とある外道の少年探偵   作:過労死志願

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17話・修学旅行三日目 厄介な依頼

 安川マリーはのんびりと朝食をほおばりながら、じっとある光景を見ていた。

 

「ん? どうしたマリー? なんかあったか?」

 

「いや……」

 

 隣で焼き魚を食べていた長谷川千雨にそう尋ねられても、上の空といった様子でとある一点を見ていた。

 

 視線の先にいるのは苦労人ことレイジー先生。そして、

 

「師匠、ご飯のおかわりはいかがですか?」

 

「……」

 

「あら師匠! こんなところにご飯粒が!!」

 

「………」

 

「師匠!! 今日の修行はいったいいつにしたしましょう?」

 

「…………」

 

 なぜかレイジーの世話をひたすらに焼きつつ、チラッチラッと擬音が聞こえそうなわざとらしい視線をネギに向けている委員長だった。そう、まるで「修行ってなんなんですか?」とネギに聞いてほしいといわんばかりに……。

 

 まぁ、それはいい。いや、ショタコンの委員長がショタではないレイジーの世話を焼いているという事態はかなり異常なのだが、まぁいい。修学旅行の空気が何らかの化学反応を起こして委員長を発狂させた可能性がある。

 

 問題なのは、それを受けているレイジーの姿だった。

 

 やつれている……。それも、物凄く。

 

 なんかもう、ちょっとした拍子にミイラになっていまうんじゃないかというほどのやつれっぷりだ。

 

 昨日の晩バカ騒ぎがあったんはしっとるんやけど、その時になんかあったんやろか? と、マリーは思考する。大方ジョニー関連だとは思うのだが、それだと委員長の態度が納得いかないし……。

 

 マリーは必死に無い知恵を絞り状況の解析を行ったあと、

 

「まぁ、ええわ」

 

「マリー……。何を諦めたのかは知らないが、私の直観が、きっとそれで不幸になる人間がいるって告げているんだが……」

 

 結局結論を出す前に諦めてしまったマリーの言葉を聞き、長谷川は顔をひきつらせながらそうつぶやくのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ほんで? いったい今日の予定はどないするん?」

 

 マリーは、目の前でネギの頬を引っ張り、昨夜本屋ちゃんこと宮崎のどかと仮契約を行ってしまった件についての制裁を行っている明日菜にそう尋ねた。

 

 現在彼女たちがいるのは旅館の小さな休憩所。念には念を入れて人目が避けられるところで会議をしているのだ。

 

「とりあえず、今日は二手に分かれて目的を一気に達成する予定です。ネギ先生と明日菜さんは関西呪術教会の本山に行っていただき親書を渡してもらいます。私とマリーさんは引き続きお嬢様の護衛ですね……」

 

「え? でも今は昼やで? 襲撃なんてしてくるやろか?」

 

「油断は大敵ですよマリーさん……。修学旅行の残り期間の後わずか……。彼らもなりふり構わないないでお嬢様を取りに来る可能性があります」

 

 竹刀袋に夕凪を潜ませ、壁にもたれかかるようにして立っていた刹那にそう言われてマリーは少しだけ複雑そうな表情を浮かべながら、自分たちに襲い掛かってきた数々の罠たちに思いをはせる。

 

 いろいろの場所から湧き出るカエル。大量のカエルが詰められた落とし穴。こっそりとお神酒を混ぜられた滝。

 

「……」

 

 トイレに拉致られた猿女。頭にたんこぶピラミッドを作りぶっ倒れる自分の父……。

 

「なぁ……セツナン」

 

「はい? なんですかマリーさん?」

 

 一通り襲撃内容を思い出したマリーは、三白眼になりながら刹那に視線を向ける。

 

「あれ相手にシリアスになっている私らって……実はものすごいかっこ悪くない」

 

「「「……………………………」」」

 

 マリーの気がついてはいけない事実の指摘に、今まで襲撃に対処してきたネギ・明日菜・刹那はピシッと氷結し、

 

「マリーさん」

 

「マリー」

 

「マリーさん……」

 

 同時に、絞り出すようにこうつぶやいた。

 

「「「言わないでください……心がへし折れます」」」

 

「あぁ……なんか、ゴメン」

 

 若干暗くなってしまった三人に、敵に身内が一人いるマリーは思わず頭を下げるのだった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ほんで……ネギ君と別れて行動する予定やったんやけど……」

 

 マリーは目の前に立っている人物たちに三白眼を向けた。

 

「なんでパルたちもおんねん!?」

 

「ゴメンマリー……。私だって……がんばったの? がんばったのよ?」

 

「いや!? そんな無駄シリアスな空気イランから!!」

 

 泣きながら四肢をつき悔恨の言葉を告げる明日菜にそうツッコミを入れつつ、マリーは再び現在自分の目の前にいるメンバーを確認した。

 

 護衛とその対象として明日菜、刹那、木乃香……。予定とはだいぶ違うメンバーだが、マァイイ。十分許容範囲だ。しかし、そのほかのメンバーが明らかに問題だった。

 

 にやにや笑っているパルこと早乙女ハルナ。明らかに地雷とわかる商品名が刻まれたゲテモノジュースを口にしている綾瀬夕映。そして、なにやら英字で書かれた題名の、巨大な本を持っている宮崎のどか……。

 

 何度も何度も言うようだが……マリーは犬神によってネギのアシストをするように指示されている。当然その中には魔法ばれ防止も入っているわけで……。

 

「アカン……このまま修学旅行を続けたら、私犬神君に殺されてまう!?」

 

「マリー……否定できないからやめて」

 

「アブブブ。もうすでに朝倉さんにバレちゃってますし、そのことがばれたらもう本気で……」

 

 命の危機!? 犬神の恐ろしさを知るマリー・明日菜・ネギたちは顔を見合わせてガタガタと震える。

 

 そんな三人の態度に、刹那は顔に縦線を入れながらドン引きした。

 

「いや……さすがにそれは言い過ぎでは?」

 

「せっちゃん……あの三人何であんなにこわがっとるん?」

 

「お嬢様……。世の中には死んだ方がましと思うほどの制裁を加えてくる存在がいるんですよ?」

 

「地味にセツナンもそうおもっとるんやんか!?」

 

「セツナンいうな」

 

 ギャーギャー内輪でもめはじめる魔法組に、好奇心旺盛なハルナが話しかけてきた。

 

「なになに? 何の話?」

 

「ああ……修学旅行から帰った後、マリーの雇い主さんに怒られないためにはどうしたらいいか話し合っていたところよ」

 

「雇い主さんってあのメガネかけた目つき悪い男子?」

 

「い、犬神さんでしたっけ……」

 

「のどか、知り合いなのですか?」

 

 それに乗っかるように会話に入ってくる夕映やのどかに、明日菜とマリーはため息をつきながら肩をすくめた。

 

「ちょっとネギ関連でマリーが仕事言いつかっていてね……」

 

「このままやとその仕事失敗しそうやから、若干へこんでんねん」

 

「修学旅行に来てまで仕事ってどんだけ仕事熱心なのその人?」

 

「仕事熱心というか……」

 

 金の亡者なんやけどな……。マリーがそう言いかけて顔に苦笑を浮かべかけたときだった。

 

 突然マリーの携帯がけたたましい音を立ててなりだした!!

 

「ん? 誰やこんな時に……」

 

 エヴァちゃんか千雨かいな? この場にはいない自分の友人たちの顔を脳裏に浮かべながら、マリーはポケットから携帯を取出し、

 

「!?」

 

 氷結した。

 

「ん? どうしたのマリー?」

 

 恐怖の表情を浮かべるマリーに気付き、ハルナは不思議そうに首をかしげながら近づいてくる。ほかのメンバーも大体似たような感じの反応を示した。

 

 しかし、違う反応を示した人間があと二人いた。

 

 ネギと明日菜だ。

 

 彼らはマリーのただならぬ様子に何かを感じ取ったのか、ツツッ……と冷や汗を流しながら一歩二歩と後退し、

 

「い、犬神君からや……」

 

 その名前を聞いた瞬間、脱兎のごとく逃げ出した!!

