「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、蒼騎、オルコット。試しに飛んで見せろ」
四月も下旬に入り、俺達がIS学園に入学してもうすぐ一月が経とうとしていた頃。
織斑先生の指導の下、今日はグラウンドで実際にISを動かす授業を受けていた。毎日座学だけでは、操縦テクニックは身に付かないからな。
専用機を持っている俺達3人が、まずは手本を見せることになった。即座に、俺は右耳のイヤーカフス──シアン・バロンに意識を集中させ、ISを展開する。ここまででざっと10秒ほどか。
「もっと早く
マジか……。これでも早くなった方なんだがな。
シアン・バロンをもらって、初めの頃は名前を呼んで起動させていたぐらいだ。それが今では頭の中で指示するだけで展開できるようになった。
そんな進歩も認めない程の鬼教師が、この織斑千冬なのだが。
「集中しろ」
俺もセシリアも展開出来ているというのに、一夏のIS"白式"は未だ
一夏は左手で腕輪を掴み、強く念じることで漸く展開することが出来た。
「よし、飛べ」
間髪入れず、織斑先生の次の指示が来る。俺とセシリアは、とりあえず上昇して地上から遥か離れたところで静止した。
俺も代表決定戦以来、自分のISで特訓を重ねてきたからな。これぐらいは造作もないことだ。
「何をやっている。スペック上では白式の方が一番上のはずだぞ」
織斑先生が一夏を叱る声が聞こえる。未だISに慣れない一夏は、飛行操縦にすら時間を割いていた。俺との戦闘では飛べていたはずだが……。
それと、ISのスペックで見るとシアン・バロンとブルー・ティアーズは姉妹機に近いのでそれほどの差はなく、白式のスペックがイギリス製第3世代ISを上回っていた。
だが、操縦者がまだまだお粗末なので、スペックを上手く出し切れていない。
「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分のやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」
俺の隣でセシリアが一夏にアドバイスを投げかける。代表決定戦で俺に負けて以来、一夏に対しても普通に接することが出来るようになっていた。まぁ、性別だけで見下すことがなくなっただけで、上から目線のエリート思考なのは変わりないが。
飛行方法については、自分の前方に角錐を展開するイメージで飛べるようになる……らしい。実は俺もその辺りのイメージは曖昧で、自身が人型ロボットのように空を飛んでいるイメージで操縦しているのだ。
子供の頃、そういうアニメが好きでよかった。
「貴様、俺との戦いの時はどうしていたんだ?」
「いや、あの時は無我夢中で……」
「それであそこまで戦えるのなら、誰も苦労しない」
無意識と言うものは怖い。俺は改めて、呆れながらそう思った。
「もしよければ、今日は凌斗さんにもわたくしが教えて差し上げてもよくてよ」
「ふむ……」
セシリアの提案も悪くない。最近、何かと俺と一夏のコーチを買って出るようになってきたのだ。
一夏にとっては願ってもない申し出だったので受けているが、俺は別にいいと断り続けている。
というのも、当面は一夏に勝つことを考えなければならないのに、コイツと同じ内容を教わっても仕方ないからだ。
「俺はまだ俺個人でトレーニングを続ける。お前はこの情けないクラス代表を鍛えてやれ」
「……凌斗さんがそう仰るのでしたら」
そして、俺が断ると何故かセシリアは残念そうに口を尖らせる。俺なんかより、一夏の方が教え甲斐があるだろうに。
それとも、一度自分を負かした相手の弱点探りでもしたいのだろうか?
「織斑、蒼騎、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ」
「了解です。では、凌斗さん、一夏さん、お先に」
一夏が到着すると、織斑先生から次の指示が入る。
言われてすぐ、セシリアは愛想よく俺達に微笑むと地上へ向かった。その姿はどんどん小さくなっていき、やがてピタッと止まった。
流石はセシリア。基本操縦は難なくクリア出来ている。
「一夏。俺達も行くぞ」
「おう」
セシリアに続くように、俺達も地上へと急降下を始めた。
どんどん高度が下がっていき、地表から10センチのところで──ズドォォン!──と、墜落した。
グラウンドに出来たクレーターには、情けない男が二人転がっている。衝撃などはISによって守られているが……本当に情けない。
「馬鹿者共が。誰がグラウンドに穴を開けろと言った」
「「す、すみません……」」
女子達のクスクス笑いと、織斑先生のお叱りに迎えられ、俺達は姿勢制御しながら地面から離れた。
急停止だけはどうしても苦手だ。こんなもの、戦闘で使うのか……?
