阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

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残業代が出ようと残業はクソであると実感した8月9月でした(0時に帰って風呂入って寝る生活を送っていた人)

10月は書けそうだけど、今度はPCのキーボードが怪しいという。rの反応が悪いとら行が打ちにくくて辛い。


スペルカードルール

 スペルカードルール。それはこれまでの幻想郷から生まれ変わるという願いを込めて作られた一つの掟。

 争うのなら力でなく心を。誰かに見せられない凄惨な戦いではなく、誰かを魅せられる美しいものを。そして――人間と妖怪がどちらも同じ土俵で遊べるように。

 

 暴力を用いた戦闘は生きた年数の分だけ経験が増える。百年単位で生きる妖怪に人間が経験で勝つことはどうやっても不可能だ。

 ならばどちらもやったことのない未知の戦い方を作ればいい。そうすることで初めて人間と妖怪は同じ場所で同じものを見ることができるようになる。

 

 合理とはかけ離れているだろう。粋ではあっても有意義では決してない。必死に生きようとしている者から見れば遊びのようなもの。

 ――だがそれでいい。無駄が楽しめない世界など息苦しくて仕方がない。全力を尽くして殺し合い、誰も喜ばない結末になるぐらいなら全て遊びでごまかしてしまえばいい。それを道化と笑うなら笑えばいい。

 

 そういった願いの込められたルールは今日、再び集まった者たちによって話し合われることとなった。

 

「もう粗方は完成したのよ。あとは周知方法だけ」

 

 紫の主導で始まった会合で、最初に口火を切ったのはやはり紫だった。

 集められたのはレミリア、天魔、信綱の三人。伴もおらず、この場にいるのはスペルカードルールの創始に関わった者たちのみである。

 

「文字にもまとめてあるようだが、浸透させるには時間がかかるだろうな」

 

 文字や言語を理解する知性のない妖怪は言うまでもなく、そうでない妖怪にも覚えさせるには時間がかかる。ここに揃っている面々は皆が勢力の長と言える力を持っているが、それで自分の勢力下に遍く声を届けられるかと言われたら別問題である。

 

「ま、私のところは問題ないわね。メイドの妖精は適当に楽しそうだって言えば良いでしょうし、他の連中には私から言えば大丈夫」

「天狗と河童はなんとかなる。ウチは上意下達だからな。腹に何か抱えていても、オレの命令に表立って逆らう気概のあるやつはいないだろう」

「人里はそもそもできる者が限られる。人里の守護者である上白沢慧音ぐらいだ」

 

 三者三様の答えを聞いていき、紫はふむふむとうなずいていたところで疑問を覚えて信綱の方を見る。

 

「あなたは覚えないのかしら?」

「避け続けても勝てるルールだろう。俺は……どうにも、向いていないらしい」

 

 実は先代を付き合わせて試したことはあるのだ。ただその時の返答が、

 

『なんかあんたの攻撃、殺意があって怖い。首とか落とされそう』

 

 と言われてしまい、椛にも試してみたところ同じ返事が来たため、自分に娯楽の戦いは向いていないということがわかってしまったのだ。

 

「一応カードは用意してある。使えと言われれば使う用意もある……が、基本は回避に専念する、ないし人里が明確に害される場合にのみ戦うぐらいだ」

「あなたは本格的に一線を退くのね」

「そうなるな。もう七十も過ぎた爺だ。人間としては長く生きた方だろう」

「あなたも先代も衰えという文字をどこかに置いてきてるわよね……」

「あいつは結構衰えている。繕っているのは見た目だけだ」

 

 元々出不精で有事の時でもない限り動きたがらないので、あまり人目につかないだけである。

 そのことを伝えると紫がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて信綱を見る。

 

「……なんだ」

「いえいえ、あなたが意外と彼女をよく見ていて嬉しいだけよ」

「愛せないとはいえ家内だ。それなりに気は遣っている」

「……ハッ、おじさまの愛人になれば私にも気を遣って――スミマセン、冗談ですからそのゴミを見るような目はやめてください」

 

