とある外道の少年探偵   作:過労死志願

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閑話・ネギの初依頼

「で……ここは一体何の会社なんですか?」

 

「え……」

 

 ネギがこの会社に来てしばらくたってのことだった。

 

 ネギの質問にマリーは思わず氷結する。

 

「えーっと……」

 

 マリーは正直に答えるかどうか、かなり迷った。

 

『自称少年探偵事務所。ただし、やっていることは不倫調査をするペット探偵で、金がある人のためしか働かへん外道会社やで♡』

 

 なんて、正直に答えることはできない……。

 

「え……えっとな、ネギ君……。うちの会社はな、裕福な層をターゲットにした困った人を助ける仕事なんよ」

 

 

 

 

 

 

 ものは言いようである。

 

「それはすごい仕事ですね!!」

 

 ああ、尊敬の念を込められたキラキラとした視線が痛い!!

 

 マリーがそんなことを思いながら、いつものように掃事務所の掃除を始めようとしたときだった。

 

「野菜。仕事だ。ついてこい……どうした安川そんなに僕を睨むな」

 

「犬神君がちゃんとした少年探偵やったら私がこんな苦労することなかったのに……」

 

 ちょっとだけこの外道の探偵のもとで働いていることを後悔するマリーだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「今回の依頼はとある人物の捜索だ」

 

「捜索? だれかどこかへ行ってしまったんですか」

 

「ああ。依頼人が言うには自分探しの旅に行ってしまったらしい」

 

「じ、自分探しですか……」

 

 ネギ&犬神一行はそんな会話をしつつ、狭いく、薄暗い裏路地を一列になって行進していく。犬神いわく、近道だそうだ。

 

 今回のメンバーは犬神とネギの二人。

 

 本当はマリーもついてきたがったのだが、対象の名前を聞くと遠い目をして、『掃除してるわ』といってさっさと部屋の掃除に戻ってしまった。ネギは出かけるさいに『気をしっかりと持つんやで』といわれた。

 

 いったいこの仕事の先に何が待っているというんですか!? と、ネギが戦慄を覚えたのは秘密である。

 

「この人は自分探しの旅の常習犯でな。今までで計七十二回もの自分探しの旅に出ている」

 

「七十二回!? まだ見つかっていないんですか、自分!?」

 

 その回数に驚愕しながらネギは屋根の上を跳び移った。場所は民家の屋根の上。ここも近道だそうだ。

 

「奥さんはそうとうお怒りでな。全身の骨をたたき折ってでも連れ帰れとのことだ」

 

「え、えっと……。その人の名前はなんていうんですか?」

 

 先ほどのセリフは聞かなかったことにして、ネギは話を無理やりに進めようとする。なかなか賢明な判断だった。

 

「ターゲットの名前は村雨アンドリュー」

 

「へぇ……ハーフの方なんですね」

 

「三十八歳妻子持ち……奥方からの依頼だ」

 

「……………………………………………………」

 

 もう黙り込むことしかできないネギであった。

 

「ふむ……なんだ。お前は何も言わないんだな」

 

「え……? な、何か言ったほうがよかったのでしょうか?」

 

 はぁ~。

 

 犬神はため息をつくと、ネギのほうへふりむき両手を両肩に置く。

 

「いいか野菜。僕の探偵事務所の助手には必須のスキルがある。これからも必要になってくるだろうから、必ず体得するんだ!! いいな!!」

 

「は、はい!!」

 

 いつになく真剣な犬神のセリフに、ネギは固まる。

 

「いいか? 僕の探偵事務所の助手に必要な必須スキルは……」

 

 ゴゴゴゴゴゴ!! と犬神から立ち上がる気迫にネギはごくりとつばを飲み込んだ。

 

「ツッコミの瞬発力だ!!」

 

「………………………………………」

 

 その時のネギの顔は、将来的にジャック・ラカンのもとで修行するときに無理やりさせられた嫌な顔たちよりも、さらに嫌そうな顔であったという……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ところで犬神さん……。さっきからへんな道ばっかり通っていますけど、もしかしてその人がいる場所に心当たりがあるんですか!?」

 

 猫しか通らないような、くそ狭い近道を必死になってついていきながら、ネギはそう聞いた。

 

