IS ~Identity Seeker~   作:雲色の銀

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第15話 探求者は悲観する人形を断罪するか

 デュノア社の人間、というだけで俺は因縁を感じていた。

 祖父の果樹園を潰し、俺に無力さを味わわせたのはコイツじゃない。そう思い、せめて俺の強さを見せつけてデュノアの連中を見返してやろうと思っていた。

 だが、シャルル・デュノアはスパイだった。俺のISのデータを盗む、敵。ならば──

 

「──この場で殺されても文句はないなっ!!」

 

 俺はISを部分展開させた右手に握らせているスペリオルランサーをシャルルの眼前に突き出した。

 もちろん、その端正な顔に風穴を空けるために。

 

 しかし、穂先は対象を貫く前に現れた物体によって遮られてしまう。

 いつの間にかシャルルの腕に展開されていた橙色の腕。その肘の部分に繋がれた盾が、俺の攻撃を防いでいたのだ。

 俺よりも遅く出したにもかかわらず、俺よりも早いスピードでの展開(オープン)に、コイツが腐ってもフランスの代表候補生であることを思い知らされる。

 

「凌斗……!」

 

 シャルルが苦々しく俺の名を呟く。

 一度弾かれたぐらいで俺が止まるはずない。すぐにスペリオルランサーを持ち替え、ビームガン用の銃口をシャルルに向けていた。

 同時に、シャルルも右手に一瞬で呼び出したアサルトカノンを俺に向けていた。引き金に指を掛けたまま、数瞬前までは落ち着いて話をしていたとは思えない程の硬直状態に突入する。

 

「凌斗! いきなり何やってんだよ!」

 

 この場で唯一状況に付いていけていなかった一夏が俺に口出しする。

 俺には、そもそもなんでコイツが呑気にシャルルの話を聞いていられたのか、不思議で仕方なかった。

 

「言ったはずだ。コイツはスパイ、つまりは敵だ。このまま放っておくよりも捕まえて先生に突き出すか、殺してしまった方がいいに決まっている」

「殺すって、何言ってんだよ! 相手はシャルルだぞ!」

「だからどうした! 敵であることに変わりないだろうが!」

 

 もっと用心しておくべきだった。

 三人目の男が今更転入なんて都合のいい話、疑っておくべきだったんだ。

 この五日間でどれだけのデータを盗まれたか分からない。ならば、これ以上被害が広がる前にコイツを始末するべきだ。

 

「……そう、だね」

 

 すると、シャルルは部分展開していたISを収納(クローズ)し、両手を広げる。

 

「僕はここで死んだ方が、楽になれるのかも。このまま本国に呼び戻されてもよくても牢屋入り、悪ければ重罪人として死刑。なら、いっそここで終わるのもいいかな」

「おい、シャルル! それでいいのかよ!」

「良いも悪いもないよ。僕には選択肢なんてないんだから」

 

 本国に味方もいないしと、悲しそうに微笑みながらシャルルは諦めの言葉を口にする。

 納得出来ずにいた一夏の叫びにも、首を横に振った。

 選択肢がない、だと?

 

「せめて、あまり痛くないようにしてね……?」

 

 そうして、シャルルは目を瞑る。自身の終わりを迎え入れるかのように。

 どうせ重罪人として死刑になる? ここで死んだ方が楽?

 

 ふざけるな。

 

 ふざけるな!

 

「生き死にも自分で選ばないとはな」

 

 俺はシャルルに怒りを通り越し、呆れながらバロンを収納する。

 そして、シャルルの胸倉を掴んだ。

 

「言え! 俺のデータをどれだけ盗み、どれだけデュノア社に送ったのか!」

「おい、やめろって!」

 

 シャルルを揺さぶる俺を、一夏が引き離して止める。

 座り込んで咳をするシャルルは、本当に女子の仕草そのものだった。

 

「落ち着けよ凌斗! こんな尋問みたいなことして何になるって」

「落ち着けだと? 貴様のデータもコイツに盗まれてるかもしれないんだぞ! 個人情報やISの能力。それらを盗まれれば貴様への対策などいくらでも打てる。拉致や誘拐、人質を使った交渉なども十分可能。白式を量産されれば、貴様はもう用済みとして消されるかもしれない。そういった最悪のことすら、貴様は何故考えもしない!」

「それは……!」

 

 俺の怒りはいつまでも呑気な一夏にも牙を剥く。

 危険に晒されるのは自分自身だけではない。周囲にすら及ぶというのに、俺との戦いで大切な人を守ると息巻いていたコイツはどうして平気でいられるんだ。

 黙り込んだ一夏を突き飛ばし、俺はもう一度シャルルと向き合う。

 

「さっさと吐け。そうすれば、望み通り楽にしてやる」

 

 当然、嘘だ。

 絶対に楽に殺してやるものか。情報を引き摺り出してからISを奪い、織斑先生に引き渡す。後は然るべきところで煮るなり焼くなり好きにすればいい。

 

「……まだ、何も盗んでない。本当だよ」

「信じられるか。そのISにでもデータを収納してるんじゃないか?」

「なら、調べてもいいよ」

 