 何を言っているんだ、という目で見ていただけである。もし本気で言っていたらレミリアの評価が急降下どころではなかったので、ゴミを見ていたというのもあながち間違いではないが。

 

「話を戻すぞ。周知させるのは良いがどう従わせるかだ。大半は良いとして、こいつらの部下以外の連中はどうする?」

「ああ、そこは――こうするつもりですわ」

 

 紫の口元が歪み、次の瞬間には彼女の言葉が頭に直接響く。

 スキマを使ったものである、とすぐに理解できた三人だが、それぞれが顔をしかめて不愉快そうな顔をする。人の脳裏に直接声が届けられて良い気分にはならない。

 

「――と、まあこうやって頭に直接刷り込みます。無論、一定以上の知性があるあなたたちには不快になるだけですが、数の多い妖精などにはこれで十分でしょう」

「数の多い場所さえなんとかなるのなら、問題はないか……」

「ええ、手抜かりはありませんわ」

 

 そこはさすが妖怪の賢者と言うべきだろう。信綱たちが骨子を考案し、彼女が長い月日をかけて作り上げたルール。実際に運用しなければわからない点はあるにしても、彼女の知慧が及ぶ限りの対策が講じられている。

 

「で、今後の異変にはこれを用いるのよね。解決役も同じくスペルカードルールが使えるもの。おじさまはお役御免ね」

「そうなるよう動いてきたつもりだ」

 

 異変の解決役である博麗の巫女にも稽古は施した。まだまだ未熟の一言だが、それでも最初に会った時からは比べ物にならない力を身に付けている。

 信綱の言葉にレミリアがうんうんとうなずき、我が意を得たりと手を高々と掲げて人差し指を立てる。

 

「つまり! ――ここの面子の誰かがわかりやすい異変を起こしてやって、目印にした方が良い訳でしょう?」

「……まあ、そうなるわね」

 

 反応したのは八雲紫。仮にスペルカードルールが周知されたとしても、それが用いられる大規模な何かがない限り、ルールそのものが自然消滅しかねない。

 そうならないためにもどこかで祭り――要するにスペルカードルールを使った異変が必要になるのは確かだ。

 

「じゃあ私がやる! 幻想郷が無視できないようなデッカイ異変を起こして、博麗の巫女を迎え撃ってやるわ!」

「……いやにやる気だな」

 

 顔を輝かせているレミリアを信綱は訝しげに見る。確かに彼女は新しいものを好む傾向があるが、これは普通の様子ではない。

 そんな信綱の疑問にレミリアは当然だと言わんばかりに胸を張って答える。

 

「おじさま、その年に初めて降る雪をこの国の言葉でなんというかしら」

「初雪」

「……例えが悪かったわね。じゃあその初雪が誰にも踏み荒らされていない状態をなんていう?」

「処女雪……ああ、なるほど」

 

 レミリアの言いたいことがなんとなくわかってきた。吸血鬼らしいと言うべきか、とにかく一番になりたがる子供の考え方か。

 

「処女――そう、処女! 素晴らしい響きよね処女! まさに私のためにあるとしか思えない言葉! 吸血鬼とイコールで結んでも良いと思うわ!」

「ほう、舶来の鬼は吸血鬼と呼ばれるだけあって、乙女との話が多いのか」

「まあね! 実際処女の血って美味しいし! で、その処女異変を私がやりたい! というかやらせろ!」

「待て、今聞き捨てならない台詞があった気がするぞ」

「外の世界から持ってきたものだから安心して」

 

 処女の血をどこから持ってきているのか、という信綱の疑問に対し紫が答える。

 しかしそれは結局、他所の人間に負担を強いているだけではないかと信綱がしかめっ面になったところ、紫は小さく笑う。

 

