自室に戻った俺は、ある人物へ電話をかけていた。用心深いことに、番号は身内以外には話していないらしい。
コールが鳴ってすぐ、相手は出た。まるで電話がかかってくることを待っていたかのようだ。
「遅いぞ。定時連絡は入れるよう言ったはずだろうが」
電話に出たのは中年くらいの男だった。
やや焦り気味の口調で話す男の声を聞き、俺はソイツが目当ての人物である確信を得た。
「あー、デュノア社の社長ですか?」
「なっ!? だ、誰だお前は!?」
俺が応答すると、男──デュノア氏は酷く驚いていた。
当然だ。電話をかけてきた相手がシャルル・デュノアだと思い込んでいたら、知らない男の声が返ってきたのだ。驚かない方が無理というものだ。
ああ、焦る男の顔が目に浮かぶようだ。だが、笑いで声を震わせるのはまだ早い。
「俺、シャルルのルームメイトの蒼騎凌斗というものです。息子さんにはお世話になっていました」
「蒼騎……!? シャルルはどうした?」
「ええ、実は……」
相手が俺だと知り、より焦燥するデュノア氏。そりゃそうだ、デュノア社は俺のデータを盗むためにシャルルを送り込んだのだから。ターゲットから直々に電話がかかるなんて、普通ならあり得ない。
だから俺はさっさと事態だけを告げてやった。
シャルル・デュノアは死んだ、と。
「死んだ、だと?」
「ええ。死んだといっても所謂MIA、行方不明のようなものですが。俺もすぐそばにいたのに助けられず……すみません」
心にもないことを淡々と告げる。だが、携帯の向こうから反応はなかった。
「で、俺も危なかったんですが、ある女子に助けられたんです。ソイツ、実はフランス人で見た目もシャルルにそっくり、使う機体も偶然"ラファール・リヴァイヴ"なんですよ」
「……まさかっ!?」
「シャルロット、っていうんですけど」
ここまで
"シャルル・デュノアという男"はシャルロット自身が否定した、つまりは死んだも同然。ただ、死体は出る訳がないから
で、恥ずかしい話だが俺はシャルロットに命を救われた。アイツが立ち上がらなければ、俺はあの変なシステムに完全に乗っ取られていただろう。
「何が、望みだ?」
「望み? 変だな。俺はただ事後報告してるだけで、まだ脅迫とかはしてませんが?」
「貴様!」
「因みに、この会話は録音してる。発言には気を付けた方がいい」
淡々と電話している俺の耳元では、既に修理を終えたシアン・バロンがデュノア氏の発言をしっかりと録音していた。
どの道、スパイ行為を行ったシャルロット当人が証言するだけでこの男の人生は一気に崩れ落ちるのだが。
ただ、それでは俺達の目的を達成したことにはならない。あくまで、シャルロットをデュノアの呪縛から解き放ち、普通の生活をさせることが目的なのだ。
「それで、報告ついでに"提案"なんですが、シャルロットをシャルルの代わりにフランスの代表候補生にしてみてはどうでしょうか?」
「……何?」
「当然、デュノア社が全面的にバックアップする形で。丁度、シャルルの忘れ形見であるリヴァイヴのカスタム機も手元にありますし、シャルロットが使っても上手く適合したみたいです。いやー、偶然とは怖いものだ」
「よくも、そんな白々しいことが! 蒼騎凌斗と言ったな! 貴様、私にこんな真似をして許されると思っているのか!」
焦りに苛立ち、捲し立てるデュノア氏。
……どうやら、立場が分かってないらしい。
「脅迫罪でIS学園に訴え」
「やってみろよ、雑魚が。スパイ行為への教唆、情報詐称、更には虐待と次々にボロが出るのはそっちだ。貴様の築き上げたキャリアが、愛人の子供の為に全部崩れ落ちる。さぞ愉快な光景になるだろうな」
