雁夜おじさんが勇者王を召喚して地球がやばい   作:主(ぬし)

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雁夜おじさんが幸せなら皆が幸せ。


雁夜おじさんが勇者王を召喚してもうなにがなにやら 前編

かつて、この世界には“表”と“裏”があった。

表から秘匿された裏の世界は、『魔術』という人智を超えた()が支配していた。マグマのような破滅的な力とヘドロのような強烈な腐臭を秘めた影に満ちていた。

その影がほんの少しでも表の世界に滲み出れば、故意無故意に関わらず表に生きる生命は無慈悲に刈られ、奪われ、陵辱されていた。青年、母親、老婆、赤子。何の罪もない人々の日常が喰われた(・・・・)

彼らの悲痛の叫びは誰にも届くことはなく、裏の秩序を頑なに守らんとする2つの巨大組織、『聖堂教会』と『魔術協会』によって踏み潰されていた。

 

 

 

 

『ガオッッ!! ガイッッ!! ガ―――――ッッッ!!!!』

 

 

 

 

―――そう、()()()は。

 

裏の世界を覆い隠していた分厚い闇は、たった二人の男によって跡形もなく消し飛んだ。

一人の 超 人 (エヴォリュダー)と一柱の 破 壊 神 (サーヴァント)によって、文字通り()()()()()

 

20世紀も終わりに差し掛かった頃、極東の地にて突如出現した彼らは、永遠に続くと思われていた表裏の 理 (ことわり)に対して真正面から“否”を突きつけた。身勝手な探求心のために無辜の命を犠牲にすることを厭わない魔術師を、その悪行を悪行とも認識せずに看過する影の組織を、彼らは“絶対悪”と見定めた。

 

 

『カリナイフッッッ!!』

 

 

自身こそ至高の存在であると過信しきっていた異能者や人外たちは、彼らを遥かに超越した 超 人 (エヴォリュダー)の前では羽虫ほどの抵抗も出来なかった。如何に特別な能力を振りかざそうと、如何に強大な殺傷力でもって挑もうと、絶対不可侵の翠緑の輝きには爪先ほどの傷すら刻むことは叶わなかった。

 

 

『ブロウ゛クンッッッ!! マグッッナ゛――――――――ムッッッ!!!』

 

 

自分たちこそが世界の掟を守護し、維持する執行者であると信じて疑わなかった2つの組織は、巨神が体現する()()()()の前では気狂いの詭弁者にすら劣った。数世紀を超えて彼らが必死に押し隠していたこの世の裏側はたった一夜にして白日の下に晒され、全世界の知るところとなった。

 

 

『『ヘルッ! アンドッ! ヘブンッッッ!! ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォオッッ!! ウィ―――タ―――!!!!』』

 

 

今までこの世界を“表”と“裏”に隔てていた悪しき壁は、二人の圧倒的な()()によって完膚なきまで破壊し尽くされた。

今や、この世界に闇の存在は毛ほども許されない。もしも身勝手な目的のために邪道に踏み込む者があれば、その者は覚悟をしなければならない。何の非もない生命に毒牙を掛けようとした瞬間――――その者の頭上には翠緑の波動を放つ一人と一体の()()が必ず現れ、その汚れた野望もろとも消し飛ばされるということを。

かの勇者たちを前にしては、悪しき異能者にはたった2つの選択肢しか残されてはいない。即ち、“潔く膝を屈して己を改める”か、“無謀にも抵抗して醜く散る”かの2つである。

 

 

彼ら――――『エヴォリュダー・カリ』と『勇者王ガオガイガー』が存在する限り、人々の尊い日常が魔導に侵されることは無い。

 

 

 

 

さて、ここで話は一人の赤い少女へと至る。

 

その少女は、冬木の土地を管理する家系に生まれた。霊格の高い土地に屋敷を構えて冬木の地を魔術的な観点から治めており、古くは“魔法使い”キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグを大師父とする由緒ある魔術師の家系である。

彼女は、厳格かつ正道の魔術師であった父親から「魔術師とはかく在るべき」と徹底して教育され、骨身に刻み、魔術師のエリートとしての道を直向きに歩んでいた。類稀なる五つの属性と努力の才能を有していた彼女は、順調に歩めば父の跡を満足に引き継ぎ、一族の誰よりも高い才能と成果を持って魔導の中枢たる時計塔に招かれ、やがて世界に名立たる立派な魔術師として見事に大成を果たしていただろう。

