IS ~Identity Seeker~   作:雲色の銀

1 / 27
プロローグ 俺は誰か

 俺は誰だ?

 

 

 ごく普通の家庭に生まれ、両親にも愛されながら育っていった。特に目立ったところはないが、不自由のない極めて普通の生活。

 だからこそ、俺は自分が何なのか考えずに生きてきた。学校でも家でも、言われたことをして過ごしてきただけ。自分で考えて動こうともしなかった。進学先も進められた学校へ行き、部活動も最初に勧誘に来たものに入っただけ。

 自分の歩むレールは、いつも誰かが敷いてくれていた。傍から見れば、つまらない人生だっただろう。それでも、俺は今まで不思議に思わなかった。

 

「おっと、今日は月曜だった」

 

 高校からの帰り道、今日は俺がいつも読んでる週刊誌の発売日なのを思い出して、コンビニに入る。

 店員の気の抜けたような声を無視して、俺は漫画を手に取って立ち読みした。周囲には同じく立ち読みしてる学生もいる。注意されることはないだろう。

 

「うわ──」

 

 その時だった。誰かの怯える声が聞こえたかと思いきや、目の前から何かが突っ込んで来た。ガラスを破り、本棚越しに俺を跳ね飛ばす。商品棚に叩き付けられた俺は、そのまま何かに押しつぶされた。

 店に突っ込んできたのは、軽自動車だった。運転していたのは老人で、ギアを間違えてバックにしたままアクセルを踏んでしまったらしい。

 周りで立ち読みしていた学生達は直前に気付いて、逃げたから軽傷で済んだようだ。だが俺は違った。漫画に気を取られたため、最期まで車に気付かないままだった。

 

 

 つまらない人生を歩んできた俺は、こんなつまらないことで生涯の幕を閉じたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「と、まぁこれがお前の生前だったわけだが」

 

 気付くと、俺は()()にいた。周囲は雲の中みたいな白い靄が包んでいて、他には何もない。目の前の黒いローブを着た男を除いては。

 男は手からスクリーンを出し、俺に自分が死ぬ時の映像を見せて来た。正直、いい気は全くしない。

 というより、自分が死んだという自覚すら持てなかった。確かに、はっきりとした意識もなく、自分の全身は白いクレヨンで塗りつぶされたように掻き消されていて見えなかったが。

 

「いやー、つまらん死に方だったな。トラックに轢かれた方がまだ豪快に死ねたぞ。それにしても、あの爺さんももれなく人殺しって訳だ。ほら、逮捕されたぞ。よかったな」

 

 黒ローブの男はケラケラと笑いながら俺に話しかけてきた。

 つまらない死に方だったのは俺もそう思う。けど、一々指摘されるのも腹が立つ。

 

「ここは死後の世界か? 地獄か? 天国か?」

「死後の世界ってのは当たり。だが、天国でも地獄でもない」

 

 死んだはずの自分がいるんだから、死後の世界なのは確実だ。

 だが、一般的なイメージとはかけ離れていた。閻魔大王みたいなのがいて、天国と地獄のどっちに行くとか決められるのかと。

 

「じゃあお前は誰だ?」

「俺は──お前等の言葉で分かりやすく言うと、神様ってヤツだな」

 

 死後の世界にいる、目の前の男は神様を名乗った。

 こんなふざけた奴が神様? 全然信じられない。神様のイメージと言えば、大体白い衣装のおじいさんだろうに。

 全身黒ずくめの見た目も合わさり、どちらかと言えば死神の方がお似合いだ。

 

「俺がここにいる理由は? 死んだなら、天国か地獄にでもいるだろ?」

「普通は、な。俺がお前の魂だけをここに呼んだ」

「何でだ」

「そりゃ、神が普通じゃないことをする時の理由と言えば、気まぐれしかないだろ? お前があそこで死んだのも、単に別の奴が死ぬところをお前にすり替えたのさ。別にいいだろ? たった約70億分の1なんだし、好きに弄ってもさ」

 

 神様はそう言って、またケラケラ笑って見せた。何が気まぐれだ。そんなことの為に殺されたのなら、いよいよ持って俺は何の為に生きて来たのか分からなくなる。

 俺が死んだ真の元凶である、ふざけた神様を睨もうとする。しかし、今の俺に目はないので出来なかった。

 

