

 

 そんな現実に、心が痛む。

 それでも、選択は揺れない。

 

 もう直ぐ、永遠の楽園(ツォアル)は直ぐ其処にある。

 

 セイヴァーと切嗣の戦略は単純だ。

 天敵が弱っている内に排除し、そして倒せない敵は倒せない敵とぶつかり合わせる。

 

 彼の予想通り、ランサーはアーチャーに向かった。

 十中八九その対決はランサーが勝利し、アーチャーの宝具を簒奪したランサーは、次はバーサーカーへと挑むであろう。

 

 アーチャーが単独で挑むよりも、ランサーが取り込んだ後の方が勝算は高い。

 神話再現が発生すれば、まず間違いなくバーサーカーは撃破可能であろうと踏んでいる。

 

 ランサーはバーサーカー撃破後に、如何に相性の良い武器を得ようとも、バーサーカーは無傷では倒せない。消耗した瞬間を狙えば、敵にさえならないだろう。

 

 アヴェンジャーは街への被害を軽減する為に、勝手に消耗していく。

 ランサーとバーサーカーの戦闘が、駄目押しとなってくれる。放っておくだけで、アレは勝手に消耗して自滅するのだ。

 

 故にセイヴァー陣営にとって、対処手段が浮かばない敵はキャスターのみ。

 それを落とせる千載一遇の機会だからこそ、彼らはこうして賭けに出た。

 

 そして現状は上手く回っている。

 切嗣とセイヴァーの予想通りに、事態は推移していた。

 

 故に、楽園は直ぐ其処にある。

 

 

「だから、君達の犠牲も僕が背負うさ」

 

 

 永遠の楽園が生まれる時に、犠牲者達は救われる。

 だからこそそれまで、己を恨んだまま眠ってくれ。

 

 身勝手な救済者は、そんな風に思考して、煙を吐いた。

 

 

 

 瞬間に、彼の予想は音を立てて崩れ落ちた。

 

 

「な、んだと……?」

 

 

 思わず、口を吐いた動揺。思わず漏れた言葉。

 セイヴァーと共有した視界に見えた光景に、切嗣は嘔吐を堪えながらも自分の算段が崩れ落ちた事を理解した。

 

 

「馬鹿な、アサシン。……それに、バーサーカーが此処で動くだと!?」

 

 

 その目に映った光景は、シュピーネさんがキレイキレイにされる衝撃映像。

 そしてその背を追い掛けて出現した。最強最悪のバーサーカーの怖気を催す姿である。

 

 

「不味い。これはっ」

 

 

 セイヴァーを介していなければ、見ただけで死に至るであろう怪物。

 バーサーカーと言う下劣畜生がその場に現れたのは、何よりもセイヴァー陣営にとって、否全ての陣営にとって都合が悪い。

 

 彼らの策略は、バーサーカーが動かない事を前提として立てた物。

 アーチャーを完全に取り込んで、全力を発揮できる状態になったランサーが勝利する事を前提とした物。

 

 だが、今この瞬間。

 アーチャーもランサーも共に消耗している。

 

 そして、バーサーカーが狙うのは間違いなく――

 

 

「最悪だ! これじゃ、楽園が。いや、それ以前にっ、世界全てが消し飛ぶぞ!!」

 

 

 最早、キャスターのマスターを確認している余裕はない。

 一秒でも早く、バーサーカーのマスターを葬れなければ――

 

 

 

 世界は終わる。

 

 

 

 

 

2.

 そして、四騎のサーヴァントが集った場所。

 中空に位置するバーサーカーは、アサシンを見失って自閉する。

 

 何もない虚空で、呆然と座り込む子供の木乃伊。

 三眼を持つ邪神は気紛れに周囲を見回して、ソレに気付いた。

 

 

「見つけた」

 

 

 それはずっと、探し続けていた相手。

 何時までもへばり付いて、纏わり付いて離れない他人。

 

 完全に自閉したバーサーカーと言う怪物が、唯一認識できる血肉を分けた兄弟(ドウデモヨクナイアカノタニン)

 

 

「見つけた見つけた見つけた見つけた。見つけぇぇぇぇぇたぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 それを見付けた瞬間に、バーサーカーは動いた。

 狂気に満ちた笑顔を浮かべて、神々ですら認識出来ない速度で動く。

 

 それはアサシンを追っていた速度とは、まるで比較になりはしない。

 何百年も何千年も、ただそれだけを願っていた妄念は、そんな速度には収まらない。

 

 誰よりも速い白狼よりも速く、時を止める復讐者の神霊にすら制止できず、その場に居た四者が認識した時にはもう終わっていた。

 

 

「なっ!? きさっ――」

 

「煩い。煩い煩い煩い煩い。煩いんだよぉ、雑音がぁぁぁぁっ!!」

 

 

 標的となったのは、アーチャー。

 バーサーカーにとって、唯一認識出来る兄弟を抱えたサーヴァント。

 

 

「死ね」

 

 

 それを、踏んだ。

 

 

「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね」

 

 

 踏んだ。踏んだ。踏んだ。

 踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。

 踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。

 踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。

 踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。

 踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んで――乗って潰した。

 

 

「ああ、俺が純化されていく」

 

 

 磨り潰されて、消滅していくアーチャーのサーヴァント。

 その姿を見下ろしながら、穏やかな笑みを浮かべてバーサーカーが口にする。

 

 

「なんて、清々しい気分なんだ」

 

 

 サーヴァントとして召喚された今、両者の間に繋がりなどはない。

 純化された感覚などは錯覚に過ぎず、バーサーカーに纏わり付く塵は消えていない。

 

 それでも憎み続けていた兄弟の消滅に、バーサーカーは安堵の息を吐いて――

 

 

「あ?」

 

 

 その眼前に、黄金の槍が飛来した。

 

 

「何だ? お前」

 

「何。卿が磨り潰した彼らと、競い合っていた。卿から見れば、下らんであろう男だよ」

 

 

 飛来した槍は、黄金の総軍。

 彼に従う獣の爪牙と、将を踏み躙られて怒り狂う曙光の神々。

 

