IS ~Identity Seeker~   作:雲色の銀

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第4話 蒼い男爵は青い雫を討つ力となるか

 クラス代表決定戦まであと数日。セシリア・オルコットは普段通り、自室での復習を行っている……はずだった。

 机に向かい、参考書を開いていても勉強に集中出来ない。その理由は新しい環境に未だ不慣れだから、だけではなかった。

 

(……あの方)

 

 大きなウエイトを占める要因は自身の背後、ベッドで同じように授業の復習をしている男性にあった。

 しかも器用なことに参考書は足で開き、右腕には蛍光ペン、左腕にはダンベルを持っている。筋トレしながら勉強もする姿は、セシリアには滑稽に見えた。

 

(名前は確か、蒼騎凌斗と言いましたっけ)

 

 セシリアは凌斗に奇異の目を向けながら、今日の放課後のことを回想する。

 

 

 射撃型の戦闘スタイルであるセシリアは、放課後になると射撃訓練場で自主練を行っていた。合計スコアは3年の先輩と比べても謙遜ないぐらいの優秀さだった。

 今日も、ターゲットを全て撃ち抜き、余裕の態度を示していた。

 

「あら、いましたの?」

 

 ふと気付くと、隣では凌斗が慣れない手つきでライフルを構えていた。目の前のターゲットをゆっくりと狙い、引き金を引く。しかし、エネルギー弾はターゲットの右端に掠っただけだった。

 

「ふふっ、その程度でわたくしと戦うなんて、よく言えましたわね?」

 

 素人丸出しの結果に、セシリアは鼻で笑う。だが、凌斗はセシリアを一瞥しただけですぐにライフルを構え直す。

 無視されたセシリアは額に青筋を立てるものの、諦めてすぐに帰るだろうと自主練を再開させた。

 ところが、待てども待てども隣から人がいなくなる気配は一向にしない。

 

「……まだ、いたんですのね」

 

 夕食時になり、周囲で訓練をしていた生徒もいなくなってきた。セシリアもそろそろ引き上げようとした時でも、凌斗は変わらない場所で訓練を続けていた。集中して引き金を引くと、エネルギー弾は見事にターゲットを捕える。

 

「ああ、お前もまだいたんだな」

 

 大きく息を吐いて集中を解いた凌斗は、ようやくセシリアと向き合う。

 スコアも大したことなく、構えも狙撃も下手糞。なのに、凌斗の態度からは絶対に屈しないという強い意志を感じさせた。

 

「……どうせ、無駄ですのに」

「無駄かどうか、お前が決めるなよ」

 

 自分の呟きにも強く返し、凌斗は一足先に去っていく。

 折れない、媚びない、諦めない。そんな凌斗に、セシリアは不思議と嫌悪感が薄れていった。

 

 

(あんなにわたくしにはっきりと言い返す男性、初めてですわ)

 

 面と向かって物を言う強い眼差しは、セシリアに父親を逆連想させていた。

 

(父は、母の顔色ばかりうかがう人だった。他の男だって、家の財産や地位目当てに媚びを売るような人ばかり)

 

 名家であるオルコットに婿入りした父は、母に多くの引け目を感じていたのだろう。

 弱い父親の姿を見たセシリアは、幼少の頃から『将来は情けない男とは結婚しない』という思いを抱くようになっていった。

 逆に、女尊男卑の社会が出来る前から強かった母をセシリアは尊敬していた。自分もいつかはそうなりたいと、思わずにはいられないほどに。

 

 そんな真逆の印象を抱いていた両親は、今はこの世にいない。三年前、大規模な鉄道事故で他界した。とても、あっさりと。

 それからセシリアの世界が変わった。手元に残された遺産を金の亡者から守るため、あらゆる勉強をした。

 母のように、強くあるように気丈に振る舞った。少女だったセシリアは、エリートであり選ばれた女になるために努力を惜しまなかったのだ。

 

(そう、私はイギリスの代表候補性、セシリア・オルコット。負けのない、優雅なる強者。男なんて軟弱な生き物に負けるはずない)

 

 父やすり寄ってきた男達の姿を強く思い出し、凌斗のイメージをかき消す。

 この男も、どうせ他の連中と同じ。自分に負ければ、きっと媚び出すに違いない。

 絶対的なプライドを信じ、セシリアは勉強に集中するのだった。

 頑なな心とは別に、彼に対する特別な興味に気付かないまま──。

 

 

◇◆◇

 

 