「くっ……!」
「恨むのなら貴様自身の弱さを恨め。父としても、経営者としても未熟で愚かな自分をな」
娘と同い年の男に論破され、ぐうの音も出ない男は自分の机をドンッと強く殴った。
その音を聞いて、俺は勝利を確信する一方で、落胆すらしていた。これがあのデュノア社の上の人間なのか。俺の祖父から大事な果樹園を奪い、俺に無力さを味わわせた企業のトップなのか。
「凌斗」
そこへ、俺の傍でずっとやり取りを聞いていたシャルロットが手を伸ばしてきた。この男と話したいらしい。
俺としてはあまり気が乗らなかったが、シャルロットの強い面持ちを信じて電話を替わってやる。
「……父、さん?」
「シャルルか! 今の男はなんだ! 悪い冗談は──」
「今まで、ありがとう」
会話の中身は俺にも聞こえるようになっている。
シャルロットは表情一つ変えず、俺以上に淡々と自分が今まで言いたかったことを告げていく。
「僕を引き取ってくれてありがとう。育ててくれてありがとう。役目をくれてありがとう」
「そ、そうだ。私はお前の父親だ。だから──」
「でも、もういいんです。僕の家族は……母さんだけだから。これで、さようなら。それだけ、言いたかった」
「シャルル!」
「僕の名前はシャルロット。もう
一方的に話を終え、シャルロットは俺に携帯を返す。目には少しばかりの涙を溜めていたが、表情は依然変わらず。
父への情が少しでもあった。そのことへの涙に罪はない。
強くなったな、お前は。
「だから言ったはずだ。シャルルは死んだ、と」
「…………」
「フランス政府にはお前から状況を告げろ。全て上手く事が運べば、お前の企業も潰れずに済む」
「……よくもそんなことが」
「要求を飲めば、報酬代わりに俺のデータを一部くれてやる」
「凌斗!?」
ガタッと立つ音が二ヶ所から聞こえた。その一つ、シャルロットは酷く驚いて俺を見てる。
当たり前だ。俺だって、脅迫だけで物事が上手く済むはずがないことぐらい分かる。今の俺にそれだけの力はない。
「俺からの要求はシャルロットとシャルルの入れ替えと、面倒な手続き全般。そしてシャルロットのサポートと、身の安全だ。それを無事に熟せば、シャルロットが帰国する時にバロンの稼働データの一部を持たせてやる」
「本当か!? 本当だろうな!?」
「嘘かどうか、まずは貴様の態度で示せ」
俺の稼働データ、つまり男性操縦者データは企業なら喉から手が出るほど欲しいもの。
大部分はイギリス政府が保有するだろうが、俺は別にどこにも所属してるわけじゃないからな。データをくれてやるぐらいは別にいいだろ。
「わ、分かった……君の提案を飲もう」
「忘れるなよ。お前はもう逃げ場のない立ち位置だということを」
そう言い残して、俺は電話とバロンの録音を切った。
取引が成立することになれば、シャルロットの学園での立ち位置も変わることになる。忙しいだろうが、これで無理な男装もしなくて済み、尚且つ今まで通りの生活が送れる。
「凌斗、僕の為にそこまで……」
携帯を投げ渡すと、シャルロットは委縮してしまっていた。
「これで借りは返した」
「え?」
「俺を助けた、その借りだ。それに、先に協力すると言ったのは俺だからな」
自分の言ったことの一つも守れないで、この先どう強くなるというんだ。
「さて、学園側にも報告した後で夕飯にするか」
「……凌斗!」
やることをやったら、途端に腹が減った。
リンゴを齧りながら職員室へ足を運ぼうとすると、シャルロットが呼び止める。
「ありがとう」
「……気にするな」
