いやはや、12月は昨年ほどでは無いにしても、忙しいですね。別に「師」ではなくても走り回っております。
会議と法事が終わった週末。正直ホッとしています。
「名は知りませぬが、ご勘弁を!」
その大樹に走り寄り、右手で樹の皮に擬態している生き物を引き剥がした。ついで、左手の宝玉から力を放出する。
「!」
ぼたぼたぼたっと同じような生き物が上から降ってくる。左手の宝玉のエネルギーに吸い寄せられているのか、左手にまとわりつこうとしていた。ふん!と力を込め吸い取る以上のエネルギーをくれてやった。
瞬時に右手で掴んでいたモノも、左手にまとわりついていたモノも緑色の炎を上げて燃えていく。左手でエネルギーを注入したので、樹皮からソレをこそげ取った時のキズもすぐに治っていく。
そして右手には、瓶子を持っていた。地球でも良く神事などで見る、お酒を入れる白磁の口元が細くなっている瓶子だった。樹雷の物らしく、緑のラインと桃色のラインが甁子の底から口元にかけてするりと波打つように入っている。古木が頭の中へ語りかけてきた。
「・・・うむ、ありがとう。年を重ねると、あのようなコケも我の幹におるうちに化け物じみるモノよのぉ。」
はい?コケなんですか?あれ。と目の前の古木に問うてみると、そうらしい。皇家の樹と共生関係にあるコケらしく、本来悪さはせず、それどころか樹皮を守ってくれているのだそうだが、長年ともにいると皇家の樹のエネルギーを吸い取り、ああいう化け物になるらしい。長年という年月が数千年、数万年単位だからか・・・と、なんとなく納得した。古木は、好々爺のように枝を振るわせ、葉擦れの音を立てて笑っていた。
「大丈夫か」
転送ゲートに歩いて行くと阿主沙様が、こちらに走ってこようとせんばかりに一歩踏み出しかけていた。
「はい、何も問題ありませんが・・・。こんな物を戴きました。」
右手で握っている甁子を阿主沙様に見せた。
「ほほう・・・。第1世代の古木に付いたコケの変化したもの、だろうなぁ。」
「おもしろい奴じゃから、お主にやる、と言われました。」
ときどき、コケ退治に来て欲しいらしい。
「ふむ、第1世代の樹の間には、樹の自動管理システムすら入れないからな。」
は?そうなの?と驚いたが、そう言えばゲートも厳重管理されているし・・・。とりあえず、頷いてはみた。でも人も入れないじゃん、そう思ったので、
「え、だって、人もほとんど入ることが出来ないじゃないですか。」
そうだな、樹を賜った者以外はな・・・。と阿主沙様はおっしゃる。
「以前は、遥照がときどき見に入っていたのだが、樹雷皇の職にあると、ここに来る暇すら無い。」
あ、いや、すまんと言われてしまった。そうですか・・・と言った時に、転送がかかり第2世代の樹の間にもどった。
竜木・言申・樹雷様と、神木・瀬戸・樹雷様そして竜木籐吾が待っていてくれた。
「・・・まあた、何か持ってるわね・・・。」
やれやれと言う視線が僕に集中する。第1世代の樹の間の、古い樹にたかっていた化け物ゴケを退治したらくれました、といってみんなに見せた。
「これは・・・立派な作りの甁子とお見受けするが。」
竜木言申様が、一度受け取ってしげしげと見て、ゆっくりそう言った。籐吾さんも横から不思議そうに見ている。
「はい、たぶんそうでしょうねぇ。」
さっきの、もそもそウゾウゾしたコケの化け物の感触を思い出し、ちょっと寒気をおぼえながらそう言った。
「あとの宴会で使ってみましょ!」
無茶苦茶笑顔の瀬戸様だった。まあ、お酒に関するものには違いない。
他の皆様にはご内密に、とこそっと言って、第1世代の古木が、ときどきコケをとって欲しいと言ってました、と竜木言申様に報告した。
「阿主沙ちゃんは忙しくて出来ないから、これは一樹殿の仕事ね。」
言申様が、口を開く前に瀬戸様がそう言い切ってしまう。言申様は開きかけた口を静かに閉じてしまって苦笑いしていた。
「はいぃ、・・・ときどき見に来ます。」