「ふざけるな」

「ふざけるな、ねぇ。じゃあさ、さっきの質問をそのまま返すぞ」

 

 今更だが、口すらない俺はどうやって喋っているのかも分からない。けど、せめて言葉で不快感を表す。

 神は俺の前に立つと、不気味なまでに顔いっぱいの笑顔を見せながら俺を指差して言い放った。

 

 

「お前は誰だ?」

 

 

 神の質問に、俺は何も返せなかった。

 死んでから自分の記憶が曖昧になっているのもあるが、それ以上に自分が生前何者であったか分からなかった。

 俺は──他人のレールを歩んでいた誰か。何も思わず、何も成せなかったただの人間。既に、自分の名前すら思い出せなくなっている。

 あの世界で俺は、一体誰だったんだ。

 

「答えられない、か」

 

 神は俺から離れると、雲の上に座り込んだ。

 一体いつまで、俺は神の気まぐれとやらに付き合わされなきゃいけないんだ。

 

「なら、チャンスをやる。今のままじゃ無理だった、お前が何者かになれるチャンスをな」

「何……?」

 

 けど、神の言う何者かになれるチャンスという言葉に、俺は反応してしまった。

 そりゃ、前世に不満があったわけじゃない。

 なのに、生前の自分が"ボケ老人に殺された不幸な少年"のまま処理されてしまうと思うと、やるせなく感じてしまうのも確かだった。

 

「ありのまま起こったことをそのまま受け入れるのか? 自分で決めて行動しようとは思わないか? テンプレートに用意されたような人生で、本当によかったか?」

 

 神は畳み掛けるように訴えて来る。

 そうだ。俺だって、あんなところで死にたくはなかった。たった十数年だけでなく、もっと生きたかった。

 そして、自分が一体誰なのか。アイデンティティを持ちたくなった。

 

「これはその一歩だ。このまま死んでいくか、もう一度自分で決めた人生を謳歌するか。選ばせてやる」

 

 そう、これは自分が誰かになる為の第一歩だ。誰かが敷いたレールじゃない。自分の選んだ道を歩き出す為のスタートライン。そのチャンスを、目の前の神はくれると言っている。

 生きたいか死にたいかなんて、答えは一つに決まってる。

 

「俺は──生きたい」

 

 選択を決めると、神は顔いっぱいに笑った。まるで俺が生きる方を選ぶことを待っていたかのように。

 

「じゃあ、頑張りな。もう会うことはないだろうが、お前の行く道は見ててやる」

 

 神はそう言うと右手を高く上げて、パチンと指を鳴らした。すると、俺の真下に穴が開き、急に吸い込まれてしまった。手も足もない俺は足掻く間すら与えられず、深い深い闇の中へと落ちて行った。

 

「うわあぁぁぁぁ──!」

「精々、いい暇潰しになってくれ。神様ってのも退屈なんだ」

 

 神の最後の言葉も聞こえないまま、俺の意識は消えていく。

 

 そして、俺の第二の人生が始まって行った──。

 

 

◇◆◇

 

 

「──はっ!?」

 

 バスに揺られ、うたた寝をしていた俺は急に目を覚ます。妙な浮遊感を感じたが、尻は座席に付いていたので気のせいだと分かる。

 ……そうだ、思い出したのだ。自分がかつて神の気まぐれで死に、転生させられたことを。

 当然ながら、生まれ変われば赤ん坊から人生が始まる。なので、転生のことについては覚えていなかった。それが15年経った今、突然思い出したのだ。

 どうして今になって思い出したのかは分からない。

 

「うっぷ……」

 

 頭の中では前世の記憶と、生まれ変わってから今までの記憶がこんがらがってきた。吐きそうなぐらい気持ち悪い。

 

〔次はー、○○ー〕

 

 アナウンスで次が降りるバス停じゃないことを確認して、俺は今の自分のことについて整理する為に素性を一つ一つ思い出していった。

 

 名前は……蒼騎(あおき)凌斗(りょうと)。年齢は15歳。性別は男。髪の色は濃い紺で、右側の前髪が横に長く垂れている。彼女歴はなし。好物はリンゴ。

 そうだ。俺は学校へ向かう途中だったのだ。……高校ではなく、中学校だ。

 