 その全能力を同時に発現した一撃は、しかしまるで蠅を払う様に跳ね除けられた。

 

 

「どうでも良いぞ。消えて無くなれ」

 

 

 既に望みを果たしたと錯覚するバーサーカーは、どうでも良いと手を軽く振る。

 

 まるで枯れ木の様に細い腕。

 子供の木乃伊が振るう腕が、街を揺るがせる。

 

 アヴェンジャーの加護がなければ、それだけで冬木市は愚か地球が消し飛んでいたであろう。バーサーカーとは、そういう域にある怪物である。

 

 

「ぐっ、っぅ――」

 

 

 当然、それはランサーも耐えられる者ではない。

 根源の渦より消し去る抑止の力にさえ耐える修羅道至高天が、ただ腕の一振りで消し飛ばされかけていた。

 

 

「あ? 何だ、これ」

 

 

 何やら、変な感触がする。

 羽虫を潰すくらいの力はあった筈なのに、羽虫はまだ息がある。

 

 それに僅か、疑問を抱いて――

 

 

「どうでも良いか」

 

 

 刹那で忘れた。

 

 そんな感触があった事は愚か、ランサーの存在さえ忘却して自閉する。

 

 白痴の怪物。唯我の化外。

 それこそがバーサーカーであるが故に、他人の事など直ぐに記憶から消え失せる。

 

 

「おのれぇっ、下種がぁっ!!」

 

 

 だが、それで済まないのがランサーの英雄達だ。

 赤騎士エレオノーレを筆頭に、彼に仕える全ての者が主への侮辱に怒りを募らせる。

 

 

「この汚物がっ! よくもぉぉぉぉっ!」

 

「枯れ堕ちろっ! クソ野郎がぁぁぁっ!」

 

 

 先行するは二つの白。最速の獣と吸血の鬼。

 

 

「ランサーには、結構思う所あるけどさっ!」

 

「お前は、此処で斬る!」

 

 

 続くは二柱の求道神。摩利支天と経津主神の剣。

 

 四つの害意がバーサーカーへと迫る。

 光さえも置き去りにする白い獣。全てを吸い尽くす薔薇の夜。

 あらゆる可能性を具現する霧に、万物を断ち斬る神殺しの魔剣。

 

 唯一つでさえ、唯人は愚か神々でさえ手を焼く異能が――

 

 

「何か、したか?」

 

 

 バーサーカーには通じない。

 

 サーヴァントとして劣化しながらも、それでも宝具を発現している今の彼は傷すら負わない。

 

 その宝具、名を大欲界・天狗道。

 他の神々のそれと同じく、本来持つ権能を一時的に取り戻す物。

 

 バーサーカーの神としての性質は、力。

 特別な異能など持たない彼は、故にこそ絶対の力の化身としてあった。

 

 その総量は無量大数。

 

 今のバーサーカーは、その本来の力の一部を取り戻している。

 それは一部であろうとも、他のサーヴァントを遥かに凌駕する質量を有しているのだ。

 

 

「合わせろっ! 龍水っ!」

 

「はいっ! 母刀自殿!!」

 

 

 四者がバーサーカーに薙ぎ払われる前に、一組の母娘が力を行使する。

 

 それは焦熱世界。世界全てを焼き尽くす終末の炎。

 そして同じく理想を現実に変える八意思金神が、彼女の力をそっくりそのままに模倣する。

 

 単純計算にして二倍。

 世界を二度は焼き尽す炎が、極大の邪神を飲み干して――

 

 

「波旬。第六天! 我が太極にて、滅び去るが良い!」

 

 

 そして、次いで放たれるは閻魔の裁き。

 修羅道の加護によって更に高められた、生者を殺し死者を裁く破滅の光が降り注ぐ。

 

 だが――

 

 

「どうでも良いぞ、消えてなくなれ」

 

 

 唯、邪魔だと振り払っただけで、あらゆる力が消し飛び消える。

 その破壊の余波だけで誰もが落ちそうになり、それでも諦めずに喰らい付く。

 

 黄金の軍勢は、主君を侮辱したバーサーカーを倒そうと。

 曙光の残影は、主将を潰したバーサーカーへせめて一矢報いようと。

 

 だが、余りにも力に隔たりがあった。

 

 

「誰よりも何よりも、必ず速く動ける。血を吸う事で敵を弱体化させ、自分を強化する。あらゆる可能性を操作して、自分には決して辿り着かせない。振れば当たって、当たれば斬れる神殺しの刃。世界全てを焼き払う炎に、死者と生者を裁く権能。望んだ未来を引き寄せて、現実の物に変える力。――はぁ? なんだ、それは? ゴミだろ。全部」

 

 

 如何なる法則も、質量の桁が違えば意味はない。

 

 例えば、普通の火と、どんな火でも消せる水があるとしよう。

 或いは、普通の紙と、どんな物でも切れる鋏があると仮定しても良いだろう。

 

 普通の火は水で消えるし、普通の紙は鋏に切り裂かれて終わり。それが相性と言う物だ。

 

 だが仮に、普通の火が森林全てを焼き尽くす様な広さで、全てを消す水がコップ一杯分しかなかったなら、どうだろう?

 或いは全てを切り裂く鋏が一人分しかなく、用紙の大きさが星々よりも大きかったらどうだろう?

