とある外道の少年探偵   作:過労死志願

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3話・O☆KA☆MAヤクザ

 神楽坂明日菜は迷っていた。

 

 現在彼女がいる場所は、白い箱のような印象を受ける『犬神アンダーグラウンドサーチ』。一癖どころか、癖しかない少年探偵が経営する探偵事務所の前である。

 

 そんなところに彼女が来たのは昨日言われた犬神の言葉が気になってしまったからなのだが、

 

「う~ん。なんかここに来るまでに聞いた噂を聞いていると、入りたくなくなってくるのよね……」

 

 犬神アンダーグラウンドサーチは意外と入り組んだところに立っており、ご近所の人には有名だが初めての人が訪れるのは多少難易度が高いだろうという何とも複雑な立地だった。

 

 そんなわけで明日菜は道に迷うたびに近所の人たちに道を聞いていたのだが、彼らが道を教えるついでに言ってきたセリフたちがこれである。

 

『え、あそこに行くのかい? 御嬢さん……悪いことは言わないからまずは警察に頼りなさい。彼らに頼るのはそのあとでも遅くはないだろう?』

 

『まぁ……。アンダーグラウンドサーチにねぇ……。助手のマリーちゃんはいい子なんだけど、社長さんがねぇ……。あんたも若いのに大変だねぇ……』

 

『うは!! マジで!? マジであんなとこに行く勇気ある女の子がいたんだ!! ちょ、写メとっていい?』

 

 もう、がりがりやる気が削られていく言葉たちに明日菜は深いため息をついた。

 

「……ええい!! なに迷ってんのよ、神楽坂明日菜!! 昨日起こったこと、きちんと説明してもらわないといけないんだから!! こんなところでビビるな!!」

 

 パンパンッ! とほほをたたきながら、明日菜は犬神アンダーグラウンドサーチの門をたたき中へと入っていった。

 

「んで……二、三年ほど前に残ったオトンにここに売り飛ばされまして……」

 

 そんなマリーの声が聞こえてきたのですぐに帰りたくなったのだが……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「あ! 明日菜!! なんや意外と速いこときたなぁ」

 

 そんな重苦しい会話によって生成された、黒い空気を払拭するかのようにマリーはにこやかな笑みを浮かべながら明日菜に歩み寄った。

 

「いや……私ちょっと外で待ってるから、お話終わったら呼んでくれない?」

 

「いや、来て早々なにゆーとんの……。お茶でも出すさかいちょっと待っといて」

 

「必要ないな……。客でもない人間のために無駄な茶葉を使うな」

 

 明らかに及び腰になっている明日菜を無理やり座らせ台所に行こうとしたマリーを、犬神の言葉が制止させた。

 

「犬神君……もうちょい言い方があるやろ。あと明日菜を呼んだん犬神君やん」

 

「とはいえ金を落とさない奴のために金を使えば明らかにマイナスだろうが」

 

「君はホンマ人としてくさっとんなぁ……」

 

 若干顔に縦線を入れるマリーは無言でお茶を注いできた。犬神自身この程度の出費をいちいち気にする男ではない。先ほどのセリフは気分によっていわれるか言われないかぐらいのどうでもいいことなのだ。

 

「だが、安川。僕たちはまだクライアントをもてなしているところだ。あまり私生活を見せて遠慮をされては困るからな。通すならお前の部屋に通せ」

 

「ああ……それはごめん」

 

 普通に正論を言われてしまい、頭を下げるマリー。そこで明日菜はようやく自分と向かい合っているように設置されたソファーに座っている女性に気が付いた。

 

「あ、すいません。お客さんがいたんですね」

 

「いえ、いいわよ。気にしないで。依頼が終わって報酬の清算のために来ているだけだから」

 

 若干気の強そうな、髪を金色に染めた大学生ぐらいの女性は、胸元に抱えた犬を見せながら若干ひきつった笑みを見せている。どうやら先ほどのマリーの話は彼女に聞かせるために話されていたようだ。

 

「そうなんですか……。依頼って、そういえばマリー、今日休んでいたわね」

 

「いろいろあってん……。ああ、そうや、犬神君」

 

「ん? なんだ安川」

 

 マリーに呼ばれた犬神は近づいてきたが、

 

「ふん!!」

 

 マリーが手品のように出現させハリセンの持ち手の部分(ガムテープ・ビニールテープで補強されているため、紙製のハリセンとはいえ当たると結構痛い)で殴りつけられた。

 

「フッ」

 

