「…………」
茅場は何かに思いを巡らせるように黙っていた。……相変わらずこの男の思考は計れない。
俺の読みは外れていたのか? 本当は俺の話になんて元から興味は無く、
取るに足らない用事で呼び出した俺が慌てふためくのを、眺めているだけなのではないか――。
次から次へと湧いてくるネガティブな考えを頭から追い出すべく、自分自身を叱咤した。
こんな所で諦めてどうする。お前の決意はそんなものだったのか?
運命を変えるんじゃなかったのか? そしてあの笑顔をもう一度――
「――それを皮切りに、戦闘が始まった。アスナには『3分間だけ時間を稼ぐ』と伝えたが
ユイに後で聞いてみたら、結局3分はギリギリ保たなかったらしい。
まあそこまで保ったのも、ユイの的確なサポートがあったお陰なんだけどな」
《ナビゲーション・ピクシー》という名目で保持してはいるが、
我が娘『ユイ』の実際の性能はバランス崩壊を通り越してチートも良い所だ。
あの場にいた連中が目ざとく気付いて、運営に通報しなかったのは奇跡に等しいだろう。
仮にされていれば良くて没収、悪ければ垢BANだったはず。……考えただけでもゾッとする。
「戦ってる最中、向こう側の様子がチラッと見えた。
あいつ――ユウキは、そりゃもう楽しそうに戦うんだ。舞を踊るように人を斬り刻む。
――なんて言い方をすると、まるで戦闘狂みたいに聞こえるかもしれないけど。
水を得た魚、ってのはああいうのを言うんだろうな。
いるんだな、あんな人間も……ってしみじみ思ったよ」
正直な所、ユウキ達と協力すれば、その場にいる敵全員を殲滅する事も不可能ではなかった。
敵の中にはSAOの元攻略組も何人か混じっていたらしく、なかなかの手練れ揃いだったが
《スリーピング・ナイツ》のメンバーはそれに輪を掛けて強く、もはやチートだった。
とはいえ、彼らの目的はあくまでボスを自分達の手で倒す事であって、
また相手方にとっても、落とし所というものは必要であるからして、
俺とクラインの首ならば軽すぎるという事もないだろう。
(……ふと思ったが、クラインには二つ名みたいなものは無いんだろうか?)
とりわけ『あの手の』ギルドとは、やむを得ない場合を除けば関り合いになりたくない。
いくら事を構えた後であっても、なるべくなら穏便に済ませたいというのが本音だった。
その為ならデスペナルティくらい惜しくはないさ――とカッコつけていたのだが。
「やったか!?」
「『あの』《
「お前ら知らないだろ!? あの人は昔《黒の剣士》って呼ばれてて
あの伝説のデスゲーム、《SAO》をクリアした英雄なんだぞ!!!」
「マジで!?wwwwヤベェじゃんwwwwキリトさんマジぱねぇっすwwwww」
「はぁ~、ニワカばっかだな……。俺なんて攻略組だったからその場にいたし、今更だろ……」
「さり気ない
「……あれ? 誰か忘れてるような……」
………などといった具合に、何故かちょっとした祭り状態に突入したのだった。
そのあまりの騒がれっぷりに耐え切れず、早々と
……いや、全然悔しくなんてなかったんですけどね? ちっとも、これっぽっちも本当に。
茅場の肩がプルプル震えてる気がするのは、この際置いておこう。
「ん”ん”っ! ……とにかくまあ、俺たちはあいつらを無事、ボス部屋まで送り届けた訳だ。
その後の活躍は知っての通り、ユウキ達は見事単独パーティーでのボス撃破を成し遂げた――。
――と、ここまでは表向きの話で、そこからが大変だったんだ。主にアスナが、だけど」
アスナは《絶剣》の事情に深入りしすぎていた。それもユウキが当初予定していた以上に。
勿論、だからこそ俺とユウキの道が再び重なる事にもなったのだが。
「アスナが《スリーピング・ナイツ》の面々と打ち上げついでに《剣士の碑》の前で
記念撮影をした直後、ユウキが突然ログアウトしてそれっきり連絡がつかなくなった。
アスナは自分がなにか、ユウキを傷付けるような事を言ったせいだと思ったらしいが
真実は逆で。……むしろ二人の精神的な距離が近づきすぎたのが原因だった」
ユウキはアスナの強さや優しさに、自分が慕っていた姉の面影を
無意識に重ね合わせていた事に気付き、ショックを受けたのだろう。
「ユウキは自分が天涯孤独の身である事実を、嫌でも自覚してしまった。
そしてアスナには自分が味わったような思いをさせたくないと、自ら身を引いた――。