 

 

 

 

『とてつもなく失礼なことをされた気がしたのだが……気のせいだろうな、安川?』

 

「ああ……。き、気のせいやで!! 気のせい!!」

 

 数分後、泣き叫ぶ二人をとらえて何とか連れ戻したマリーはひきつった笑顔で、電話の相手に言葉を返す。

 

 というか犬神君の携帯電話、国際電話機能あったんやったんやな……知らんかったわ。と、妙なところで感心しつつマリーは電話相手の用件を聞くことにした。

 

 ま、まさか朝倉にバレたとこはバレてへんやろうけど……。マリーが犬神に聞こえないように生唾を飲み込み、明日菜とネギが地面に跪き神様に助けをこう。

 

 そして、

 

「そこまでこわがられる犬神さんっていったい……」

 

「え? 鬼畜外道ですけど?」

 

「せっちゃん……」

 

「それは社会的に存在を許されていい人なのでしょうか?」

 

「あわわわわ……。そ、そんなに悪い人じゃなかったような?」

 

「「「本屋ちゃん(宮崎さん)……脳外科行って!!」」」

 

『どうやらワイハーから帰ったらO☆HA☆NA☆SHIの必要があるようだな?』

 

 別にバレなくても死刑宣告は受けなければならなかったらしい……。犬神の最後通告を聞き四肢を地面につく三名。

 

 そんな彼らをしり目に、電話越しに犬神はとんでもない言葉を言い放った。

 

『それより安川。野菜も神楽坂もいれば遺伝子の神秘的近衛の護衛は十分だろう? だから貴様には違う仕事を頼みたい』

 

 と……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「菊池の御嬢さんがまた家出って……。あの天然今度は京都まで逃げたんかいな?」

 

『おまけに持ち出した金は前回の倍……6000万だ』

 

「そらまたえらいリッチな家出やな……」

 

 結局泣く泣く明日菜たちと別れたマリーは、携帯を片手に京都の街を徘徊し、犬神からの仕事内容の確認をしていた。

 

 本来なら危ないといわれるところだが、あいにくとマリーは気の制御を収めた格闘家(分類上は)だ。多少携帯に気を取られた程度で何かにぶつかったりするようなへまはしない。

 

『家出した理由はまたあれだ。どうやらまだあきらめていなかったらしい。もっとも……そっちのほうが僕としてはとてもありがたいが』

 

 クククククククク……と、電話越しに不気味な笑い声を提供してくる犬神の声を、マリーは携帯を遠ざけることによって何とか回避した。

 

「とりま、こっちでも探してみるけど……探知役もおらへんし、下調べの捜査もしてへんのやカラ、見つからんくても文句いわんといてや?」

 

『馬鹿もの……それを何とかするのがプロフェッショナルだ。僕の助手ならそのくらいの逆境ぐらいはねのけろ』

 

「いや……そんな無茶な」

 

 京都がどんだけの広いとおもてんのよ……。マリーのその反論が紡がれる前に犬神の声が重なった。

 

『師匠にも言われただろう? おまえはマゾに……Mになるの……』

 

「ふんっ!!」

 

 携帯を地面にたたきつけて強制的に会話をたたき切ったマリーは、犬神の口から出た師匠こと、自分の父親の顔を思い出し額に青筋を浮かべる。

 

 ほんまあの腐れ親父が……。まだ木乃香をねらっとるんやったら今度こそ血祭りにしたるわ……。と、内心で気炎を上げながら。

 

 そんな時だった。

 

「マリー? こんなところでどうした」

 

「今日はネギ先生と一緒に木乃香さまの護衛をするのでは?」

 

 話しかけてくる人物が二人いた。

 

「あ。エヴァちゃんに茶々丸さんやん? どないしたんこんなところで」

 

「こんなところでも何も……ここはもとより私たちが来る予定だった映画村だぞ?」

 

「え?」

 

 マリーが視線を上へと向け、あたりの様子を確認するとそこには確かに映画村の看板が。

 

「いつの間にこんなところにきとったんや……」

 

「というか……旅館からふらふら歩いてここまで来るおまえの脚力が気になるんだが」

 

 どう考えても間に瞬動使っているだろ……。そんなエヴァの突っ込みにアハハハハと笑いながらマリーはとっさに目をそらす。

 

 そ、そういえば何かでかいブレーキ音やら走行音が聞こえたから、縮地つかって一気に距離稼いだ気が……。

 

 携帯片手に歩いたところで危険はないが、どうやら交通機関に多大な迷惑をかけていたりはしたらしい。

 

「後でレイジー先生に連絡入れて認識改ざんしてもらわな……」

 

「お前がいったい何をしたのかは気になるが……まぁ、友達のよしみで聞かないでおいてやる。それよりマリー、お前はどうしてこんなところに?」

 

「いや、それがな?」

 

 エヴァにそう尋ねられマリーは今までの事情を事細かに話し出す。別に隠すことでもないのでかまわないだろうという判断をしてだ。

 

 だが、その時マリーは予想だにしていなかった。

 

 マリーが出した菊池のお嬢様の写真を見て、

 

「あぁ……。そいつならさっき映画村に入っていったぞ?」

 

「へ!?」

 

 エヴァから信じられない情報が告げられることなど……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 エヴァから情報をもらい映画村に入ることになったマリーは、昔の衣装を着てにぎやかに歩く人々を眺めながら、ターゲットがいないか気を配っていた。

 

「菊池商会……? おいまさか……」

 

 そんなマリーに一緒に付いてきたエヴァは、マリーに渡された写真とプロフィールを見て眉をしかめる。

 

「ははは……。説明するまでもなく『コッチ』関係のお嬢様や」

 

 マリーがほほを斜めに走る傷を表すかのように親指を下に振るのをみて、エヴァは三白眼になった。

 

「ヤクザの娘か……。なんでそんなのがまた家でなんか。まさか親に暴力をふるわれているとか?」

 

「いや、それは一回目にこの依頼を受けた時に犬神君に聞いたんやけど、『あり得ない』やって。なんでも『悪いことはしてるけど……悪い奴らではない』やって」

 

「なんだその矛盾は」

 

 エヴァと茶々丸は主従そろった動きで小さく首をかしげた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その頃の菊池商会では……。

 

「くみちょぉおおおおおおおおおおおおおおおお!! なんでまた俺たちにお嬢を探しに行かせてくれないんすか!?」

 

 リーゼントのチンピラが血の涙を流し悲鳴を上げ、

 

「くっそ……この前お嬢をトランクに詰めてきたクソ野郎にまた頼むなんて……。何考えてんだオジキいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 眼鏡をかけた理知的なイケメンヤクザが、血を吐きながら床をのたうちまわる、

 

「組長! 今からでも遅くありません!! おれたちも一緒に京都へ!!」

 

 そして、筋骨隆々とした大男が、血の涙を流しながら壮年の男に向かって叫んだ。

 

「やかましいわぁあああああああああああああああああああああ!! 京都なんて遠すぎるだろうがぁああああああああ!! それにてめぇら、行っている間の仕事どうする気だ!!」

 

 そんな情けない部下たちの姿を見て、豪華な机に座りふんぞり返っていた壮年の男……菊池組組長は怒声を上げた。

 

「「「んなもん! お嬢に比べたら塵芥っす!!」」」

 

「はぁ食いしばれぇえええええええええええええ!!」

 

 声をそろえて言いきった流血トリオに、鬼の菊池の鉄拳が飛んだ。

 

 

 

数分後。

 

 

 

「だいたいテメェらはガキ一人いなくなったぐらいでギャースカ騒ぎすぎなんだよ。対処はプロに頼んだんだ。また無傷でかえってくるだろうさ」

 

「そんなこと言って!! お嬢のこと心配してんのはわかってんだからね!!」

 

「ツンデレもたいがいにしてくださいよ組長!!」

 

「このシャイボーイ!!」

 

「よしお前ら……もう一発食らいたいらしいな?」

 

 組長の娘がいなくなった菊池商会では……今日も仕事が進まない。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「それにしてもホンマにここにはいったん?」

 

「ああ。間違いない。お前が犬神からもらった写真を媒体にしての探知魔法も使ったしな。100%この娘はまだこの映画村にいる」

 

「これは実はいないフラグですね……。密室消失です」

 

「見た目は子供。頭脳は大人!! な探偵はおらへんから勘弁してほしい……」

 

 目の前を通り過ぎたイケメン新選組剣士を少しの間眺めた後、マリーはそこで言葉を止め自分の隣を歩いているエヴァへと視線を向けた。

 

「ん? な、なんだ?」

 

「見た目は子供……」

 

「そういえば……頭脳は大人ともいえなくもないですね。600年生きていますし」

 

 茶々丸もマリーが何を言いたいのか悟ったのか、じっと自分の主を見つめ始める。

 

「お、お前たち……いったい何を!?」

 

 今まで向けられたことにない類の視線を向けられ、若干ひるむエヴァをしり目にマリーと茶々丸はひそひそと会議を始める。

 

『やはりここは蝶ネクタイ型変声機……』

 

『いえいえ……追跡眼鏡をも捨てきれません』

 

『ボードなんてええな……。ああ、でもここ映画村やから近代コスプレないんやった』

 

『では妥協案としてコナン君のご先祖様のコスプレを……』

 

「それもう限りなく、ただの昔の一般人だろうが!!」

 

 そんな不穏な会話が聞こえてくるのを見て、何やら大切なものを失いそうな気がしたエヴァはあわてて二人の間に割って入った。その時!

