Scarlet stalker   作:雨が嫌い

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 とりあえず区切りとして、今年最後の日には間に合いました。
 閑話と言うかギャグ回と設定です。面白いかどうかは別として。




Ex1 『多分悪夢っぽい何か』+α

Case1『食事はバランスパワーを考えろ』

 

 

 

 僕の名前は石花ソラ。東京武偵高のしがない天才な一生徒だ。

 そんな僕には一つの決まり事がある。

 ──張り込み時の食料は全てカロリーメイト。

 それが僕というかのレキ先輩の監視任務時の作法であり、僕も強要されていることだ。

 任務が終わるまでそれ以外の食べ物は食べない。一種の願掛けのようなもの。

 僕が嫌いでもレキ先輩はカロリーメイトが好きなのだから仕方ない。

 出前、外食、コンビニ弁当。湧き上がる欲求を抑えて今日も僕はカロリーメイトを食べる。

 

「理想的な生活です」

 

 そんな戯言と共に登場したのは、レキ先輩だった。

 

「差し入れです」

 

 レキ先輩から僕に何か買ってきてくれるとは珍しい。

 僕は少しの驚きと喜びを感じながら差し出されたコンビニの袋を開ける。

 

「カロリーメイト、ですか」

 

 カロリーメイトにカロリーメイトにカロリーメイトだった。

 せめて飲み物の一つでも欲しいところである。口がパサついて仕方がない。

 

「何か不満でもありましたか?」

「……滅相も無いです」

「キンジさんの様子はどうですか?」

「特出するようなことは何も」

「そうですか」

 

 これで本日の会話が終わりである。

 大体11時頃に遠山先輩が就寝するのを確認するまで、ひたすら張り込みを続ける。その間終始無言。というかレキ先輩は9時に寝る。

 ここでまだその間である2時間だけ僕に監視を頼むとかならまだわかるが、何故か朝から夜まで監視は僕がやっている。何様のつもりなのだろう。

 色々な種類のストレス悶々と感じながらも今日も三食カロリーメイトを食べる。

 

 

 

 

 

 そうしてカロリーメイトだけの生活は1週間を迎えた。

 張り込みは毎日行われる。

 つまり毎日カロリーメイトなのは変わらない。

 遠山先輩の生活も変わらない。

 朝、6時半くらいに起きて、一時間ほどで家を出る。通学はバス又は自転車だ。

 3日に1回ほど、通い妻と一部で噂される星伽先輩が朝ごはんを渡しに来る。

 ……おいしそうだった。

 学校が終わると、たまに買い物するくらいで、普通はまっすぐ家に帰る。就寝は大体11時。

 友人と遊んだりはしないのだろうか? まあ、これは僕も言えたものではないのだが。

 それとカロリーメイト飽きた。

 

 

 

 カロリーメイト生活 8日目。

 相変わらず対象に変化は無い。

 今日コンビニに行ったら、店員が奥でコソコソと、

 「あ、カロリーメイトが来た」

 「カロリーメイターだ」

 とか言っているのが聞こえた。

 僕の名前は石花ソラだというのに。

 有象無象な他人の戯言なんて気にしてはいないが、今日のカロリーメイトチョコ味は何だかとても苦く感じた。

 

 

 

 カロリーメイト生活 9日目。

 相変わらず対象に変化は無い。

 昼食時カロリーメイトを食べていると、何故か間宮や竹中がお弁当のおかずを分けてこようとしてきた。まあ断ったが。

 ……りんごのうさぎさん。

 カロリーメイトフルーツ味より、本物のフルーツが食べたかった。

 

 

 

 カロリーメイト生活10日目。

 相変わらず対象に変化は無い。

 いい加減何か動きが欲しい。いい加減カロリーメイト以外が欲しい。

 毎日毎日同じことを繰り返して楽しいのか!

 星伽先輩も毎回品を変え、実は細かく栄養バランスを気遣っているのをやめろ!