なんだか仕事が増えたような気もするけれど、竜木言申様ともお話ができるし、まあ良いかと適当に頷いてしまった。
「それでは、第2世代の樹をお手植え戴きます。こちらへどうぞ。」
竜木言申様が、先導して第2世代の樹の間を歩いて行く。さすがに、第2世代と言うことで数が多い。しばらく歩いて、転送ゲートを2つほどくぐったあと割と幼木が多く見える部屋に着いた。道を挟んで、向かい合ってコアユニットは用意されていた。竜木言申様が、懐から長い巻紙のような物を取り出し、ちょうど胸の幅くらいに開くと、ふわりと古い樹雷語だろうか呪文や、そう、般若心経のような文言が空中に浮かび上がる。2つの種にその文言が、コンピューターグラフィックスでDNAの二重螺旋がコピーされるように2つに分かれて種の中に入っていった。
「竜木言申様、それは何でございますか?」
そう聞くと、控えめな言申様には珍しく我が意を得たりと微笑みを浮かべて、話し始めた。
「これは、樹雷に伝わる草創期からの古文書です。いわば樹のネットワークの初期設定のような物なんです。この樹の種は、樹のネットワークから切り離されたところで生まれた種です。普通なら親樹がいますから、親樹から学びますが、今回はそういうわけではありませんから・・・。樹雷皇阿主沙様に特別なアカウントを用意していただいて莫大な量の古文書ファイルの中から慌てて探し出しましたよ。」
竜木言申様の「大変な人だねあんた!」ともう少しで言いそうな顔を初めて見た。いちおう、どうもすみません、と言っておく。竜木言申様は、僕から視線を古文書に戻して、ふむふむと開いた古文書の巻紙を最後まで開き読み、今度は逆に巻き上げて懐にしまった。
そこに樹雷皇御自ら先ほどと同じようにお手植えなさった。後で聞いたところによると、さすがに皇家の樹の種なので樹雷皇のお役目だそうだ。
それから、例によって華々しくも重い儀式が始まり、僕は立派な木彫りに地球では見たこともないような石がちりばめられた勲章を戴いた。それもいくつかまとめて・・・。右胸に樹雷皇自ら付けてくれるのだが、妙に重く感じた。そして、大変名誉な物を戴き、感動に打ち震え、この場で立っていることもままならないと下手な挨拶をして、お待ちかね(?)の大宴会に突入した。以前の宴会のような、地位によって三次元空間にテーブルがあるような豪華絢爛な宴である。
来賓、役員など樹雷での様々な役職の方々が、しかも樹雷皇主催の式典故、無下に出来ないような地位の方々が、僕のテーブルの前に列を作っていた。樹雷皇阿主沙様の前はその倍くらい並んでいる。今回の任務の賛辞、そして銀河間代表者会議に至ったお慶び。第1世代皇家の樹の種など前代未聞です、など、同じ内容の話を延々とお酒を注いでくれつつ、聞かせてくれる。味方なのか敵なのか分からないが、ともかく樹雷の民としては慶ぶべきことらしい。1年前の結婚式典のときも注いでくれるお酒に辟易していたが、今回はその列の人数の桁が違う。顔面に透明保護シートのように笑顔を貼り付けて、頑張って対応した。体力などは1年前に比べて、籐吾さんや謙吾さんとのトレーニングの成果もあって飛躍的に向上しているが、精神的にキツイ。ときどき水穂さんと阿知花さんが、合いの手を入れてくれたり、話を挟んだりしてくれたりしている。さすがに2人とも樹雷の最高クラスの才女。無難を絵に描いたような対応をしながら、そうと気付かせない、しかも話し相手を気分よく返らせる話術をもっている。籐吾さんとあやめさん、謙吾さんと茉莉さんも同じように、いつもの顔では無い笑顔で頑張っていた。妙齢の女性が多い。そりゃそうだろうな、ふたりとも結構なイケメンだし。こちらも樹雷闘士としては、武の部分だけでは無い精細な仕事もこなせる、最高クラスの樹雷闘士である。男らしい話術は、なかなかに魅力的である。そんな左右に並ぶ4人に、半分恐縮しながら何とか自分の言葉で受け答えして、目の前の樹雷VIPの皆様をさばいていった。