 

 水は火を消し切る前に底を尽きるし、鋏で星々を全て切り終えるのは果たして何億年先の話になるか。

 

 詰まりはそういう事。

 全てが徒労にしかならない。

 

 質量が余りに違い過ぎれば、自然と話はそうなるのだ。

 

 

「糞の山で糞共が、誰が一番かと争っている。訳が分からん。どれもこれも、全部同じ糞だろうに。糞に名前を書いて差を付けて、何だお前ら、汚らわしいぞ」

 

 

 全てを殺す魔眼でも、殺し切れない量がある。

 あらゆる剣を模倣する世界の総量よりも、大きな量が其処にある。

 

 如何なる異能も、如何なる法則も、その邪神を前には意味がない。

 全て等しく、点の如き汚物の塊。認識さえ出来ない小さな力を振り翳す様は、ノートに書いた妄想で現実の人間が倒せると語る様に、余りにも滑稽な様であろう。

 

 

「滅尽滅相」

 

 

 そしてそれは邪神の攻撃に対して、何をしても意味がないと言う事も示していた。

 

 唯、癇癪を起こした様に振り回した手で、宇宙全体が激しく揺れる。

 その邪神が悪意を込めて殴れば、それだけで天地開闢さえも生温く思える破壊が巻き起こり、世界は跡形もなく消滅するのだ。

 

 誰よりも速く走る絶対回避の獣。だが、そんな彼も逃げる場所がない。

 あらゆる可能性を操って、並行世界に逃げる女。だが、そんな彼女が逃げた世界ごと、波旬は全てを打ち砕く。

 

 絶対回避も、絶対命中も、絶対防御も、即死能力も、何もかもが通じない。

 

 黄金と曙光の軍勢は磨り潰されて、誰一人として残らなかった。

 

 

「あ?」

 

 

 だが、其処でまたバーサーカーは違和を感じる。

 確かに殴り抜いた軍勢達。一撃で沈んだ雑魚達だが、僅かに殴った時に違和感があった。

 

 それ以前に、宇宙ごと纏めて消し飛ばそうとしたのに、何故だかまだ世界が残っている。

 

 そんな異常に僅かに眉を顰めて――

 

 

「何処かで似た様な物を殴った様な気もするが、……まぁ、どうでも良いか」

 

 

 やはりどうでも良い。そう結論付ける。

 

 目に映った総軍を失った黄金の残骸を見つけて、それを戯れに踏み潰しながら、バーサーカーは再び自閉する。

 

 

「きぃさまぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 総軍を失い、辛うじて残っているランサー。

 薄笑いを浮かべたままその身体を踏み付けるバーサーカーの姿に、キャスターが激怒する。

 

 

「誰をっ! 足蹴にしていると思っているっ!!」

 

「冷静さを失ったか、メルクリウス。……止むを得ん、か」

 

 

 友の有り様に激昂した水銀の蛇。

 それに合わせる形で、セイヴァーも仕掛ける。

 

 どの道、単独ではどうしようもない。

 ならばせめて、僅かでも届かせんとする二人掛かりでの攻撃。

 

 素粒子間時間跳躍・因果律崩壊。

 

 根源の渦よりあらゆる存在を消去する。

 そんな力を同時に受けて、それでも波旬は揺るがない。

 

 

「あ? 何処かで見た塵と、どうでも良い屑か」

 

 

 どうでも良いぞ、消えてなくなれ。

 そんな一言と共に、その腕が軽く振られる。

 

 それだけで抑止力は跡形もなく消え去り、水銀と明星と言う二柱の神が地に落ちる。

 

 またも、違和感。

 それまでよりも大きな違和感を証明する様に、二柱の神は未だ死んでいない。

 

 

――時よ。止まれ。

 

 

 何処かで、誰かが必死に願う。

 その邪神の力を一身に受けて、急速に消耗しながらも強念を維持している。

 

 故に、セイヴァーもキャスターもランサーも、誰もが辛うじて残っていた。

 だがそれでも、そんな彼らがアヴェンジャーの加護を纏いながら戦っても、尚遠いのがこの邪神。

 

 

「ふふふ、ははは、はぁーはっはっはっ!!」

 

 

 必死で抗う神々。そんな彼らを踏み躙って、邪悪の権化は笑い狂う。

 

 如何なる者も、彼を止める事能わず。

 最早最後の希望は砕かれた後、残る神々が磨り潰されるのも時間の問題であった。

 

 

 

 

 

3.

 片足を引き摺りながら、男は歩いている。

 今にも倒れ込みそうな程に、疲弊したその姿。だが、それは哀れみだとか憐憫だとか、そんな情は抱けない。

 半身は麻痺して、汚物に塗れたその姿。纏う気配も相まって、浮浪者の方が遥かにマシだと感じてしまう。

 

 そんな見苦しくも汚らわしいその姿。

 それを捉えた衛宮切嗣は、T/Cコンテンダーをその手に取る。

 

 敵の影は一㎞先。30-06スプリングフィールド弾頭の有効射程よりも遠い距離だが、それでも魔術と技術で補えば届き得る距離である。

 

 魔術の発動は、考慮する必要がない。

 間桐雁夜は現在進行形で、魔術回路が半暴走状態となっている。起源弾を当てる事さえ出来れば、その僅かな均衡は崩れ去り、彼はその命を終えるであろう。

 

 呼吸を一拍。そして、放つ。

 放たれた弾丸は狙いを過たずに敵を撃ち抜き、そして鮮血が舞った。

 

 

「終わり、か……」

 

 

 破裂する風船の様に、血を撒き散らす雁夜の姿。

 それに呆気がないと呟いて、切嗣はコンテンダーを下す。

 

 如何にサーヴァントが無敵であれ、マスターは唯の人間に過ぎない。

 故に起源弾をその身に受ければ、励起していた魔力回路は暴走してその命を――

 

 

「お前、魔術師だな?」

 

「っ!? time alter triple accel!!」

 

 

 瞬間、背筋を凍らせる声が響く。

 目の前に迫る悪臭を漂わせた掌。死人の様な男が悪鬼の形相を浮かべたまま、切嗣の目の前に現れていた。

 

 あり得ない。何が起きた。何故、起源弾が通じない。

 1㎞は先に居た相手が一瞬で目の前まで詰めている理由が不明ならば、魔術家系の落伍者がこれ程に変貌している事も予想外。

 

 

「何だ、それは。止まって見えるぞ?」

 

「っ!?」

 

 

 無数の困惑に狼狽えながらも撤退する切嗣の頭を、三重加速より速く動いた間桐雁夜が鷲掴む。

 その病人の様な指先からは想像できない程に強い握力が、万力の様な痛みを切嗣に齎した。

 