淡く頬を染めながら、シャルロットは笑顔で礼を言う。
異性から礼を言われることに慣れてない俺は何だか照れくさくなり、食堂への足を速めるのであった。
◇◆◇
『学年別トーナメントは、事故の為中止となりました。ただし、個人データの指標に関係するため、1回戦は後日に全試合行います。場所と日程は各自個人端末に──』
そこまで伝えられると、誰かがテレビを消した。これ以上は見ても無駄だと判断したのだろう。
クラス対抗の時もトラブルが原因で中止になったので、今回もこうなることは分かり切っていた。
「二人の言う通りになったな」
さっき合流した一夏が呑気にラーメンを啜りながらぼやく。
一応、シャルロットの事情を知っている一夏にも、事の顛末を伝えておいた。
シャルルは学園側の対応があった後、改めてシャルロット・デュノアとして転入すること。
それに伴い、部屋割りも俺と一夏だけに戻ること。
そして、シャルロットは学園側──学園長と織斑先生と相談する為、この場にはいない。
「当然だ。ISが2機も暴走して、このまま続けられるわけがない」
「だよなぁ」
ズルズルと麺を啜る俺達は、周囲からすれば呆れるほど呑気なものだろう。まぁ、中止ならば仕方ないとしか言いようもないのだが。
そんな俺達とは裏腹に、テレビを見ていた女子達は酷く陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
「優勝……チャンス……消え……」
「交際……無効……」
大体の見当は付くがな。改めて、女子の噂の一人歩きとは恐ろしいものだと思う。
例え優勝したところで、俺達がNOと言えば付き合える訳もないというのに。勘違いも大概にしろ。
「どうしたんだろうな?」
「俺に聞くな」
ゴクゴクと汁まで飲み干し、今日の夕食を終える。因みに一夏は塩、俺は味噌だ。
食器を片付けようと立ち上がると、何かに気付いた一夏が歩いて行った。その先にいるのは、箒だ。
「箒、そういえばこの前の約束だけどさ」
ああ、事の発端となった約束か。
一夏がそのことを切り出すと、他の女子同様に落胆していた箒に活力が戻った。
「付き合ってもいいぞ」
「……なにっ!?」
一夏の発言に、箒は目を見開きガッと食い入る。
まるでキスでもしそうな距離に近寄るが、そんなロマンチックなものとは全くかけ離れた状態だ。そうだな、例を挙げるならレディースがカツアゲをする現場、か?
「ほ、本当か? 本当なんだな!? 本当に、本当に、本当なんだな!?」
「お、おう……ぐるし……」
首根っこを掴んでブンブン揺さぶりながら聞くな。答えを聞く前に一夏がダウンするだろうが。
幸い、一夏は気絶する前に返事をしながら腕をタップする。
「そうかそうか!」
「げほげほ。幼馴染なんだし、買い物ぐらい付き合うって。何でそんなに必死」
「そんなことだろうと思ったわ! この戯けが!!」
女子らしい笑顔から一転。鬼気迫る表情と共に一夏の顔面を殴り飛ばし、箒はそのまま何処かへ行ってしまった。
笑えば美少女と呼んでもいいのだが、怒れば般若とも呼べそうだ。女と言うものは、感情一つで印象がガラリと変わるものだ。
「な、なんで……」
「お前、もう少し学習しろよ」
鈴の時にも同じような間違いしただろうが。
どうしようもない朴念仁っぷりに思わず溜息が零れる。
「そういえばさ、ISってお互いだけの空間を作って会話するって出来るのか? プライベート・チャネルとは違った感じで」
「何だそれは」
「俺だってよく分かんねぇけどさ……そんな感じがラウラの奴と出来たんだよ」
ラウラ・ボーデヴィッヒと?
