更識簪と会った次の日。
生徒玄関前廊下に、クラス
全く、運命というものの巡り合わせはすごいな。
「はぁ……」
しかし、当の一夏は何やら浮かない様子だった。おまけに、頬にうっすらと引っ叩かれた跡が残っている。
箒も──こちらは普段通りだが──不機嫌そうだったので、恐らくは箒にやられたか。
「セシリア。昨日なにかあったか?」
「いいえ。訓練中は特に変わった様子は……そういえば、何故か訓練後に二組の代表が一夏さん達と一緒にいましたわ」
それだ。
箒なら、一夏が怒らせた時には竹刀か木刀を持ち出す。つまり、ビンタなんて滅多にしない。
あの叩き跡を付けたのが凰鈴音だとすれば……ドロドロした試合になりそうだ。
「で、何を言って怒らせたんだ?」
「それが分かれば、苦労しねぇよ……」
一夏自身、何故相手を怒らせたのか分からないらしい。まぁ、この鈍感男にそれが分かれば複雑な話にはなっていまい。
箒の方を見れば、腕を組んでそっぽを向いている。お前、同室なんだから少しは味方してやれよ。
「落ち込む暇があったら、アイツに負けないよう鍛えるんだな」
「凌斗さんの言う通りですわ。このまま負ければ、貴方は情けないままでしてよ?」
援護射撃のはずのセシリアが一番酷いことを言っていた。確かに、女に成すがままの一夏は情けないが……。
ふと教室の外を見れば、話の渦中にいる中国人、凰鈴音の姿が見えた。SHRにはまだ時間がある。
「そこの代表候補生。止まれ」
「あ? 何よ?」
初めて話しかけたソイツは、見るからに「私、メチャクチャ怒ってます」といった態度を取った。
これはセクハラ程度の内容じゃないな。本当に何したんだよ、一夏の奴は。
「ウチのマヌケな代表と、昨日なんかあったか?」
「なんでそれをアンタに話さなきゃいけないのよ」
「逆に聞くが、あの朴念仁に聞いて納得のいく話が聞けると思うか?」
「……無理ね」
自分で怒らせた理由の分からん奴に聞いても仕方ない。一夏が朴念仁だという点で、俺は凰鈴音と意見が一致した。
「けど、私からも無理。一夏の奴がどうしても謝りたいとか、どうしても反省してるとかいうんだったら教えてあげてもいいけど」
「じゃあ別にいい」
教えない、という奴から無理に教えてもらうほど重要な話でもないしな。
「な、なんなのアンタは!? 戻ってきなさいよ! 男ってのはドイツもコイツも馬鹿ばっかりなんだから!」
俺がスタスタと引き下がると、凰鈴音は怒り心頭といった風に俺と一夏に暴言を吐き散らした。
とにかく、これは一夏の責任だ。手前の修羅場の収集は手前でやれ、と。
◇◆◇
放課後になり、一夏達の訓練風景を少しだけ眺めた後、俺は俺の装備を見直す作業に入った。
やはり、予備動作抜きの射撃装備が欲しい。肩か足に装備出来る、軽い奴が。
「ミサイルポッド、電磁砲、バルカン……これだけでも種類豊富だな」
頭を使う時でも、やはりリンゴは手放せない。
真っ赤なリンゴを一かじりすると、ふと更識簪のいる区画が視界に入った。
アイツは今日も一人、黙々と作業をしているのだろうか。
「……よう」
試しに見に行くと、やはり更識簪が一人。それ以外の人間はいない。
俺のところにも整備班と呼べる人間はいないが、本格的な整備もしていないし、装備の整理と追加だけで整備室を使っているだけなので不自由はない。
けど、コイツは違う。未完成のISをたった一人で組み立てようとしている。何処か虚ろな瞳をしているが、俺には必死に足掻いて力を欲する人間のものに感じた。
「……また来たの?」
「ああ。退屈、だからな」
更識簪は俺を一瞥し、素っ気ない態度で話す。
「そのIS、未完成の理由は? 確か、打鉄は倉持技研の開発だろ。その弐式だっていうなら、倉持に協力してもらえばいいだろうに」
倉持技研の名前を出した瞬間、更識簪はギロッと効果音が出そうな勢いで睨んで来た。
更識簪自体は怖くなかったが、段々とコイツの置かれた状況が分かりつつあった。
「……打鉄弐式は、初めは倉持で作られる予定だった」
「初めは?」
「……その後で、他の機体を急いで開発する為に人員が割かれて、打鉄弐式は放置された」
……なんだそりゃ。自分達の仕事を放って、別の仕事に手を出したのか。救えねぇ馬鹿共だな。
けど、国の代表候補生の専用機を後にするほど、重要な機体だったのか?
