「それにしても、なんで明日菜に魔法のこと教えようとしたんや? 別に内緒で押し切れへんかった?」
「それについてはお前のほうがよくわかるべきだとは思うがな、安川」
犬神と明日菜の大喧嘩(明日菜が一方的に突っかかる形で)が起こった翌日。学校生活を終えた犬神とマリーは『ネギをきちんと連れ帰る』兼『魔法を不用意に使ったりしないように、監視をしながら事務所に連れていく』ために図書室内で本を読みながらネギの仕事が終わるまで時間をつぶしていた。
「ああいった手合いは、一度気になることを見つけるとそのことが解決するまで付け回してくる可能性が高い」
「ああ……確かに明日菜やったらやりそうやなぁ……」
「それにあいつは記憶を失った裏の関係者のようではないか。遅かれ早かれこういった事態には巻き込まれていた。だったら英雄のネームバリューがある野菜に任せるのが適任だ。それに僕は女子校にはあまり入り込めないが、野菜は一日の大半をこの校舎で過ごすことになる。お前だけでは手が回らないことも多いだろう。そのための協力者が必要だとは考えていたのだ。だったら一回ばれかけてしまった神楽坂にその任を手伝ってもらうのが一番手っ取り早い」
「そ、そこまで考えてたんや!!」
め、珍しく犬神君がかしこく見えんで!!
明日は槍でも降るんじゃないかとマリーが戦々恐々としていた時、
「それに……昨日の様子だと僕がしなければならない野菜のフォローを無料でやってくれそうだからな。こちらは寝ているだけで仕事が終わってくれる、という夢のシステムが出来上がるというものだ!!」
「って、やっぱりかいぃいいいいいいいいいいいいい!! そんなことやと思ったわ!!」
マリーの見事なツッコミハリセンが犬神に決まる。
二人がそんないつものやり取りをしている時だった。
「あ……ありがとうございます」
「いえ……鍵をかけたのでしばらくは大丈夫かと……」
突如図書室の入り口あたりから聞こえてきた会話に、メガネを拾っていた犬神と、ハリセンをカードに戻したマリーは首をかしげる。
「この時間此処に来るやつはいるのか?」
「まぁ、おらんことはないやろうけど……さっき施錠される音がきこえとったなぁ。せやったら私らのことに気づかんと図書委員の誰かが施錠してもうたんやろうか?」
「ふん。女子校のやつはずいぶんと無能なんだな?」
「犬神君……。そのセリフはうちの女子全員を敵に回してしまうさかい、外では言わんほうがええで」
さらっと毒を吐く犬神に縦線を落としながらマリーは一応忠告しておく。
「ふむ。まぁ、閉められたところで問題ないか。たいていのドアは蹴り飛ばせば開くしな」
「いきなりうちの校舎の設備壊すような考え方はやめてんか!?」
マリーと犬神はそんなことを言いながら、のんびりと図書室の入り口へと向かっていく。まだ中に人がいるということを伝えようとしているのだ。閉められてからそれほど時間はたっていないから、まだ近くに人がいるだろうと踏んでの行動だ。
そしてマリーと犬神は目撃することになる。ちょっと信じられない光景を、
「何をやっているあの野菜は……」
「あ、あはははははは」
確かに人はいた……。しかし外にではない。中にだ。
犬神とマリーが見たものは、
「み、宮崎さん、だめですよ!! 生徒と先生がこんなことしちゃいけないって、お姉ちゃんが!!」
「は、はい……そうですね。ごめんなさいです……」
そんなことを言いながら無数の本をまわりに侍らせた、ネギと宮崎のどかがキスをしようとしているシーンだった。
「う、うわぁ……じゃ、邪魔してもうたかな?」
気を使ったマリーが顔を真っ赤にしながら遠くの本棚へ移ろうとしている。
「ふむ……」
しかし、犬神は無言でマリーの肩をつかみその行動を止めた。
「ん? なんや犬神君。あ! まさか依頼のために邪魔しようとかいうんちゃうやろな!? せやったら今回ばかりは拒否させてもらうで!!」
「いいや違う。いろいろ危なそうだからお前は寝ていろ」
「へ!?」
瞬間、マリーの鳩尾に容赦ない拳が突き刺さりその意識を刈り取った!!
