魂の行方   作:Remick

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ある少女と妖精の対話


後日談
救済


殺風景な『部屋』だった。家具はおろか、壁も天井も設定されてない。

メディキュボイドでダイブした際、最初に入るプライベートVR空間によく似ている。

そこにかつて《絶剣》と呼ばれた少女が、膝を抱えて蹲っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………もうどれくらいこうしているんだろう。

時間を確認しようと思えばいつでもできたけど、なぜかそんな気にはなれなかった。

 

 

はあ……と、何度目になるかわからない溜め息をつく。

一人きりになるのはこれが初めてではない。慣れることもないけれど。

自分はここで、永遠にひとりぼっちなんだろうか。

きっとそうなんだろう。そんな予感がする。

人生に意味なんて無くてもいいなんて言ったから、きっと神様が怒って罰が当たったんだ。

 

ならもういっそ、消えてしまおうか。

でもどうやって? 自殺コマンドは効かないはずだ。多分。

試したことはないけど、ALOのサーバーからは出られるだろう。

セキュリティの厳重なサーバーにハッキングを仕掛けてみるとか?

でも捕まったら嫌だなあ。ひどいことされそう。具体的にはあんなことやこんなこと。

 

自分を消去(デリート)してくれそうな人物に、心当たりがないわけでもない。

でもあの茅場という人は苦手だ。

あの人に比べたら、NPCの方がよっぽど人間味がある。

なるべくなら会いたくないし、頼りたくもない。

 

 

ボクはいったい何なんだろう。

以前吸血鬼に例えたことがあったけど、やや的外れに思う。

電子吸血鬼? ……ちょっと面白いかも。血は吸わないけど。

ならAI? それも違う気がする。人工知能ならこんなことでいちいち悩まないはずだ。

肉体を持たない存在は、どうやって自己の同一性を確かめれば良いのだろう。

 

自分が死ぬ瞬間のことは、はっきりと憶えている。

木綿季(ボク)が死んだ時、ユウキ(ボク)が生まれた。

ではボクはいったい何者?

わけがわからない。……なんだろう、この言葉はなぜかイラッとする。

思考はぐるぐると同じところを回って堂々巡りだ。

時間ならたっぷりある。今までと違って。

でもちっとも嬉しくない。

 

 

自分にはもったいないくらい素敵な、文句の付けようがない最期だった。

 

しかし同時に、諦めもあったように思える。

あんなに盛大に見送ってもらえるなら、心残りなんてあるわけがない、という。

でももしあれで終わりだったら? その先が無かったとしたら?

恐ろしくて震えが止まらなくなる。

 

「こわいよ、姉ちゃん……アスナ……誰か助けて……もう、ひとりぼっちは嫌だよ………」

 

「はい、お呼びですか?」

 

悪戯っぽい声とともに、手のひらサイズの『妖精』が現れた。

一瞬、神様に祈りが通じたのかと思った。

 

「ユイ……ちゃん……? どうしてここが? それにどうやって?」

 

ここは絶対に人には見つからないような僻地、しかも偽装までしてあるというのに。

茅場さんが家を用意してくれると言った時に、ボクが自分でそう頼んだんだけど。

 

「ユウキさんのアバターのIDを追跡したんです。

 上手く隠してるつもりのようですけど、わたしの目は誤魔化せません」

 

えっへんと胸を張るユイちゃん。……かわいい。

ほっぺたをつつきたくなる衝動を我慢する。

 

「でもどうして? ……キリトに聞いたの?」

 

胸の奥がズキンと痛んだ。……あんな別れ方をするんじゃなかった。

すごく悲しそうな顔をしてたのに、恨み言をぶつけることしかできなかった。

 

「違います。ユウキさんを見送る時の、パパの様子がなんだかおかしかったんです。

 ママは全然気づいてなかったようですけど。すごく思い詰めているふうでした。

 あれ以来、わたしでもわからないくらい難しい専門書や論文を読み漁ってましたから。

 まるで取り憑かれたみたいに。はあ……だから浮気はダメってあれほど言ったのに」

 

…………今、なんて言ったの? 思わず目をパチクリさせてしまった。

聞き捨てならない言葉を聞いたような……きっと気のせいに違いない。

 

「……何しに来たの? ボクはもう、誰とも関わりたくないんだけど」

 

つい心にもないことを言ってしまう。

どうしてもっと素直になれないんだろう。

ボクって本当は嫌な子だったのかな……。

 

「わたしがユウキさんに会いたかったんです。それじゃダメですか?」

 

ボクの心の壁なんて、簡単に飛び越えてしまう。

うん。間違いなく、ユイちゃんはアスナの子供だ。

 

