転校生、しかも三人目の男性操縦者が来たこともあって、今日はクラスどころか学園中が浮足立っているように感じた。
その話題の渦中にいるフランス人、シャルル・デュノアが正しくブロンドヘアーの貴公子とでも言い換えられそうな容姿をしていることも、騒めきに拍車をかけていたようだ。
二組との合同訓練でも黄色い声援が起こり、昼食時になれば是非ご一緒にと誘いが押し寄せていたぐらいだ。俺達と既に食べるつもりだったので、一つ一つ丁重に断りを入れていたが。
『お気持ちは嬉しいのですが、僕のようなものが可憐な花と一時を過ごすことは身に過ぎた幸せ。眺めているだけで胸がいっぱいになってしまいます』
とかなんとか、俺や一夏じゃあ口にも出せないような台詞をペラペラと話していた。
こういうところで、育ちの良さが出るんだろうな。
「改めて、よろしく。シャルル」
「うん、よろしくね。一夏、凌斗」
「……ああ」
夕食を終えて、部屋に戻って来た俺達は改めて挨拶を交わす。
シャルルは三人目の男ということもあり、俺と一夏と同じ部屋になった。三人同室というのは流石に狭く感じるが、三人とも私物が少ないので特に困りはしなかった。
楽しそうに会話をする一夏とシャルルに対し、俺はリンゴをかじりながらシャルルを見つめる。
「……えっと、凌斗?」
俺の視線に気付き、シャルルが若干困った風に訪ねてきた。まぁ、一日中見られてたら気付かない方がおかしいか。
「僕、何かした?」
「いや……何でもねぇよ」
そう、
俺と因縁があるのはあくまでデュノア社──つまり、シャルルの実家の方だった。
俺が、"蒼騎凌斗"がISへの印象を決定的に悪くし、この世界を変えたいと強く思うようになった理由がそのデュノア社なのだから。
「でも、さっきから僕のことを」
シャルルの言葉を遮って、俺は奴の白く細い腕を掴んだ。
代表候補生ともあろうものが、俺に腕を取られるほど油断してるなんてな。
「シャルル、お前──」
ずっと気になってた。
アリーナの更衣室で着替えた時から。既に着ていた特注品のインナー、そこから除く女のような柔肌。そしてこの中性的な顔立ち。
俺の言葉にシャルルは息をのんだ。
「──ちゃんと鍛えてないだろ?」
ガッシャーン、とシャルルがズッコケる。
おかしいと思っていたんだ。今までISを動かしたことすらない男のはずなのに、もう代表候補生だなんて。
時期をずらしたのも、フランスの男子が弱いところを見せたくないという見得だろう。転入までの間にある程度の知識と武器の扱いさえ頭に叩き込んでおけば、ISバトルでもある程度は戦える。
勿論、筋力もあるに越したことはないが、つい最近までなよなよのお坊ちゃんに要求するには土台無理な話だ。
「だよなー。シャルルって線細いし」
「あ、あはは……よく言われるんだ」
「だが、喜べ。俺がライバルとして、貴様をIS操縦者として相応しい身体に鍛えてやる」
新たなライバルがフニャフニャした体では張り合いがないからな。
だが、今日のところは素直に転入生を祝ってやるとしよう。
因縁も、何もかもを忘れ、俺達三人は就寝時間まで男同士で語り合ったのだった。
◇◆◇
時間が経つのも早く、シャルルとラウラ・ボーデヴィッヒが転入してから五日目。
俺は自由時間である土曜の午後を簪と過ごしていた。これから、打鉄弐式の稼働テストを行うのだ。
「で、今日は何をするんだ? 戦闘か?」
「……今日は、飛行テスト。戦闘はまだ……」
何だ、つまらん……じゃないな。ISが空を飛ぶのは当たり前の認識だ。その当たり前の部分で不備でも生じたら目も当てられない。
ISスーツに着替えた簪は、打鉄弐式を纏って整備室を出る。……こういうのも何だが、姉と妹で一部分に圧倒的な差があるな。何処とは敢えて言わないが。
「……今日は、あの人はいないの……?」
「あの人?」
「……金髪の……」
「ああ、セシリアなら今日は一人で射撃訓練をするそうだ」
新たな武装を手に入れた俺に、今月末に開催される学年別トーナメントで勝つ為らしい。ライバルとして、張り切ってくれるのは大いに結構だ。
「……負けられない……」
「そうだな。俺もお前も」
簪の呟きに頷くと、何故かジト目で睨まれてしまった。まるで意味が違う、とでも言いたげにだ。
そういえば、トーナメントの優勝者には何か特別賞が出ると噂が出ていたな。強さの証明さえ出来れば、副賞に興味はないが。
簪は打鉄弐式の状態を確認しながら、ピットから勢いよく飛び出していった。
「特に問題はなさそうだな」
