阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

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浮かんだから書くしかない(一つとは言ってない)


EXTRA STAGE -風神録-
妖怪の山に住まう神々


 ある日、妖怪の山の中腹がまるごと消えた。

 比喩や冗談ではなく、そこにあったであろう木々の緑や大地の色が文字通り消えたのだ。

 

 そしてその代わりというように、人里からでもかなり大きいとわかる巨大な湖と神社が現れた。

 

「つまるところ、外の世界のものが幻想郷に流れ着いたようなものだろう。外来人や外来のものが流れ着くこと自体は不思議でもなんでもない」

「しかし、規模が大きすぎます。作為的な何かを感じずにはいられません」

「そうだな。だが侵略とかそういった可能性は排除して良いはずだ。それなら人里に来るのが一番効果的だし、何より動きを見せない理由がない」

「…………」

「我々はいつも通り生活していれば良いのさ。向こうから何か動きがあって、それがどんなものかはお前が見極めれば良い。信じているぞ――信綱」

「…………はぁ」

 

 自分の隣で妖怪の山を見ていた慧音から良い笑顔でそう言われてしまい、信綱は大きなため息をつくことしかできなかった。

 

 

 

 妖怪の山にいきなり神社と湖が現れる。

 特大の厄介事であることは一目見るだけでわかったが、信綱の側からなにか行動を起こすつもりはなかった。

 現時点で人里になにか明確な害があるわけでもなし、まずは当事者である妖怪の山が何かしら動くのが筋であると考えたのだ。

 ……今さら余計な面倒事を抱えたくないというのも切実な理由として存在する。

 

 とはいえ自分は御阿礼の子に仕える阿礼狂い。御阿礼の子からしてみれば、いきなり外の世界からやってきた神社とそこで暮らしていたであろう人物など。

 そんな面白そうなことの塊であるそれに興味を示さないはずもない。

 

「お祖父ちゃん! あの神社ってなんだろうね! 私、すっごい気になる!!」

 

 人里での騒ぎを耳ざとく聞きつけた阿求が信綱に肩車をねだり、肩車の上で目をキラキラさせている姿を見せられては何も言えなかった。

 自分が面倒? それは御阿礼の子の楽しみを邪魔する理由になるのか。いやならない。

 

「確かにこれまでの幻想郷にはなかったことです。しかしまずは妖怪の山の天狗たちが話をするでしょう。それに友好的な人物とも限らない。せめてどんな者たちがいるのかだけでも確かめてから取材に行きましょうか」

「うーん……天狗に先を越されるのは仕方ないか。でも絶対行こうね! 私の代の幻想郷縁起が厚くなるわ……!」

「ご無理をなさらぬよう。阿求様が倒れられては元も子もありません」

「はぁい。とりあえずしばらくは様子見だし、お祖父ちゃんも向こうからなにかあったらすぐ教えて!」

「かしこまりました」

 

 肩車の上から降りてくる、阿求の弾んだ声に信綱はうやうやしく答える。

 といっても、しばらく動きはないだろう、と考えていた。

 最初から何らかの目的を持って幻想郷に来たのであれば、もっと早く動いていても良いはずだ。

 それがないということは、幻想郷に来ること自体が目的であり、幻想郷に来てからの行動は特に考えていなかったという推測もできる。

 

 実際のところは当人たちに聞いてみないとわからないが、それは妖怪の山の仕事だ。彼らの領土に乗り込んできたのだから、そこに自分が首を突っ込んでも物事が複雑になるだけである。

 なのですぐに動く必要はない。そう考えて、信綱はしばらくはなにもないだろうと結論付けるのであった。

 

 

 

「――で、俺に現れた神社とお前の話し合いの立会人になれと」

「おう。当事者同士じゃ事情の押し付け合いになりかねないし、冷静に判断してくれる第三者が欲しい」

 

 信綱は神妙な顔で頼み込んでくる天魔を前に、頭痛をこらえていた。

 阿求にしばらくはなにもないだろう、と語った直後にこれである。いつだったか椛が言っていた、自分は貧乏くじを引く星の元に生まれているというのを笑えない。

 

「なぜ俺なんだ。中立な第三者という観点なら博麗の巫女だろう」

「博麗の巫女は平等であっても公平じゃない。あれの役目は幻想郷に害を為した連中の討伐だ。人妖どちらでも、な」

 

 幻想郷の調停者は誰の味方でもなく、ただ幻想郷の存続と異変の解決にのみ力を貸す。

 信綱や天魔が考えているような政治の話など、知る必要はないのだ。信綱もその辺りは霊夢に教えていない。

 