 毎日毎日カロリーメイト食べている僕の身にもなってくれ。それが出来ないのならせめて僕に身を案じてくれ。

 もう10日だぞ、10日! ふざけるなよ! もう僕が爆弾でも使って騒ぎを起こしてやろうか。

 そう思ったが、最終的にレキ先輩に頭を“スパーキング!!”されそうだったので何とか踏みとどまった。

 

 

 

 カロリーメイト生活 11日目。

 相変わらず対象に変化は無い。

 ポテト味のカロリーメイトを砕いて水でも加えてこねればもしかしてポテトサラダになるのではないか? と、思った僕は早速実行することにした。

 材料はカロリーメイトだけだから作法を破ったことにはならないはずだ。

 ──グチャグチャして吐き気がするほど不味かった。

 ……オロロロ……

 ……明太ポテトサラダになった。色的に。

 

 

 

 カロリーメイト生活 12日目。

 相変わらず対象に変化は無い。

 もう他の物を食べようそうしよう。

 誘惑に耐えきれなくなった僕はコンビニでコッソリとお弁当を購入。

 店員の驚いた顔が印象的だった。僕は別にカロリーメイトなんか好きでもなんでもないから。あと誰がカロリーメイト星の王子だ。

 温めてもらったそれを持ってホクホク顔で家に帰ろうとした時だった。

 ホカホカのコンビニ弁当がどこからか飛んできた何かに“スパーキング!!”された。

 続いて鳴る携帯。

『次はありません』

 ……どうやら僕はカロリーメイト(210円)より価値の無い人間らしい。

 

 

 

 カロリーメイト生活 13日目。

 相変わらず対象に変化は無い。

 今日学校に行ったら、ライカと間宮にいきなり保健室を進められた。

 もうクマが濃いとかそんなレベルではないらしい。

 最近ちゃんと食べているか。昨日は何食べたか。

 そう聞かれたので、すっとカロリーメイトしか食べてないと言うと、本気で病院に運ばれそうになった。

 佐々木までもが心配した目で僕を見ていた。そんなに酷いのか。

 帰宅し、夕飯を食べようとすると、前の分の箱にまだ一袋入っていた。そうだ。全部食べ切れなかったのだった。

 とりあえず、残った袋を開ける。

 匂いだけでもう吐き気がしてきた。そしてやっぱり全部吐いた。

 

 

 

 カロリーメイト生活 14日目。

 相変わらず対象に変化は無い。もう二週間だ。

 あれ? そう言えば、この任務っていつ終わるのだろう?

 遅まきながら、達成条件を聞いていなかったことに気づく。

 焦りながらレキ先輩の携帯に電話を掛けると。

『風の命が続く限りは行います』

 と言われた。

 窓から吹き込んでくる風に逆らうように、僕はカロリーメイトを空に向かって投げつけた。

 

 

 

 カロリーメイト生活 15日目。

 相変わらず対象に変化はない。

 薬局で買い物をしたとき、頼んでも無いのに薬を進められたこと以外に僕の生活にも変化は無い。

 もういい加減にしてくれ。さすがに空気を読んでくれ。

 いつになったらこの生活は終わるというのだ!

 早く僕をこのエンドレスカロリーメイトから救い出してくれェェ!!

 そんな思いを込めて、今日も僕はカロリーメイトを第三男子寮へ向けて“スパーキング!!“

 

 

 

 カロリーメイト生活 16日目。

 コンビニの店員へ向けて“スパーキング!!”

 

 

 

 カロリーメイト生活 17日目。

 薬局の店員へ向けて“スパーキング!!“

 

 

 

 カロリーメイト生活 18日目。

 レキ先輩へ向けて“スパーキング!!!“

 

 

 

 

 

 ……………

 ………

 

 カロリーメイト生活 23日目。

 目が覚めると何故か全身血だらけで倒れていた。

 ここ数日の記憶が無い。いったい僕の身に何が起こったのだろう。

 そんな僕の変化とは裏腹に、相変わらず監視対象に変化は無い。

 

 いつもと同じく朝6時半にカロリーメイトして。

 その30分後にカロリーメイトが来て。

 そしてカロリーメイトを出てカロリーメイトへと向かう。

 で、カロリーメイト時にカロリーメイトから帰宅して、カロリーメイトはカロリーメイトしカロリーメイトするのだ。

 カロリーメイトにカロリーメイトはカロリーメイトでカロリーメイトかカロリーメイトをカロリーメイトだ。

 

 

 

 

 

 カロリーメイト生活 25日目。

カロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイトカロリーメイト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カロリーメイト生活28日目。

