IS ~Identity Seeker~   作:雲色の銀

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第12話 彼らが守ったものの結末はどうなったか

 気が付くと、俺は白い靄のようなものがかかった空間にいた。以前にも来たことのある場所だ。

 自分自身の姿は……ハッキリとある。手も足も、認知することが出来た。

 

「久しぶりだな。この前は……まぁ予想外だったけど」

 

 そして、ここには()()()がいた。神様を名乗る、黒いローブの男。

 前の世界での俺を殺し、今のISがある世界へ転生させた張本人だ。

 

「それよりも、どうだ? あの時の問いに答えられるようになったか?」

 

 あの時の問い、というのは最初に会った時のものか。

 だが、今の俺は蒼騎凌斗として生きている。自分が誰なのか、答えるのは簡単だ。

 

「ああ。俺は──」

「本当に"蒼騎凌斗"だと、答えられるのか?」

 

 蒼騎凌斗だ、と答えようとした俺よりも先に、神はニヤついた顔で更に問い詰めて来た。

 なっ……本当に、とはどういう意味だ?

 

「今のお前は"蒼騎凌斗"本人だと呼べるのか? ISの登場で変わってしまった世界を裏側から変えるため、勉学に励んでいた少年と完全に同一人物と言えるのか?」

 

 ……なるほど。神は全てをお見通しってことか。

 確かに、今の俺は"蒼騎凌斗"という一人の人間としてこの世界に生きている。だが、昔の蒼騎凌斗と比べれば、明らかに性格が変わっているだろう。

 前世の平凡に人生を過ごしてきた自分と、記憶が目覚める前の蒼騎凌斗としての自分。二人分の記憶を持つ俺は、果たしてどちらが真の自分自身なのか。

 

「前世の記憶と、蒼騎凌斗としての記憶が入り混じっただけのお前は、本当にアイデンティティを獲得したと胸を張って言えるのか」

「俺は……」

「まだ、お前は誰でもない。何者にもなれてない」

 

 神の言葉通り、結論を出すにはまだ早かった。俺は、俺自身(アイデンティティ)を見つけていない。

 

「そうだ。だからこそ、この世界で一番強くなると決めた」

 

 果樹園を諦めた時の祖父のように、屈することのないように。何も出来ない無力さを感じないように。

 俺は手に入れた力で誰よりも強くなる。

 

「その調子だ。何処まで足掻くことが出来るのか、まだまだ観させてもらおう」

 

 そう言って神が笑うと、俺の額に指を置いて強く押し出した。

 俺の身体はそのままバキュームに吸い寄せられるかのように落ちて行き、暗転していった──

 

 

◇◆◇

 

 

「う──ッテテ……」

 

 次に目が覚めた時、俺はまず身体中に走る痛みのせいで小さく悲鳴を上げた。

 白い天井にベッドとカーテン、身体に巻かれた包帯。それだけで、ここが保健室だと分かった。

 

「目が覚めたか」

 

 突然、カーテンを開けて来た織斑先生から声を掛けられる。

 俺が目覚めるまですぐそばで待っていたようだが……今の悲鳴だけで起きたと判断したのか。もし寝言だったらどうするつもりだったんだ。

 

「ええ、なんとか……」

「それはよかった。死んだら懲罰を与えてやれないからな」

 

 織斑先生の言葉に、俺は一瞬背筋が凍った。

 そうだ、俺はセシリアと共に、謎の無人ISと戦っていたんだ。そして、倒すことには成功したが、バリアとの衝突による完全破壊を防ぐために敵を捕まえて、その瞬間にエネルギーが尽きて……。

 

「って、あの無人ISはどうなったんです?」

「今、先生達で解析中だ」

 

 なんとか、解析出来るぐらいには残っていたと分かってホッとする。

 あれだけ苦労して倒したのだ。戦果が残ってなければこの傷も割に合わない。

 

「結局、何だったんですか?」

「さぁな。あの無人機は現状、何処の所属か分かっていない。誰が、何のために、どうやって作ったのか。勿論、これらのことは機密事項だから、判明したところでお前に教えるつもりはないがな」

 

 機密事項……それだけ厄介な相手ってことか。

 所属も不明。開発者も、どこの技術が使われたかも。そもそも、無人機なんて代物を作れる国や組織は現在存在しない。全てのISの母、篠ノ之束を除いては──。

 

