IS ~Identity Seeker~   作:雲色の銀

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第13話 新たな予感は転校生と共に訪れるのか

 携帯の耳障りなアラームが鳴り、熟睡していた俺は夢の世界から現実へと引き戻される。

 微睡む目で携帯を開き、目覚ましとしてセットしていたアラームを止める。時間は7時丁度。

 もう朝か、と思いながら俺はベッドから降りて朝飯の支度をし出した。

 

 今日は父親も母親も仕事で既にいない。俺も朝食(これ)を食べたらすぐに学校へ行かなきゃ。

 食パンにジャムを塗りながら、今朝のニュースに目を向ける。テレビからは自分とは関係ない小さな事件や、芸能界の動きなんかを忙しなく伝えている。老人がアクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こしたとか、イケメン俳優が結婚したとか。

 

「……ん?」

 

 朝食を済ませ、身支度を整えて家を出ようとした時に大きな違和感に襲われた。

 本当にこれが俺の日常だったか?

 淡々と学校へ行き、授業を受けて、流されるように日々を送るだけの人生だったか?

 そもそも、俺の名前はなんだったか?

 一度湧いた違和感から、確かに見覚えがあるはずの風景が崩れ落ちる。

 

「そうだった。俺は──」

 

 

◇◆◇

 

 

「ん……」

 

 目を覚ますと、つい最近まで見覚えのあった天井。ふかふかのベッドは、明らかに夢の中の物よりも寝心地がいい。

 ああ、なんつー夢を見ていたんだ。自分のことを思い出し、俺は嫌悪感から顔を手で覆った。

 今まで夢で見ていたものは、俺の前世の記憶そのものだった。何もない平凡な、だけども不自由のない世界。その中で、流されるまま生きてた俺は結局何者にもなれなかった。

 アイデンティティを得るまでもなく、それを不思議とすら感じずに生きて死んだ。今の俺には恥ずべき記憶だ。

 

「はぁ……顔でも洗うか」

 

 今日は日曜日。授業は休みなので熟す予定も何もなく、俺はとりあえずのろのろと洗面所に向かった。

 冷たい水を顔にぶっかけ、微睡む目を完全に覚ます。鏡に映った自分は、もうあの平凡な学生ではない。

 

「俺は、蒼騎凌……」

 

 自分の名を呟くが、最後まで自信を持って言えなかった。

 現世の自分は、蒼騎凌斗という存在としてIS学園に通っている。だが、この前神に言われたことがどうしても引っかかっていた。

 

「蒼騎凌斗の皮を被った何か……」

 

 前世の記憶を取り戻す前の蒼騎凌斗は、今の俺とは性格が明らかに変わっている。思想も、目的も。

 蒼騎凌斗は武力で世界を手に入れようとする人間ではなかった。ISに支配された世界を変えるために、権力を手に入れるべく努力を重ね続けてきた。

 しかし、今はそのISを動かせるようになり、世界最強の力を手にすることで世界をひっくり返そうとしている。

 昔の自分が今の俺を見たら、なんというだろうか。

 

 その時、俺の携帯が鳴った。

 相手を確認すると、母親からだった。……そういえば、ISを動かしてから一度も話してなかったな。

 

「……も、もしもし」

「あ、凌斗? 久しぶりねー! 大丈夫だった?」

 

 変わる前の自分を思い出しながら、電話を取る。すると、聞こえてきたのは記憶の中にある通りの明るい母親の声だった。

 今は確かフランスの祖母の家にいて、保護プログラムの下で監視されてるんだっけか。

 受験中に俺の邪魔をしてはいけないと日本を発っていたが、まさかこんなことになるとは思っても見なかっただろう。

 

「うん。まぁ、何とかやってるよ」

「そ。ねぇ、IS学園って女の子ばっかりなんでしょ? 彼女、出来た?」

「まさか。いないよ」

 

 比較的、砕けた口調で話す。

 性格が急に変わったことで余計な心配をかけたくはないしな。

 

「俺よりも、母さんたちはどう? 歯医者には行ってる?」

「歯医者? なんで?」

 

 だが、ふと気を緩めてしまったことが仇となった。

 歯医者に行っていたのは、前世の母親だったのだ。今の母さんは歯医者どころか、病院にも滅多に行かないほど健康だ。

 

「あ、いや……学園の方で歯科検診があったんだよ! それでどうかな、と」

「へぇー。別に問題はないわよ? 凌斗はどうだった?」

「俺も問題はなかった。うん、元気そうでよかった」

 

 なんとか誤魔化した俺は、学校で起きた近況などを簡単に説明してから電話を切った。

 最後にリンゴをまた沢山送るよう頼むことも忘れずに。

 

「……ふぅ。やはり、俺は「蒼騎凌斗」ではないのだな」

 

 母親との会話で俺がまだ何者でもないことを決定付けられてしまった。前世の俺とも違う、どっちつかずの存在。

 朝から気分が滅入るが、ここで立ち止まってはいられない。無意識の内に、俺は右耳に付けたイヤーカフス──待機状態のシアン・バロンを触る。

 