 安川はそういうと華麗にハリセンを回しながら納刀。一仕事を終えた侍の顔で決めポーズをとる。

 

「おい安川。ハリセンの柄のほうで顔面をつくという行為は、ツッコミというよりも、もはや限りなく暴力に近い」

 

「ほーん……。せやったらよけたらええやんか。大体そんなんいうやったら、さっきの依頼で可愛い助手を高さ200メートル近いビルからけり落とすいう行為はいったいなんやっちゅーねん」

 

 そんなことされたの!? 驚愕する明日菜を完璧に無視して、犬神はきらりと眼鏡を光らせる。

 

「獅子は……子を鍛えるためにあえて千尋の谷に……」

 

 ゴスッ(マリーがハリセンの柄で犬神を殴りつける音)

 

「そう……あえて言うならば愛ゆえに……」

 

 ゴスッ、ゴスッ!(マリーがハリセンの柄で犬神の顔を二連打する音)

 

「痛いな、冗談だ。あとそれはさっきからいっているように暴力」

 

 ゴスッゴスッゴスッ!!!!(もう無言で、マリーがハリセンの柄で犬神を殴り続ける音)

 

「……あ、痛っ」

 

「はぁ?」

 

 もういくつも青筋を浮かべながらマリーはひたすら犬神を殴り続けた。しかし犬神は一向に懲りた様子もなく反論を続ける。

 

「結果的に下で待っていたクランレスにお前を届けるためにはあの選択肢しかなかったのだ。割り切れ」

 

「ああ……それで私生きとったんや。って、ほかにもチョイスあったやろ!? 両手もあいとったし、なんも持ってへんかったやん!! なんでファーストチョイスが足!?」

 

 マリーの猛烈なツッコミに、犬神は遠くを見つめるような瞳をして一言。

 

「すべては……お前のためだ」

 

「こっち見ていえや……」

 

 あからさまにマリーのほうを見ようとしない犬神ののど元に、ハリセンを突きつけるマリー。そのハリセンには若干気が通されている。

 

「そもそも結果的にって何やねん!」

 

「冗談?」

 

「なんで疑問形!?」

 

 そんな風にいつもの漫才を繰り広げるマリーや犬神たちにあきれるやら、驚くやら……もういろいろと達観してしまった明日菜や依頼者の女性に、クランレスが、マリーが入れかけていた紅茶を出した。

 

「めっちゃ怖かったんやで、も~」

 

「心外だな。僕の冗談が笑いよりもまず恐怖を呼ぶとでも?」

 

「おもっくそよんどるやろうが!! あ~もぅううううううう!!」

 

 最終的にブチギレたマリーがハリセンの一撃で、犬神のメガネを吹き飛ばすことにより終幕する。それを見て依頼者の女性は苦笑をうかべながらマリーに話しかける。

 

「まぁ、お互いダメな親もって苦労するわねぇ。私の父親もこの子助けるために車にはねられて死んじゃったし」

 

 犬を抱えながらそういう依頼者に、明日菜はさらに驚く。明るそうに見えてそんな過去抱えていたの!? といった感じだ。

 

「はっはは!! そうでもありませんよ」

 

「なんで君が答えてんの!? しかも笑いながら!!」

 

 しかし、依頼者の言葉に答えたのは犬神だった。あからさまな愛想笑いを浮かべながらそう答える犬神にマリーは怒鳴り声を上げる。

 

「何を言っている安川。お前はここに来てからまともな生活を送れているし、借金取りに追われることもなくなったじゃないか。さらに健康的な生活を送っているため肌艶もよくなったし報酬も入る。収支的に見れば明らかなプラスだろう」

 

「う……。まぁ、それはそうやけど……」

 

 そこで犬神はきらりと眼鏡を輝かせて決め台詞をはなつ。

 

「お前が失ったものなんて……せいぜい、親子の絆ぐらいのものだろう!!」

 

「デカッ!! 結構でかないそれ!?」

 

 いまさらながら驚愕とするマリーと、もうちょっと言い方ってものがあるだろうと依頼者と明日菜が愕然とする。

 

「そうか?」

 

 本気で不思議そうな顔をする犬神に絶句することによって、この話題は終息した。

 

「それじゃ私は帰るわね。マリーちゃん。私麻帆良でスクールカウンセラーやってるから何かあったら相談にきなさい。お茶を出してお話聞いてあげるから」

 

「うぅ。ほんまおおきにな」

 

「ご利用ありがとうございました」

 