 

「あ?」

 

「ん? どないしたんエヴァちゃん?」

 

「マスター。町娘がいやなら大奥の衣装を頼んできますが?」

 

「あんな動きにくい服誰が着るか!! じゃなくてあれだボケロボ! マリー!!」

 

 エヴァが指さした先には、

 

「あ……」

 

 遊女のコスプレをした、マリーが持っていた写真に写っている少女が立っていた。

 

 捜索中の家出娘……菊池サヤカ嬢その人だった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 あまり和服の似合わない金髪を昔風にゆい、あまり金髪が似合わなさそうな……しかしどういうわけかマッチしてしまっている日本人の典型的な顔立ちを、驚きの形に変えながら、菊池サヤカはマリーを目視し、

 

「っ!!」

 

 数秒後、脱兎のごとく逃げ出した!!

 

「なっ!! 待たんかいこるぅぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「マリー……まんまヤクザみたいだぞ」

 

「マスター、先ほど周囲から110番通報の電子音が……」

 

 何やら聞き捨てならない報告が茶々丸からあげられた気がするが、今はそんなことにかまっていられない。何せあのお嬢様は……

 

「エヴァちゃん!! 魔力による強化もしといたほうがええ!! 下手したら見失ってしまうで!!」

 

「はぁ? いや、さすがにそれは大げさすぎるだろ……。ただの一般人に対して一体何……を」

 

 マリーの警戒心むき出しの忠告を、エヴァは苦笑交じりに否定しようとお嬢様の方へ視線を動かし、

 

 固まった。

 

「いや~ん」

 

 そんなふざけきった、拒絶の言葉を言いながらひじをわきにつけて手を振る……いわゆるお嬢様走りと言われるはしり方をするその少女の速度は……軽く瞬動に匹敵していたからだ。

 

「は?」

 

 なんだあの理不尽? 初等部のグラサン不良教師でも魔力によるアシストがあってあの速度を出せているんだぞ!? と、そんな今までの魔法に正面からケンカ売っているとしか思えないその少女の速度に、エヴァはカクンと口を開き間抜けな表情を晒しながらマリーの方を見る。

 

「あ……あれは? 人間?」

 

「疑問に思ってるところにこの事実を告げるんは申し訳ないけど、気の強化すらしてへんからな。あれで……」

 

「な……なんだそれ!? ニュータイプか?」

 

「今風やったら「タネ割った」ちゃうか?」

 

「いいえ。事加速においては『トランザムっ!!』が適任かと」

 

 いやいや、あれ赤くなってへんやん? いや、茶々丸……それよりお前今の声マネ凄かったな。 音声データに入ってますので……。そんな現実逃避交じりの雑談を行いつつ、マリーは気を循環させ、エヴァは茶々丸に肩車してもらう。そしてエヴァを装着した茶々丸は穿いていた靴を変形させ、その中から車輪を飛び出させた。

 

 さて……。

 

「それでも……守らなきゃいけない依頼があるんだぁあああああああああああああああああ!!」

 

「失敗したら間違いなく犬神が殺しに来るからな……」

 

「マスター。私としても、あの人に厳しいエコ発電はちょっと……」

 

 なんかもう絶望しきった表情で瞬動を開始するマリーに追従するかのように、車輪を高速回転させた茶々丸がとんでもない速度で映画村を爆走し始める。

 

 いま、映画村を舞台にした四人の鬼ごっこ(チェイス)が始まる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころの原作組は……。

 

「お嬢様!! こちらに!!」

 

「あっ! せっちゃん!?」

 

「ちょ!! すごっ!!」

 

「というか……入場料払えです」

 

 木乃香を抱えて大跳躍をかます刹那を、パルと夕映が呆然と見つめるているなか、電柱に立った人影は不吉な笑みを浮かべながらその光景を眺めていた。

 

「映画村……おもろいところに逃げはったな~刹那先輩は。仕事以外でもしおうてみたい人やわ~」

 

 そしてその人影の保護者役を任された、近くの屋根に座っていたボロイ服を着たおっさんは……

 

「zzz……。はっ!? ふぇ、フェイト!? ね、寝てへん、寝てへんで! これはあれや……あの、その~。目ェ閉じることによって周囲の気を、研ぎ澄まされた感覚で探るゆ~ぎゃぁああああああああああああああああ!!」

 

 その数分後……趣味の悪いおっさんの石像が、とある家屋の屋根から発見されひと騒動起こったりしたが……まぁ、話の進行には特に関係ないことなのだろう。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ピーッ!! そこの御嬢さん!! 止まりなさぁああああああああああああい!! あなたは完全に包囲されています!! 無駄な抵抗はやめてお縄に着けゆーとやろうがくぉらぁああああああああああああああああ!!」

 

「マリー……包囲もしていないし、何よりお前のキャラずれが半端ないんだが!?」

 

「マリーさんのキャラずれパネェです」

 

 もう……茶々丸は取り返しのつかないとこに行ってしまっている気がするマリーだったが、今はそんなことにかまっていられない。

 

 何せマリーが今おっているのは、犬神アンダーグランドサーチ史上、最もめんどくさい逃走者なのだから。

 

「大体なんであんな女がヤクザの家から逃げとるんだ!! あれだけの速度が出せるんだったら、喧嘩なんて負けなしだろうが!? はっ!! まさか、その速度を生かして陸上選手になりたかったのに父親に反対されたとか?」

 

「いや……あの子が逃げ出しとるんは、そんなシリアスな理由やなくて」

 

 マリーが縦線の入った顔を動かし、エヴァに説明しようとしたときだった。サヤカはこちらを確認するかのように振り向き、泣きそうな顔で悲鳴を上げた。

 

「くっ……。まだ追ってくるなんて……。京都まで来るなんてしつこいわよ~」

 

「こっちだって好きでやっとるんちゃうわアホぉおおおおおおおおおおおおおおおお!! せっかく修学旅行に来たのに、その自由時を間潰してまであんた追いかけてるんやで!! せやからおとなしく捕まってぇや!!」

 

 憤怒の形相でそう怒声を上げるマリーをしり目に、サヤカはフルフルと首を振りながらさらに加速する。

 

「それは……できないわ。あなたも知っているでしょう。私は……お父様たちが反省するまで家に帰るわけにはいかないの!!」

 

「まったく……いったい何を見たというんだ!!」

 

 相手はヤクザの娘だ。ちょっとした悪行程度なら見慣れているだろうし、日常茶飯事のはず。そんな相手が家出をしてまで反省を促すようなことを、菊池商会はしたというのだろうか?

 

 自身も深い闇に身を置いていたため、エヴァの脳裏にいやな予想がかすめていく。

 

 麻薬や銃の密売程度ならかわいいものなのだが……。エヴァがそう覚悟を決めたときだった。

 

「あ、あなたは初対面の人ね……。だったらわかるでしょう……私は、私は……命をかけてあの人たちに反省を促さないといけない。それがあの人の娘に生まれた……私の役目だから」

 

「いや……わからんな。一体お前は何を見たんだ」

 

「何を……違うわ。私は何も見ていない。ただ知ってしまっただけ……お父様が……お父様たちが……」

 

 サヤカは眼もとから真珠のような涙をこぼしながら、

 

「ヤクザだったなんてぇええええええええええええええええええええ!!」

 

 ドグボワシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! と、なんとも形容しがたい轟音を立てながら茶々丸ごとずっこけるエヴァを見て、マリーは若干遠い眼をして立ち止まり、サヤカは驚いた顔をして停止した。

 

「……え? そこなのか?」

 

「……そこに気づかずその年齢までですか?」

 

 そして地面に倒れ伏したまま、ぐったりとした声を出すエヴァと茶々丸のツッコミにサヤカはフルフルと首を縦に振る。

 

「英語で言うと8・9・3」

 

「それは数字だぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 もう魂の叫びと言っていいほどの怒声を上げながらガバッと立ち上がるエヴァに、命の危機を感じたのか、サヤカは再び泣きながらとんでもない速度で逃げ出す。

 

 エヴァと茶々丸はそれをしばらく茫然と見つめた後、「私も初対面の時はあんな感じやったな~」とたそがれた笑みを浮かべたマリーに質問した。

 

「なぁ……マリー。まさかあいつ……」

 

「ああ……うん。基本的に麻帆良でも見かけへんほどの……もうギャグとして消化できてまうほどのド天然やで?」

 

 エヴァがこの依頼の難易度の高さを思い知った瞬間だった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その頃のネギたち……。

 

「おれもう……お婿に行かれへん」

 

「「……」」

 

 結界に閉じ込められ、何とか脱出手段がないかどうか探していたネギと明日菜は、とある藪に隠れてさめざめと泣いている少年を発見した。

 

「うぅ……千草ねぇちゃん何考えとんねん。いくらなんでもあそこは……あそこは洗ったらあかんやろ。あかん……思い出したら鬱になってきた。死のう……」

 

「「………………」」

 