 

「がぁっ!?」

 

「せせこましい。狡からい。男の王道とは程遠い」

 

 

 そして、打撃。

 脳天から地面に叩きつけられて、血反吐を吐き出す魔術師殺し。

 

 

「切って嗣ぐ? 人類史が積み重ねて来た概念だから、不可逆な変質と破壊を齎す?」

 

 

 その全身を踏み付けながら、()()()()()()()()は歪な笑顔を浮かべている。

 吐き気を催すその表情は、まるで上空で暴れ回る彼のサーヴァントの生き写し。

 

 

「何だ、それは? 何なのだ、それは? 理屈臭く概念概念。意味の理解や解釈がどうだの、俺は呆れて物も言えんぞ」

 

 

 起源弾が通じなかった? 否、確かに起源弾は発動した。

 魔力によって強化されたその身を抉り、魔術回路には不可逆な破壊を確かに刻んだ。

 

 だが、それだけだ。

 魔術回路が壊れようが、生命が致命的に破損しようが、流れ込んでくる力が間桐雁夜を生かしている。

 

 人類史に刻まれた生命の起源などでは、塗り潰せない程の力の総量。

 絶対の破壊を強要する概念武装を、ただ膨大なその唯我の念で覆す。

 

 

「弱いから、詰まらぬから、物珍しい設定を捻り出して悦に浸る。熊を撲殺出来ぬ程度の膂力で、際物めいた一芸さえあれば山をも崩せると蒙昧に耽りおる」

 

 

 それは、矛盾ではない。

 

 神秘はより強い神秘に押し負ける。

 ただ単純に、概念武装と言う人類史の全てよりも、バーサーカーの方が強かっただけだ。

 

 故に今の間桐雁夜に対して、あらゆる異能は意味を為さない。

 並みのサーヴァントすら凌駕する性能で、壊れて動けなくなるまで暴れ狂う。

 

 既に波旬の細胞と化した彼は、僅かに残った自我を狂わせながら笑い続けていた。

 

 

「お前の事だぞ、薄汚い魔術師っ!」

 

 

 僅かに残ったのは、怒りと憎悪。

 理不尽と不条理に対する憤りは、魔術師全てに対する悪意となって噴出する。

 

 何処までも執拗に、何処までも無意味に、唯苦しめる為だけに敵を踏み躙る。

 苦悶の声を上げる事さえ出来ない魔術師殺しの肉体を、原形を留めぬ程に磨り潰そうとその四肢を振り回す。

 

 如何にサーヴァントが無敵であれ、マスターを殺せば戦いは終わる。

 ならばそのマスターが他のサーヴァントを超える程に強ければ、果たしてどうすれば戦いは終わるのか。

 

 いいや、術などはない。

 こうして襤褸屑の様に変わっていく切嗣の様に、誰もがバーサーカーに蹂躙される。

 

 それだけが、唯一無二の未来であり。

 

 ならば――

 

 

「はぁぁぁっ!!」

 

「Scalp!」

 

 

 其れに抗う者らもまた、其処には必ず居るのである。

 

 

「がぁっ!?」

 

 

 飛来する無数の黒鍵が、間桐雁夜の身体を吹き飛ばす。

 振るわれる水銀の刃がその四肢を切り裂き、燃え上がる炎がその身体を焼き尽くした。

 

 

「っ、……君達は」

 

 

 口に溜まった血反吐を吐き捨てながら、よろよろと起き上がる衛宮切嗣。そんな彼の目に映るのは、三人の男の姿。

 

 

「考える事は、皆同じと言う訳だ。……魔術師の品位を汚す輩と手を組むとは思わなかったが、これもまた何かの縁だろう」

 

 

 土地の管理者(セカンドオーナー)。遠坂時臣。

 赤い宝石の杖を握るスーツ姿の男性は、嘗ての旧知に憐れむ様な視線を向ける。

 

 

「ふん。業腹だが、ランサーが落ちればこの身がどうなるか分からん。私自身の事ならば自業自得だ。……だがな、愛する女の命までも投げ出す程に、下らん男になる気はない」

 

 

 故に邪魔だぞ。そう時計塔のロードは告げる。

 青いロングコートの男は周囲を水銀の礼装に守らせながら、バーサーカーの排除に動いた。

 

 

「衛宮、切嗣」

 

「言峰、綺礼」

 

 

 そして最後の人物。

 カソックを着た成人男性は、起き上がった切嗣を静かに見据える。

 

 問わねばならない。

 そんな想いは変わらずあって、それでも今は優先事項が異なっている。

 

 

「生まれついてより、邪悪な者。だが、あれは己を良しとしかしないであろう」

 

 

 雁夜の影に居る悪意。バーサーカーとは確かに、綺礼が何れ求めるやもしれない、生まれながらにして悪である者だ。

 

 だが、アレは自己を否定しない。

 己一人で閉じた外道は、唯自閉したままに全てを滅ぼす。

 

 その有様は、綺礼をして反吐が出ると感じるもの。

 破綻者である筈の彼が、常人と同じく嫌悪を感じる事の出来る者。

 

 

「故に、アレは私の求める答えではない。アレはあってはならない害悪だ」

 

 

 バーサーカーはあってはならない。

 そう思えたからこそ、言峰綺礼は此処に立っている。

 

 そんな風に言葉を交わした男達の前で、間桐雁夜は立ち上がる。

 

 

「何処かで見た様な、気に入らない顔がある」

 

 

 節理の剣で浄化された? 嗚呼、確かにそうだな。

 銀にその四肢は切り裂かれた? だからどうした。そんな浅い傷では、この身は止められない。

 身体は全身燃やされた? それで、だからどうしたと言う。燃やせばどんな敵であろうと、確実に死ぬと蒙昧しているか。

 

 

「誰だかさっぱり分からないが、ああ、どうして俺はお前を許せないっ!」

 

 

 浮浪者の様な、病人の様な、そんな姿が変貌する。

 流れ込む大量に力と唯我に狂いながら、間桐雁夜は一秒ごとに強くなっていく。

 

