茅場は呆れたように――実際、大いに幻滅しているのだろう――
わざとらしくため息を吐いた。でもそんな事はどうでも良かった。
重要なのはユウキの魂をこの世界に繋ぎ止める事であって、俺に対する評価じゃない。
「キリト君がそこまで《絶剣》に固執する理由が分からないな。
彼女は一体君の何なのだ? 君にとって最も大切なのはアスナ君ではなかったのか?
こんな事をしてアスナ君が喜ぶとでも?
もしそう思っているとしたら、君には心底失望させられたよ」
「っ! 違う、俺は……そんなつもりじゃ……」
俺の弱さを抉る、容赦の無い口撃。何ひとつ言い返せない。
それもそのはず。すべては俺の自分勝手な我儘、エゴなのだから。
この数分間で疲弊した、心と感情を振り絞るように言い返す。
「アスナは、関係ない……。俺がユウキに、消えて欲しくないんだ。
1人の友人として、2度も敗れた剣士として。
勝ち逃げされるのは嫌なんだ、あんたの時のようにな」
これは本当の事だ。――少なくとも
たとえ二刀流を駆使したとしても、ユウキに100%勝てる自信がある訳じゃない。
SAO時代の全盛期なら兎も角、今では引き分けが精々だろう。
ほとんど言い訳、
まあ、あの技を公然と使うのは気が引けるし、
仲間達の中には深い理由があると思ってる者もいるようだが。
しかしもう半分は――
「少しは本心に近づいてきたな。だが君は今明らかな嘘を吐いた。その自覚はあるかね?」
――びくっ、と思わず身を強張らせる。
今の今まで忘れていたが、この男の創造した世界では
感情や心の動きは現実よりもオーバーに表現されるのだ。
つまり俺が隠している感情や葛藤は、最初から筒抜けだった可能性がある……。
今更ながら、なんて不便な世界だと思わずにはいられない。
内心冷や汗をかきながら必死に反撃を試みる。
「何の事だかよく分からないな……。あんたは戦った事ないから分からないだろうが、
ユウキの速さは完全に人の域を超えている。
あの剣技は他の誰にも真似出来ない、まさに天性の物なんだ。
もしもユウキがSAOプレイヤーだったなら、《二刀流》を与えられていたのも、
あんたを倒したのも俺じゃなくてあいつだったはずだ。《絶剣》の名は伊達じゃない」
「攻略組の頂点、《黒の剣士》にそこまで言わせるとは大したものだ。
……彼女を過小評価していたのは認めよう。しかし私が言いたいのはそんな事ではない。
そろそろ君の口から本心を聞かせてくれるかな。――何故そこまで《絶剣》に執着する?
彼女を助けた所で君に何の得がある? 君にとって彼女はどういう存在なのだ?
初めからすべてを話して貰おうか。――ああ、当然、剣士として友人として、
などといった
「なんであんたにそこまでっ! ……ぁ……いや、分かった。……でも少し長くなるぞ。
それでもいいのなら……俺の話くらい、幾らでも聞かせてやるさ」
茅場は黙って頷いた。その態度や言動が決して何かを保証している訳ではない。
だがこの男は、無意味な事は滅多に言わない、徹底した合理主義者だ。
――たとえその行動原理が、誰にも理解されないとしても。
恐らくだが、茅場は俺を通して、ユウキという人間の価値を計ろうとしている。
その魂が祝福を――あるいは呪いを――受けるに値するか否かを。
つまりユウキの運命は、俺の話如何に懸かっているという事だ。
その超然とした様子は、いつか見た光景を想起させた――
――そう。悲劇の幕開けとなったあの日。
神が自らの世界に幽閉した囚人達に向けて、彼らの運命を無慈悲に宣告した時のように。
もし仮に神の条件が、何者にも心動かされず、あらゆる倫理観を超越している事だとしたら。
茅場晶彦の存在こそ、この世界の神そのものだ。無限に広がる電脳世界の支配者――
――そして全能なる神はどうやら、俺の心の内などすべてお見通しのようだ。
もういい加減、覚悟を決めるしかない。
気持ちを落ち着ける為に、浅く深呼吸をしてから口を切った。
「俺にとってのユウキは……アスナの大切な親友。――だけどそれだけじゃない。
あんたの考えてる通りだよ、あいつは俺にとっても等しく特別な存在なんだ」
今まで誰にも言わなかった――言えなかった事を、
かつてこの手で殺した男に打ち明けるのは奇妙な気分だった。
「初めて会った時は、まあ……理想的な出会い方とは言えなかったな。