その名は遠坂 凛。遠坂家の長女にして現当主であり、冬木の()セカンドオーナーである。

 

「そうよ! 雁夜おじさんが緑色に光るスーパーサイヤ人モドキにならなきゃ、アホみたいにデカいロボットが時計塔を吹っ飛ばさなきゃ、私だって今頃時計塔からも一目置かれる美少女魔術師になっていたわよ!!」

 

キイーッ!とツインテールを振り乱し、凛が声を荒げた。遠坂邸の暗い地下室にしばし少女特有の甲高い金切り声が反響し、すぐに冷たい石壁に吸い込まれる。後にはぜえぜえと息を切らせて膝に手をつく凛と()()()()()()が残された。

 

この世に人智外の闇が存在すると人々に知れて、すでに10年の月日が流れた。その脅威が自分たちの喉元に突きつけられていれば人々も常に騒ぎ立てていただろうが、勇者たちによって一掃されてしまえばもはや恐るるに足らない。人々は闇の恐怖などすっかり忘れ去り、巨大な拳の形に抉り抜かれた時計塔の残骸をたまに見上げては

 

「そういえば魔術協会なんてのもありましたねえ」

「生き残りはまだ抵抗してるんでしたっけ?」

「さあ? この間は埋葬機関の本部も光になったらしいですし、もう何しても無駄だと思いますけど。そんなことより志貴くん、今日もカレーを食べに行きましょう」

「アンタは故郷のインドに帰れ」

 

などと短い会話で済ませる程度である。

そんな現状を、凛は断じて黙認できなかった。彼女は決して無慈悲で身勝手な魔術師ではない。むしろその逆だ。魔術の弊害を理解し、生命の尊さや日常の大切さを心得て、普段は温厚な女生徒として暮らしている。真理に到達するために一般人に犠牲を出すことは邪道であると捉えていたし、魔術協会が間違っているのであればそれを内側から変えてやろうという熱い気骨すら抱いていた。彼女は“優しい魔術師”であるからこそ、理不尽な現状に怒っているのだ。

それは例えば、突然冬木市の上空で雄叫びとともに爆誕して冬木市の霊脈を根こそぎぶっ壊しやがったハタ迷惑な勇者や、その覇気に感化されて「凛、遠坂家のことはお前に任せた!」と告げてさっさと『 G G G (スリージー)』なる組織―――勇者たちに影響を受けた御三家が持てる資金力などを総動員して創った地球防衛勇者隊―――のメンバーに加入してしまった己の両親などが主な怒りの対象になっていたりする。

 

「ふ、ふふふ……この10年は長かったわ。苦節十年とはまさにこのことよ」

 

GGGが旗揚げし、知り合いが勇気だなんだと吼えながら次から次に世界へと飛び出していく中、凛だけはその勢いに着いていけなかった。今では無理矢理にでもテンションを上げて着いて行けばよかったと後悔している。そうしていれば、こんな損ばかりな留守番役を押し付けられる羽目にはならなかっただろう。

まだ幼かった凛は、いなくなった無責任な大人たちの代わりに必死に働いた。グチャグチャに乱された冬木市の霊脈を一から調べ直したり、世界の理が激変して混乱する冬木の魔術師たちを一人ひとり説得して鎮めたり、両親がGGGに全財産を持っていったために財政難に陥った遠坂家を立て直したりと、とにかく奔走した。頼りたくなかったがこの状況では仕方がないと言峰 綺礼に助けを求めて教会に出向いたこともあったが、教会の看板がいつの間にか『GGG冬木市支部』という不吉なものに変わっていたため慌てて引き返した。もう関わりたくなかったのだ。

それから何年も、彼女はひたすらに頑張り続けた。誰も褒めてくれなくてもいい。誰も認めてくれなくてもいい。()()()()を達成するためならと、死に物狂いで努力し続けた。

 

だが、それももう()()()だ。

 

「ついにっ! ついについについに、私の血と汗が実る時が来たわ! あは、あはは、あーはっはっはっはっはっ!!」

 

眦にうっすらと涙を滲ませながら、両手を上げて万歳三唱を繰り返す。目の前の男がドン引きするのも厭わずに高笑いする彼女の足元には未だ魔力の残滓を残す魔法陣があり、その華奢な手の平には赤い紋様―――即ち『令呪』がその喜びに呼応するようにピッカピッカと光っていた。

 

