阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

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フランとレミリアのお話になります。主人公はほぼ出ません。


閑話 ある姉妹のお話

 最近、にわかに周りが騒がしい。

 音も光も届かない静寂の中、静かに本を読んで過ごすのが自分の趣味であり、ルーチンワークであるというのに。

 

 うるさいのは嫌いだ。苛々する。

 苛々するというのは良くないことだ。時に殺意すら浮かぶこともあった。

 そして今日もまた、ドタバタとうるさい足音が聞こえてくる。

 

「……はぁ」

 

 ここ百年ほど、自分の周りは明るくて本を読むのに楽だ。

 いつの間にか大図書館に居着いていたあの紫の魔女のおかげである。

 姉の友人であるということが欠点だが彼女の知性には見るべきものがあった。あまり饒舌でなく、話し過ぎると喘息の発作を起こしてしまうので長話ができないのが辛いところだ。

 

 この足音はその魔女ではない。彼女は意外と動きたがるが、喘息と運動不足が相まってロクに動けない。こんな軽快な足音など夢のまた夢だ。

 うるさいのがまたやってきた、と少女は手元に置いてあった本を手に取る。

 文字の海に目を落とすと同時、扉が勢い良く開かれて今日もまた鬱陶しい相手がやってくる。

 

「へいフラン! フランドールちゃん! 今日もお姉さまがやってきたわよ!」

「…………」

 

 無視して本を読む。うるさいのは相手にしないのが一番だ。

 フランドールと呼ばれた黄金の髪と宝石の羽を持つ吸血鬼は、白銀の髪と蝙蝠の羽を持つ姉の来訪を心の底から嫌がっていた。

 なぜってほら、うるさいのは嫌いなのだ。

 

「あら? 今日は本を読んでいるのね。よっしゃ、私が読んであげるわ!」

「…………」

 

 手を伸ばしてフランの読む本を取ろうとしない辺り、最低限の気遣いはある。これすらなかったら、フランは姉であろうと殺していた自信があった。

 どうにも自分は気が触れているらしい。自分では自覚がないが、周囲がそう言うのならそうなのだろう。

 

「むかーしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがおぅふっ!?」

「ちょっと静かにして」

 

 勝手に盛り上がって勝手に絵本を読み始めたので、蹴っ飛ばして黙らせる。

 本を読みながら放たれる蹴りだが、そこは吸血鬼。レミリアのみぞおちに深く突き刺さった。

 

「おぉぉぉぉ……! な、なかなか腰の入った良い蹴りね……」

 

 上述の通り、適当に放ったものである。フランは姉が苦悶の声を漏らすのも気にせず本を読む。

 知識というのは素晴らしい。知識の翼を広げて旅立つ想像の世界は、フランの周りをあっという間に豊かな世界へと変えてくれる。

 なまじ外の世界を知らないがゆえに、フランの想像は自由だ。無知であるからこそ許される空想の世界。そこでは吸血鬼は当たり前に人間と暮らし、たまに出てくる吸血鬼よりも強い人間たちと仲良く生きる。

 

 大体の本でも人間は吸血鬼より弱いとあったので、空想の世界でぐらい逆転させてみたかったのだ。対等な存在がいるということは、想像により深みを持たせる。予定調和の世界など考えてもつまらないだけだ。

 さておき、フランが本を読みながら意識の片隅を空想の世界に飛ばしていると、受けたダメージの回復したレミリアがゴキブリのように這い上がってくる。

 

「不死鳥! そこは不死鳥でお願い!?」

「燃え尽きて死んでくれない? あとうるさい」

「……! ……!! ……!!!」

 

 無言で、なおかつ足音や衣擦れの音まで消したレミリアが器用にフランの周りをうろちょろする。うざい。

 フランは自分の額に青筋が浮かぶのを自覚する。いつもなら無視していれば勝手に出て行くはずなのに、今日に限ってやたらとしつこい。

 

「……ねえ」

「っ! なに、フラン――」

「うるさい。――殺すよ?」

 

 睨みつけ、軽く手のひらを開いたり閉じたりする。

 ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。フランにとって、世界の全ては破壊できるものに分類される。

 どうせ全部同じならば、その中でも自分に利益をもたらすものを重宝するのは当然の話であり、本は彼女にとって優秀な相棒だった。

 

 この姉は――正直、理解し難い存在だった。

 わからないものは遠ざければ良い。遠ざけても近づくのなら、その時は壊せば良い。

 これでも気は使ったのだ。ならばもう良いだろう――

 

