とある外道の少年探偵   作:過労死志願

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30話・麻帆良武道会。激戦!! 第一回戦!!

 ツツッ……。と、自分のほほを一筋の汗が伝うのを感じる。

 

 一体どれだけの時間睨みあったことだろうと小太郎は、今までとは全く違うこの闘いの風景に戦慄を覚える。

 

 犬神との戦いが始まってからすでに5分が経った。しかし、小太郎は未だに犬神に攻め込むことができないでいた。

 

 隙が、見えないのだ。

 

 どれだけ犬神を観察し隙を見つけようとしても、襲いかかったとたん自分の体に彼のコブシが直撃し自分が敗北するビジョンしか浮かばない。

 

 圧倒的に格が違いすぎる相手。そういう敵とは何度も対峙してきたし、そして何度も生き延び勝利してきた。

 

 だが、今対峙している犬神からはそんな奴らとはまた次元が違う絶望的なまでの格の違いが感じられた。

 

 たとえるならザトウクジラと沖アミ。微生物とゴジラ。それほどの格の違いを小太郎は犬神に感じていた。

 

 だが、

 

「はっ……」

 

「ほう」

 

 それでも小太郎は笑った。そんな小太郎に少し感心した様子を見せる犬神。そして、犬神は汗にまみれながらも不敵な笑みを浮かべる小太郎に疑問をぶつける。

 

「なぜ笑っている? 格の違いが分からないわけでもあるまい」

 

「わかっとる。この五分間でそのことはよー思い知ったわ。けどな」

 

 小太郎はそこで構えをとり、気力を全開までため狗神も召喚できる数だけ呼び起こす。

 

「あんたが強いゆうことは、あんたとの戦いはおれの貴重な体験として力になってくれる。こんなうれしいことがほかにあるかいな」

 

「……いい覚悟だ」

 

 負け惜しみでも、やけっぱちでもない。真実強さのみを求める小太郎の言葉に犬神はさらに笑みを深くする。

 

 対する小太郎は、もはや戦力の温存やペース配分など考えていない。まかり間違って犬神に勝てたとしても、次の戦いには絶対に出られないであろう程の、限界ぎりぎりの気力を開放していく。

 

 もとより地力が圧倒的に違うのだ。長期戦は愚の骨頂。狙うのは一撃必殺。それ以外に小太郎が犬神に勝てる方法は存在しない。

 

 ゆえに、

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 すきなど見つけず、ガードなど気にせず、自分の攻撃を阻害するありとあらゆるものの上から犬神を粉砕するべく小太郎は全力の瞬動を行い一直線に犬神に向かって飛びかかった。

 

「ふん」

 

 狗族のたぐいまれなる身体能力の恩恵を受けた通常の瞬動よりもかなり早い瞬動。常人なら視認することすら困難な領域の速度へと到達した小太郎に、それでも犬神は余裕の態度を崩さない。

 

「武の極地へと至った武人が中国いた」

 

 まるで弾丸のように飛び込んでくる小太郎を、最小限の足さばきと体重移動でやすやすとかわし、

 

「その男は牽制の一撃すら必殺の一撃になり、その攻撃を受けたものは一撃で息絶えたという」

 

 まるで跳ねるように地面を踏み再び瞬動にはいる小太郎。今度は迎撃するつもりなのか、犬神の手に爆発的な気が圧縮され、チャージされる。

 

「その男の名は李書文。その二つ名は」

 

 小太郎の突撃他犬神へと肉薄する。

 

 しかし、犬神は迎撃しない。いつまでたっても迎撃行動をとらない犬神に小太郎は小さく首をかしげながら、

 

 呼吸の音が聞こえるほど近くに、接近を果たした。

 

 そして、小太郎は無防備に侵入を果たしてしまう。超近接型拳術《八極拳》の間合いへと……。

 

 

 

 

 瞬間、小太郎の体に凄まじい衝撃が走った!!

 

 観客席にまで響き渡りそうな轟音。おまけに、その轟音によって舞台の土台に無数の亀裂が入り次の試合では絶対に使えなさそうな惨状にまで舞台を粉砕する!