「心当たりというか、いる場所なら知っている」

 

「え、本当ですか!? でもどうやって……」

 

 それを知ったのか? ネギの質問が締めくくられる前に、犬神はきらりと眼鏡を光らせ、不敵にほほ笑んだ。

 

「フッ……愚問だな。僕の天才的な推理にできまっているだろう」

 

「しょ、少年探偵みたいです!!」

 

 少年探偵です。

 

「過去……僕は七十二回村雨氏を捕まえたことがあるが、その七十二回中、七十二回……」

 

 犬神がそんなことを言いながら到達した場所は、開けた高いビルの屋上。そこには給水塔を持ち上げている箱状の壁があり、その壁には無数の落書きが書かれていた。落書きの内容は至って普通の筆跡で書かれた文字。しかし、じぶんとは~じぶんとは~と数千近い文字が、壁一面を埋め尽くすように書かれている光景はちょっとしたホラーだった。そしてその前には、黒いポロシャツを着た男が一人ブツブツ何かを呟きながら立っていた。

 

「すべてここで発見したのだ!! そして今日も!!」

 

「だぁああああああ!!」

 

 犬神の話を聞き終えたネギはそのまま見事なスラインディングを披露し、ずっこけた。

 

「お。今のは、なかなか良かったぞ」

 

「そ、そういう問題では……。あと、それは推理とは違うと思います」

 

 鼻を抑えながら立ち上がってくるネギに、犬神は感心の声を上げた。

 

「大体なんでこのひと、捕まると分かっているところに来ているんですか?」

 

「野菜。三十八歳にもなって自分探しをしているような人間に論理的思考を期待するな」

 

「…………………………………」

 

 もう言葉もないネギである。

 

 そんな時だ、

 

「ひどい言われようだな」

 

 初めて男が発言した。そしてやたらと大物な雰囲気を流しながら、ふりむいた男は不敵な笑みを浮かべながら犬神たちのほうを振り向いた。

 

「ま、根拠はないけど、ここに来たら答えが見えそうな気がするのでね……。まぁ、なんにしても久しぶりだね、犬神君」

 

 そういいながら、村雨アンドリュー(38・妻子持ち)は、彼の自分探しの旅の妨害に来た外敵たちと相対するのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「な、根拠なし」

 

「はい……そうですね」

 

 そんな雰囲気は一切気にせず、犬神とネギは話を進めた。

 

「……まぁいい。聞いてくれるかい犬神君」

 

「断る!」

 

「即答!?」

 

 微妙に適応しつつあるネギが思わずツッコミを入れるのを満足気に見てから、犬神はアンドリューに向かって歩いていく。

 

「要件は一つで、選択肢は二つだ。このままおとなしく帰るか、それとも僕に無理やり帰らされるかだ。十秒やる。好きなほうを選べ」

 

 最後に、凶悪な鋭い瞳で眼を飛ばしながら、犬神は回答を迫る。しかし、アンドリューはそんなことには一切ひるまず、はぁ~とため息をつきながら、首を振った。

 

「自分を探しに来ること七十二回。何度か答えらしきものは見えたが、それをつかむ前に七十二回連続で君に連れ戻された……。それに少しでも抵抗できるように体を鍛えてみたりもしたが……」

 

 そこで、なぜか空中に映像が投影されるのを見て、ネギは『どうやってるんですか!? 魔法!?』と驚く!

 

「惨敗」

 犬神君に殴り飛ばされて鼻血を噴出させながら吹き飛ぶアンドリューさん。

 

「惨敗!」

 犬神君のアッパーカットを食らい、鼻血を炎のように噴出させながらスペースシャトルのように飛んでいくアンドリューさん。

 

「また惨敗!!」

 もはや犬神君に何をされたのかもわからず、弾丸のように錐もみ状に回転しながら吹き飛びアンドリューさん。

  

「ちょっとはこりましょうよ……」

 

 最後には両手両足が決して曲がらない方向に曲がってしまったアンドリューさん(死に体)を引きずり夕日に消える犬神君を見て、ネギは顔に縦線を入れながらそう言った。

 

「頼む犬神君! あと一日でいいんだ!! 僕に時間をくれないか!!」

 