 ネギと明日菜はこの世の終わりとばかりに落ち込むニット帽の少年が隠れていた林から無言で顔を引っ込めると、近くの休憩所へと移動しほっと一息。

 

「……ないわね~。手がかり」

 

「ないですね~。手がかり」

 

「いや兄貴!! 姉さん!! そんなこと言っていないで止めてぇえええええええええええ!! あいつ本気で死にそうになってますから!!」

 

 近くにいた巨大なクモに糸をはきだしてもらい、それで首つり用のロープを作成しているニット帽の少年を見てカモは思わずそう叫んだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 今の時代ではありえない、江戸時代のような純和装の人々が町を行きかう、江戸時代の街並み。

 

 ここは、京都映画村。時代劇を行うために大規模な江戸時代風のセットが組まれている巨大なスタジオだ。

 

 そんな中、まったくその空気にそぐわない4人が、すれ違う人々の着物を自分がとんでもない速度で走ることによっておこる疾風によって巻き上げていた。

 

「くっ……。マジで早いんやけど!? 気で強化されているうちらとおんなじ速度って、どんだけ早いねんあの天然!!」

 

 金髪碧眼に、今日はどこかのロックバンドのボーカルのようなボーイッシュな服装の安川マリー。

 

「茶々丸……これ以上の加速は可能か?」

 

 麻帆良の制服を着こんだメカメカしい関節を持つ少女に肩車された、金髪幼女(見た目は)……エヴァンジェリン。

 

「できないこともないですが……これ以上の速度となるとカーブの際のドリフトができない可能性が出てきます」

 

 淡々とした口調で答えつつも、その表情にはうっすらとした驚愕が浮かんでいるメカ少女……絡繰茶々丸。

 

 麻帆良ではかなりの実力と機動力を持つこの三人の目の前では、遊女のかっこうをした一人の少女がお嬢様走りで爆走していた。

 

「ひ~ん。もういいかげん諦めて~」

 

「冗談やないわ!! この依頼失敗したら犬神君に殺されんねんで!? あと……金持ちに負けてたまるかぁああああああああああああああああああああ!!」

 

「マリーさん……」

 

「おまえ……思いっきり私情が入っているぞ」

 

 ヤクザをしている父親を改心させ、真人間に戻すために家出した菊池サヤカ。どういうわけか素で瞬動並の速度をたたき出すびっくり一般人で……マリーたちを苦しめる超ド級の天然少女だ。

 

「くそっ……。このままでは埒があかん!! マリー、私たちは別ルートであの娘の行きそうな場所へと先回りする。お前は常にあの娘を追いかけてプレッシャーをかけろ!!」

 

「了解や!!」

 

 いつまでたっても縮まらない双方の距離に業を煮やしたのか、とうとうエヴァが戦略の指示を出した。

 

 いくら魔力を大半封じられているとは言っても、彼女は600年の歳月を生きた最強の魔法使いの一人だ。その気になればただ速いだけの小娘ひとり捕まえるぐらいなど、ちょっとした戦略さえ用いれば造作ない。問題なのは、ただの一般人に本気を出すなどという情けないマネ……彼女のプライドが許すかどうかなのだが、

 

「あれはもう一般人ではないと認定する!!」

 

「マスター……開き直りましたね」

 

 自分の下から聞こえてくる呆れがにじんだその声を全力で無視して、認識阻害の結界を自身にはったエヴァンジェリンは、茶々丸に指示をだし映画村の空へと舞いあがった!

 

「ほなっ……こっちも行くでぇえええええ!!」

 

 バーナーを背中から突出し、凄まじい噴出音とともに飛翔した二人へ数秒間の間視線を送った後、マリーは体に均等に分配していた気力をすべて足へと移動させ、

 

「豪・瞬……動っ!!」

 

 地面をける瞬間に、爆発させた!!

 

 しかも、彼女が爆発させた気は通常の瞬動で使うような気ではない。

 

 豪気功。流し込んだ物質や纏った体を極限まで硬質化させるこの気功は、瞬動に使えば通常の反発力の数十倍というとんでもない力を足に伝播してくれる。

 

 当然それによって得られる加速は通常の瞬動をはるかに上回り、

 

「うらぁあああああああああああああああああ!!」

 

「ひぃっ!!」

 

 サヤカが思わずビビるほどの速度で、彼女を肉薄した!!

 

 だが、彼女も伊達に実家のヤクザ達の追手を振り切っていたわけではないらしい。

 

「きゃぁあああああああああああ!!」

 

 甲高い悲鳴を上げながら、彼女はたどり着いた十字路の角をつかみ、足を滑らせるようにスライドさせる。

 

 人間ドリフト。壁の角をつかんだ腕を支店に鮮やかに弧を描いた彼女の体は、瞬動並の速度で動いているとは思えないほどきれいに方向転換を果たした。

 

 それにマリーは反応できない。当たり前だ。通常の瞬動の数倍の加速ということは、それに比例して通常の瞬動の数倍小回りが利かない。

 

 鮮やかに曲がったサヤカとは対照的に、マリーの体はそのまま直進。十字路をとんでもない速度で通り過ぎてしまった。

 

 だが、

 

「かかった!!」

 

「!?」

 

 マリーの顔からは不敵な笑みがこぼれている。それもそのはず、なぜなら彼女は、

 

「とらえたぞ……小娘ぇえええええええええええ!!」

 

 一人ではない。

 

 天から飛来するのは制服を着ている少女と、黒いドレスのような服で身を固めた幼……少女!!

 

 彼女たちは、見事なカーブを決めた後さらに加速しようとしていたサヤカの前に降り立ち、完全にその進行方向を塞いだ。

 

 そう、先ほど天を飛んで先回りをするといっていたエヴァと茶々丸だ!!

 

「あう……」

 

 目元に涙をにじませながら、あわてて反転を行うサヤカ。しかし、そこには再び豪瞬動を行い、十字路の中央で仁王立ちしていたマリーの姿があった。

 

「さぁ……。もう逃げられへんで天然金持ち!!」

 

「マリー……それだとちがう意味に聞こえる」

 

「マリーさん……いい加減ツッコミに戻ってください」

 

 味方のはずの二人の辛辣なツッコミを完全に無視しながら、マリーは降伏を呼びかける。

 

「さぁ、大人しくお縄につきや! ほんま悪いようにはせーへんから!!」

 

「そ、そんなこと言って……この前私のことを殴りつけたあげく、せっまいトランクに詰め込んで私を搬送したじゃない、あなたたち!! 信用なんてできません!!」

 

「お前ほんと何やってんだよ、マリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?」

 

「ちょ、ちゃうよ!? やったん犬神君やで!?」

 

 その光景がまざまざと思い浮かんだのか、エヴァは思わずドン引きしながらツッコミを入れ、マリーはあわてて弁解を開始した。しかし、それが致命的な隙となった。

 

「だから……逃げさせてもらいます~!!」

 

「「「っ!?」」」

 

 サヤカは突然腰を落としたかと思うと、まるで気を足に貯める鷹のような動作を見せ、

 

「縮地……无彊!!」

 

 ドンッ!! という、とうてい人が地面をけり加速しただけでは出ないであろう轟音と共に、衝撃波をまき散らしながらサヤカの体が打ち出された(・・・・・・)!!

 

「は?」

 

「え?」

 

「……」

 まるで砲弾のように天へと飛び出していったサヤカの姿に、三人は三者三様の反応を示しながら沈黙した後、

 

『今度は捕まらないように、ちょっと鍛えたんで~す……』

 

 と、ドップラー効果を伴いながら遠ざかっていくサヤカの言葉を聞き、

 

「「……いやいやいやいやいやいやぁあああああああああああああああああああ!? ちょっとどころじゃないだろそれぇえええええええええええええええええええええ!?」」

 

 なんかもう……世界の非常識さに涙を流すしかなかった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 まいりましたわ。

 

 委員長はそう思いながら、木乃香の手を引いて城郭のセットの中を駆け上っていた。

 

 彼女たちがなぜこんなことになっているのか? その事情は数分前にさかのぼる。

 

 結局レイジーから『修行については麻帆良に戻ってから話すから、お願いだから今はただの修学旅行しておいて?』という魂の懇願をされてしまった彼女は、渋々といった様子で普通の修学旅行に戻った。

 

 そして、自分が率いる班員と共に今日来る予定だった映画村に来てみると、なんと自分のクラスメイトの近衛木乃香と桜咲刹那が映画村の活劇に参加することになったと聞き及んだのだ。

 

 何やらそれを見て盛り上がるクラスメイト達だったが、借りた衣装が原因で機動力に劣っていた委員長は初めの刹那達のやり取りを聞き逃してしまい、正直何をすればいいのか理解できていなかった。

 

 しかし、月詠と刹那が呼んだ少女が橋の上に現れたとき、彼女はすべてを悟ったのだ。

 

