魂の行方   作:Remick

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ありえたかもしれない、もうひとつの物語


本編
第一話


始まりは一通のメールだった。

 

 

『ユウキの容体が急変したらしいの。来られる人は皆、ログインしたまま待機してて』

 

 

ただそれだけの短い内容。普段の几帳面な明日奈からは想像も付かない文面だ。

つまりはそれだけ急を要しているという事。理由は考えるまでもなかった。

 

 

――ユウキ。またの名を《絶剣》。

ALOプレイヤーでその名を知らぬ者などまずいない、彗星の如く現れた生ける伝説。

 

 

辻デュエルにおいては怒涛の68連勝、自身が率いるギルドワンパーティーでの

フロアボスの2度の撃破、第4回ALO統一デュエル・トーナメント優勝を成し遂げるなど、

その規格外の強さを物語るエピソードには枚挙の暇がない。

彼女の代名詞である11連撃のOSSは文字通りの桁違いであり、今後も破られる気配すらない。

今や《絶剣》の名はALOに留まらず、《ザ・シード》全体にまで広く知れ渡っているという。

 

だが俺にとって最も重要なのは、彼女が自身のパートナーであり将来を誓った恋人、

結城明日奈の親友であるという事だ。

 

今現在居るのは自室、そしてフルダイブする為の《ナーヴギア》は目の前にある。

それはかつて狂気の天才科学者によって設計され、二年間で四千人もの命を奪った悪魔の機械。

そんな忌まわしきハードを使う事に、しかし今は一瞬の躊躇もなかった。

ダイブする時はいつもこれを愛用しているし、なにより――

 

「リンク・スタート!」

 

――あの男(・・・)に会いに行くのに、これ以上相応しい物など存在しないのだから。

 

 

 

 

 

 

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まず最初に目に飛び込んできたのは、見慣れた我が家の風景。

アインクラッド第22層の自宅だ。アスナが少なくない額のお金(ユルド)を投じて買い揃えたのであろう

趣味の良い調度品の数々を、楽しんでる余裕は残念ながらなかった。

軽く深呼吸する。僅かな逡巡は、これから行う事を誰にも知られたくないから。

 

そう、たとえアスナにさえも。

 

だが明日奈は今、ユウキが入院している病院に向かっている最中のはずだ。

迷ってる暇は無い。今この瞬間にも、ユウキの命の蝋燭は燃え尽きようとしている……。

 

 

「茅場! 茅場晶彦!! 居るんだろ!? 話がある!!」 

 

声の限り叫んだ。

 

 

――沈黙。焦りだけが募っていく。時間にすればほんの数秒だったかも知れない。

だが今の俺には、永遠にも等しく感じられた。実の所確証は無い、けれど――

 

「――勿論居るとも。何の用だね、キリト君」

 

「!!!」

 

何の前触れもなく、目の前に一人の男が立っていた。

白いシャツに黒のネクタイ、その上に白衣を羽織っている。

誰が見ても研究者然としたその姿は、妖精の住まうこのファンタジー世界には

全く似つかわしくない。……はっきり言えば浮きまくっていた。

しかしこの男にとっては、これが正装なのだ。現実世界でも、仮想世界でも。

もしかしたら死んだ時でさえ、この服装だったのかも知れない。

 

「あんたに頼みがある」

 

これ以上無いくらい簡潔に切り込んだ。

この男の性格から考えて、これが一番だと判断したからだ。

 

「やれやれ、久しぶりに会ったのにそれか。

 挨拶のひとつも出来ないのかね、最近の《黒の剣士》殿は」

 

軽く苦笑しながら言う。この男が冗談を吐くのは珍しい。

それどころか、初めてかも知れない。

そんな人物をこれから説得しなければならないのだ。

……コミュ障の俺には荷が重いが、やるしかない。

 

「無駄話に付き合ってる時間は無いんだ。――ユウキを知っているか」

 

「《絶剣》か。無論だとも。……なかなかに興味深い人物だな」

 

意外――ではなかった。

この男は今や、真の意味での『電脳』となってネットワーク内に残留している。

それはつまり、電子空間上のほとんどの情報に造作も無くアクセス出来るという事でもある。

そしてユウキは現在、《ザ・シード連結体(ネクサス)》で最も注目されている人物の一人だ。

 

「ユウキが……っ、病気で死にそうなんだ」

 

「なるほど。それで?」

 

「ユウキを、助けて欲しい」

 

「助けるとは? 私に不治の病を治せとでも? 