 そして、依頼者が腰を上げ帰ろうと出口に行くのを見送ってから、犬神は鋭い瞳を明日菜に向けた。

 

「さて……あの野菜の話だったな」

 

「ええ。私はそれを聞きにきたの」

 

 そして、ようやく流れ始めた真剣な空気マリーがつばを飲み込んだ時。

 

「ゲル様」

 

「あ、クランレスさん。今日はどうもありがとうございます」

 

「いえ、クライアント様。その言葉をおっしゃるのはいささか早すぎるかもしれませんぞ」

 

「?」

 

 いつの間にか外の掃除をしていたクランレスと依頼者が玄関で鉢合わせし、そんな会話を交わしたかと思うと、

 

「!!」

 

 依頼者は驚いた顔をしてマリーたちの近くに戻ってきた。

 

「どないしたんですか?」

 

 マリーがそんな疑問の声を上げたとき、

 

「よーぅ。今朝方はどうも」

 

「あ~!! あんた今朝のデンジャラスヤクザ!!」

 

 犬神が今の依頼者の依頼を達成するために敵対してしまい銃撃戦になったヤクザの一人が、姿を現したのだった!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「で、デンジャラスヤクザって……いったいあの人何者なの!?」

 

 マリーの言葉を聞き、真っ先にケンカの体制に入りかけた明日菜をクランレスが押しとどめてソファーの下にかくす。依頼者も同じようにした。

 

 そんな状態なので何もできない明日菜は、とりあえず近くにいるハリセンを構えたマリーにそう訪ねてみた。

 

「いや……なんやわからへんねんけど、その依頼者さんが犬の散歩しとったらな、突然ヤクザの人たちに囲まれて、札束渡されて、犬拉致られたから取り返してほしい奇怪な依頼受け取ったんやけど……」

 

「あははは、奇怪でごめんね~。私もちょっと意味わかんなかったから警察に頼れなかったのよ……」

 

 隣で伏せている依頼者も若干顔をひきつらせている。

 

「ほんでその時犬を取り返すために敵対したんがあの人なんやけど……銃をガンガン撃ってくるから明日菜はそこにおってや~」

 

「銃!?」

 

「銃だけにガンガン」

 

「犬神君下らんこと言うてる場合ちゃうやろ!? つーかクランレスさんも何フツーに通しとんの!?」

 

「失礼マリー様。ゲル様が仕事は終わったとおっしゃっていましたので。てへぺろ(・ω<)」

 

「てへぺろ(・ω<)!?」

 

 老紳士の口から洩れる信じられない一言にマリーたちは思わず固まった。

 

「そんじゃまぁ……御嬢さん。その犬、返してもらおうか?」

 

「ふ、ふざけないで!! 大体この子はもともとうちの子で……」

 

 依頼者がそういって、男に向かって反論の声を上げようとした時だった!

 

「わるいごはいね~がぁあああああああああ!!」

 

 やたらと野太い、なまはげのような怒声とともに、部屋にあった通りに面しているはずの壁が粉砕!! もうもうとした土煙を上げながら一人の人物が殴り込みをかけてきた!!

 

「な、なんや!?」

 

「なまはげ?」

 

 犬神とマリーがそういって戦闘態勢を取り、その人物を見つめる。

 

 

 ぴっちりと体に密着している深いスリットの入ったドレス。そこから覗く網タイツにガーター。靴はおしゃれなハイヒール。

 

「さぁて、私の可愛いわんちゃんをそろそろ返してもらおうかしら?」

 

 そんなことを言いながら土煙から出てきたのはピンクのルージュを口に塗った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 筋骨隆々とした男だった。

 

 

『『『変態きたぁああああああああああああああああああああああ!!』』』

 

 マリー・明日菜・依頼者の三人がそう思ったのは言うまでもないだろう……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 突如事務所の壁を突き破って殴りこんできたごついオカマに愕然とし、固まるマリーたち(犬神を除く)。そのオカマの後ろから入ってきたチンピラが、あわてて怒鳴ってきたのは、それからしばらく経ってからだった。

 

「て、てめぇら今、『変態きたぁあああああ!!』とか思ったろ!? なめんじゃねぇぞ!! アニキ……いや組長は変態じゃなくてガチンコでオカマぁああああああああああああああああああ!!」

 

 そして、オカマの言葉を聞いた途端、オカマ組長がふった豪腕によって吹き飛ぶチンピラ!! そして、チンピラは壁に激突し意識を失った。

 