「つまり……これは、愛の逃避行なのですね!?」

 

「委員長ぉおおおおおお!! お願いですからとち狂ったこと言わないでください!! 私とお嬢様は女同士です!!」

 

「え……。私とやったら嫌なん? せっちゃん……」

 

「え……」

 

 何とも反応に困るセリフを木乃香から聞き、見事に氷結する刹那をしり目に委員長は感涙した。

 

「わかりましたわ刹那さん!! 木乃香さんは私に任せて、刹那さんは存分に敵とお戦いになってください!! あなたたちの逃避行……必ず成功させて見せますわ!!」

 

「え……あ……う……。あう……もういいです」

 

 なぜかすべてをあきらめきったような表情でうなだれる刹那だったが、燃え上がる委員長は気づかない。

 

 こうして、半分魔法に片足を突っ込んでいた委員長はものの見事にどっぷりと魔法の事件にかかわることになるのだった。

 

 そして現在、月詠がだしたCGの妖怪軍団から逃れるために、彼女たちは安全そうな城郭の天辺へと登っているのだったが、

 

「おやおや……。こんな素人さんがナイトとしてついてくるやなんて、ちょっと予想外やな?」

 

「っ!?」

 

 彼女たちが城郭の天辺へとたどり着いたときだった。

 

 突然城郭内に女性の声が響き渡り、彼女たちがたどりついた天守閣の間に大量の鬼を伴った、着物を着崩した眼鏡の女性と学生服のような服を着た白い髪の少年が現れた。

 

「え……えっと……これも、CG?」

 

「あいにくやけど御嬢さん……リアルや」

 

 眼鏡の女性は札を構えて、ようやく状況を飲み込み始めた委員長を見てクスクスと笑う。

 

 ああ……これが、今朝レイジー先生が言っていた、厄介ごとですか。と、「できるだけ普通の修学旅行生をしていること。じゃないと今は、命がいくつあっても足りないよ?」という助言を思い出しながら、委員長は握った木乃香の手をさらに強く握りしめた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 自分の頬をかすめ、血の筋を作る鋭い双撃。それを紙一重で交わした刹那は、いら立ち交じりに剣を一閃させる!!

 

「斬岩剣!!」

 

「あぁ~刹那先輩ほんまにええわぁ~」

 

 しかし、相手は顔を上気させ蕩けたような笑みを浮かべながらもその攻撃を回避。飛び跳ねるように刹那の間合いから離れると、まるでコマのように体を一回転させ神速の剣をふるう!!

 

「ざんくぅ~せ~ん」

 

「くっ!!」

 

 大ぶりな野太刀は大技を放った後の隙がデカい。そのため、刹那は剣と自身の体に気を通し、何とかその攻撃をしのぐしかなかった。

 

 当然そのようなラグを、敵が見逃すわけがない!!

 

「にとーざんてつせ~ん!!」

 

 瞬動によって即座に距離をつめ、敵が放ったのは叩きつけるように放たれる双の斬撃。夕凪の耐久力と刹那の気によってその攻撃にはなんとか耐えることができたが、刹那の体は大きくはじかれ、彼女の体橋の欄干へと押し上げる。

 

「くっ!! こんなことしている場合ではないのに!!」

 

「いややわ~先輩。私と戦っているときにほかのこと考えんといてくださいよ~。目の前で堂々と浮気されんのはさすがの私も傷つくわ~」

 

「ふざけたことをっ……」

 

 ぬかすな!! 二刀の短い間合いで斬りかかってくる敵から、何とか夕凪の力を最大限に振るうことができる間合いをとるため、欄干を激走した刹那。彼女がそう吐き捨てようとしたときだった。

 

「あ、あれ!! あれ見て!?」

 

「城の上にだれか?」

 

「あれも劇か?」

 

「お姫様と、着くずれした遊女……ユリユリしい展開はご褒美です!!」

 

 なんか、いろいろな意味で聞き捨てならない言葉を聞き刹那はあわてて城の方へと背を向けた。

 

「お嬢様!?」

 

「あら、よそ見はあきまへんで?」

 

「くっ!!」

 

 隙を見せた瞬間、再び間合いを詰めてきた敵に舌打ちを漏らし、刹那は何とか意識の先をその光景へと向けることに成功した。

 

 木乃香をかばい屋根に上った委員長と退治するように、無数の影が城の屋根には存在した。そして、その影のうちの一つが……人間では到底扱えそうにない長弓を持った鬼だったのだ。

 

「聞いとるか? お嬢様の護衛桜咲刹那!! この鬼の矢がお嬢様をぴったり狙っとんのが見えとるやろ!! お嬢様の身を案じるなら、手は出さんとき」

 

 明らかな脅迫。それを聞いて刹那はほぞをかんだ。

 

 お嬢様と私を分断することが敵の狙いか!! 敵にとっては幸いなことに観察の時間は十分あった。今日のお嬢様の護衛が私一人だということは容易に看破できたはず。迂闊だった!!

 

 内心で自分の甘さを呪いながら、刹那は泣きそうな顔で剣と木乃香を一瞬だけ見つめた。

 

 自分の存在理由は木乃香の護衛。それ以上の目的もそれ以下の理由も彼女には存在しない。だからこそ、彼女にとって剣を捨てるという子とは木乃香の護衛を行う手段を放棄し、自分の存在意義を否定することを意味する。

 

 だが、

 

「このちゃん……ごめん」

 

 やはり……木乃香の命には代えられなかった。

 

 苦渋の決断。守ることの放棄……破ってしまった約束。そのすべてが刹那の脳裏をかすめ、刹那に剣を捨てさせようとする。

 

 そのスキにも月詠は斬りかかってきており、状況を聞いていたとは思えない、先ほどと変わらない鋭さを持ったその二刀は、正確に刹那を両断しようとその脅威をふるい、

 

 ゴッ!!

 

 凄まじい轟音と共に、城に何かが着弾したことによって停止させられた。

 

「「はっ?」」

 

 はからずしも月詠と刹那、二人同時に発せられた声は二人の意識が完全に戦いから外れてしまったことを示した。

 

 何かが着弾したのは城の屋根。ちょうど先ほど木乃香を狙っていた弓を持つ鬼が立っていた場所だった。

 

 現在はそこからはもうもうとした粉塵が上がり、それを見ていた千草と白髪の少年が唖然とした様子でそこを見つめている。

 

 それからしばらくして、城の屋根からは誰かが泣き声のようなものを上げるのが聞こえた後、ドンッ!! という、衝撃とともに再び何かが飛翔。大砲の弾のようにお空の彼方に消え去った。

 

 はっ!! といったように意識が戻ったのか、白髪の少年は「ルビカンテ!!」と声を上げながら、粉塵の中に突撃。

 

 そして、その次に意識を取り戻した千草はコホンとその場の空気をとりなすかのように咳払いした後、

 

「タ~イム!!」

 

 ちょっと泣きそうな顔でそう叫び、刹那と月詠をふたたび氷結させた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ここで時間は少し巻戻り、千草たちが屋根に上った時のこと。

 

「ええ加減にせーやこのくそ餓鬼!! ちゃっちゃとお嬢様渡せゆーとるやろうが!!」

 

「誰が渡すものですか!!」

 

「あの……委員長、ホンマ無理せんでええよ?」

 

「木乃香さん!! 安心してください、私は木乃香さんや刹那さんの為にも戦っていますが、行動理由の八割はネギ先生に褒めてもらうことを占めてますわ!!」

 

「ああ……ほな大丈夫やな」

 

 何が!? 千草とフェイトの思考が見事に一致する。どうやら麻帆良学生は彼らの思考が及ばないところでわかりあっているらしかった。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 千草が追っているのは、動きやすくするためか着ていた和服を若干着崩し、遊女のような姿になった委員長と、それに手をひかれた木乃香だ。

 

 千草は舌打ちをしたい気持ちをこらえ、自分と白髪の少年の式鬼を操り二人を何とか城の屋根へと追い込んでいく。

 

 それにしても予想外やったわ……ただの学生がここまで粘るとは。普通やったら鬼見た瞬間腰抜かしてお嬢様差し出すおもたんやけど。

 

 それだけ強固な絆が気づけているクラスメイトを少しだけうらやましく思いながら、千草は仕事をしっかりこなした。

 

「さぁ、もう逃げられへんで?」

 

「くっ!!」

 

 じわじわと式鬼たちの包囲網を縮めることによって、彼女たちを完全に城の屋根へと追い込むことに成功したのだ。

 

「さぁて……聞いとるか? お嬢様の護衛桜咲刹那!! この鬼の矢がお嬢様をぴったり狙っとんのが見えとるやろ!! お嬢様の身を案じるなら、手は出さんとき」

 

 そして、下で戦っている刹那に向かって千草は遠慮なくこの言葉を告げた。

 

