人間とは理不尽を嫌う生き物だと僕は思う。
全てが理路整然としていて、しかるべき結果が得られないと気が済まないタチだ。
彼らが生み出した数学なんていう学問はその最たる例だろう。
それゆえ、彼らは道理にかなっていない事は是が非でも正そうとする。
努力は報われるべきで、人は皆愛されるべきで、そして世界は美しくあるべきだと、そう声高に主張する。
もし現実が彼らの望んだ姿をしていないならば、それは世界の方が間違っていると、そんな傲慢極まった解釈をする。
そして何の因果だろうか、世の中にはそんな彼らの主張を実に耳触り良く表した言葉が存在した。
『平等』
理不尽を嫌う人間が盲目的に信頼している言葉の名だ。
彼らは個人の力及ばぬ範囲において、この奇跡の言葉一つで実に様々な事を成し得てきた。
平等という名のもと、時には才能溢れる者を凡才レベルへと画一化し、時には成功し過ぎた者からその報酬を略奪し、また時には生れながらの才能さえも抑圧して見せた。
だが、彼らは気付かない。
彼らが追い求めて止まないものは、彼らの夢想の中にしかないのだと。
「人間は平等であるべきだ」というそれ自体が、すでに破綻した理想なのだと。
だからこそ僕は言いたい。
不平等は悪ではない、と。
恵まれないこと、劣っていること、才能を持たないこと。
確かにそれは生きづらい事だろう。
辛くて苦しくて、あまりの不遇さに死んでしまいたくなる事もあるかもしれない。
しかし人類の歴史は、積み重ねてきた進化は、その実才なき者によってこそ成し遂げられてきたのだ。
才能が乏しいがゆえに、才溢れるものよりも努力し。
他人より恵まれないがゆえに、誰よりも持たない者に共感し。
人より劣っているがゆえに、それを見返してやろうと試行錯誤を繰り返す。
そんな凡人の一歩一歩こそが人類の足跡そのものなのだ。
なにものにも変えられない、人類の努力の証明だ。
そしてそんな偉大な人類を、僕はとても好ましく思っている。
短い人生のほとんどを努力して過ごす彼らの軌跡は、僕の目には非常に光り輝いて見えるんだ。
その輝きを守るためなら全てを投げ打っても構わないと思えるほどに。
ああ、そうとも。
だからこそ僕はその責務を負った。
愛する人類のために、そしてその輝かしい未来のために。
最も嫌悪するその二文字を自らの運命として担ったんだ。
『平等』の魔王。
それが人類の敵として立ち塞がる僕。
愛する人間に討たれるために生まれてきた魔王の名前だ。
気が向いたら次書くかも