独白と悪魔のお友達
あの時俺は逃げた。
どうしようも無く憎み、惨めに泣いてしまうほどに悔しくなったが、非力で無能で役立たずだった子供の俺にはどうしようも無かった……だから逃げた。
「誠八は天才だな、流石俺の息子だ!」
「そうね、一誠もお兄ちゃんの足手まといにならない様頑張るのよ?」
「ふふ……」
逃げた……そりゃあ逃げるさ。
どうしようもなく非力だったからというのもあるけど、それ以上に俺は目の前の血の繋がった親ですら信じられなくなったんだから。
沸いて出てきたとしか思えない、何処の馬の骨とも分からない兄とやらを当たり前の様に自分の子だと可愛がり、周りにいた当時の友達も彼を『最初から存在してたかの様に』扱い、俺がどれだけ『こんな奴は居なかった! 俺は……兵藤一誠に兄弟なんていない!』と訴えても、逆に俺を『頭のおかしなガキ』と見るだけでまともに取り合わない。
そして、ガキとは思えない才能を持つがゆえに当時は無能で非力で臆病だった俺の居場所は狭くなり、とうとう友達も、親も、初恋のあの子の全てすら『彼』の向ける『洗脳じみた』笑顔で奪われた。
これで堪えろだなんて、当時の俺には毛頭無理な話だし既に死にたいとすら思っていた。
だから俺は、気が狂いそうになる前に全てを捨てるつもりで死んでやるつもりだった――
「やぁ、成り代わりの分際ごときに主人公の座を奪われた兵藤一誠くんだね?
ふふ、心配しなくても僕はキミの味方さ」
あの人外に出会うまでは……。
「カスの分際でカスに与えられた役割にいい気分になってる彼は、キミの思ってる通り『双子の兄』でもなんでもない、嘘で塗り固めた男さ。
キミという本来の
「だからキミには彼以上となって見下す『権利』がある。
このまま死ぬだけじゃあ、既に奴に狂ったキミの元・大事な人達は見向きだってしない。
だから僕に付いてきなさい……キミにはその資格がある――」
僕の背中を任せるに足る
そう言って俺に手を差しのべたのは、全てを平等に見下す人外。
沸いてできたあの男でさえ簡単に始末出来るほどの絶対なる存在。
全てが信じられず、死ぬしか頭になかった俺は何故か彼女の言葉を……人をもう一度だけ信じてみようとその手を取り、彼女の弟子へとなった。
その過程でかけがえのない友と出会い、敷かれたレールとは違う道へと駆け出す、最初の一歩を……。
消えた才能の代わりに別の
奪われた人間関係の代わりに
死にかけていた心に肉親よりも強い愛情を。
それが、俺……這い上がると決めた兵藤一誠の生きざまだ。
俺は決してパシリではない。
そして人から女を宛てがえて貰うほど落ちぶれたつもりでも甲斐性無しのつもりもない。
そもそも10代後半の小僧が考え無しに女性とお付き合いするのはどうかと思うんだ……自分の興味の有無は云々に。
けれど、どうにもあの師匠は変なお節介が――いや俺自身をからかって遊ぶのが好きなようで……。
『暇だろう一誠? だからそんなキミに美少女をプレゼントしてあげようと僕は考えたんだ。
フフフ、彼女も友達も居ないキミとしては喜ぶべきことだと思わないかい?』
『……………は?』
毎度毎度の夢の中。
何処かの教室を思わせる空間で、長い黒髪と魅力的な声と容姿をした女――安心院なじみは人差し指を立てながら笑みを見せてポカンとする俺に一方的にそう告げた。
こんな吹けば吹き飛びそうな女がバグみたいな数の異能を持ち、涼しい顔で大男を凸ピンでぶち殺せるというのだから理不尽な話だ。
この学校の教室みたいな空間だって、俺が眠ってる間に意識だけを拉致して押し込る為に鼻唄混じりで作ったらしいし……マジで理不尽としかいえない。
『まあ、直接僕がキミの
『いや……フグの猛毒で死にたくはないから遠慮するぜ』
確かに俺はアホで友達作りが客観的に見てもド下手だが、だからといって女の世話をされるなんて思いもしないし、大きなお世話だ。
ましてやこんなバグキャラの相手なんて俺には無理すぎるし、どうせコイツの冗談なのだろうと、俺はニマニマしてる『師匠』を敢えて無視して冒頭の話について追求する。
『それは置いといてさっきお前が言ってた事に関してだが、そういうのを世間一般では大きなお世話と言うべきじゃないのか『なじみ』よ?』
わざわざ女を俺に宛がうなんて、相手に失礼すぎると正論を述べた筈なのに師匠こと安心院なじみはちょっとだけ笑みを引っ込めている。
『そう? でもこの僕の弟子であるキミだって、女の子の一人や二人侍らせたいだろう?
