それから三日たった女子中等部のお昼休み。
「で、あんなにネギがやつれているわけね……」
「まぁ、そういうことや」
げっそりとした表情でふらふらしているネギを見て顔を引きつらせる明日菜。マリーはその言葉に苦笑を漏らしつつネギに向かって合掌した。
ゲルのもう特訓が始まってからまだ三日。そうまだ三日である。しかし、一度ゲルのしごきを受けたことがあるマリーだからわかる。
三日
別に犬神は特別な訓練をしているわけではない。ただの組手を延々続けているだけである。しかも犬神自身は攻撃しない。触れることができれば合格という破格の条件である。
それでも、犬神を捕まえるということは文字通り雲つかむようなことなのだ。
「だって、脚力だけで分身の術とか、ポールをつかんで横向きに体固定したりすんねんで?どこの雑技団やねん」
「それだけで金がとれるわよ!?」
「おまけに、見つけことすらできひんかったら飯抜きやし」
「虐待よ、それ!?」
「え、失敗したら飯抜かれるんは当然ちゃうん?」
「マリーしっかりして!! そんな当然、当然じゃないに決まっているじゃない!!」
ネギ(とマリー)の苦労がしのばれる話である。
おまけネギと犬神の組手は麻帆良全土で行われるのだ。真夜中の麻帆良を駆け巡り探すことすら困難な犬神を見つけ攻撃を当てなければならないというのはどれほど困難なことか……。
「ふふふ。私を倒すためにずいぶんとがんばっているみたいじゃないか、ボーヤは」
「「!!」」
その時、突如後ろからかけられた声に明日菜とマリーはバッとふりむく!
そこには茶々丸を伴い今までの授業を屋上でサボっていたエヴァが立っていた。
「ああ、おはようエヴァちゃん」
「……マリー」
「お前……」
「え!? な、なんか間違ったこと言うた!?」
しかし、そんなことは関係ないとばかりに、平然といつもと変わらない挨拶をしてくるマリーに明日菜とエヴァは絶句する。
「おまえ……私はお前をだましたんだぞ? どうして怒らない?」
「え? ああ、なんや。そんなことかいな」
「そんなことって……」
お前たちはつくづく私の覚悟を踏みにじるのが好きみたいだな……。と、若干のため息をつきながらもエヴァは少し安心していた。この学校に入ってから初めてできた友人のマリーに、敵意むき出しの視線を送られてきたら流石に多少の精神ダメージは免れなかっただろうから……。
「まぁ、ネギ君殺されたら困るけど……エヴァちゃんそんなことせぇへんやろ?」
「ふん。どうかな? 私は悪の魔法使いだぞ」
「またまたぁ。女子供は殺さへんゆーとったやん」
「あんたたち……。女子中学生が殺す云々連発するんじゃないの……」
若干どころか、百パーセント物騒さで構成された会話を交わす二人に明日菜は顔に縦線を入れる。マリーあんたは常識人じゃなかったの? と言いたげな雰囲気を明日菜は流していた。
「それに、私はエヴァちゃんを信じとるしな」
「……そうか」
マリーの言葉に少し苦笑をうかべ、エヴァは物騒な空気を引っ込めた。
ここは学校だ。わざわざ喧嘩を売るような態度をとることもないだろう……と。
「ああ、マスターがあんなに楽しそうに……」
「ちゃ、茶々丸さんってそんなキャラだったの?」
後ろで不穏な会話が聞こえた気がしたが……。エヴァは全力で無視する。
「それにしても……」
そこで、エヴァはようやく本題である人物に視線を戻す。
「頑張りすぎじゃないか? ぼーや……」
「ああ、まぁ、なぁ?」
微妙に言葉を濁し視線をそらすマリー。そこには寝ぼけた頭で閉まったままの教室のドア突っ込んでしまい、額を強打しうずくまるネギがいて……。
「あれでは私と戦えんぞ?」
「いざとなったら《テンションホルモン》を使うって犬神君ゆーとったけど……」
「もっているのか!?」
「ううん。こういうたらあの幼女やったら面白い反応をするやろうって……」
「マスター落ち着いてください。まだ力は戻っていないでしょう?」
「離せ茶々丸!! あの外道をぶち殺してやらねば私の気が晴れんのだ!!」
閑話休題。
「まぁ、犬神君が言うには次の満月までにはお前が手も足も出ないくらい強くしておくから楽しみに待っていろ! やって……」
