阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

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椛と河童

 信綱は椛と会う場所に訪れていた。

 天狗の里に向かう日時も決まってしまった。ならば信綱は御阿礼の子に仕える者として、考えうる脅威とその対策を取って万全の態勢を整える義務がある。

 

「最近はよく来ますね。私に会いたくなったとか?」

「ここに来る理由など一つしかない」

「ふむ、何か用事でも?」

「頼みがある。何も言わずに受けて欲しい」

「良いですよ。どんなお願いですか?」

 

 全く逡巡せず引き受けてくれたことに少々驚く。

 狼狽する信綱の様子がおかしかったのか、くすくす笑いながら椛は理由を説明する。

 

「君は無理難題は言いませんから。一番危険な部分は自分でやる、でしょう?」

「……俺が渦中になるんだ。仕方ないだろう」

「あはは、それもまた宿命ですよ」

 

 そんな宿命願い下げである。

 信綱は最近増えている傾向にあるため息をついてから、椛に事の経緯を話す。

 

「――と、この日に俺と阿弥様が天狗の里に赴く」

「それは凄い。ここ数百年はなかった話ですよ。確か……先々代の頃に一度あったきりです」

「よく知っているな」

「あ、他言無用でお願いします。事件がありましたから」

「詳しく話せ」

「話します! 話しますからすぐ剣を抜くのはやめてください!? というか抜き手が見えないって何!?」

 

 聞き捨てならない言葉があった。事件があったってなんだ、初耳だぞ。

 下手に無視しては死活問題に直結しかねないと判断し、多少脅す形で聞き出すことにする。

 

「実は……数百年ほど前にも一度、御阿礼の子と人間が天狗の里に来たことがあるんですよ」

「続けろ」

「どういった経緯かまでは知りませんが、御阿礼の子を侮った大天狗が片翼を人間に斬られ、逃げられるという事件がありまして……」

「…………」

 

 絶句してしまう。あの烏天狗、そんな過去が昔にあったとか聞いてない。

 

「……その天狗、生きているのか」

「まあ、はい。支配派……人里を襲って支配してしまおうって派閥の筆頭です」

「あの烏め……」

 

 焼き鳥にしてくれようかと怒りを募らせた信綱に、椛は慌てて注釈を入れてきた。

 

「いや、責めるのはお門違いですよ。これ、他言無用の内容で知っているのは大天狗以上が数人だけですから」

「……なんでお前が知っているんだ?」

「私の能力、知っているでしょう?」

「生まれて初めてお前を尊敬しそうだ」

 

 椛の背中から後光が見えそうだった。

 優秀な部下もおらず、一人でひいひいやっていると思ったところにこれだ。地獄に仏とはこのことか。

 信綱からそんな目で見られることに椛は照れくさそうに笑って頭をかく。

 

「まあ目には自信ありますからね私。でも天魔様がおられるなら大丈夫でしょう。あの方は鬼が山を去ってから我々天狗を導いて下さったお方です」

「ふぅん……」

 

 椛の目から見ても天魔は傑物らしい。

 これからそれと話をしに行くと考えると憂鬱である。

 表向きは幻想郷縁起の取材であるため、阿弥の負担が怖い。

 あの細い双肩にどれだけの重荷を背負わせたいのか、と信綱は彼女の苦しみを肩代わりしてやれないことを苦しく思う。

 阿弥が恐れるような素振りを見せたら、自分が前に出ようと決意する信綱だった。

 

「お前の目を見込んで頼みがある」

「さっきの話に絡んできます?」

「ああ。……俺が天狗の里に向かう日、お前には天狗の里を見ていて欲しい」

「はぁ、それでどうしろと?」

「それだけだ。礼はする」

 

 それだけ? と首を傾げる椛に信綱は頭を下げる。

 これは彼女にしか頼めないが、同時に下手に関わらせると椛の天狗内での立場を崩しかねない。

 というより、万一自分たちが天狗の里で襲われる事態になったら彼女しか頼れる存在がいないのだ。

 そしてその状況の信綱たちの味方をすることは、天狗を裏切ることに等しい。

 なので決断は彼女に委ねることにした。御阿礼の子が危ない時は問答無用で巻き込むが。

 

「それぐらいなら良いですけど、何か目的があるんですよね?」

「……ま、転ばぬ先の杖というやつだ。使わないに越したことはない」

 