そう、『聖杯戦争』は終わってなどいなかったのだ。『聖杯』は生き残っていたのだ。

元々、聖杯の本体である超巨大超複雑魔法陣―――『大聖杯』は円蔵山の地下にある巨大洞窟に敷設されていた。硬い岩盤と幾重もの防御結界に護られたこの魔方陣は冬木の霊脈と直結しており、常にマナを吸い上げ続け、不可能を可能にする膨大な魔力を蓄え続ける。この大聖杯さえ健在であれば、戦争は何度でも執り行えるのだ。

 

 

『ドリルニ――――ッッッ!!!』

 

 

当然、勇者王が戦争の原因になるようなモノを黙認するはずもなく。

勇者王の膝部に備えられた巨大ドリルが猛回転し、轟音とともに円蔵山を抉った。山頂にあった柳洞寺を巻き込みながら円蔵山がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく壮絶な光景を、凛は一夜足りとも忘れたことはない。柳洞寺を構成していたはずの瓦礫を前に呆然とする柳洞一家の背中も忘れたことはない。

 

「私の10年の無念、巻き込まれた人たちの無念、全てを()()()()()()にする!! 使われなかった今までのマナとこの10年分のマナ、膨大なそれを溜め込んだ聖杯になら、勇者王を()()()()()()()にすることだって出来る!!」

 

それこそ、凛の目的。願望器に叶えてもらう奇跡の願い。全ては、得るはずだった栄光の10年を取り戻すために。

最初は破れかぶれだった。諦め半分だった。“もしかしたら”というちっぽけな希望に縋り付いていただけだった。凛はたった一人、暇な時間を捻出しては山の斜面をスコップで掘り続けた。雨の日も風の日も、柳洞寺が着々と再建されていく様子を視界の隅に入れながら、歯を食いしばって汗に濡れた土と格闘し続けた。

 

そして、見付けたのだ。1つだけ残っていた防御結界のおかげで辛うじて生き残っていた大聖杯を。

溜めこまれた膨大な魔力故か、はたまた聖杯の一部になったとされる初代ホムンクルスの生存本能故かは定かではない。だが、そんなことはどうでもいいことだ。聖杯が無事なまま凛を待ってくれていたことが重要なのだ。聖杯発見時の凛の狂喜乱舞っぷりは形容しがたいほどであり、思わず指先から乱射したガンドによって再建中の柳洞寺の大黒柱に多数の穴が穿たれたほどである。

しかも―――凛は知りもしないことだが、勇者王の清浄なる波動によって聖杯の穢れ(アンリマユ)は浄化され、純粋な願望器に立ち戻っていた。この時の凛には確かに類稀なる幸運が回ってきていたのだ。

頭上に掲げた令呪を穴が空くほど見詰め、凛はうっとりと恍惚の表情を浮かべる。

 

「こうして令呪が分配されたということは、聖杯がちゃんと機能しているという証拠!聖杯が小聖杯の宛てを見付けたという証拠! 誰も予想していなかったであろう、第五時聖杯戦争の始まりが近いという証拠! そして私だけは、ただ一人だけ完璧な準備が出来ている! 完全な装備と()()()()()()()()()を携えている! 勝利は近いわ! 理不尽の終りはすぐそこだわ!

アンタもそう思うわよね、()()()()()!?」

 

凛は調べていた。第四次聖杯戦争の折、自らの父、遠坂 時臣が召喚した強力なサーヴァント(アーチャー)の正体を。

なんとそのサーヴァントは、未だ生きて受け止めた者のいない勇者王の必殺技『ヘル・アンド・ヘブン』を前に五体満足で生還を果たし、再び戦争に戻って聖杯戦争の決勝戦まで戦い抜いたというのだ。稀代の魔術師や人外のバケモノが束になっても敵し得ない勇者王の攻撃に堪え抜く防御力、熾烈極まる聖杯戦争を勝ち抜く攻撃力―――まさに最強の英霊と呼ぶに相応しい。

()こそ、世界最古の英雄譚にその威名を残す、英雄の中の英雄にして王の中の王。

 

「……よもや、(オレ)をそのようなくだらぬ些事のために喚び出す戯けがいるとは夢にも思わなかった」

 

そう言って、ソファに深く腰掛けた()()()()がこめかみに指をやる。怒りを覚える気にもならぬとばかりに深々とため息を吐き落としたこの男こそ、凛の期待を一身に背負う猛者―――『英雄王ギルガメッシュ』その人である。

 

「10年前に貴様の父親めに召喚されたという我はさぞ迷惑を被ったのだろうな。まあ、最後の最後に現界を諦めたという話を聞くと、所詮は我の歪な模造品だったのだろう。同じギルガメッシュとは思えん。とんだ面汚しだ」