「……話し合いにはお前が行くのか?」

「向こうは頭が出るんだ。こっちも頭が出ないと話もまとまらんし、旦那を呼び出した理由が弱くなる」

「……人里からの代表であることは明言する。双方の言い分を聞いた上で、俺は人里に最も利益が大きい方に味方する。それでいいか?」

 

 信綱の物事に対する姿勢はいついかなる時も御阿礼の子のために。そしてそれに連なる人里のために、というものだ。

 天魔は妖怪の山に対して最大限の利益を取ろうとしているし、その考えはやってきた神社の方も同じだろう。

 だから信綱も自分の所属する集団に対する利益を追求する。必要なら謀略の一つも巡らせよう。

 

「それが欲しかった答えだ。この際だから言っておくが――オレはあんま冷静じゃない。これでも結構頭に血が上ってる」

「……理解は示そう。お前ほど妖怪の山を思っている輩を他に知らない」

「褒め言葉と受け取ろうか。で、妖怪の山はオレが冷静じゃない時に諌める奴がいない。旦那にはその辺りを頼みたいんだ」

「文は違うのか」

「オレが怒るってことは、文はオレ以上に怒ってるって見ていいぜ」

「……そこまで言うほどか」

 

 さすがにやや驚いた表情になり、信綱は天魔を見る。

 いつもどおりの飄々とした顔ながら、その瞳はどこかギラついた輝きを宿していた。

 それはこんな状況だからこそ利益を追求する輝きであり、妖怪の山に不躾にやってきた侵略者に対する怒りでもあった。

 なるほど確かに。今の状態の彼を放置するのは危険が大きい。万に一つも山の神社と事を構える、なんてことになったら天狗の自警団を借りている人里にも被害が及ぶ可能性が出てきてしまう。

 

「……わかったよ。俺としても妖怪の山の頂点はお前である方が望ましい。話し合いもせいぜい上手くいくよう努力しよう」

「助かる。礼に関しては……今、こっちが握ってる神社の奴らの情報、でどうだ?」

「どうせ椛に見てもらった内容だろう。だが、もらえるものはもらう主義だ」

「情報の出処に関しちゃご明察。けど種族に関しちゃ旦那も知らないものだよ。オレも遠目で確認した」

「……種族が違う?」

 

 外の世界から来るものなど、人間か人間の作ったと思われる何かだけだ。

 動きがなかったのは神社だけが幻想入りしてきており、中には誰もいないという可能性も疑っていたのだ。天魔の話でそれは否定されたが。

 

「おう。――旦那、神って言われて何を思い浮かべる?」

「……神? 仏像とかそういったものではなく?」

 

 天魔の神、という単語を聞いて思い浮かべるのは、験担ぎの意味も込めて家に貼られる札などだ。

 他にも流し雛という形で厄払いを行うこともあると聞いてはいるが――阿礼狂いという特大の厄を背負って生まれてきたからか、こちらにはほとんど関与していなかった。

 

「ん、まあ旦那の反応が正しいよ。八百万の神々が生きて人間と関わっていた時代なんてのは、もう遥か昔に終わっていたはずだ。今でも活動しているのはいるが、どれも信仰を失って全盛期の力なんて見る影もない」

「……力を失い、零落しているだけで実在しているのか」

 

 過去の幻想郷縁起にそういったものがいたことは知識として知っていたが、信綱が関与していた阿七、阿弥、阿求の幻想郷縁起には記されていなかったため、死んだものと思っていた。

 

「幻想郷にも何柱かいるぜ? 後で紹介してやるよ。で、今回幻想郷に来たのもそういった連中だ」

「待て。ということはつまり……」

 

 外の世界ではもう妖怪の住める場所はほぼ存在しないと言っても良いと言われるほど、幻想が廃れてきたと聞いていた。

 そんな場所で今の今まで暮らしてきた神であるのなら――

 

「旦那の考えてることが正解だ。――外の世界でやっていけてた程の神が幻想郷に来た。オレも確信があるわけじゃないが、全盛期はオレら以上の力があったかもしれない相手だ」

「…………」

 

 せめて自分が死んだ後に来てほしいと思う信綱だった。いや、死んだ後にやってきて人里と御阿礼の子に害を為されてはたまったものではないが。

 

「と言っても、今どの程度の力を持っているかはわからん。妖怪が人間の畏れを糧にするように、神は人間の信仰心を糧とする」

「幻想郷に来た直後では力を発揮できないと?」

「それでもどのくらい戦えるかはわからんがね」

 