「……ん? 倉持技研……確か、一夏の白式も、倉持の開発だったな」
「……その白式のせい」
あー……うん。そりゃ優先するわ。世界的にも珍しすぎる、男性のIS操縦者の専用機だもんな。
しかし、一夏も色んな所で反感を買っているな。しかも本人の知らぬところで、というのが非常に性質が悪い。
「それなら、別のところに頼めば」
「……私一人で組み上げる。そう決めたから」
強い。
更識簪の返事はか細くて低い声だったが、強い信念を感じた。
理由は分からないが、ここまで強いものを見せられてしまっては俺に放っておく理由がなくなってしまった。
「……更識」
「……名字で呼ばないで」
「簪」
「……名前でも呼ばないで」
「代表候補生」
「…………」
「あ、4組のクラス代表だっけ。じゃあ代表」
「……貴方とはクラスが違う」
呼び方を悉く突っ撥ねられてしまう。
参ったな。仇名を考えるのは得意じゃない。
「じゃあ」
「やめて。名前の方がまだマシ……」
「そうか。じゃあ簪。俺にも手伝わせてくれないか」
簪の細い瞳が大きく開かれた。俺の申し出は余程予想外だったようだ。
「……貴方に手伝ってもらう理由がない」
が、すぐ興味がなさそうにディスプレイに視線を移す。
それでも動揺しているのは隠し切れないらしく、キーボードのタイプが遅くなってる。
「理由ならある。お前はコイツを完成させたい。俺はお前と戦いたい。それに、ISっていうものについてもっと知らないといけないしな」
力を求める身としては、ISのことを知る必要がある。機体性能におんぶにだっこの状態では、強くなったとは言えないからな。
その点、簪はよく知っていそうだ。なにせ、一人でISを組み立てようとしているのだから。
それでも、人手不足には逆らえない。とりわけ、簪のような小柄な女子は力仕事には向かなそうだ。
「だから、簪が俺にISのことを教える。俺は教わりながら打鉄弐式の組み立てを手伝う。そして、完成したら戦う。な、これでイーブンだ」
我ながら、お互いに損のない話だと思う。その証拠に、簪の手はすっかり止まっていた。
「……どうして」
「あ?」
「どうして、そこまで私なんかを……?」
初めて面と向き合いながら、簪は俺に問いかける。
無表情だった顔は、今では何かに怯えているように見えた。何かに追い詰められ、切羽詰まっている。けど、誰にも頼れない。そんなことを訴えられているような気がした。
「別に、大した理由はない。ただの──気まぐれって奴だ」
ああ、胸糞悪い奴の台詞使っちまった。無意識とはいえ、自分の発言に吐き気すら覚える。
けど、深い理由なんてないのだから仕方ない。代表候補生で専用機持ちだから気になって、たまたま強い意志を持っていたから手伝いたくなった。それだけだ。
「それとも、理由が必要か? なら、今から考えてやるから待ってろ」
「……いい」
また頭を捻ろうとしていた俺を、簪が止める。そして、本当に小さくだが笑った。
「……ありがとう」
「礼はまだ早い。さて、と。俺はなにからすればいい?」
こうして、整備室で違うクラスに二名による共同作業が始まった。
そのやり取りを、見ている影がいることに気付きもせずに。
◇◆◇
凌斗という協力者を得た、その日の夜。
簪は自室で布団を頭まで被って、携帯電話のテレビを眺めていた。
そこでは、ヒーローが悪人から人々を守るシーンが映し出されている。
「…………」
傍から見れば、無表情でアニメを眺めているだけだが、内心では楽しんでいた。簪の密かな楽しみが、このアニメ鑑賞だった。好きなジャンルは、勧善懲悪のヒーロー物だ。
しかし、簪の頭の中ではディスプレイに映る無敵のヒーローとは別の、ある人物のことが浮かび上がっていた。
(蒼騎凌斗、っていったっけ……)
整備室で出会い、いきなり戦いを吹っかけて来た奇妙な人。
次に会った時には、自分にもISの組み立てを手伝わせろと言ってきた。
そんな変な人物が、今になって気になり始めたのだ。
(……手伝って、なんて初めて言われた)
具体的には、初めてではない。
倉持技研から白式開発の為に完成時期が未定になると言われた時、身内である使用人や、姉からは手伝いを希望されたことはあった。
しかし、簪は手伝いを断った。特に、完璧超人の姉からは。
(……受けちゃったけど、いいのかな)
相手の言い分に呆気にとられ、手伝うことを了承してしまった。
未だにそれがよかったのか迷っているが、不思議と悪い気はしなかった。
(……なにもなくとも、手伝ってくれる人……)
簪には、凌斗の姿が大好きなヒーローと重なって見えた気がしていた。口調は粗暴だし、戦闘意欲が尋常じゃないほど高いけど。
もしも、彼が簪のずっと待ち望んでいたヒーローだとしたら──。
(…………)
ぼうっと物思いにふける簪。
画面では、ヒーローアニメは既に終わっていた。
◇◆◇
「りょ、凌斗さん!」
「お、おう。どした?」
クラス対抗戦の日程表が発表されてから数週間後。
一夏達の様子を見て帰ろうと思ったら、何故かセシリアに詰め寄られていた。
なんだなんだ? 一夏の奴が骨折でもしたか?