 第二の人生でも、俺は両親から愛されて育てられた。ただし、進むべき道は自分で決めていたはずだ。そう……決めなければいけなかった。

 

「今、各国から注目を浴びているイギリスの第三世代IS、ティアーズのーー」

 

 隣のサラリーマンが携帯で見ているニュースの音が漏れる。

 以前とは違い、今の世界では"インフィニット・ストラトス"──通称"IS"というマルチフォーム・スーツが存在していた。

 これは宇宙空間での活動を想定して作られたらしいが、各国からは兵器としての運用を注目されてしまい、思惑が絡み合った今ではスポーツの名目で使われている。()()()()、だが。

 

 そんなパワードスーツだが、女性にしか使えないことと世界にたった467機しか存在出来ないという、致命的な欠点が存在していた。特に、女性にしか扱えないことはISを扱える女性が偉いという風潮に繋がり、女尊男卑の社会が出来上がってしまったくらいだ。それほどISが世界に与えた影響が強いということだが……短絡的だとは思う。

 

「聞いた? 男がIS動かしたって話」

「聞いた聞いた。ちょっとイケメンなんだってー」

 

 前の席では女子中学生が噂をしている。そう、先程の常識を覆すかのように、女性しか扱えないはずのISを男が動かしたのだ。前代未聞の話に世界では大騒ぎであった。日本政府はすぐに要人保護プログラムを発動させてその該当者の保護に当たったらしいが……。

 とにかく、世界の常識がまたもや崩れ去ろうとしている。この下らない女尊男卑の世界が終わるのなら、俺はそれでいい。

 

「……つまらん世界に生まれたものだ」

 

 男性が住みにくい社会ということを除いても、俺には個人的にISに対して嫌な記憶があった。

 

 俺の祖父母は海外でリンゴの果樹園を持っていた。所有地は広く、旬を迎えるとよくリンゴが送られてきた。俺はそのリンゴが大好きだった。よく遊びに行き、祖父を手伝ったこともある。

 けど、それも長くは続かなかった。ISが世に出てから、研究所が世界中に作られ始めた。国を挙げての研究の為、その敷地として祖父母は果樹園を手放さなくてはならなかった。

 当然、最初は反対したが、最後には国からの圧力に負けた。果樹園を失い、やりがいをなくした祖父は次第に弱っていき、去年亡くなった。祖母は唯一残された家でひっそりと暮らしている。

 

「これだけは鮮明に思い出せる……」

 

 鞄の中に弁当代わりとして入れていたリンゴを見つめ、俺は自分に言い聞かせるように呟く。

 奴等が最後に果樹園を手放すよう交渉に来た時。祖父が権力に屈するのを見越して、サインをすると同時に果樹園の撤去作業を始めたのだ。

 その場には俺もいた。大切に育ててきた木々を薙ぎ倒され、未収穫の果実が地面に落ちる。

 ふと、祖父が肩に手を置く。安心させるように優しく声を掛けてくれるが、その表情からは明らかに生気が抜けていた。大事なものを奪われた、渡すしかなかった。そんな悲しみから、俺は祖父を救うことが出来なかった。

 

「だからこそ、俺は力を手に入れる。そのための進路だ」

 

 俺はもう二度と権力に屈しない、あんな悲しい顔を誰かにさせるような奴等に負けない力が欲しかった。そのために、今から勉強して国を動かせる程の力を手に入れるのだと誓った。

 男性が女性に屈したのも、ISという力の所為だ。ISが登場してから、過度な女尊男卑論者が多く現れて男が住みにくい社会が形成された。

 この世界では所詮、力が全て。なら、俺はそれすら凌駕する力を手にするまでだ。

 その力が、この世界で自分という存在をも証明する手段になると信じて。

 

〔次はー、××ー〕

 

 おっと、降りる所だな。

 初めてじゃないはずなのに、俺はゆっくりと自分のことを思い出しながら日常を送ることにした。

 今日、この日から"蒼騎凌斗"の運命が大きく動き出すとも知らずに。

 

 

 

「えー、突然ですが、本日は男子生徒のIS適性診断を行います」

 