「ふん!! 上等だボケ!! 首を洗ってまっていろッ。と伝えておけ!! 行くぞ、茶々丸!!」
「はいマスター」
そういってちょっと泣きそうになりながらその場を立ち去るエヴァたち。
「あれが真祖の吸血鬼?」
「ま、まぁちょっと子供っぽいところがあるけどな……」
苦笑交じりに自分の友人を擁護するマリーに明日菜はため息をつくのだった。
…†…†…………†…†…
「で、どうするのよ、あんたは?」
「あははは……どうしましょう? 今のままじゃ犬神さんに殺されてしまいそうですし」
その日の放課後、ネギとともに家路についた明日菜の質問に、ネギは苦笑交じりにため息をついた。基本的に自分のことを気にかけてくれる明日菜にネギは好意を持っていた。それはそうだろう。原作では明日菜はつらく当たってきたため初期のネギの心証は最悪もいいところだったが、こちらの世界には明日菜以上に滅茶苦茶をやってくる怪物がいる。相対的に明日菜への評価が上がるのは当然のことだ。
「パートナーでもいたら話は別なんでしょうけども……」
「パートナー? それって、この前あんたのお姉さんが手紙で言っていた? でもそれって要するに恋人探しみたいなものなんでしょう?」
明日菜は間違えて自分の寮室に送られてきた映像を映す手紙を思い出しながら、ネギに尋ねる。
「はい。僕もそう思っていたんですけど、クラレンスさんから聞いた話によるともともとパートナーとは後衛の魔法使いが呪文を唱える時間を稼ぐ前衛職のことだったらしいんですよ。そういった人と契約を結んで力を共有することで連携を取り戦いを有利に進めるというのが本来の魔法使いの戦い方だったそうで……」
「へぇ~。でもそれって……」
「はい。前衛の方にはかなりの負担がかかりますから、僕みたいな素人の前衛を務めてもらうとなるとかなりの実力者が必要です……」
「うちのクラスのメンバーは? かなりの実力者ぞろいだけど?」
「ゲルさんが黙っていないでしょうし、僕も望みませんから……」
「そっか。クラスメイトは頼らないって決めたものね……」
じゃあどうする? もはや八方ふさがりといっていい状況に二人がうなりながら頭を悩ませ始めた時だった。
『ふふふふ。景気悪そうな顔してんじゃないか大将。助けがいるかい?』
「え?」
「なに!?」
突然聞こえてきた声に二人は立ち止まりあたりを見回す。まさか、エヴァンジェリンの襲撃!? 二人の脳裏のそんな言葉がかすめた時だった、
『下! 下っ!!』
その言葉に従い下を向いてみるとそこには。
『オレッチだよ、ネギの兄貴。アルベール・カモミールだ。久しぶりだー』
ネギの助言者(?)ここに到着!!
…†…†…………†…†…
『なるほど……つまり兄貴はそいつに一撃入れてやりたいんだな?』
「そーなんだよ。どうにかならないかな、カモ君」
場所は移って女子生徒寮。明日菜の部屋へと移った二人と一匹は対犬神用の作戦会議を練り始めていた。エヴァンジェリンは? と聞くのは無粋である。先の恐怖よりまずは目前の危機を乗り切るほうが先決なのだ!!
『ふふふ。だったら簡単さ兄貴!! この姐さんと仮契約をしちまえばいいのさ!!』
「ええ!?」
「な、何言ってんのよ、あんた!!」
飲んでいた紅茶を吹き出しながら驚くネギと、顔を真っ赤にしながら怒声を上げた明日菜。当然である。もともとは戦いのために儀式だったとはいえ、今は恋愛色が強いことにはなんら変わりはないのだから……。
『じゃぁ姐さん、このままネギの兄貴を放っておくっていうんですかい? こんな十歳の子供が痛めつけられているのに姐さんは黙ってみていると?』
「うっ!?」
それを言われると痛い。第一彼女は犬神からネギを守るということを誓い、ネギのそばにいるのだ。その割に彼女は今までネギを犬神から守れたことなんて一度もなかった。なんという体たらく。なんという情けなさ。
それが負い目になっているのか思わずたじろぐ明日菜を見てカモはいやらしい笑みを浮かべ畳み掛けてくる。
いや、別に痛みつけられていませんよ!! というネギの言葉も今は届かない!! とどかないったら届かない!!