けど、アイツは織斑先生曰く"VTシステム"とやらで意識を乗っ取られてたんじゃないのか。
二人だけの空間……か。でも、確かそんなことが何処かに書いてあったような……。
「
「え?」
「……操縦者同士の波長が合うと起こる、特殊な現象……って、聞いたことがある」
俺達の疑問に答えたのは、うどんの器を片付けようとしていた簪だった。
「波長か……多分それだな。えっと……」
一夏が納得すると、簪はぷいっとそっぽを向いてそのまま去ってしまった。
……ああ、簪は一夏のことも苦手だったっけ。
「今の娘、凌斗の知り合いか?」
「まぁな。それより、ラウラ・ボーデヴィッヒと何を話したんだ?」
「それが大して覚えてないんだけど……アイツのこと、分かった気がしてな。お前のことも守ってやるって、言ってやった」
守ってやる、か。
その台詞を誰かに向けて言い放つということは、ソイツよりも更に強くならなくてはならない。
つまり、また無責任なことを言ったのか。この男は。
「まぁ、どんな結末が待っていても、お前のことだ。俺には頼るなよ」
「お、おう……?」
誰かを手伝うことは出来ても、誰かを守るほどの強さを俺はまだ──。
「あ、織斑君、蒼騎君。さっきはお疲れ様でした」
そこへ、今度は山田先生が声を掛けてきた。
一直線にこちらへ来た、ということは俺達を探していたんだろう。
「山田先生こそ、こんな時間までお疲れ様です」
「いえいえ、私は"先生"ですから! これくらいへっちゃらです!」
先生という部分を強調して、山田先生は巨大な胸を張る。
身長も小さく、顔も童顔なので胸を除けば子供扱いされることの多い山田先生だ。ここぞとばかりに威厳を示したいのだろう。そういう態度こそ、生徒から可愛がられる要因だというのに。
「それよりも朗報です! なんと、今日から男子も大浴場が使用出来るようになったんです!」
「おお! 本当ですか!」
ファンファーレでも鳴りそうなほど、山田先生は大々的に宣言する。
……俺には喜ぶ要素の少ない朗報だったが、一夏は感動していた。そういや前から風呂が好きだから早く大浴場が使いたいと言っていたな。
「はい! 今日はボイラー点検で生徒は元々使えなかったのですが、予定より早く終わったのでどうせなら男子に使って貰おうって計らいになったんです!」
「おおお! ありがとうございます! 山田先生!」
感動のあまり、山田先生の手を掴んで感謝する一夏。こういうことを素でやるから修羅場が増える一方なんだと……言っても分からないか。
「あ、あの……そんなに近付かれると、先生困っちゃうといいますか……」
「はい?」
「人にはパーソナルスペースと言うものがあるのを知らんのか、貴様は」
困った山田先生に代わり、一夏の首根っこを引っ張って引き離してやる。
全く、緊張しすぎて山田先生の顔が真っ赤になってるじゃないか。
「あ、ありがとうございます、蒼騎君……ともかく、鍵は私が持って待っていますので、早速お風呂へどうぞ。デュノア君も直に来ると思いますので」
「は、はぁ……」
……山田先生、まだシャルロットが女だってこと知らないのか。
気の抜けた返事を返し、とりあえず俺達は部屋に着替えを取ってから大浴場へ向かった。
◇◆◇
さて、どうしたものか。
一夏はタオルを忘れたと逃げ、もとい部屋に戻った。
入り口ではテンションの高い山田先生が待ち構えている。ここで風呂に入らずに出れば、折角の好意を無碍にされたと悲しむだろう。
「篭には服を脱いだ形跡はないし……シャルロットはまだのようだな」
脱いだ服がないか確認する俺は、傍から見れば変態以外の何者でもないだろう。
……気にしないでおこう。それよりも、シャルロットがまだなら一夏と鉢合わせる可能性が高い。
じゃあ俺はこのまま脱衣所で待っていることもない。丁度体の疲れも取りたかったところだし、素直に風呂に入ることにするか。
「ふむ……ここまでデカい風呂は久々だ」
ここ最近では自宅の風呂と、寮のシャワーぐらいしか使ってないからな。
だが、前世でもここまで設備の良い風呂は見たことがなかった。湯船がいくつもあるが、内一つはジェットが付き、内一つは檜で出来ている。サウナも討たせ滝もあり、ここまで来ると寮いうよりは高級ホテルの浴場だ。
部屋もそうだが、ここまで力を入れるとは……IS学園、恐るべしだ。
「身体を洗ってから入るのがマナー、だったな」
家の風呂では気にしないのだが、ここまで立派だとマナーを守らずに入るのが恥ずかしくなる。
一先ず汗でベトベトの身体を洗い流し、綺麗にしてから大きな湯船に浸かることにした。
体が芯から温まる。その極楽っぷりに思わず気の抜けた声が出てしまい、だだっ広い浴場に反響する。俺も日本人だ、こういうのも悪くないだろ。
「一夏の奴め、きっと大はしゃぎするな」
一夏ほどではないが、俺も立派な大浴場に感動を覚えていた。
その時、俺が立てたものでない水音が聞こえた。滝の音でもなく、俺以外に誰かがいることに気付く。
一夏の奴か、とも思ったが、奴ならもっと喧しくするだろう。じゃあ誰が……!
