一日目の夜。凌斗と一夏が風呂に入っている間、千冬に呼び出された女子6人はどうしたものかと様子を伺っていた。
「どうした? 一夏もくつろげと言っていただろう」
そういう部屋の主だが、あの織斑千冬を前に騒ごうという気にはなれなかった。
元々無口でクラスすら違う簪はともかく、昔馴染である箒や鈴音ですら緊張で畏まっている程だ。セシリアとシャルロットも談笑出来る心境ではなく、千冬を強く慕うラウラに至っては表情すら崩さずに話題が出されるのを待つばかり。
「なら仕方ないな。まずは飲み物をやろう。好きなのを取れ」
委縮した雰囲気に肩を竦めた千冬は、冷蔵庫から6人分のドリンクを取り出して並べる。
「いただきます」
このまま放置という訳にもいかず、6人はそれぞれ飲み物を取って一口飲んだ。
中身は1階の自販機で売っているごく普通の飲料。暑い夏の夜に乾く喉を潤し、少しは緊張する心を落ち着かせてくれた。
「全員飲んだな。じゃあ、コイツは他言無用だぞ」
千冬は小さく笑い冷蔵庫から更に1本、缶を取り出す。
それは未成年の箒達には馴染の薄い缶ビールだった。プシュッ、と缶を空けて一気に中身を口へと流し込む。
「ん? なんだ、私とて酒くらい飲むぞ」
「い、いえ……」
「意外というか……」
授業中は当然、寮での生活においても規律を重んじる鬼教官、織斑千冬。そんな人が目の前で豪快に酒を飲んでいることが、6人とも信じられなかった。
しかし、おかげで随分と緊迫したムードは取り払われた。
「さて、本題に移るか。修学旅行の定番と言えば
いきなり投げられた話題に、6人全員がビクッと反応する。
アイツ等、というのは誰かが聞かなくともこの場にいる全員が分かった。
「わ、私は……以前より腕が落ちているのが気に入らないだけですので」
「私は、その、腐れ縁だし……幼馴染だし」
箒と鈴音は幼馴染の顔を思い浮かべて言い訳がましく答える。だが、缶ジュースを持つ手は落ち着きがない。
「そうか。では一夏にそう伝え」
「「言わなくていいです!!」」
千冬のからかいに2人は顔を赤くして詰め寄る。
「で、お前等は?」
千冬が次に話を振ったのはセシリア、シャルロット、簪の3人。共通の想い人がいるのは、千冬にはお見通しだった。
「わたくしは……強いところです」
「僕も、強いところ……でしょうか」
全く同じ答えを出すセシリアとシャルロットに、千冬は「ほぅ」と小さく答える。
「蒼騎は弱いぞ」
しかし、すぐに一蹴して缶ビールを呷る。実際、千冬から見れば凌斗の実力はまだまだ低い。強いと言ったセシリアやシャルロットにも敗けることすらある。
2人も分かってはいたが、首を横に振った。
「力だけではありません。あの方は……私にはない芯の強さを持っています」
「僕はその強さに救われました。誰にも屈しない、強い意志に」
今、こうしてハッキリと好きな理由を答えられることこそ、2人が凌斗に強く影響を与えた証拠なのだろう。
千冬はこれ以上何も言うことはなく、今度は簪に視線を向ける。
「……私は、優しいところ……?」
簪は凌斗にIS製作を手伝ってもらっていた。だが、裏を返せばそれだけの関係であり、セシリア達のように面と向かって対峙したこともない。
凌斗へ気を許してはいたが、本当にこの気持ちが恋心かも分からなかった。
「蒼騎の奴が優しい、か。そんなところ見たことないがな」
千冬は簪の答えを簡単に突っ撥ねてしまう。
先程のセシリアやシャルロットとは違い、簪は言い返すことも出来ない。
「まぁ、奴とて人間だ。長所の一つぐらいはあるだろう」
実の弟である一夏とは違い、凌斗との付き合いは千冬も短すぎるため評価がしにくい。
簪のフォローのつもりで茶を濁し、千冬は最後に何も発言していないラウラへと話を振った。
「で、お前は?」
「……わ、私は、一夏の方が強いと思います」
「一夏はもっと弱いだろ」
一夏への評価は、千冬はバッサリと斬り捨てた。が、ラウラも珍しく反論する。
「強いです。少なくとも、私よりは。でなければ、私は過ちに気付くことすら……」