 気がつくと、カロリーメイトまみれになって見知らぬ場所に立ち尽くしていた。

 どうやら数日の間、夢遊病のごとくふらふらとどこかも知れぬ地を徘徊していたようだ。

 熱帯魚、植物園、金銀財宝が目に入ったかと思えば、書庫、音楽ホール、中世の武器や甲冑、山積みされた紙幣と金庫、果ては墓地など、歩くたびにどこかわからぬこの場所。

 もはや僕は幻覚でも見ているのではないだろうかと、消え入りそうな意識の中でそう考える。

 

「少しフライングだが、キミの部屋も用意したよ」

 

 いつの間にか傍に来ていた、古風なパイプとステッキを持つ男は、虚ろな僕の手を引くように一つの部屋を示す。

 

「来てくれるね? 豪華な食事も用意したんだ」

 

 まるで悪魔の甘言。

 しかし、カロリーメイトの毒に侵されていた今の僕にこの言葉を跳ねのけるほどの精神力は残っていなかった。

 静かに差し出された手を取り──

 

『裏切り、ましたね…?』

「へ?」

 

 目の前の男とは違う……そう、どこまでも聞き覚えがある声が耳に届いた。

 

 “スパーキング!!“

 

 その瞬間、世界から光も音も消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消毒液の匂いがうっすらと香る病院内。

 病院食のトレイを下げていた若い看護師の前を、初老の男性医師が通りかかった。

 

「あれ、それ食器そこの個室の患者じゃなかったかね。確か武偵高の生徒の」

「はい、先生」

「彼、『病院食は不味くて食えたものではないから』とか言っていなかったっけ?」

「そうなんですよねー。今朝から急に食べるようになって、どうしたのでしょうか? 今朝は特に顔色が悪かったですし、いい加減栄養が欲しかったのかもしれませんが……」

 

 しかも無表情ながらも涙目でおいしそうに食べていたという。

 とはいえ、あんなにも頑なに──悪く言えば傲慢な態度で拒んでいたのに、この心変わりは一体なんなのだろうと、医師と看護師は頭を捻っていたが結局納得のいく答えは見つからなかった。

 

「それと気になってたんだけどね、その台車に山積みになってるのは何かね?」

「あー、これはその彼が病室から一刻も早く処分してほしいと言ってきたんですけど、数が数なので困っていたんですよねー」

 

 看護師は医師に「おいくつか要りますか?」と聞く。恐らくこれから会う人会う人に尋ねることになるだろう質問だ。

 それは、元々は患者である彼のお見舞いの品であった物。そして、今朝になって急かつ必死に処分を求めてきた物だった。

 

「──カロリーメイトです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Case2『火野ライカの憂鬱』

 

 

 

 周囲を美しい花々で囲まれたこの場所に、一組の少年少女がいた。

 少女の名を火野ライカ、少年の名を石花ソラ。

 

「ライカ。なんか、最近とても頑張っていると聞いた」

「おい、ソラ? ど、どうしたんだよ急に」

「僕がご褒美として、少しだけお姫様にしてやるから」

「は? へ? へ?」

 

 ソラの静かな、しかし鋭い視線はライカを捉えて離さない。

 それどころか、ライカの首と膝の後ろに手を回し持ち上げる──所謂お姫様抱っこをしてきたではないか。

 ライカは突然のことにただ呆然として言葉をうまく出なかった。

 

「〰〰〰〰ッ!?」

 

 やっと事態を把握した途端、顔は沸騰するくらい熱くなった。恐らく赤信号と同じくらい真っ赤になってるのではないか。そんな気さえしてくるほどに。

 『男女』──そう普段言われているほど気が強い彼女も、今はただの可憐な乙女になってしまっていた。

 

「ライカ。可愛いよ、ライカ」

 

 ただでさえ至近距離にあったソラの顔が更に近づいてくる。

 やがて、二人の唇が重なり……

 

 

 

 

 

 ──まあ、当然夢なわけですが。

 

(……なんて頭の悪い夢見てんだ、アタシ)

 

 今回はそんな思春期真っ盛りの一人の少女のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この頃、自分でもどうかしているとライカは思う。

 今朝も起きて初めにすることが自己嫌悪だったということを考えれば、精神が参っている人のようにさえ感じる。

 ただ、そう自覚していても、どうも最近心が落ち着かないのだ。

 

(夾竹桃の奴……今度会ったらただじゃおかねえ…!)