「構わないわよ」

「……本気?」

 

 眉をひそめる。いつもの姉ならば、適当なところで切り上げて帰っていくというのに。今日はなかなか退かないし、脅しても態度が変わらない。

 もしかして自分に殺しはできないと高をくくっているのだろうか。であれば心外も良いところである。世界が全て硝子細工のフランにとって、肉親であろうと殺すことは容易い。

 

 ――幽閉される前にお前の前でそれをしてみせただろう。

 

「馬鹿にしてる? 血縁だから殺せないとでも思ってるの? 私がオマエの目の前で殺した――」

「ええ、覚えているわ。でも、それを考えるのなら私は顔を出さない方が良い。違う?」

「……だったらなんで来るのさ。鬱陶しいよ」

 

 訳がわからない。気が触れていると言ったのはそちらではないか。幽閉したのはそちらではないか。

 フランは自分より早く生まれた姉が言うのなら、間違いはないのだろうと考えてその通りにしていたのだ。

 音も光も届かない空間は孤独だが心地よい静寂があった。自分を脅かすものも、煩わしいものも何もない。目をつむり、静かに眠っていればそれなりに幸せだった。

 

「まあでしょうね。実にご尤もな意見だわ」

「知的な言葉使わないで、なんかイライラする」

「知的な要素あった今の言葉!?」

 

 なので静寂の空間に押し込めた張本人であり、そして今その空間を破壊しようとしているレミリアの行動が、フランにはわからなかった。

 閉じ込めるなら一生閉じ込めておいて欲しかった。この地下にあるものはフランのお気に入りのものばかりの、踏み込まれたくない空間なのだ。

 

「お姉様は地上で好きに生きれば良いじゃない。私はお姉様に関わりたくないの」

 

 というより、可能なら誰とも関わりたくなかった。言語が衰えない程度の、必要最低限の付き合いさえあれば良かった。

 人との関わりは、フランにとって未知の領域だ。未知の領域であるということは、どんな結果になるかわからないということ。

 フランには常にその関係を一瞬で終わらせる力が備わっている。だが、その力を使うことに今はあまり良い印象を持っていなかった。

 

 破壊するということは、その存在を終わらせるということ。十巻まで続く小説を三巻で終わらせてしまうことに等しい。

 あるはずだった残りの命はどうなるのか。そして見たいと思った結末すらも捻じ曲げてしまった果てに、自分の手元には何が残るのか。

 

 幽閉されるきっかけとなった事件のことを、フランは自分の過ちであると定めていた。まあ人生そんなこともあるさ、程度の罪悪感だが。

 

 故に能力を使いたくはないのだ。世界は硝子細工で壊すことは造作もないが、自分の手で直すことはできない。あるいはそれは、二度とお目にかかれないほど美しいものであるかもしれないのに。

 

「ここでじっと本を読んでいたい。たまに入ってくる骸骨も、妖精メイドもどうだって良い。食糧さえくれるなら私は一生ここにいる」

「……どうしてそう思うのか、聞いてもいいかしら?」

「お姉様でしょう? 私の気が触れていると言って、ここに閉じ込めたのは」

 

 それにもう地上で過ごした年月より地下で過ごした年月の方が遥かに長いのだ。フランがこちらでの生き方に適応するのも当然の話であり、慣れ親しんだ環境を変える理由が見当たらないのも当たり前のことであった。

 とはいえそれを素直に言ってやるのも、なんだか姉に譲った気がして癪だ。なのでフランは意図して禍々しい笑みを口元に浮かべ、レミリアの顎に手を添える。

 

「それとも。お姉様は私に狂っていて欲しいのかしら?」

 

 それはそれで構わなかった。周囲が自分を狂人と呼ぶのなら、きっとその通りなのだろう。であれば狂人の振る舞いも可能である。

 フランのそれを見たレミリアは一瞬だけ気圧されたように慄いた顔になるものの、すぐにグッと下腹に力を入れて喝を入れる。

 

「私は――あなたと話がしたい」

「私にはないわ」

「私にはあるの。恥知らずなことを言っている自覚はあるわ。だから殺したくなったらいつでも殺してくれて構わない」

「……そんなことが言えるなら――」

 

 フランは自分が何を言おうとしているのか理解してしまい、言葉を途中で切ってレミリアを突き飛ばす。

 

「……出てってよ。お姉様は私からこの場所まで奪うつもりなの」

「……わかった、また来るわ」

 

