プロローグ
考えた事はあるだろうか。
善と悪、表と裏を。
では、何が善で何が悪なのだろう。
良い行いをしモラルがあって、良徳、公平であれば善なのか。
悪行を働きモラルハザードで、不徳、不平ならば悪なのか。
確かに物差しで言えばそうかもしれない。
が、私は違うと思う。
善は悪であり、悪は善になり得る事もある。
善意も押し付ければ悪になるし、悪も加減があればぜんになる。
世界には必ずしも物差しで測れない物がある。
悪意ある善、必要悪。
善がなければ悪もなく、悪がなければ善もない。
その衝突が世界に戦火を撒き散らす。
善に仕える悪。
彼はエーデルバッハ・ヒュルフェンドルフ・グラーフェルハイホーヘン。
アサシン稼業の青年。
戦争に勝つために雇われた暗殺者。
雲一つない丑三つどき。
真っ黒の服に身を包み、マスクにフードを被って屋敷の屋根の上に立っている。
月明かりに照らされて妖しく照る碧眼は、一室の硝子窓をじっと見つめていた。
柔らかい蝋燭の光に照らされた部屋にはドレス姿の女性がぽつんと座るが、椅子にではなく床にだ。
ドレスの作りは豪華で見るからに金持ちの家の娘なのに扱いがぞんざいで、あちこちに汚れが付いているし何より部屋が似つかわしくない。
彼女の名前はアマリア・グライツギーセン・ヴァルデントゥガル。名家、ヴァルデントゥガル家の1人娘だが、ここはトゥガルの屋敷ではなく敵領地の屋敷。持ち主は不明だが、騎士団が20人ほど駐屯している。全滅させるのは難しくはないが「今は敵に対して強い風当たりを与えたくない」と主に言われた以上、無駄な行動は避けなければならない。
だから余計に気を遣って警戒していた。
基本どうり、セオリーどうりの巡回。まずまずの状態。
後は、隙を伺って助けるのみ。
一人ひとりの動きを見た感じでも素人や怠け者の集まり。
問題点は、彼女が驚いて暴れない事を祈るのみ。
これ程の極限状態だ。考えらえる状況を常に想定して、最悪の状況でも対応できるようにしておかなければ……。
唯一の助けは室内が薄暗い事と夜だという事だけ。
武器はサーベルと短刀、ナイフ2本の4つのみ。
これを使わないに越したことはない。
この日の任務はごく簡単な任務だった。
敵に拉致された彼女を救う事。
難などない。
そのはずだったのに……。
運命とは不条理で押し付けで残酷である。
血にまみれた自分の手を見つめて、壁によりかかる。
息をするのも苦しくて、視界がぼやけてきた。
考えるのも面倒……。
溜息を漏らした………。