「ば、バカ野郎!! 何年姐さんの下でやってんだ!! アニキ(・・・)はNGワードだろうが!!」

 

「え、NGそこなん!! オカマやないの!? ってか、組長!?」

 

 突如として明かされるオカマの身分にマリーは愕然とした。

 

 こ、こんなんが組長とか、この人たちの組大丈夫なんかいな!! (いろんな意味で)

 

 マリーがそんな風にあきれている時だった。

 

「え、えっとマリー。そろそろ外に出ていい?」

 

「ああ、うん。かまへんよ」

 

 いい加減、床の寝心地が悪くなってきたのか……。そういってきた明日菜に、マリーはため息交じりに答えて明日菜をたたせる。

 

「ねぇ、あんたいっつもこんな人たち相手にしてんの?」

 

 そして、若干半眼になりながら尋ねてくる明日菜に、マリーは涙を流しながら頷いた。

 

「今回は特殊ケースやけど、ヤクザやったら週一のペースで来て犬神君に返り討ちにされてんで」

 

「それはさすがに多すぎない!?」

 

 そんな無駄話を一切無視して、明日菜と同じように立ち上がった依頼者は組長(?)に食って掛かった。

 

「あ、あんたが親玉!? そいつらにこの子を拉致るように命令した張本人!?」

 

「ええ。そうよ……。おや……いうならば母みたいな存在なんだけどね?」

 

「母!?」

 

 気持ち悪さに鳥肌を立てた明日菜がツッコミを入れるが華麗にスルーし、組長(決)話を続ける。

 

「それにしても拉致とは失敬ね、ちゃんとお金は払ったじゃない」

 

「無理やりじゃないの!! 大体なんでヤクザの親分さんがこんな犬ほしがるのよ!!」

 

 依頼者の言葉に、組長(怪)は少しだけうつむき暗い顔をする。

 

「………………だからよ」

 

「え?」

 

「そんな可愛いわんちゃんをこんな犬呼ばわりなんて、そんな……そんな人にその子を預けておくなんてできるわけないじゃない!!」

 

「「「は?」」」

 

 号泣しながらそう言い切る組長(泣)にマリーたちは思わず氷結した。

 

 え、マジでそんな理由なの? みたいな白けた空気が事務所の中を漂う。

 

「ふん……あきらめな」

 

 そして、その空気を払拭しようとしているのか(できないだろうが)先ほどクランレスに連れられて入ってきた男が恰好をつけながら組長(照)の前に立ち、

 

「姐さんはなぁ……可愛いものが大好きなんだよ!! そう、三千世界あまねくすべての可愛いものが私のものっていうぐらいにな!!」

 

 クワッと気迫を込めながら、かっこ悪いことをいう男に、もうマリーたちは顔に縦線を入れっぱなしった。

 

「ほら……こんなこと言うの恥ずかしいんだけど……『あたしのものはあたしのもの、あなたのものもあたしのもの』みたいな! テヘ」

 

『『『剛田さんちの息子さん並み!?』』』

 

 マリーたちの脳裏そんな言葉が浮かぶのも仕方ないと思えるほどの横暴っぷりだった。おまけに照れながら言っている……。

 

「えっと……そんな理由でこの犬追いかけとったん? 取引の物を飲み込んでしもうたり……」

 

「何か重要な秘密を握っていたりは……」

 

 マリーと明日菜が最後の希望とばかりに尋ねた質問に男はしっかりと首を振り、

 

「ねぇ!!」

 

 もうすがすがしいほどきっぱりと言い切ってくれた。

 

「通りで一目ぼれしちゃってぇ!! てへぺろ(・ω<)」

 

 ものっすごい悪寒とムカつきを覚える組長(変)にマリーはプルプルと震えながら一言……。

 

「そ、それが大金はたいたり、銃ぶっ放したり、人んちの壁ぶち破って登場したりするほどの理由かあほぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「やぁね。あたり前田のクラッカーじゃない」

 

「姐さん。その返しはとても古いです。多分この小説を読んでいる人は誰もわからないと思います」

 

 マリーの魂のツッコミに返される時代錯誤な言葉に、明日菜はもう言葉もなく呆然と自体に流されることしかできなかった………。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そんなやりとりはともかくとして、ピンチである。

 

 そりゃあもうこの上ないくらいのピンチだ。

 

 何せ民家の壁を拳でぶち破って入ってくる怪物(真)が今回の敵なのだ。

 