「情けないぞ、一夏。昨日、私が折角教えてやったというのに」
腕を組んで待ち構えていた箒が一夏を睨む。
が、一夏曰く──
『ぐっ、とする感じだ』
『どんっ、という感覚だ』
『ずがーん、という具合だ』
──という教え方だったらしい。箒、それは教えたとは言わない。幼稚園児の感想だ。
「大体、お前は昔からだな」
「凌斗さん、お怪我はなくて?」
箒の説教が始まった横で、俺のそばにセシリアが寄って来る。
一夏だけでなく、セシリアも競い合うライバルだ。そんな奴に格好悪いところを見せてしまったか……。
「た、大したことはない。一夏に合わせていたら俺も少しミスしただけだ」
「まぁ、そうですの?」
強がって、自分のミスを一夏のせいにする俺にセシリアは素直に頷いた。
ぐああ、やめろ! その「凌斗さんなら当然ね」みたいな視線をぶつけるのは!
◇◆◇
「と、いうわけで! 織斑君クラス代表おめでとう!」
「おめでと~!」
クラッカーのなる音と拍手が巻き起こり、この場にいる全員が飲み物入りのコップを掲げる。
夕食後の自由時間になると、クラスメイト達による"織斑一夏クラス代表就任パーティー"が開かれていた。一組の人数以上に人がいる気もするが、祝いの席だ。気にするな。
当の本人である一夏は浮かない顔をしているが……夕飯でも食いすぎたか?
「これでクラス代表戦も盛り上がるね」
「ほんとほんと」
代表戦か……譲ってやった身だが、戦う機会があるのが羨ましい。
私闘を挑むのもいいが、時間が掛かる上に相手の都合というのもある。更に言うと、アリーナの使用制限もあるからな。
公の場でのびのびと、己の力を示すと言うのがどれほど気分のいいものか。
「機嫌が悪そうですわね」
「フン」
ソファーに座ってリンゴジュースを飲んでいると、セシリアが隣に座って来る。機嫌が悪いわけではない。ただ、乗り気でない一夏に少しイラついているだけだ。
あの時、奴も力を欲していたはずだ。家族を守りたいと言った、あの瞳は確かに俺と似たものだった。なのに、今はあの腑抜けた面だ。
「はいはーい、こっちの専用機持ちにもご挨拶。私は新聞部二年、
そこに、新聞部を名乗る眼鏡の女子が名刺を持ってやってきた。ほう、新聞部か。丁度いい、俺の宣伝もしてもらおうか。
「じゃあ、蒼騎君にセシリアちゃん。一夏君にコメント頂戴」
「勝て。以上だ。それより俺の宣伝もしてみないか?」
「んー、それはまたでいいかな」
なん……だと……!?
俺のことはどうでもいい、と? ク、ククククッ! ならば、今の俺の強さをその身に刻み込ませてやろう!
「まぁまぁ、抑えてくださいまし。凌斗さん」
「おやおや? ひょっとして、お二人は付き合って──」
「ち、違いますわ!」
新聞部の発言に、俺を宥めようとしていたセシリアが今度は顔を真っ赤にして怒る。まぁ、プライドの高いコイツなら、俺みたいな男はまず選ばないだろう。言うことを聞かないから。
それより……俺が眼中にないとはどういうことだ!