 

 そして、

 

「があっ……」

 

 小太郎の体がぐらりとかしぎ、ぼろぼろになった舞台へと倒れこむ。

 

 外傷は彼が来ていた制服に空いた巨大な穴のみ。

 

 それは、たった一撃で小太郎が沈められた証明。

 

无二打(にのうちいらず)

 

「か、カウントとります!!」

 

 あまりの事態に唖然としていた朝倉が、ようやく自分の仕事を思い出しカウントを取り始める。だが、その試合を見ていた誰もが思っていた。

 

 そんなものは必要ないと……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「いや~。いいものを見れました。まさか今の時代であれほどの一撃を見ることができるなんて」

 

「先ほどの一撃は一体何だったんでしょう? 解説の豪徳寺さん」

 

『なんでうちのクラスのロボが解説席に座ってるんだよ?』

 

 結局順当に犬神が勝利した試合の後、舞台修復のために麻帆良土木研が働いている間に先ほどの試合のダイジェストと解説が行われた。

 

 解説席に座っているのは、初戦で負けはしたものの格闘技おたくとしてかなりの知識を持っていたため解説役として大抜擢された豪徳寺と、機械的に進行を進めることができる茶々丸だ。

 

 その隣では半眼になった千雨が首をかしげながら、先ほどの摩訶不思議な光景に何とか納得できる理由を見つけるために豪徳寺の解説をおとなしく聞いていた。

 

「いえ、技そのものはさほど特別なものではありません。あれは中国武術の基礎の一つに数えられる『崩拳』と呼ばれる拳打ですね」

 

「ですが、村上選手はその一撃で倒されていましたが?」

 

「だからこそすごいのですよ。八極拳の使い手の中で歴代最強とうわさされる男『李書文』と呼ばれる格闘家がいるのですが、今のは恐らくその再現を狙ったものなのでしょう。八極拳の極地に至った彼は、牽制の一撃ですら相手を沈めて見せたという逸話が残っています。おそらく犬神選手はそれを再現できる実力……もしくは、それ以上の実力を持つからこそあの技法を披露したのでしょう」

 

 この大会、もしかしたら彼が一人勝ちするかもしれませんよ? と、割りとシャレにならない豪徳寺の言葉を聞いた選手たちは大いに顔をひきつらせた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

『さ~て!! 順調に試合が消化されていく中、数々の名シーンが生み出されてきましたね!! 解説の豪徳寺さん、やはり選ぶとするならどのシーンですか?』

 

『やはり初戦の『无二打(にのうちいらず)』は最高でしたね。あれこそ武術の最高峰。男のロマンであるわけですし』

 

 そんな風に会場に設置されたモニターから解説が流れ出てくるのを聞きながら、小太郎は黙って会場の外へと足を向けていた。

 

 人ごみにまぎれて消えようとする彼に、

 

「どこへ行く気だ?」

 

「っ!?」

 

 一人の声がかけられる。

 

「なんや? 犬神のにーちゃんかいな」

 

 あわてて振り返った小太郎は、声を掛けてきた人物の顔を視認しほんの少し安心した顔で吐息を洩らす、

 

「大方野菜に慰められたりしたら……とか考えていたんだろう? 安心しろ。あの空気読めない野菜はみじん切りにしておいた」

 

「ネギにいったい何したんや!?」

 

 そして、割とシャレにならない犬神のセリフに小太郎は思わずツッコミを入れた。

 

「ほかの試合、見ていかないのか?」

 

 そして、再び掛けられた犬神のまじめなセリフに小太郎は思わず黙りこむ。

 

「はっ……。負け犬がいつまでもほかの人が戦っている光景みるんがどんだけつらいかわかるやろ犬神のにーちゃん。せやから、ほっといてんか?」

 

 若干やさぐれた感じを醸し出しながら、再び人ごみにまぎれて消えようとした小太郎に、犬神は、

 

「犬上小太郎。おまえはまだまだ強くなれる」

 

「……」

 

「だが今のままではだめだ」

 

「っ!?」

 

「まともな師もいない人間の、我流でいいなどという言葉はただの負け犬の遠吠えだ。貴様はいつまでそんな地位に甘んじる気だ」

 

「……」

 

「なるほど、貴様が人に教えを請うのは性に合わないという気持ちはわかる。格闘技を正式に習うと攻撃の方が決まってしまい自由に戦えないというデメリットも確かにあるだろう。だが」

 

 だからと言っていつまでも一匹オオカミを気取っているようでは、貴様は絶対に僕には勝てない。

 

 犬神から告げられたその言葉に、小太郎の我流に対する信念がぐらつく。

 

「せやけど、どこにおるんや……。俺みたいなはぐれもんで混じりもんな奴を受け入れてくれる師匠なんて……どこに」

 

 小太郎がそう漏らしかけた時だった。

 

「そんなもの知らんな。自分で何とかしろ」

 

 言うだけ言ってさっさと帰ろうとしている犬神の背中がふと目に入って……。

 

「……」

 

 先ほど犬神は八極拳を使ったが、別に犬神は八極拳専門の拳士ではないという。どちらかというとオールマイティな攻撃を行う拳士だそうで……。

 

「なぁ、犬神のにーちゃん。そこまでいうんやったら……」

 

 俺を弟子にしてくれへんか?