……まったく、あいつらしいよ。誰よりも強い意志と力を持ってるのに、いざとなると臆病で。
―――だが、そこで諦めるようなアスナじゃなかった」
アスナは強い。もしかしたらそれは、決して曲がらない鋼のような強さではないかも知れない。
けれども彼女のそれは成長する強さだ。ぶつかって、傷付いて。その度に強く、輝いていく。
誰よりも眩しい魂を持つユウキとアスナが、互いに惹かれ合うのは必然だったに違いない。
「アスナが《絶剣》の事で悩んでいるのは勿論知ってた。ユウキの居場所も見当は付いていた。
あの他の剣士とは別格の反応速度から推測すれば、自ずと答えは見えてくる。
ユイにも聞いてみたけど同じ意見だった。流石に確認まで頼んだりはしなかったけど。
……ただ、それをアスナに伝えるかどうかには迷いがあったのが本当の所だ。
長期入院患者、殊に《メディキュボイド》が必要とされる程の人間となると――。
でもそれを伝えた時、アスナは迷わず会いたいと言った。会ってもう一度話がしたい、と」
もし俺ならどうしていただろうか。……俺なら多分、きっと――そこで諦めてる。
独りで会いに行く勇気なんて、恐らく無かったはず。
最悪の想像ばかりしてしまい、しかもそれがすべて当たっていたら――。
どんな顔をすればいいのか。なんと声を掛ければいいのか。
余計な事ばかり考えて、相手が――そして何よりも俺自身が――傷付く事を恐れて。
「そして遂にアスナはユウキと再会した。ユウキの真実を知り、尚且つそれを受け入れた。
生まれた時からユウキが背負ってきた重荷を、共に担っていく決意をしたんだ。
……なんて言い方をすると大げさに聞こえるだろうけど、本当は全然大げさなんかじゃない。
アスナはいつだって本気で、だからこそ人を惹き付ける力を持ってるんだ」
そしてそれこそが俺とアスナの違いだ。
思い返してみれば、俺と親しい人達は皆、彼らの方から手を差し伸べて来てくれた。
その一方で、俺の方から彼らに歩み寄った事などあっただろうか?
――否。俺はいつも差し出されたその手を握り返してきただけだ。
「そうしてユウキとアスナの、偽る事のない本当の時間が始まった。
アスナが『ユウキを学校に連れて行きたい』と言い出した時は少々面食らったが、
本心ではこれはユウキと仲良くなる絶好のチャンスだと思った。
ユイの為に去年から開発してきた《双方向通信プローブ》が役立つ時が来たとも」
その実現の為には、俺と共にメカトロニクスコースを受講している友人達――
はっきり言えばオタク仲間――の手を借りねばならなかった。彼らには感謝してもしきれない。
このカメラの向こうにあのユウキが居るのかと思うと少し緊張した。
初めて名前を呼びかける際には、柄にもなくさん付けしてしまったものだ。
「それから今日までの日々は、俺にとっても同じかけがえのない時間だ。
ユウキは話していて楽しい奴だし、クラスでも常に人気者だった。……俺とは正反対だな。
プローブの改良や応用についても、率直なフィードバックをくれた。
そのお陰で、プローブの情報を複数のユーザーと同時に通信する事さえ出来るようになった」
特に驚かされたのが、ユウキのフルダイブ技術や
ユウキ本人はメリダやランの影響だと言って謙遜していたが、本当は自身が
長年使用している機械――躰について、無関心ではいられなかった為ではないだろうか。
余談だが、『メリダ』はかつてSAOのベータテスターでもあったらしい。
しかし、ベータテスト終了から正式サービス開始までの僅か一ヶ月の間に
脳腫瘍が見つかり、剣の世界に再び足を踏み入れる事は無かったのだという。
もしかしたらベータテスト期間中、俺と剣を交えた事だってあったのかも知れない。
――流石にベータ期間中に遭遇したテスター全員の名前を思い出すのは不可能だが。
ただの偶然で片付けるのは簡単だ。だけど今は、この不思議な縁を無駄にしたくはなかった。
「ALOでの戦い方やソードスキルについても散々意見を交わした。――実戦形式で。
ユウキの太刀筋は素直すぎるし、駆け引きやフェイントといった技は殆ど使ってこない。
――まあ使う必要すらないくらい、スピードで相手を圧倒してしまうからなんだが。
それを指摘すると、すぐムキになって怒ったっけ……。機嫌を直して貰うのに苦労したなあ。
大抵の場合、あいつがアスナに言いつけて、その度に何故か俺が怒られる羽目になるんだ。
……あいつ、怒ったふりしてアスナに甘えたかっただけなんじゃないのか?