キミを育てると決めた時から今まで、毎度毎度僕の予想をいい意味で簡単に覆してくれた……僕からのささやかなご褒美って奴さ』
『ご褒美ってお前、プレゼントとか言ってる時点でその美少女とやらの意思は完全に無視だろ? ていうか確実に
というか俺としてもそこまで落ちぶれちゃいねーしな。
しかしなじみは……。
『尤もらしい理由並べて逃げようとするなよ一誠?
大丈夫大丈夫、その美少女はキミのファンだから、その気になれば即刻一発ヤれるかもねー? んじゃ……』
『ちょ、おい!?』
やめろと言ってやろうとしたんだが、見た目は華奢な美少女の癖して、この世に存在するありとあらゆる存在を『平等にカス』と言えちゃうだけの理不尽の権化とも言える我が師匠である安心院なじみの言うことから逃げられる訳もなく、断ることも勿論不可能であり、気がつけば謎の教室空間が消え、独り暮らしするために借りた安アパートの自室のベットの上で目を覚ましてしまう。
「ハァ。毎度毎度の事ながら
目覚めが悪いとはまさにこの事……。
安心院なじみ曰くこの世に一人しか存在しないオリジナル
「3時……うーむ、折角だしこのまま学校の時間まで鍛練でも――あーでも高校生が深夜出歩くのは良くないし――ぐぅ……!」
中途半端に目が覚めちゃったせいで、二度寝の決行が困難になってしまった。
なので少し早めの日課鍛練でもしようと一瞬だけ考えるも……今の独り言の通り、高校生である俺が深夜の外に出歩くのは健全では無く、お巡りさんに怒られてしまう事を考えてしまうと少しだけ躊躇してしまう。
故に仕方なく鍛練は夜が完全に明けるまで我慢し、小さく悪態を付きながら枕元に放置しておいたタブレット端末でも弄くろうと暗闇に目が慣れてない状態で手をまさぐる。
すると一つ違和感に気付き、まさぐる手がピタリと止まる。
「なんだ……この温い感触?」
何かこう……あるんだよね隣に。
というか段々目が慣れてきて見えるんだけど…………これれは――
「すーすー……」
「言ってからが早ぇんだよ師匠……」
夢の中であの女が言ってた通りの、金髪美少女って奴が一人隣で寝ていた。めっちゃ気持ち良さそうにね。
だから俺は、今頃どっかでほくそ笑んでる安心院なじみに対して睡眠妨害諸々の意味を込めた恨み言を漏らすのであった。
「そ、その……こんばんはでございます。一誠様!
