扁桃炎の季節が!!
おいしいもの食べたい…
雪風は森の中を歩いていた。
数歩先には仏頂面で先を行く妹紅もいる。
昨晩の約束通り、妹紅が雪風を森の入り口まで案内しているところだ。
辺りには木漏れ日が差し込み、森は完全に活気を取り戻していた。こうして歩いていると昨晩の出来事などまるで嘘か幻であったかのように思えてくる。
「…おねーさん」
雪風が前を歩む妹紅に声をかける。
が、予想通りというかなんというか、やはり妹紅から返事はない。
「おねーさん」
めげずに再び声をかける。すると妹紅が至極嫌そうに反応した。
「…おねーさんはやめろって言ったでしょ」
「じゃあ…もこさん?」
「違う、もこうだ。もこじゃない」
「もこ」
「うが抜けてる」
「もこー」
妹紅が大きなため息を吐き出す。
よく考えてみればどうせあと少しで別れることになるのだ。いちいち突っかかる方が馬鹿らしい。
少し気を取り直すと雪風に声をかけた。
「それで、何の用?」
「あとどのくらい?」
「…森を抜けるまで?」
「うん」
横目にチラッと見ると、視線を地に落としてトボトボと歩く雪風がいた。その足取りは弱く心もとない。
疲れたのだろうか。
妹紅は一切疲れなど感じていないが。
とはいえ相手はまだ6つか7つの子供。対して自分は少なく見積もっても700年以上は生きている不死人だ。比べることすらおかしい。
おかしい、が…
知ったことか、と妹紅は歩むペースを変えない。
煩いから仕方なく道案内までしてやってるんだ、なんでペースまで合わせてやらなきゃならない?
「知らん。そのうち着くさ」
「…そのうちっていつ」
「そのうちはそのうちだ」
「…おなかすいた」
「気のせい」
「…のども渇いた」
「私は渇いてない」
「のど渇いたぁ!」
これだから子供は嫌なんだ。状況もろくに考えずワガママばかり。
もはや返事すらしない妹紅だが、後ろでは雪風がブツブツ不満を言いつづけている。
もはや我慢の限界だった。
勢いよく振り向くと雪風の胸ぐらを掴み自分と同じ目線まで持ち上げる。
「いい?よく聞いて」
それは静かであるが、静かであるがゆえに有無を言わせぬ迫力を持った口調だった。
「今道案内をしてるのはただの気まぐれなの。私1人だけであれば10分もかからない行程をまともに歩けもしないガキを連れて歩くーーーめんどくさいったらないわ。ただ、たまには。そうね…本当にたまにならこういう面倒なこともしてもいいかも知れない。ただ、それは連れているガキが歩くのが遅いだけのガキだった場合よ。不満を言い、言うことも聞かない遅いガキは別」
そこで一旦言葉を区切った妹紅はぐっと雪風の顔に自らの顔を近づける。
「今この場で殺して洞窟に帰ろうかしら」
妹紅は雪風が半ベソで怯えていることを確認すると手を離した。
重力に従い雪風が地に落ちるが妹紅は無視して歩き出す。
受け身も取れずに尻餅をついた雪風は少しの間、恐怖に呆然としたがやがて立ち上がると袖で涙を拭いて妹紅の後を追った。
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どれくらい歩いただろうか。
既に太陽は真上まで登っていた。
雪風の疲労や空腹もピークに達していた。よく考えたら昨日の昼におむすびを食べて以来何も口にしていない。
と、妹紅が歩みを止めた。下を向きながら歩いていた雪風はそれに気づかず妹紅にぶつかる。
妹紅は無言で雪風の首根っこを掴むと前へと放り投げた。
再び尻餅をついた雪風が尻をさすりつつ辺りを見回すとそこは森の切れ目であった。
見知った世界。村まで少し距離はあるがここからなら自分だけでも十分に帰れる距離だ。
妹紅の方へ目を向けると既に妹紅は森の中へと歩き出していた。
ありがとう、と雪風は告げる。 万が一にも聞き漏らさないようにハッキリと。
対して妹紅は一瞬だけ足を止めたものの振り向くことも何か言うこともなくその姿を森の中へと消した。
雪風はその姿を見送ると立ち上がる。ここまで来ればもう村まではすぐだ。早く帰らないと。母さんも心配しているはずだ。
少しずつ歩き出したその足はだんだんと、少しずつペースを上げていく。
早く家に帰りたい。
帰ったらまず母さんに抱きつきたい。
言いつけを破ったことを謝ったら昨日の出来事を聞かせてあげたい。
森を探検したこと。妖怪に襲われたこと。妹紅と名乗る人物に助けてもらったこと。