「ぶふぅ!?」
口からなんかいろいろと噴出させながら気を失うマリーを放置し、犬神は肩を回しながら今にもキスしてしまいそうな二人へと近づくのだった。
…†…†…………†…†…
『あわわわわ!! ど、どうしよう!! 僕が惚れ薬なんか作っちゃうからこんなことに!?』
今朝いつもより早起きし犬神アンダーグラウンドサーチを出たネギは、昨日とは違いやたらと世話を焼いてくれる明日菜に驚きながら、何とか授業をこなしていった。しかし、その授業中に明日菜の頭が平均値より多少めぐりが悪いことに気づいてしまったネギは、思わずそのことを笑ってしまったのだ。
むろん明日菜はブチギレタ。そりゃあもう烈火のごとく怒った。当然朝のような優しい態度はとってもらえなくなってしまい、ネギは凄まじくへこんだのだ。
「こ、このままじゃいけない!! 何とか許してもらわないと!!」
ネギはそう思いながらテンパった頭で何か許してもらえる方法はないかと模索してしまう。そして、今朝明日菜が言っていた『惚れ薬があったら高畑先生に告白できるんだけどなぁ……』という言葉がネギの検索に引っかかってしまった。
明日菜に許してもらうことで頭がいっぱいだったネギは、魔法隠匿の重要性なんてものは彼方へと追いやり惚れ薬を作ってしまい、明日菜に手渡してしまったのだ!!
当然、ネギが本物の魔法使いと知らない明日菜はそんな胡散臭い薬をネギにつき返した。しかし、しつこく食い下がり薬を渡してこうようとするネギに業を煮やした彼女は、だったら自分で証明して見せろと言いその惚れ薬を無理やり飲ませてしまった。
ここからが大変だった。この惚れ薬……相手に飲ませて相手をメロメロにしてしまうものではなく、作った本人が飲んで周囲の異性を魅了してしまうという無差別型の惚れ薬だったのだ!!
そのせいでクラス中から追い回されることになったネギを、たまたま通りかかった本屋ちゃんこと宮崎のどかが助けてくれたのだが……どうやらその宮崎も惚れ薬の影響を受けてしまったようで現在に至ると……。
「あわわわわわ!! だ、誰か助けてぇえええええええええ!?」
ネギがそんな悲鳴を上げた時だった。
「世話を焼かせるな、野菜」
そんな声とともに、何かが凄まじい勢いで宮崎の首に叩き込まれその意識を刈り取る!!
「あ、あれ?」
突如クタッとなって自分に倒れこんでくる宮崎を支えながらネギは声を出した人物を見た。
「い、犬神さん!?」
「何をしている……」
そこには真っ黒な殺気を放ちメガネをきらりと輝かせながら仁王立ちする犬神がいたのだった。
そして、もう一人話をややこしくする人間が、
「ねぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
そんな大声を上げながら、施錠された図書室の巨大な壁をけり破ってきたのは、ベルのついた髪飾りで長い髪をツインテールにした神楽坂明日菜。そのさいパンツが思いっきり見えてしまったが、そんなことよりも金が大事な犬神や、まだ十歳のネギにはいまいちどうでもいいことだったりする。
「あ、あんた!? 本物の惚れ薬をつくったってことは……魔法使いだったの!?」
そんなことよりも、今重要なのは、ネギがオコジョへの階段を一つ上ったということと、立っていた犬神の殺気が5割増し強力になったということだ……。
…†…†…………†…†…
そんな大惨事から数十分後……。場所は犬神アンダーグラウンドサーチの事務所。
「さて……野菜。僕がどうして怒っているかわかるか?」
「え、えっと……魔法がばれたから」
「正解だ、野菜。おまけに惚れ薬だと? 秀才といわれたお前ならそれが禁止されている品だということも知っていたはずだな? どうしてそれを作った?」
「あ、明日菜さんに許してもらえると思って……」