覚えてございますか、私は――」
「声がデカイ。トーンを下げてくれないか?」
取り敢えずきっと師匠が無理矢理言って派遣させた金髪美少女とやらを叩き――ではなく普通に起こした俺は、彼女達から詳しい説明を受ける為ベットに座らせて自分は床に座るという……あれ、冷静に考えたら立場逆だろってポジション展開をしていた。
まるで漫画みたいな展開に喜ぶとかいうよりも疲れた気分でテンパりまくりな少女を取り敢えず落ち着かせつつ
内心師匠に毒づく。
美少女なのは誰が見ても認めるけど、だからって知り合いをいきなり夜中の男の部屋に放り込むなよと……。
「はぁ、はぁ……。
ご、ごめんなさい……緊張しちゃって」
「こんな人間ぽっちに緊張するなよ。お前らしくもない」
知り合い。うん、間違いなく知り合いだ。
緊張しすぎて呼吸を乱しているこの特徴的な髪型をした女の子を俺はハッキリと知っている。
それは、この子と同じく悪平等にて兄である青年――いや家族と、とある事情で会うことになり、何やかんやで普通に仲良くなり、その延長線で知り合う事になった……。
「取り敢えず言うけど、いくら『なじみ』からの命令だからってこんな事まで聞く必要は無いと思うぞ、レイヴェル」
ソロモン72柱フェニックス家末っ子、レイヴェル・フェニックスに俺は微妙に同情しながら話すのであった。
「おほほほ……。
いえ、その……私から安心院さんに『一誠様とお逢いしたい』と言ってみたら、こういうことに……」
そわそわからわたわたへと態度を変化させた金髪の縦ロールという現実に見るのも珍しい髪型をしている
嫌では無いのか? まあ、あの悪平等一家とは仲良しのつもりだったし、年が一番近いこの子とはよく遊んでたから……まあ、嫌がられては無さそうでちょっと安心した。
「なら良いが……」
「ええ……寧ろずっとお逢いしたかったですわ。何せ2年近くお顔を拝見出来ませんでしたもの」
「あれ、もうそんなになるか?」
知り合いともなれば、俺としても安心して喋るし、出来る限りのおもてなしをとも思う。
とはいえ、人間でいうところのお金持ちの御令嬢と言えなくもないくらいにはお嬢様であるレイヴェルが、人間界の民家の狭い部屋のベッドに座らせてる時点でおもてなしもクソも無い訳だが。
しかしそれでもレイヴェル自身に不満は無さそうであり、先程と比べて大分落ち着いたのか、柔らかい笑みを見せている。
「ちなみに、なじみからは何て?」
「一誠様の普段の生活のサポートとお話相手……。
まあ、簡単に言えば従者の様に振る舞えと……」
「なるほど……って、よくそんな話を引き受ける気になったなお前……」
唐突に悪魔な悪平等で知り合いでもあるレイヴェルが夜中に現れたのはもう良い。
が、問題はなじみから何を聞かされて来たのかであり、話を聞いてみればレイヴェルにとって得にもならなそうな話だった。
要するにレイヴェルは家にも帰らず、俺の側でコマ使いをしろ――という事なのだからな。
よくもまあ、なじみからとは言え引き受ける気になれたものだ……と、思わず口に出す俺だったが、どうやらレイヴェル自身にそんな感情は無かったらしい。
妙に頬を紅くさせて微笑みながらこう言うのだ。
「とんでもない、常日頃から一誠様をお慕い申して来た私にとっては、またとないご褒美ですわ。
断るとか不満なんて全くありません」
「いや、家に帰るなって言われてる様なもんだろう?
勿論俺は帰す気でいるが……ライザーが心配するだろし」
「兄からは『一誠の家に? おう行け行け。そして俺の義弟になるよう頑張れ』と気持ちよく送り出してくれましたわ。
それに、私自身も折角一誠様と同棲出来るというこのチャンスを捨てる真似なんてしません」
「……。お、おう」
おいライザー……お前の大事な妹をそんな簡単に送り出すなよ。
どう反応して良いか困るんだけど……。
「なので、色々と至らない事が多いかと思いますが、このレイヴェルを可愛がってください……一誠様」
「あ、うん……」
し、しまった……!?
余りに唐突で呆然としてたせいでつい頷いて――ぐぅ、でも確かに美少女だし、俺自身女の子縁が無くて泣きたくなってたし……。
う……正直美味しいのかもしれない。頷いた途端、レイヴェルの表情が目に見えて明るくなってるし……。
「嬉しいですわ一誠様!」
「しーっ! お隣さんに迷惑……!」
もう良いや! ヤケクソだ!!
とまあ、結局師匠の暇潰しの相手にされてしまった俺は、美少女に負けてしまうのであった。
仕方ないじゃん……美少女なんだもん――
「では早速……恥ずかしいですが」
なー……なんて考えて、取り敢えず家の連中にどう言えば良いのかと考えていた時だった。
何を思ったのか、突如レイヴェルは恥ずかしいと言いつつ自身の着ていた服……よく見たら駒王学園の女子制服の上を脱ごうとボタンを外しはじめていた。
……………。っておい!?
「な、何してんだよ……!?」
「ナニって……私は一誠様だけの従者ですわ……。
いえ、寧ろ下僕と言っても過言ではありません。 身の回りのお世話だって当然します。
なので、取り敢えずお掃除とかは明日にすることにして、今から一誠様の抱える、その……ム、ムラムラを解消しようかと……」
まだあどけない少女な顔立で、ちょっと恥ずかしそうに頬を染めながら言うレイヴェルは、そのままブラウスまで脱ごうと……………セイセイセイ!