「わざわざ隔意を買うような真似はしておりませんわ。盗んでもさらってもいませんからご安心を」

「……まあ良い、確かめる術はないんだ。で、こいつの方針で良いのか?」

「構いません。どのみち、先駆けは必要になるのですからやりたい人がやれば」

「決まりね。んふふ、ドでかい一発をかましてやるわ……!」

「但し、異変とは最終的に解決されてこそです。スペルカードルールで勝ったのならまだしも、負けたら潔く終わりにすること。良いわね?」

「もちろん。遊びは本気でやるからこそ面白いけど、遊びが遊びでなくなるのは醜悪なだけだもの」

「……人里に被害が及ぶようでも困るからな。そうなると人心の安定のために俺が動くしかなくなる」

 

 もう一線を退いたと言い張って若い連中にやらせても良いのだが、それで被害が増大するようでは目も当てられない。

 基本は彼らに任せるとしても、それは被害が怪我で済む範囲だ。人死が出るような場合は信綱が出るつもりだ。

 

「じゃあそれでいきましょう。周知含めやることはまだまだあるから、今すぐやられるのは困るけど時節は任せます」

「ん、任された。博麗の巫女の初陣を飾れるなんて、これはもう処女奪ったも同然じゃ痛い!?」

「殺すぞ」

「なんでおじさまが怒るの!? 今の話関係あったって痛い痛い!?」

「うるさい」

 

 なんとなく腹が立ったのでレミリアの頭をゴリゴリと拳で押さえながら、信綱は霊夢も面倒な妖怪に絡まれるのだとそこはかとない同情心を抱くのであった。

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 なんか浮いてる。それが信綱の最初の感想だった。

 阿求が縁起の資料編纂で一日家にこもるため、霊夢に稽古をつけようとやってきたらこれである。

 

 その浮いてる存在――霊夢は信綱がやってきたことを察知すると、口元を歪めて得意そうな顔になっていく。

 

「…………」

「何か楽しいことでもあったか?」

「ふっふっふ……今日こそ長く苦しい稽古の終わりだと思うと笑いが止まらないわ!!」

 

 はっはっは、と高笑いを始める霊夢に信綱は眉をひそめる。いつの間に勝ったら稽古が終わりなどという認識になったのか。

 そして理由もわからない。先代が彼女にまた大技でも教えたかと考えたが、そうなった時は先代から一言あるはず。そうでないとすると彼女の自信が読めなかった。

 

「ほう、秘策でもあるのか?」

「ええ、そうよ、その通り! 今回の勝負は――これよ!!」

 

 霊夢が巫女装束の袖から取り出したのは何枚かのカード――スペルカードだった。

 それを見て信綱もようやく得心が行く。確かにスペルカードルールなら信綱も素人同然であり、彼女と土俵は限りなく同じになる。

 

「爺さんはカードを用意していない可能性が高い! つまり私が不戦勝! 勝った!!」

「持ってるぞ」

「えっ」

「持っていると言っている」

「なんで!? これって女子供の遊びじゃないの!?」

「それで意思決定をするのだから、覚えて損はないだろう。とはいえ……」

 

 信綱は腰を落とし、その場にどっしりと構える。

 

「俺にその手の遊びが向いていないのは――まあ、お前もわかるだろう」

「うん」

 

 即答されたことに物申したい気持ちはあったが、自覚もあるので何も言わずに話を進める。

 

「だからスペルカードブレイク――お前が使うカードを全て避け切ることで俺の勝ちとしたい」

「……わかった! 今度こそ私が勝つんだから!! 使うカードは五枚!」

「良いだろう。かかってこい」

 

 霊夢がその手に携えた五枚のスペルカードを大きく振りかぶり、新たなルールでの戦いの火蓋が切って落とされるのであった。

 

 

 

「よし、俺が勝ったから稽古三倍な」

「鬼! 悪魔! 血も涙も情けもない! というかなんで勝てないの!?」

 

 そもそも絶対に避けられない弾幕は作れないルールである。ならばよく見ることに長けた信綱にとって、スペルカードの法則を見抜くことは難しいことではない。

 