『なぁに。ほんのちょっと十歳のガキンチョと唇重ねるだけじゃないっすか!! ノーカンすよノーカン!! それとも姐さん……もしかしてキスしたことないのぉ~?』
「なっ!! あ、あるわよ!! キスぐらい!! 二万回ぐらいやっているわよ!!」
「明日菜さん落ち着いて!! あとそれ本当だったらかなり問題ありますよ!?」
カモの挑発にやすやすとのってしまう明日菜に、貞操の危機を感じたネギは慌てて落ち着くように言い聞かせてみるが、
『じゃ、問題ないっすね~♪』
「いいわよ!! やってやろうじゃない!!」
ささっと方陣をかくカモに乗せられ、ネギをガッツリわしづかみにして方陣の中に放り込む明日菜!
「ま、待ってください!! 僕と明日菜さんは教師と生徒でっ~!!」
ネギの抵抗はむなしく、こうして一人の少年の初キスはついえたという……。
…†…†…………†…†…
その日の深夜。
「うん? 神楽坂か? なぜこんなところにいる」
「なぜって……決まっているでしょう!!」
ちょっとだけ疲れた表情をしているネギとともに、どこかで見たツインテール少女が麻帆良時計塔頂上に立つ犬神を睨みつけていた。そのことにちょっとだけ表情を動かした犬神に、明日菜はびしっと指を突きつける!!
「この前は言い負かされちゃったけど、こんかいはあんたを『キャ―――――――――――ン』っていわせてやるために来たのよ!!」
「あっそ……」
びしっと決めポーズをまでとって犬神に宣戦布告をした明日菜の言葉。
しかし、犬神はたった一言でその言葉をつぶした。
「え……」
ちょっとだけ絶句してしまうネギとカモ。そして、あっさりと自分の決め台詞が一蹴されてしまったことに固まる明日菜を放置して犬神は時計塔の屋根をけり、夜の麻帆良へと飛んでいく。
「まぁ……貴様が来るのは予想外だったし、貴様を本格的に魔法にかかわらせるのはもう少し後の予定だったのだが……。僕の予定が狂った事情に関しては後でお前たちの体にゆっくり聞くとしよう」
ゲルはそうつぶやいた後、麻帆良の闇の中へと消える。
『お前程度が何人増えようが同じことだ。お前たち二人では僕にふれることすらできないだろう』
ブチッ!!
闇に潜み、もはやどこにいるかもわからない犬神の言葉を聞き、明日菜の中で何かがキレた!
「ジョートーよ、この外道!! 今日こそ吠え面かかせてやるんだから!! ネギ!! 呪文お願い!!」
「あ、はい! 契約執行60秒間!! ネギの従者『 神楽坂明日菜』!!!」
夜の追いかけっこが始まった。
そしてそれから数時間後。
「なるほどそういうわけで神楽坂がいたのか」
「はい……」
月を背景に建物の屋根に立った犬神は息も絶え絶えになって倒れ伏した明日菜とネギに事情を尋ねていた。その右手にはがたがたと震えるカモが握られており、今にも背骨が握りつぶされそうな力で握りしめられている。
『だ、旦那……ギブ……ギブっ!!』
ちょっとしゃれにならなさそうな声音で犬神の手をタップするカモに、たまたまクラレンスと一緒に依頼をこなしていた最中に通りかかったマリーが、顔に縦線を入れてドン引きしていた。
「犬神君。君そのうち動物愛護団体に訴えられんで……」
「知ったことか」
平然とマリーの言葉を切り捨てながら、犬神はマリーへ向かってカモを投擲。マリーに無事受け止められたカモはマリーの服にもぐりこみガタガタと震え始めた。
「おぉ~。だ、大丈夫か?」
「あ、悪魔だ……。悪魔があの旦那には憑りついているんだ!!」
「あ~。否定できひんなぁ~」
「聞こえているぞ、安川……」
若干虚ろな笑みを浮かべるマリーの言葉を聞き、犬神は明らかに青筋を立てながらマリーを睨みつけた。
「さて、野菜……言い残すことはあるか?」
「で、できるだけ苦しくならないように殺してください」
「いいだろう」
「よくないよ!? 犬神君やったらシャレにならへんしな!!」
特筆することもなく特別なこともなく。ある意味予定調和といわんばかりに、気で強化すらしていなかったゲルにあっさりと逃げ切られた二人。結局この日は一度も犬神にふれられないまま追いかけっこは幕を閉じたのだった。
後日談。というか裏話。
『ところで姐さん』
「マリーでええよ」
『じゃぁマリーの姐さん。あんたも胸にまだブラはいらねぇと思うんだが?』
「…………………………………」
『あ、あれ? 姐さん!? ちょ、まっ!! オレッチの関節をそっちには曲がらな……!?』
そののち、カモを見た人間はいない……。