 それとも死んだ人間を生き返らせろとでもいうのかね?」

 

「そうじゃなくて、あんたと――同じ存在(・・・・)にして欲しい」

 

――そう。ヒースクリフ=茅場晶彦は死んだ。

俺とアスナと三人で、アインクラッドの崩壊を見届けた後すぐに。

それは関係者の証言から判明している。死因も判っている。

フルダイブマシンを用いた、超高出力の大脳スキャン。

 

それなのに此処に『いる』。

あれだけの人間を己が支配する世界に閉じ込め、苦しめ、殺したにも関わらず。

 

その意味する所は、茅場晶彦が肉体から完全に解き放たれた、

電脳的存在に生まれ変わったという事だ。

前世紀から現在に至るまで、数多のSF作家達がその出現を予言してきた、

もはや人間では亡くなった自我、意識。

 

「ふむ……。何故私がそんな事をしなければならない?」

 

「その前にまず聞かせてくれ。可能なのか? つまりユウキを――」

 

「可能か不可能かで言えば可能だ。ユウキ――紺野木綿季君の入っている

 《メディキュボイド》は元々、私が基礎設計した物でね。本来――」

 

「はぁ!? あんたが《メディキュボイド》の開発者だって!?」

 

そんなはずはない。世界初の医療用フルダイブマシン、

《メディキュボイド》の開発が始まったのは、《SAO事件》が起きた後だと聞いている。

 

「話の腰を折るのは君達人間の悪い癖だな。それに時間が無いのではなかったかね?」

 

「あ、ああ。悪かった、続けてくれ」

 

予想していた事だが、この男の人格にはもう、

人間性なんて代物はほとんど残ってないのかも知れない。

目の前にいる俺という人間を、既に同類とは看做してないのだから。

――いや、きっとそれ以前に、生きている頃からそうだったのだ。

『人間』があのような事件を起こして尚、正気を保てるはずがない。

 

「本来電脳化には、脳を焼き切るレベルの大出力スキャンが必要なのだが、

 アレには最初からその問題を解決する為の機能が備わっている。

 要は脳内で生じるすべての電気信号のパターンを、

 完全にデータ化すれば良いだけの話だからな。

 被験者に無害な範囲での走査情報の蓄積と保存。

 まあその分、長期間のフルダイブが必要不可欠な訳だが……。

 幸いにもと言うべきか、木綿季君のダイブ時間は恐らくは世界一長い。

 まず間違いなく成功するだろう」

 

あっさりとした肯定。ユウキが、助かる。

――いや、助かると言って良いのだろうか?

 

ユウキは確かに、今では完全にこの世界の住人と言って良い。

そういった意味では、俺よりもむしろユイや茅場に近い存在だ。

 

だがそれは、ユウキが自分から望んだ事では決してないはずだ。

 

ここ三月ほどの間のユウキは、本当に楽しそうだった。心の底から幸せそうだった。

それはひとえに、アスナという彼女のすべてを受け止めてくれた存在があったからだろう。

 

ならばあるいはもう、このままヒトとして旅立つ方が良いのではないだろうか?

アスナの思い描いているであろう、ユウキの見送り方を想像してみる……。

 

大好きな人の腕の中、二人が初めて出会った思い出の場所で。眠れる騎士達に囲まれて。

空には色とりどりの妖精達が舞い、偉大なる剣士の技と名前は永遠に語り継がれる。

まさに夢のような光景――

 

――そして俺はそれをただ観ているだけ。

何もしない。

何も出来ない。

何も言わない。

何も言えない。

傍観者。

 

何の事はない、ただの見殺しだ。

出来る事はまだあったはずなのに。

全く違った結果になったかも知れないのに。

 

もしユウキとアスナが出会っていなかったなら、恐らくは。

 

