東方紅奏郷   作:ねるゔぁ

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雪風

「・・・いい加減にしてくれないかしら?」

妹紅がそれはそれは嫌そうにこちらを振り向いた。その顔には呆れと困惑、そして嫌気が同居したような複雑な表情が張り付いている。

妹紅が声をかけた先にいたのは先ほどの少年だ。

年の瀬は6つか7つくらいであろうか。

すでに1000年ほどの年月を過ごした妹紅からしてみれば、並みの言葉では形容できないほどに幼い少年を、だがしかし妹紅は冷たい言葉で追い払おうとする。

 

先ほど妹紅は名乗った後、そのまま森の中に姿を消してしまおうとした。

少年からしてみたらたまったものではない。妹紅と離れる、それはつまり妖怪に襲われる前の状態に逆戻りするのと同義である。

ところが、妹紅は追いすがる少年に対しついてくるな、と突き放した。

少年はこれを無視した。いや、一度は足を確かに止めたのだが少しするとまた妹紅についてくるのだ。

 

だが妹紅だってそれを許容したわけではない。

何度かのついてくるな宣言の果てに妹紅は冒頭の複雑な表情をするに至ったのである。

だって仕方ないじゃないか、少年は涙目でそう思った。

少年にとってはすでに妹紅についていくという選択肢しかないのだ。

しかしそれは妹紅からしてみたら関係ないことである。

 

先ほどは確かに少年を救った。

だがそれは善意の下で行った行動ではない。

結果的に少年を救うこととなったが、妹紅からしてみたら進行方向に木の枝があったから手で払ったのと同じような感覚であったのだ。仮にもし自分の通り道でないところで少年が襲われていたら、妹紅は顔色一つ変えずに少年を見殺しにしていたことだろう。

そういう意味では少年はかなりの幸運の持ち主だった。

少年にとって運が悪かったのは、助けてくれたのが妹紅であったということであろう。いや、助けた見返りを求められないという意味では非常に幸運なのかもしれないが。

 

とにかく、二人はそのまましばらくの間同じようなことを繰り返した。

先に折れたのは妹紅である。

 

「私に何をしてほしいの?」

 

それはボソッと。

だが何か諦めを含んだ声色だった。

対して問われた少年は答えに困ってしまう。

 

何を・・・?

僕はこの人に何をしてほしいんだろう

 

ただ漠然とそんなことを考える。

確かに命を救ってもらった恩は感じている。それは本心である。

だが、その後の対応で少年は妹紅に対してマイナスのイメージを抱いていた。

助けてくれたけど怖い人、そんな感じである。

妹紅は嫌そうになぜかと聞くが、少年にとってもこの状況は望ましくないものだ。

なにが楽しくて怖い人に自分からついていかなきゃいけないのか、しかもそ人の命令を無視してまで。

何度言われてもついていくのはただ単純に他に選択肢がないからだ。

 

少年がうつむく。そのまま答えに窮して黙り込んでいると、妹紅は大きくため息をついた。

 

「名前は?」

「・・・・・・雪風」

「ふーん」

 

思雪風と名乗った少年は思わず突っ込みたくなるのをすんでのところで我慢した。

それだけか、と。自分で聞いておいて「ふーん」はないだろ、と。

この藤原妹紅、現代にいれば間違いなくコミュ障と呼んでいい部類だろう。

 

雪風は続く言葉を待つが、妹紅が何か言葉を紡ぐ様子はない。

そこで、ずっと言いたかったことを言ってみることにした。

 

「・・・助けてくれてありがとう」

 

対して妹紅は若干驚きの色を見せた。といっても微かに片眉が持ち上がった程度だが。

 

「さっき、死にそうだったの?」

 

妹紅が言う。なんと、そもそもの話として雪風を助けたという意識がなかったらしい。

雪風はその問いにうなずいて見せた。

 

「・・・まあそれは今はいいわ。それで、アンタはこの後私にどうしてほしいの?」

「・・・・・・・・・」

「答えてくれなきゃわからない」

「・・・・・・・・・」

「じゃあここに置いて行ってほしいの?」

「・・・・・・・やだ」

「じゃあどうしてほしいのってば」

「・・・・・・・・・」

 

どちらかというと妹紅は気が長いほうではない。

無言で踵を返すとそのまま歩き始めてしまった。

 