 

 小太郎が告げた懇願に、背中を向けていた犬神は、

 

「……ふっ」

 

 計画通り……。と言わんばかりに、ゆがんだ笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 そのころ、観客席では。

 

「っ!?」

 

「あぁ? どうしたんだマリー?」

 

 千雨の隣に立っていたマリーがまるで背中につららを突っ込まれたかのように震えた。

 

「いや……なんか、一人幼気な少年が犬神君の罠に引っ掛かったような気がして」

 

「はぁ?」

 

 千雨の「なにいってんだこいつ?」と言わんばかりの視線がとても痛かったらしい……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして、そんな外野のやり取りなど知らぬうちに、

 

「……う~む。どうやらかなり厄介な相手臭いでござるな?」

 

「それはこっちのセリフだぜ~? ま、雇い主にしっかりやれって言われているからな……給料分の仕事はさせてもらうさ」

 

 激動の第一回戦の、さらなる伝説が生まれようとしていた……。

 

「さ~って、選手のお二人は舞台へどうぞ!!」

 

 そう言って舞台に上ったのは二人の人間。

 

 一人は完全に中学生じゃないだろお前……といわれかねない長身をした忍者娘。

 

 もう一人は先端がひん曲がった金属バット(ガンダリウム製?)を持つ、金髪の青年。身長が忍者娘に匹敵するため恐らく高校生だと思われる。

 

「一方は麻帆良随一にマイナー同好会『おさんぽ同好会』に所属する、ハッチャケすぎな双子の面倒を見るお姉さま! 第一回戦では影分身なる珍妙な技を使い数多の武道家たちを翻弄した『忍……者?』長瀬楓選手!!」

 

 「こら~あさくらぁあ!! 誰がマイナーだ!!」「お、お姉ちゃん落ち着いて……」と、朝倉の紹介に観客席から抗議の声が上がるが、そこはプロ朝倉。当然スルーして先へと進める。

 

「もう一方は完全に外部からの参戦となります! 名前は佐渡ヶ島サディスト!! SMが似合いそうな名前だぁああああ!! 予選では大ぶりなバットによる一撃必殺であっという間に進出決定! その豪快なバットさばきで、忍者楓をとらえることができるのか!?」

 

「忍者じゃないと言っているでござるに……」

 

「いや……楓ちゃん。割とマジで忠告してあげるけど、本気で隠すきあんの?」

 

 クラスのだれもが思っているツッコミをサディストは思わずつぶやくが『さて、何のことでござろう?』と楓は往生際悪くしらばっくれる。

 

「それにしてもおぬし……」

 

「ん? なんだい?」

 

 騒がしく続く朝倉の解説を完全に無視した様子で二人は和やかに会話を交わしていく。

 

 その姿はまるで十年来の親友のようにも、血でつながった姉弟のようにも、心でわかりあっている恋人のようにも見えた。だが、

 

「それではっ!! はじめ!!」

 

 朝倉が告げた試合開始の合図と同時に、その二人の関係に抱いた印象のすべてが錯覚だったと観客たちは悟った。なぜなら、

 

 ゴッ!! と言う轟音と共に、彼女たちが立っていた舞台の一か所が砕け散らせながら二人の姿が消え、見えない激突が何度も起こり、弾丸や小石が雨のように撒き散らされ舞台一帯が蹂躙されたから!