転入当初は一夏に殺意を向けていたとは思えない程、ラウラは一夏にすっかり惚れこんでいた。
千冬はそんなラウラの評価に懐疑的だったが、まぁいいだろうと二本目のビールと共に流し込んだ。
「蒼騎がどうかは知らんが、一夏は付き合えれば得だな。料理は美味いし家事も出来る。甲斐性があるかはイマイチだが、顔も性格も悪くない」
一夏も凌斗も、女子だらけという環境抜きで見ても整った顔立ちをしている。
IS学園内ではすっかり人気を二分しており、そういった意味でも付き合えれば相当な得をしていると言えよう。
「でだ。欲しいか?」
「くれるんですか!?」
突然の提案に全員が食い付く。
「やるかバカ。欲しいなら自分で奪い取れ」
またからかわれた女子達はうっ、と固まり、そんな様子を千冬は酒の肴として楽しんでいた。
◇◆◇
臨海学校二日目。
今日は一日中、各種装備の試験運用とデータ取りに追われることになる。遊びに来たわけではないから当然と言えば当然だが。
特に、俺達専用機持ちは量産機よりも大量の装備を試用しなければならない。息吐く間もないとはこのことだ。
「では遅刻者。ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」
「は、はい。ISのコアは──」
一つ意外だったのは、優等生のラウラが寝坊して集合時間に遅れたことだ。
何があったのかは詮索こそしないが、予想は出来る。昨日、織斑先生の部屋で何かあったな。セシリア達の方を見れば、危なかったと言わんばかりに顔を強張らせている。
「よし、遅刻の件はこれで許してやろう」
「ありがとうございます……」
普段ならばこのままキツイ罰でも待っていそうだが、ラウラの説明が完璧だったからか不問となった。若しくは、自分にも責任の一端があると自覚してるからか。
「それでは、各班ごとにISの試験運用を始めろ。専用機持ちは別途用意された専用パーツのテストだ。全員、迅速に行動しろ」
全員が返事をして、各々の行動に移る。
さて、専用パーツのテスト運用だが気に入ったものがあれば個別に注文してもいいことになっている。ここで自身の武装を増やすのも、重要な目的でもある。
「篠ノ之、お前はこっちに来い」
織斑先生が箒を専用機持ち側へ呼ぶ。打鉄用の装備を用意していた箒も、思い当たる節があるのかすぐに来た。
どういうことだ? まるで箒に専用機でも来るみたいだ。
「今日から専用機が」
「ちーーーちゃーーーーーん!」
織斑先生の話を遮るがごとく、大声を上げながら女性らしき人影が走って来る。
この場に部外者がいること自体が問題なのだが、それ以上に走る速度が尋常ではない。まるで漫画に出て来る、足に強化改造でも施したサイボーグのようだ。
「会いたかったよちーちゃん! さぁハグしよう! 愛を確かベッ!?」
何もかもが奇天烈な女性は織斑先生に飛び掛かると、ニコニコと笑う顔面を片手で掴まれた。所謂アイアンクローって奴だ。
向かってきた女もすごいが、それを何でもないかのように対応して顔面を締め上げる織斑先生もとんでもない。
「うるさい」
「いだだだっ、相変わらずの容赦のなさだねっと!」
しかし、謎の女は織斑先生のアイアンクローから即脱出し、華麗に着地して見せた。
夏の日に煌めく紫色のロングヘアーに整ったにこやかな顔立ち、そして服に収まりきってない豊満な胸が目を引く。青いワンピースと懐中時計の入ったエプロンは不思議の国のアリスのイメージだろうか。
どんなに美女でも、頭にはピコピコと動くウサ耳付きのカチューシャ。それにツリ目の下に着いた大きな隈からその人物が変人であることに気付く。まぁ、それ以前に行動がその数割増しで変なのだが。
「箒ちゃんも久しぶり。何年ぶりだろうね。大きくなったね、特におっぱいが」
箒とも顔見知りらしいが、感動の再会かと思いきや手をワキワキさせて近付く姿は変態以外の何者でもない。
対する箒もその人物には容赦がなく、触られる前に拳骨で殴った。
「殴りますよ」
「うー、殴ってから言った! 箒ちゃん酷いよ! 姉妹のスキンシップなのに!」
姉妹……?
まさか、この変態があのISの生みの親か?
