D.Gray-man 《エクソシストで陰陽師》 作:四宮 (陽光)
黒の教団―――AKUMAに対抗するためにヴァチカンによって作られ、世界中のほとんどのエクソシストが所属している機関。
その機関の総本部、通称『ホーム』は英国のとある断崖絶壁にそびえ立つ巨大な塔だ。
そして今、俺はそのホームの前に立っているわけだが。
「……やっぱり。何回見ても悪の総本部にしか見えないよな」
思わず漏れてしまう本音と溜息一つ。
パリで師匠と『聞くも涙、語るも涙』な感動的別れを乗り越えて十日ほど。急がず焦らずに二年振りのホームに帰ってきた感想としてはあんまりかもしれないが、事実なので仕方ない。漆黒の夜空を突き刺す石造りの塔にはラスボス感がにじみ出ている。
とはいえ、いつまでも突っ立っている訳にはいかない。ゆっくりとはいえ遠路遥々ホームに帰ってきたのだから早く自室に戻って休みたいのだけど―――
「……やっぱり。晴也っ!」
―――入口から何処かのまき毛さん曰く世界一の美髪を振りながら出てきた美少女を見て今日は寝れそうにないことを悟った。
「それで、兄さんったらまた――」
「あーそう」
「それに新入りにアレン君って子が――」
「はいはい……ッ!?」
「……殴るよ?」
「……リナリー様。せめて殴る前に言って下さい」
現在、室長室前。隣で涼しげな顔をしている美少女―――リナリー・リーの拳が鳩尾にクリティカルヒットしてめっちゃ痛い。
結局、愛しの自室、もっと言うなら暖かい布団にはたどり着けずこうしてリナリーに引きずられて連れてこられた室長室。扉の下の隙間からは書類と思わしき紙の束が顔を覗かせている。どうやら部屋の主は相変わらずらしい。
「兄さん入るよー?」
「じゃあ俺は帰るよー?」
「入りな、さいッ!」
「グエッ!?」
襟を掴まれ敢え無く引き摺り込まれる。昔はもっと清楚な感じじゃなかったっけ、リナリー? ていうか、返事聞かずに入ったけどいいのか? まぁ、いいのか。部屋の主が主だし。
部屋の中は予想通り書類で溢れかえっていた。床に、壁に、見渡す限り紙だ。百人は余裕で寝れるくらい広い部屋を埋め尽くしている。
その書類が一際多く、もはや山となっている中央の机に室長―――コムイ・リーは居た。もう少し詳しく言うなら書類に埋まってた。
リナリーは部屋の様子を見て溜息を一つ吐くと部屋の掃除を始める。室長助手は大変だな。
「あぁ~おかえり、晴也くん」
「相変わらずですね、コムイさん」
もはや書類と一体化していることは気にしていないらしい。埋もれたまま笑顔で話しかけてくるコムイさんに軽く呆れるが、それよりも聞きたいことがある。
「てか、どうして予定より早く俺を呼び戻したんですか? 俺としてはもっと師匠と師弟愛を育みたかったんですけど」
本来ならば師匠と同行して遂行する任務はまだ終わってはいないし、予定では後一年はココに帰ってくる予定もなかった。それ相応の理由があるのだろう。
コムイさんは浮かべていた笑顔を消し真顔になる。その顔が疲れているように見えるのは俺の気のせいではないのだろう。
「近頃、千年伯爵の動きが全く掴めなくなったんだ」
「……なるほど」
千年伯爵。悲劇の兵器AKUMAの製造者であり、暗黒の三日間の再来を画策する者。黒の教団と『神の物質』イノセンスを巡る戦争をしているソイツはあちこちで悲劇を誘発しAKUMAを作り続けている。それが最近、動きを見せていないとなれば……近々厄介なことが起きるかもしれない、ということだろう。
「ホントは君たちエクソシスト達に負荷をかけたくはないんだけど……」
「まぁ中央の連中やヴァチカンやらの圧力ですか」
「……君の物分りの良さは嬉しいけど、あまり面と向かって言って欲しくはないね」
「そりゃすいません」
ジト目で見られてもこれが俺の性格なんだから仕方ない。
「まぁ、せいぜい頑張りますよ」
「うん。申し訳ないね」
「コムイさんが悪いわけじゃないですから謝らなくたっていいですよ」
エクソシストに負担がかかる理由。それは至って単純でその絶対数が少ないからだ。
イノセンスと適合しその力を行使しAKUMAを破壊する。
エクソシストの仕事を最も簡略化すればこれだけ(勿論、他にもある)であるが、まずその第一段階以前の問題―――イノセンスの数である。キューブと呼ばれるイノセンスによって分かっていること、それはイノセンスはこの世に存在するイノセンスの数が109個であるということだ。基本一人につき一つのイノセンスしか適合できないという条件に加え、伯爵によって少なくないイノセンスが破壊されている現在、この世に存在するエクソシストは自分を含めても二十人ほどだろう。エクソシストを増やそうにもイノセンスの適合者というのは滅多に見つからない。しかし、AKUMAは増え続ける。エクソシスト一人一人にかかる負担は当然の如く重くなるわけだ。
で、コムイさんはなんとかその負荷を減らそうと奮闘してくれているわけなんだけど、それが先言った上――ヴァチカンや中央庁に押されて無理なんだよ。あの人たちは俺たちエクソシストを道具としか捉えてないからな。まったく、いつの時代も上の人間は下の人間のことを考えないヤツが多い。コムイさんなんかはその点でいえば部下思いの珍しい上司であると言えるだろう。シスコンやらサボり癖などを除けば、だが。
「ま、そーいうことで」
「何がそういうことかは分からないけど、君はこれから任務だよ」
「……え?」
ひどく間の抜けた声が出て、振り返ろうとした体が急停止。今から任務?
俺の布団は? 安息地は? 理想郷は?
「何のために私がココにいると思ってるの?」
「……ブラコンだから?」
「……」
「すいません、無言で蹴りの体勢を作るのやめてください。マジすいませんした」
ジーザス。後ろにリナリー、前にはコムイさん。まさしく前門の虎後門の狼。見事な挟み撃ち、何この兄妹。いや、前よか後ろのほうが全然怖いけど。
「晴也君にはリナリーと一緒に任務に行ってもらうつもりだけど――まさか、リナリーを一人で行かせたりしないよね?ねぇ?」
「滅相もございません」
訂正。前も後ろも怖いです。てか、もう任務ですか。飯も食わずに行けと。いくらなんでも人使い荒すぎだろ。さっきのコムイさんの言葉はこの為だったのか。いずれにしろ言質を取られた俺に抗う術は無い。
「……で、任務先は?」
「そう遠くないから、その世界に絶望したような顔止めて。コッツウォルズ、国内だよ」
「田舎だなー。美味しい飯が食べたいなー」
「はいはい。任務の前に食堂行ってもいいから。じゃあ、任せたよ。任務内容はリナリーが資料を持ってるから」
「りょーかい」
なんとか飯の権利だけは勝ち取ることが出来た。暖かい布団は遠くなったが楽しみは我慢するほど報われるはず。そう自分に言い聞かせれば任務もこなせる、はず。
ともあれ、まずは飯だ。
「じゃあ食堂行くか」
「なるべく早くしてね」
「善処します、と」
そんなことを言いながらリナリーと共に部屋を出る。
待ってろ、親子丼。
「いってらっしゃい、二人共」
「「行ってきます」」
二年振りの『いってらっしゃい』に頬が緩んだのはここだけの秘密だ。