 天狗の里に赴いた信綱たちを見る。そして転ばぬ先の杖。

 椛の頭に想像できるのは一つしかなかった。

 

「天狗の里とやり合う公算があるとかやめてくださいよ? 本当に。身内は敵に回したくないですし」

「……は?」

 

 ギョッと目を見開いて椛を見る。今なんと言ったのだ、この白狼天狗は。

 椛は何か変なことでも言いましたか? というようなきょとんとした顔で見るばかり。

 これは確かめねばならない。信綱は自分の都合以外にも彼女が心配になってしまい、声をかける。

 

「……お前、もし俺が天狗と事を構えたらどうするつもりだ」

「え? そりゃ時と場合によりますよ。でも……君は御阿礼の子が傷つけられでもしない限り、自分から喧嘩は売りませんから。

 そういう信頼も含めて、多分君の味方になります」

「…………物好きな天狗だ」

「でも信頼している。違いますか?」

 

 確信を持っている椛の笑みに上手い言葉が見つからず、信綱はごまかすように顔をそらして舌打ちする。

 無論、椛の笑みがますます深まるだけの結果に終わってしまう。

 

「じゃあお礼を今すぐ払ってもらいましょうか。何もなかった後になってウヤムヤにされても困りますし」

「ふむ、今すぐ用意できるもので良ければ」

「お時間は取らせませんよ。――私を信頼していると、言ってください」

 

 ぐ、と言葉に詰まる。いや、心の中では椛のことをとうに気の置けない友人だと思っていた。

 だからこそ友人だと言ったこともある。彼女が慌てている心の間隙に滑り込むように。

 しかしこうして面と向かって言うのは憚られた。

 良い大人になっても羞恥心というのは妙なところで発揮されるものである。

 

「む……」

「いやあ、君って私が思わず聞き流しちゃうところでそういうのを言ってきますよね。ですからこの機会にちゃんと言ってもらおうかと」

「……他の願いはダメか?」

「私のことを名前で呼ぶのとどっちが良いですか?」

 

 進退窮まった。諦めるしかないようだ。

 静かに微笑み、しかし尻尾がブンブンと揺れている椛の姿を見て、信綱も腹をくくることにした。

 

 

 

「――友人として、お前を信頼している。俺が背中を預けても良いと思える妖怪はお前だけだ」

 

 

 

 椛のことを信頼しているのは間違いないのだ。それこそ博麗の巫女以上に。

 御阿礼の子が自分の全てで庇護する対象であるとするなら、椛はそんな信綱の背中を任せられる存在だ。

 そのことを伝えると椛は頬を赤らめる。

 

「い、いやあ、改めて言われると照れますね。君もずいぶん変わりました」

「そんなに変わったか」

「出会った頃に比べれば身も心も成長しましたよ。椿さんがいないのが本当に悔やまれます」

「……あいつには今みたいな姿は見せんよ」

 

 下手に優しさを見せてどうなるかは霧の異変の時に思い知った。

 最初で最後のあの戦い。あれが自分と椿の結末であって、もしもを考えるなら自分と出会わなければ良かったのだ。

 

「あはは、さらわれちゃいますからね。でも、天魔様から招かれて天狗の里に足を踏み入れるとは思ってませんでした。前代未聞ですよ」

「……昔と今は事情が違う。それだけだろう」

 

 昔はいがみ合って生きられた。少し昔は顔を合わせないで生きられた。

 今は――顔を合わせて今後を決めていく必要がある。

 

「あともう一つ聞きたいことがあった。これは前々から気になっていたことなんだが……」

「何ですか? あ、ちなみに私は君が本当に人間なのかをずいぶん昔から気にしてました」

「そんな決まりきったことを聞くな」

「ですよね妖怪首切りお化けですよね」

「…………」

 

 人をなんだと思っているのか。

 妖怪を殺すには、首を落とすのが最も効率が良いから狙っているだけである。

 いつになっても人を妖怪扱いする天狗だ。

 信綱は咳払いをして強引に話題を戻す。

 

「妖怪の山で勢力となっている妖怪だ。頂上付近に天狗がいるのは良いが、他の妖怪も集落を築いたりしているのか?」

「ああ、そんなことですか。ええ、いますよ。川沿いに河童が集落を作っています」

「ふむ……」

 

 感心したようにうなずくが、立てていた予測が当たったことに対する喜びが大きい。

 なんで今になって? という顔をしている椛に信綱は考えていることを説明していく。

 