 

 先日戦った犯罪者に媚薬を打たれたことは、無関係ではないだろう。今思い返しても随分と悪趣味な女だった。

 戦闘中に敵に媚薬打つってなんだ。すっげー変態じゃん。

 

「ねえライカ、どうかしたか? さっきから変だ」

「あ? なんでもねーよ。(大体、ソラもソラだ! あんな変な質問しやがって!)」

 

 退院早々、ライカに向かって「いくらでキスしてくれる?」なんて質問をぶつけてきた時には心臓が止まるかと思った。

 しかもそれは冗談と来た。ついイラッときてしまっても仕方がない。

 

「ライカ? どうして怒って……」

「怒ってない!」

「……怒っているだろ」

「あぁ!?」

「な、なんでもないから」

 

 思えばソラは昔からそんな奴だったとライカは思い返す。

 人のことなんて考えず、自分の都合だけで動いて喋る。超絶我儘ナルシスト。それで実力が伴っているというのだから、なおたちが悪い。

 

(大体、あんなバカみたいに気障なセリフ吐く奴がいるか! 何が『お姫様にしてやる』だよ! お姫様なんて言葉を現実で使う恥ずかしすぎる奴なんているわけねーだろーが!!)

 

 ですよねー。

 いきなりお姫様にとか女の子にいう奴がいたら頭おかしいとしか思えませんよね。

 まあ、そんな人在りえるわけがないのだが。

 

「ぷぅーくすくすですの! この人ついにライカお姉様に見限られましたわ!」

「………」

「ねえ、今どんな気持ちですの? 話しかけたのに冷たくあしらわれた今どんな気持ちですの? 麒麟にも教えてくださいまし」

「………」

 

 麒麟はここぞとばかりにソラをからかっていた。

 いつもからかわれている(というか雑に扱われている)ことへの復讐が珍しくできるこの状況、まさに水を得た魚のように。

 ソラは無表情で無視した体を装っているが、体が小刻みに振るえている。内心、かなり悔しがっているようだ。

 

「あはは……麒麟ちゃん、すごいね。ソラ君相手に」

「そ、そう、です、ね」

「志乃ちゃん? どうしたの? なんか震えてて辛そうだけど」

「い、いえ、なんでも……くく、ありません……ふふふっ」

「?」

 

 さて当のライカだが、今はそんな周りを気にかけている余裕は無かった。

 

(でも何で急にあんな夢……って、夢は所詮夢だろ! 何深く考えてんだアタシは!)

 

「さ、お姉様。こんな殿方放っておいて、放課後に麒麟とデートでも──」

「うるさい! 今話しかけてくんなっ!」

「………」

 

 笑顔のまま固まった麒麟。クルリと反転してライカから離れると、その先にはソラがその琥珀色の瞳を輝かせて待っていた。

 

「で、どんな気持ちだった?」

「ぐぬぬ…! き、麒麟はちょっとだけタイミングが悪かっただけですの!」

「おまえが悪いのは頭だろ? というか戦妹(アミカ)やっていて、普段あれだけお姉様お姉様うるさいのに、こういう時にタイミング測ることすら出来ないのか? ださっ。まあ、ガキンチョは所詮ガキンチョだから仕方ないか」

「ムキー!!」

 

 ソラは相変わらず自分のことは棚上げとしか言えない発言ばかりである。自分にだけ跳ね返らないとでも思っているのだろうか。

 どれだけ自分に甘いのだこの男は。

 

(うるさいうるさいうるさい! あーもう! なんで今日はこんなに騒がしいんだ!)

 

 ライカには今日が特別騒がしく感じた。

 考え事をしているのに、横から入ってくる声のせいで、ごちゃごちゃして全然纏まらないのだ。

 やがて我慢ならなくなり、ヒートアップしている麒麟とそれに相対しているソラに注目が集まっている中、ライカはそっと席を立った。

 

(静かな所に行こう!)