「スペルカードは絶対に避けられないものではない。遊びである以上、双方に勝機があるべきという考えから生まれたルールだが、言い換えれば元々勝てない相手にはもっと勝てなくなることもあるということだ」

「なんで初見のカードの法則見抜けるのよ!?」

「パターン探しだ。全体を見ていればそう難しくはない。お前でもできるだろう」

「……私が爺さんに勝つにはどうしたら良い?」

「地道に力をつけろ。強さに近道はないぞ」

 

 そう言うと霊夢は力なくうなだれるが、そこに信綱の手が置かれる。

 

「んぁ?」

「とはいえ、弾幕ごっこの範疇なら良い腕だった。スペルカードルールでなら誰よりも強くなれるかもな」

「……爺さんより?」

「女子供の遊びとして作られたルールだ。俺のような爺は入れんよ」

 

 自分が振るう暴力は使わない方が良いのだ。使わないに越したことはないが、不要になる時はなかなか来ないため霊夢にはその力を持ってもらう必要がある。

 故に加減はしない。力というのは余計な厄介事を呼び込む可能性を生むかもしれないが、その厄介事を解決するのもまた力なのだ。

 

「……爺さんはスペルカードルールができる前の戦いを知ってるの?」

「人間の中でなら、誰よりも。昔は色々と騒がしかった」

 

 レミリアの異変の話もあるためこれからも騒がしくなるのだが、そこは伝えない。彼女にはスペルカードルールが流布された幻想郷での主人公を頑張ってもらおう。

 一番最初だけは事情が事情のためこちらで仕組んだものになるが、それ以降は皆が勝手にやっていく。

 信綱は人里に被害が出るような状況でない限り人里から動かず、せいぜい霊夢の尻を蹴っ飛ばしに行くぐらい。全てが終わった後に阿求を伴って話を聞くぐらいだ。

 

「――霊夢」

「な、なに? 爺さんが私の名前呼ぶなんて珍しいわね」

「お前ならきっと、俺より上手くやれる。遊びで済まなくなる戦いなんてない方が良いんだ」

 

 殺して殺されて。泣くのはいつだって第三者だ。

 信綱は自身と椿の至った結末に涙を流した白狼天狗の姿を思い浮かべ、苦い顔になる。

 

「どうしようもない時もある。やらなきゃやられる時もある。譲れない時もある。――だがそうでない限り、全部遊びで済ませてしまえ」

「爺さん……?」

「いたずらに誰かを傷つけないようにしろということだ。力を振るうべき時はよく考えろ。でないと余計な恨みや憎しみに足を引っ張られるだけだ」

 

 霊夢には信綱の言っていることの半分も理解できなかった。信綱も余計な恨みを買わないことはしていたものの、実感として得たのは大人になってからだ。

 理解できずとも良い、と信綱は鷹揚にうなずいて話を切り上げる。

 

「……忘れなければそれで良い」

「……わかった。爺さんの言葉は胸に刻む」

「それでは稽古を始めるぞ」

「ごまかせると思ったのにぃぃぃぃ!!」

 

 なんか良い感じに決意している表情から一転し、泣いて逃げようとする霊夢を引っ張っていき、弾幕含めた稽古を再開するのであった。

 

 

 

「あんたが言うと含蓄あるわね、それ」

 

 その日の夜、霊夢に教えたことを先代に伝えると、先代は同意するように笑ってみせる。

 

「妖怪と人間の戦いなんて、死ぬか殺すかのどっちかだったわね」

「そうだな。少なくとも他人に見せられるものではない」

 

 斬っても斬っても治る妖怪と、彼女らを殺すべく斬り刻み続ける人間。

 身を守るための戦いが大半だったのだから、間違ったことだとは思っていない。正しいことをしたと胸を張って言える。

 だが、あの光景を他者に見せられるかと言われたら首を横に振る。

 信綱が御阿礼の子の前で戦いたがらないのは、戦いという行為自体が彼女を傷つけかねない凄惨な光景を生み出すからである。

 