 クラス代表決定戦、当日。

 ピットで俺は一夏、箒と共にその時を待っていた。

 

 俺は専用機が来るまでの間、やれることはしたつもりだった。

 本音達と行った一対多による反射神経の訓練以外では、主に射撃訓練を熟しつつIS操縦の基本項目を勉強した。勉強机はセシリア・オルコットが隣に座らせることを拒んだので、ベッドで勉強する羽目になったのだが。

 

「……エリートも地道な努力から、か」

 

 思い返せば、一緒の部屋でセシリア・オルコットが遊んでいるところを見たことがなかった。シャワーや化粧の時間以外は勉強机に向かっていることの方が多かったのだ。

 射撃訓練場でも鉢合わせることがあった。奴のスコアは今の俺では到底追いつけないものだ。最も、戦闘スタイルがまるで違うので追いつこうとも思わないがな。

 俺達の間に会話はほとんどなかったが、セシリア・オルコットのプライドを強固なものにしている秘訣の断片が垣間見えたような気がした。

 他人──特に俺や一夏は見下すが、それ以上に自分に厳しいのだ。自分への努力に手を抜くということが一切ない。湖の上を優雅に泳ぐ白鳥は、一目に触れない海面下で必死に泳いでいると聞くが、セシリア・オルコットもプライドを保つ為に必死なのだと感じ取った。

 そういう頑な努力を怠らない"強さ"、嫌いじゃない。

 

「が、勝負は勝負。全力でお前という強敵を超えてやろう」

 

 既にアリーナにいるであろうセシリア・オルコットへ、静かに宣戦布告をする。

 

 

「なぁ、箒。ISのことについて教えてくれるって話は──」

「今日はいい天気だな。絶好の決闘日和だ」

「そうだな。ところで──」

「あー、お前のISはまだ来ないのかー」

 

 

 それに比べて。

 隣では、一夏が困った風に話しかけ、箒がそれをかわすという漫才が繰り広げられていた。

 どうやら、コイツらはこの6日間ずっと剣道場で竹刀振ってただけらしい。一夏の専用機もまだ来ておらず、"初期化(フォーマット)"も"最適化(フィッティング)"も当然のように済んでない。

 IS戦は剣道と違うんだぞ? 相手が射撃タイプだった場合どう対処するつもりだったんだ?

 

「お前は本当に戦う気があるのか」

「し、仕方ないだろ! 箒が全然教えてくれないし!」

「私のせいだというのか!」

 

 呆れてものも言えない。

 このままでは、料理初心者の素人に包丁持たせるような危険な状態になってしまう。そんな奴に戦わせたくないし、戦いたくもない。

 

「もういい。俺がセシリア・オルコットと戦っている間、その貧弱な頭にでも叩き込んで置け」

 

 俺は一夏に吐き捨て、右耳に付けたシアン色のイヤーカフスを触る。これが俺のISの待機形態だ。

 

「蒼騎君、準備はいいですか?」

 

 とてとてとこちらへ走って来る山田先生の声に、俺は大きく頷く。

 いよいよだ、と思うとアリーナ搬入口が開いた。外では、セシリア・オルコットが空を飛びながら待ち構えている。

 

「"最適化(フィッティング)"した時に確認済みだとは思いますが、各部動作などの異常はありませんか?」

「問題ないです。それを、今から見せましょう」

 

 この場にいる人間、全員に見せるんだ。俺が手に入れた力を。

 高揚する気持ちを抑え付けながら、俺はゲートに進み己のISを展開した。

 

 

「俺を導け、"シアン・バロン"!」

 

 

 俺に呼応するかのように、イヤーカフスからISが展開される。

 その名が示す通りシアンをベースカラーにしていて、一部の装甲やラインの色は黒。遠目で見ると、落ち着いた印象を受けるカラーリングになっている。

 バロンが繋がっていくことで、俺の感覚はよりクリアなものになっていった。武装の種類、エネルギー残量、敵の位置と詳細。一番最初、あの始まりの日にISを動かした時の暴力的な奔流とはちがい、整理されたそれらの情報が優しく頭に入って来る。

 目を開けると、そこから見える世界は今までとはまるで別のもののように感じた。身体の感覚もどこか違う。俺が纏っているものが巨大な機械の塊だとは思えない程、身体に馴染んでいる。背後で浮遊している非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)ですら肉体の一部のようだ。

 土曜日にシアン・バロンが来て、"最適化(フィッティング)"の為の試運転をした時以来の感覚だが、やはり心地いい。とてつもない力が身体を巡り、今すぐにでも飛び立てそうな気分になる。