 たった四人。そんな敵など、物の数ではないと語るかの様に。

 

 

「……礼は言わない。これは一時的な共闘だ」

 

 

 コンテンダーを手に、衛宮切嗣が口にする。

 魔術師殺しが望む永遠の楽園は、此処に至っても揺るがない。

 

 

「構わないさ。私も元より望んでいない」

 

 

 悪意を一身に受ける遠坂時臣は、それでも優雅な素振りを揺るがせない。

 彼の胸中は哀れなまでに堕ちた落伍者に、知古として相応しい幕を与えてやる事に満ちている。

 

 

「ふん。貴様ら、精々役に立て。このロード・エルメロイの勝利の為に」

 

 

 そして水銀を操るケイネス=エルメロイ=アーチボルトは、感じる力に恐怖しながらも奮い立つ。

 惚れた女の為に戦う男は、故にこそ絶望的な状況下でも諦めない。

 

 

「……来るぞ」

 

 

 そんな彼らに、言峰綺礼が警告する。

 間桐雁夜は、誰もが反応出来ない程の速度で動き出した。

 

 

「くっ、くははっ、はははははははっ!」

 

 

 時臣が、生み出した炎ごと、殴り飛ばされる。

 綺礼が、その積み重ねた武の合理を、獣の道理に磨り潰される。

 ケイネスが、その身を守る水銀の礼装ごと、磨り潰す様に踏み躙られる。

 

 その度に他の誰かが攻撃を仕掛けて、注意を引く事で決定打には至らせない。

 それでも魔術師達は何一つとして有効打を放てずに、確実に追い詰められていく。

 

 

「おいおい、どうした魔術師共。雁首揃えて、囲んで殴るしか能がないのか。お前たちは?」

 

 

 間桐雁夜は倒せない。

 如何なる魔術の秘儀であれ、如何なる合理の武芸であれ、その絶対量を覆すには足り得ない。

 

 

「何やらどうにも殴り難いが、ああ、どうでも良いぞ。兎に角何故だか無性に腹が立ってくる」

 

 

 呵々大笑しながらも、既に己を見失っている波旬の細胞。

 既に人間の限界値を超えた怪物に蹂躙されながらも、四人のマスターが生き延びている理由は唯一つ。

 

 

――時よ。止まれ。

 

 

 彼らを守る様に、彼の力が働いている。

 世界全てを滅ぼすバーサーカーから、彼らを蹂躙する間桐雁夜から、全てを守る時の加護は確かにある。

 

 だが、それでも――

 

 

「気に入らないんだ。魔術師どもがっ、お前ら塵屑がっ。塵が塵が塵が塵が、塵屑がぁぁぁぁっ!」

 

 

 その全てを防ぐ事など出来ない。

 呵々大笑する下劣畜生の道理。間桐雁夜の成れの果てを、止める力は彼らにはない。

 

 

「だから、なぁおい。綺麗さっぱりなくなれよ! 此処には俺だけ在れば良いっ!!」

 

 

 故にこの結末は揺るがない。

 マスター同士のぶつかり合いは、間桐雁夜の勝利に終わるであろう。

 

 

 

 

 

4.

 そして、彼らは其処に居る。

 戦場より離れた場所に居る彼らは、だが誰よりも疲弊していた。

 

 

「時よ。止まれ」

 

 

 その身には、もう神としての威光はない。

 あれ程に鮮烈だったその姿は、見るも無残に消耗している。

 

 

「時よ。止まれ」

 

 

 その身体は枯れ木の様に痩せ細り、その思考は朦朧としている。

 その精神は既に限界域にあり、その両の瞳からは赤い涙が零れ落ちる。

 

 

「時よ。止まれ」

 

 

 アヴェンジャー。天魔・夜刀はもう限界だった。

 神々の応酬から街を守り抜き、そして現れたバーサーカーより宇宙全体を保護している。

 

 それは歴代最高の守護神である彼にして、無理が出る行為。

 その無理を己の一身で請け負って、未だに加護を絶やさぬ事こそ奇跡だ。

 

 いいや、奇跡と言う言葉は相応しくないだろう。

 これは必ず守り抜くと言う、彼の意志が呼び込んだ必然だ。

 

 

「……どうして、そこまで」

 

 

 彼のマスターが、その摩耗しきった姿に言葉を漏らす。

 アヴェンジャーの経験を夢に見て知っているが、それでもウェイバーは納得が出来ない。

 

 誰よりも彼が、日常を守りたいと言う事は知っている。

 その愛すべき輝きを、何よりも尊いと考えている事は知っている。

 

 それでも、守る者を減らせば他に道があった筈だ。

 世界中に生きる人と物を守りながら、他のマスターやサーヴァント達を援護する。

 そんなのは、明らかに破綻すると言う事が分かり切っている行為であるのだ。

 

 それを、彼が分からない筈がない。

 ほんの少しでも、減らせば此処まで苦しむ事はない筈だった。

 

 

「お前がどうして、そこまで苦しまなくちゃいけないんだよっ!」

 

 

 だから、未熟な少年はそう思ってしまう。

 誰よりも苦しむ必要がない相棒が、こうして傷付いている姿に我慢が出来ない。

 

 

「……ウェイバー」

 

 

 そんな少年の姿に、アヴェンジャーは語る。

 今にも気絶しそうな痛みの中、朦朧とした思考で言葉を紡ぐ。

 

 

「男には、人間には、譲ってはいけないものがある」

 

 

 それは彼の、最後の訓示。

 人間には、誰しも確かに譲れぬ想いがある。

 

 どれ程に辛くとも、どれ程に苦しくとも。

 その想いを譲ってしまってはいけないのだ、と言う言葉。

 

 

「それが、俺にとってはコレなんだよ」

 

 

 夜刀にとっての譲れぬ物。それは、今そこにある輝き。

 己が愛して、そして彼女の愛した、世界に満ちる確かな幸福。

 

 

「そうだ。コレこそが」

 

 

