「ほんまにも~。犬神君は少年探偵らしくなさすぎるわ。人間ヤード単位で飛ばすんは、違う世界の学園都市の第一位だけやおもとったのに……」
「安川、その発言はいろいろと危ない」
マリーと犬神はそんなことを言い合いながら、事務所の玄関で靴を履いていた。
両者とも麻帆良学園中等部の制服に身を包んでおり、その手にはカバンが握られている。
「ほな、クラレンスさん。行ってきます」
「うむ。行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
玄関先では執事服に身を包んだ老紳士が一礼をして二人を送り出す。
「まって、二人とも!!」
そういって追いついてきたのは今年で小学五年生になったマリーの助手……安川姫。
元暗殺者組織のボスの娘だった彼女は、犬神ゲルにとある事件の解決を依頼。なんやかんやで身元引受人がいなくなった彼女は一番なついていたマリーが引き取り面倒を見ているのだ。
「って、なんやかんやってなんやねん!!」
「どうした安川。はやくしろ。遅刻する」
「マリー早く!!」
「ああ、ちょっとまってぇや!! 人がせっかく仕事こなしてんのに置いてかんといてぇや!!」
彼らの朝はいつもこんな感じである。
…†…†…………†…†…
満員電車に揺られて数分。駅についてゆっくりと停止する電車の中で、マリーは小さな動きでストレッチをしておく。
「まったく。近くでやられるとはた迷惑なことこの上ないな」
「そらわかってるけど、犬神君や姫ちゃんみたいにいつでも全力で動けるわけやないし……体ほぐしとかんかったら怪我するやんか」
「マリー。ガンバって。遅刻しないように」
「了解や姫ちゃん。姫ちゃんも学校では暗殺とか言ったらあかんで」
「うん!!」
かわいらしい笑顔を浮かべて頷いてくる妹分にマリーは鼻血を噴出させながら悶絶する。
「どうでもいいが、留年だけはするなよ。学費に響く」
「いや、中学生に留年はないやろ。それにこう見えても馬鹿レンジャーに入ってへんねんで!」
「入ってないだけだろう。低空飛行成績が」
「……何のことやらさっぱりでんなぁ」
冷汗をダラダラ流しながら苦しい回避を披露するマリーを無言で見つめた後、犬神はすっと出口に目を向ける。
「開くぞ」
「ああ、ほないってきます。犬神君! 六重君と猫谷君とけんかしたらあかんで」
「当たり前だ。どうしてそんな金にもならないことをしなくてはいけない」
「行ってきます」
そう言って、マリーと姫は電車の出口から飛び出す。
はじめのうちは人の波にもまれていた二人だったが、すぐに列の先頭に立ち改札を飛び越えるように通過(もちろん定期をきちんと通し回収したあとで)。移動購買部から、通り越しざまにパンを数個買って金を置いていき二人は自分の目的地へと駆け出した。
…†…†…………†…†…
さて、それから約一分。女子中等部前までやってきたマリーはそこで信じられないものを目にした。
「明日菜……なにしとんねん」
自分のクラスメイトの――神楽坂明日菜が十歳ぐらいの子供の頭をアイアンクローしながら持ち上げているというかなりショッキングな光景を!!
「って、なんでやねーん」
とりあえず懐から取り出したカードからハリセンを出現させ、明日菜の頭に一撃加えるマリー。
「きゃぁ! なにすんのよマリー!!」
「いやいや、それはこっちのセリフやわ明日菜。何ガキいじめてんねん!!」
「だ、だってこいつが私に失恋の相が出てるってふざけたこと言うから……」
「ガキの言うこといちいち気にしとったらちっさい女や思われて、高畑先生に嫌われんで」
「うぅ……一理あるわね」
マリーの言葉に納得したのか、明日菜はやや不満そうではあったが矛を収め、アイアンクローをかましていた子供を雑に放り出した。
「うう……。せっかく教えてあげたのに……」
明日菜に放り出された後、何とか地面に着地した少年は若干泣きそうななりながらうなだれている。
「でもぼく、こんなところで何しとるん? ここは女子中等部やから、ぼくみたいな子供はようはないやろ?」
「そうやね~」
そういってマリーの質問に言葉を重ねてきたのは、マリーの操る大阪弁とはまた違う関西弁――京都弁を操る大和撫子少女。
明日菜のルームメイトである近衛木乃香だ。
「ここは麻帆良学園都市の中で一番奥のほうの女子高エリア。初等部は前の駅やよ」
「……ホンマ何しに来たんやボク?」
「え、ええっと、ぼくは……」
木乃香とマリーに尋ねられ慌てふためきながら何かを言おうとする少年。そのとき、
「その子は新任の先生だよ。安川さん。近衛さん」
校舎の上のほうから声がかけられ、マリーは嫌そうに、木乃香と明日菜は驚いたように顔を上げた。
「「た、高畑先生!!」」
「うわー。ということは裏の話かいな……。巻き込まれそうなんて犬神君にばれたらまた怒られてまう……」
微妙に切実なことを言いながら頭を抱えるマリーをしり目に、高畑との挨拶を終えた少年は三人に向かってぺこりと頭を下げてくる。
見た感じ外国人なのに、日本の文化をよく勉強しているなとマリーは少しだけ感心した。
「お初にお目にかかります。今学期からこの学校で英語を教えさせてもらうことになりました。ネギ・スプリングフィールドです」