「あ、あの……げ、ゲル? こ、今回は私も悪かったというか……。は、反省もしてもしているみたいだしこのくらいに……」
「あ‶あ‶?」
「ごめんなさい……」
どす黒い殺気を放ち人殺しの視線を向ける犬神に、昨日のように突っかかることもできずに明日菜は黙り込む。ネギはもう泣き出していた。
二人の内心はもう『コエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?』一色である。
「えっと……これはいったいどういう事態なん?」
そして、気絶したままクランレスによって事務所へと運ばれ、数分前ようやく目をさまし、喉の奥からせりあがってくる嘔吐感を抑えながらなんとか起き上がったマリーはその光景のあまりのカオスさに顔をひきつらせた。
「ふむ……この野菜に魔法の隠匿性の重要さの知識がかけていたからな。SEKKYOしていたところだ」
「いやいや、その前に犬神君。君は私に一言いうとくべきちゃうん?」
「……すまない安川……。昨日お前が楽しみにしていたアイスを食べたのは実はクラレンスじゃなくて僕だったんだ!!」
「そんなことは聞いてへんわ、ボケェエエエエエエエエエエエ!!」
気円斬バリの勢いでぶん投げられたハリセンが、見事に犬神の顔にヒットしその眼鏡を吹き飛ばす!
「す、すごいマリーさん!! あの犬神さんにあんなことをするなんて!!」
「ま、マリー今の私にはあなたが救世主に見えるわ!!」
「いや、私が起きる前に何されとってん!?」
「ふむ。ちょっとした拷問だ。気にするな」
「いやいや気にするよ、犬神君!? 警察に聞かれたら一発逮捕やで!?」
そんな風にいつものやり取りをした後、
「神楽坂が自分でその思考に行きついてくれたのはありがたいが、このままでは依頼の完遂は難しそうだな」
「そうやな~。今回はちょっとしゃれにならへん事件になってしもうたし……。ネギ君には私からきつく言っとくわ」
そう。本当に今回の事件はシャレにならなかった。1クラス内で起こったとはいえ今回の事件は魔法使いが起こしてしまった事故としては十分に大きな部類である。それこそ、魔法の存在が一般人に気取られてしまうほどの……。
「さすがにその場にいた全員がいきなり一人の男の子に惚れよったら、怪しむ奴はぎょーさん出てくるやろうし……ホンマやったらバレへんでも自首しなあかんランクやで?」
「あうぅ」
「そ、そんなにヤバかったの今回の件?」
マリーの真剣みをおびたセリフに、ネギはもう泣き崩れてしまい明日菜は顔を青ざめさせた。
「禁止されている薬品まで使ったんだ。大人の魔法使いだったらオコジョの刑でもまだ軽いほうだろう」
「まぁ、ネギ君はまだ10歳ヤシ(英雄の息子やし)、多少の事件は大目に見てもらえるとは思うけど……」
マリーの言葉に、ネギと明日菜はほっと安堵の息をつく。しかし、犬神だけは黒い殺気を垂れ流したまま不穏な言葉を紡いでいく。
「ふむ……このままでは誰であっても庇いきれなくなるだろうな。仕方がない……少し自分が置かれている立場について自覚してもらおう」
「え? 犬神君……なにを?」
そして犬神は黒い笑みを浮かべながら、ネギを指差し一言。
「お前、実はメガロメセンブリア元老院にいいように踊らされているのだぞ?(笑)」
い、一番暴露したらアカン事実を暴露しよったこいつぅううううううううううう!?
その言葉を聞きキョトンとするネギと明日菜を見て、マリーは大きくのけぞるのだった。
…†…†…………†…†…
「え……………な、何を言っているんですか?犬神さん…………」
犬神の爆弾発言を受けて、真っ先に動き出したのはネギだった。気丈ともいえるほどの復活の速さだったが、それは彼が、犬神が言った言葉の意味を理解できなかたから……いや、理解しようとしなかったからだ。
「ここまで答えを言ってやっているのに目を背けるか?