 犬神が負けるビジョンは全く浮かばないが、それでも万が一ということがある。何より今回狙われているのは依頼者だ。犬神を抜かれて彼女に接近されただけでも依頼は失敗ということになる。

 

「それじゃ姐さん。さっさと犬取り返して帰りますよ」

 

「わかっているわよ。私だってさっさとあのわんちゃん取り返して愛でてあげたいもの。というわけで、カワイ娘ちゃんたちとクールな坊や。そこをどいてくれないかしら。子供を殴るのは趣味じゃないの」

 

 オカマの中に秘めたヤクザの風格を漂わせながら、組長は傲然と言い放った。その言葉に嘘はないのか今のところ明確な敵対行動はとっていないマリーたちに向かってこぶしは握られていない。

 

 とはいっても、マリーも一応プロの探偵助手だ。一度受けた依頼を怖いからといって反故にすることはできない。

 

「犬神君。私があいつらの気ぃひいとくからノーラ(依頼者の名前)さんを安全な場所に……」

 

 そしてマリーが段取りをつけようと犬神のほうを振り向いた時、

 

『ズズズズズッズ~』

 

 犬神はそんな音を立てながら明日菜が飲んでいた紅茶をすすって、ソファーでリラックスをしていた。

 

「って、何しとんのや、犬神君!! あと人の飲みさしのまんとって!」

 

「ん? 何を言っているのだ安川。ノーラさんとの依頼は犬を取り返し此処に連れてきたことで満了している。なぜ僕がそんなことをしなければならんのだ」

 

「!!」

 

 そうだ、犬神はこういうやつだったとちょっとだけ泣きながら思い出すマリー。もう明日菜も半眼を超えてどこか遠いところを見つめてしまっている。

 

「で、でも怒ってへんの犬神君!! 家の壁ぶち壊されたんやで!!」

 

 そこで方向性を変えてみるマリーだったが、

 

「あ、そこは気にしないでいいわよ、ボウヤ。さすがに壁の修理代くらいならだすわぁ。今回はちょっと大人げなかったかなぁと反省しているんだから」

 

 組長からの言質はとれた犬神は、フムと頷きながらマリーにひとこと。

 

「そういうことだ」

 

「って、おぉおおおおおおい!!」

 

 もう縦線入れっぱなしのマリーのツッコミ。

 

 そんな様子を見て、今まで無言だった明日菜はツカツカと犬神に歩み寄り、

 

「あんた何言ってんのよ!!」

 

 手を思いっきり振り上げた!!

 

「ん?」

 

 犬神はその態度を心底不思議に思いながら、明日菜の平手打ちを片手でとめ即座に関節を決め地面に転ばせる。

 

「きゃ!!」

 

 そして無理やりうつぶせに寝かされた明日菜の背中にドシンと座りながら、噛みつかれないように頭を足で踏みつけながら抑える。

 

「何のつもりだ、神楽坂明日菜」

 

「ちょ、犬神君やりすぎやで!!」

 

 クラスメイトに訪れた突然の暴力に、さすがのマリーもあわてて犬神をどけにかかる。

 

「さっきまで依頼を受けていた人が困ってんのよ!! なんで何にもしてあげないのよ!! それでもあんた探偵なの!!」

 

 マリーに助け起こされた途端ギャンギャン噛みついてくる明日菜に、若干不機嫌になりながら犬神は眼鏡を輝かせる。

 

「確かに僕は探偵ではあるが、それ以上にプロフェッショナルだ。金もないのにただ働きができるか」

 

「な!!」

 

「神楽坂明日菜。この業界の素晴らしい格言を教えてやろう」

 

 そして、若干の殺気をはらんだ瞳で明日菜を睨みつけ犬神はこういった。

 

「正義感で腹は膨れないのだ」

 

「っく!!」

 

 生まれて初めてさらされる殺気に、明日菜は冷や汗をかきながら数歩下がってしまう。それほど犬神の殺気は強烈だったのだ。しかし、それでも明日菜はひかなかった。正義感は人一倍な明日菜がこのまま引くわけがなかった。

 

 そして、明日菜が再び口をひらこうとしたとき!

 

「せやったらこれで文句ないやろ、犬神君!!」

 

 今まで何かをこそこそとしていたマリーが、一枚の紙を持ってきて犬神につきつけた!