 面倒極まりない話である。ズキズキ痛み始めたこめかみを揉みながら、渋々口を開く。

 

「……引き受けた以上、役目は果たす。というか、最低限どんなものか確認しないと危険過ぎる」

「だな。スキマも気になっているはずだし、オレたちで相手の出方くらいは図っておこうや」

「面倒な……」

「旦那がただ腕っぷしが強いだけだったらオレも声かけないっての。ま、当日は頼んだぜ?」

 

 単純な力だけで言うなら、弾幕ごっこの実力も今の幻想郷で重要な以上、博麗霊夢や霧雨魔理沙も選択肢には入る。

 が、これに各勢力間の政治事情などを含めて立ち回れる人間、となると限られてくる。

 妖怪の山に関わることであり、すでに被害が出ている現状、天魔も常に自分が冷静でいられる自信はなかった。表面は取り繕っても言動に出てくるかもしれない。

 そういった状況であっても信綱は一切動揺することも逡巡することもなく、やるべきと判断したことを実行するだろう。

 敵に回すと恐ろしいことこの上ないが、今はその迷いのなさがありがたかった。

 

「わかった。俺も阿求様がいずれあそこの神社に向かう以上、情報は欲しかった。実際に目で見て判断できる機会があるならありがたい話だ」

「そう言ってくれると助かる。んじゃ行くか」

 

 話が終わったと判断した天魔が立ち上がり、信綱に手を伸ばしてくる。

 それに眉をひそめ、神社との会合は今日ではないことを確認する。

 

「話し合いは今日じゃないはずだぞ」

「さっき話に出たろ? 幻想郷にいる神ってやつを紹介してやるよ」

「……面倒なやつはいないんだろうな」

「今まで騒ぎを起こしてないだろ? つまりそういうことさ」

 

 人間のように一筋縄では行かないのだろうな、というこれまでの人生経験から来る嫌な確信を持って、信綱は大きなため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

「妖怪の山で活動している神はオレの知る限りで三柱だ。厄神、豊穣神、紅葉の神」

 

 鬱蒼と茂る森の中。妖怪の山の一角である比較的なだらかな森林地帯を、天魔と信綱が慣れた足取りで進んでいく。

 神に会わせてやるという天魔の言葉に乗って、彼の案内を受けているところだった。

 

「八百万の神々というだけあるな。全て力はどの程度なんだ?」

「今までの騒ぎに乗じても何もできない程度だよ。信仰に依る必要も薄いが、発揮できる力も相応に落ちている」

「ある種の適応か」

 

 信仰が得にくくなった現代において、力を落としてでも他者の信仰心に依存しなくなった。

 それも一つの生存戦略である、と信綱は興味深そうにうなずく。

 

「今回は厄神に会いに行く。あいつは活動範囲もわかりやすいし、オレや旦那なら接して問題もないだろう」

「何か問題でもあるのか?」

「旦那は厄神についてどの程度の知識を?」

「人里でたまに行われる流し雛の儀式で、そこに込められた厄を受け取る神だと」

 

 流し雛の儀式とは雛人形に己の厄を乗せ、幸福を祈る儀式である。

 験担ぎと言ってしまえばそれまでで、阿礼狂いである火継の一族は特に関心を示していなかった。そもそも阿礼狂いなんて一族に生まれ落ちた時点で特大の厄を背負っている。

 

「それだけわかっていれば十分だな。あいつ自身は懐っこいやつなんだが……性質上、厄を身にまとう。人間も妖怪も下手に近づいたら厄が移るってんで、大体一人でいることが多い」

「俺やお前は大丈夫なのか?」

「会ってみればわかるよ。そろそろ……っと、いた」

 

 天魔が指差す方向を見ると、幻想郷ではやや珍しいドレスに身を包んだ少女の姿が見えた。

 頭には長く白い縁取りのされた赤リボンを付けており、ドレスの仄暗く赤い色合いも相まって――失礼なのだろうが、彼岸花を連想させた。

 

「…………」

「不吉な、って思ったんだろ? それが正解だ。とはいえ……」

 

 無言を貫く信綱の内心を代弁すると天魔は気安い調子で歩いていき、少女の前に姿を現す。

 

「よう、久しぶり」

「あら? 天魔じゃない、久しいわね」

 