長い間、飛ぶことを望まれていた水色の機体は、同じ色をした空を軽やかに飛び続けている。
今まで無表情だった簪も、専用機を羽ばたかせることに成功し嬉しそうに笑っていた。
やった。私はやり遂げた。そう高らかに伝えんとばかりに、簪は舞い続けた。この後起きるアクシデントにも気付かずに。
「……ん?」
ピットから簪を眺めていた俺は、すぐに異常に気が付いた。打鉄弐式は爽やかな機体の色に似合わない、灰色の煙を上げていたのだ。
楽しそうだった簪の顔が一転し、焦りを含む。スムーズだった動きもぎこちなくなり、腕や足も動かなくなっていく。
「簪、応答しろ。簪!」
プライベートチャネルで呼びかけるが、応答はない。この土壇場で機体にトラブルが起きてしまったようだ。
稼働テストは、やはり大事だった。
「ちっ! バロン!」
俺は右耳のイヤーカフスに触れ、ピットの出入り口から飛び降りる。
するとすぐに学園の制服はISスーツに変わり、シアン・バロンが展開されていく。
専用機持ちは、パーソナライズを行うことでISスーツまで即座に展開することが出来る。その際、着ていた服は分解されISの領域に保存される。
ただし、これはエネルギーも大幅に消耗するので緊急時以外では使うことを避けた方が良い。最も、今はそんなことを言っている場合ではないのだが。
「簪っ!」
落下していた簪を空中で受け止めると、俺はゆっくりと降下していった。全く、嫌な汗をかかせるな。
簪は酷く震えながら俺を見ていた。身動きが取れない状態で上空から落ちれば誰だって怯えるに決まっている。
「りょう、と……」
「稼働テストは失敗だ。悔しいか?」
「…………」
ピットまで運んでやると、簪は無言のまま頷いた。
「なら、早いとこ直すぞ。悔しいからと言って、立ち止まる時間なんて惜しいからな」
「……うん、分かってる……」
自信を失くしたように、簪は打鉄弐式を待機形態に戻して整備室に向かった。
「……辛いな、互いに」
苦手な相手が近くにいるというのは、辛い。
コンプレックスを抱く相手にやっと近付けたと思ったら、逆に遠ざかってしまった。簪の気持ちを代弁するとしたら、そんなところだろう。
その時だった。展開しっぱなしだったバロンのセンサーが知らないISを捕えていた。所属はドイツ。操縦者はラウラ・ボーデヴィッヒ……反応はアリーナの方からだ。
「……何してるんだ、アイツ等は」
気になってアリーナの方を向けば、特訓中だった一夏とシャルルがラウラ・ボーデヴィッヒに絡まれていた。
一夏、というよりも織斑千冬と浅からぬ因縁を持つ女、ラウラ・ボーデヴィッヒ。奴の素性は知らないが、転入早々に一夏の頬を引っ叩いたことは記憶に新しい。
今日も一方的に喧嘩を売られたのだろう。この前まで中国からの幼馴染と仲を拗らせていたというのに、忙しい奴だなアイツも。
「……凌斗……?」
「ああ、今行く」
簪に呼ばれ、俺はシアン・バロンをイヤーカフスに戻した。
因縁を呼び込む奴より、今は因縁に打ち勝とうとしてる女に手を貸すとしよう。
◇◆◇
打鉄弐式の修理を終えて、今日のところはひとまず終了となった。
今後はデータの調整ばかりで俺に出来ることはほとんどなくなるらしい。
「それはそれで、何か物寂しくなるな」
「……凌斗には感謝してる……ありがと」
最後にボソッと何か呟いてから、簪は顔を伏せたまま部屋に駆け足で戻っていった。
……まだ落ち込んでいるのか? 自分を追い詰め過ぎなければいいが。
「感謝してる、か」
満更悪い気分のしない俺も、かいた汗を流すべく部屋へと戻る。
すると、シャワールームから水の打つ音が聞こえてきた。一夏かシャルルのどちらかが先に浴びていたのか。
「なら、リンゴでも食いながら待つか」
冷蔵庫に手を伸ばしたところで、俺は替え用のボディーソープのボトルを見つけた。
そうか、昨日なくなったから新しいのを用意してもらったんだったな。しかし、今入ってる奴はそれを忘れていたらしい。
一夏もシャルルも抜けている部分があるからな。仕方ない、置いといてやるか。
「おい、ボディーソープ忘れてるぞ」
俺がボトルを持って脱衣所のドアを開けるのと同時に、シャワールーム側からもドアが開いた。
丁度いいと思ったのも束の間。そこで、あり得ないものが視界に飛び込んで来た。
「りょ、凌斗……?」
濡れたブロンドヘアーと整った顔は、この五日間で見慣れたものだった。
だが、胸部と臀部にふっくらと丸みを帯び、あるべきものがない肉体は明らかに俺が知っている男のものではなかった。
「……シャルル、お前……」