 

「ん?」

 

 犬神がその紙面に目を通すと、そこには犬神アンダーグラウンドサーチの依頼承認書と、ノーラのサインがかかれていて……。

 

「ふん。仕方ない」

 

 犬神は特に何の感慨もなくそれを受け取ると、傍らに控えていたクランレスにそれを保管するように言い渡し、ノーラを守れる立ち位置までやってくる。

 

「というわけだ。貴様らはさっさと帰って、犬にも彼女にも近づくな。OK?」

 

 犬神はそういいながら体中に気を巡らし始める。戦闘開始の合図だ。

 

「あのなぁ……明日菜。犬神君は確かに外道で、金の亡者やけど……ホンマにプロフェッショナルやねん。犬神君動かしたいんやったら説得やのうて、契約書を書かせるんが一番なんやで」

 

 マリーの言葉に、明日菜は納得していないという表情で見つめながら、一言。

 

「私……あいつ好きになれそうもないわ」

 

「あははははは。く、癖がある人やからなぁ。まぁしゃーないわ」

 

 明日菜のセリフに若干の苦笑いを浮かべながら、マリーはノーラと明日菜を引っ張り事務所の奥へと連れて行く。

 

「でも、犬神君が依頼を受けた以上、失敗はあらへんよ」

 

 マリーの信頼あふれるセリフに明日菜は若干驚きながら犬神を見つめた。

 

 そんなにすごい奴には見えないけど……。

 

 しかし、その数秒後。明日菜は麻帆良内体術最強の男の実力を目の当たりにするのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ふ~。かわいい子に手を上げるのは本意じゃないけど、何事にも優先順位ってものはあるからねぇ」

 

 組長はそういいながら腕に力を込める。するとその腕は見る見るうちに盛り上がり、リンゴどころかスイカでも握りつぶせそうなほどの極太の筋肉を顕現させた。

 

「あやまんなら今のうちだぞ」

 

 それを見た組長と一緒に事務所に入ってきたチンピラの一人が冷や汗をかきながら不敵に笑う。

 

「て、めぇも結構な運動神経をしているみたいだが……うちの姐さんはマジモンの化け物だ!」

 

 瞬間。振り抜かれた組長の腕がそのチンピラの頭をとらえ吹き飛ばした!!

 

 そして、壁に刺さって沈黙してしまうチンピラに最初に入ってきた男は半眼になりながら、

 

「バカヤロー。化物もNGワードだろうが……」

 

 とつぶやき、

 

「さ、ささぁああああああああ!!」

 

 明日菜とノーラは愕然とした表情で固まった。明らかに人間の出せる筋力ではなかった。

 

 そして、目を爛々と輝かせ、某八門遁甲の陣を七門まで開けた某忍者先生みたいに顔中に血管を浮かせた組長が怒声を上げた。

 

「誰が化物じゃああああああああ!!」

 

「アナタDEATH(デス)!!」

 

「あなたDEATHとも!! 壁に人刺さっているもの!!」

 

 もう何でもアリな光景に慣れてしまったマリーはともかく、明日菜とノーラさん思わずそうツッコミを入れた。

 

 そして犬神は、

 

「お前のことに決まっているだろうが」

 

「おぉん!?」

 

「うわぁ……度胸あるなお前」

 

 怒り狂った組長がふりむき、最初に入ってきた男がそうつぶやく。そこにはポケットに両手を入れダラッと応接用の机の上に立っていた犬神が、平然とした表情で毒を吐いていた。

 

「いい加減自覚しろ。この珍獣が」

 

 ブチチチチチ!!

 

 もういろいろとキレまくる音が組長から響き渡るの聞き、男は即座に組長から離れた。

 

「だれが……希少動物だ、ゴラァアアアアアアアアア!!」

 

 そんな怒声とともに、犬神が立っていた机が殴り砕かれる!! 犬神は跳ね上がる机の反動を利用し大きく跳躍、次は執務用の机の上に着地した。

 

「いいや。人類の亜種かもしれないな」

 

「かわいかったら何言っても許されると思ってんじゃないわよ!! キィ―――――――――!!」

 

 怒り狂う組長をソファーの影から見ていたマリーは、さっと顔を引っ込め自分と同じようにソファーに隠れていたノーラと明日菜に話しかける。

 

「とりあえず、ここは犬神君に任せて、さっさと逃げ……」

 

 しかし、マリーの言葉はカチャッという金属音とともにさえぎられた。

 

「ブゥウウウウウウウウウウッ!! ホールドアップだ、この野郎」

 

 今まで特に目立たなかった、初めに入ってきた男が拳銃をマリーの頭に突き付けていた。

 