「えっと、この合宿では関係者以外立ち入りが」
「おや? ISの関係者とあれば、開発者である私以上の関係者は存在しないと思うんだけどなぁ?」
「えっ? あ、はい……すみません」
山田先生相手でも態度を崩すことはなく、反論して追い返してしまった。
気弱な山田先生では、相手が誰でも口論で勝つなんて出来なさそうだが。
「束、自己紹介ぐらいしろ。急すぎて生徒達が反応に困っている」
「えー、めんどくさい。どーも、天才の束さんです。終わり」
怒られた反抗期の子供みたく、女性は適当すぎる自己紹介を済ませた。
「おい一夏。アレが篠ノ之束か?」
「あぁ、束さんだ」
間違いなく、目の前の変質者が稀代の天才にして世界的指名手配犯の篠ノ之束のようだ。
色々と突っ込み所が満載だが、突っ込んだところで無意味だろうからやめておく。
「全く……コイツのことは無視していいから、作業を続けろ」
「ぶー、冷たいなぁ。折角の再会なんだし、もっと濃厚に愛を」
「黙れ」
篠ノ之束は周囲のことなどお構いなしに、織斑先生とスキンシップを取ろうとする。一体何しに来たのか。
そろそろ作業の邪魔になってきたので、織斑先生も軽くあしらう。
「え、えっと……」
「山田先生は各般のサポートをお願いします。コレと専用機持ちは私が面倒見るので」
「わ、分かりました」
篠ノ之束が来てからただ呆然としてた山田先生も、織斑先生に指示を受ける。
普段からアドリブに弱い山田先生が織斑先生に指示を仰ぐのは見慣れているが、その様子を篠ノ之束は頬を膨らませて見ていた。
「むむ、ちーちゃんが優しい……おのれ、そのおっぱいで誘惑したのかー!」
篠ノ之束は標的を織斑先生から山田先生に変え、豊満すぎる胸を執拗に揉みしだく。
「うりうり~、ここか~? ここがええのか~?」
「きゃああああ!? や、やめてくださいー!」
ぐにぐに、と形を変える胸の膨らみ。紅潮する山田先生の頬。そして篠ノ之束の胸もぷるんと揺れ……。
「コホン! 凌斗さん?」
背後からの咳払いで我に返り、官能的な光景から素早く目を逸らす。
けど仕方ないだろう! いきなり目の前で始められたら!
「凌斗ってたまにスケベだよね」
「……やっぱり、胸か……」
「ま、まぁ異性に興味を持つのは構いませんけれど、節度を持ってくださいまし!」
シャルロット、簪、セシリアにジト目で睨まれた俺は見苦しい言い訳すら出来なかった。簪に至っては自分の胸に手を当て、まるで親の仇でも見るかのようだ。
「そこまでだ」
「ちーちゃんのおっぱいはどのくらい育ったのかなぁ?」
「死ね」
標的を再度、織斑先生に戻そうとしたところで逆に蹴り飛ばされてしまった。そのまま砂浜にダイブする篠ノ之束の姿は、知らない人が見たら芸人が体張ったギャグをやってるようにしか見えないだろう。
「はぁ……それで、頼んでおいたものは?」
「ふっふっふ、それなら心配いらないよ……」
呆れた風に溜息を吐き、箒は事前にしていたらしい頼み事について尋ねる。
すると、篠ノ之束はゾンビのようにゆっくり起き上り、不気味に笑いながら豪快にポーズを決めつつ天を指差した。
つくづく不思議なんだか、コイツ等は本当に血の繋がった姉妹なのか?
「さぁ! 天を見よ!」
その瞬間、篠ノ之束が指さした遥か上空の彼方から謎の金属の塊が振ってきた。
それは轟音を響かせながら砂浜に着地し、面の一つがひとりでに開いた。中には、見慣れぬISらしきシルエットが収まっている。
「本邦初公開! これこそ、箒ちゃんの専用機! その名も"
篠ノ之束の紹介と同時に、金属の箱内部に設置されていたアームによって紅いISが外へと運ばれる。
これが箒の専用機。なるほどな、頼んでおいたもの……。
「さぁ箒ちゃん! 早速フィッティングとパーソナライズを済ませよう! あ、紅椿の性能は現行のIS全てを上回るから安心していいよ!」
「……お願いします」
全ISを上回るスペック。そんなものが簡単に出てくる辺り、世界的な大天才にしてISの母という肩書に偽りはないということだな。
篠ノ之束の操作によって紅椿の装甲が開き、乗り込みやすい高さまで姿勢を落とす。
「箒ちゃんのデータはあらかじめ入れてあるから、後は最新のデータに更新するだけ! あと、近接用をベースにした万能型に仕上げてあるからどんな戦い方でもオッケー!」
「それはどうも」
ベラベラと話しながら、手は口の倍のスピードで動いている。そんな騒がしい姉に対し、妹は微動だにせず一言返すのみ。
本当に、この2人の間には深い亀裂があるようだ。別に立ち入るつもりもないが、空気が変に重い。
「あの専用機、本当に篠ノ之さんが貰えるの?」
「ちょっと不公平じゃない? 実力も大してあるわけでもないのに」
目の前で最新型の専用機を、開発者が身内というだけで貰える。そのことに不満は少なからず出る。まぁ、そりゃそうだ。