「ならば、もっと強くなって自分を追い求めるしかない」

 

 それこそが自分自身を手に入れる為の方法なのだ。

 

 

 

 アリーナ上空に不規則に並ぶ射撃の的。それらを()()()()に何かが射抜く。

 全てがど真ん中に命中、とまではいかなくとも全弾ヒットの表示を見て、俺は安堵のため息を吐いた。

 

「使えるな、これ」

 

 今、俺は新しい武装の射撃訓練の為にアリーナへ来ていた。その新武装が予想以上に俺の腕にフィットし、思わず感心しながら眺めていた。

 射撃訓練、とは言ったが銃の類ではない。俺が手に持っているのは、特殊な形をした弓だった。

 この装備"ヒュドラ"は弓ではあるが、個別に矢を用意するものではない。弦の真ん中には引きやすいようにグリップが付いており、これを引くと鏃のような部分にエネルギーが溜まり、光の矢を放てるという訳だ。

 更に優れているのが、エネルギーを溜めれば同時に何本も拡散して矢を放つことが出来ることだ。多少威力は落ちるし、消費エネルギーも高くつくが、多数の敵を同時に攻撃する手段が出来るのはとても心強い。

 

「射撃もお上手になりましたわね、凌斗さん」

 

 ヒュドラをくるくる回して手に馴染ませていると、射撃のコーチ兼遠距離武装選びのアドバイザーを頼んだセシリアが珍しく褒めて来た。

 訓練を始めた時は拡散させてもほとんど的に当たることはなかったのを考えれば、上達した方ではあるな。

 

「オートロックオンのおかげでもあるがな」

「そうとも言えますわ」

 

 一々、銃や弓矢の初心者である俺が照準を合わせてたら、当たる物も当たらない。

 俺はヒュドラのグリップを引き、上空のデカい的目掛けて矢を放つ。今度は拡散せず、一本の強力な矢として的を射抜いて粉々にした。

 よし、ヒュドラは購入確定だな。これで俺の装備は3つに増えた。

 

「でも、弓矢型だなんて珍しいものをお選びですのね」

「銃の扱いは慣れてなくてな」

 

 結局、以前使った荷電粒子砲も外したし。どうも銃との相性は悪いようだ。

 

「それに、基本装備のビットまで外してただなんて……」

「仕方ないだろ。使えないものをぶら下げてても」

 

 実はシアン・バロンはブルー・ティアーズの姉妹機として設計されたものだった。なので、初期設定ではブルー・ティアーズとは仕様の違う近距離用のビットが付いていた。イギリス側は男性操縦者のデータとBT兵器のデータを両方取りたがっていたようだ。

 しかし、生憎と俺のBT適正はD。満足に扱うことも出来ず、最初に動かした時は思わずリアクティブアーマーだと思って一気に全部地面に放ってしまった。おかげで早く動くことが出来たが。

 そんなこともあってか、"最適化(フィッティング)"の段階でIS側が不要だと判断してイギリス側に送り返してしまったらしい。

 今でもビットを使わないか、という勧誘があるがその度に断りを入れてる。使えないものを持ったってただの重りにしかならないだろうが。

 余談だが、俺が使うはずだったビットは設計し直されて別のISに転用されるらしい。名前は……"サイレント・ゼフィルス"とか言ったか。

 

「ところで、本当によかったのか? 俺の訓練に付き合わせて」

 

 今日は折角の日曜日。セシリアも羽根を伸ばして休みたかっただろうに。

 しかし、俺の知る限りでは射撃が最も上手いのはセシリアだ。ISも姉妹機を使っているので、アドバイスも得やすい。だから、こうして付き合ってくれているセシリアには感謝している。

 

「勿論ですわ! 部屋が別になってしまった以上、教える機会も少なくなってしまいましたし!」

 

 そう、つい数日前に部屋の調整が済んだので俺が引っ越すことになったのだ。相部屋の相手も一夏になり、貞操面でも負担が減った。

 セシリアは何故か落ち込んでいたが。お前……最初は死ぬほど嫌がってただろうが。

 

(それに……こういう時でないと一緒にいられないじゃないですか……)

 

 妙に積極的なセシリアの考えは読めなかったが、俺としては訓練が捗るのでありがたい。

 彼女の労に報いる為にも、俺は復活したターゲットへ再び弓を構え直した。

 

 

◇◆◇

 

 

「今日は、転校生を紹介します! それも二名です!」

 

 休み明けのSHRにて、山田先生のハスキーボイスが響く。唐突な転校生の知らせに、クラス中がざわついた。

 ……待て。つい最近、二組の方に転校生が来たばかりだろうが。しかも一組には二人も?