 もう来るな、という言葉は不思議とフランの口からは出なかった。

 入ってきた時とは打って変わって、静かに部屋を出て行く姉の音を背中越しに聞き取り、フランはベッドに身を投げ出す。本を読む気はすっかり消えてしまった。

 

「はぁ……」

 

 自分の場所が侵略されるのは誰だって腹が立つ。レミリアにとっての紅魔館がそうであるように、フランにとってはこの部屋が自分の場所だった。

 それが今、フランの世界をこの場所に押し込めた張本人の手によって壊されようとしている。

 本当なら怒り狂っていてもおかしくないことだ。地上の自由を奪われた自分が、せめて地下で好きに生きようとすることの何が悪い。

 

 だというのに、本気で怒れない。いや、頭に来ているのは確かなのに殺そうという気になれなかった。

 自分で自分がわからない。さっさと殺してしまった方がフランの好む静寂は早く戻ってくるというのに、なぜかそれをする気になれない。

 

「……寝よ」

 

 考えるのも億劫だ。空想の世界は自分を慰めてはくれない。鬱々とした気分ばかりが募る前に寝てしまおう。

 フランは何も知らなかった。知識ばかりが多くなる世界にあってなお、自分の心の見つめ方さえも知らない少女だった。

 身も蓋もないことを言ってしまえば――頭でっかちになってしまった子供なのである。

 

 憐れむべき点はただ一つ。そんな子供に与えられてしまった、世界を硝子細工に変貌させる力の存在。

 良かれと思ってやった。お気に入りの硝子細工(レミリア)に手を上げようとした硝子細工(父親)を破壊した。

 

 弾ける血の赤も、ぶちまけられた内臓の臭気も、真っ赤に染まる骨の破片も。フランにとっては全てわかってやったこと。

 褒めてもらえると思った。掃除を頑張った幼子のようにご褒美がもらえると思った。だからこそ無邪気に笑った。

 

 

 

 ――気が触れている。それがフランに下された評価だった。

 

 

 

 そしてそれ以来、この地下で静かに過ごしている。

 結局のところ、自分は姉が好きだったのだろうか。四百年以上も経過してしまった今となっては、もはや遠い過去の記憶。答えなど出せるはずもない。

 では今はどうなのだろう。……それも四百年顔を合わせていなかったのだ。わかるはずもない。

 

「……うるさいなあ」

 

 脳裏によぎるレミリアの姿が鬱陶しい。何も考えず本の世界に没入していたあの頃がはるか昔に思えてしまうほど、フランの思考は姉の姿で埋め尽くされていた。

 自分はどうしたいのだろう。何か言い表せないものが腹の中に溜まっていく感覚を覚えながら、フランは今日も快眠とは程遠い眠りへと落ちていくのであった。

 

 

 

 

 

「今日も私が来たわよ! しかも今日はおやつ付き!」

 

 あまり眠れた気がしなかった。フランは眠気の色濃く残る頭を揺らしながらレミリアを迎える。

 寝起きの目にはレミリアよりも、レミリアの手にあるクランベリータルトの方に目が行く。

 爽やかなクランベリーの甘みとタルト生地のサクサクとした食感が相まって、なんとも言えぬ幸福感が広がるのがたまらないのだ。

 最近は手に入る食材の関係上、なかなか作れないとかで出てくることは稀だがフランの大好物であることに変わりはない。

 

「んー……お姉様、頂戴」

「へっへっへ、物で釣る作戦はだいせいこ――うっ!?」

 

 眠かったのでレミリアの手からタルトを奪い取ると、彼女を蹴っ飛ばして壁に叩きつける。今は彼女の妄言よりも食べ物が欲しかった。

 

「いただきまーす」

 

 もそもそと口に運ぶ。その間レミリアは悶絶していたが自分の腹を満たすことに比べたら些細なことだ。

 

「さ、最近お腹を蹴られたり罵倒されたり痛い目しか見ていない気がしてきたわ……」

「あ、もう帰っていいよ」

「似たようなことをよく言われるからそっちは慣れてるわ!!」

 

 帰れと言ったのに、なぜか胸を張るレミリアがよくわからなかった。

 フランは聞こえるようにため息をついて、ベッドの側においてあった本を手に取る。

 

「ねえフラン、少しお話しない?」

「気が触れている妹と話したいの?」

 

 オマエがそう呼んだくせに、そんな意味を言外に含ませた皮肉にレミリアは苦痛を堪えるような顔になるものの、帰る素振りは見せなかった。

 