 

はん、と鼻を鳴らして“前回の自分”を嘲笑う。まるで「所詮奴は四天王の中でも最弱」と呟く四天王の二番目のようである。

ここで誤解のないように説いておかねばならないことがある。奇妙な台詞の通り、彼は第四時聖杯戦争の記憶を引き継いでいない。『サーヴァントシステム』とは、本来なら極限定的な召喚しか出来ないほどに上位にある英霊を、彼らより下位の人間が使い魔として使役するために型枠(クラス)に英霊の一面を抽出して貼り付けるという、言わば“英霊の劣化コピーシステム”だ。従って、このギルガメッシュもまた英霊の座に召し上げられた本体から新たにコピー&ペーストされた“第五時聖杯戦争用のアーチャー”に過ぎない。

だから、彼はエヴォリュダー・カリやガイガイガーとは実際に対峙したこともないし、聞いたこともないのだ。それが幸か不幸かと問われれば皆一様に幸せだと言い張るだろう。まさに“知らぬが仏”というやつだ。

 

「大口叩いてちゃってるけど、くれぐれも気は抜かないで欲しいものね。ちゃっちゃとケリをつけて速攻で聖杯を手に入れるのよ。犠牲も最小限に抑えること。あんまり派手にやるとGGGの連中が嗅ぎ付けちゃうかもしれないんだから」

「ふん、それがどうした。雑種の群れが何万匹と来ようが我の敵ではない。そのエヴォリュダー・ガイとやらもガオガイゴーとやらも、我の眼前に立ちはだかろうものなら容赦はせん」

 

究極の美貌にニヤと亀裂を走らせたギルガメッシュに、凛はゴクリと大きく息を呑んだ。その獰猛な美しさのせいではなく、「この命知らずめ」という驚愕のせいであるが。

 

「冗談じゃないわ! あいつらに邪魔されてたまるもんですか! 魔術協会も聖堂協会も吸血鬼どももすっかりさっぱり駆逐されちゃったせいで、雁夜おじさんとガオガイガーは最近動きを見せてない。世界のどこに基地があるのかは知ったこっちゃないけど、あの迷惑な奴らが鳴りを潜めてる今がチャンスよ!」

「ふん、何とも小胆な娘だ、女々しすぎて笑えるぞ。形式的とはいえ我のマスターである自覚があれば居丈高に構えているがいいものを何をそこまで弱気になるのやら。たかが図体のでかい鉄くず相手に異能者共が揃いも揃って手も足も出んとは寒心に堪えんな。我なら指先一つで滅してみせるというのに。

ふむ、情けのない貴様にこれを見せてやろう。エルキドゥから貰ったお護りだ。これがあればもう何も怖くない。このようなちっぽけな戦争などすぐに終わらせられるというものよ。そうさな、この戦いが終わったら故郷のバビロニアに帰って実家の王家を継ぐのも悪くない」

「……フラグ乱立しまくるのやめてくれるかしら」

 

ダメだこいつ早く何とかしないとと言わんばかりに表情を引き攣らせる凛を尻目に、英雄王改め慢心王は相変わらずの慢心っぷりを魅せつけてカラカラと哄笑している。しかし、考えようによってはその自信過剰さはこのサーヴァントの強大さの裏返しともとれる。これほどの英霊であれば、必ずやこの聖杯戦争をGGGに察知されることなく短時間の元に勝利することが出来るだろう。

とりあえずムカつく笑い声を止めさせるためにギルガメッシュの後頭部をスリッパでぶっ叩きながら、凛は希望に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

ここで、遠坂家に伝わる遺伝的な“呪い”について言及しておかねばなるまい。その呪いとは、即ち『うっかりエフェクト』と呼ばれるものだ。肝心なところで重大な何かを見落として後々にひどく頭を抱えることになるという、遠坂家に代々受け継がれてきた呪いである。彼女本人は非の打ち所のない下準備を整えた気になっているが、残念なことに今回もその呪いは発動してしまっている。

見逃したのは凛本人だ。それは間違いない事実だ。しかし、彼女を責めないで欲しい。彼女はただ関わりたくなかっただけなのだ。GGGの本拠地がどこにあるかなど知りたくもなかったのだ。

 

だから、GGGの本部―――通称『ベイタワー基地』が、まさか()()()()()()()()()()()()()()()にあるなど知るよしも無かったのだ。

 




次回予告:ギルガメッシュが泣く

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