一体なんで私がこんな面倒なこと・・・いっそのことついてこられないように走ってしまおうか。

そう考えていると、袴の裾が後ろから引っ張られる感覚がした。

見れば、雪風がうつむきながら小さな手で妹紅の袴を掴んでいる。

 

「離して」

 

ぶっきらぼうに告げる。

すると雪風は意外にも手を放した。

まさか素直に言うことを聞いてくれるとは思っていなかった妹紅は少々驚きながらも再び歩み始める。

だが、すぐにまた袴が引っ張られた。

そしてついに、妹紅が諦めた。

 

「・・・今夜はうちに来ていい。夜が明けたら森の入り口まで送って行く。だからあまり近づかないで」

 

最大限の譲歩をした。これ以上善意を振りまいてやるつもりはない。

雪風は一瞬だけ目を丸くすると大きくうなずいた。

それを確認した妹紅は再び歩き始めた。

だがもう袴を引っ張られることはなかった。

横目で確認すれば雪風が3歩分ほど後ろを必死についてきている。

歩くペースが早いのだろうか。

森歩きに慣れてないなら確かにこのペースは大変かもしれない。

そう考えながらも一切ペースを変えない妹紅であった。

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

「・・・おねーさん、これって「・・・おねーさんはやめて。そんな歳でもない」

 

雪風の言葉を遮り妹紅が訂正する。

だが、そうは言われても妹紅の見た目はやはりおねーさんという言葉が一番しっくりくるのだ。他になんと呼べばいいのだろうか。

と、今はそれどころではない。

妹紅の年齢を知らない雪風は理不尽に感じながらも再び口を開く。

 

「・・・これが家?」

「そう」

「この中?」

「そう」

 

雪風が呆然と視線を送る先にあったのは、山肌にぽっかりと口を開けた洞窟であった。

ポカーンと口を開けていると妹紅がさっさと中に入って行ってしまい、その姿が闇に呑まれて見えなくなる。

洞窟のあまりの暗さに怖気づく雪風だったが、ついに意を決するとその背中を追いかけて洞窟の中へと足を踏み入れた。

 

たぶん洞窟の中に家を作ってあるんだ。

まさかこんなところに住んでいるわけがない。きっと奥のほうに扉があるはず。

 

両手を前に突き出して恐る恐る進む雪風だったが、不意に視界が確保された。

妹紅が火を起こしたのである。

そうして初めて洞窟内部を見回した雪風だったがしかし期待もむなしく、雪風を迎えたのは洞窟の床に敷かれた一枚の茣蓙とその前に残る小さな焚火だけだった。

 

雪風が再び呆然とする前で妹紅は壁際に敷いた茣蓙に腰をおろすとそのまま目を閉じる。

そして、数秒後には静かな寝息を立て始めた。

 

「ね、ねえ」

 

雪風が立ち尽くしたまま声をかけると妹紅が面倒そうに片目だけ開いて先を促す。

 

「これが家なの?!」

「・・・悪い?」

「いや悪くはないけど・・・僕はどこで寝ればいいの?」

「そんなの知らない。好きなところで寝たらいいでしょ」

 

それだけ言うと妹紅は再び目を閉じてしまった。

さすがに雪風もそれ以上声をかけるような愚かな真似はしない。というよりも妹紅の全身から立ち込める話しかけるなオーラの前に声を出せずにいた。

しばらくの間立ち尽くしていた雪風だが、何かを諦めたかのように息を吐くとその場に横になった。

 

そうして横になり目を閉じると浮かんでくるのは助けられた時の事である。

あの時一体何が起きたというのか。

正直恥ずかしくてあまり思い出したくはないが、自分はまず間違いなくあそこで命を散らすはずだった。だが、次の瞬間には妹紅の脇に抱えられ、しかも妖怪の首が落ちていたのだ。

恐らく尻尾を切断すると同時に自分を抱え、さらに妖怪の首を落としたのであろうことはなんとなく想像がつく。だが、それを一瞬のうちに行うことが本当に人間に可能なのだろうか。

いや、もしかするとこの人は人間じゃないんじゃ…

 

だが、そこまでが限界だった。

一日中慣れない森を歩き回り、妖怪に襲われて逃げまわったのだ。気づかぬうちにとんでもないほど疲労がたまっていたのだろう。

雪風は自分でも気づかぬうちにその意識を眠りへと手放した。

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