 それを守り抜く事こそ、邪神の法しか持てぬ夜刀の役割。

 愛しい刹那を永遠に守り抜く事こそが、彼にとっての――

 

 

「俺が彼女に、捧げる愛だ」

 

 

 彼女への愛の、証明なのだから。

 

 

「訳、分からないよ」

 

「……何れ、分かるさ」

 

 

 分からないと意気消沈するウェイバーの頭を、枯れ木の様な手が撫でる。

 見上げた先にある悪鬼の様な形相。だがその口元は、穏やかな弧を描いていた。

 

 

 

 そうして、アヴェンジャー陣営は激戦区を見る。

 サーヴァントとマスター。共に一対多と言う状況だが、どちらも一が多を蹂躙している。

 

 このまま進めば、世界は邪神によって滅ぼされるであろう。

 それが分かって、ウェイバーは不安げに言葉を紡いだ。

 

 

「なあ、勝てるのか」

 

「…………」

 

 

 そんな不安に、返る言葉はない。

 言葉を返せない程に、勝機は限りなく薄いのだ。

 

 

「なあ、どうにか、なるのかよ」

 

「…………」

 

 

 どうにかなるのか、縋る様に問い掛ける。

 返る言葉はない。どうにか出来るならば、既にどうにかしているから。

 

 それでも、まだ言える言葉があるとすれば――

 

 

「可能性は、まだある」

 

 

 それは、僅かに残った一つの光明。

 あり得るかも知れない、勝利への筋道。

 

 

「それを繋ぐ事は、出来た。……だから」

 

 

 未だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その消滅の瞬間に、確かに夜刀が回収出来た。

 

 故にこそ希望は、僅かにだが繋がっている。

 

 

「後は、僅かでも良い。……奴に僅かでも、隙が出来れば」

 

 

 今の衰えた夜刀では、勝てない。

 波旬が、バーサーカーが完全である限り、如何なる切り札も役なしとなる。

 

 ならば逆説、僅かでもバーサーカーの理に亀裂が入れば――

 

 

「俺が、必ず勝利する」

 

 

 夜刀は断言する。必ず勝つ、と。

 その極大の邪悪を、確かに討ってみせると宣言した。

 

 

「なら」

 

 

 その言葉は、信じられた。

 何の保証もなくとも、今尚抗い続ける彼の言葉だからこそ。

 

 ウェイバーは確かに、その言葉を信じられたのだ。

 

 

「何か、起きれば――」

 

 

 故に、彼は願う。

 

 自分達では、キッカケにはなれない。

 アヴェンジャーは動かせず、ウェイバーは直接的な戦闘能力を持ちえない。

 

 だからこそ、誰かが奴を揺るがしてくれる事を願う。

 

 

 

 

 

 そんな彼らの祈りを嘲笑うかの如く、事態は更に悪化した。

 

 

 

 

 

 上空でぶつかり合う、四柱の覇道神。

 その戦の中で、その変化は起こっていた。

 

 

「落ち着いたかね。カール。頭脳労働担当の卿が怒り狂っては、勝てる戦も勝てぬと言う物だ」

 

「獣殿」

 

 

 立ち上がった黄金が、そんな風に笑って語る。

 

 既に爪も牙も鬣も、全てを剥がされて消滅寸前の修羅道至高天。

 だがそんな素振りは一切見せず、余裕さえ見える笑みを浮かべている。

 

 

「ええ、落ち着きましたとも、……先は無様な醜態を晒してしまったな」

 

「ふっ、怨敵の醜態と言うものは、中々に嗤えるモノだ。この状況下でなければ、もっと無様を晒していても構わないが」

 

「だが、今はそんな暇などないだろう? 彼の極大の邪悪を前に、我らも手を取らねば勝機はない」

 

 

 水銀と黄金と明星が立ち並ぶ。

 誰もが消耗しているが、此処には回帰の蛇が居る。

 

 僅かに回帰させる事で、皆をある程度回復させる。

 そんな水銀は、マスター不在を感じさせない。その姿に、手の内を隠していたかと明星は一人得心した。

 

 そして、三柱の覇道神は、極大の邪神へと立ち向かう。

 

 

「彼の破壊には、愛が足りない。愛する事を、教えてやらねばなるまいて」

 

「ふふっ、貴方は如何なる状況でも、変わる事がないようだ。……ならば、私も同じ様にあるべきでしょう」

 

 

 自閉した怪物は、キッカケさえなければ動かない。

 逆にキッカケさえあれば止まらないのだが、それでも会話くらいならば行える。

 

 

「して、どう動く。水銀の蛇。……勝機が皆無なら、私は退くぞ」

 

「やれやれ。これだから、諦めの良すぎるモノはいけない。那由他の果てまでも齧る付く様な一念がない。それだから君は滅んだのだよ」

 

「ふん。お前は粘着質が過ぎる。それだから惚れた女に、振られ続けるんだろうさ」

 

「卿ら、戯れるのは良いがな。彼は待ってはくれないぞ」

 

 

 覇道神の会話の声に、バーサーカーは動き出す。

 

 彼から見れば他の神々など、小さな蠅にも劣る存在だ。

 だがそれでも、点にも満たない人間よりも大きく見える。

 

 故に当然、その会話の内容は理解出来ずとも、その音は聞こえるのだ。

 

 

「煩い。煩い。煩いんだよ。雑音が、耳障りな音が響いて来る」

 

 

 彼にとって世界とは、小さな雑音に溢れた物。

 彼にとって世界とは、小さな塵屑に塗れた物。

 

 故に他者なんて要らない。

 故に己だけ存在していればそれで良い。

 

 

「俺は唯、無謬の平穏が欲しいのに。俺は俺で満ちているから、俺だけで良いのにっ」

 

 

 なのにどうして、お前たちは其処に居る。

 何もかもが真っ平らになった無謬の世界が、何故こんなにも遠いのか。

 

 苛立ちと悪意と不快感で、邪神の気配は増大する。

 

 

「さて、カール。卿の事だ。何か仕込みはあるのだろう?」

 

「ええ、無論。まだ成果は出ていませんが、もう間もなく」

 