なにせ、あいつにデュエルを挑んで負けたんだから。ショックだったよ、それなりに。
これでも一応、ALOのデュエルでは無敗だったのに、無名の新人に軽く捻られたんだ。
それも景品のOSSに釣られて、自信満々に乗り込んだ挙句、だぜ」
今となっては懐かしい思い出だ。アスナには「対戦相手が女の子だから手加減したの?」
などと邪推されたが、ユウキはあの時点で既に50連勝以上していたのだ。
本気になりこそすれ、油断なんてするはずもない。
「最初は当然、SAO
可能性は低いけど《
でも剣を合わせてすぐに気付いた。こいつの強さはそんな生易しいレベルじゃない。
言ってみれば
この世界でしか生きられない類の人間なんだって事に」
それは俺にとって大いに驚きだった。
丸二年間のフルダイブ経験で培った反応速度と、最前線での戦い――
殺し合いを繰り返す事で身に付けた剣技。それがいとも容易く破られたのだから。
それも恐らくは自分より一つか二つ年下の、小柄な少女によって。
「それでも途中までは結構良い勝負だったんだけどな。
あいつが例のOSSを一度も撃たなかったのは、
今思えば二刀流を使わない俺へのハンディだったのかも知れない。
剣を合わせてる間は、相手の事がまるで手に取るように分かるんだ。
手を抜いてるとか、奥の手を隠してるとか――
これはあんたにとっちゃ釈迦に説法だったか。
兎も角、お互いあと一撃で落ちる、って所で軽い膠着状態になった。
その時聞いてみた――いや、言ってしまったんだ。
お前のその強さの秘密を知ってるぞ、って。
よりにもよって、あいつの一番触れられたくない部分に触れてしまった」
今でも後悔している。人生はいつだって後悔の連続だ。
それでも考えてしまう。――もしあの時、あんな言葉を吐かなければ。
ユウキの隣に居たのは、アスナではなく俺だったのだろうか。
「それが決定的な一言になった。……いつだって考え無しに
人の心に土足で踏み入り、傷つけてしまう。俺の最悪な癖だ。
あいつは俺に見切りを付け、俺でも反応出来ない速度の突進技でトドメを刺された。
……アレを避けられる人間は、この世には存在しないだろうな。
そう言い切れる程の速さの剣を見たのは、後にも先にもあの時だけだ」
ここで一旦言葉を切り、茅場の様子を伺ってみる。
俺の情けない懺悔はしかし、意外にも注意を引いていたようだ。
考え込むようにゆっくりと口を開く。
「その攻撃を回避する事が出来るであろう人物を、私は一人知っている。
いや、
木綿季君の姉の、藍子君ならばあるいは――。
あくまで遺されたFC数値のデータから推測される可能性でしかないが」
ユウキの双子の姉『ラン』の話は、ユウキから直接聞かされた事があった。
なんでも《スリーピング・ナイツ》の初代リーダーで、
ユウキ曰く「ボクよりずっと、ずーっと強かった」らしい。
……存命中にお会いしたかったような、そうでもないような、微妙な気分である。
もし手合わせでもしていたら、唯でさえユウキに粉々に打ち砕かれた
剣士としてのプライドが、箒と塵取りでゴミ箱にポイッされかねない。
「なにしろあのユウキのお姉さんだ、それくらい出来たとしても驚かないさ。
――話を戻すぞ。俺がデュエルで負けてから数日後、今度はアスナがユウキに挑戦した。
敵討ちって柄でもないだろうけど、俺が負けたと聞いて興味が湧いたんだろうな。
試合の様子は、俺の見立てではユウキが終始押していた。
駆け引きや対人経験では明らかにアスナに分が有ったが、
ユウキの反応速度と精度は想像を絶していた。
アスナの突きの速さと鋭さは俺以上なのに、あいつはそれをあっさり弾いてみせたんだ。
――《絶剣》、誰が言い出したか知らないけど、その誰かさんに完全同意するよ。
その瞬間からユウキは、俺の中で『唯一絶対の剣』になった」
あの時の衝撃は今でも忘れられない。
俺と剣を交えた時とは全く違う動き。文字通り目を奪われた。
同時にアスナに嫉妬した。俺とは使用する武器も戦い方も異なるとはいえ、
ユウキの潜在能力を誰よりも引き出せる抜群の相性の良さに。
己の心の醜さと罪深さに吐き気がした。
自分の恋人に対して、一瞬でもそんな想いを抱いてしまうなんて。
結局の所は、端から勝負にすらならなかったというだけの話なのに。
「……アスナも善戦したものの、ユウキの切り札であるOSSの前には
流石の《閃光》も負けを認めざるを得なかった。
