魂の行方   作:Remick

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決断と結果と代償


第四話

茅場は値踏みするようにしばらく俺を見つめていたが、やがて口を開いた。

 

「以前にも言ったが、君と私の間に無償の善意など存在しない。

 何かを求めるというのなら、代償は必要だよ。どんな時であろうと」

 

……分かっていた。この男がタダで何かをしてくれるなんて思ってはいない。

しかしそれこそが、俺の待ち望んでいた言葉でもあった。

 

「だったら俺のすべてをくれてやる!……よこせというなら俺の命だって喜んで差し出すとも。

 人体実験でも何でも好きに使えばいい。だからユウキを、せめてこの世界にだけでも!」

 

「命は軽々しく扱うモノではないよ。それに生憎、そんな物(・・・・)にも興味は無いのでね。」

 

……こいつは命の重さを知っていて尚、あんな事をしでかしたのだ。

自分の手で、自分の作り上げた物だけで出来た世界を欲したが為に。

 

 

お願いだ、これ以上俺から大切な者を奪わないでくれ。

本気で信じた事の無い神に、生まれて初めて祈った。

 

 

絶望しかけた俺の心に差し込む、一筋の光明のように言葉は続く。

 

「――とはいえ、君の決断がどういった結果をもたらすのか、その事には少し興味がある。

 よって、君の求めるものを与えるとしよう。代償はいずれ、君自身が支払う事になるだろう」

 

………え?

目の前にいる男の言ってる意味が分からない。

 

代償が必要だと言ったかと思えば、俺の持ってる物すべてを合わせても足りないと宣う。

かと思えば、俺がこれから支払う事になる?

 

混乱しきった頭に更に追い打ちを掛けるように、

 

「だがその前に、あらゆる選択は自由意志に基づいて決定されなければならない」

 

「あんたは一万人のプレイヤーにSAOが自分の命を賭けたデスゲームになるって聞いたのか?」

 

その傲岸な物言いに思わず言い返してから、しまったと思った。

今更相手の機嫌を損ねるような事を言ってどうする? だが茅場は、

 

「私は前々から言ってきたよ、『これはゲームであっても遊びではない』と」

 

事もなげに言い放つ。

 

「私が君に求める事は唯一つ。その決定に伴う責任を、君一人だけですべて背負う事だ」

 

 

――これは悪魔の契約だ。俺は直感した。

だがいずれにせよ、俺にはもう選択肢など存在しない。

ユウキをこの世から完全に失うなんて、絶対に耐えられない。

 

 

あの人ならどう思うだろうか、とふと思った。

長年ユウキを診てきた、《メディキュボイド》の話を彼女とその家族に伝えた、

そして恐らくはあと少しでユウキを……看取る事になるであろう、あの医師なら。

 

違う。今考えるべきなのは、俺がどうしたいかだ。

 

 

きっと……いや、間違いなく後悔する事になる。

それでも――

 

 

「俺は――――」

 

 

 

 

 

 

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言えなかった。

 

 

ユウキの今際の際でさえ、自分の想いを伝えられなかった。

今の俺はきっと、今まで生きてきた中で一番酷い顔をしているはずだ。

愛する人が目の前で亡くなる場に立ち合ったのに、涙一つ流さなかったのだから。

尤もその心中はそんなものでは済まなかったが。

 

 

なんでお前らは平気な顔で見送れるんだ? 死んだらすべてお終いなんだぞ?

違う場所などあるものか。次の世界などあるものか。

死後の世界があるのなら、何故そこまで死ぬのを恐れる?

もし神が存在するのなら、何故ユウキを殺そうとする?