恐怖と苦痛、暗闇と絶望の中、生まれてきた意味も分からないまま。

ガラス越しに眺めているのは、自身の死を心から願う親戚。

鼓動は少しずつ小さく弱くなり、休む事を許された心臓は遂にその動きを止める。

彼女の魂は死神の手に委ねられた。これは産まれた時から定められていた運命なのだから。

奇跡の双子は、奇跡的な確率で感染した。ならばこれは必然。

 

この二者に一体どれだけの違いがあるというのだろう。

俺がユウキと何の関わりも持たなかったという点では全く同じ事だ。

だがもしも――

 

 

「ユウキを、助けてやってくれ」

 

 

――運命を変えられるなら。

 

 

「では再度問おう。何故私がそんな事をしなければならない?」

 

何故? ――どうしてなんだろう。

その質問はどういう訳か、俺の中で違った意味へと変化した。

 

アスナの為? でもアスナはそれを望まないかも知れない。

彼女はユウキの事では、ほとんど俺に頼ってはくれなかった。

俺がやった事といえば、現実世界(リアル)のユウキの居場所を教えたのくらいだ。

それと《視聴覚双方向通信プローブ》の提供。

だがあんなものは現実の身体の代わりになどなりはしない。

それは作った俺自身が一番よく分かっている。

ユウキはもう十分すぎるほど戦った、苦しんだ。

だからもう、幸せなうちに見送ってやりたい、

休ませてあげたい。そんな所かも知れない。

 

ではユウキの為? それこそ違う。ユウキはそんな事は望んではいない。

勿論人の心なんて分からないし、ユウキの事をそこまで深く理解している訳でもない。

だがユウキは俺とは違い、症状と治療に伴う苦痛の緩和が目的で此処にやって来た。

それなのにこの世界に永遠に囚われてしまうというのは、拷問にも等しい事ではないだろうか?

 

頭をフル回転させ、必死に理由を探す。認める(・・・)のではなく。

……こいつはさっき、ユウキについて『興味深い』と言及した。ならば――

 

「ユウキはフルダイブ環境において、最も優れた反応速度を持つ人間だ。

 あんたにとっても興味のある研究対象じゃないのか?」

 

「《絶剣》が最速である理由は、《メディキュボイド》の仕様に依る所が大きい。

 あれだけ従来機とスペックが違えば、通常の人間より速く動けるのは当然だよ。

 無論それに加えて、総ダイブ時間の長さだな。

 ――確かに彼女のフルダイブ適合度(FC)数値には、目を見張るものがあるのは認めるがね」

 

さして心を動かされた様子もない。

茅場にとって『紺野木綿季』は、ただの被験者の一人に過ぎないという事だろう。

目論みは大きく空を切った。焦燥はやり場のない怒りへと変換される。

 

「でもそれなら! 何故俺を助けた!! それも2度も!」

 

「君はシステムの超越者だ。私の目の前で再度、それを証明してみせた。

 その事実に比べれば、反応速度の遅速など些細な違いに過ぎない」

 

……この男の言ってる事は正しい。

俺はかつてアスナの為、システムに抗った。

1度目はこの男を殺す為に。2度目は囚われたアスナを救う為に。

常識的に考えればあり得ない、感情が世界の法則を超越するなど。

 

 

駄目だ……。俺にはこの人を説得出来ない。

そうするだけ理由を持っていない。

 

 

 

でもそれなら。

どうして俺はこんなにも――

 

 

 

「聞きたい事はそれだけかな? なら私はそろそろ行くよ。もうすぐアスナ君が来るんだろう? 

 君にとってこの場を見られるのは、あまり好ましい事態ではないと思うが」

 

「待ってくれ!!!」

 

自分でも驚くほど大きな声が出た。

 

 

 

認めない。認められない、こんな結末は。

 

 

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
元々勢いで適当に思い付いた文章をただ繋げてるだけなので
読みにくかったりおかしな流れの部分も多いかと思います。
数話で完結する予定なので、それまでどうかお付き合いください。


 以下、原作からの変更点
・キリトがユウキの事情を大体知っている
・キリトの性格が暗い
・電脳神と化した茅場先輩

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