「万一の逃走経路だ。行きは烏天狗が運んでくれるようだが、襲われた場合の帰りは考えておかねばなるまい」

「君も大変ですね本当に……」

「虎穴に入るんだ。注意しすぎることはない」

 

 阿弥を妖怪に殺されたとあっては、妖怪を一人残らず皆殺しにしてから自らも阿弥の後を追うだろう。

 信綱もそんなことにはなってほしくない。

 阿弥が死ぬのも、自分が死ぬのも人里に与える影響が大きすぎる。

 

 人里が妖怪の注目をかつてないほど集めながら、襲われることもなく平和に過ごせているのは自分という防波堤がいるからだ。

 信綱が死んだら、自分以外の人間に対して冷たいレミリアは人里を守らなくなる。

 八雲紫に貸したものもウヤムヤにされるだろう。そして天狗は人間に興味を失う。

 

 そうなった先に待っているのは今までどおりの飼われるだけの未来だ。

 それを甘受するつもりはないので、できる限りのことはしておきたいのだ。

 

「じゃあ河童の集落、行きます?」

「良いのか?」

「まあ哨戒天狗はいますけど、そこはごまかせますし」

「助かる」

 

 そう言って信綱は懐を探る。実はきゅうりは持ってきていたのだ。

 川沿いに河童の集落がある、という予想が外れた場合は自分の知り合いである河童にあげればよかった。

 どちらにせよ無駄になることはない。

 

 信綱は先導する椛の後に続いて、妖怪の山へと足を踏み入れていくのであった。

 

 

 

 

 

「私の友達を紹介します。さすがに集落に連れて行ったら騒ぎが隠せないですし」

「頼んだ」

 

 信綱は椛に連れられて妖怪の山の頂上にほど近い場所まで来ていた。

 頂上に近づくに連れて山の傾斜が急になり、人が歩くように整備されていない切り立った岩場が増えてくる。

 その岩場もよく見ると不自然に削られており、空を飛びやすいように調整されているのが見て取れた。

 そんな中、信綱は急な傾斜で叩きつけるような音を轟かせ、その身を砕いて飛沫を飛ばしている川の流れを横目に椛の後ろを歩く。

 

 なお道中は椛が空を飛んで信綱は走ってきたのだが、特に息を切らした様子もない。

 つくづく人間離れしている、と椛が本気で信綱の妖怪説を信じかけていることに信綱はまだ気づかない。

 

 しばらく歩き続けていると切り立った場所が減り始め、緩やかな流れが目立ってくる。

 緩急のついた段差が川の急な流れを形成しているようだ。河童は緩やかな場所に集落を作っているのだろう。

 

「ちなみに私の将棋仲間なんですよ。最近は君との勝負が刺激になって勝てるようになってきて、もう笑いが止まりません」

「それはどうでも良い。というか俺が相手で良かったのか……」

 

 椛との大将棋は鍛錬の合間を縫って続いていた。

 有り余る時間の大半を娯楽に費やした妖怪に勝てる道理もなく、勝率は良く見積もって二割程度だった。

 そんな下手くそな相手でも刺激になっていたのか、とむしろ椛の学習意欲に感心してしまう。

 ……それをもっと鍛錬の時に発揮して欲しいのだが。

 

 椛は信綱のじっとりとした視線に気づかないまま、川沿いに建てられている家に近づいていく。

 川の流れも叩きつける激しい場所から緩やかなものまである。河童の集落はそうした緩やかな流れの場所に作られていた。

 

「にとりー? 今大丈夫ー?」

「はいよー」

 

 扉を開いて出てきたのは青い髪を持つ河童の少女だ。

 家の中で作業でもしていたのか、上着をはだけた軽装になっており、油汚れで頬が黒ずんでいる。

 

「どうかしたの? この時間は哨戒している時間じゃない?」

「ちょっとね。紹介したい人がいて」

「紹介したい人ぉ? なんだい、改ま……って……」

 

 椛ににとりと呼ばれた少女の視線が信綱に向く。

 信綱は見慣れた友人に対して行うように、軽く手を上げて口を開いた。

 

「よう、久しぶり」

「なんで人間がこんなところ――モガッ!?」

「声が大きいわよ、にとり! ……待って。君、久しぶりって言った?」

「うむ。俺の知り合いだ、その河童」

 