「どこの野菜やねん!!」
とりあえず仕事に忠実なマリーは、記念すべき初ツッコミをネギの頭に叩き込むのだった。
…†…†…………†…†…
「ということが今朝方あったんやけど……」
「ちょっとまて……。いや、マジでおかしなことだらけだろううが!!」
「安心してぇや千雨。校長室でおかしいところは一通りツッコんどいたから」
「ありがとうな、マリー。でも結局は覆らなかったんだろう?」
「うん。まぁ……学園長は妖怪やしなぁ」
「はぁ……。また頭痛の原因が増えた」
時刻はホームルーム前。場所は2-Aの教室。
そこでは、頭を抱えるメガネをかけた少女――長谷川千雨と苦笑を浮かべたマリーが雑談をしていた。
当然そのほかにも生徒はいて、今日やってくる新任の先生のうわさを姦しく話し合っている。
「ああ!! チャオー私にも肉まんひとつ!!」
「了解ネ。マリーはいつもよく食べるネ」
「朝はこんくらいくっとかへんと体がもたへんねん。仕事ミスったら晩飯抜かれる時もあるし……」
「お前はお前でなかなかドラマチックな人生送っているよな……」
「なんや千雨も味わいたいんかいな? うちのおやじの養子になったらいやでも味わえんで」
「全力で遠慮させてもらう」
長谷川がそういってひきつった笑みを浮かべたとき、マリーの耳にクスクスと笑う声が聞こえた。
「ん? なんや」
「ああ。双子と美空が洗礼の準備をしているみたいネ。相変わらずいたずら好きダナ」
「ちゅーか、中学生が作る罠ちゃうやろあれ? どこのピタゴラスイッチや」
まぁ、いつも仕掛けられていることなのでさすがにマリーはもうあきらめていた。小さくツッコミをいれるだけ位にとどめて、あとは全力でスルーする。
その時、ようやく教室の扉に人の気配が現れた。
「お、きよったな?」
「あ。マジかよ。早いな……」
長谷川がそういって自分の席に戻るのを見届けつつ、マリーは子供先生の反応をうかがった。
仮にも
マリーがそんな風にほんの少しだけ不安を覚えていた直後、運命の時は訪れた!
…†…†…………†…†…
ネギ・スプリングフィールドは緊張していた。
ここでの結果が彼の夢がかなうかどうかを左右する。そう思うと体が石のような固まってしまいそうだ。
「…………………………」
いや、この表現はいろいろトラウマとかがやばいから今度から使わないでおこう……。
とにかく彼は緊張していた。
いくら大人びた性格と子供離れした頭脳を持っているとはいえ、彼はまだ十歳の子供。緊張するのも仕方ないことといえた。
「うう~。こんなにたくさんの年上の人たちに教えるのか。なんだかドキドキしてきたぞ……。明日菜さんみたいな人ばっかりだったら嫌だなぁ」
そして、ネギは自分の教室のドアを開ける。
…†…†…………†…†…
ネギが入ってきた瞬間、マリーは驚きのあまりあいた口がふさがらなかった!! なぜなら、ネギは魔法障壁を使ったまま教室の中に入ってきたからだ!!
「ちょ、ちょっとエヴァちゃん!? 魔法って隠匿されとるもんちゃうの!!」
「ああ。その通りだ。だがあの坊やはそれに関しての知識が薄いらしいな……メルディアナ魔法学校ではいったい何を教えていたのか……」
マリーが隣の席に座っているエヴァンジェリンに話しかけたとき、ネギはようやく生徒がざわついていることに気づきその原因が、自分が黒板消しを空中にとどめているためだと気付いた。
ネギが魔法障壁を切ったため、黒板消しはようやく通常の物理法則に従って落下した。
巻き上がる白い煙。むせ返るネギ……。
「いや、肩に粉が積もるほどって……どんだけ、手入れしてへんねん!!」
とりあえず、マリーはツッコんでおいた。
「なぁ、エヴァちゃん。いまのはアウト? セーフ?」
「チェンジ。顔を洗って出直して来いと言われても文句は言えないな」
エヴァの評価を聞きマリーは顔をひきつらせた。
律儀に全部の罠にひっかかり目を回す子供先生に群がる自分のクラスメイトを見て、マリーは前途多難だなとため息をつくのだった。
…†…†…………†…†…
時刻は放課後。
マリーは学園室に呼び出しをくらってしまったため、一人廊下をのそのそと歩いていた。
「はぁ……いったいなんなんやろ? とうとう私もバカレンジャーの仲間入りしてもうたんかな?」
《バカゴールド》としてクラスメイトに囃し立てられている自分を想像してしまいマリーは冷や汗を流す。
そして、学園長室の前にたどり着いたマリーは二、三回ノックをした後、恐る恐る学園長室の中をのぞいた。
「し、失礼しま~す……」
しかし、そこで待っていたのは意外な人物だった。
「遅いぞ安川、時は金なりといつも教えているだろう」
「って、あれ? 犬神君。こんなところで何しとるん?」
「クライアントの前だ、安川。姿勢を正せ」
そういわれて、マリーはようやく状況を理解した。
学園長室には執事服を着たクランレスと、初等部の制服ではなく動きやすい普段着を着た姫がいる。
「ってことは、学園長から仕事かいな」
「ほほほ。その通りじゃよ。犬神アンダーグラウンドサーチの諸君」
最後に、とうてい同じ人間とは思えない後頭部を持った老人が、老獪な笑みを浮かべてマリーを自分の城へと招き入れた。