それでも本気の《絶剣》のHPゲージを半分まで削ったんだから大したもんだよ。
誓って言うが、あれはALOの歴史に残るデュエルだった。
――ちょうどあんたと俺の時みたいにな、『ヒースクリフ』」
茅場は軽く眉を顰めた。
まるで「言い忘れている事があるようだが今の所は目を瞑ってやろう」とでもいうかの如く。
そのリアクションを敢えて無視し、話を続ける。
「決着が着いた後、ユウキはアスナを自分のギルド、
《スリーピング・ナイツ》のメンバーと引き合わせた。
と言っても、全部後からアスナに聞いた話だけどな。
あいつは1パーティー、合計7人でフロアボス攻略可能な人材を探していた。
辻デュエル紛いの事をしていたのも、『ぴぴっとくる人』を見分ける為だったらしい。
その御眼鏡に適ったのが、アスナだったという訳だ」
考えてみれば酷い話である。そのたった1人を探し出すだけの為に、
俺を含めた60人以上のプレイヤーが、
それと共にユウキの勇敢さ、もとい無鉄砲さがよく分かるエピソードでもある。
まあその点では、俺も他人の事は言えないのかも知れないが。
いやむしろ、だからこそ――
「ユウキ達が探していたのは、ただ単に強いだけのプレイヤーではなく、
言わば作戦参謀のような存在だったらしい。
実際あいつらの実力は、ユウキ以外のメンバーも俺やアスナと同等のレベルだからな。
欠けていたのはボス攻略における戦術や経験であって、
そういった意味でもアスナはうってつけの人物だった訳だ。
昔取った杵柄じゃないが、かつてSAOで名を馳せた最強ギルドの副団長、
泣く子も黙る《攻略の鬼》に声を掛けたんだから」
現在では大分落ち着いたものの、それでも時折昔の血が騒ぐのか、
前衛があまりにも不甲斐ない所を見せると、レイピア片手に突貫してしまう。
《バーサクヒーラー》と呼ばれる所以である。
「翌日、アスナからこれまでの経緯を聞いた俺は、アスナ達のパーティーが通り過ぎた後、
迷宮区入り口でハイドして監視する事にした。……そんな目で見るなよ。
仕方ないだろ、ボス狩りを独占してるギルドの噂を聞いて心配だったんだから。
――そして案の定、20人程の先遣隊が突入して行ったが、
その程度ならユウキ達の問題にならないのは分かってたからスルーした。
だがその次に来た30人は流石に見過ごせなかったので、足止め役を買って出る事にしたんだ。
ソロじゃいくらなんでも厳しそうだったから、
改めて考えてみると、自分でも少々やりすぎというか、過保護だったとは思う。
だがそこに一切の後悔は無い。SAO――と旧ALOの牢獄――から生還して以来、
アスナは『ギルド』というものに対して、ある種の苦手意識を持っていた。
……それは目の前にいる男が原因、というか元凶なのだが。
ともあれそのトラウマを克服する機会が訪れたのは、俺にとっても純粋に嬉しい事だったのだ。
だからこそ、彼らの想いがあんなつまらない連中に汚されるのは我慢ならなかった。
ましてや、あの『絶技』を目の当たりにした後ではなおさら。
「追い付いた時は、それはもう派手な登場を決めてやったよ。
偶にはアスナに良い所を見せたかったし、それに……ユウキにも認めて貰いたかったからな。
人前では滅多に見せない《
そのユウキに、いつだったか「ボクもあの魔法を斬るのやってみたい!」
とせがまれ、練習に付き合わされた事があった。
いくらユウキでも、まさかそんなにすぐ出来るはずが――と内心高を括っていたのだが。
……なんと僅か三日でモノにした時は、流石にもう笑うしかなかった。
自分で言うのもなんだが、あれは苦行という域を超えて、もはや人間業じゃない。
それをこうもあっさりマスターするとは……と内心冷や汗ものだった。
それどころかユウキは、俺のやり方よりも遥かに難度の高い
『突きを魔法に命中させる』という離れ業すらやってのけたのだ。
……こいつにだけは、《
その時俺は固く心に誓ったのだった。理由は言うまでもない。
ああ、だけど。――そんな時間もまた、嫌いじゃなかった。
たとえあいつの心が、常にアスナに向いていると知っていても。
キリトとユウキは、原作より少しだけ仲が良い設定。という感じに脳内変換お願いします。
だってそうしないと、色々辻褄が合わなくなってきたんだもん。。。
書いてるうちにいつの間にか三角関係になるとか、なにこれこわい