「りょ、凌斗……」
脳内で答えが出掛かったところで、既に遅かった。
音の正体は、生まれたままの姿のシャルロット・デュノアであった。
「わ、悪い!」
俺は慌てて後ろを向くが、流石に二度目ともなれば目に焼き付いてしまう。艶のある金髪、張りのある二つの膨らみ、その真ん中で光る橙のペンダント、すらっとした細い腰。セシリアには負けるが、凹凸のハッキリしたボディラインは男ならなおさら魅力的に感じてしまう。
落ち着け、落ち着くんだ俺。これも不可抗力だ。俺は最善を尽くした。そうだ、そもそもコイツが山田先生に女だって明かし忘れたのが──。
「えっと……ご一緒してもいいかな?」
いいかなって、もう一緒に入ってるだろうが……。
だが、ここで追い出すのも気が引ける。何より、出たところで一夏と出くわす可能性すらある。
「いや、俺が先に出て一夏を待つ。説明が終わったら、出ろ。いいな」
「そんな、ダメだよ! 入ってすぐに出たら風邪引いちゃう!」
「だからって、女を締め出せるか!」
俺が出ようとすればシャルロットがダメだと言い張り、逆にシャルロットが出ようとすれば俺が引き留める。
埒が明かず、結局は俺に隠れる形で背中合わせに湯船に入ることになった。
「……お前、着替えはどうした」
「コインロッカーに入れたけど……探したの?」
「でなきゃ、入ろうとは思わないだろうが」
コインロッカーは流石に確認してなかった……というか、そんな分かりにくいところ使うなよ。
それから沈黙が続き、チャポンと天井から雫が落ちる音だけが木霊する。
「凌斗」
「なんだ?」
「本当に、ありがとう。僕に選ぶことを思い出させてくれて」
「……そんなことか」
真剣勝負の中で訴えてから、シャルロットは自分の道を選ぶようになった。
企業のスパイでも、親の人形でもない。シャルロット・デュノア自身の人生を。
「俺はただ、きっかけを与えただけだ。そこから何処へ向かうか決めるのはお前自身。だから、俺は礼を言われる筋合いはない」
「それでも凌斗がいなかったら、僕はずっと親の言いなりで動いていたかも。そこから解放してくれたのは、凌斗だよ。そんな強い凌斗だから……」
そこまでシャルロットが言うと、ふと背中に柔らかい感触を感じた。
白く細い腕が俺の胸元まで回され、シャルロットの顔が近付く。
「シャルロット!? お、お前っ!?」
「もう一回、名前を呼んで。母さんがくれた、大事な名前だから」
「しゃ、シャルロット……?」
「うん。僕はね」
自棄に積極的な態度を取られ、俺としたことが完全にペースを握られている。
何なんだ、これは。読めない。シャルロットの目的が読めない。
これではまるで──。
「待たせたな、凌斗! おおお! すげー!」
ガララッ、と戸が勢いよく開かれ、大声で一夏が入って来る。
同時に、シャルロットは俺の背から離れて隠れるように身をかがめた。
「一夏! 背中流してやる! そこ座れ!」
「え、マジ? なんだ、凌斗も風呂満喫してるじゃないか」
「シャルロット、今の内に出ろ。これぐらいの時間だったら怪しまれない」
入口から死角になる場所へ一夏を座らせると、シャルロットに出るよう告げる。
小さい返事が聞こえると、俺は一夏の背中をゴシゴシと洗ってやった。
「いたっ!? ちょ、もう少し優しくてもいいんじゃないか?」
「動くな。頭でも洗ってろ」
一夏を泡塗れにしてから振り返ると、シャルロットの姿はなくなっていた。
……なんか、一気に力が抜けた。