 

 

 

 

 

 ライカがやって来たのは図書館だった。

 

「……静かな所=図書館って我ながら安直だぜ」

 

 ここには一般的な書物以外にも、武偵関係の書物が置いてあるため、普通の高等学校のように図書室という一部屋ではとても足りず、一つの建物として存在している。

 

(というか図書館とか、かなり久しぶりに来たな)

 

 ここまで来たのはいいものの、ライカは普段あまり本を読む方ではない。

 さてどうしようかと思った時、見覚えあるピンク色のツインテールが少し離れたところに見えた。

 どうせやることの無かったライカは真っ直ぐその場所に近づいていく。

 

「アリア先輩じゃないですか」

「あら、ライカ? 奇遇ね、こんな所で会うなんて」

「はい。それで先輩は……」

 

 そこでライカはアリアの手にしていた本のタイトルに目がいく──『正しい赤ちゃんの作り方』。生命の神秘。おしべとめしべ、とも言う。

 

(あ、アタシは一体どう反応すればいいんだろう…?)

 

 尊敬すべき先輩が保健体育の本を熱心に読んでいた。その時にすべき行動を百文字以内で答えろ。

 

(……え、いや、正解とかあるのかこれ?)

 

 それで気まずい空気ができちゃったらどうすればいいのだ。いや寧ろ“できちゃって”たらどうすればいいのだ。

 

「……えーっと、テスト勉強ですか?」

 

 出てきた言葉は、なるほど無難なものだった。選択教科の勉強なのかという問い。

 一度そう考えてみれば苦し紛れの咄嗟の言葉だったと言え、我ながら的を射たのではと思ったライカだったが、

 

「え、あ、ちちち違うのよ、これは! ちょっと、その、必要だったってだけで……」

 

(必要ぅ!? え、必要って、そういうこと!?)

 

「この前ちょっとそういうことがあってもう一度しっかり……ってこれも違う! なんでもないわ、どうせ使わないんだから! あんたも忘れなさい!」

「は、はいっ!!」

 

 さすがに高校生でママさんになることはない、という言葉を聞いて少し力が抜けたが、それでも衝撃的だったことには変わりない。

 何故なら、“そういうこと”はしたということなのだから。

 

(一つしか学年は違わないのに……先輩ってすげえ……)

 

 背丈があかりとそう変わらないはずの先輩が、今この時はとても大きく見えたライカであった。

 

 因みにこのあと、図書館で大声出すなと図書委員に怒られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 図書館を追い出されたライカだが、このまますぐに教室に戻るのと言う気にもならなかった。

 目的も無く廊下をうろついていると、前方からこの学校の生徒会長である星伽白雪が歩いて来た。

 

「こんにちは」

 

 大して面識があるわけではないが、一応見知った顔なので挨拶はしっかりする。特に上下関係が厳しい武偵高では基本というより必須事項だ。

 

「えっと、あなたは確か志乃さんのお友達の」

「火野ライカです」

 

 白雪は、ライカの親友である志乃と戦姉妹(アミカ)契約を結んでいる。だから、戦妹(いもうと)である志乃の友人として覚えられているのだろう。

 言ってみれば友達の友達とか、そういう浅い関係だ。ライカも挨拶だけしてすぐ別れるかと思っていた。

 しかし──

 

「何か悩み事でもあるのかな? とても憂いのある顔をしているよ?」

「え?」

 

 心配そうに顔を覗き込まれる。

 真正面から見た白雪の顔はとても整っていて、柔らかな物言いといい、大和撫子という表現がこれほど似合う女性はいないだろう。

 

(アタシもこんな美人だったらぁ……じゃなくて、アタシって今そんなに心配されるような顔してるのか)

 

「私はあなたとちゃんとお話ししたことは無いけど、だからこそ話せることもあるかもしれない。よかったらだけど、話してみてくれないかな」

「……そう、ですね。じゃあ、少し相談に乗ってくれませんか?」

「うん、なんでも言って。志乃さんのお友達なら私にとっても大事な後輩だから」

 

 そしれライカは白雪に語った。

 最近妙に特定に人物が気になること。

 頭がすごくモヤモヤすること。

 個人名や自分でも恥ずかしい出来事などは省いて伝えた。

 白雪はそれらライカの話を、母性溢れるようなとても優しい顔で聞いてくれていた。

 

「それはずばり『恋』だね」

「え。ち、違いますよ! アタシは別にそんなんじゃ」

「なら、その人のことを考えてごらん?」

 

(そ、ソラのこと…? あいついつもむすっとしてて愛想ないし、生意気だし、でも時たますごくかっこいいんだよな。──あ! かっこいいって言ってもそういう意味じゃないからな! って、アタシは誰に言い訳してんだよ……)