「おや? 歴史に疎い子がいるね。人類史ではいつだって平等だったことなんてないよ。持つ者が富み持たざる者が飢える。たったそれだけでしょ?」
ところが、そんな不満の声すら篠ノ之束は片手間に封殺する。論破されてしまった女子達は何も言えず、そのまま作業へと戻った。
世界はいつでも不平等だ。権力を持つ者が持たないものを見下す。だからこそ、力が欲しいんじゃないか。
「あとは自動調整に任せれば終わりだよ。あ、いっくんお久ー。早速だけど白式見せて」
「はぁ、いいですけど」
サッと作業を終わらせ、篠ノ之束は一夏の方へ向き直る。
まだ誰も本来のテスト運用を始められてすらいないのに、篠ノ之束は最新機のフィッティングとパーソナライズを終えてしまった。まだ短時間だというのに、何度も相手が天才であることを思い知らされる。
「あ、あの!」
一夏が白式を差し出すと、第三者の呼びかける声が。
「篠ノ之博士の御高名は兼がね承っております。もしよろしければ、わたくしのISを見て頂けないでしょうか!?」
声の主、セシリアはやや緊張しながら篠ノ之束に頭を下げる。
相手はISの開発者。世界的に名の知れた有名人に自分の専用機を見てもらいたいと思うのは不思議ではない。
「は? 誰だ君」
だが、篠ノ之束はさっきまでの朗らかな態度とは一変させ、まるで害虫でも見るかのように冷たい視線を向けた。
「今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんとの感動の再会シーンなんだよ。君みたいな知らない奴がのこのこ話しかけていい場面じゃないんだよ。邪魔なんだよ」
「あ、あの」
「うるさいんだよ、いつまでいるんだよ。あっちいけよ」
篠ノ之束は次々と拒絶の言葉を並べ、セシリアを追い返す。知らない人間に対してはこうも冷たいのか、この女は。
尊敬の眼差しを向けていたセシリアも、対象に悉く拒絶されてしまいショックを隠し切れない。相手は世界的天才であると同時に、世界的危険人物。不用意に近付こうとするからこうなるんだ。
「ん?」
「凌斗……」
篠ノ之束とセシリアの間に割って入る。一夏が首を横に振るが、別にこれから喧嘩をするつもりではない。
「失礼した」
そう告げ、俺はセシリアを連れてその場を去った。誰かしらフォローしなければ、セシリアが去るまであの女は口撃を止めなかっただろう。
「あれが蒼騎凌斗、か」
篠ノ之束がボソッと何かを呟いたようだが、俺には聞こえなかった。
「すみません、凌斗さん……」
「この程度でへこたれるな。みっともない」
まだ立ち直れないセシリアと共に、俺は自分の作業を再開させる。
篠ノ之束の方は金髪がどーだの、いっくんや箒ちゃん、ちーちゃん以外はどうでもいいだのとグチグチ言ってるようだが。
知らない相手に対しあそこまで偏屈だと、さっきの山田先生へのボディタッチは何だったのかとは思うが。
「ああいう偏屈な奴は、気に入らないな」
「え?」
俺が呟くと、セシリアはギョッと驚いた風にこちらを見る。
何だ。その「お前が言うな」と言いたげな反応は。
「たたた、大変です! 織斑先生!」
その時、山田先生がさっき以上の慌てぶりで織斑先生の方へ向かってきた。
「どうした?」
「こ、これを!」
山田先生の持った小型端末を見た織斑先生も顔を強張らせる。何かとんでもない事件が起きたようだ。
穏やかじゃない雰囲気に他の生徒達も気付く。すると、織斑先生たちはハンドサインでやり取りを始め、情報漏れを防ぎ始めた。
「で、では! 私は他の先生達に知らせます!」
「分かった。全員注目! 特殊事例につき本日のテストは中止! 各班はISを片付けて旅館に戻れ。それから先、指示があるまでは室内待機だ。いいな!」
やり取りが終わると山田先生は慌てて旅館に戻り、織斑先生が号令をかける。
これから始めようって時に突然の中止。不穏な空気に周囲が騒めき始める。
「喧しい! 以後、外に出たものは身柄を拘束する! さっさと動け!」
「は、はい!」
今回ばかりは織斑先生も急を要するのか、脅迫染みた命令を下す。
気迫に押された女子達はテキパキと片付け始め、旅館へと帰っていった。
「専用機持ちは集合しろ! 蒼騎、織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識! それと篠ノ之もだ!」
その中で、俺達だけが直々に呼び出された。今さっき、専用機を貰ったばかりの箒を含めて、だ。
今までだと巻き込まれない限りは専用機持ちすら関わらせなかったはずだが、今回はそういう訳にもいかないようだ。
緊迫したムードに包まれる中で、俺は見た。
「……ふふっ」
篠ノ之束は小さく、不気味に笑っているのを。
その視線は明らかに俺の方を向いていたことを。