「な…なんなんだ…?暁…」
暁に投げかけられる、困惑や恐怖の声。
暁は、あれから人里へ戻ってきていた。
「けい…ね…さん…」
暁は慧音の姿を視界に捉えると、人間として生きてきた中での経験などを思い出し、あふれる涙を止めることは出来なかった。大きな幸せは無かったが、その代わりに大きな絶望もない。平穏な暮らしだった…それが暁にとって大事だったのに、なんだというのか、このザマは。
慧音は困惑していた。数時間前には、いつも通りに会話をして普通に分かれただけだった。突然過ぎた変化に、驚愕と恐怖は抑えきれない。
人里の人間たちは、皆暁に恐怖して、暁を受け入れることは出来なかった。当たり前だ、ある日突然妖怪として帰ってこられたら誰だって恐怖する。受け入れることは出来ない。
「僕は…どうしたら…」
暁は妖怪として生きていく術を持たない。だからといって人間として普段通りに生きていくことも不可能だ。
豹変してしまったその姿。受け入れられるには、妖怪でも気の遠くなるほどの時間がかかるだろう。暁が今の状態からそれを耐え切ろうとすれば、たちまち精神が壊れてしまうだろう。
「暁…私は…」
慧音は何かを言いかけて、途中でやめる。
今の暁に対して何を言ったとしても、それは心の支えになどならない。暁の行動の邪魔になるだけかもしれない。
慧音には、何をすべきかわからない……。
その様子を見て、暁が何かを決意したような眼で顔を上げた。
「僕は、妖怪として生きていく。今まで世話になった貴方達に迷惑は掛けられない」
「暁……」
そう言って、暁はくるりと振り向くと、人里から出て行った。
▼▼▼▼▼▼
数日後。ああは言っても、暁には何をしていいかわからなかった。
そもそも、一口に妖怪と言っても妖怪には多種多様な種族がある。その中で、暁はどういった妖怪なのか…
(どうすえばいいんだ?)
等と、妖怪の体の一部が流れ込んでいった右腕を見ながら、考える事柄も決めないまま考える。
すると、あの少女の形をとった妖怪の声がした。
(ふふん、それまで弱かった人間は力を手に入れるとすぐ溺れるって聞くけど、里の人間どもは喰わなかったのね?面白い男)
(……力、だって?そんな物感じない)
(ウソでしょ?…いや、気付いてないだけか。それなら気付かせてあげるよ)
妖怪として生きると決めたからか、馴れ馴れしく話しかけるその妖怪の事は何故か気にならなかった。
と、暁の右腕からあの赤黒いモノが出てくる。
(――ああ)
自分は本当に妖怪になってしまったのだと、それと同時に流れ出てくる自らの妖力を認識して、そう思った。
(まぁとにかく、これでアカツキも妖怪の仲間入りだよ!私の名前はヴィーテっていうの。よろしく!)
(…ああ、よろしく)
(それにしても……アカツキ、どこかで妖力使った?)
(なぜ?使った覚えはないけど)
(おかしい…妖力が少なすぎるんじゃないの?)
その妖怪――ヴィーテの言うとおりだった。アカツキの妖力の量は、不自然なくらい少なかった。ヴィーテの力を受け取った後天的な半妖だったとしても、その妖力はいくらなんでも少なすぎた。と言っても、妖怪として生まれたわけではない暁にはわからなかったが。
(私はそこらの妖怪とは一線を画する大妖怪なのよ?自分で言うのもなんだけど。その私から妖力を受け取ったっていうのにねえ…一応は体にしっかり絡みついて貴方の物になっているようだけど)
(ふむ…)
とにかくこの赤黒い妖力は全て暁の物として染み付いているようだ。その証拠に、触手のような赤黒いモノも、にじみ出てくる妖力も全て自分の意思で体に収めることが出来た。
(そう、妖力っていうのは修行次第である程度は増えるんだけど、やっぱりそこまで都合のいいものではなくて、個体ごとに限界値の差が出てくるものなの)
(…)
(私からはもう一時的に渡すことしかできないから…ま、頑張ってね?じゃ)
微妙なところで話を終わらせて、ヴィーテの声は暁の頭からすっかり消えた。
「はぁ…」
妖怪とはこう自分勝手な奴しか居ないのか?と固定観念になってしまいそうだった。
人間は人里に居る限り人里の守護者に守られるが、妖怪になってしまった暁はそうはいかない。これからは自分の力で戦っていかねばならないのだ。暁は、少しだけ不安になった。
「あなたが暁?」
背後から、若い女性の声が聞こえた。暁が振り返ると、そこには赤い巫女服(巫女服なのか判断がつかない)のような服を着た女の子が立っていた。その少女のいでたちは、脇が大きく露出されているのが特徴の赤い巫女服に、綺麗な黒髪に大きなリボンをつけていた。幼さが残るが、凛とした顔立ちだ。
暁は、その少女を知っていた。幻想郷の端に位置し、代々そこの巫女は結界の管理を担当するという『博麗神社』。彼女は今代の巫女だった。
(たしか名を…)
「私は『博麗 霊華』。博麗の巫女…人里からの依頼で、貴方と話しに来た」
「…ん?」
「話して、まともな精神状態でなければ殺せ、って言われてるのよ。見たところまともそうだけど」
「まともそう…そうかな?」
暁は、あの時見た自分の顔を思い出してみた。どう考えてもまともではないだろう、特に目つきとか…
「貴方の紅い眼だって、妖力でも調節してみれば元に戻るんじゃないの?」
「妖力の調節?そういえば…」
暁は自分の眼からも妖力を感じていた。それを操れば、人間の頃のような眼に戻るのか?
ぐぐぐ…と妖力が体の中心に動いていく不気味な感覚を感じつつ、暁は霊華に目を向けた。
「こうか?」
「ええ…その方が似合ってるわよ?」
霊華は微笑んでそう言う。人間の眼に戻ったのか…と、少しだけ喜びつつ、暁はあることを疑問に思った。
「僕が言うのもなんだけど、僕のことが怖くはないの?」
絞り出すようなふうに暁が言うと、今度は逆に霊華が不思議そうな顔をした。そして少しだけ考えてから、口を開いた。
「元は人間なんでしょ?それに、私が苦戦する程の力も感じないから…あまり怖くはない、かな」
と言った。どうやら彼女は見かけなどでは判断せず、本当の意味で全てを平等に見ているのかもしれない。と、出会って間もないが、暁はそう思った。暁が生きてきて出会った人間の中で最も興味を惹かれる人間性であった。
「そうか…」
暁は目を閉じた。それと殆ど同時に、霊華が立ち上がった。どうやら、暁がまともだと判断してくれたようだ。暁は片目を開けて、ちらり、と霊華の方に目をやった。
「それじゃあ私は帰るわ…じゃあ、またね」
ひらひらと手を振った彼女は、数歩歩いて少しの勢いをつけてから飛び立った。暁は少しだけ寂しく思ったが、妖怪として生きると決めたのだと、思い直して背を向けた。そして、空を飛ぶ霊華の姿が暁の視界の端に映った。
(…そう言えば、飛ぶ方法っていうのは)
思わぬところで、暫くの間の方針が暁の中で決まったようだった。