 

 ぷしゅーと湯気が出ているような気がするほど顔が熱くなっているライカ。

 白雪はそんなライカを微笑ましく見ている。

 

「胸が落ち着かなくなった?」

「……で、でも恋って決まったわけじゃ」

 

 ライカはソラのことをそういう目で見ていないと最後まで否定する。

 キスの件だってあれだ。ライカの中では、人工呼吸とかになったら異性であってもソラならば迷ったりはしない、とかそんなヘタレな言い訳で片付いている。

 “友達として”仲が良いなら命が懸かってる時に嫌がったりしないよね、みたいな感じである。

 だから断じて恋ではない、と。

 

(大体、傲慢ちきなソラをそんな目で見てる奴なんて……いや、でもあいつって、あれで変なファンとかいるし。それにあの先輩も……)

 

「どうやら人気(・・)のある子みたいだね」

「ま、まあ、そうなのかな?」

 

 ライカは、自分はそんなミーハー勢とは違うが、“一応”白雪のアドバイスを聞いておこうと思った。なので“一応”全神経を耳に集中する。

 

「だったらすべきことは一つだよ」

「一つ、ですか?」

 

 白雪はにっこりと笑って言った。

 月のお姫様にも匹敵するものだったであろう、素敵な笑顔で。

 

「──恋敵(ドロボウ猫)排除(抹殺)

 

 ただ、見開いた目はどこまでも笑っていなかった。

 というか、笑えなかった。

 

「………」

 

 ライカは思った。

 

(……相談する人間違えたかも……)

 

 その通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、放課後になってもどうすればいいのかなんてわからなかった。

 

(確かにアタシはソラを特別視している。認める)

 

 しかしそれは、初めて格闘戦で自分を倒した同年代だからではないのだろうかと付け足す。

 つまりは、その『ライバル視=特別視の正体』という考えだ。

 なるほどそれは事実なのだろう。が、そんな考えをしている時点で全ては言い訳に過ぎないことにライカは気付いていない。

 それでもとりあえず自分の中で納得する形ができたと、大きく溜息吐く。同時に無駄に入っていた体の力が抜ける。

 

「考え事は纏まったか?」

「うわっ! そ、ソラいつの間に!?」

「さっき。というか驚きすぎだから」

 

 一人で帰っていたつもりだったが、傍にはいつの間にかソラがいた。

 偶然かそれともつけていたのか。──話しかけてきたタイミング的に着けていたのだろうとライカは思った。

 

「よし、アイスでも食べに行くか」

「何が『よし』なんだよ」

「この世のすべて僕がいいと言ったものはいいから。何故なら、ほら僕天才だし」

「いや、その理屈はおかしい」

 

 この天才(バカ)は半ば本気で自分が正しいと思っている節がある。簡単に言うと、人生舐めてるのである。

 

「まあ、それはともかく。僕としてはどうしてそんな身構えているのか疑問だが」

「え?」

 

 そう言われてライカはまた体中が力んでしまっていることを自覚した。

 

(ア、アタシの眠れる闘争本能が覚醒し始めてるぜ…! アチョー!)

 

 うん、多分違うね。腰が引けてるし。

 あえて言うなら『闘争本能』ではなく、『逃走本能』と言うべきだろう。

 

「悩んでいるなら相談くらいは聞いてやるから」

 

 ソラまるで「頼っていいぞ!」と言いたげな目でライカを見ていた。

 最近クマが消えたからか、その瞳はいつも以上に自信満々な琥珀色だった。

 

(悩み、か。……フッ)

 

 笑わしてくれる。

 

(だから、原因おまえだよッ!!!)

 

 その顔に拳を一つ入れたくなってしまっても、ライカに罪はない。──いや、さすがに自重したが。

 しかもソラはそんなライカのやきもきに全く気が付いていないときた。それで頼れと宣うのだから、ほんと笑わせてくれる。

 

(バカらし……)

 

 このどこまでもマイペースな男を見ていると今まで悩んでいたのがバカらしくなってきていた。

 

「? どうかしたか?」

「なんでもねーよ。まあ、もうどうでもいいっていうか、今はとりあえずこんな感じでいいのかなって思っただけ」

 

 結局考えるだけバカらしいことだったのかもしれない。少なくとも今はこのままでいい、そんな気分だった。

 