「それよりもだ。連携訓練も受けていない、一年生の未熟者2人で、よくもやってくれたものだ。おまけに無断出撃。当然、それ相応の罰を受ける覚悟くらいは出来ているんだろうな?」

「ぐ……」

 

 敵について思考を巡らせていたが、織斑先生の棘のある言い方に俺は現実へ引き戻される。

 戦果を持って帰ったとはいえ、違反は違反。ある程度の罰は受けるつもりだったが……頭を抱えたくなる。

 それよりも、もう一つ気になっていた点があることを思い出した。

 

「それと一夏と凰鈴音の試合、どうなりました?」

 

 俺が先生達に何も言わずに出た理由が、一夏の試合だった。

 連絡すれば、緊急事態として試合が中止になりかねない。それは、男としてけじめを付けるために試合へ臨んだ一夏(強い奴)への酷い侮辱だ。

 俺の問いに織斑先生はフッと笑い、身体を横にずらした。

 

「それは本人に聞け」

 

 織斑先生の後ろにはやや怒ったような顔をした一夏と、今にも泣きそうなセシリアがいた。

 なんだ、お前等も待っていたのか。

 

「懲罰については後で伝える。今は身体を休めろ」

 

 そう言い残して、織斑先生は保健室を後にした。

 同時に、一夏が食って掛かる。

 

「凌斗お前! なんて無茶してんだよ!」

「うるさいぞ。傷に響くから黙れ」

「お、おう。悪い」

 

 傷に響く、というのは嘘だがな。

 普段やる気のなさそうな奴も、まさか自分の試合の為に動いてボロボロになる人間がいるとは思わなかったらしい。

 

「それで、勝ったのか?」

「……ああ、勝ったよ」

 

 気に食わない様子だったが、勝ったようだな。

 そうでなくては、鍛えてやったセシリアや箒も浮かばれないだろう。

 

「けどな、俺の為にもう二度とこんな無茶するなよ」

「はぁぁぁぁ……」

「な、なんだよ!」

 

 一夏の言い分に、俺は深い深い溜息を吐いた。

 俺が? 一夏の為に無茶を? ハッ、笑わせるなよ。

 

「いいか、俺はお前の為に動いたんじゃない。俺が許せるか許せないかで決めたんだ。自惚れるなよ」

「そ、そうかよ……」

 

 今度は一夏が溜息を吐き、頭を抱え出した。

 

 因みに、後から聞いたところによると、凰鈴音は俺達の戦闘に気付いたらしい。

 その隙を狙って、一夏が零落白夜を撃ち勝利を収めたとか。その所為で一夏側はイマイチ腑に落ちなかったようだが。

 

 

◇◆◇

 

 

「あの……凌斗さん」

 

 暫く休んでから部屋に戻ると、ここまで一言も口を開かなかったセシリアが漸く話しかけてきた。

 なんだ。ダメージが残ってて気分でも悪いのかと思ったが。

 

「今回の件、わたくしがもっとしっかりとサポートをしていれば、このような傷は……」

 

 セシリアは上手くコンビネーションが取れなかったことを悔やんでいたようだった。

 確かに、フレンドリーファイヤは当たり前。お互いに相手を敵として認識することで、味方の攻撃を避けつつ相手に予測不能の行動をする。こんなものをコンビネーションとは呼ばない。

 もしも、自分達がもっと連携を取って立ち回っていれば、シアン・バロンのエネルギーはもっと持っていたかもしれない。俺が墜落して、余計な傷を負うこともなかったかもしれない。

 

「そうだな」

「っ!」

「織斑先生の言う通り、俺達はまだまだ未熟だ。言い換えれば、もっと強くなれる」

 

 俺もセシリアも、もっと上を目指せる。今回は二人がかりでやっと倒せるような敵も、いずれは一人で戦って確実に倒せるように。

 今回の襲撃者がまた来るかもしれないのだ。当然、今のままではダメだろう。

 

「だから、そう自分を責めるな。俺の分の責任まで抱えようとするな」

「凌斗さん……」

 

 今にも泣き出しそうなセシリアの顔を見ずに、俺はベッドに座り込んだ。

 プライドの高い奴は、誰かに泣き顔を見せるのを嫌うからな。右腕にギプスをしてるせいで耳は塞げないが、見ないようにすることは出来る。

 