 何か作為的なものを感じるが、その疑問もすぐに晴れることになった。

 

「なっ……!?」

 

 教室に入ってきた二人の転校生。その内一人は背が小さく、長い銀髪に左目の眼帯が目立つ少女だ。

 そしてもう一人はブロンドの髪を後ろで束ねており、中性的な顔立ちにスラッとした細い身体。何よりも他とは違うのは、着ている制服だ。

 この学園では制服の改造は自由に行ってもいい。セシリアのようなドレス風のロングスカートや、鈴のように露出度多めの動きやすい服装など、十人十色である。

 だが、それでも男女の仕様の違いはある。俺や一夏、そして目の前の転校生がそうだった。

 

「三人目の、男性操縦者だと?」

 

 転校生が来るというざわつきは、一斉に男性操縦者が現れたことへの驚きに変わっていった。

 いや、おかしすぎるだろう。今の今まで三人目が現れたという情報は何処にも流れてこなかった。それに、今更か?

 一夏がISを動かした日から、世界中で男性操縦者の捜索が行われていた。が、俺以外の操縦者は見つけられなかったはずだ。それを、今更三人目が見つかった?

 

「で、では自己紹介を」

「はい。シャルル・デュノアです。この国では」

 

 デュノア。

 その名前を聞いた瞬間、俺の中の何かが沸騰するかのように感じた。衝動のあまり急に立ち上がり、周囲の視線をシャルル・デュノアから奪っていく。

 果樹園、開発、立ち退き──デュノア。

 

「えっと……蒼騎君?」

「あ、いや……何でもない」

 

 困惑する山田先生に呼びかけられ、俺は我に返って席に座り直す。

 あの目の前にいる金髪の男がデュノア社に関係するのなら、因縁めいたものを感じざるを得なかった。

 

「……どこかで会ったっけ?」

「いや……別に」

 

 ニッコリと微笑むシャルル・デュノアに話しかけられ、俺はバツの悪そうに視線を逸らした。

 そうだ。いくらデュノアでも、コイツには一切関係ないことだ。決めたんだ。俺は自分の力で世界を変える。コイツ一人に八つ当たりをしたところで何も解決はしない。それは弱者のすることだと。

 一旦、感情を落ち着かせてからもう一人の方を見る。隣に珍しい男性操縦者がいるにも拘らず、ソイツは微動だにせず表情すら変えなかった。

 背筋を伸ばして直立姿勢を崩さない姿は、軍人のような印象を持たせる。

 

「ラウラ、挨拶をしろ」

「はい、教官」

 

 織斑先生の声掛けに応じ、ラウラと呼ばれた女子は漸く口を開く。

 教官という返事……ますます軍人のようだ。

 

「私はもう教官ではない。ここでは、織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 織斑先生の注意にもハキハキと返事を返し、半歩前に出る。

 もう、ということは前に教官をやっていたのか。ただし、今でも教師というよりは軍の教官といったほうがしっくりくるが。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 そう名乗ったボーデヴィッヒは、また半歩下がって直立姿勢に戻った。それだけ? と言いたげな空気が蔓延する中、溜息を吐く織斑先生。

 すると、ボーデヴィッヒは俺の元へやって来る。シャルル・デュノアはともかくとして、俺はお前に用はないが?

 

「お前が織斑一夏か?」

「違う。あっちのボケっとした奴がそうだ」

「そうか」

 

 短いやり取りだけをして、ボーデヴィッヒは今度は一夏の元へ移動する。

 そして、容赦なく一夏の横っ面を平手で打った。……アイツ、また自分の知らないところで恨みを買ってたのか。

 

「認めない。貴様があの方の弟など……!」

 

 それまで表情を崩さなかったボーデヴィッヒは、まるで親の仇のように一夏を睨む。

 急に殴られた一夏は顔に紅葉模様を作ったまま呆然とボーデヴィッヒを見つめ、状況把握が出来たと同時に食って掛かった。

 

「いきなり何すんだ!」

「フン」

 

 が、一夏の言葉に聞く耳は持たないようで、ボーデヴィッヒはすたすたと教壇に戻っていった。

 まぁ、今回は一夏というより、ボーデヴィッヒと織斑先生の間に何か起きたらしく、一夏は完全に被害者のようだが。

 

「あー、ではHRを終わる! 各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合だ。今日は二組と合同訓練を行う。以上だ!」

 

 織斑先生の号令で各自が行動を開始する。女子は教室内で着替えをするので、俺と一夏は空いている更衣室を使わないといけないのだ。

 しかし、急いで移動しようとした俺達を織斑先生が呼び止めた。

 

「織斑、蒼騎。デュノアの面倒を見てやれ」

 

 まぁ、そうなるな。素性はどうあれ、男子生徒ならここで平穏に過ごすには難しすぎる。

 

「よろしくね、二人共」

「ああ。まずは更衣室に行くぞ」

 

 爽やかな笑顔を浮かべるシャルル・デュノアを連れて、俺達は第二アリーナ更衣室へ向かった。

 だが、俺は内心穏やかではなかった。何故なら「蒼騎凌斗」がISを憎む理由となった、祖父の果樹園を潰した会社。それがデュノア社なのだから。

 

 シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ。二人の転校生の存在が、新たな騒動の幕開けとなることを俺達は誰も気付いていなかった。

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