「……あなたが本当におかしいのかを確かめたいの。……ごめんなさい、少し正確な言葉ではなかったわ。それに家族のことになるとつい茶化しちゃうのも私の悪い癖ね」

「…………」

 

 ムカムカする。レミリアの言葉を聞いていて、フランは自分の臓腑の底から何かが湧き上がってくることを自覚する。

 その感情をどのように処理すれば良いのかわからないフランの困惑を他所にレミリアの言葉は続く。

 

「あなたの気が触れていてもいなくても、どちらでも構わない。……今まで理由も話さず急に押しかけてきて悪かったわ。さぞかし困惑したことでしょう」

「どちらかと言うと鬱陶しいの方が大きかったかな」

 

 フランの言葉にレミリアは困ったように笑うばかり。

 そうして彼女は決定的な。それこそ今のような無関心と一方通行の感情の関係のままではいられない――決定的なそれを口にする。

 

 

 

「――あなたと、もう一度姉妹になりたいの」

 

 

 

「……私、お姉様って呼んでいるけど聞こえてなかった?」

 

 知らず、拳が握り締められる。それがどんな感情に基づいてのものなのか、フランにはもうわからなかった。

 紡がれる言葉は静かなものであるが、すでにフランの頭は沸騰寸前に煮えたぎっていた。

 名前のつけられない思いがグルグルと腹の中を渦巻き、頭を赤熱させていく。

 

「それが形式上のものであることくらい、私にもわかるわ。私は――幽閉される前みたいにあなたと仲良くしたいの」

 

 レミリアの言葉を聞いて、フランの中で何かが固まった。

 殺意ではない。彼女を一瞬で壊すことは容易いが、それではフランが納得できない。

 

「…………だ」

「フラン?」

「今さらだ!!」

 

 レミリアの胸ぐらを掴み、床に叩きつける。吸血鬼の暴威を受けた床が凹み、ひび割れるが知ったことではない。

 

「オマエが言ったんだろう!! 私は狂っていると!! オマエが閉じ込めたんだろう!! 私の居場所はここしかないと、オマエが言ったんだ!!」

 

 倒れたレミリアへ馬乗りになり、フランはその拳を振るう。

 力の上手い伝え方を知らない子供の殴り方。しかし振るわれるは怒りの魔力がこもった吸血鬼の双腕。同種の頭であろうと陥没させるに足る威力があった。

 

「…………」

「四百年! いや、そんな時間なんてどうだって良い!! 自分の都合で閉じ込めて、自分の都合で謝るのか!! ――私はオマエに振り回される人形じゃない!!」

 

 殴っても殴っても治る。夜の吸血鬼はうんざりするほどしぶとい。

 いっそ壊してしまおうか、という誘惑がフランの脳裏に浮かぶがすぐに却下する。この力を使っては本当に一瞬で終わってしまうのだ。まだ――自分の怒りは収まってなどいない。

 

「私にはもうここしかないんだ!! 皆、皆オマエに奪われた! 関わらないならそれでも良いって思ってたのに、どうして……どうして今になってそんなことを言う!!」

 

 もっと早くに言ってくれたのなら、違う答えがあっただろう。あの日、父親を殺した理由が思い出せなくなってしまうほど時間が経っていなければ、フランは姉への感情が消え失せることなどなかっただろう。

 激情のままに口から紡がれる言葉を、フランはどこか他人事のように驚愕すらしていた。

 

 というより、激情を言葉にするに耐え得る喉をまだ持っていたことに驚いていた。普通に会話をすることは稀にあったが、こんな風に叫んだことは幽閉される前にも記憶にない。

 自分にもこんなに強い感情が残っていたのか。フランは感情に従ってレミリアの喉元に手を這わせる。

 そしてさっきまでとは一転して静かな、それでいておぞましさを感じさせる声を姉の耳元でささやく。

 

「私も昔は子供だったからね。お姉様が何を思って、何を奪ったのかなんてわからなかった。でも今ならわかる。――お姉様の大切なもの、全部奪ってあげようかしら?」

「…………」

 

 これまで無言でフランの暴力を受け続けてきたレミリアの表情が強張る。

 きっと恐怖に強張っているのだ、と相手を屈服させる快楽に浸ったフランがそう考えたのは一瞬。

 次の瞬間には殴っていた手を掴まれ、あっという間にレミリアがフランの身体を下にしていた。

 

「え、えっ?」

「――私だって、それぐらいわかってるわよ!!」

 