そうして、約4時間・・・。長い宴会も料理がデザートにさしかかって、終わりに近づいたかなと期待した。なんとか目の前のお客様というか、VIPの方々も散発的にいらっしゃるようになった。今度は逆に、樹雷皇阿主沙様他の皆様にお酒を注ごうとする。
「・・・そうそう、その瓶子使ってみてくれるか?」
阿主沙様が疲れた笑顔でそう言った。おお、そうでした、と手近な木製の酒器から、甁子に注ぎ換え、さすがに最初の一杯を樹雷皇阿主沙様にお渡しするわけにはいかず、僕が飲んでみた。
「!!!」
たしか、第1世代皇家の樹の幹に共生していたコケが元である。有り余る強大なエネルギーは燃え盛るコケを物質変換して、この甁子にしたと思う。実際どんな工程か良く分からんけど。鷲羽ちゃんなら、長ったらしい数式で説明してくれるんだろうな、と思ったりしたが、そんなことはどうでも良く、そのややこしく作られた甁子に入れた酒は、とんでもない味の酒に変わっていた。一口含むと銀河系の幻が見え、それを喉にやると超銀河団が脳天から振ってくる。もちろん癖だの変な匂いだの、そんな雑味は一切無く、樹雷でも上等な酒が宴会に出されているが、この甁子に入れた酒は、あの稀少な神寿の酒とまた違った美酒に変わっていた。
「・・・おい、どうしたのだ。」
しばらく呆けていたらしい。一樹様、どうなされました?と肩を揺する籐吾さんと阿主沙様の声にこの世に戻ってきた。まず、身体的に異常は無いので、阿主沙様どうぞと甁子からお酒を注いでみた。樹雷皇阿主沙様の表情が消える・・・。
「なんと!」
阿主沙様の前にある空いた酒器に、とりあえず甁子からお酒を注ぎ、どうぞ、と置く。阿主沙様は、黙って船穂様と美砂樹様にその酒器からお酒を注いでいた。僕は、新しくお酒をもらってまた甁子に入れ、ちょっとちょっとと、水穂さん達を呼んで、一杯ずつ注いで飲んでもらった。
みんなが貼り付けていた、外来用の笑顔が砕け散った。船穂様と美砂樹様も落雷に遭ったような顔をしていた。
第1世代の樹に、長年共生していたコケである。莫大なエネルギーを取りだし、人間の作る有機高分子量子コンピューターなど、相手にならない緻密で高速な演算が出来る皇家の樹である。朱に交われば真っ赤っか・・・。そりゃ、数千年も一緒にいれば化け物ゴケになるよな・・・。そう思いながら、面白いので神木・内海・樹雷様と神木・瀬戸・樹雷様、竜木・言申・樹雷様夫妻にもお裾分けした。
ほほほ、と上品な微笑みをたたえていた瀬戸様が、とろりととろけたような表情になった。竜木・言申・樹雷様夫妻と内海様は時間が止まってしまっている。
「・・・驚いたな。」
ようやく樹雷皇阿主沙様が、絞り出すように声を出した。船穂様と美沙樹様が何とか再起動して頷いている。
「樹雷皇阿主沙様、これは献上いたします。」
何か自分にはもったいないような気がして、しかもたくさんご迷惑をおかけしているし、と思ってそう言った。え~~、何で何で?、見たいな顔をするお嫁さん達と、その後ろに内海様と瀬戸様だった。竜木家のお二人はまだ再起動していない。
「・・・多大なというか規格外というか、様々な言葉にならないご迷惑をおかけしていますので・・・。」
そう言うと、樹雷皇阿主沙様御自らが右手で僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
「ありがとう。今日は飲もうぞ!」
めでたく、阿主沙様は特製の甁子を手に取ってくれた。これもトップシークレットだろうな。まあ、ときどき第1世代の樹の間で、コケ退治するし、気が向いたら樹がまたくれるかも知れないし。そう思ったら、どこかから呵々大笑と言わんばかりの、あの第1世代の古樹の声が聞こえてきた。それにつられて他の樹も、世代が下の樹もみんな気持ちよく笑っている。その波動は、声は聞こえずとも、樹雷の民には伝播するのだろう。宴会の場にいるVIPの皆様も笑顔になっていた。肺を浄化するような気持ちの良い微風が巨大な宴会場を流れていく。