 

「これが凌斗のISか!」

「シアン・バロン。蒼い男爵、という意味だそうだ」

 

 若干胡散臭い名前だが、まぁいいだろう。

 それより、セシリア・オルコットの情報を頭に叩き込む。ISネーム"ブルー・ティアーズ"。中距離射撃型で、特殊装備あり。

 射撃訓練場に奴がいたから射撃型の可能性は十分考えていたが、どうやら大当たりのようだ。

 

「勝てそうか?」

「さぁ。俺もコイツも初陣なもので、はっきりとは言えません」

 

 傍にいた織斑先生の質問に正直に答える。"初期化(フォーマット)"と"最適化(フィッティング)"を済ませただけで、コイツが何処まで戦えるかは知らない。

 それに、相手は代表候補性。素人に毛が生えた程度の俺が勝てる見込みは低い。

 

「──けど、負ける気はありません」

 

 それでも、俺は負けを選ぶことはない。野望を果たすまで、一歩も引くことを許さない。それが俺の信条だ。

 それだけ聞くと、織斑先生はフッと笑った。ISのハイパーセンサーでないと分からないような微量の笑みだが。

 

「一夏」

 

 最後に、一夏に呼びかける。

 

「上で会おう」

「ああ!」

 

 上で会う。それは、俺がセシリア・オルコットに勝った後で戦うということだ。

 一夏の大きい返事を背に、俺はようやく手に入れた力で外へと飛び立った。

 

 

◇◆◇

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

「ああ、お前を倒したくてウズウズしていたところだ」

 

 腰に手を当てて待つセシリア・オルコットと、約一週間ぶりの会話を果たす。

 

「そのIS……イギリスで開発されたようですわね。ですが残念。もうスクラップになってしまうなんて」

「お前こそ、自慢のISがズタボロにされて泣いてもいいようにハンカチは持ってきたか?」

「あらあら、あなたにお貸しするハンカチなんて、持ってませんわよ?」

「準備の悪い女だな。泣き顔がドアップで晒されても隠すものがないなんて」

 

 会話と呼ぶにはあまりに一方通行なやり取りに、お互いの青筋が浮かんでくる。

 本当に口の減らないお嬢様だな。けど、それも今日限りにしてやるさ。

 

「同じ部屋の(よしみ)で、最後のチャンスをあげますわ」

「最後のチャンス?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくてよ?」

 

 いかにも小物臭い言い回しに、俺は一瞬呆れてしまう。ここまで来て謝るくらいなら、最初からこの学園に来ていない。

 そう、俺は一度転生してまでも自分というものが得たかった。その為に、今は力を欲している。この世界をブッ壊すだけの力をな。こんな小娘なんかに、俺の道を邪魔されてはたまったものではない。

 すると、左目でセシリア・オルコットのIS、ブルー・ティアーズが射撃モードに移行したことを確認する。手に持ったレーザーライフル"スターライトmkⅢ"でこちらを撃つつもりなのだろう。

 

「御託はもういいから──始めるぞ!」

 

 俺は右手に片手用のランス"スペリオルランサー"を出現させ、セシリア・オルコットに突っ込んでいく。

 

「そう? それなら、お別れですわね!」

 

 セシリア・オルコットも俺の攻撃は読んでいたらしく、後ろに下がりながら狙撃してきた。

 初弾はスペリオルランサーで弾くことが出来たが、二発目は頬を掠める。今のでシールドエネルギーが削られてしまったようだ。

 

 ISバトルは、相手のシールドエネルギーを0にすれば勝利となる。

 ただし、バリアを突き抜けると実体がダメージを受けてしまう。その際、命の危険に関わるような攻撃なら、操縦者が死なないように"絶対防御"という能力が発動してあらゆる攻撃から守ってくれる。

 その代わり、この絶対防御が発動するとシールドエネルギーを大幅に消費してしまい、負けに繋がる。

 要するに、死ぬことはないがバリアを貫通するようなダメージを受けると、エネルギーを大量に消費してしまう、ということだ。

 

「チッ」

 

 今の攻撃はバリアを貫通したものの、命に危険のあるものではなかったので絶対能力は発動しなかった。

 その分、実体がダメージを受ける羽目にはなったが。頬の掠り傷から流れる血を拭い、軽く舌打ちをする。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 まるで舞台を演じる女優のように、オーバーな振る舞いをするセシリア・オルコット。次の瞬間、奴の周囲に浮いていた4つの自立機動兵器が、一斉にこちらへ銃口を向けてきた。