「先程、一緒にいらっしゃったお方はどなたですの!?」
「一緒に……ああ、更識簪だけど」
そういえば、簪も途中まで一緒だったっけ。白式の動く姿を一度見ておきたかったとか。
「そ、その簪さんと仲がよろしそうでしたが……?」
「一緒に(ISの)作業してるからな」
「いいい、一緒に作業!?」
さっきから何を動揺しているんだ、コイツは。
俺がISを弄ることがそんなに不安か?
「わ、わたくしだって二人きりでの共同作業なんてしたことがないのに……」
「ん? 俺のIS、そんなに見たかったのか?」
悲観に暮れるセシリアに、俺はどう接したらいいのか途方に暮れる。共同作業も何も、お前はこの前まで俺のこと嫌ってただろうが。
大体、言えば別に見せてやってもいいんだがな。というか、製造元が一緒なんだし、俺の装備について何かヒントが得られるかもしれない。
「セシリア、見てもらってもいいか?」
「え?」
「シアン・バロンに遠距離用の装備が欲しいんだ。射撃専門のお前なら分かるだろう?」
「……知りませんわ!」
俺が頼むと、セシリアは頬を膨らませて立ち去ってしまった。
……俺の頼み方がおかしかったのか? 一夏の二の鉄は踏みたくないんだが。
「こんにちわ」
俺も部屋に戻ろうかと考えていると、背後から話し掛けられた。振り向くと、扇子を持った女子が悪戯っぽい笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
制服のリボンは二年生の物で、デカい胸が腕の上に乗せられてこれでもかというくらい強調されていた。
そして、髪の色は簪と同じ水色。だが、癖っ毛は簪とは違い外側にはねている。
「ん? ああ」
「調子はどうかしら。蒼騎凌斗君」
今、この場には俺とこの女子しかいない。それでいて、俺の名前を呼ぶ目の前の二年生は余裕すら感じられた。
一見すれば無防備だが、その笑みと態度から来る不気味な感じは、俺の脳にただものではないことを訴えていた。
「まぁまぁ。で、アンタは誰だ?」
「あら、この学園の生徒会長の顔も知らないの?」
二年生は"生徒会長"と書かれた扇子を広げ、口元を隠す。恐らく、無知な俺を笑っているのだろう。
ここでやっと、俺は目の前の人物が何者かということに思い当たった。
「……いや、思い出したよ。IS学園生徒会長、
IS学園の生徒会長。それは、学園に通う生徒の中で"最強"を意味していた。
そのことを思い出せば、目の前の先輩が俺に何の用があったのかなんてどうでもいい。
「生徒会長、つまり学園最強ってことは──」
俺は右腕にシアン・バロンを部分展開し、スペリオルランサーを装備する。
ISの操縦技術が上がった俺は、これくらいの部分展開に時間を要さなくなっていた。
「──今ここでお前をぶっ倒せば、俺が最強ってことでいいんだな?」
学園最強の座がこんなところで手に入る機会が来るなんて。
ランスの穂先を更識楯無に向け、俺は満面の笑みを浮かべた。