まあそういう顔も嫌いじゃなかったから、何ら問題は無いんだけど」
茅場が呆れたような――というよりまるっきり馬鹿を見る顔で俺を見てきた。
……なんだ? 俺が何かおかしな事を言ったのか? どうも自覚が無くなってきてるらしい……。
「俺の仲間達と《スリーピング・ナイツ》でALOの色んな場所に行ってみた。
思えば何の目的も無しに何処かに冒険に行くなんて、本当に久しぶりだった気がする。
たまたまユウキと二人きりになった時、皆には内緒でこっそりボス攻略に行った事もあった。
勿論言い出したのはユウキだったけど、止めなかった俺も同罪には違いない。
……本当に倒せそうになるまでHPを削れた時は正直焦ったけどな。
流石に倒してしまうと色々とマズイんで、偵察って事にしてそのまま帰った」
本音を言えば倒してしまいたかったが、《剣士の碑》に名前を刻める人数を考えると
《スリーピング・ナイツ》の面々に譲るのが一番だと自分に言い聞かせた。
それよりもユウキを独り占めに出来た事の方が、余程嬉しかったのもあるが。
―――嬉しかった? ―――どうして? …………それは。
そうだ。今更ながら気付かされる。
今まで自分の事を分かってる振りをしながら、その実何も分かってなかった。
散々周りを、そして自分を騙してきた。誤魔化してきた。
アスナを裏切れない、相思相愛の仲だと。俺なんかが割って入る隙など無いと。
だけどもう限界だ。今までずっと抑えつけてきたものは、完全に決壊してしまった。
大切とか、助けたいとか、そんなのよりも。
もっと素直で分かり易い言葉があるじゃないか。
俺はユウキが好きなんだ。どうしようもないほどに。
自覚してしまうと、もう全く歯止めが効かなくなる。
アスナの事は勿論好きだ。なにしろ自分から告白したのだ。
でも今のこの気持ちだって嘘じゃない。紛れも無く本物だ。
勇敢でお調子者で。その癖自分の事になると臆病で。
こうと決めたら決して自分を曲げない意志の強さを持っていて。
優しいけど苛烈な部分もあって。弱虫なのに決して弱音を吐かなくて。
この世界の誰よりも強いのに、誰よりも儚い。
そんな
俺は茅場晶彦を真っ直ぐ見つめて言った。
「悪かったな、つまらない話を延々と聞かせてしまって。
―――ようやく分かったよ。お前の言った、言葉の意味が」
「………ほう」
その人ならざる瞳が、初めて興味を持ったように輝いた。
シリアスさん崩壊。茅場はユイの事は普通に知ってそうなので流しました。
アニメ版のユウキ無双シーンは個人的にすごく印象に残ってます。
キリトとアスナはお互いに相手の方が強いと思ってるんじゃないかなあと思います。
当初の予定とまったく違う展開になってしまいました。次話で完結です。