 

 そして、二人が再び出現したときには、

 

「まさか、隠しておいた暗器まで出さねばならぬとは……やはりおぬし」

 

「へぇ、気づいてたのかい? まぁ俺は近接専門だからほかの奴等よりも血の匂いが濃いしね。裏関係者ならすれ違っただけで警戒される因果な職業だよ」

 

 気で強化された手甲を粉砕されながらも、何とかサディストのバットによる一撃を防ぎきった楓と、

 

 バットを振り切った体勢で、不敵に笑うサディストの姿が舞台中央に現れていた。

 

 二人ともすでに小さな傷を体のあちこちに作っている。

 

 それが、試合が始まってからわずか数秒の間の激闘を示していることを観客たちは本能的に悟る。そして、

 

「え、えっと……なにが?」

 

 正確な情報をできるだけ多くを信条とする朝倉ですらそう言うことしかできなかったことを皮切りに、

 

「う、うぉおおおおおおおおおおおおお!?」

 

「なんだ!? なんだいまのぉおお!」

 

「この大会見に来てよかったぁあああああああ!!」

 

 まるでアニメ化漫画を見ているような冗談みたいな達人同士の戦いに、観客たちのボルテージは見る見るうちに上がっていく。

 

 舞台に立つ選手二人はその歓声を聞きながら、

 

「甲賀中忍……長瀬楓でござる」

 

「わりぃな、こっちにゃ名乗りの習慣がないんだ。まぁとりあえず、あんたが思うように俺はいっかいの殺し屋だよ」

 

 本気を出すという忍の宣言に苦笑をうかべながら、サディストはそっけなくそう答えた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころの解説席では、

 

「先ほどの戦い豪徳寺さんはどう見ますか?」

 

「いや~驚きました。あれほどの近接戦闘のやり取りが見れるとは……。二人が消えたのはおそらく武術を極めるものが一段階上の強さを得るために必ず身につけるといわれる『縮地』『瞬動法』と呼ばれるものだと思われます。といっても、あれほどの速度で連続して瞬動を使える人は私も始めてみますね。いや……この大会本当にレベルが高い」

 

 感心したような息を漏らしながら、かろうじて二人のやり取りを見ることができた豪徳寺が解説に入った。

 

「それにしてもあのサディストとかいう少年……明らかに我流ではありますが完成された戦闘スタイルを持っています。先ほど弾丸が舞台一帯に飛び散ったのは見ましたか? 茶々丸さん」

 

「あぁ、はい。私にはハイパースローカメラが搭載されていますので。ついでに言うと小石も飛び交っていました」

 

「小石の方はおそらく楓さんが使った忍術。気で強化された、日本の羅漢銭と呼ばれる『指弾』を呼ばれる武術でしょう。達人の死弾の初速は弾丸の約2.5倍といわれており、また発砲音もしないため達人は『静かなる弾丸(サイレンサー)』と言われ畏れられたそうです。それに対してサディスト君が行ったのが」

 

 そこで豪徳寺は言葉を止めると、本当に信じられないといった様子でのひきつった声で、

 

「バットで打った弾丸での迎撃です」

 

「……バットで?」

 

「はい……バットです」

 

「……普通に投げた方がいいのでは?」

 

「私もそう思いますが、なぜか彼は弾丸をバットで打っていますね……」

 

 彼ら二人は知らない。サディストがもうちょっと絶望するくらいにノーコンだということを。それこそ「素人でも簡単に扱える!!」が売り文句の銃を使ってもなぜか的の数十メートル右に曲がって(・・・・)しまうほどに……(あれを見た元帝国構成員たちは「むしろお前呪われてんじゃね?」といった)。

 

 そして彼らは知らない。どういうわけか彼は初めて人を殺した時の獲物であるバットで物を打つと、三キロ先の的にすらクリティカルヒットさせる不思議人間だということを……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「それにしてもなぜバット?」

 

「バッカお前……これは、あれだよ? 俺が尊敬するプロプレイヤーが持っていた伝説のバットから釘を抜いた」

 

野球(プロ)選手(プレイヤー)のバットに釘はついていないでござる……」

 

「そっちじゃねーよ。殺人鬼の方だよ!!」

 

「あぁ、愚神礼賛(シームレスバイアス)の方でござったか」

 

「え? マジで!? 女子中学生があんなもの読んでんの?」

 

「裏の世界に住む住人としては最悪の一族の在り方に興味を持ったでござるからな。まぁ、確かにあの御仁は尊敬に値するでござる」

 

「ふっ……あんたとはいい酒が飲めそうだぜ」

 

「双方未成年でござるが……」

 

「こまかいことはきにしな~い」

 

 そんな会話を交わしていても、二人の戦いは熾烈を極めていた。

 

 サディストが勢いよくバットをふるえば、その攻撃をやすやすとかわした楓がそのバットの上にのり、

 