 

……それとも俺が狂っているだけなのだろうか。

狂っているのは俺だけで、だから俺以外の全員がおかしく見えて。

俺はとっくの昔に壊れていたのか。この仮想世界で過ごした時間が、あまりにも長すぎたから。

こんな作り物の世界を、本物だと思い込んでたから。……あまつさえ殺人まで犯して。

それは自分でも妙に納得のいく説明――事実だった。

 

 

 

24層主街区の北にある小島。

 

『弔問』に訪れていたプレイヤー達の姿もようやく途絶えた。

この場所の象徴である大樹の根本には、ユウキの愛剣だった黒曜石の剣が突き立ててあった。

どうやら破壊不能な地形オブジェクトと化しているようだ。

ALO史上最強の剣士に捧げる、運営の『粋な計らい』というやつらしい。

今の俺にはもう、そんな事はどうでもよかったが。

 

 

時刻は夜明け前、辺りは深い霧に覆われている。

その様子はまるで、今の俺の心の内を具現しているようだった。

実際には周囲が湖という、霧の発生条件を満たしやすい場所柄故であろうが。

 

少し待っていると、その霧も徐々に晴れてきた。

朝靄の中、朝日が差し込む。この世界の新たな一日が始まる。

 

 

―――そして、彼女はそこにいた。いつからそこに立っていたのだろう。

その後ろ姿はいつも通りで、まるで何事も無かったかのように。

 

 

俺は声を掛けようとして、けれどその口から何かを発する事は出来なかった。

今更なんと声を掛ければいいのか。どんな話をすればいいのか。

 

結局思いついたのは、頭の中にあったただひとつの言葉。

囁くような、か細い声で

 

「―――ユウキ」

 

そんな声でも、きっと届いたのだろう。

彼女は驚いたように振り返り、そして目を見開いた。

その顔に浮かぶのは、――驚き、悲しみ? 怒り? それとも落胆?

そのどれとも判別はつかない。

 

 

俺と同じように――だが恐らく俺とは違う理由で――迷っているようだったが、

やがて諦めたように口を開き、語り始めた。

 

「――気がついたらね、すっごく綺麗な場所にいたんだ。

 夕日がとっても綺麗で、辺り一面夕焼け雲に覆われてて。

 ここが天国なのかな?って本気で思ったなあ……。

 遠くには大きなお城が見えた。あれがアインクラッドだったのかな? 

 ――そこである人に出会ったんだ。会った事はないけど、すぐに分かった。

 この世界を創造(つく)った、神様なんだって。その人が言ったんだ。

 君を諦めてない人が、まだ一人だけいる。

 君が望むなら、『この世界』に留まる事が出来る。

 このまま消え去る事も出来るけど、どうする?って。

 ボクはその人に会ってみたい、って言ったんだ。

 ……でもまさかキリト、キミだったなんて。

 キミとボクは少し似てるって思ってたけど、どうやら違ったみたいだね」

 

ユウキの表情は読めなかった。そしてその心も。

 

「――昔読んだ事のある小説でね。もうその本の名前も、よく思い出せないんだけど。

 ……可笑しいよね、ボクにはもう、そんな曖昧な部分なんて残ってないはずなのに。

 これじゃまるで、ボクがまだニンゲンみたい(・・・・・・・)じゃない?」

 

ユウキは自嘲気味に(わら)った。それはもう、俺の知ってる彼女じゃなかった。

……俺はなんて事をしてしまったんだ?

分かってたはずなのに、ユウキはこんな事望んでないって。

 

―――お前は馬鹿か? 彼女が泣いて喜ぶとでも思っていたのか?

感激のあまりむせび泣きながら抱きついてくれるとでも……?

 

「その本の内容は、一人の吸血鬼(ヴァンパイア)が主人公のお話なんだけどね。

 彼はある人の血を吸って、無理矢理吸血鬼にするんだ。

 もちろんその人も必死に抵抗するんだけど、全然敵わなくて。

 永遠の命を手に入れた代償に、お日様の下を歩く事も出来なくなったんだ。

 ……キミがやったのって、そういう事なんだよ、キリト」

 

俺は黙って聞いていた。

俺にはもう、何かを言う資格なんて無かったから。

 

 

「どうしてこんな事をしたの? ボクの事が嫌いだった? 