 恐怖すら感じさせず、しかし諦めきった表情でシャルルは首にぶら下げた待機形態のISを手渡す。

 この態度。どうやら、本当に何もデータを取っていないらしい。

 俺はともかく、一夏なら隙だらけでデータも取りやすかっただろう。なのに、本来の役目すらまともに熟してないとはな。

 

「……貴様には、殺す価値すらない」

 

 呆れかえって頭が冷静になった俺は、ISを投げ返してベッドに腰掛ける。

 殺されると思っていたシャルルも、何も出来ずにいた一夏も呆然と俺を見ていた。

 

「なんで……?」

「自分の生き方も死に方も自分で選ぶ気のないような奴が、ここで死んでもいいかもだと? 笑わせるな」

 

 母親が死んでデュノア社に引き取られることも、IS学園に男子生徒として来たことも、正体がバレて俺に殺されることも、全ては状況に流されたままの出来事だ。

 それが俺には、前世の自分とダブって見えていた。いや、より最悪な方だ。

 あの頃の俺は他人のレールの上を進んでいて、それが当然のことのように思えていた。苦痛もない日常風景に、誰が疑問を抱けたか。

 神の気まぐれによって誰かにすらなれずに死んだからこそ、その人生が無駄に終わってしまったからこそ、俺は第二の生で自己認識(アイデンティティ)を得たいと願うようになったのだ。

 

 だが、コイツは違う。シャルルは辛かったはずだ。選択肢が見えていたはずだ。

 家を出ること、父親の言うことを拒否すること、実家を捨てて国に助けを求めること。

 それを諦めて、気付いたらこんなところまで来ていた。

 

「じゃあ、どうしたらいいの? 僕はもうここにいられない。凌斗や一夏にバレちゃったんだから……」

 

 正体がバレた以上、シャルルは本国に強制的に呼び戻される。

 しかし、それは学園側にバレたらの話だ。

 

「……いや、ここにいられる」

「え?」

「特記事項第二一」

 

 ここで黙っていた一夏がようやく口を開く。徐に生徒手帳を開き、IS学園の特記事項を読み出した。

 この学園の生徒は在学中、あらゆる国家や組織の介入を受けない。これはあらゆる勧誘や脅迫から生徒を守る為のもの。

 

「ほう、こんなものがスッと出て来るとは、やるじゃないか」

「俺だってちゃんと勉強してるんだぞ」

 

 珍しく褒めてやる。そういえば、同室になってから分かったが一夏は予習復習をきちんと熟していた。

 初日後しばらくの間からは想像も出来ないことだ。

 

「だから、この学園にいる間に何か考えようぜ? シャルルが無事に過ごせる方法をさ。凌斗もそれでいいだろ? スパイなんてしてなかったんだしさ」

 

 素性を偽って入学した以上、既に立派なスパイ容疑が立証するんだが。

 やはり一夏はアホだ。

 

「……見定めてやる。貴様がどんな道を自分で選ぶのか」

 

 いい機会だ。

 今まで流されるままに生きてきた人形がどこまで出来るか、見てやろうじゃないか。

 

「いいの?」

「勘違いするな。俺は貴様をまだ許したわけじゃない。これは執行猶予期間だ。少しでも怪しい真似をすれば、即座に学園側に突き出してやる」

 

 これはシャルルにとっての最後のチャンスだ。俺にも神の気まぐれで与えられたものと同じ。

 まだ燻っている苛立ちの焔を今は消す為、俺はリンゴをかじった。……今日は、やたらと酸っぱい。

 

 

◇◆◇

 

 

「ええ!? それって本当!?」

「本当だって! 学年別トーナメントで優勝すれば、織斑君、蒼騎君、デュノア君の内好きな方と交さ──」

 

 月曜の朝。俺は周囲の噂話すらろくに耳に入らない程、苛立ちを募らせていた。

 理由は当然、シャルル・デュノアのことだ。土曜の夜に正体が明らかになってから、奴の顔を見るだけで虫唾が走るようになっていた。

 

「何の話題だ? 俺達のことみたいだけど」

「知るか」

 

 一夏は一夏でシャルル・デュノアのことをなんとかしようと言っておきながら、具体的な案を全く考えつかない。鼻から期待はしていないが、本当に何も思い付きやしないとはな。

 終始お気楽な男と、スパイ容疑のフランス人形が傍にいる生活に、俺はストレスが溜まっていくのを感じていたのだ。

 

「交、までは聞こえたからどうせ交戦だろ? 俺達と戦いたいのは結構だが、勝手に景品にしやがって」

「違うと思うなぁ……」

 

 フランス人形(シャルル・デュノア)の言葉に耳を貸さず、俺は教室で今月届いたばかりの武装カタログに目を通していた。

 しかし、どれもいい武装とは思えない。いや、中身が頭に入らないのだ。

 

「……どうしましたの? 凌斗さん。今日はいつにも増して不機嫌そうですが」

「気にするな。()()()()()ではない」

 

 あまりに怒りを出し過ぎていたのか、セシリアが不安そうに話しかけてきた。

 そう、ただの人形が俺の周辺をうろついてるだけの、些細な問題だ。

 