「……変わるのね、幻想郷も」

「良いことだ。今までに比べればずっとな」

「それもそっか。……これで私たちはいついなくなってもいいってことだ」

 

 その言葉が先代らしからぬものであったため、信綱は訝しみながら先代を見やる。

 

「……どうした? 具合でも悪いのか?」

「ううん、そういうのじゃない。ただ、ほら、私もあんたも人間であって、もういい歳した爺さん婆さんでしょ?」

「そうだな」

 

 信綱も少しだけ、ほんの少しだけ自分の死期が近づきつつあるのを感じている。

 おそらく五年以内。レミリアが初めての異変を起こした前後辺りが自分の寿命だろうと、薄々察していた。

 そして信綱には見えている。見えてしまっている。長い年月を見届けてきた瞳が見抜いてしまっていた。

 

 先代の纏う気配は死にゆくもののそれであり――それはきっと自分より早く来るであろうことを。

 

「なあ、――」

 

 先代の手から杯を取り、彼女が飲んでいた途中のそれを飲み干して名前をつぶやく。

 杯を奪われた先代は驚きと非難を混合させた顔で信綱を見たが、彼の視線の意味を察して静かに信綱の言葉を待つ。

 

「……俺で良かったのか?」

 

 やがて出てきた言葉は躊躇いを感じさせるものであり、先代の顔がしかめっ面になるのも当然のものであった。

 

「呆れた。まだそんなこと考えてたの? 十年以上いるじゃない」

「……佳い良人を演じられた自信がなかった。それだけだ」

 

 いや、演じるという言葉自体が失礼なのか、と信綱は思う。

 彼女のことは可能な限り大事にしてきたつもりだが、それでも御阿礼の子との天秤だったら御阿礼の子を選び、彼女と夫婦として在ろうとしたことはなかった。

 求められれば可能な範囲で応え、彼女の願いが叶えられるよう気遣いもした。

 しかし、それだけだ。信綱は世間一般で言うところの良き夫にはならなかった。

 

 先代が普通の家庭などに憧れを抱いていることを察していながら、それでも阿礼狂いとしての自分を優先したのだ。

 正直、自分だけが彼女を幸せにできた、などとは口が裂けても言えないと信綱は思っていた。

 そのことを伝えると、先代は呆れて物が言えないとばかりにため息をつき、信綱の手にあった杯を取り返す。

 

「んー……私があんたをどう思ってるか教えてあげても良いけど、やめた」

「なぜ」

「あんたのその顔見てたら、なんとなく」

 

 訳がわからない、と怪訝な顔になる信綱に先代は小さく笑って杯を片付けに立ち上がる。

 そして立ち上がって信綱の横を通り抜ける際、彼の頬に唇を寄せて触れる。

 

「あ、おい――」

「先に寝てるわ。まあ、私のことは――死ぬ間際にでも教えてあげる」

「…………」

 

 怒ってはいないようだし、悪く思われてはいないのだろうか。

 信綱は誰もいなくなった縁側で静かに息を吐き出し、何をするでもなく月を眺め続けるのであった。

 全く――人の心はいつになってもわからないことだらけである。

 

 

 

 

 

「親父の馬鹿!!」

 

 そんな叫びと同時に、陽の光を受けて燦然と輝く黄金の髪をなびかせた少女が霧雨商店から飛び出し、所用でやってきていた信綱の横を駆け抜けていく。

 

「おっと」

「待て、この馬鹿娘!!」

 

 次いで霧雨商店の店主が顔を出し、出ていった少女を追いかけようとするが足の速さが全く違う。あっという間に小さくなる少女の背中を見て、店主は荒い息を吐く。

 

「ぜぇ、ぜぇ……ったく、あの馬鹿娘!」

「ずいぶんと鈍ったな、弥助」

「はぁ? おれがいつ鈍ったって……うぉっ、信綱様!? こりゃお恥ずかしいところを……」

「自警団にいた頃はもう少し動けたと思うが」

「いや、それは何十年も前の話ですよ……ああ、もう。魔理沙に追いつくのは無理か」

 