 なるほど、これがブルー・ティアーズの特殊装備か。

 

「このBT兵器、"ブルー・ティアーズ"を試験的に搭載したからこそ、わたくしのISも同じ名前が付けられましたの」

「ああ、そうかよ。ややこしいな!」

 

 自慢げに語るセシリア・オルコットを尻目に、俺はそのBT兵器──通称"ビット"から雨のように放たれるレーザーを必死に避けていた。

 上下左右斜めと三次元的に攻めてくる4つのビットに、俺は一対多数の訓練もやっておいて本当に良かったと心から思うのだった。

 

「蒼騎君頑張れー!」

「あおっちファイト~!」

 

 ふと、観客席を見れば訓練に付き合ってくれた布仏本音、谷本癒子、夜竹さゆかが応援してくれていた。

 因みに、"あおっち"とは本音に付けられた渾名だ。気が抜けるので、あまり気に入ってはいないが。

 

「逃げてばかりでは、面白くありませんことよ!」

 

 ビットに加えて、セシリア・オルコットの射撃まで飛んでくる。

 流石に全弾避けるのは難しく、徐々にシールドエネルギーが削られるのが感じ取れた。装甲に掠っただけで数字がどんどん減らされていき、少しばかり焦りが生まれる。

 アイツの言う通り、避けてばかりではダメだ。この状況を何とかするか。

 

「うっせぇんだよ!」

 

 俺は急旋回し、擦れ違い様にビットを一つ切り払う。上手く攻撃の当たったビットは火花を散らして爆散した。

 だが、セシリア・オルコットは焦るどころかフフッと笑う。

 

「隙だらけですわ!」

 

 急旋回したため、数瞬の間だけ動きが止まってしまったのだ。

 その隙を逃さず、セシリア・オルコットはビットの射撃を俺の背中に浴びせてきた。

 

「ぐぅっ!? クソッ!」

 

 エネルギー残量が大きく減った。背部装甲にも損傷が出た様子だが、飛行に問題はない。

 この方法でビットを破壊するのは無理だと悟った俺は、再びセシリア・オルコットの周囲を飛び回った。

 

「もう諦めて、降参してはいかが?」

「断る!」

 

 勿論、この程度で諦める俺ではない。

 他者から見れば圧倒的不利だが、それでも俺はもう上がる口角を隠そうともしなかった。

 

 楽しい。めちゃくちゃ楽しい。

 

 攻撃を受けてなお、力が溢れるのが感じ取れる。シアン・バロンが俺に合わさっていくのが感じられる。

 これこそが俺の力。望んで手に入れた、俺の強さ!

 俺が俺自身(アイデンティティ)を強く感じる瞬間!

 

「ああ、もう分かった」

「あら、力の差をかしら?」

「いや──この力の使い方だ!」

 

 俺はスペリオルランサーの柄を持ち変える。

 スペリオルランサーは穂先の大きさに反し、柄は片手で扱えるように短い。そのPの字のような形をした柄は、実は付け根にトリガーがある。それを引くと、槍の中間にある銃口からレーザー弾が放たれた。

 

「えっ!?」

 

 そう、スペリオルランサーは射撃も可能なランスだったのだ。

 連射こそ不可だが遠距離の相手には射撃、そして近距離ではランスとして使用出来るオールレンジ対応の優秀な武器だ。

 放たれたレーザーはビットの一基に命中し、破壊させる。残りはこれで二基。射撃訓練も、これで活きたな。

 

「ついでに、お前の弱点も見えた」

「減らず口を!」

 

 見下していた相手にビットを2機も破壊されて、セシリア・オルコットの表情が変わる。

 射撃の数が減れば、こちらもかわしやすくなる。

 

「行くぞ」

 

 ずっと飛び回っていたのは、何も攻撃を避けるためだけではない。俺はずっとセシリア・オルコットの攻め手を観察していたのだ。そして、奴の弱点を見つけた。

 ビットを引きつけた俺は、セシリア・オルコットめがけて急速接近を仕掛ける。

 

「お馬鹿さん。一直線に飛んでくるなんて、的にしてくださいって言ってるようなものですわ!」

 

 セシリア・オルコットは俺を嘲笑し、照準を合わせてくる。タイミングは一瞬だ。

 

「……今だ!」

 

 俺は体を横に回転させ、機動を反らす。

 セシリア・オルコットの照準の先には、迫り来るビット。このまま同士討ちでもしてるがいい!