 世間とは狭いものである。信綱の妖怪相手の繋がりの広さが異常とも言えるが。

 とはいえお互いに名前は知らなかった。

 人間、河童、そう呼び合ってたまに会う程度。

 信綱も最近は阿弥の側仕えに集中しており、あまり会っていなかった。

 

「まあ家に入ろう。あまり外にいるのを見られたくない」

「え、あ、は、はい……」

 

 我が物顔でにとりの家に入っていく信綱を椛は呆然と見送る。

 口元を押さえつけられたにとりが、その髪にも負けない勢いで顔を青くしているのに気づくまであと僅か。

 

 

 

 部屋の中は油の臭いが漂っており、嗅ぎ慣れない臭いに信綱は顔をしかめる。

 内装も木で作られたものが多い空間なのだが、部屋の隅には鉄製の何かが無造作に放り込まれており、何かをいじる作業場であることが伺えた。

 そして寝床であると思われる高い足の布団の側に、昔に信綱が手渡した釣り竿が立てかけられていた。

 

 そんな中で、信綱と椛はにとりが出したお茶を片手に話をしていた。

 

「まさか百年来の友人に殺されかけるとは思わなかったよ……」

「悪かったって言ってるじゃない。それより二人とも知り合いだったの?」

「阿弥様が生まれる前に知り合った。その時は名前を聞いてなかったが」

 

 特に興味も持っていなかった。

 釣りをしていたら向こうがやってくるから、無聊を慰めるために話し相手になっていたくらいだ。

 お互い人間と妖怪であることはわかっていたので、話す内容もそんなに突っ込んだ話にはならなかった。

 

「で、なに、人間? 私に会いに行く途中で天狗に捕まったとか?」

「誰がそんな真似するか。今日来た用件は……」

 

 信綱はうむ、と腕を組んで鷹揚にうなずき、口を開く。

 

「近々、お前に相当な迷惑をかけるかもしれんから、その時のための挨拶だ」

「なにそれ!? というか人間、あんた本当に何しでかしたのさ!?」

 

 懸念を潰すための挨拶回りみたいなものである。正直、特にこれと言って話す用事があるわけではない。

 

「ま、まあまあにとり、落ち着いて。ほら、君も事情は説明しないと不公平ですよ」

「……気は進まないが」

 

 ただの人間と妖怪としての時間も嫌いではなかったが、巻き込んでしまった以上仕方がない。

 信綱は自分がこのような行動をしなければならなくなった背景を話していく。

 その際、自分が阿礼狂いと呼ばれる人種であることは伏せて、阿弥の護衛というだけに留めておいた。

 にとりが信綱らを天狗に売る、という展開次第ではにとりも斬ることになる。

 その危険を語って協力してくれるほど、博愛精神に溢れてはいないだろう。

 

 嘘をつくことになるが――まあ、露見するのは最悪の時だけだ。そうなったらにとりも殺すから問題はない。

 

「――と、俺と阿弥様は天狗の里に招待されているわけだ」

「ははあ、人間も大変だねえ。普通に考えて生け贄みたいなものだよ?」

「だからこうして動いているんだ。罠にハメられて死ぬ、なんて冗談じゃない」

 

 並の烏天狗相手なら罠ごと食い破る自信があるのだが、文や大天狗まではわからない。

 

「いざという時は逃げ道に使う。匿ってくれと言うつもりはないが、邪魔はしないで欲しい」

「んー……人間、天狗の里に行くのに護衛になるくらいなんだし、それなりに強いの?」

「そこの白狼天狗ぐらいなら一方的に殺せるくらいには」

「本当よ。私が保証するわ」

「椛が言うなら間違いはないだろうけどさ……」

 

 言葉を濁す。さすがに友人の言葉であってもすぐに信じることは難しいようだ。

 

「集落にいられなくなるような迷惑をかけるつもりはない。ただ、切羽詰まった状況で邪魔だけはしないで欲しいということだ」

 

 邪魔をされてしまうと、信綱も彼女らを生かす道が取れなくなる。

 次にこの場所に来る時があるとしたら、それは天狗の里から逃げている時であって、その時に邪魔をしてくるということは阿弥を害するということだ。

 そうなったらもはや是非もない。信綱の剣は御阿礼の子の敵を排除するためにある以上、誰であろうと邪魔をしたら容赦はできない。

 

