天才と天災   作:柊ナタ

2 / 22
皆様どうも柊ナタでございます。

メインで書いている方すらまともに更新できてないのに新作でございますよ。えぇ、わかってますとも。

メインのほうも頑張りますよ!


始まってもいない物語の閑話
戯言


『天才とはなんだろうか』

俺がこの疑問を持ったのは中学に入学してから一年が過ぎた頃だった。

俺は所謂『才能』ってやつがなかった。何をするにしても全然駄目で、他の人と同じ位出来るようになるまで何倍もの時間がかかった。俺は天才、才能がある奴が羨ましかった、そして、憎かった。不公平だと思い諦めそうにもなった。でも、負けたくなかった。だから、俺は努力した。単語を十回書いて憶えるのなら、俺は五十回は書いた。ランニングを一時間するなら、俺は五時間走った。その動作を三時間練習するなら、俺は十五時間練習した。才能がないなら努力で埋めればいい。それを続けてきた俺はいつしか己が嫌っていた『天才』と呼ばれるようになっていた。しかし、俺から言わせれば今までの俺の成績は当然の結果で勉強も運動も全ては才能なんかじゃなくて努力の結果だからだ。天才ってやつらは、人と同等かそれ以下の努力でそいつらの上の成績を叩き出す、そういう奴らのことだと俺は思っていた。だから、人の努力も知らないで『天才』と決めつけられるのが嫌だった。まるで俺が努力をしていない奴らと一緒にされてるような気がして。だから、この疑問を持った。客観的に考えることにした。そして、気付いた。天才とは、なんなのか。

天才とは...区別するための言葉だ。自分たちとは違う存在だと。

確かに才能というものは確固として存在する。だが、才能があるが故に努力を怠った奴らは何倍も努力してきた奴らに負ける。それを理解しているから人は努力をする。

『報われない努力なんてない』そう思っていても人と同じくらいの努力しかしないから才能を持った奴らに負ける。人並みの努力かもしれない、だが、努力をしてきたからこそ負けた時に思う。「なんで同じくらい努力をしたのに負けるのか」と。それが同じクラス、同じチームの奴だと余計に思う。だから、逃げたくなる。「あいつには才能があるから」「あいつは天才だから」と。そう決めつけて諦める。

天才とは自身を正当化するための言葉だ。自分が負けたのはあいつが天才だったからと自分がしてきた努力を正当化しようとするための。本来もっと努力出来たかもしれないということを棚にあげて。

『出る杭は打たれる』という諺を知っているだろうか。人より優れているものはとにかく人から妬まれ、叩かれる。という意味だ。人より優れているものはその人達とは区別され別のものだとされる。

 

と、まぁ、愚痴というか何と言うか。この話はそろそろ終わらなきゃな。

結論として、俺は天才に憧れていたんだ。嫉妬していたんだ。

だからだろうか、天才からも理解されずそれでも我を貫き通している。

『天災』

そう呼ばれた彼女に惹かれたのは。




如何でしたか?

原作がインフィニット・ストラトスで天災といえば...あの方しかおりませんね?

しょうがないじゃないですか!あの方が可愛すぎるのがいけないんです!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。