 

「フフッ、まさかこの私が同士討ちをするとでも!」

 

 だが、セシリア・オルコットは俺の手を読んでいた。

 ビットは操縦者を回避し、奴の後ろへと飛んでいく。そしてライフルを構えたまま、背後を向いた。目論見が外れた俺を狙撃するために。

 

「さぁ、閉幕(フィナーレ)と参りましょう!」

 

 セシリア・オルコットは再び照準を合わせ、引き金を引こうとした。

 だが、すぐに異変に気付く。自分をかわして飛んでいったはずの男がいない。正面にも、右にも、左にも。

 

「貰ったぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 俺は隙だらけのセシリア・オルコットに、真上から切りかかった。

 BT兵器の弱点。それは、指示を出さなければ動かない。セシリア・オルコットを急に避けられたのも、あの時即座に指示を出したから。

 そして致命的な弱点が、BT兵器は制御するのに集中しなければならないことだ。

 

「お前はビットを動かしている間は動くことすらできない」

 

 俺を見失ったのも、ビットに指示を送ったためだ。ISの全方位視界接続は完璧なので、情報さえ整理しておけばすぐに見つかったはずだ。

 だが、初心者の俺が単調な動きしかできないと侮ったセシリア・オルコットは、すぐに後ろを向けば簡単に見つかると思いこんでいた。

 慢心さえなければ、防げたかもしれないミスだったな。

 

「くっ……!」

 

 セシリア・オルコットの目尻が引きつる。高すぎるプライドが完全に足を引っ張った証拠だ。

 エリートの金メッキも、もうすぐ剥がれ落ちるだろう。

 

「これでっ! お前のビットも封じたっ!」

 

 セシリア・オルコットへの攻撃は、気を散らせるためでもある。

 すぐに奴から離れ、指示待ちで浮遊してるだけのビットをスペリオルランサーで破壊した。

 特殊装備を失ったセシリア・オルコットに残っているのはスターライトmkⅢと、使い慣れてないであろう近接装備"インターセプター"のみ。

 代表候補生に王手をかけた俺は、槍を構えて突っ込んでいった。

 

「──かかりましたわ」

 

 にやり、と追い詰められているはずのセシリア・オルコットが艶美に微笑む。

 すると、奴の腰部から広がるスカート状のアーマーの突起が外れて、こちらを向いた。

 

「お生憎様! "ブルー・ティアーズ"は6機あってよ!」

 

 そう、レーザー射撃のビット以外にも、弾道型のビットを2機隠し持っていたのだ。

 避けられない。そう感じた俺は、反射的にスペリオルランサーを投げつけた。

 俺の主武装はミサイルにぶつかって爆発する。直撃は避けたが、主武装を失ってしまった。

 

「チッ……」

「仕留め損ねましたが、結果は変わりませんわ。ここまでわたくしを手こずらせたことだけは褒めて差し上げてもよくてよ」

 

 レーザーライフルを構え、得意げに振る舞い続けるセシリア・オルコット。

 ランスを持たない俺は恐れるに足らず、といったところか。すぐに撃たずに、またベラベラと喋り出した。

 

「あなたのような軟弱な男がわたくしに勝とうだなんて、所詮無理な話ですわ」

「…………」

「うふふ。でも、ただで終わらせるのも勿体ない──ので、まずは左足から頂いていきますわ」

 

 完全に勝ちを悟ったセシリア・オルコットは、宣言通り俺のISの装甲をスクラップにしていくつもりのようだ。

 だからこそ、愉快極まりない。

 

「セシリア・オルコット」

「あら、何かしら? 今更命乞い?」

「お前、IS戦で負けたことは?」

「もちろん、ありませんわ。エリートですもの」

 

 やっぱりな。

 コイツが知ってるのは勝つことであって、負けないことではない。

 自分が負けることを知らないから、油断が生まれる。

 

「言いたいことはそれだけ?」

「ああ」

「では、今度こそ終わりですわ!」

 

 セシリア・オルコットのライフルからレーザーが放たれる。

 それを合図に、俺はさっきの会話中に溜めた全スラスターのエネルギーを一気に解放した。

 奴から一瞬で距離を取り、そのまま全速力で飛び回る。

 

「また鬼ごっこですの!?」

 

 獲物を逃がしたと認識したセシリア・オルコットは、憤慨しながらビットを飛ばす。あの二つのビット、今までのレーザー射撃型よりも速い。

 一方の俺は、左足の装甲の損傷を無視しながら、最後のタイミングを計っていた。

 負けない、というのは例え泥塗れになっても、たった一つの勝利条件をもぎ取ることにある。

 綺麗なまま勝とうとするセシリア・オルコットなら、左足を犠牲にしても生き残る、なんて発想は思い付かないだろう。

 