「……それぐらいなら良いけど」

「助かる。礼というわけではないが、ほら」

「お、きゅうり! 盟友、偉い! いいよいいよ、いくらでも迷惑かけてってよ!」

「…………」

 

 きゅうりをいくつか渡すだけでこの態度の変わりようである。

 信綱は一周回って心配になってしまう。この河童、いつか危ない人に騙されるんじゃないだろうか。

 そんなことを横にいた椛に言うと、こちらをジトッとした目で見ていることに気づく。

 

「どうした」

「いえ、現在進行形で危ない人が騙していると思うとにとりが不安で」

「どこにそんな危ない人がいる」

「君以外にいないでしょう!」

 

 それもそうだった。邪魔をしたら殺す、と考えている自分より危ない人などそうはおるまい。

 

「用事がそれだけって言うんならくつろいでってよ。椛が来るのも久しぶりだし、最近作った発明品を見せてあげよう!」

「発明品?」

「河童は手先が器用なのさ! 流れ着いてくる外来のものとかを弄るのが大好きでね」

「ふむ……」

 

 視線を部屋の隅にある存在に向ける。

 生まれも育ちも人里で、外来のものに触れる機会がほとんどなかった信綱にはそれが何の用途に使うのかわからない。

 

「無縁塚以外にも外来のものは流れ着くのか」

「そりゃそうさ。たまーに、ここいらにも流れ着いてくるものってのはあるよ。今だと……これかな」

 

 にとりが部屋の隅に置かれているがらくたから、何かを取り出して二人に見せる。

 鉄の筒が特徴的な長い棒だ。軽くはないのか、にとりも両手で扱っている。

 

「それは?」

「わかんないけど、多分ここから何か出せるんじゃない?」

「それでいいのか……」

「あはははは……私も何度か見物しましたけど、にとりたちはどうも絡繰をいじること自体が好きみたいで。あまり用途までは気にしないんですよ」

「何かを発射する装置、まではわかるんだけどねえ。何を発射するのか、そもそもどうやって発射するのか、その辺の仕組みまではわからないんだ」

 

 実に中途半端な理解であるが、それを弄ることで好奇心が満たされ、人間に害を与えないのだから文句を言う筋合いはない。

 それに外来のものが完璧な状態で来るとは限らない。

 にとりが持っているものも、どこかで破損したものが流れ着いただけなのだろう。

 

「むむむ、意外と驚かないね」

「壊れているものを見てどう驚けと」

「じゃあこいつはどうだい! これさえあれば誰が釣りをしても爆釣間違いなし! ミミズくん!」

 

 またもゴソゴソとがらくたを漁って信綱に見せてきたのは、うねうねと動くミミズ状の何かだ。

 

「うわ、ミミズ」

「元狼が驚くな。それによく見ろ、動きが規則的過ぎる。作り物だろう」

「芸術と言ってほしいね! 動力は全てこいつの中に入れてあるから、丸々三日は動き続ける! これなら盟友が釣りをするのも楽になると思って――」

「餌を取られたら不味くないか?」

「しまった使い捨ての観点を考えてなかった!?」

 

 ガクッと床に手をついて打ちひしがれるにとり。

 それを信綱はどう声をかけたものか困った顔で見つめる。

 職人気質と言うべきか、目的と手段が逆転していると言うべきか。

 

「……まあ、俺のために作られたのなら喜ばしい。お前さえ良ければ受け取るぞ」

「いいやダメだね! 私が完璧だと思えるものじゃないと! 待ってな盟友、次はもっと良いやつを作るよ!」

「そ、そうか。頑張ってくれ……」

 

 そしてまた手段と目的が逆転するのだろう。というか今でもしている感じがする。

 いずれにしても、釣りをしていた時に話した落ち着いた雰囲気とは別人のように情熱的だった。

 

「……今の姿が素、なのか」

「う、ま、まあ私も人間と話すのは貴重だったからね。猫被っていたかったんだよ」

「別に責めるつもりはない。ただそう思っただけだ」

「え、にとりが猫を被っている姿を知っているんですか? 面白そうですし、少し話してくれません?」

「椛!? 盟友も話さないでいいからね!」

「……そうだな。秘密ということにしておこう」

 

 この河童には少しばかり、若輩者である自分の愚痴を聞いてもらった恩がある。

 その恩を仇で返さない程度には、にとりに報いようと思う信綱だった。

 