 彼女にとって、いまから達成しようとしていることは悲願と言っていい。もう一般人に対する魔法隠匿や、卑怯卑劣などといったことを気にかけるつもりも余裕も彼女にはないのだ。

 

 だからこそのこの脅迫。この、悪役っぷりを千草は発揮していた。

 

 長かった……長かったでここまで来んのは。味方のはずの安川に計画邪魔されたり、陽動の囮役になったはええけど便所に閉じ込められてもうて、あげくの果てにトリガーハッピーなトサカ教師の的にされてもうたり、ゆーこときかへん犬耳小僧(あまりに生意気すぎて萌えなかったので減点)風呂に入れたり……踏んだり蹴ったりやったからな。

 

 内心でそう考えサメザメとした涙を流す千草に、隣に立っていたフェイトは思わず合掌する。安川を引き入れたのは自分の為、何気に責任を感じていたりするのだった。

 

「さぁ~!! さっさとお嬢様渡してもらおか、フハハハハハハハ!! よーやく悪役らしいことできとんで、これ!! 私かっこよーない、なぁ?」

 

 もっとも、その気持ちは千草の言葉を聞きすぐに消え去ってしまったが。

 

 フェイトが三白眼で高笑いをする千草を眺めながら、ルビカンテに待機継続の命令を下そうとしたその時だった。

 

 空から人が着弾し(ふってき)た。

 

「「はっ?」」

 

 はからずしも下の二人と同じ反応をとってしまうフェイトと千草をしり目に、その人間は弾丸でもちょっと出せないような速度でルビカンテに直撃。

 

 グベフラファ!? と、ちょっとお目にかかれないような悲鳴をルビカンテにあげさせながら、その鬼の巨体を遠慮なく轢きつぶした。

 

「あいたたたたた……。あれ? なんでこんなところにこんな不細工な着ぐるみが? 屋根の上ならだれもいないと思ったのに~」

 

 不細工で悪かったね……。フェイトが氷結した思考でかろうじてそう答えたが、鬼を轢きつぶした人間……遊女の衣装を着た金髪の少女には当然届かない。

 

 彼女は自分の周囲を確認し、自分の足元で目を回した鬼がいることに気付いた後、

 

「まぁ……ひどいけが!! 誰にやられたんですか?」

 

「「お前だよっ!!」」

 

 かなりすっとぼけたことを言い出したので、フェイトと千草は思わずそうツッコミを入れた。

 

「え? そんなまさか……確かに私この人にぶつかりましたけど、私みたいな軽い美少女がこんな大きな人にぶつかったぐらいでここまでの被害が出るわけないじゃないですか?」

 

「それは音速を超えて突撃してこなかった時の話やろうが!?」

 

「というか、今この子……自分のこと美少女って言わなかった?」

 

 どんだけ自画自賛しているのさ……。という、フェイトの呆れきった声を聴くことなく、何かを察知した様子である方向を見据えた少女は、ギャンギャン喚く千草を無視して泣きそうな顔になった。

 

「あう……あれ使ってもおってくるなんて。もう私のことは諦めてくださいィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 少女はそう叫びながら涙を流すと、自分の両足に再び気を装填。

 

「あ、ちょ、まっ!?」

 

「ちょ、やめて!! ルビカンテのライフはもう0よ!!」

 

 ニコニコしちゃう動画で最近手に入れたネタを披露し、少女を制止しようとする千草とフェイト。

 

 しかし、天然少女は聞く耳持たない。彼女は自分の下に鬼がいることを忘れているんじゃないかと錯覚してしまうほどの容赦のなさで、再びあの化物加速を手に入れるための気の爆発を行った。

 

「縮地・无彊!!」

 

 再び響き渡る轟音。砲弾のように飛び出す少女。粉砕される屋根瓦。屋根をぶち抜き下の階へと落ちていくる弓持ちの鬼……。

 

「ルビカンテェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」

 

 フェイトは自分の愛鬼が、情け容赦なく止めを刺されたのを見て思わず絶叫を上げながら屋根に空いた巨大な穴に飛び込む。

 

  安川来てからえらい丸くなったなあの餓鬼……。そう思いながら、千草がその中を覗き込むと、そこには倒れ伏した巨大な鬼の頭を持ち上げ必死にすがりついているフェイとの姿が……

 

「ルビカンテ……死ぬな!! 傷は浅いぞ!!」

 

『いえ……。気休めはよしてください、フェイトさん……。俺には分かる……これは致命傷だ』

 

「そんな……。ルビカンテ、そんな気弱なこと言うなよ!! 僕と一緒に……世界征服してくれるって約束だったじゃないかぁあああああああああああああ!!」

 

『フェイトさん……今のあなたなら俺がいなくても立派にやっていける。ふふっ、私は本当ならもっと早くに帰るべきだったんだ。でも、あなたが心配でついこんなに長居をしてしま……』

 

 というか、寸劇を繰り広げていた……。ちなみに鬼の発言はプラカードである。

 

「って、なにしとんのやあほどもぉおおおおおおおおおおおおお!! だいたい鬼は死んでももといた世界に帰るだけで本当の意味で死ぬわけちゃうやろ!? そして、そのプラカードどこから出したんや!?」

 

 なんかもうやる気あんのか? と言いたくなるような光景に頭痛を覚えた千草は、即座に鬼のプラカードから視線を外し、怒声を上げる。

 

 そんな千草の態度に、半分消えかかった鬼とフェイトはやれやれと言わんばかりに顔になって一言。

 

「まったく……千草さん。舞台の幕が下りていないのに興ざめなことは言わないでくれ」

 

『だからあんたはいつまでたっても千草なんだよ……。中途半端にでかい数字になっているんじゃありません。ちなみに、プラカードはエリザベス印のブランド品です』

 

「ぶっ殺したろか、アホ二人組!! さらっと私のこと全否定しとるんちゃうわ!!」

 

 ちなみにこのやり取りは、フェイトが安川父に『ええ陽動になるで?』と半笑い交じりに仕込まれたものだったりするのだが……千草がそれを知るのはもう少し先になるだろう。

 

とにかく、千草はそんなバカ二人を計画に引き込んでしまった昔の自分を内心でののしりながら、こちらを見て呆然とするお嬢様と遊女のかっこうをした少女に視線を合した後、

 

 サッ。と、胸の前で腕を十字になるように突出し一言、

 

「タ~イム!!」

 

 今度は本気で泣きそうになった千草だった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ドンっ!! という衝撃とともに、城の屋根から何かがロケットのように飛び出していく。刹那はそれを茫然と見つめた後、そのあとを追っていると思われる三人が橋の袂を走っていくのを目撃した。

 

「くっ……。また気づかれたか……どんな察知能力をしているんだあの小娘!!」

 

「だてにヤクザから逃げまわっとったわけちゃうみたいやな……。というか、まったく追いつける気がしーひん」

 

「マリーさまが諦めの境地に至りデフォに戻られましたマスター」

 

「今その報告イランだろ、茶々丸!?」

 

 ギャーギャーわめきながら、三人の人影がその砲弾を追っていく。なんか見たことある三人組の気がしたが、気のせいだと思いたい……。

 

 まぁ、それはともかく……。

 

「なんか……気が抜けたな」

 

「ええ……。そうですね」

 

 刹那は月読のほうを振り向き、月詠は屋根の上にいてさめざめと泣いている千草から刹那へと視線を戻す。

 

「もう……今日はお開きにするか」

 

「はい。うちもあの屋根にいる三人回収して退散しますわ。ついでに石になってもうた人を回収せなあかんし」

 

「むしろその人大丈夫なのか?」

 

「デフォでギャグ補正がかかる人やから大丈夫や思います……」

 

「そうか……」

 

 二人はポツリポツリと会話を交わした後、再び無言になり、

 

「なんか……すまん」

 

「謝らんとって下さい。よけい惨めになります」

 

 お互い苦労してんだな……と、ちょっとだけ共感を覚えた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ネギと明日菜はさめざめと泣いて首をつろうとしていた少年を救出したあと、休憩所に合った自販機からジュースを買い、少年に与えて彼の愚痴を聞いていた。

 

「おれは嫌やゆーたんや!! 風呂なんかに入らんでも死なへなへんやんか!! それやのにあのクソババァは、無理やり風呂に俺を放り込みよって……」

 

「わかります分かります!! お風呂なんて入らなくても死にませんよね!! あ、でも女性にその物言いはだめですよ?」

 

「ちょっとあんたたち……人間としての最低限のエチケットとしてそれはどうなのよ?」

 

 風呂嫌いな少年二人が意気投合し、怒涛の不満を漏らしているのを聞きながら明日菜は思わず顔を引きつらせる。

 

「ところで小太郎君……君ってもしかして、木乃香を狙っている一味?」

 

「ん? そうやで?」

 

「否定しないの!?」

 

「してもシャーないやろ。こんなところにおる人間には、巻き込まれたか、結界はった張本人かの二択しかないんやから」

 