前から女みたいな奴だとは思っていた。肌は白くて細いし、声も男にしては高い。着替える時も頑なに一人でいることを選び、男なら誰でも通るような話題について行けない素振りを見せたことだってあった。
まさか、本当に女だったとは。俺はその女性らしく美しい肢体から、羞恥心で真っ赤に染まった表情に視線を移す。
「い、いやあああああああああああ!!」
彼女が悲鳴を上げたと同時に、我に返った俺はドアを勢いよく閉める。
一度冷静になれ。相手は確かにシャルル・デュノアだった。たった五日間だが、同じ部屋で過ごした奴の顔を忘れるはずがない。
「シャルル、だよな?」
「……うん」
一応、確認を取ると聞きなれた声が帰って来る。
この状況を結論付けると、シャルルは男を名乗っていた女だった、ということになる。
だが、何故わざわざ男と名乗っていたのか。フランスの代表候補生としての入学ではダメだったのか。頭の中に次から次へと疑問が浮かぶ。
「……とにかく、まずは話をしよう」
「……分かった」
気まずい空気の中、着替えたシャルルと俺は一夏が戻ってくるのを待ってから話をすることにした。
シャルルの話を要約するとこうだ。
彼女の実家、デュノア社は経営難に陥っていた。理由は、第三世代のIS開発が大幅な遅れを取っていたからだ。
欧州連合の総合防衛計画"イグニッション・プラン"にもフランスは除名されており、非常に焦りを感じていたらしい。今度の次世代主力機のトライアルでデュノア社が選ばれなければ、国からの援助は停止され、開発許可も剥奪されてしまうそうだ。
追い詰められたデュノア社は、広告塔かつIS学園にいる他国のISのデータを盗むスパイとして、シャルルを第三の男性操縦者に仕立て上げたのだ。確かに、同じ男ならイレギュラーの俺達に接触がしやすい。他の連中にも怪しまれず、常に傍にいられるからな。
そんな無茶苦茶な命令に、シャルルは逆らえなかった。
シャルルは社長の愛人の娘で、母親が死んだ二年前にデュノアに引き取られた。妾の子として煙たがられていたシャルルは、ある日IS適正が高いことが分かり非公式のテストパイロットを務めることになったのだ。
立場の危うさから、シャルルは選べない一本道を進むしかなかった。
「と、まぁそんなところかな。けど、凌斗達にバレちゃったし、本国に呼び戻されるだろうね」
「そんな、それで──」
「シャルル」
シャルルの話を親身に聞いている一夏の言葉を切って、俺は奴を呼びかける。
事情は分かった。分かった上で、コイツに話すべきだと思った。
「俺の祖父母はフランスでリンゴの果樹園を営んでいた」
「……え?」
「凌斗、今はそんな」
「いいから聞け」
俺はあくまで冷静さを保ちながら、思い出話を続けた。
祖父母の家はフランスの郊外にあり、広大なリンゴの果樹園を所有していた。俺は……いや、"蒼騎凌斗"は祖父が育てたリンゴが好きだった。そして、大変ながらも充実した祖父の笑顔を見るのが好きだった。
そんな日々をぶち壊したのが、ISの登場による企業の躍進だった。
フランスの企業、デュノア社も例外ではなく、ISの研究や開発の為に広い土地を欲していた。そこで目を付けられたのが、ウチの果樹園だったのだ。
祖父は何度も土地を売ることを断った。老い先の短い男の数少ない趣味を奪うな、と。だが、国からの支援を大々的に受けているデュノア社が引き下がるわけもなく、とうとう祖父は圧力に負けてしまった。
今まで丹精込めて育ててきた木々が切り倒され、熟す頃合いを待っていた果実が地に落ちて潰れていく。残酷な光景を前に、俺は生気を失い呆然と立っている祖父の横顔を眺めることしか出来なかった。
もし、力があれば。
国や企業からの圧力に屈することのない力があれば。
俺はあの時の無念さを二度と味わうことも、誰かに味わわせることもないはずだ。そう信じ、強さを渇望し続けたのだ。
「これが、俺がISを嫌い、ISに乗ることを決めた理由だ。お前の実家に汚された想いを背負うと、自分で決めたことだ」
「……それで、僕のことを恨んでるの?」
「まさか。お前個人に恨みはない」
そう、シャルルに恨みなどなかった。ないと思いたかった。
「だが、お前は俺のISのデータを盗みに来たスパイだ。それを今、俺の前で明かすということは──」
俺はシャルルに近付きつつ、右腕にシアン・バロンを部分展開させた。手には、スペリオルランサーを握らせている。
「──この場で殺されても文句はないなっ!!」
次の瞬間、俺は吠えながら目の前の敵に槍を突き出した。