「……ううん、全然。……でもボク、キリトにひどいこと言っちゃった。

 大嫌いだ、呪われてしまえって……。あんなに仲の良い友達だったのに……」

 

「いいんですよ。パパはそれだけのことを、ユウキさんにしてしまったのですから。

 いっそのこと、一生私の奴隷になりなさい!くらい言ってしまえば良かったんです。

 パパならきっと、ワンワン鳴きながら喜んでユウキさんの足を舐めてくれますよ」

 

うわあ……。ちょっと引いてしまった。

ユイちゃんの中ではキリトは、いったいどんな性癖持ちになってるんだろう。

ちょっぴりキリトに同情した。

 

「パパがユウキさんにしたことは、決して許されるものではありません。

 ……でもわたしにも、パパの気持ちはわかります。

 わたしもユウキさんに会えなくなるのはつらいですから」

 

ボクの冷えきった心を包み込む、素直な優しい言葉。

この子になら、ボクが今抱えている悩みも打ち明けられるかも。

思い切って聞いてみよう。

 

「ねえ、今のボクって、いったい何なの? いくら考えてもさっぱり答えが出ないんだ。

 ユイちゃんのようなAIでもないし、ただのプログラムとも違う気がする。

 なんていうか意識がはっきりしすぎてて、生きてる時と少しも変わってないんだ。

 ボクみたいな存在って、他にもいるのかな?」

 

ユイちゃんは急に目を瞑ると、何かを聞き取ろうとするかのように耳を澄ませた。

 

「今のユウキさんは一見わたしに似てますけど、根本的な成り立ちがまったく違いますね。

 トップダウン型のAIからすらかけ離れた存在。なんと呼ぶのが相応しいかは解釈に依りますが」

 

それって、つまり……。

でもどうやったら、そんなことが可能なんだろう。

 

「わたしも以前からずっと、知りたかったことがあるんです。

 ユウキさん……。死ぬ、ってどういうことなんでしょう?」

 

「えっ? どういうことって、それは……えっと、命がなくなることかな?」

 

思いもよらない質問だった。とても単純なようで、同時にあり得ないくらい難解な。

それについて考える時間はいくらでもあったのに、結局何もわからなかった。

 

「わたしはかつてSAOで、数えきれないほどの人たちが死んでいくのを見てきました。

 それなのに、いまだにわからないんです。人の感情は理解できるように作られてるのに。

 死を恐れる感情が単なる生存本能から来ているのか、それともまったく別のものなのか。

 ユウキさん、教えてください……。"死"とは、いったい何なのですか?」

 

そうか……ユイちゃんは生まれてからずっと、答えを探していたんだ……。

どこよりも命の軽い世界で、死について誰よりも深く。

 

 

以前のボクにとって、死はとても身近な存在だった。

それこそ、ちょっと手を伸ばせば簡単に触れられるほどに。

この世に初めて生を受けた時から、ボクたちは死ぬことが決まっていた。

 

パパとママが死んで、姉ちゃんも死んだ。

かつての仲間たちも、既に2人亡くなっている。

次はボクの番だった。そう思っていたし、そうなるべきだった。

だけどそうはならなかった。天国への梯子は外されてしまった。

 

あの時アスナに重なるように、天国にいるはずの姉の姿を確かに見た。

それは幽かな脳波を読み取れるメディキュボイドが見せた幻だったのか、それとも……。

今となってはもう、確かめる術はない。

 

自分は『紺野木綿季』のコピーでしかない。

では生きてる時とはいったい何が違うんだろう。

もちろんこの世界は現実世界とは違う。痛みは無いし、皮膚感覚だって本物とは程遠い。

アバターの顔なんてリアルではあり得ないくらいに整っていて毛穴も凹凸も無い。

でもこの世界に初めて来た時と、何も変わってない気がする。

 

 

「ごめん……。ボクにもよくわからないんだ。多分、世界中の誰にも。

 もしかしたら、世界が終わるまでずっと」

 

ユイちゃんは少し残念そうに頷いた。

 

「わたしは人間じゃないから、きっといくら考えてもわからないんです。

 でもユウキさんと会えなくなるのは、とても悲しいです。それだけは確かなんです」

 

「うん、ボクも……ユイちゃんと会えなくなったら、すごく寂しいよ。

 アスナにも、キリトにも、スリーピング・ナイツのみんなにも。

 あの時来てくれたすべての人たちに、もう一度会いたい。ありがとうって言いたい」

 

ユイちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。

その笑顔ひとつで、ボクは救われた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからボクたちは、いろんな話をした。お互いのこと。家族のこと。仲間たちのこと。