きっと母さんはすごく怒るだろう。もしかしたらしばらく遊ぶのを禁止されるかも知れない。
でも、それでもいいのだ。
とにかく今は一刻も早く母の顔が見たかった。声が聞きたかった。
ただひたすらその一心で田んぼ道を急いだ。
ふと、雪風は何かに気づいた。
それは匂いだ。
焚き火のような匂い。何かが燃える匂い。
何度も嗅いだことのある匂いである。だからこそ最初はその違和感に気づかなかった。
だが、次第に疑問が大きくなっていく。
匂いが強すぎるのだ。
村の中で焚き火をすることは多々ある。だが、果たしてこんなに離れていてもその匂いは嗅ぎ取れるのだろうか。
それに、こんな昼間から田んぼに誰もいないことなどあるのだろうか…
雪風は歩むペースを上げた。段々と駆け足に変わっていく。
ペースを上げる原因はいつの間にか期待から不安へと変わっていった。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
脇腹が痛むが無視して走り続けた。
村まではもうすぐである。
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なに、これ…
雪風は呆然とその光景を見ていた。
悪い予想は大抵当たる、とは誰の言葉だったか。
足が動かない。体が言うことを聞かない。
だって、そんな、おかしい。こんなことってありえない
頭の中でそんな言葉がループする。
自分が見ているのは幻ではないのか。
雪風がゆっくりと、何かに取り憑かれたかのように足を踏み出す。
その視線は前方へと釘付けになっていた。
大部分が燃え落ち廃墟と化した村へとーーー
村の敷地へと踏み込んでいく。
既にあらかた燃え終わった後のようで火の勢いは弱い。
だが、無傷で残っているものなど、雪風の知る状態のままで残っているものなどなに1つなかった。
ここは、長老の家だった。
ここは、いつも良くしてくれるお兄さんの家だった。
ここは、今回自分が森へ行く原因となったいじめっ子の家だった。
だが、その何もかもが今は姿を変えている。
ふと、雪風は何かを踏んだ。
足元へ目を向ける。
「う、うわぁぁぁ!!」
それは人の首だった。
苦痛に顔を歪める生首が虚空を見つめていた。
尻餅をついた雪風が少しでも首から離れようと必死に後ずさる。
不意に手が何かに触れる。
嫌な予感とともに後ろを振り向いてみればそこには死体が転がっていた。
再び悲鳴をあげて弾かれたように立ち上がると手にこびりついた血を狂ったようにはき物で拭った。今まで気づかなかったがよくよく見回してみれば至る所に同じような死体が転がっている。
首だけのもの。体に手や足、首がついていないもの。五体満足のもの。
その全てが例外なく死んでいた。
この村は小さな村である。つまり知らない人などいない。
長老から最近村の端で生まれた赤子に至るまで知らない人など誰1人としていない。
その全てが死んでいた。
雪風がその顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら走る。
もはや疲れなど吹き飛んでいた。
向かう先は村の真ん中。
愛する母が待っているはずの家。
大丈夫、母さんは生きてる。死ぬはずがない。母さんだけは助かっているーーー
そう何度も自分自身に言い聞かせる。
だが現実とは無情なものである。
家に入って見たもの。それはうつ伏せに横たわる母の姿だった。
「母さん…」
ふらふらと、横たわる母へと近づいていく。
その体の横に膝をつくと母の体をひっくり返した。
「母さん、僕だよ…雪風だよ…」
母は目を開けない。
きっと眠っているんだ。
ぐったりとしている母の体を揺さぶる。
「う…」
認めない。認めたくない。
母が死ぬなんて。
もう一度笑って欲しい。怒って欲しい。
母の作る料理が食べたい。
たまに焦がすこともあった。だがその味さえも恋しい。
僕、森に入ったんだよーーー
そこで死にかけたけど、もこーって人が助けてくれたんだーーー
答えはない。
答えるはずがない。
だって母は、死んでいるのだから。
もう二度と、起きることはないのだから。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
眩しいほどに晴れ渡る晴天に1人の少年の慟哭が響いた。