「ネギです……。シリアスな空気の時ぐらい名前呼んでください」
混乱していてもツッコミのキレは変わらないネギだった。
「ならはっきり言ってやろう。お前がこの学園に送られてきたのは、メガロメセンブリアの元老院が《英雄の息子》であるお前にそれ相応の力をつけてもらって有効活用しようとしているのさ」
「ちょ!! 犬神君!?」
マリーが慌てて止めに入るが、犬神は一向に気にした様子も見せず、言葉を紡いでいく。
「第一おかしいと思わなかったのか? いくら優秀とはいえ十歳のガキに中学校の教師が務まるわけがないだろう。ましてやお前はくしゃみで魔力を暴発させてしまうような未熟者だ。普通の魔法生徒だったらあと二年は卒業を見送られるはずだ。魔法使用に対する禁止事項についても疎いし、魔法がどれほどの重要度をもって隠匿されているのかということも知らなさすぎる。そんなガキが、『魔法が優秀だから』という理由で卒業できるわけがないだろう? お前が卒業した裏にはなんならかの力が働いていたと考えるのが妥当だ」
犬神によって次々と指摘される不審な点たち。幼いながらも優秀なネギの頭脳はそれを次々とつなげていき一つの線に造り替えていく。
それによってより明確になってきた大きな意志の介入に、ネギは底知れない恐怖を感じた。
すべて自分自身が目指して、作り上げてきたと思っていた道が、実は誰かの手によって敷かれたレールの上だったとしたら……。自分ではどうすることもできないような大きな意志の存在に、まだ幼いネギの顔は恐怖でひきつっていく。
「お前が受け持っているあの2-Aにも秘密が隠れている。裏や荒事関連では忍者に傭兵、中国拳法の名門の令嬢や関西最高の魔力を持つもの……さらには神鳴流剣士までいるしな。表のほうでもかなりの人員がそろっているな。大財閥の令嬢や中学生でありながら大学の研究室に呼ばれるような超天才。まさに次代の英雄の従者にはピッタリな豪華な顔ぶれではないか?」
さらに師匠役にはあの吸血姫がいるしな。まぁ、これはメガロメセンブリアではなくクライアントの考えだろうが……。
最後の重要な情報だけは伏せて(バラすとおそらくあの金髪幼女と戦わないといけなくなるだろうから、それがかなり面倒くさくて……)、犬神はクラスの秘密をすべて暴露した。
「従者候補!?」
暗に自分が受け持つ生徒は、彼に巻き込まれて魔法のことを知ること前提に集められたと告げられナギの顔色はいよいよ紙のように白くなった。それはつまり、自分が他人の人生を滅茶苦茶にしてしまう可能性があり、自分のいく末を決めたレールを引いた人物がそのことを何とも思っていないということを指す。とてもネギが信じていた正義の魔法使いのやることではなかった。
「ちょっと、なによ、それ!? 聞いてないわよ!!」
さすがにこの言葉は聞き捨てならなかったのか、怒声を上げて犬神に食って掛かる明日菜。犬神はそれに眉をしかめながら、指をふるい近くに控えていたクラレンスに指示をだした。
「うるさい。黙らせろ」
「御意」
クラレンスはそういうと同時に、消失。そして明日菜の後ろに出現した。
「な!!」
「神楽坂様。申し訳ありませんが、今は主が話しておられますのでしばらく黙っていてください」
クラレンスはそういうと、明日菜を羽交い絞めにして再び消失。どこかへ消えてしまった。
「あ、明日菜さん!?」
「こっちを向け野菜。まだ話の途中だ」
慌てて明日菜を探そうとするネギの肩に手をかけ、犬神は眼鏡をきらりと光らせ、ネギの行動を止める。
「お前はまだまだ知らないければならないことがある。逃げるのはすべてを聞いてからにしろ」
そして、本来ネギが歩むべきだった運命はこの時、壊れた。
…†…†…………†…†…
「ネギ!!」
それからしばらくして、事務所へと戻って来た明日菜を待っていたのは、カップを洗うマリーとその背中にぶら下がった姫だった。
「マリー!! ネギは!!」
「ネギ君やったらしばらく前に出て行ったで。明日菜より先に帰ってきたクラレンスさんがこっそりついていったから問題はない……はず」
「くっ!!」