 全校集会で、それは告げられた。

 副校長が告げたことに、どよめく生徒達。自分もISを動かせるんじゃないかと自惚れる男子生徒。片や、男性まで動かせるようになって、自分たちの領域を侵されることのではと不安になる女子生徒。思惑は様々だった。

 なぜこんなことになったか。簡単な話だ。先日、ISを動かせる男子というイレギュラーが出てしまったのだ。そんな貴重な存在が他にもいるんじゃないかと思うのは当然だろう。

 

「ですので、1年から順に検査していきます。呼ばれるまでは通常授業を受けるように」

 

 でもまぁ、女子にとっては面白くない話だろう。自分達は全く関係なくいつも通りの授業なのだから。

 全校集会が終わり、俺達のクラスが呼ばれるまでに現れたIS操縦者は一人もいなかった。

 結局、イレギュラーはただ一人。俺達にも何の関係もない話だ。

 

「次、どうぞ」

「はい」

 

 不正防止のカーテンで仕切られた中に入る。こうしてみると、健康診断のようだ。

 中には静かに書類を見つめる研究員達と、黒いIS"打鉄(うちがね)"が俺を待ちかまえていた。

 

「近くで見るのは初めてだ……」

 

 世界を変えた元凶たる兵器を、俺は睨んだ。

 どうせ触れても動くことは出来ないのだから、こんなことをしても意味がない。

 

「ゆっくりと触ってみて」

 

 研究員の指示通り、俺はISに手を触れた。

 

 

「な……っ!?」

 

 

 その瞬間、甲高い金属音が鳴ったと共に、俺の頭の中に様々な情報がまるで濁流のように流れ込んできた。

 ISの基本設定や操縦方法、バッテリーや装備の扱い方まで、このISにとって必要な情報は全て、ものの数十秒で脳内に叩き込まれたのだ。

 

「がっ!? くぅぅ……あああああああっ!」

 

 熱い。まるで脳味噌をオーブントースターで焼かれたようだ。

 つい先程、前世の記憶を思い出したところに大量の情報を流されたせいで、俺は喉の奥から今までの自分ごと吐き出しそうになった。

 

 

◇◆◇

 

 

「思い出したか」

 

 靄が掛かった空間で黒ずくめの神が笑う。

 その眼に映されているのは、蒼騎凌斗が転生した世界だ。

 

「が、この女だけが動かす機械。コイツも動かせるようになっていたとはな」

 

 凌斗がISを起動させたことについて、神自身も静かに驚いていた。

 この出来事は、実は凌斗の魂が世界線を越えたことにより発生した小さなバグのようなものだった。あまりにも小さすぎて、神ですら今まで見落としていたほどである。

 

「それ以上に、あの男。短時間で脳に負荷を掛け過ぎてるな。精神に異常でも起きないといいがな」

 

 台詞とは裏腹に、こんなイレギュラーな状況すら見物して楽しむ。それこそが神の唯一の娯楽でもあった。

 

 

◇◆◇

 

 

「──そうか。そうだったのか」

 

 情報の濁流が止み、俺は気付かぬ内に膝を地面についていた。

 俺の異変に周囲がざわつく中、俺は渦を巻いていた脳内からある結論を導き出した。

 俺もイレギュラーだったのだ。この世界で自分を見出すための力を、全ての権力をやがて超え従える力を、俺は今まさに手に入れたのだ。

 あの時。神が俺を転生させると決めた時からこうなることは決まっていたのかもしれない。

 

「くっくくくく……おえええええっ! っははははははははははは! あーっはははははははははは! 力! 俺はもう手に入れたんだ! 世界を再びひっくり返すための力を!」

 

 勉強なんてして、ゆっくりと権力を追いかける必要もなくなった。そんな悠長なことをしなくとも、この力で全てを屈服させればいい! 

 嬉しくて嬉しくて、俺は吐きながらにも関わらず、高笑いした。

 俺の急な豹変に周囲が「気でも触れたか」だの心配する。だが俺は無視して、大いに喜んだ。

 今までの憐れな弱者(じぶん)は死に、世界を変えるほどの力が、自己(アイデンティティ)を探求するための力が手に入ったのだから。

 

 

 俺は誰か。俺の名は蒼騎凌斗。

 世界で二人目の、男性でISに適合した者。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。