 見えなくなってしまった少女――魔理沙の向かった方角を信綱も見て、視線を弥助に戻す。

 

「で、何かあったのか? あの子の髪は綺麗な濡羽色だったはずだ」

「へぇ、それが……とりあえず店に戻りましょう。お茶をお出しします」

「わかった。あの子はいいのか?」

「多分霖之助のところに行ってるだけです。あそこに店を構えてくれてありがたいですよ」

 

 人里から離れており、なおかつ信頼できる人物がいる場所と来たら香霖堂しかない。

 なるほどとうなずいて、信綱は霧雨商店の奥に通されていく。

 そこで香ばしい匂いを漂わせるほうじ茶を片手に、信綱は弥助が口を開くのを待つ。

 

「……信綱様に悩みを聞いてもらうなんて恐れ多いかもしれませんが、よろしいですか?」

「そう言ってくれるな。隠居の爺に愚痴をこぼすものだと思え」

 

 畏まられても困ってしまう。もういい歳の爺さんなのだ。

 と言っても、弥助たちは信綱の活躍を直に見た世代でもある。未だ彼の活躍が色濃く記憶に残っているのだ。

 

「……実は、うちに置いてあるマジックアイテムを魔理沙が起動させちまったんです。あんな風に髪の色が変わったのも、それが原因で」

「マジックアイテム?」

 

 天狗のところから来るのは河童の作った道具や、天狗の技術で作られた工芸品や武器などが主だったはず。

 耳慣れない言葉に信綱が眉をひそめると弥助がすぐに補足をしてくれた。

 

「はい。霖之助が扱えないからと卸してくれたものと、あと紅魔館から時々来るんです。中には使い方さえわかれば誰でも扱えるようなものがありまして」

「ふむ、本人の資質がいらないものか」

「大半はそうなんですけど、霖之助はたまにそうじゃないやつも持ってくるんです」

「……まあ、あの力ではな」

 

 道具の名前と用途がわかる程度の能力。その名の通り、名前と用途はわかるが具体的な扱い方まではわからないという、役に立つんだか立たないんだかわからない能力が森近霖之助の持つ能力だった。

 それに彼は道具の作成もお手の物だったはず。作ったは良いものの、用途を考えていなかったから霧雨商店に持ってきた可能性もある。

 

「それで霖之助が持ってきたものに触ったら、魔理沙の髪があんなことになっちまって……それだけなら良いんです。霖之助をどやして戻せば良いんですから」

「問題は魔理沙にそれが使えた、ということか」

 

 魔法は信綱にも扱えない分野になる。必然、魔力についても知識はほとんど皆無に等しい。

 知ってそうな人物に心当たりはあるが、頭を下げたくない人物だ。

 吸血鬼異変で霧を出し、阿弥を苦しませた彼女に頭を下げるなど、御阿礼の子のためでもなければ死んでも御免だった。

 

「そうなんです。あいつ、小さい頃から魔法使いとかそう言った本が好きだったでしょう? それですっかり魔法使いになる! なんて言い出して……」

「憧れていた存在と同じになれる素養があったとなれば当然の話だな」

 

 実際のところは本人から聞かないとわからないが、喧嘩になるのも当たり前だと納得できるものだった。

 信綱は確認するように一つ一つ弥助に話しかけていく。

 

「お前は魔法使いになってほしくないんだな?」

「ええ、まあ……どんなものかわかりませんし、それに危ないこともあると思います。またあんなことになったら……」

 

 ぶるっと身体を震わせる弥助を見て、信綱は魔法の森で魔理沙を助けたことを思い返す。

 魔法使いに詳しいわけではないが、少なくとも戦力として期待できる存在になることは確かだろう。

 そうなったら信綱は人里を守護するものとして彼女の力を使う時が来るかもしれない。危険な妖怪を倒してこいと言う側になるかもしれない。

 弥助もそこまで考えているのだろう。寒いわけでもないのに、彼の顔は蒼白になっていた。

 