 フランは何も知らない。馬乗りになった相手であろうと、隙さえあれば簡単にひっくり返せることなど。本による知識ばかりが増えてしまっていたがために、実際に動かすことでわかる知識というものが絶望的に不足していた。

 要するに経験。レミリアにあってフランにないものが、この場においての主導権を握る一因となっていたのだ。

 

「自分がどんなに都合の良いことを言ってるかなんて! 私が勝手に遠ざけて、それが悪いことだって気づいたから謝る? ふざけるなって話よ!! 私がフランの立場だったら問答無用でぶっ殺してるわ!!」

 

 ならなぜ殴る、とフランはレミリアの拳を受けながら思う。

 悪いとわかっているのなら近づかないなり何なりできただろう。謝って許されることではなく、また自分が同じことをされて怒るのなら、フランの怒りもわかるはずだ。

 

「それでも!! それでもやるしかないのよ!! あの頃みたいに笑うことができなくても! またあなたと一緒にいたいって思っちゃったんだから!!」

「――巫山戯るな!!」

 

 レミリアは一度握った優位を手放さない利点を知っていた。ある人物から嫌というほどその身で味わわされた。

 だが、この場においてはフランの執念が勝った。

 憤怒が力となり、レミリアの身体を強引に突き飛ばして立ち上がる。

 

 その手には魔力で作られた炎の剣が握られ、レミリアに対して向けられていた。

 

「謝ってどうにかなるとでも思ったのか! そんなはずないのよ! 私も! オマエも! もう取り返しなんて付かないんだ!!」

 

 良かれと思って父親を殺した自分。そんな自分を遠ざけて蓋をしたレミリア。

 どちらも等しく許されないことをした。もはや何も知らず笑っていた頃には戻れないのだ。

 フランはそれを受け入れて自分の空間に閉じこもろうとした。レミリアもそれに甘えて何もしていなかったが、彼女は外の世界に出る自由があった。

 

「違う!!」

 

 レミリアはフランの言葉に反論する。その理屈だけは認めるわけには行かなかった。

 自分の行いを無意味と認めるようなものであるし、何より彼女が見てきたものはそんな理屈を鼻で笑うようなものばかりだった。

 人間との関わりの中で学んできた。取り返しの付かない出来事が確かに存在しても、その後に新しい形を築くことはできるのだ。

 

「あなたが殺したお父様はもう戻らない!! 私はあなたから一度逃げ出した!! ――でも私たちがもう姉妹に戻れないなんてことは絶対にない! あったとしても認めない!!」

 

 フランが炎の剣を作ると同時、レミリアもまた魔力の槍を作り上げる。

 紅の色に輝くそれに、レミリアはその場で即興の名を付ける。

 

「あなたともう一度姉妹になる!! なってみせる!! ――グングニル!!」

「だったら燃やしてあげる! そんな愚かな妄想も何もかも! ――レーヴァテイン!!」

 

 どちらも吸血鬼伝承の生まれたルーマニア地方――欧州の神話から取られた名前。

 片や勝利をもたらす槍の名を。対し妹はその槍の担い手を滅ぼし尽くした魔剣の名を。

 自らの意志を貫いて勝利を求めるレミリア。過去は覆らず、罪悪も消えることはないと叫ぶフラン。

 両者がぶつかり合った瞬間、紅魔館は今までにない激震に包まれるのであった。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、二人の勝負に決着はつかなかった。

 部屋があった、という面影すら見えなくなるほど激しい戦いを行った二人は、精も根も尽き果てた様子で膝をつく。

 

「や、やるじゃないフラン……胴体がぶった切られた時は死ぬかと思ったわ」

「お、お姉様こそ強かったわよ……。外で遊んでばかりいたわけじゃないんだ……」

 

 減らず口を叩き、やせ我慢で余裕の笑みを浮かべようとして、そこで二人とも崩れ落ちる。

 もう動く気力も何もない。――だからこそ普通に話すことができる。

 

「……フラン」

「なに」

「謝れというならいくらでも謝るわ。私はあなたにそれだけの仕打ちをしたし、殺されたって文句は言えないことをしてきた」

「知ってて来たお姉様って、率直に言ってバカなんじゃないの?」

「バカじゃなきゃこんなことやらないわ」

 

 取り返しの付かないことだと承知の上で突撃を繰り返していたのだ。馬鹿でなければ誰もやらないだろう。

 だがレミリアが望むものを手にするには、それをする必要があった。だから彼女は迷わず行った。それだけの話である。

 