明日菜はその言葉を聞き、唇をかみしめながら事務所を飛び出していった。そんな明日菜を見送った後、マリーは冷蔵庫からゼリーを取ってきた犬神を見て、ため息をつく。
「ホンマにあんなこと言ってよかったん? ネギ君グレたらどないすんのよ?」
マリーの若干怒りをはらんだその言葉に、ゼリーをモッシャモッシャと咀嚼していた犬神は、口の中にあったそれを飲み込み、真剣な表情になった。
「安川」
「なに?」
「僕らが請け負った依頼は《ネギが一人でものを考えられるようにすること》と《クラスの連中には極力魔法ばれを控える》ということだ。このままではあいつは、いつまでたってもメガロメセンブリアの連中に踊らされたままだし、クラスの連中にも多数の魔法ばれを起こす危険性があった。このまま行ってしまえばいつかあいつは致命的な失敗を犯す。そうならないためにも、ここであいつに自分の立場を自覚させる必要があった。あいつの本当の敵はひどく強大で狡猾だ。だったらできるだけ早いうちにそれを自覚させて、奴の中に潜んでいる子供ゆえの甘さを消す必要があったんだ」
「犬神君……」
苦悩するように肘をつき腕を組む犬神に、マリーは少し言い過ぎたかと反省する。そうやんなぁ。いくら犬神君でも、十歳の子供に理由もなしにあんなひどいことするわけないやん。
マリーがそう思い、犬神に頭を下げようとした時だった。
「そうしなければ、僕は依頼を完遂したことにはならず、報酬はいつまでたってももらえなくなってしまう!! そんなことだけは絶対に避けなければならないんだ!!」
「って、やっぱりかぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! そんなことやと思ったわこの外道探偵!!」
事務所の中から軽快なハリセンの音が響き渡ったのは言うまでもないだろう。
…†…†…………†…†…
「ネギ…………」
「来ないでください…………」
明日菜はネギをさがして学園都市中を走り回った。
女子中等部。喫茶店。職員室。学園長室……………etc。
しかし、そのどこにもネギはいなかった。とうとう探す場所がなくなり、途方に暮れていた明日菜を救ったのはたまたま部活動をしていた明日菜のクラスメイト《散歩部》の長瀬楓と鳴滝姉妹だった。
『どうしたでござるか明日菜? そんなに慌てて』
『あ、楓!! ごめん、ちょっとネギを見なかった?』
『ネギ坊主でござるか?』
『ネギ先生だったらさっき世界樹のところにいたよ!!』
『ほんと!?』
『ほんとでござるよ。何か思いつめたような顔をしておったから事情を聴こうとしたのでござるが、僕に近づかないで下さいとかいって木の上に登って行ってしまって……。今からほかの先生を呼びに行くところでござる』
『ありがとう!!』
そんなやり取りをした後、明日菜は一目散に世界樹へと走っていき、その上へとあがった。
そして、そこでようやく、一本の巨大な枝の上にうずくまったまま動こうとしないネギを発見したのだった。
「近づくなって……なんで?」
「僕が……明日菜さんを巻き込んでしまったから……」
「ネギ……。私は、気にしていないわよ」
「それでも!! 僕が巻き込んでしまったのは違いありません!!」
明日菜はネギに近づいて慰めてやろうとした明日菜は、ネギの口から出た大きな叫びに思わず足を止めた。よく見たらネギの足元に水滴が垂れたような跡がある。おそらく、泣いているのだろう。
「僕は……僕はバカでした。父さんを探すことしか考えていなくて、《
ネギがそういいながら、目元をこすり立ち上がる。そして、何かを決意したかのような表情で、明日菜のほうを振り向いた。
「僕……ここを出ます。ウェールズに帰ります」
「ちょ、ネギ!? どうして!!」
明日菜は慌ててネギに駆け寄り、その体を抱きとめた。
「なんであんたがそんなことしなくちゃいけないのよ!! 悪いのは全部、そのメガロ……何とかの人たちじゃない!!」
「でも!! 僕がみんなを巻き込んでしまうから!! 僕が何も知らないせいで、いつかあのクラスの誰かを危険な目にあわせてしまう可能性があるから……。そ、それに……」