 言われてみればその通りなのだが、なんともさばさばしすぎていて逆に納得がいかない明日菜は、少しだけほほを膨らませながら手に持っていた缶を傾けジュースを口に含む。

 

「じゃぁ僕たち襲わなくていいの?」

 

「ああ、かまへんかまへん。お前みたいな弱い奴と喧嘩してもおもろなさそうやしな。それにこの結界は起点壊さん限り解けへんようになっとるし」

 

 カチン。へらへら笑いながら小太郎が言い放った挑発的な言葉に、今まで意気投合してニコニコ笑っていたネギは、額に青筋を浮かべて口元を引きつらせる。

 

「え、え~? そうかな~? 少なくとも僕は敵の前で勝手に首吊ろうとしている間抜け(・・・)な小太郎君よりかは強いつもりだけど?」

 

 カチン。今度は小太郎がネギと同じ顔になった。

 

「ほ、ほ~。俺より強いやと? 言うやないか。一昨日は安川のおっさんに手も足もデーへんかった頭でっかち西洋魔法使いのくせに」

 

「そっちこそ……体洗われただけで死のうとするなんて、馬鹿なの? しぬの? ああ、しぬんだっけ。ほんと小太郎君は軟弱だな~」

 

「え? なに? 何この空気?」

 

「あ、姉さん……どこか遠くに行きましょう」

 

 明日菜とカモはなぜか一気に悪くなっていく空気を敏感に感じとり、あわてて立ち上がり休憩所から距離をとる。

 

 そして、

 

「上等やクソボケ!! 表でんかい!!」

 

「もう出てるよ小太郎君のバーカバーカ!!」

 

「馬鹿ゆうほうがバカなんやぞこらぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 まんま子供の言いあいから発展したその喧嘩を見て、通路を挟むように配置された欄干に腰を下ろした明日菜は、ため息交じりにジュースをすする。

 

「あ、あんたも飲む?」

 

『拙者蜘蛛ゆえ、人間の飲み物は少々……』

 

「いや、姉さん……式神と仲良くしてないで兄貴たちを止めようぜ?」

 

 魔法の射手やら、黒いオオカミやらをぶっ放し、派手にあたりを粉砕しながら暴れまわる二人を見ながら、明日菜はのんびりとジュースを飲み続けるのだった。

 

 人はこれを現実逃避という……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 はぁはぁ……。と、荒い呼吸をしながら菊池さやかは自分の限界を感じ取り、しかし、いまだにしつこく追いかけてくる二人の存在を感知して、思わず涙を流す。

 

 む、无彊を使っても引き離せないなんて……。あの人たちも師匠が言っていた気力使いかな?

 

 サヤカはようやくその可能性に辿り着き、ほんの少し前までの自分を呪う。だとすれば、自分は最悪の手段をとってしまったと。

 

 確かに関西に流れ着いてから、とある優しい師匠の手によって彼女は飛躍的に逃走術の腕前を上げた。

 

 だがしかし、彼女の気力運用はしょせん最近身に付けたもの。長い研鑽をつみ使い慣れたものでない以上、そこには必然的にある問題が浮かび上がってしまう。

 

 すなわち……エネルギーの無駄使いによる、加速的に速くなったスタミナ切れだ。

 

 もうむり……限界。何度も何度も无彊を使ったせいか彼女の気力はすでに枯渇寸前。无彊もあと一回使えればいいところのはずだ。だが、先ほどからつかず離れずの速度で追いかけてくる存在は、无彊を使った自分よりかははるかに劣るものの、かなりはやい速度を保ったままこちらへの追撃を続けている。

 

 自力で逃げることはもうあきらめたほうがいいだろう。サヤカは疲労のあまり少しうつろになった思考でそう結論を出した後、緊急手段をとることにする。

 

「し、師匠……助けて」

 

 そう呟きながら彼女は、長い長い鳥居に囲まれた通路へと飛び込み、最後のスパートをかける!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 それを見ていたエヴァンジェリンは……。

 

「ふふふふふっ……どうやら少しO☆HA☆NA☆SIが必要なようだな、近衛詠春!!」

 

「「ひぃっ!!」」

 

 ちょっと人には言えないくらいの凶悪な笑みを浮かべて、追従者二人をビビらせていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「狗神!!」

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)!!」

 

 漆黒の狂犬と、閃光の矢が激突し衝撃波をまき散らす。

 

「戦いの歌!!」

 

「っ!! 身体強化まで……おまえ、バリバリの近接系やないか!!」

 

「こう見えても、ね。戦闘訓練してもらっている師匠が近接大得意だったんだよ!!」

 

 おかげで魔法は独学だけど……。内心で「あれっ? 僕って本当に魔法使い?」と首をかしげながら、ネギは素早く瞬動を行い小太郎の眼前へと出現。魔法の射手が事前に装填されていたコブシを小太郎に向って叩きつける!!

 

「はっ!! 甘いで!!」

 

 しかし、そのくらいは小太郎も予想していたのか、ネギが瞬動に入った時点で彼も後方へと瞬動。再出現したネギと大きく距離をとりながら、事前に配置していた狗神たちを、一斉に襲いかからせる。

 

「くっ!! 解放!!」

 

 だが、ネギも何の保険もなしに近接戦を行うほど無謀ではなかったのか、舌打ち交じりに遅延設定をかけておいた魔法を発動。彼の周囲に30枚近い障壁が展開され、なんとか小太郎の攻撃を防ぎきった。

 

「はっ!! やるやないか!! お前が弱い言ったことは謝罪するわ」

 

「こっちこそごめん小太郎君。君はその年としては十分強い……」

 

 まぁ、もっと強い人知っているから純粋に強いって誉められないんだけど……。自分の脳裏をかすめる麻帆良の強者たちにほほを引きつらせながら、ネギは丁寧に頭を下げて謝罪の言葉を述べた。そして、

 

「まぁ……今回は痛み分けってことで、仲直りしようか小太郎君?」

 

 いい加減無駄な魔力放出も控えたいし……。と、考えながらネギは小太郎に向って握手でも求めるかのように手を差し出した。しかし、

 

「はぁ? 何ゆーとんねん」

 

「へ?」

 

 その願いは、凶悪に笑う小太郎によってすげなく断られた。

 

「せっかくこんなおもろい戦いができとるんや!! もっと楽しもうや。なぁ、ネギ!!」

 

 その言葉と同時に、小太郎のからだに変化が起きる!!

 

 髪の毛が伸び、八重歯が突出す。体にまとう気は何倍にも大きくなり、金色の体毛が彼の体を覆った。

 

 ネギはその光景を茫然と見つめながら、一つの言葉を思い出していた。

 

 人狼(ヴェオ・ウルフ)と……。

 

「こっからが本番や、ネギ・スプリングフィールド。俺の全力全開で……お前を叩き潰す!!」

 

 先ほどとは比べ物にならないほどの圧倒的な迫力と気力。小太郎から発せられる鮮烈なそれらに、ネギは思わず後ずさる。

 

 

 

 

それが双方の命運を分けた。

 

 

 

 

 唐突に吹いてきた暴風が、数歩下がったネギの鼻先をかすめる。

 

「え?」

 

 その風の発生源は人の形をしていた。

 

 よほど急いで走ってきたのか乱れに乱れた金色の髪を翻し、遊女の衣装をはためかせる女性。

 

 それは、音速などというものを軽々と突破してそうな、信じられない速さでネギの隣を通り過ぎ、

 

「え?」

 

「なっ!?」

 

 直線状にいた小太郎をひきつぶした!!

 

「ブファラグファラバァ!?」

 

「ご……ごめんなさ~ぃ………」

 

 ドップラー効果を伴い瞬く間に見えなくなってしまった女性。その場に残ったのは茫然とした様子で固まるネギと、下駄の跡を頭や背中に付けぐったりと地面に倒れ伏す獣人の少年だった。

 

 このときネギは何となく悟った……。あ、これたぶん犬神さんが一枚かんでいるんだな……と。

 

 こんなデタラメですべてを滅茶苦茶にするような真似、あの人の関係者じゃないとできない……と。

 

 奇しくもその予想は当たることとなる。

 

 なぜならその直後……憤怒の形相で鳥居の中を爆走してきた見覚えのある三人をネギが捕捉したからだ。

 

「それホンマなんかエヴァちゃん!? この先にあの人鍛えた人がいるって?」

 

「ああ……。間違いない。あいつはかなりのお節介やきだしな。たとえヤクザの娘とはいえ、家出したガキを見逃すなんて真似はしない! せめて一人で生きていけるように基礎的な技術を身につけさせるついでに、気力運用を教えてしまったんだろう!!」

 

「なんというか……ここまではた迷惑なお節介は初めて見ますね」

 

 そんな雑談を交わしながら、こちらに近づいてくる三人――安川マリー、エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル、絡繰茶々丸のただならぬ様子にネギは思わず、その場を飛びのいた。

 

「あ、あの!?」

 

「ごめんネギ君!! 後にして!!」

 

「今忙しいのだボーヤ!! 後にしろ!!」

 

「jud.生徒の仕事の疎外をするなど、信じられないほどのダメ教師ですね……以上」

 

「相変わらず仲いいですねお二人とも!! 後茶々丸さんが疲労のあまりとんでもないキャラ憑依させている気がするんですが!?」

 

 重力制御とかできまませんよね!? ネギがそうツッコミを入れたが、今の三人には聞こえない。

 

 三人はそのまま直進し、地面に倒れ伏している小太郎を、

 

「ごめん!!」「グボッ!?」

 

 マリーは遠慮なく踏みつけ、

 

「通路で寝転がるな!! 通行の邪魔だろうが!!」「ウゴッ!?」

 

 わざわざ茶々丸から飛び降りたエヴァが踏みつけ!