「悔しいのなら泣け。明日泣かないように、思う存分泣け。俺は泣く奴を指差すような弱い奴じゃないからな」

「……すみ、ま、せん……」

 

 声を殺して泣き出すセシリアを背に、俺は目を瞑って今後のことを考えていた。

 今回のことは、寧ろ好機だ。あのムカつく神の言う通りなのは癪だが、俺はまだまだ自己の探求が途中なのだ。もっと強くなって、"過去の自分"のどちらでもない"蒼騎凌斗"という存在を手に入れる。

 まだ上を目指せると思うと、自然と頬がほころぶのだった。

 

「こ、こうしてはいられませんわ!」

「うおっ!?」

 

 泣いていると思っていたセシリアが急に声を上げて立ち上がる。

 何なんだ、感情の起伏が激しい奴め。振り向くと、セシリアは目のあたりを必死に擦っていた。

 

「も、もういいのか?」

「ええ! それよりも凌斗さん、その腕ではディナーが食べられないのでは!?」

 

 そういえば、左腕は動くものの飯は食いづらいな。リンゴをかじるのに不自由はないが。これではペンも握れないので、右腕が治るまでは罰は免除だな。

 けど、セシリアは何を必死になっているんだ?

 

「で、では、仕方がありません……私が」

 

 ……まさか、食べさせると? セシリアが俺に?

 悪くない。悪くはないが、そうかそうか。動かないんじゃ仕方ないな。決して怪我人の役得ではないぞ!

 

「手料理を食べさせて差し上げます!」

「メディィーーーーック!!」

 

 今、手料理っつったなコイツ!

 セシリアの手料理と言えば、前に俺を殺しかけた奴じゃねぇか! アレのせいで神も戸惑う程の早さで奴のところに行く羽目になったんだぞ!

 この状況でそんなものを食わされたら、今度こそお陀仏だ! 冗談じゃねぇぞ!

 

「さ、凌斗さんは是非とも休んでてください。あれから、わたくし腕を上げましたのよ?」

 

 何の腕だ? 殺しの腕か?

 コイツ、まさか俺がビット壊したことをまだ根に持ってるんじゃないのか?

 

「そ、そうだ……リンゴ! 冷蔵庫からリンゴを取ってくれ!」

 

 リンゴで腹を膨らませれば、断ることが出来る!

 

「いいえ、それではお腹が一杯になってしまいますわ。我慢してください」

 

 しかし、セシリアは頬を膨らませて首を横に振った。

 ああ、望みは断たれたか……折角、まだ自己の探求が出来ると思っていたのに!

 

「……と、その前にシャワーを浴びて来ます。待っていてくださいませ」

「お、おう」

 

 が、セシリアは鏡に映った自分の顔を見たようで、俺の方を向かずにシャワールームに姿を消した。

 寿命が延びたようだな。今が好機!

 

「俺は外に出るから、時間かけててもいいぞ!」

「えっ!? ちょ、凌斗さん!?」

 

 水音が聞こえてきた瞬間を見計らって、俺は部屋の外へ出た。フッ、これでセシリアは俺を追って来れまい。

 

「あっ」

 

 部屋を出てすぐ、俺は見覚えのある奴に出くわした。

 ツインテールと、肩を露出した改造制服が特徴的な少女。二組のクラス代表、凰鈴音(ファンリンイン)は俺を見るや否やバツの悪そうに睨みつけた。

 

「なんだ? 俺の所為で負けた、なんて言わないよな?」

「言わないわよ。あたしが気を取られたのが悪いんだし、それでアンタをどうこう責めるつもりはないわ」

「そうか」

 

 思ったよりは話が通じそうだ。

 凰鈴音は初めて会った時の覇気を感じさせず、代わりに呆れた風な表情をこちらに向けていた。

 

「んなことより、アンタは大丈夫なの?」

「この程度、何ともない」

「そ。一応、お礼だけは言っておこうと思って」

「礼?」

 

 コイツに礼を言われるようなことをした覚えはないが?