 しかしその瞬間、バットに流し込まれた気が刃物のように鋭くなり楓の足を切り裂こうとする。

 

 楓はそれを瞬時に察知し、軽く身をひるがえすことによって回避。置き土産といわんばかりに右手から手裏剣型の気弾を放出しサディストに向かって投擲する。

 

 楓がいなくなったことにより軽くなったバットを振り回し、サディストはその手裏剣たちをかき消す。本人としては打ち返すつもりだったのだが、そこらへんは相手の気弾だ。自由にできないことなど承知の上。

 

 だからサディストは、砕け散った舞台瓦礫を蹴り上げ、

 

「おらっ!!」

 

 豪快にバットで打ち据えた。

 

 弾丸とほぼ遜色ない瓦礫の砲弾。それは空中で動きが取れないはずの楓に向かって一直線に突き進み、

 

「ふっ」

 

 楓が行った虚空瞬動によって易々と躱された。だが、そんなことはサディストとしても承知の上。

 

「ほう」

 

 楓が感心したような息を漏らし見上げたのは、先ほど自分が打ち上げた瓦礫たちを足場に楓がいる天空へと登ってきたサディストの姿。

 

 虚空瞬動は使えないのか? それとも何かの為に手札を切らないでいるのか……。これほどの戦いになってもいまだに冷静な部分を残すサディストの戦略に、楓は武人として思わず感嘆した。

 

「どうした? 死ぬぜ?」

 

だが、そんな楓の態度もサディストにとっては関係のないこと。あっさりと楓のもとにたどり着いた彼は、豪快なバットの旋回を行い楓の脳天を打ち据えようとする!

 

再びの虚空瞬動。楓の姿が消えた。そして、目標を見失ったサディストのバットはその後ろにあった瓦礫を粉砕し、

 

「おっと? 力入れすぎた?」

 

 破片すら残さず粉砕した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「私の時と対応が違う……」

 

 サディストと楓の戦いを見守っていたヒメは、楓がサディストに取っている態度が自分の時よりも温和なことに気付いていた。

 

 少なくとも初っ端から命を取りに来ているわけではないことがそれを如実に表している……。

 

「ひどい……」

 

 とは思わない。いわゆるマリーが言う「普通の女の子」らしい言動をとるため最近身に着けた演技だ。

 

 もとより楓が大切に思っているネギの近くに自分のような物騒な人間がいるんだ。暗殺者とはいえ初対面、それに自分の大切なものにかかわっている可能性は非常に低いサディストと自分では、警戒度が段違いに違うことなどヒメはちゃんと理解していた。

 

 だから不満を漏らすのはこれで最後。これで自分もマリーが言う普通の女の子に近づいただろうと満足しておく。それよりも問題なのは、

 

「……なんかしている?」

 

 マリーが警戒しておいてと言っていた超鈴音(チャオ・リンシェン)の方だった。

 

 今はこの場に姿が見えないが、暗殺者特有の勘で空を舞う瓦礫の上に立っているサディストに何らかの指示を出していることが見て取れた。

 

 おそらく、暗殺者であり表に世界に出たがらない彼を無理やりこの大会に出場させたのも彼女だろう。

 

 いったい何が目的?

 

 ヒメが無表情の下でそう考えている中、

 

「お~っと、足が滑った~」

 

「なっ!?」

 

 何ともわざとらしい悲鳴を上げながら、はたから見れば真剣に足を踏み外したようにしか見えない体勢でサディストはあっさりと空を飛ぶ瓦礫から墜落。当然のごとく緩衝用の水の中へと落ちてしまい、そこで水死体のようにプカンとうかび始めた。

 

「「「え?」」」

 

 試合を見ていた誰もが思わず魔の抜けた声を上げた。戦っていた楓自身、信じられないといわんばかりの顔をして水上に浮かんでいるサディストを凝視していた。

 

 とはいえ無情にもカウントは取られ、

 

「え、えっと……10です」

 

 おぉおおおおおおおおおおお……。朝倉が告げた何とも言えない微妙な声に、地の底から這い出るような声で観客たちはため息を漏らした。

 

 

 

 そのころ、パソコンで試合風景を見ていた超は、

 

「もうちょと、もうちょとうまくやれたダロ!? わざと負けろとは言ったけどそこまでわざとらしくやれとは言ってないネ!?」

 

「ちゃ、超さん! 落ち着いて! 落ちついて!?」

 

 なんかご乱心中だった……。

 

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