 天魔の気楽な声に、少女も思いの外陽気な調子で返答する。

 厄を集める神ということで勝手に陰気な性格を想像していたが、どうやら性質と性格は別物らしい。

 阿礼狂いだからって誰もかれも遠ざけるわけではないのと同じようなものか、と一緒にされたことを知ったら訴えても良い内容を考えながら信綱も少女の前に歩み出る。

 

「天魔と……人間? なに、天狗さらいのおすそ分け?」

「おっかないこと言うなよ。旦那をさらうとかオレでも無理だ」

「じゃあどういう関係よ。ああ、人間さん。私に近づかない方が……んん?」

 

 年若い少女の見た目と、少女の細く高い声だが、不思議と老成した雰囲気を感じさせる少女だった。

 とはいえ妖怪の見た目があてにならず、人間の尺度に当てはめる意味の薄さは百も承知。

 信綱は怪訝そうな顔でこちらに顔を近づけてくる少女に、何も言わず彼女の好きにさせてやっていた。

 

「……な、会わせたい人間って言うだけあるだろ?」

「……驚いたわね。この人間自身のまとう厄はものすごく濃いのに、魂はこれっぽっちも厄に染まってない」

「どういう意味だ?」

「ああ、自己紹介が遅れたわね。あと不躾に近づいちゃって失礼」

 

 少女はくるりと優雅に回って信綱から距離を取ると、両手でちょこんとドレスの裾を持ち上げてお辞儀をする。

 その様子は神が人間にするそれとは思えない、敬意のこもったものだった。

 

「厄神の鍵山雛と言います。あなたみたいな存在に会ったのは天魔以来よ」

「お前の目で見て普通とは違うのか?」

「ええ――厄にまみれているのに、芯は染まっていない。人よりずっと重い厄を背負って、それを背負い切っている人の証拠よ」

 

 つまり自分は人より不幸が多かったのだろうか、と思いながら天魔を見ると彼は肩をすくめて笑う。

 

「……ま、長く生きてりゃ相応に悪いこともあるもんだ」

「禍福はあざなえる縄のごとし、とは言うけれど、それでもやっぱり人によって厄というのは違ってくるわ。あなたも天魔も、まとう厄はすごい濃さなのに、それを微塵も感じさせないほど二人の魂は眩しい。……人間の方は、少し違うけど」

 

 そう言って少女――雛は信綱を見ながら困ったように微笑む。

 初見で自分のことを阿礼狂いであると見抜いた事実に信綱はやや驚き、そして彼女に対して警戒と同時に敬意を抱く。

 

「……本当に厄神なのだな。人里での流し雛は知っていたが、あなたの力は半信半疑だった。疑っていたことを謝罪しよう」

「いいのよ、そんなにかしこまらなくても。それにあなたや天魔みたいな人が相手だと、私も厄が移る心配をしなくて良いから気楽なの」

 

 厄が移る、という言葉を聞いた覚えがあったため、信綱は説明を求めて天魔を見る。

 どうやら天魔と自分は彼女にとって似ている性質のようだ。おまけに彼女は天魔に対して気安く近寄っていく。そのことから察するに――

 

「大体考えてる通りだよ。こいつは人や妖怪の厄を受け取る性質を持つから、常にこいつ自身が厄まみれだ。だから迂闊に寄れば人間だけじゃなくて妖怪も厄を受け取ってしまう」

「でも、二人は気にしなくても良いわ」

「なぜ?」

「私と一緒にいることで移る程度の厄なら、全部自分の力で払ってしまえるでしょうし」

「おい待て。それだと俺が余計な厄介事を背負う羽目になると聞こえるんだが」

「今更だろ?」

 

 さも当然のように言ってのける天魔に殺意を覚える信綱だが、自分の人生に面倒事がなかったかと言われたらこれまた首を横に振らざるを得ない。

 誠に、誠に残念だが、彼女から厄を受け取ったところで信綱にしてみれば厄介ごとの種が増える程度の――要するにいつもどおりのことでしかないのだろう。

 

「それに私も話し相手ができるのは嬉しいわ。天魔も気楽に話せる相手だけど、色々と忙しいみたいだし」

「早いとこ隠居したいもんだけど、あの神社の様子ぐらいは見ておかないとな」

「ああ、最近来たあれ? あちらにも神様がいたのかしら? だったら近いうちに挨拶した方が良いかしら」

「調子に乗られても困るしやめてくれ。近いうちにオレと旦那で乗り込む予定だから」

「いい加減面倒事から解放されたいんだが」

「別に断っても良いんだぜ? 後の保証はしないけど」

「…………チッ」

 