「はぁ? 意味がわからないから」

「わからなくていーんだよ」

「あ、そう。で、アイスはどうする?」

「食べる食べる、ソラのおごりで」

「え、いや、どうしてそうなる」

「ソラのせいで無意味に頭使ったんだからさ、糖分を恵んでくれても罰が当たらないぜ」

「また意味がわからない。……まあいいかそれくらい別に」

 

 夕暮れに一組の少年少女が歩いている。

 二人の間には、つかず離れず、そんな距離が変わらず続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Case0『オリキャラ設定』

 

 

 

『石花 空──イシバナ ソラ』

 

 東京武偵高1年A組

 諜報科Aランク

 身長168cm 体重52kg(最近やせ気味)

 東京武偵高中等部→東京武偵高

 

 短くも長くもない黒髪、琥珀色の瞳が特徴の少年。声は透き通っていて、大声でなくとも聞き取りやすい。つまり他人への悪口も良く聞こえている。

 人間離れした身体能力を持ち、戦闘能力に関しては自他ともに認める天才。頭の回転も悪くないが、どこか子供っぽく思い込みが激しいため、それを活かせない場合がとてもよくある。

 プライドが高い上、人当たりがとにかく悪く、初対面の人間ではまともに会話を成立させることさえ困難なレベルであるため、1年生の約半数にあまりよく思われていない。ただ、顔と腕だけはいいので、一部ではファンがいたりもする。

 戦姉であるレキに結構ビビっている。(本人は認めていない)

 見苦しいまでの負けず嫌い。

 今までほとんど苦労せず生きてきただけあってストレスに弱め。

 最近幸せだったことは、目の下のクマがやっと取れたこと。

 好きな食べ物はアイスクリーム。嫌いな食べ物はカロリーメイト。

 キャッチフレーズは、他人に厳しく自分に甘く。

 

 基本的戦闘ではファイティングナイフ片手、もしくは両手に持ち、あとは我流の体術を用いることが多い。

 離れた場所の攻撃手段として、投擲用のダガーを手足などに仕込んではいるが、銃は使わない。

 

 

 

 

 

『竹中 弥白──タケナカ ヤシロ』

 

 東京武偵高1年A組

 強襲科Cランク

 身長156cm(本人は160cm代だと言い張る) 体重50kg

 神奈川武偵中→東京武偵高

 

 金に染められたショートカットの髪と高校生男子にしては小柄な身長が特徴的な少年。

 古風になりきれていない少し変わった話し方をする。声が高いので背伸び感が半端ない。でもなんか元気は伝わる。伝わるといいなっ!

 あまり特出した能力は無いが、バランスがよく、意外と頭の回転も悪くはない。

 双子の妹がいる。

 常日頃から努力を怠らないそのひたむきさは、多くの人に好意的に見られている。

 中学の頃からキンジを尊敬している。

 間宮あかりとは、いつも一番すごい先輩が誰かの論議でぶつかる仲。

 精通もまだなのではと噂されるほどに男女の機微に疎く、ある意味そこはキンジを超えていると言えなくもない。

 好きな食べ物は金平糖。嫌いな食べ物は特に無い。

 

 武装はベレッタM92Fとバタフライナイフ。

 得意戦法はアル=カタで、利き手に銃を持ち、それプラス空手と柔術を合わせたかのような技を使う。

 

 

 

 

 

『平頂山 蓮華──ヘイチョウザン レンゲ』

 

 東京武偵高1年A組

 情報科Eランク(ランク考査を受けていない)

 身長153cm 体重46kg

 東京武偵高中等部→東京武偵高

 

 粒子煌めくように輝く銀髪と暗闇でも浮かび上がるような銀色の瞳が特徴的な少女。

 基本いつも楽しそうな顔をしている。

 ソラ曰く、ほとんどなんでも多分知っているかもしれないっぽい的な奴。

 見た目は美少女なのだが、空気を読まない下ネタ発言などの影響か、色者扱いされている。

 それでもコミュニケーション能力は高いのでお友達は多い。

 ソラと最も付き合いが長い人物。

 好きな色は銀色。嫌いな色は緋色。微妙な色は金色。

 ただ、おっぱいは大きいのも小さいのも好き。つまり無敵。

 多分ラスボス。

 

 




 ではみなさん、良いお年を。


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