「チャンスは一度……」

 

 さっきの急襲でセシリア・オルコットのエネルギーも大きく削っている。

 やるなら一撃でしとめた方がいい。

 

「いい加減になさい! 武器のない貴方に何が出来ると──」

「隠し玉を持ってるのは、お前だけじゃない」

 

 俺の呟きがセシリア・オルコットに聞こえたかどうかは分からない。

 そんなことがどうでも良くなるくらい、俺の動きは俊敏だった。

 今は奴を殺す勢いで、突っ込む!

 セシリア・オルコットとビットが直線上に並んだ時、俺はまた一気にスピードを上げて突っ込んだ。

 

「えっ」

 

 セシリア・オルコットが驚くのも無理はない。擦れ違ったビット2機は、ミサイルを撃つ間もなく真っ二つに裂かれて爆発したのだから。

 そして、詰め寄った俺の右手にはフェンシングで使うような刀身の細い剣、レイピアが握られていた。

 

「ひっ──!?」

 

 セシリア・オルコットを斬って、終了……のはずだったが、最後の最後でかわされてしまい、致命傷には至らなかった。

 だが、今度こそビットは全て破壊した。このまま押し切れば!

 

「……ないで……」

 

 しかし、俺はセシリア・オルコットの異変に気付いた。

 俺を見る目が変わっている。まるで、肉食獣を目の前にして怯えているような目に。

 

「来ないでっ!」

 

 自慢のビットを全て壊され、俺の殺気に当てられて錯乱したセシリア・オルコットは、照準の合っていないライフルをがむしゃらに撃ち続けた。

 いや、俺を恐れたんじゃない。俺に負けることを恐れたからか。ここまで自分が追い詰められるなんて、想像すらしてなかったんだろうな。

 

「無茶苦茶しやがって……っ!」

 

 無様にもライフルを撃ちまくるセシリア・オルコットに、俺は思わず苛立った。

 代表候補生になれるような、エリートだと胸を張れるような、そんな力を持っているんだろうが。

 目の前に映った女子は、もう気高き強者ではない。迫りくる敗北に怯える、ただのか弱い少女だった。

 

「弱い奴が」

 

 再度、スラスターのエネルギーを振り絞る。シアン・バロンのエネルギーも残り少ない。これが、正真正銘最後の一撃。

 力とは、強い人間が持ってこそ相応しい。こんな弱い奴が、周囲を無造作に傷付けるような弱い奴が扱っていいものではない。

 

「気安く力を、振るうなぁぁぁぁぁっ!」

 

 飛び交うレーザーの雨を掻い潜って、俺はセシリア・オルコットの懐に飛び込んだ。そして、レイピア"スーパーノヴァ"を素早く振り抜いた。

 セシリア・オルコットの背後で、レイピアを振るったままの姿勢で止まる。そして、決着を告げるブザーがアリーナに響き渡った。

 

《試合終了。勝者──蒼騎凌斗》

 

 ドッ、と歓声が沸く。俺の勝利を皆が驚き、称える。

 素人が代表候補生に勝った。その事実を受け入れられない奴もいる様子だった。

 とにかく、俺は強い人間にまた一歩近付いたのだ。

 振り向くと、ISが消滅して落ちそうになるセシリア・オルコットが見えた。さっきまで錯乱していたからか気が抜けていて、何が起きたか分かっていない。

 俺はスーパーノヴァを拡張領域(バススロット)にしまい、セシリア・オルコットが落ちないように両手で抱え込んだ。全く、世話の焼けるお嬢様だ。

 

「ほら、しっかりしろ」

「え……!? あ、貴方! なんで……」

「なんで? 勝負は俺の勝ちだ。これ以上、争う必要はないだろう」

 

 所謂、お姫様抱っこの形で俺はセシリアを抱え、ゆっくりと地上に降りていく。これ以上いがみ合う必要のない相手を見捨てる程、俺は血も涙もないつもりはない。

 同じクラスメイトで、同室の相手だしな。

 

「じゃあな。俺はもう一戦あるから」

「あ……」

 

 セシリアを降ろすと、俺は一夏がいる方とは反対側のピットへと飛んでいった。

 この時、俺を見上げるセシリアの視線が若干潤んでいたことに、俺は気付かなかった。

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