「おう、シットやで」

 

「マリー!!」

 

「ちょっと、やめなさいよ!!」

 

 明日菜やノーラさんはひどく慌てた様子で男にかみつくが、マリー自身はひどく落ち着いた様子だった。

 

「銃なんて無粋なもん持ち出すんとちゃうよ。あの組長さんかて拳で戦っとるやんか」

 

「あいにくこちとら無粋な男でな。さっさと犬わたせ。いい加減こんな茶番うんざりなんだよ」

 

 さすがに情けないとは自覚しているのか、男はちょっとだけ口をとがらせてマリーの揶揄にそう返し銃の安全装置を外す。

 

 しかし、マリーとてだてにこんな外道な探偵会社にいたわけではない。この程度の事態なら日常茶飯事だ。マリーはひどく落ち着いた様子で男に隙を作ろうと口を高速回転させる。

 

「それにしても情けないやんか。お兄ちゃんかて、こんなことしとうてヤクザになったわけちゃうんやろ。アンナ女か男かもわからへん様な唇で命令されて、犬一匹をあほみたいな理由で追っかけて右往左往……。あげく、こんかわいらしい女の子の頭に銃突きつけて脅迫って……これが極道のやることかいな?」

 

 マリーのセリフに、男はちょっとたじろぐ。組長の言葉の端々からも読み取れるが、彼が所属する組は今時では珍しい任侠ヤクザだった。本来ならこんなことは固く禁じられている。

 

 しかし、

 

「し、仕方ねぇだろうがよぉ!! お、おれだって本当はもっとVシネみてぇなヤクザが……。だ、大体昔はああじゃなかったんだよ、うちの組長は!!」

 

 そういって男が取り出した写真。そこには明日菜好みの渋くダンディなおっさんが写っていて……

 

「昔はこんなんだったんだよ!! ザ・若頭ってかんじで、俺らの憧れだったんだよ!!」

 

「「「うそん!?」」」

 

 せっかくできたスキを逃してでもマリーを含む三人は思わずツッコミを入れてしまった。

 

「それが……何があったのかわかんねぇけど、先代が亡くなって跡目継いだとたんあんな感じに……」

 

 そこまで言って、男は目元を抑えてサメザメと泣き始めた。

 

「や、ヤクザだって色々とあるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「泣いた!?」

 

「どこからツッコんだものかしら……」

 

 明日菜とノーラがそんな風に愕然としている中、

 

出でよ(アデアット)!!」

 

 マリーは即座にカードからハリセンを顕現。紙でできているそれで……男がもっていた銃をたたき折った!!

 

「って、はぁあああああああああああ!?」

 

 さすがにそんな事態になっては泣いている余裕はなくなったのか、男は慌ててもう一丁隠している銃を取り出そうと懐に手を突っ込むが、

 

「遅いで!!」

 

 マリーが振りぬいた気を通したハリセンで一撃され、きれいに吹き飛んだ!! そのさい、紙のハリセンからは到底聞こえないような硬質な音が響き渡るのを明日菜は聞いた。

 

《豪気功》

 

 アメリカ軍所属の傭兵だったマリーの父親が戦場で戦闘をしているさいに編み出した特殊な気の運用法である。この気は流し込んだ物質や、使用者の体の硬度を自由自在に変える気功であり、紙のハリセンに流し込んで、岩をも砕く硬度に変化させることが可能なのだ。

 

 マリーが父親に売られる際に唯一教えてもらった武技で、この会社の依頼で死なないように必死で鍛え上げたものである。

 

「だてに武闘派探偵の助手やっとるわけちゃうんやで!! 犬神アンダーグラウンドサーチの助手をなめんな!!」

 

 マリーはそういって、何とかうまくいったとため息をつくのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ふむ……後でボーナスでも出してやるか」

 

 マリーが綺麗に敵を撃退するのを見て、犬神はさらに旧型のブラウン管テレビの上にのった。

 

「これで最後か」

 

「ちょこまかと……逃げ回ってんじゃねぇええええええええ!!」

 

 そんな犬神に組長は容赦ない拳をふるうが、犬神は変然とした表情で跳躍。組長のこぶしはブラウン管テレビを殴り壊し修復不可能なぐらいまで粉砕する。

 

「さすがゲル様ですな」

 

 そんな光景を見て、今までどこかに消えていたクランレスがマリーたちの隣に現れた。

 

「何しとったんクランレスさん」

 

「はい。少し後片付けでもしようかなと思いまして……。壁の瓦礫を掃除しておりました」

 