「ならばその結果が出るまで、我らは全力で抗うとしようかっ!」

 

 

 そして、邪神は襲い来る。

 三柱の神は申し合わせる様に、己の切り札を真っ先に切った。

 

 

渾沌より溢れよ(Do-sollst)――怒りの日(dies irae)

 

「Sequere naturam」

 

「ネツィヴ・メラー――実行」

 

 

 全力攻撃。それでも通らないが、それ以外など論外だ。

 宇宙開闢規模の攻撃が、雨霰の様に降り注いで、それでも邪神は揺るがない。

 

 

「ああ、しつこいぞ。お前たち。塵掃除しか能がないんだから、他の塵屑同士喰らい合って、綺麗さっぱりなくなれよぉぉぉぉっ!」

 

 

 駄々を捏ねる様に、腕を振る。

 その余波だけで最大火力を薙ぎ払われるが、それでも覇道神達は抵抗を続ける。

 

 バーサーカーの攻撃は雑だ。その狙いは甘過ぎる。

 

 その一撃を真面に喰らえば、神格だってそれで堕ちるであろう。僅かでも耐えられるのは、アヴェンジャーだけである。

 

 それでも当たらないのは、彼が当てようとしていないから。

 神々でさえ塵屑にしか見えない質量差。それ故に、汚い物には触りたくないと思ってしまう。

 

 その潔癖症な性質が、確かに彼らの命を繋ぐ。

 三柱もの覇道神は劣勢にありながら、それでも確かに邪神と拮抗する。

 

 互いに励まし合いながら、互いに軽口を交わしながら。

 誰もが今この時に、バーサーカーを討たねばと意志を一つにする。

 

 その戦場、最高の戦果を挙げているのは誰か。

 

 総軍を失って尚、果敢に攻め続けるランサーか。

 状況を冷静に判断し、常に消耗を減らす様に動き回っているセイヴァーか。

 

 いいや、この現状。拮抗にまで引き上げているのはキャスターだ。

 使い勝手の良くなった永劫回帰を利用して、自分達が負った傷を回復している。消費した力を還元させているのだ。

 

 故にこそ、辛うじての拮抗は成り立っている。

 故にこそ、この三柱の中で要となるメルクリウスは、誰よりも目立ってしまっていた。

 

 

「ああ、そうか。お前か」

 

 

 どうして、ゴミが消えないのか。

 どうして、掃除した筈の塵がまた出て来るのか。

 

 それは、コイツが塵箱をひっくり返して塵をばら撒いているから。

 それに気付いたバーサーカーは、まずはこれから潰そうと判断する。

 

 

「お前か、お前かぁぁぁぁぁっ!」

 

「っ!?」

 

「カール!」

 

「メルクリウス」

 

 

 バーサーカーが自主的に動けば、誰もそれを止められない。

 彼が汚れるのをちょっとだけ我慢すれば、それだけで覇道神は潰えるのだ。

 

 

「潰れろ」

 

 

 だから、我慢して踏んだ。

 足の裏に汚れが付くが、それに耐えながら塵を片付ける。

 

 

「潰れろ。潰れろ。潰れろ。潰れろ。潰れろっ」

 

 

 永劫回帰など間に合わない。再生などは不可能だ。

 跡形もなくなる程に追い詰めて、何も出来なくなる程に押し潰して――

 

 

「ああ、これで漸く――」

 

「……ああ、漸く間に合った」

 

「あ?」

 

 

 足の裏にこびり付いた塵が、そんな風に語った。

 

 

「全く、間に合わないかと焦ったぞ。だが、確かに間に合った」

 

「何を言っている? 気でも触れたか? ああ、元から気が狂っていたな。惚れた女を追い掛けて、貴女に恋をしたマルグリット? あはは、ゴミがゴミに何か言ってやがるっ!!」

 

「然り。愛。その感情さえも塵にしか見えないからこそ、お前はその塵に足を引かれる」

 

 

 天眼でその影を覗き込みながら、適当に感じた事を口走る白痴の邪神。

 そんな彼から目線を外して、消滅する間際の水銀の蛇はこの世界の誰もに言葉を掛けた。

 

 

「さぁ、皆様。私の歌劇をご観覧あれ」

 

 

 さあ、これより始まるのは舞台劇。

 水銀の蛇が筋書を描いた。波旬と言う敵を打ち破る最弱の物語。

 

 

「筋書が突拍子もなく、役者は良いとは言えないだろう」

 

 

 筋書に整合性はなく、バーサーカーと言う最悪の役者は揃っている。

 総じて、舞台は二流・三流と言う誹りを免れぬ出来となるであろう。

 

 

「だが、主演となる男は、あれで中々面白い男だ。故に――」

 

 

 それでも、主演は面白い男。

 ならばこの二流劇は、道化芝居(ファルス)としては十分な出来だ。

 

 

「楽しめると思うよ?」

 

「分からん。知らん。どうでも良いぞ」

 

 

 ぐしゃりと、キャスターは踏み潰される。

 そうして、聖杯戦争の最初の脱落者として、水銀の蛇は消滅した。

 

 

 

 

 

5.

 そして、崩れ落ちて炎上する建物の前、雨竜龍之介は見詰めている。

 己や子供達を助けて去って行ったその背中。同好の士が語った言葉を思い出しながら。

 

 

――良いですか、龍之介。貴方は現代芸術に、不満があったのでしょう? 幾度も幾度も、もしもその血がより真に迫るものならば、そう感じていたのでしょう?