「ふーん。じゃあ二人のことは適当に捏造しておくから。一組の専用機持ちカップル、代表に熱いエールを送る、と」
「話を聞け!」
「話を聞いてくださいまし!」
俺とセシリアの怒号はあっさりとスルーされたのであった。このパパラッチ、いつかシメる。
それから、パーティーが終わる十時頃まで俺はずっと考え事をしていた。
「……どうかしまして?」
部屋へ戻る途中、俺の様子が気になったのかセシリアが尋ねて来る。
「いや……大したことじゃない」
そう、そこまでの疑問ではない。
俺が経験値を上げるために、まずは一年の代表候補生全員と戦っておく必要がある。
イギリス代表、セシリア・オルコットには辛勝した。そこで次に気になるのと言えば当然、自国の代表候補生だ。
日本の代表候補生とは、果たしてどんな人物なのかをずっと考えていた。
「セシリア。日本の代表候補生について、なにか知っていることはないか?」
「そうですわね……四組の
情報をまるで持っていなかった俺は、試しにセシリアに聞いてみた。
するとセシリアも、詳しくは知らないようだ。知っているのは名前とクラスだけ。専用機の情報もないのだ。
「でも、どうして知りたいのですか?」
「それは勿論、戦うためだ」
何故か妙に警戒しているセシリアに訳を話すと、これまた何故かホッとした様子で一息吐いた。
戦う以外に、一体何の用があると思ったのか。
「それに、自国の代表候補生なら、倒せば代わってくれるかもしれないだろ?」
「りょ、凌斗さんらしいお考えですわね……」
「当然だ。俺が目指すのは最強の力だ」
一夏に後れを取らないためにも、まずは積極的に対戦相手を見つけねばなるまい。
「……でしたら! わたくしが! いつでもお相手をしても! よろしくてよ!?」
「そ、そうか」
目尻を吊り上げ、豊満な胸を揺らしながら詰め寄って来るセシリアに、俺は一瞬たじろいでしまう。
いや、挑んでくれるのはこっちとしても嬉しいのだが……同じ相手ばかりと戦っても仕方あるまい。
「けど、今は一夏を鍛えてやってくれ」
「……もう、一夏さんばかり気にかけていますのね」
「あんなのでもクラス代表なんだ。代表戦で負ければ、俺達も恥をかくことになる」
とりわけ、直接勝負で負けた俺は恥の上塗りになる。そんなのは絶対にゴメンだ。
「だが、俺も奴に教えてやれるほど器用じゃない。箒や、他の奴も同様だ。つまり、お前だけが頼りだ」
「わ、私だけ?」
「ああ」
実際、クラス内で一番操縦の上手い奴と言えば、セシリアを置いて他にいないだろう。
操縦の上手さがISバトルで勝つ絶対条件ではないが。
「そうですか。そこまで仰るのでしたら、このセシリア・オルコットにお任せあれ!」
セシリアはやっと機嫌をよくしてくれたのか、背筋を反らして堂々とした振る舞いで応じてくれた。
本当に実力もあるし、その裏でかなりの努力を重ねてきた。この性格さえよくなればなぁ……。
「でも……たまには、私に構ってくれても……ごにょごにょ」
◇◆◇
IS学園のIS整備室。
本来は、二年生から始まる"整備科"の授業の為の設備だが、その場所で一人の女子が作業をしていた。
眼鏡越しの虚ろな瞳はディスプレイを見つめ、白く細い指が黙々とキーボードを叩く。外見が美少女でも、暗い空間で無表情のままカタカタと作業する様は根暗、気味が悪いなどのマイナスの印象を与えるだろう。
「…………」
その眼差しが見据えているのは、本当にディスプレイなのか。変わらない表情の裏側で考えているのは何なのか。
他人を寄せ付けようとしない少女──更識簪の作業は今日も長く続いた。
一方で、数時間前。この日密かにIS学園を訪れていた少女がいた。
くしゃくしゃに丸めた紙を広げ、受付を探し回る少女。が、大雑把で短気な性格がすぐに分かる程、不機嫌そうに眉を寄せていた。
「それじゃあ、手続きは以上です。IS学園にようこそ、
凰鈴音、と呼ばれた中国人の少女は愛想のいい事務員とは対照的な、イラついた態度である質問を問いかける。
「織斑一夏って、何組ですか?」
「ああ、あの噂の子? 織斑君なら一組よ。凰さんは二組だからお隣のクラスね」
隣のクラスか、と鈴音は心の中で舌打ちする。
クラスを変えてもらおうか、と我儘な考えを巡らせていると事務員が思い出したように話題を出した。
「そうそう、あの子一組のクラス代表になったんですって。やっぱり織斑先生の弟さんなだけはあるわね」
クラス代表。その言葉を聞き、鈴音はまた別の考えを巡らせた。
「二組のクラス代表はもう決まってるんですか?」
「ええ、決まってるわよ」
「名前は? どんな子?」
「え、えっと、聞いてどうするの?」
立て続けに聞かれ、事務員はすこし戸惑いながら頭に疑問符を浮かべる。
それに対し鈴音は10人中10人は可愛いと答えるだろう、満面の笑顔でこう答えた。
「お願いしようかと思いまして。代表、代わってって」
無邪気な笑顔に、事務員が背筋の凍るような寒気を感じたのは言うまでもない。