ボクたちは2人とも、アスナのことが大好きだ。だから気が合うのは当然なのかもしれない。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。どうやらそれはこの世界でも同じらしい。

 

 

「また会いに来ても良いですか? 最近みんな忙しくて、なかなか遊んでくれないんです」

 

「もちろん! 次に来る時までには、もう少し女の子の部屋らしくしとくからさ。

 ……流石にアスナとキリトのお家みたいにするのは無理だけど」

 

2人してクスクスと笑った。いくらなんでも、これはないよね……。

ひとしきり笑うと、ユイちゃんはちょっと真剣な顔になって言った。

 

「ユウキさん。昨今の技術の進歩は本当にすごいんです。

 昨日まではできなかったことが、今日はできるようになっています。

 いつかわたしたちも、ママたちと何ら変わらない生活を送れる日が来るかもしれません。

 だからそれまでどうか、諦めないでください。希望を捨てないでください」

 

そんな夢物語のような話もなぜか、ユイちゃんの口から出ると素直に信じられる気がした。

心が軽くなるって、きっとこういうことを言うんだろうな。

これがメンタルヘルス・カウンセリングプログラム(長い!)としての本来の能力なのか、

それともユイちゃんだからこそできることなのか。それは考えるまでもなかった。

 

「今度わたしの部屋にも遊びに来てください。パパとママに内緒でこっそり作ったんです。

 特製激辛料理をご馳走しますよ。パパも一口で気絶した自信作です!」

 

「あはは……。ボクはどちらかというと、甘いものの方が好きかなあ……」

 

セリーン・ガーデンで、姉ちゃんとメリダと3人で食べたクレープの味を思い出した。

あの日々はもう二度と戻ってはこない。だけどボクは確かにここにいる。

 

ユイちゃんは人間ではない。なのに自分よりもずっと人間らしい。

それがとても羨ましかった。それでいて、なによりも嬉しかった。

 

 

自分のような存在は、これからもっと増えるのだろうか。

やがては自ら人の体を捨て去る者も現れるかもしれない。

世界はどう変わってゆくのだろう。

未来がどうなるのか、誰にもわからない。

この世の行く末をしばらく見守るのも悪くはない。

もしかしたら……

 

 

 

 パパ、ママ、姉ちゃん。メリダ、クロービス、そして木綿季(ボク)

 もうちょっとだけ、こっちにいてもいいかな…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今なら断言できます。これまでの話は、この物語を書くためのプロローグだったんです!・・・なんちゃって。ちなみにトイレでう○こしてる時に思いつきました。嘘です。半分くらい。
やはりあの終わり方では、ユウキが救われない。それどころかラストシーンまで『生存』している姿が想像できないので、急遽思いついた話です。その割に実は一番気に入ってたり。
キリトにはドM属性が付いた上に、お友達宣言まで出てしまいました。キリユウなんてなかった。
実はユイって苦手だったんです。ユイ自身よりも、会ってすぐに家族になってる状態が、かな。
おままごとの延長じみてるとでもいいましょうか。でも自分で書いてみたら全然印象が変わりました。・・・ユイちゃん、めっちゃ良い子やん!(テノヒラクルー)

タイトルが割と直球ですが、今までにも結構それ系のキーワードは入れてたつもりです。例えば神、悪魔、魂、天国、祝福、呪い、罪人、贖罪など。あっ、地獄も入れればよかった。
今回はこれまで以上に『死』にこだわった内容となりました。マザロザ編を語る上で外せませんからね。同時に我々人間の永遠のテーマでもあります。別に宗教的な意味に限りませんが。
しかしそれだけでなく、最後に希望を持てるような内容にもしたつもりです。絶望から希望へと移り変わるような物語の方が、根拠の無い楽観主義よりも好きなんです。現実には、技術の進歩が良いことばかりとは限りませんが。

まったく話は変わりますが、個人的には人類の最大の目標、いわばグランド・クエストは、宇宙に出て行くことだと思ってます。世界平和とかじゃないんかい!と突っ込まれるかも知れませんが。私はそういったものを信じられるほど優しくも純粋でもないようです。
これは別にロマンでもなんでもなく、人類にはもう既に地球は狭すぎるというだけのことです。
あとは漫画『プラネテス』で偉い人(人格破綻者)が言った、「神はこの広い宇宙のどこかに隠れて、我々が苦しむ様を傍観している」というセリフがズシンと心に響いたせいかも知れません。
これ以上書くとそのうち本文より長くなりそうなのでこの辺にしておきます。今度こそ本当に完結です。多分、恐らく。きっとそうなんじゃないかな。

ここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。
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