 あけすけな天魔の物言いに、信綱は苦虫を千匹は噛み潰したような渋面で舌打ちをする。

 放置して悪い方向に物事が進むのは勘弁である。なぜってそうなった時の方が自分に降りかかる面倒事の規模が大きくなる。

 自分に来る面倒事が減ることを祈って霊夢たちを育てたのだが、一向に減る気配がないのが悲しい。

 だが、天魔はそんな自分の反応こそが期待していたものだと言うように手をたたいた。

 

「それだよ、旦那。誰も彼もいつだって計算で動けるとは限らないってのに、旦那は損得勘定ができすぎてる。野となれ山となれって考えができない」

「お前たち妖怪が騒動ばかり持ってくるからだろうが」

「ご尤もで」

 

 幻想郷の人間は苦労ばかりである、と信綱がため息をつくと横合いからクスクスと鈴を転がすような笑い声がした。

 声の方向を見やると、雛が楽しそうに口元を押さえて笑っている。

 

「うふふ……口ではそう言っているし、実際に嫌いだとも思っているけれど、あなたは妖怪を憎んではいないのね」

「憎んで大人しくなるならいくらでも憎悪するがな」

 

 雛の指摘に信綱は気負った様子もなく同意する。

 騒動を起こす妖怪は嫌いだし、自分の主を害そうとする輩がいたら生きていた痕跡すら消し去るほどに憎悪するだろう。

 だがそうでない妖怪もいることを信綱は知っているし、彼女らまで一括りにする理由もなかった。

 そもそも妖怪全体をまとめて憎悪するほどの強い感情など、阿礼狂いとして見れば余分な機能でしかない。

 無論、それはそれとして人里を巻き込む程の騒動を起こした妖怪は殴り倒すが。

 

 その答えを聞いて雛はますます機嫌を良くしたように、笑みを深くする。どうやら信綱の答えはお気に召すものだったらしい。

 

「ふふっ。その考え方、とても素晴らしいと思うわ。天魔もそう思うでしょう?」

「さて、どうだろうね。旦那の見方はある意味恐ろしく平等で、公平だ。付き合いの短いものよりは付き合いの長いもの。善行と悪行なら善行。良いことをしている人には優しく、悪事を働いた人には厳しく」

「…………」

「間違っちゃいない。むしろそれが正しい評価の形だ。――だけど、それだけで世の中が全部回るか、ってなると話は別だ」

「……続けろ」

「人と人ならそれで良いさ。――それ以外の場合は?」

「事故、天災の類か」

 

 信綱が天魔の言葉を先んじると、二人の話を聞いていた雛は天魔の言いたいことがわかったのか、コクコクと小さく首を縦に振っていた。

 

「その通り。旦那はそういった災害を経験したことはないか?」

「人里全体が巻き込まれた、となると妖怪の異変が一番大きいな」

「それも人間にとっちゃ一種の災害だが――ここでの災害は自然とかそういったものになる。

 こっちは厄介だぜ? ――なにせ誰も悪くない。妖怪が悪事を働いたわけでも、人間が罪を犯したわけでもない。誰もが日々を慎ましく生きようとしているところへ理不尽にやってくる」

「…………」

「だが……そういった災害を割り切れるやつは少ない。疲弊もあるだろうし、財を失うこともある。家族が死ぬことだってある。そんなとき、人間はどうする?」

「……誰か、自分以外の何かに怒りをぶつけるのだろうな」

 

 ――正直なところ、御阿礼の子が無事なら誰がどうなろうと揺るがない自信はあった。

 知り合いや親友の家族が死ねば残念には思うだろうが、それだけだ。誰を怒っても意味がないのなら、それをする理由がない。

 それでも天魔の言葉に理解を示したのは――きっと、信綱の内にある人間性が答えてくれたのだろう。

 そして天魔は信綱の言葉を聞いて、そのとおりだと手を叩く。

 

「ご明察。――じゃあ、憎まれ役ってのが必要になるよな?」

「…………」

 

 いきなり災害に話が飛んだため意図が読めていなかったが、雛の表情を見てようやく理解が追いついてきた。

 信綱は静かな表情で口を開いた。

 

「もう大体読めた。そも、厄なんて人間にも妖怪にも見えない何かを集める神がいる時点で理解すべきだった。お前の言いたいことはそういうことだろう?」

「さすがにわかるか。――神ってのはだいたいそういうものだ。人間にも妖怪にも知覚できない概念、理不尽、そういったものを人形に押し込んだものを指す」

 