 剣で勝てないのが、そんなに悔しかった?」

 

違う。

 

「アスナを奪られるのが怖かったの? 

 でもアスナが一番好きなのはキリト、キミだったんだよ?」

 

違うんだ。

 

「せっかくあんなに素敵な最後を遂げられて、やっとパパやママ、

 姉ちゃん、メリダやクロービスに会いに行けるって思ったのに!

 思い残した事なんてちっとも無かったのに!」

 

ごめん。

 

「……キミの事なんて大嫌いだよ。呪われてしまえばいいんだ」

 

―――。

 

 

それまで見せたことのなかった感情の発露。ああ――まただ。

俺はまた、大切な人を傷つけてしまった。悲しませてしまった。

 

 

「―――さっきの話の続きだけどね。

 その人は吸血鬼にされて、最初はものすごく怒ってさ。

 あっ、その人は元々お爺さんだったんだけど、ある事がきっかけで若返ってね。

 つまり第2の人生これから!って時に、すべてを奪われたんだ――

 そこはボクと正反対かな?――でもね、結局その人も受け入れ始めるんだ。

 これもよく考えたら、そこまで悪い事じゃないぞ、って。

 ……ボクはそんなに簡単に割り切れそうにないけどね」

 

何時しか、ユウキは泣いていた。

瞳から流れ落ちるその透明な雫を拭おうともしない。

 

「こんな偽物の身体になっても、涙は流れるんだね」

 

こんな時でさえ、彼女を――彼女の魂を、美しいと思ってしまった。

それに比べて俺は――なんて(けが)れているのだろう。

『人殺し』では飽き足らず、心まで醜いなんて。

 

「ホントはね、未練が無いなんて嘘。……アスナにもう一度会いたい、抱きしめて欲しい。

 でもアスナにはもう二度と会えない。どんな顔をしたらいいのか分かんないよ……。

 ボクが生きた(シルシ)は、あの世界に置き去りにしてきたままなんだ」

 

……その姿は耐え難いほどに悲しそうで。他の何よりも、俺の胸を強く締め付けた。

そんな顔をするくらいなら、もっと俺を責めてくれればいいのに。憎んでくれればいいのに。

 

「色々ひどい事言ってごめん……。だからもう、ボクには会いに来ないで。

 これ以上、キミを傷つけたくないから。…………さよなら」

 

 

そう言って、ユウキは朝霧の中へと消えて行った。

……まるでそこには初めから、誰もいなかったように。

そうしてしばらくしてから、俺はようやく気付いたのだ。

―――彼女を永遠に喪失(うしな)ってしまった事に。

 

 

そうか。これが、茅場の言っていた代償――罰。

 

 

俺は膝から崩れ落ち、時間の感覚が無くなるまで泣き続けた。

そして祈った。どうか涙が、俺の罪を洗い流してくれますように。

……そんな事は決して起こり得ないと知っていても。

そうせずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

それから俺は、ユウキとアスナが向こうの世界で、本当の意味で

『再会』出来るようにする為に、残りの人生を捧げる事を誓った。

たとえ何年、何十年掛かろうとも。たとえ不可能だったとしても。

……それだけが俺に出来る、唯一の償い。――贖罪。

 

 

あの男は、こうなる事を予期していたのだろうか?

……きっとそうに違いない。

神の――否、悪魔の如き洞察力で以って。結末を予見して。

自らの支配力を、現実世界にまで広げようと企んで。

 

 

俺はどうすれば良かったんだ? いったいどこで間違えた? 

――そんなの決まっている。最初から(・・・・)だ。

 

 

自分ならなんとか出来るなんて考えてしまったから。

身の程知らずな願いを持ってしまったから。

いつだってそうだ。俺自身は何の力も持ってないのに。

神ならぬ身で、何でも出来ると思い込んで。

………本当に救い難い、救われる価値も無い愚か者。

 

 

 

 

 

 

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「……アスナ」

 

 

 

「……なあに、キリト君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――会わせたい人がいるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『魂の行方』 了

 




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