 

 

 腹に出来た傷に手を触れる。

 態とそうなるまで見逃した彼の手によって、丁度良い具合で“綺麗な物”が食み出していた。

 

 

――貴方は芸術家を自称しました。貴方はそれを綺麗と思いました。貴方は今の芸術に、確かな不満を抱いている。……ならば貴方は、その感動を皆に伝えなくてはいけません。

 

 

 言われて、確かにそうだと納得した。

 まるで何十年も一緒に居た親友の様に、彼は己の言って欲しい言葉をくれる。

 

 何百回以上も繰り返した彼は、故にこそ雨竜龍之介と言う人物がどう諭せばどう動くかを理解していた。

 

 

――そう。その感動は、広く伝えなければならない。人体を使った芸術品など無駄の極み。真面に発表できない品では、結局一部の好き者にしか伝わらない。

 

 

 故にその性質を上手く利用して、望む位置へと先導する。

 副首領閣下の思惑に乗った主演男優は、故にこそ彼の思惑通りに事を進める。

 

 

――だから、描きなさい。真っ当な手段で、真っ当な方法で。当たり前の用紙と絵筆で、確かな死を演出するのです。その為にも、貴方は生きなくてはいけない。

 

 

 水銀の蛇が望んだのは、唯一つ。

 既にバーサーカーと言う異分子によって、グチャグチャに歪められた最悪の舞台。

 

 ならばその結末は、完膚なきハッピーエンドを。

 最低の下劣畜生が居るからこそ、今を生きる全ての民が救われる終わりこそが相応しい。

 

 

「それが、真の美しさを知る。俺の義務――だよな! シュピーネさん!!」

 

 

 皆がその名を称える。皆がその名を尊ぶ。

 

 其処には被害者と加害者の括りなどない。

 全ての人々が彼に救われたのだから、一致団結して応援するのは道理なのだ!

 

 子供の様に瞳を輝かせる男と、その背に希望を見た子供達。

 そんな彼らに大きな大人の背中を見せつけて、僕たちの英雄は此処に帰還した!

 

 

 

 

 

「あ? 何だお前は?」

 

「変わり果てたものですねぇ。間桐雁夜」

 

 

 勿論。僕らのシュピーネさんがバーサーカーに挑む筈がない。

 サーヴァントの癖にマスター殺しを狙うガチ思考。せせこましいぜ、シュピーネさん!

 

 

「副首領閣下は、相も変わらず何処かおかしい。いえ、ここは猊下の言を借りて、相も変わらず狂されておられる、とでも言うべきですかな?」

 

「アサシン、だと」

 

 

 元マスターが驚愕する眼前で、シュピーネさんは手の内にある聖なる杯を弄ぶ。

 それは彼の副首領に作成を命じられた、神霊の魂を受け止めても壊れない聖杯の模造品。

 

 研究の為の時間だけは、嫌と言う程にあったのだ。

 四日でその質の物を作り上げるのには苦労したが、それでも研究解析の時間は永劫にあった。

 

 何百と何千と何万と、解析と作成が出来るまで繰り返したのだ。

 そして、シュピーネさんはやり遂げた。流石だぜ、シュピーネさん!

 

 そんな模造品の数が、六。

 

 一つに付き一柱しか受け止められないが、本来の聖杯よりも強い力で掠め取る。

 これで、神霊の脱落と同時に根源に穴は開かなくなったし、聖杯の担い手の命は確約された。

 さらっとアイリスフィールとイリヤスフィール母娘を助け出しているシュピーネさん。マジパネェ!

 

 

「アサシンと、その呼び名は相応しくありませんねぇ」

 

 

 そう語りながら、シュピーネさんは後方へと手招きする。

 そんな彼に従ってやって来るのは、幼い二人の少女と一人の女。

 

 

「葵!? 凛!?」

 

「……あぁ、君は」

 

 

 時臣が驚愕を張り付けて、雁夜は何かを思い出し掛けたかの様に呟く。

 そんな二人に対して、三人の関係者は黙り込んだまま、それでも目を逸らさずに其処に居た。

 

 幾らマスターでも、並みのサーヴァントより強い間桐雁夜。

 そんな彼を相手に、並みのサーヴァントであるシュピーネさんが真面に戦う筈もない!

 

 故にこそ、人質だ。明らかに主役のやるべき事じゃないっ!

 それをチラチラと見せつけながら、小物界の大物はその実力を見せつける。

 

 

「既にこの身はサーヴァントではなく、さりとて天魔・六条でもない。――故にこそ、今、この場で名乗りましょう!」

 

 

 無駄に自慢げな態度!

 相手は発狂してるから、通用しない人質!

 そして多分、真っ先に切り裂かれるであろう弱点丸出しなその聖遺物!

 

 慢心している間は最強とさえ噂される小物界の大物は、高らかにその名乗りを上げる。

 

 

「聖槍十三騎士団。黒円卓第十位」

 

 

 その身を包むのは、黒円卓に属する者の証。

 ナチスドイツのハーケンクロイツを刻んだ物。

 

 何故それを着るのか、当然だ。

 今の彼は副首領の意志に従い、黒円卓を代表する者として立っている。

 

 

「司るルーンは獲得。故に私は、勝利を獲得する者」

 

 

 針金の様なその体躯。色白の身体の上には、爬虫類の様な顔。

 永劫の円環を駆け抜けて帰還した彼は、その名を高らかに名乗り上げる。

 

 

「ロォォォォォトッ! シュッピィィィネッ!!」

 

 

 バッと音を立てて、無数の糸が巣を作る。

 面影糸を操る蜘蛛を気取る様に、シュピーネさんは精一杯のイケメンスマイルで宣言した。

 

 

「さあ、これで全てを終わらせましょう」

 

 

 全ての絶望を、全てハッピーエンドで終わらせよう。

 

 これは恐怖劇(グランギニョル)ではなく道化芝居(ファルス)

 故に恐怖も怒りも何も必要ないのだから――

 

 

「ジィィィクハイルッヴィクトォォォォリアッ!!」

 

 

 こうして今、シュピーネさんの聖杯戦争はその幕を開くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 Fate/zero×神座シリーズ。ネタ。

 出番/zero ~シュピーネさんがいない聖杯戦争~ 改め

 

 犠牲/zero? ~シュピーネさんの聖杯戦争~

 

 

 

獣殿「あ、ゴメン。カール。魂喰いしちゃった」

ニート「獣殿ぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

 

 

 




シュピーネさんの勇気が世界を救うと信じてっ!
ご愛読ありがとうございました!(打ち切り並感)
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