 

「絡繰茶々丸。得意技はBダッシュです」「うぎゃぁああああああああああああ!!」

 

 再びエヴァを肩車した茶々丸が車輪で轢く!!

 

「もうやめて!? コタロー君のライフはゼロですよ!?」

 

 今まで喧嘩をしていたネギがそう悲鳴を上げるほど、その光景は悲惨だったらしい。というか、後者の二人は明らかにワザとだった。

 

 三段落ちというものがあってだな……。と、ネギの脳裏にはなぜか勝ち誇った顔をした犬神の顔がよぎる。

 

 しかしコタローの受難はまだ続く。

 

「あ、そういえばネギ先生……火急的にお話ししたいことがあります」「バフッ!?」

 

 何と、何かに気付いたと言わんばかりに戻ってきた茶々丸が、再びコタローを車輪で轢いたのだ。

 

「広域センサーでこのあたり一帯を検索した結果、あそこの鳥居に結界の形成源となっている呪が刻まれています。それを粉砕すればおそらくこの結界は解けますよ?」

 

「5秒以内の解け!! こんな閉じた結界の中で、あの女と延々追っかけっこするなんて私たちには耐えられんぞ!!」

 

「ではそういうことで。絡繰茶々丸……得意技は二段ジャンプです」

 

「ほなジャンプせぇや!? カルボナラっ!!」

 

 言いたいことだけ告げた後、再びあの遊女の追撃に移った茶々丸は、当然と言わんばかりにコタローを轢いて行った。

 

「「「…………………………」」」

 

 三人の暴風雨が過ぎ去ったあと何となく集まってきた明日菜とカモを伴い、ネギは無言で地面に倒れ伏したまま動かないコタローを見つめる。

 

 意識は失っていない。さすがは獣人、なかなかタフなようだ。

 

 だがしかし、精神面は体ほどタフではなかったようで……。

 

「えっと……コタロー君」

 

 ピクン……。ネギの声を聞きコタローの方が少しだけ動いた。

 

「い、今は……話しかけないほうがいい?」

 

 ネギの問いかけにコタローはしばらく無言になった後、

 

「………………」

 

 ほんの少しだけ首を縦に動かした。

 

「えっと……じゃぁ、もう僕たち結界出て先に行くけど、落ち着いたらまた話しに来てね。愚痴ぐらいなら聞いてあげられるから」

 

 そんな想いやり溢れるセリフを残し、ネギは明日菜と協力し茶々丸が教えてくれた呪を破壊。あっさりと結界から抜け出した。

 

 数秒後、ネギたちの背後から聞こえてきた小さな嗚咽は……もうちょっと余りに痛々しすぎて聞いていられなかったという……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ちなみに……とある巻き込まれ型ヒロインは?

 

「あわわわわわ……。ど、ど、ど、どうしよう!? 慰めたほうがいいのかな? でもこれ本の中のことだし……」

 

 とある先生に貰ったカードから出てきた、不思議な本が次々と暴露してくる狼少年の心情を読み、一人泣きそうになっていたそうな……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「結局あれはいったい何だったんでしょうか?」

 

「さぁ……。なんか追いかけているみたいだったけど……」

 

 何とか結界を抜け出し、再び本山を目指しだした明日菜とネギは、そんな会話を交わしながら黙々と階段を上っていく。

 

 その肩では、あきれきった雰囲気を垂れ流しながらカモがたばこをふかしていた。

 

「まぁ……どうせ犬神さん関連でしょうけどね~」

 

「「うん。それはもう痛いほどよくわかっている……」」

 

 この場に本人がいれば間違いなくくびり殺されそうなことを平然と答えながら、明日菜とネギは最後の階段に足をかけた。

 

 その時だった。

 

「明日菜~。ネギく~ん!!」

 

「ん?」

 

「あれ?」

 

 聞き覚えのある声を聞き、二人は思わず立ち止り振りかえった。

 

 するとそこには、朝倉やその他大勢(パル・夕映・のどか――どうやら慰めるのはやめて合流したらしい)と刹那を伴った木乃香が満面の笑みを浮かべながらこちらへと駆け寄ってきていた。

 

「聞いて~や、明日菜~!! 映画村でめっちゃすごいアトラクションがあってな!?」

 

「いや……それよりも木乃香、あんたなんでここに!?」

 

 修学旅行中は危険だからここには近づかないんじゃ? そういう疑問を総括した視線を木乃香に話しかけながら、明日菜は刹那へと向けた。

 

『申し訳ありません……。映画村で少し襲撃されまして、このままではしのぎ切れないと一時的に避難を。外よりこちらのほうが安全そうでしたし』

 

『そうですか。ところでそのプラカードはいったい?』

 

『ノリのいい鬼にもらいました。そういうネギ先生は?』

 

『明日菜さんが侍な蜘蛛さんからもらいました』

 

『なるほど……お互いいろいろとあったようですね』

 

「あの……内緒話をするにはプラカードはあまりにも不向きでは?」

 

 刹那とネギのとんでもない会話を見た夕映が思わずそうツッコミを入れるが、二人はもういろいろ諦めきっているのか、それを鼻で笑いながら一言、

 

「夕映さん……ツッコミならもっと早い段階で入れてほしかったですね?」

 

「そうですね。特に私たちでは処理しきれそうにない、あのカオスティック追いかけっこ組に強烈なのを……」

 

「あんなの相手にしたら私程度では処理落ちするです」

 

 地味に自分の実力を把握している夕映だった……。

 

 閑話休題。

 

「まぁとにかく……。ここならある程度長の目が届きますから、見える危険なら対処してくださるはずです。何せここの長は日本最強の剣士で、木乃香お嬢様の……」

 

 クラスメイトと合流したことにより、刹那と木乃香が先頭に立ち、他のメンバーを誘導していく。

 

 さすがは地元というべきか、二人はこの急な階段から目を離し明日菜たちのほうを向きながら歩いているのに、特に階段に足を引っ掛けるなどというミスをすることなくするすると登って行った。

 

 そして到着した頂上で、

 

「……お父う……え」

 

 刹那は思わず氷結し、木乃香は思わず両手で口を覆った。

 

「え? なに!?」

 

「何か緊急事態が!?」

 

 二人の不自然な態度に何かを感じ取った明日菜とネギは、あわてて二人と同じ弾まで駆け上がりその光景を目撃する!!

 

 

 

「ええ!? コラ聞いてんのかサムライマスター!! 貴様が余計なお節介やいたせいで、私の修学旅行が丸一日つぶれたんだぞ!! どうしてくれる!! どうしてくれるぅうううううううううううううううううううううう!!」

 

「ちょ!? エヴァちゃんストップストップストップ!! めっちゃタップしたはるから!! もう全面降伏したはるから!!」

 

「マスターどいて……そいつ殺せない」

 

「茶々丸はもう黙っとき!!」

 

「いやぁあああああああああああああああ!? 師匠! しなないで~!!」

 

 なぜか怒り狂ったエヴァンジェリンが、眼鏡をかけた中年男性を地面に引き倒し馬乗りになりながら顔面を殴打していた。

 

 さすがにこの光景には引き、頭を冷やしたのかいつも通りのツッコミに戻ったマリーがあわててエヴァを引きはがそうとしている。

 

 その隣にいる茶々丸は自分の眼球に搭載されたカメラを駆使し、怒り狂ったエヴァンジェリンをしっかり激写。「ますたーの黒歴史」というファイルに貯蔵している。

 

 その隣では先ほどコタローやら何やらを轢きつぶした《轢き逃げ女王》が泣きながら中年男性を励ましていて……。

 

「「「「「……………………………」」」」」

 

 その光景を見ていた五人は思わず無言になった後、

 

「よ~し皆さん。旅館に帰りますよ~」

 

「「「「は~い」」」」

 

「「「「あれ!?」」」」

 

 大いに何も知らないメンバーを混乱させたという……。

 

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