そこで、明日菜は気づいてしまった。ネギの体が小刻みに震えているのを。それは、悲しみや怒りなどの震えではなく、純粋な恐怖からの体の震えであることを……。
「僕……怖いんです。もしも、この決断すらも誰かのレールの上だったら……。僕の夢や目標はすべてまやかしで、誰かに植え付けられたものだったら……。そう考えると、もう何も信じることができないんです。メガロメセンブリアも、学園長も、タカミチも、クラスのみんなも、そして……自分自身でさえも!!」
小刻みに震えて泣きじゃくるネギに、明日菜は困った。それはそうだ。彼の悩みはあまりの巨大で複雑すぎた。元関係者の明日菜とはいえ、今は記憶を失った普通の中学生だ。彼の悩みに答えてやれるほど人生経験を積んだわけでもないし、彼の悩みを解決してやれるほど大きな力を持っているわけでもない。
だが、そんな彼女でも。いや、彼女だからこそいえることがあった。
だから彼女は大きく手を振りかぶり
ネギの頭に拳骨をたたき落とす!!
「ばかぁあああああああああああああああああああああ!!」
ゴイン!! という、決して人の頭が出してはいけない音を立てながら、ネギの頭に荒まじい衝撃が走り、ネギの頭がアニメのように横に膨れる。むろん口の中からは何かいろいろと出てしまっていた。
「あ、あすなさん!?」
「なんでそんなことが言えるのよ!! なんでそんなにすぐ諦められるのよ!!」
明日菜はそういって、再びネギを抱きしめる。今度は先ほどとは思いの込め方が違う。強く、強く、だれにも負けないほど強く……ネギを慰め、諌めるために明日菜は強くネギの体を抱きしめた。
「あんたの思いが偽物ですって!? そんなはずないじゃない!! こうして後悔しているあんたも、ゲルのところでショックを受けたあんたも、私たちの歓迎会で笑っていたあんたも、本屋ちゃんを助けようと魔法を使ったあんたも!! 全部本物に決まっているでしょ!!」
「あ、あすなさん……」
ネギはその時気が付いた。明日菜の目に大粒の涙が浮かんでおり、今にも零れ落ちそうになっていることに。
「わ、私にあんたの悩みを解決してやることはできないけど、私があんたの代わりになってあげることはできないけど、でも……手伝ってあげるから。あんたの悩みが解決できるように手伝ってあげるから……いなくなるなんて言わないで。まだ出会ってからちょっとしかたっていないけど、あんたみたいな子供が苦しんでいるのに、巻き込まれるのが怖いから、はいさよならなんて……できるわけないでしょう!!」
「あ、あずなざん!!」
最後にはネギももらい泣きしてしまい、二人な世界樹の上で泣き続けた。そんな二人をやさしく見守るように暖かい夕日は、二人が泣き止むまで、のんびりと待っていてくれた……。
…†…†…………†…†…
この物語には不釣り合いなイベントが終わった後、何かいろいろと吹っ切れたネギと、明日菜は楓たちが呼んできた広域指導員のきつい説教を喰らってから家路についた。危ないことはするなと鬼の新田にこっぴどく叱られてしまったのだ。
「あうぅ……色々と台無しね」
「ふふ。でも、明日菜さんと話せてよかったです。僕もいろいろと考えが変わりました」
「そう……」
ネギの言葉を聞き若干恥ずかしそうに頬を染める明日菜に、ネギは再び笑う。そして、
「クラレンスさん」
「ここに」
明日菜から聞いて、つけてきているはずといわれたクラレンスを呼んでみた。するとこの老人はまるで闇からにじみ出るように姿を現してきて……。もうそれだけでかなりの使い手だということがわかってしまい、ネギは苦笑を浮かべる。
ほんと、自分の周りには異常ともいえる充実した環境があるのに、なんで気づけなかったんだろうと。
そして、それも今日までだと決意を新たにクラレンスに話しかけた。
「僕……強くなります。そして、本当の意味でかしこくなります。誰よりも何よりも強く、賢く、もう二度と誰の手にも躍らせないほどにです!! ですから……力を貸してください。僕を鍛えてください」
ネギの言葉を聞きクランレスはしばらくの間無言だった。そして、
「お見事でございます。ネギ様。明日菜様」
クランレスはそのままネギたちに向かって跪いた!