「待て待て待て……! 今更お前が何で駒王の制服を着てるのかとかも聞きたいが、取り敢えず待ってくれ……!!」
なじみが最後に言ってた事がマジだったのは驚いた……いや、違う違う!
箱入り娘にそんなさせられるか、だから止めろ! ブラウスの下がちょっと見えてるから――やめい!
俺はいつになく必死になって脱ごうとするレイヴェルの手を掴んで止める。
するとレイヴェルはびっくりした様で……
「きゃ……!?
あ、あ、い、一誠様がこんな近くに……。も、もしや脱がせたかったのですか? ご、ごめんなさい……何分初めてなもので……。
で、ではどうぞ……優しくしてください……」
……その行為がレイヴェル的には迫られたのかと思ったのか、紅潮させた頬と熱の籠った目と、妙に色っぽい声をしながら目を閉じはじめる。
「違う……。ていうか恥ずかしいなら止めろ。
お前が……その、なんだ……俺に割りと好意的だったのは理解したよ。けどいきなりそんな……お前……と、取り敢えず服を着ろ……いや着てください」
レイヴェルの華奢で白い両肩を掴んでキャストオフを阻止した俺は、久々にマジな顔して言ってやる。
此処までの話を聞いて、レイヴェルが何でか俺を好いてくれてるのは分かったし結構嬉しいのは本音としてある。
しかしながら、俺はレイヴェルを友達の妹……とそれまで思ってたんだ。
心の準備云々で色々と待ってもらいたい。俺まだ大人じゃないしな。
と、ゴチャゴチャぐるぐると様々な思考が脳内を駆け巡らせていると、レイヴェルは途端に泣きそうな表情を……いや既に目尻に涙が……あ、あれぇ?
「そ、そんな……!?
一誠様は私の身体では満足できませんか?
安心院さんが言うには、女性が大好きでこうしたら凄い喜ぶって聞いたので、他の女が一誠様に色目を使う前に先手を……くすん」
「いや確かに女の子は好きだが……って、なじみのバカ野郎。
20兆ほどスキル使えなくしてやろうか……!」
ホントに余計なお世話だぞ師匠め……。
「い、良いかレイヴェル。
俺は偉そうな事を言っといて結局は俗な人間なんだ。
だからその……レイヴェル程の子がそういうこと言っちゃうと色々と……わ、わかる?」
「ぅ……」
ち、ちくしょう。今まで全然意識してなかったのに、今の涙目のレイヴェルを見てると変な気分に――いや駄目だ!
「取り敢えず……こう、お互いの事を知ってから……な、な?」
「………くすん」
心の整理やら何やらで、とにかく駄目だと必死に言い聞かせる俺に、レイヴェルは小さく頷いてくれた……。
けれどその表情は俺の中にある何かが……背筋がゾクゾクするというか……。
あぁ、そうだ……前に師匠に言われたけど、俺は割りとSなのだ。
つまり、今涙を浮かべてるレイヴェルが……正直色々とたまらんのだ。
「わかりました……でも、何時かは私を――」
「あ、あぁ……うん」
レイヴェル・フェニックス。
友達の妹でちょっとした知り合い――――だと思ってたけど、ははは……なじみは知っててこの子寄越してきたな。
「大好きですわ一誠様……。
あの日見せてくださったご勇姿から、私の全ては一誠様のものです……」
「…………。それは素直に嬉しいぜ……あ、あはは……」
兵藤一誠
種族・人間
所属・特になし
備考・・安心院なじみの対となる人外
レイヴェル・フェニックス
種族・純血悪魔
所属・ソロモン72柱フェニックス家長女
「お前、そういや何で駒王の女子制服なんて着てるんだ?」
「それは勿論一誠様と同じ学校に通い、そこでもサポートする為ですわ! 大丈夫です、既にこの地を管轄しているグレモリー家には話を通してありますので」
「……。お早い根回しだなオイ」
「その際、例の兵藤誠八なる男に一誠様に遠く及ばない、いっそ気色の悪い笑顔を向けられて不愉快でしたが」
「あー……『兄貴』ね……。
学園内じゃ兄貴を取り合ってるグレモリー三年とそのお仲間達をよく見るが、
「フッ、あんなスカした女ったらしは大嫌いですもの、当然ですわ」
備考・・
補足
さーてと……どうしよっかな。