「大体、そういう椛こそどうなのさ! 盟友の前では仕事口調で私には砕けた口調ってのもおかしい話じゃない?」

「わ、私? 私はほら……その、あれよ」

「ふむ、言われてみればお前が敬語を使わない姿はあまり見ないな」

 

 言葉を濁す椛に信綱も興味を惹かれる。

 確かに彼女の崩した言葉遣いを耳にしたことはあまりない。長い付き合いの中でも数えるほどである。

 

「そ、それはそのぅ……なんて言うか、照れくさくって」

「今さらだろう?」

「おや、結構長い付き合いですかい、お二方?」

「十にもならない頃からだ。稽古を付けてもらって、いつの間にか追い抜いていた」

「盟友は昔からぶっ飛んでいたんだねえ……」

 

 にとりのしみじみとした声が絶妙に信綱を馬鹿にしていた。

 照れをごまかすようにお茶を飲む椛を尻目に、にとりを軽く睨みつけると視線をそらされる。

 この河童、存外に毒を吐くかもしれない。友好的であることと、その範疇で好き勝手することは両立する。

 気を許さないとは言わないが、最低限の警戒はした方が良いだろう。

 

「まあ言葉遣いを強要するつもりはない。楽な方で良い」

「あ、はい。君は昔からその言葉遣いですよね。硬いというか、真面目というか」

「言葉には性格が出る。言い換えれば、言葉を取り繕っていればまともに見てもらえるということだ」

 

 レミリアと戦った時の言葉遣いをしていたら、あっという間に居場所がなくなってしまうだろう。

 人間が他者に悪印象を抱く切っ掛けなど、ほんの些細なことの時もあるのだ。

 根っこが隠し切れない狂人である以上、その他の部分で悪印象は買いたくない。それだけの話である。

 

「……疲れない? そういう打算まみれの生き方。私は好き勝手生きた方が良いと思うけどなあ」

「別に。すぐ慣れるし、打算だけで生きているわけでもない」

 

 少なくとも、用事が終わった後もこうして妖怪と茶を飲むのは彼自身の感情だ。

 本当に合理だけを重んじるなら、もうここにいる用はないのだから。

 そして信綱は椛がお茶を飲むのに集中している時を見て、あまり言わないことを口にした。

 

「それに長い付き合いのこいつもいる。恵まれている方だよ、俺は」

「ふぁ、熱っ!? ああもう、だから君は私が聞き流している時に限ってそういうのを言わないでください!?」

「ははは、断る」

「直す気ゼロですね本当に!」

 

 機嫌を損ねてしまった椛に信綱は困ったような笑みを浮かべる。

 こうして人間一人に妖怪が二人いると、少しばかりの懐かしさを覚えてしまう。

 まだ小さかった頃、椿と椛と三人で稽古をしていた頃だ。

 

 もう一人いた長い付き合いの妖怪は信綱自身の手で殺すことになってしまった。

 これを相容れなかった人妖の悲劇とするか、独り相撲をした妖怪の喜劇とするかは信綱の行動次第である。

 さて、一時とはいえ妖怪と人間が仲良く茶を飲む今の光景を、彼女は望んでいたのだろうか。

 

 もはや答えは得られず、信綱は信綱なりにやっていくことしかできない。

 御阿礼の子を最優先にしつつ、彼女を取り巻く環境も可能な限り良くしていく。

 幻想郷を良くする結果につながっても、それの延長線にすぎない。

 だが、それを成し遂げた暁には――

 

「また……こうして茶が飲めると良いな」

「……君がそんな風に言うのは珍しいですけど、同意します」

「人間とは盟友だからね! きゅうりさえ供えてくれれば大歓迎だよ!」

 

 御阿礼の子も一緒に、人も妖も関係なく共に茶を飲める。

 そんな世界になってくれることを信綱は願うのであった。




天狗の里に行く前の下準備フェイズ。転ばぬ先の杖を幾つも用意するノッブ。この他にも一度限りの切り札があったり。
もし行った先で御阿礼の子が死んだら? 天狗の里大炎上の後、妖怪全てに殺意を向けるノッブオルタ爆誕。妖怪は絶滅する! ……かもしれない。

もみもみに対してはかなりデレつつあります。背中を預けられる妖怪としては唯一無二で、彼女になら御阿礼の子を預けることも考えるでしょう。

次回からは天狗の里に行きます。穏健派と支配派、どちらの対立にも一石が投じられますね(爽やかな笑み)

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