「え、そんな短い時間でいいなら……へぶ!!」

 

「残念ながら、あなたの奥様からはソッコーで連れ戻せと言われています」

 

 何か余計なことを言いかけた野菜にスペシャルチョップを喰らわせながら、犬神はずんずんとアンドリューに向かって進んでいった。しかし、

 

「ただとは言わない……」

 

 アンドリューのその言葉に、犬神の歩みが止まった。

 

「君たちが妻からどれほどの金額をもらっているのかは知らないが……僕を見逃してくれたら、その三倍を出そう!!」

 

「!!」

 

 ネギはその言葉を聞き、もう決まったなと思った。自分を預かってくれて、面倒を見てくれている犬神のことは尊敬しているが、彼の唯一(笑)の弱点が金である。

 

 こんなおいしい話犬神さんが蹴るはず……

 

「断る!」

 

 けるはず…………………けった!?

 

「い、犬神さんどうしたんですか!? 普段ならこんなおいしい話ほうっておかないのに!?」

 

「ふー。安川にもいったがな、野菜……」

 

 犬神はそんなことを言いながら、きらりと眼鏡を光らせ、まじめな声音でこう言った。

 

「いったん金をもらって、金で転ぶような美学の欠けるようなことをしていては、次の仕事につながっていかんからな……どんな仕事でも信用を無くしたら終わりだぞ? 覚えておけよ、野菜」

 

 犬神のその言葉に、ネギは再び瞳をキラキラと輝かせる。

 

 か、かっこいい!!

 

「や、やっぱり犬神さんは最高の少年……」

「と、いっとくと表向ききれいに聞こえるな」

 

 ネギが賛辞の言葉を送ろうとした直後、犬神が言ったセリフにネギは固まってしまった。

 

「え? 表むき……」

 

「そうだ。僕の調査では村雨家の財布のひもは完全に奥方が握っていてな。彼がどうこうできる金なんてものはスズメの涙だ」

 

「え、じゃぁ三倍っていうのは?」

 

「その場しのぎの嘘だな!!」

 

「ひ、ひどいです!! アンドリューさん!!」

 

 ネギの涙ながらの抗議の声に、さすがに罪悪感が芽生えたのかアンドリューはすっと視線をそらす。

 

「まぁ、実際金を持っていたとしてものらんがな……」

 

「そ、そうなんですか?」

 

 犬神の言葉を少し意外に思いつつネギは首をかしげる。

 

「当たり前だろ? もし彼の言うとおり自分探しが終わってみろ。収入はそこで打ち止めだぞ」

 

「いや……まぁ、そうですけど」

 

「だったら、どう考えてもこれから先、十回でも二十回でも家出してもらったほうがお得ではないか!! クククククククククククククククククククク……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 どす黒い笑みを浮かべながらそんなことを言ってくる犬神に、ネギは思わずドン引きする。十歳の少年が見るにはいささかダメージが大きすぎる笑みであった。

 

「さぁ、さっさと帰るぞ、三十八歳。とっくに十秒過ぎ……」

 

 そして、そのどす黒い笑みをひっこめて、振り返った犬神の目には、

 

「あ……」

 

 やたらと分厚い、床に設置された非常用出口から逃げようとしている、村雨アンドリューの姿だった。

 

「「………………………………………」」

 

 二人が愕然として固まっている間に、アンドリューはさっと扉を閉め、これまたやたらと頑丈なカギをかける。

 

「やさぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

「む、無理です!! あんな分厚い扉、魔力で強化しても開けられません」

 

「ちっ!! だったら仕方がない。お前は杖を使って出口に先回りしろ!! 認識阻害を忘れるなよ!」

 

「は、はい!!」

 

 ネギがそう答えながら杖を展開するのをしり目に、犬神は気での強化なんてされていない普通の右手で……

 

「ふん!!」

 

 ネギが開けられないと言い切った扉を無理やり引きはがした!!