 

「あたしと一夏の試合、守ってくれたんでしょ?」

「ああ、そのことか」

「クラス対抗戦(リーグマッチ)自体は中止になったけど、決着は着けれたし」

 

 そう、クラス対抗戦は侵入者──教師達から"ゴーレム"と呼ばれるようになった──の影響で、一回戦以外は中止になることが決定したのだ。

 俺が出なければ、確実に一夏と凰鈴音の試合は中断されていただろう。

 

「それで、一夏の奴と仲直りは出来たのか?」

「まぁ、誤解は解けたというか……それだけよ」

 

 反応を見る限りだと、一応の和解はしたようだ。そこからの進展は全く望めない様子だが。

 箒もいることだし、すぐには無理だろうな。

 

「それよりも、だ。頼みがある」

「何よ」

「俺の腕が治ったら、戦ってくれ」

 

 一夏との問題がなくなったのなら、俺との練習試合も断らないだろう。中国代表候補生の実力、存分に確かめたい。

 凰鈴音は一瞬キョトンと目を丸くしたが、すぐに好戦的な表情を浮かべる。

 

「いいけど、また腕を折ることになるかもよ?」

「その時はその時だ、凰鈴音」

(リン)、でいいわ。皆そう呼んでるし」

「じゃあ、鈴。戦える時を楽しみにしてる」

 

 俺と鈴は約束の印として、握手を交わした。左手なのは失礼だったが、まぁ仕方がない。

 

 

「あ……」

 

 

 鈴と別れると、すぐに別の人間に出会った。

 この髪飾りと眼鏡は四組のクラス代表、更識簪だ。

 

「簪か。どうした?」

「……様子、見に来た……」

 

 コイツも、俺の心配をしてくれたのか?

 つい最近まで素っ気なかった簪がねぇ……。それとも、俺の持つシアン・バロンの荷電粒子砲のデータが欲しいからか?

 

「データなら結構取れたと思うけどな。渡しておくか?」

「……そうじゃなくて、りょ、凌斗の……」

「俺の、心配を?」

 

 大きく頷く簪。心なしか、頬が赤くなっている。

 そういえば、俺のことを名前で呼んだな。たどたどしくはあるが、段々と親しくなっていってるようで悪くない。

 

「ありがとな。簪」

「……う、うん。人手が減ったら困るし……」

 

 ……ああ、そういうことね。

 折角手伝うようになったんだし、人手が減れば作業に支障が出るよな。それは大事だ。

 

「悪いが、もうしばらくは手伝ってやれない」

「……分かってる。だ、だから……」

 

 打鉄弐式の完成は少し先延ばしになりそうだ。

 簪は小さく頷くと、さっきから後ろに隠したものを俺の前に差し出してきた。

 

「……お見舞い……」

 

 それは小さな包みで、中にはカップケーキが数個入っていた。見た感じ、手作りなのだろう。

 手作り、と聞くと嫌な予感しかしないのだが……まぁ、例外もいると信じよう。

 

「貰っていいのか?」

「……うん……」

「ありがとう」

 

 簪からの見舞いの品を受け取る。こういうところで普段の行いが出るんだな。

 ……まぁ、そもそもの目的は日本の代表候補生と戦うことだったのだが。

 

 

 

「楽しそうなところ、失礼しますわ。凌斗さん?」

 

 

 

 背中から嫌な鳥肌が立つ。普段は何ともないはずのハスキーボイスも、今では凄まじく恐ろしい。

 ああ、身の危険を感じるのに動けない。蛇に睨まれた蛙、というのは正にこのことだ。

 振り向くと、そこにはにこやかに微笑む、艶やかなセシリアの姿があった。シャワーを浴びた後だから一層輝いて見えるのだろう。

 しかし、同時に謎の威圧感を放っているようにも感じた。逃げ出したのがそんなに気に食わないか。

 

「ディナーの支度が整いましたので、戻ってくださいます?」

「お、おう……」

 

 逃げられない。逃げ道を完全に塞いでいる。

 ふと前を見ると、簪がジト目でこちらを睨んでいた。普段からほぼ無表情な奴だが、この時は不機嫌なのが何故か手に取る様に分かった。

 

「……じゃ、お大事に……」

 

 簪は数瞬、セシリアと睨み合った後でその場を去っていった。

 この二人の仲の悪さは一体何なんだ。前世で殺し合いでもしたのか。

 

「さ、凌斗さん」

 

 セシリアに呼ばれ、俺は戦々恐々として部屋に戻ることとなった。

 

 

 ──結果として、体調の回復がかなり遅れたことだけ伝えておく。

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