 天魔が妖怪の山で活動している神を話した時に疑問に思っているべきだったのだ。

 厄神、豊穣神、紅葉。――どれも具体的に目に見えるものではないものを司っている。

 雛や他の神々は力を落として幻想郷で生活している。力を落としていると言っても、流し雛の儀式などから見るに一切力を振るえないという程でもないのだろう。

 

 では――今まで外の世界でも生活できていた神というのはどれほどの力を持っているのか。

 

「……おい、天魔」

「ま、そういうことだ。オレもどんな神かまではわかってないから出たとこ勝負になるが、それなりにヤバい神が相手になると思っていた方が良いぜ」

「…………全く」

 

 吸血鬼、天狗、鬼、花の妖怪だけで自分の人生の山場など十分だというのに、騒動は向こうからやってくる。

 きっと、いや絶対一筋縄ではいかないと予測される近未来の光景がありありと想像できてしまい、信綱は大きなため息をこぼすのであった。

 

 

 

 

「ううん、あの人のまとう厄が一層濃くなったわ」

「騒動を持ってきたオレにもわかるな。雛が吸ってやったら多少は楽になるんじゃないか?」

「必要ないわよ。それぐらいで曇るような魂じゃないもの」

「ほう?」

「むしろあれね。嫌よ嫌よも好きのうちというか、天魔の力になれることを嫌がってる感じじゃないわ。騒動が自分に寄ってくる間の悪さは嫌いだけど、その騒動で知り合った人たち自体は嫌ってないわね」

「ほう、ほうほうほう?」

「良く言えば罪を憎んで人を憎まず。悪く言えば物事への無関心。彼自身は間違いなく全ての物事はどうでも良いと思ってるけど、周囲の人々はそうじゃないってわかっているから請われれば力を貸すし、それで喜んでくれるのは嫌いじゃないって感じかしら」

「なるほどなるほど。さすが腐っても神さま。人間観察はオレ以上か」

「腐っても、は余計よ。私は特に厄を見るから人を見る機会も多いってだけ。……あら、人間さん? なんで私の方に近づいてくるのかしら?」

「…………」

「待って。ねえ待って。その私の頭ぐらいなら握りつぶせるように開かれた手はなに? 落ち着いて、落ち着いて話し合いましょう? ほら、天魔もなにか言って――もういない!?」

「じゃ、話し合いの時になー」

「ああっ、飛び去った! ちょっと人間さん! 彼はどうでも良いの!? 好き勝手言って逃げちゃったわよ!!」

「…………」

「ご、ごめんなさい! ちょっとあなたみたいな人に出会えたのが本当に久しぶりだから、興奮しちゃったというか厄神としての領分を越えた部分まで見ちゃったというかついうっかり話し過ぎちゃったと言うかストップ! わ、私に触れると厄が移るから頭を握りつぶすように持つのはやめて!?」

「……別に今更厄が一つ二つ増えたところで大差ないのだろう」

「そうねその通りね私が言ってたわねアアアアアアァァァア!!」

「人が頭を悩ませてる横で好き放題言ってくれたな、ん?」

「あああぁぁぁごめんなさいぃぃぃ!?」

 

 頭を握られ、ジタバタと暴れる少女を見下ろしながら、信綱はまた面倒そうな奴と知り合ってしまった、と顔をしかめるのであった。

 

 

 

 ……これ以降、山で過ごしている信綱の前にちょくちょくこの懐っこい厄神がやってくるようになって、それに呼応したように他の神も姿を現すようになるのだが、それはまた別の話である。




Q.なんの前触れもなく妖怪の山にドカンと神社と湖が幻想入りしました。天魔の取りうる行動を答えよ。
A.戦争準備しつつ話だけは聞きに行く。相手の態度次第じゃ開戦不可避。ただそれやっても旨味が少ないので第三者(ノッブ)を巻き込みつつ対話の方向性も探る。

Q.雛に絡まれても厄は移らないの?
A.所持厄10000のやつに1の厄が移っても誤差やん?

ということでノッブが存命な状態での風神録編になります。早速神さまに絡まれるけど頑張れ(他人事)

本当なら風神録編を全編書き上げて不意打ち二段構えにしたかったんですけど、折り悪く仕事が忙しくなるなどで間に合わなかったのが心残りです。書き溜めてあるものと私がこれから書くものでもう少しだけ拙作の更新は続きます。

風神録が終わった後? 後のことは後で考えます(震え声)

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