「いや、揉め事解決してからにしようやそれ!? さっきまでめっちゃピンチやってんで!!」

 

「? ですが結構うまく解決したようではありませんか」

 

「いや、まぁ、そうやけども!! ……はぁ、もうええわ」

 

 マリーの不満を泰然とした表情で受け流すクランレスをみて、マリーはため息をついた。そして、

 

「なぁ、クランレスさん。さっきからおもとったんやけど、なんで犬神君はさっきから反撃しぃひんの?」

 

 とりあえず目下のところ一番の疑問となっていることを聞いてみた。

 

 あれだけ信頼しているという風なセリフをマリーが言ったのに、犬神は一向に組長を攻撃しようとしていなかったのだ。常にどこかの家具に乗って組長の攻撃が来たらよけるばかりで……。周囲には粉砕された家具が無数に散乱している。

 

「そういえば先日、事務所の家具を新調しようかなとおっしゃられていましたね」

 

「え……それってまさか」

 

「「?」」

 

 何やら話が通じたマリーとクランレスの様子に、ノーラと明日菜は首をかしげた。

 

 

 そして再び視点は犬神たちに戻り、

 

「犬神ゲルとか言ったわよねぇ。凄いじゃない。私と喧嘩して一分間以上たっていたのはピクニックで出会ったくまちゃんだけよ。二分後に私がおしくいただいちゃったんだけど」

 

「いやなに……ようやく予定分が壊れたからな」

 

 そしこで、犬神は軽くその場で跳ね始めた。

 

「これで終わりだ」

 

 瞬動。

 

 ゲルは瞬時に組長の目の前に出現した。

 

「ふん!!」

 

 組長は即座に反応してコブシの二連撃をゲルに向かってはなつが、さきほどの出現はフェイント!! 即座に体を反転させ、違う方向へと瞬動を行ったゲルは拳を放ったことで技後硬直に陥っている組長の死角に回り込む。

 

『早い……!? なるほど。今までは手加減していたということね! でもそんな細腕じゃ!!』

 

 ゲルの腕を見て、組長は到底自分の厚い筋肉の鎧を抜けないだろうと予想。腹筋に力を籠め犬神のこぶしを迎撃しようとした!!

 

 しかし、ゲルのこぶしには高密度の気が練りこまれている。そしてゲルはAAAのタカミチすら押さえての体術最強だった。その拳の一撃は防弾ガラスどころか核シェルターの壁すらぶち抜く。

 

 結果!!

 

 ドッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

 到底人のコブシが着弾しただけとは思えない轟音と共に、組長の体が宙を舞い激痛のあまり受け身も取れないまま床に落下した。

 

「がぁ……………パンチ……重!?」

 

 鼻血を流しながらそうつぶやく組長に向かって、ゲルは再び跳躍。

 

 その額に向かって容赦ない膝蹴りが落下してくる!!

 

「き、きゃああああああああああああああああああああああ!!」

 

 さすがに死を覚悟し、悲鳴を上げる組長の隣に、ゲルはスタット着地した。

 

「あ、あれ? いきている?」

 

 血の気が引いた顔で呆然とそうつぶやく組長にゲルは人殺しの瞳を向けながらこうささやいた。

 

「警告しておく。今後……彼女とその犬には手を出すな。断るなら……」

 

 そして、犬神はその瞳のまま組長の額をトントンとたたいた。

 

「次は外さん」

 

「ぎょ、御意」

 

「ああ、あと壊したものは全額弁償な」

 

「わ、わかりました」

 

『やっぱりか!?』

 

 最後にマリーとクランレスの予想通りの言葉を吐いた犬神にマリーはあきれ果てた。どんな状況でもあざとい奴である……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 事件解決後。ノーラさんから報酬をもらい部屋に散乱する瓦礫を片付けが、何とかひと心地ついたところでようやく明日菜に話を聞かせることになったのだが。

 

「さて……あの野菜が何者なのか、だったよな?」

 

「その前に犬神君。一ついいかしら?」

 

「なんだ?」

 

 犬神が話をさえぎられ首をかしげるのをみながら、明日菜は額に血管を浮かべながらこう言い放った。

 

「ネギはうちで預かります!!」

 

 まぁ、今日の光景を見たら誰だってそう言うよなぁ……。マリーはそんなことを考えつつ、犬神と明日菜の仲裁に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、結局その日はネギが何者なのかを明日菜に話すことはできなかったという……。

 

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