「え!?」
「ど、どうしたんですか、クラレンスさん!!」
「ゲル様はあなたのその言葉をおまちでした」
「!?」
明日菜とネギその言葉に純粋に驚いた。つまり、犬神はすべてを予想してネギにあのことを教えたことになる。
「ゲル様はあなたに自分の現状を正しく認識してもらうことを望んでおられました。ですが、まさかあの状況から新たな決意をすることは予想してはおられなかったでしょう。いやはや、見事の一言でございます」
「どうして、犬神さんはそんなことを……」
ネギはその言葉を聞いて、不信感をあらわにする。いまさっきまで彼が信じていたものが音を立てて壊れたところだ。そう簡単に他人を信じることはできない。
「さぁ、なぜでございましょうか……あの方の深謀遠慮な理由に行きつくには、私は少し凡才すぎますゆえできませんが……。ただ……」
クランレスはそこで言葉を切り、意味深に微笑んだ。
「私はあなたにかかわることを再三やめるようにゲル様に進言いたしました。あなたは何かと黒いうわさや陰謀が絶えないものですので……ですがそれを突っぱねて、あなたを《
「「!!」」
「きっと、あなたに………何かを見いだされたのでしょう。そしてあなたに協力したいと思われたのでしょう」
クランレスの言葉を聞いて、ネギは泣きながら犬神アンダーグラウンドサーチに走っていった。
そして、
「犬神さん!!」
「なんだ、野菜。早かったな」
ネギは玄関の扉を勢いよく開き、事務所の中に飛び込む。そこには、今はいないクランレスと明日菜と自分の分の夕食が置かれていて……マリーと犬神と姫も自分たちの夕食には手を付けず、待っていてくれた。
それにネギは再び泣きそうになる。自分の帰りを待っていてくれる家族のような存在に、泣きそうになる。
でも今は泣くところじゃない。そんなことを犬神さんは望んでいないはずだ。そう思ったネギは目にぐっと力を込めて、頭を下げた。
「いろいろ話してくれてありがとうございます!! おかげで目が覚めました!! そのうえでこんなことを頼むのは図々しいかもしれませんが……僕を、強くしてください!!」
ゲルはしばらく無言でその姿を見ていたが、
「フッ……」
やがて少しだけ笑みを浮かべ、食卓から立ち上がった彼はその頭をポンポンと叩いた。
「いいだろう。僕がお前を強くしてやる」
「はい!!」
ネギは最後に顔を上げ、目元に涙をにじませながら笑ったのだった。
そして、それを見ていたマリーは……。
『フハハハハハハハハハハハハハハ!! ただ働き人員ゲット』
という犬神の本音が聞こえていたのだが、
「いや、まぁ……。水さすんもあれやし……。ネギ君もやる気になっているみたいやし……。今回は見送ろ」
そういって、ハリセンを送還した後、明日菜を抱えて戻ってくるであろうクランレスを迎えに出るため、玄関へと足を向けるのだった。
後日談らしきなにか。
「あまり話を作るなよクランレス」
「はっ。申し訳ございません。魔がさすとはまさにこのこと……」
「って、あれ嘘だったんですか!!」
「ねぎく~ん。あんまクランレスさん信用せんほうがええで。隙見せたらからかわれるさかいに」
「どんな老執事!?」
帰ってきたネギたちを交えた夕食でそんな会話が交わされたかどうかは、ご想像にお任せします。