「……お前は」

「え?」

「お前はその意思をちゃんと伝えたか? 魔法使いになることで想定される危険と、あの子の死がどれだけ自分にとって恐ろしいものか、魔理沙に話したか? 子供の戯言と頭ごなしに否定しなかったか?」

「そ、れは……」

 

 言葉に詰まる弥助を見て、半ば予想通りであると内心で嘆息する。

 魔理沙の考え方は信綱から見ても子供っぽく感じるし、弥助のように深くは考えていないだろう。

 だが、それでも彼女なりに考えて選んだ決断のはずだ。それを親とは言え、頭ごなしに否定されれば頭にくるのも当然の話だ。

 

「あの子はお前に対して夢を語った。浅慮で、周りが見えてなくって、愚かしいと思うものであっても、自分の心を語った。……お前だけそれをせずに否定するのは不公平だろう」

「……言えってことですか。自分の娘に、親バカそのものな自分の心を話せと」

「それを言わずに理解をもらおうと考えるのはあの子に甘え過ぎだ。恥ずかしいと思うなら酒の力でもなんでも使え。言うのと言わないのでは大きな違いだ」

 

 ピシャリと言い放った信綱に弥助は諦めたようにうなだれるが、そんな彼の肩に信綱の手が置かれる。

 

「お前はお前なりに全力であの子を理解しろ。そして理解してもらえるようにしろ。それで駄目なら俺がなんとかする」

 

 魔理沙が父親を慕っていた頃を知っているのだ。まだ決定的な破綻には程遠い。

 親友の息子と孫が仲違いする姿など、遠くに逝ってしまった二人に顔向けできない。

 肩に置かれた手を弥助は感動したように見つめ、そして照れ臭そうに笑う。

 

「……なんか、ガキの時も同じようにしてもらいましたね。おれ、信綱様の世話になってばかりです」

「人間、誰しも完璧にはなれない。誰かが失敗したのなら、誰かが支えれば良い」

「信綱様も失敗とかするんですか?」

「今だってやっている」

 

 親子の在り方など阿礼狂いからすれば遠い姿だというのに、偉そうに説教している今この瞬間が彼にとっての失敗みたいなものだった。

 それに――

 

「真正面から人と向き合えるお前は俺より立派だよ、弥助」

「信綱様……?」

 

 弥助が何かを言う前に信綱は彼から離れ、出口に向かっていく。

 

「乗りかかった船だ。このまま香霖堂に寄って魔理沙の意見も聞いてくる。お前は戻ってきたあの子と話す用意をしていろ」

「あ、待ってください!?」

 

 弥助の言葉を聞くことなく霧雨商店を出て、信綱は人里の魔法の森側の出口に向かい始める。

 いつも通りの無表情な顔の下には様々な思考が渦巻いており、二人の仲が戻って欲しいと思う反面で、彼女が魔法使いとしての力を得た時のことも考えていた。

 

(……人里の防衛力は多いに越したことはない。できるなら力になって欲しい)

 

 そう考えてうんざりする。親友の孫が人里で貴重な戦力になるかもしれないとわかった途端にこれである。

 しかし手を抜くわけにもいかない。人里が守れずに困るのは御阿礼の子であり、それだけはなんとしても避けねばならないことだ。

 

 せめて彼らが納得して自分の道を進めるようにしよう。

 信綱は自分が導き手みたいな役回りになっている現状に苦笑を浮かべながら、香霖堂への道を歩いていくのであった。




大変お待たせしました。

次回は魔理沙、霖之助のお話ともう一つみたいな感じです。
それが終わったらいよいよ原作開始……だと思う、多分、きっと、メイビー。



異変の解決には付き合いませんから、あっきゅんの側にいながら適当に話している感じです。全部終わった後に霊夢や異変の黒幕から話を聞く程度になるかと。

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