最後にアイツが言いかけたことは、一体何だったのか。大浴場にいる間は、そればかりが気になってしまうのだった。
◇◆◇
そして、翌日。予想通りシャルロットは一足先に部屋から出ており、教室にも顔を出していなかった。
ラウラ・ボーデヴィッヒもいないが、奴は奴でまだダメージが残っていたのだろう。VTシステムの事情聴取も俺達より長そうだしな。
「皆さん、おはようございます……」
SHRの時間になると、昨日とは打って変わってテンションだだ下がりの山田先生が教室に入ってきた。
……ああ、そういえば生徒の部屋割りや面倒な手続きは山田先生の担当だったな。ご愁傷様です。
「今日は、皆さんに転校生……? と、いいますか、その……ともかく転校生を紹介します……」
軽く鬱になってそうな山田先生の言葉に、教室中がどよめき出す。
つい最近転入生が来たばかりだというのに、どんな状況だよ。と、事情を全く知らない人間ならそう言うだろう。
教室のドアが開き、女子の制服を身に纏った転校生がその晴れ姿を見せる。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げるシャルロット。
制服と、分かりやすくなった体の凹凸以外はなんら変わりない。少なくとも、俺にとっては。
「デュノア君が、女……?」
「つまり、美少年は美少女ってこと……?」
「う、嘘だ! 昨日までの守ってあげたくなる系美少年は何処に行った!?」
死んだよ、と口を滑らせそうになる。
男だと信じて疑わなかった女子達は、非情な現実に悲鳴を上げる。
「あれ? 確か昨日は男子全員で大浴場を使ったって……」
あ。
しまった、その場で帳尻合わせをしてもシャルロットが正体をバラせば必然と気付かれることじゃないか。
「一夏! 貴様、どういうことだ!」
「一夏ぁーーー!!」
「い、いや! ってか、昨日いたのか!?」
教室にいた箒と扉を勢いよく開けた鈴の怒鳴り声がハモる。矛先は一夏だ、俺は知らんぞ。
「凌斗さん? 少しお話があります。よろしくて?」
我関せず、を決め込もうと思った矢先、背後からセシリアの冷たく凍えさせるような声が突き刺さった。
くそ、逃げられないか……!
「殺す!!!」
鈴が一夏目掛けて渾身の拳を放つ。って、甲龍を部分展開してるのか!? それは洒落にならないぞ!
しかし、鈴が人殺しになることも、一夏が教室の壁の染みになることもなかった。
「大丈夫か」
何故なら、瞬時に割り込んだラウラ・ボーデヴィッヒがAICを発動していたからだ。
おかげで鈴の拳は止まり、一夏は無事だった。
「助かっ」
一夏が安堵するのも束の間。
ISを解除したラウラは、一夏に向き直ると胸倉を掴んで自身の顔に引き寄せた。唇と唇が重なり……周囲の空気が一気に冷え込む。
いや、まさか公衆の面前でキスをするとは思わなかった。
「私は決めたぞ! お前を私の嫁にする! 異論は認めん!」
「……え?」
次いで、ラウラは爆弾発言を放つ。キスされた当人は混乱のあまり、冷静に首を傾げてしまうのだった。
全く、お前の周囲はどうしてこう賑やかになるのか。
「い、いいですか、シャルルさん? わたくしだって一月は同じ部屋でしたのよ? だからそう自慢げに語ることでは」
「でも僕達、裸の付き合いまでしたし」
「はだっ……! りょ、凌斗さん!!」
……俺の周囲も、いつの間にか喧しくなっていた。
もう、勘弁してくれ。そう口にする代わりに、溜息しか出ない俺であった。