「……わかんないよ」

「フラン?」

「私にはわからない。お姉様がそんなに必死になって求める姉妹の価値なんて。それは今まであったものを壊してまで手に入れる価値があったの?」

「私にとってはあった。……あなたはどうかしら」

「……わからない」

 

 フランは倒れていたことで回復したのか立ち上がり、レミリアから背を向ける。

 それを見たレミリアも立ち上がり、フランの背中を見る。

 

「……これ、直しておいてね」

「わかってる。美鈴に後でやらせるわ」

「なら出てって。私は眠いの」

「…………」

 

 顔は見えない。しかし声音から感じ取る彼女の心は否定を表しているように聞こえた。

 ここまで言ってダメだったのなら、もう本当にどうしようもないのかもしれない。レミリアの心に諦観が浮かび、彼女らしからぬ弱々しい表情になる。

 

「……そう。騒がせて悪かったわね、フラン。……あなたが嫌がるようなら――」

「……次は」

「え?」

 

 フランの首が動き、レミリアに横顔だけを見せる。

 その横顔は身体を動かしたものとは違う赤みが差していた。

 

「……次は、いつ来る」

「……フラン」

「勘違いしないで。もう部屋を壊されたくないから、心の準備がしておきたいだけよ。私はまだそんな気にはなれない」

 

 言葉以上の意味は本当にない。さっきの戦いで本音をぶつけ合えたかもしれない。お互いのことを理解できたかもしれない。

 それでも四百年の溝は深い。レミリアもフランも、すぐに普通の姉妹になるには時間が経ちすぎていた。

 だが、レミリアは一歩を踏み込んで、フランはそれに応えた。それは決して揺るがぬ事実でもあり――

 

「あ……え、ええ! 次はちゃんと部屋に入る時はノックするわ!!」

「いや、もっと前から話を持って――」

「フランのお休みの邪魔しちゃいけないわよね、それじゃお休み! 良い夢を見るのよ!!」

 

 思い立ったが吉日と言わんばかりの行動をやめて欲しいというフランの願いだったのだが、叶えられることはなさそうだ。

 誰が見ても舞い上がっているレミリアはまるで羽の生えたような足取りで部屋を出て行ってしまい、フランはそれを見送ることしかできなかった。

 

「……はぁ」

 

 今から追いかける気力など残っていない。それに自分の意図を伝える手間もある。

 面倒なので次来た時に嫌味を言って発散するとしよう。

 フランはなんとか燃え尽きていないシーツを寄せ集めて一日分の寝床だけは確保する。

 およそベッドに寝ていた時とは比較にならない寝心地の悪さだが、一日ばかりの辛抱だ。

 

 これでは今日眠るのは苦労するだろうな、とフランはすでに蕩け始めた意識の中でぼんやり思う。

 意識が完全に眠りに落ちる寸前、フランは一つのことに気づいて小さな笑みを漏らす。

 

 

 

 ――そういえばお姉様のこと、うるさいとは思わなくなったな。

 

 

 

 慣れてしまったのか、それともフラン自身が気づいていないだけでまだ彼女を姉として慕っている部分があるのか。

 答えはわからないが――そう悪い気分ではないのだ。きっと良いことなのだろう。

 その日、フランは夢も見ないほどの深い眠りを久方ぶりに享受するのであった。

 

 

 

 

 

「おじさまの助言通りにやったら変化があったの! おじさま素敵、抱いて!!」

「帰れ」

「フランの時に学んだの、おじさまのそれは照れ隠しだって」

「本心だ」

「さあおじさまの本心をさらけ出して! 私が受け止めてそうやって仲は進歩していくの!」

「帰れ」

「あれ、無限ループ!?」

 

 フランとの関係が進展とは行かずとも、変化があったことを喜んだレミリアが報告に行ったところ、いつも通り過ぎる辛辣な対応を受けたのはまた別の話である。




このお話でのフランちゃんは頭でっかちの子供、というイメージで書いてます。本を読んでいるから知識はあるけど、肝心な部分がまだわかっていない。

そして話に出ることもなく死んだスカーレットパパン。良いよね、殺しやすいし(暴言)
まあなんか事件があって、犯人は良かれと思ってやったフランちゃんで、おぜうはそれを見てビビって幽閉してしまった、という顛末だけわかっていれば問題はありません。

グングニルとレーヴァテインとかなんか色々と壮大ですが、要約すると昔の事件で疎遠になってた二人が盛大に喧嘩してちょっとだけ仲良くなったお話です。先はまだ長い。

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