 

「えぇえええええええええええええええええええええ!!」

 

 無理やりあけられたためか、空中で分解バラバラになる扉に愕然としながら、ネギはしんじられないとばかりに絶叫を上げるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「また、ほとぼりが冷めたらやってくるか……」

 

 まったく懲りていないセリフを吐きながら、階段を駆け下りたアンドリューは出口から姿を現した。そんな彼の前に、ストッと降り立つネギ・スプリングフィールド。

 

「と、止まってください!! 家出なんていけませんよ!!」

 

 認識阻害を切って、姿を現したネギにアンドリューは少し驚きながら、しかし、それ以上の驚愕は感じないまま、言葉を紡ぐ。

 

「くっ!! どうやって先回りしたのかは知らないが、そこをどいてくれないか!? 僕は子供には手を上げたくないんだ!!」

 

 意外と普通のことを言ってくるアンドリューに拍子抜けしながら、ネギは納得した。

 

 今まで犬神さんの依頼関連でいろいろ巻き込まれてしまったネギだが、彼は別に今までの敵のようにアウトローの人間ではないのだ。

 

 少しだけ短絡的思考をしてしまった自分に反省しながら、ネギはとりあえず、何が彼をそこまで駆り立てるのか聞いてみるとした。

 

 ネギ自身、いろいろと繊細な生徒たちを受け持つ中学生教師である。アンドリューのケースは特別ではあったが、自分探しの旅については、正直他人ごとではない。

 

「あの……アンドリューさん。どうして自分探しの旅なんてしようと思ったんですか?」

 

「!! ……き、聞いてくれるのかい!?」

 

「え、ええ。まぁ。他人ごとではないので……」

 

 少し異常なほど喜ぶアンドリューにのけぞりながらネギは頷く。

 

「そ、そうかい!! それはよかった!!」

 

 そして、アンドリューはさめざめと泣きながら、

 

「犬神君はただの一度も聞いてくれなかったからね……。マリーという女の子は聞いてくれたんだけど……途中で犬神君に邪魔されちゃって」

 

 それでか……。若干乾いた笑み浮かべながらネギは首を振った。マリーが苦労する理由がなんとなくわかるといったところだ。

 

「では……こほん。僕はある日思ってしまったんだ……なぜ僕はここに存在するのかってね」

 

 

 そしてアンドリューがやたらとかしこまった様子で話を始めた時だった。アンドリューが厳重に鍵を閉めた扉の向こうから、ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドという明らかに人間が出せそうもない足音が響き渡ってくるのを聞き、ネギの顔は恐怖でひきつる。

 

 そして彼が慌てて回避すると同時に、

 

「そんなもの……僕の生活の糧になるために決まっているだろうが!!」

 

 なんてとんでもないことを言いつつ、ぶち壊した扉ごとアンドリューを蹴り飛ばした犬神はさらに八回ほど、足場なんてないはずの空中に浮かびながら、強烈な蹴りを扉に叩き込んだ!!

 

「追い討ち!? やりすぎです!!」

 

「安心しろ、野菜。この人は53回目の時は全身粉砕骨折した挙句内臓破裂を三か所起こしても復活してきた猛者だ。この程度怪我のうちに入らんさ」

 

「いろいろありえない方向に曲がって、みたこともない生物になっていますけど!!」

 

「なんだそ、の程度だったのか。だったら三日後には復活してくる。心配するな」

 

「この人本当に人間なんですか!!」

 

 最終的に見事なボケと突っ込みの応酬を繰り広げてしまうネギなのであった。

 

 

 

 

 後日談というか、事務所での会話。

 

 帰ってきた犬神とネギが、いろいろ曲がってしまった不思議生物を連れ帰ってくるのを見て、マリーは特に何を言うこともなく手を振った。

 

「お帰りー犬神君。奥さんが医療スタッフといっしょに待ったはるから、そこで報酬もらってや」

 

「わかった。野菜はこっちにおいていくぞ。余計なことをいわれてはかなわんからな」

 

 犬神はそういって、さっさと事務所の中に入ってしまう。

 

「姫ちゃん……」

 

「何、ネギ?」

 

 そして疲れきた表情で、ネギはマリーの手伝いで事務所の前の掃除をしていた姫に話しかけて一言こういった。

 

「僕……犬神さんみたいには絶対にならない」

 

「それはとてもいいことだと思う」

 

 麻帆良は今日も平和だっ……た?

 

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