「凌斗……」

 

 人形が俺の名を呟くが、決して話すことはなくSHRの時間となった。

 

 

◇◆◇

 

 

「やはり変ですわ」

 

 放課後。第三アリーナに向かう途中、セシリアに面と向かって言われる。

 

「何がだ」

「凌斗さんが、です。なんだかこの土日で嫌なものに遭遇したかのようにピリピリしてらっしゃいますもの」

 

 ……驚いたな。そこまで分かりやすく態度に出していたとは気付かなかった。

 が、それほどシャルルの素性や態度が気に食わなかったということだ。

 

「よく分かったな」

「そ、それは……いつも見てますから」

 

 ほう、ライバルの観察か。感心だな。

 ……確かに、俺は自分のことに固執しすぎて周囲をよく見てなかったのかもしれない。

 シャルルのことも……いや、奴には同情心を抱く気になれない。

 

「……なぁ、セシリア」

「は、はい?」

「お前から見た俺は、どう映っている?」

 

 セシリアの大きく見開かれた、サファイアのように綺麗な瞳を見つめる。

 そこに映っている俺の姿は、果たしてどんな人間なのか。

 

「りょ、凌斗さ……!」

 

 ジッと見つめていると、セシリアは顔を真っ赤にしながら目線をキョロキョロと動かし、しまいには瞳を閉じてしまった。

 おい、閉じたら見えないだろが。しかも口まで尖らせて、何の真似だ。

 

「セシリア、答えてくれ。俺は一体何なのか。いつも俺を観察してるんだろ?」

「……凌斗さんは、乙女心がまっっっったく理解出来てませんわ!」

 

 改めて問いただすと、セシリアは急に怒り出してそのままアリーナの方へ駆けて行った。

 ……乙女心? そんなもの理解して、一体何になるというんだ。そんなことで強くなれるのか。

 

「……今の凌斗さんは、焦っているように見えます。そう、今日はずっとそんな感じでした」

 

 最後にそう言い残し、セシリアは行ってしまった。

 俺が焦っている?

 しかも、シャルル・デュノアの正体を知ってから?

 

「何を焦る必要がある。俺は……」

 

 ふと前を向くと、俺と向き合っているシャルル・デュノアの姿がそこにいた。

 

「教えて欲しいんだ、凌斗のこと」

「ハッ、何を言うかと思えば。そうやって、貴様は俺の情報を聞き出すつもりなんだろ。このスパイめ」

「違う!」

 

 俺の蔑むような言葉を強く否定するシャルル。その表情には、一昨日のような諦めの色は感じさせなかった。

 

「知りたいんだ、凌斗のこと。あんなに怒っていたのは、きっと僕が素性を偽ってたからだけじゃないって思ったから……」

 

 何故そう思うのか。どうして、俺はフランス人形ごときに隠せない程の怒りをぶつけていたのか。

 そんなこと、俺にだって分からない。

 

「……人形と話すことなど、何もない」

「凌斗!」

 

 詰め寄ろうとするシャルルに、俺は展開したレイピア"スーパーノヴァ"の切っ先を向ける。

 近付けさせるものか。コイツに、フランス人形に、デュノア社の回し者に!

 

「そんなに知りたいのなら、力づくで聞き出してみろ。一対一で、俺に貴様の力を証明してみろ」

「凌斗……分かった」

 

 真剣な面持ちのまま、シャルルは一歩も引かずに頷いて見せる。

 そうだ、最初からこうすればよかったんだ。思惑も疑念も過去も関係ない。力だけが全ての決闘で、全てを決めてしまえばよかったんだ。

 

「来い。アリーナで、決着を付けるぞ」

「うん」

 

 一度装備を収納した俺はアリーナに向かって歩き出す。

 しかし、そこで目に映った光景は予想すらしていなかったことだった。

 

 

「きゃああっ!?」

 

 

 アリーナの中心では、鈴と先程別れたセシリアがワイヤーブレードによって締め上げられていた。

 身動きの取れない2人に一方的な攻撃を仕掛けるのは、見たこともない黒い機体。

 

「どうした! そんなものかぁ!」

 

 黒いISを駆っているのはドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 奴が怒りを向けている相手は一夏のはずだ。それが何故、セシリアと鈴を屠っているのかは分からない。

 

 が、まるで弱者をいたぶって楽しんでいるような姿は俺の癪に障った。

 

「あっ、凌斗!」

 

 アリーナの出入り口から中へ向かうと、俺はシアン・バロンを展開する。

 そして奴に近付きながら、"ヒュドラ"の矢を放った。

 

「フン、なんだ貴様」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒはセシリア達を離し、矢を回避する。その隙に、俺は二人とラウラ・ボーデヴィッヒの間に立ち塞がった。

 この二人を相手に一人で戦うとは……かなりの腕の持ち主のようだ。

 最も、他者を執拗に痛め付けるような戦い方をする奴を、強者と認めるつもりはない。

 

「俺は、弱者を潰しにきた者だ」

 

 今までの分の怒りすらぶつけるつもりで、俺は目の前の敵を倒すべく見据えた。

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