少年、彼の地にて斯く暮らしたり   作:長財布

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親の温もり

「エルベ藩王国の国王が何やってるんですか?」

 

俺の言葉にデュランは目を丸くした。

 

「自衛隊より先に気が付くとは・・・少年、やりおるな」

 

「俺、自衛隊の人よりもここでの暮らし長いんで」

 

この老人こそがエルベ藩王国の国王だ。俺がワカ村にいた時、リュウが贔屓にしていた魔道具の店がエルベ藩王国にあったのだ。

 

そこで見た国王の顔を俺は覚えていた。だってこんなおっかない顔してるんだもの。

 

「自衛隊の人達は言ってないんですか?」

 

「あぁ。アルヌスに門が開いてすぐの時、儂は自衛隊と戦った身じゃからのう・・・まぁその結果がこの様なんじゃが・・・」

 

そういってデュランは俺に義手を見せて笑う。機甲科の戦車砲やら特科の榴弾砲やら普通科の銃撃やらを受けて生き残ってんだからそれだけでも凄いことなのだが。

 

「まぁじきに儂の正体を明かす日が来るであろう、それまでは農民じゃ」

 

「いや、農民って言うには無理があると思いますけどね」

 

すると白衣を着た自衛隊員がデュランの所へやって来た。

 

「デュランさん!勝手に外出されては困ります!」

 

彼はまだ義肢のリハビリ中で出歩いたらいけないらしい。でも普通に歩き回ってるし全然元気だなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

アルヌスの街へ戻った頃には日はすっかり沈んでしまっていた。

 

「カイト、今までどこに行っていたのだ?」

 

通りにずぶ濡れのリュウが居た。

 

「リュウさん、こんなびしょ濡れで・・・何やってたんですか?」

 

「カトー老師に指導してもらっていたのだ。私はロンデルには殆ど行かない故。老師に見て貰える機会なんでそうそう無いからな」

 

なるほどな・・・

 

カトー老師、あんなジジイだが業界では有名な魔術師らしい。

 

「もう夕飯の時間だ。せっかくだから何か食べに行かないか?」

 

「そうですね、でも着替えてきてくださいよ」

 

一旦部屋へと戻りリュウが着替えるのを待った後、俺達は酒場に向かった。

 

「ハシダテにリュウの姉御、いらっしゃい!」

 

ヴォーリアバニーの給仕、デリラが出迎えてくれた。

 

席に案内されて食事を頼む、素材はこっちの物なのに味は日本風、なんでも元料亭料理人の古田二曹が監修したらしい。

 

「二人共、飲み物はビールで良いかい?」

 

「俺はジュースでお願いします」

 

こっちに来て初めてビールを飲んだ。こっちには飲酒に関する法律が無いから一応飲むことはできるのだが試しに飲んでいみると苦いだけで何が美味い美味いと言って皆が飲むのか理解できなかった。

 

「カトーさんに指導してもらってどうですか?」

 

「見逃しがちな細かい点まで指導してくれる。さすがは老師だ」

 

リュウは最近、魔術の研究を再開した。収入を得るためというのもあるだろうが自分よりも年下のレレイへの対抗心が大きいだろう。

 

酒場は正装の騎士やら非番の自衛隊員、商人などで賑わっていた。最も、自衛隊員は給仕のデリラを始めとする獣人を一目見ようと集まっているのだろうが。

 

リュウはビールを気に入ったらしく、気が付けばジョッキを何本も空けていた。それに頬を朱に染めて目も虚ろだ。大丈夫かよ・・・

 

「ワカ村に居たときは周りに魔導師なんて居なかったからマイペースに研究してきたがアルヌスに来てそうも言ってられなくなった。」

 

ジョッキを持ったまま涙を流しながら机に突っ伏すリュウ。この人、泣き上戸か・・・

 

「レレイ達が居るからですよね?」

 

「あぁ。彼女の魔法は素晴らしい、老師の教えもあったのだろうがあの年でここまでやる人が居るなんて思ってもみなかった」

 

やっぱりレレイのことは気にしてたんだな。いつもクールにしてて何考えてるのか表に出さない彼女だったが結構思い悩んでいたんだな・・・

 

「それで、研究は上手くいきそうなんですか?」

 

「効率化が課題だな。鉱物に術を記録することには成功したがもう少し術式を簡素化できる余地があると思う。それに鉱物の相性もまだ研究段階だ」

 

その後出された食事を平らげて俺達は帰路に就いた。

 

「なぁ、カイトよ」

 

「なんですか?」

 

「お前はどうしてニホンに帰らないのだ?」

 

夜道、ふと投げかけられたリュウの質問に俺は答えられないでいた。

 

「・・・」

 

「なにか言いたくない理由があるのか?」

 

「いえ、その・・・」

 

あまり人には言いたくない理由なのだ。だがリュウとの付き合いも長い、やはり言っておくべきだろう。

 

 

 

 

 

 

橋立帆斗 10歳

 

10歳の時、俺の父親が死んだ。自衛隊員だった父はあまり家にいなかったが休暇で帰って来たときは色々な所に遊びに行ったし、ハワイに旅行に行ったときは銃も撃った。米軍との合同軍事演習の際に知り合った米軍の人がガンコレクターだったのだ。

 

長い勤務を終えてもうすぐ実家に帰ってくる、そんな矢先の訃報だった。

 

高速道路を走行中、渋滞に嵌まり停車した所後ろから居眠り運転の大型トラックに追突されたのだという。

 

葬式の場で親族は俺に慰めの言葉を掛けてくれたが手を貸してくれる人は居なかった。

 

「お母さん、お腹空いた」

 

「・・・冷蔵庫にチャーハンがあるからレンジて解凍して食べなさい」

 

「肉じゃが食べたい」

 

「うるさいわね!あっち行きなさいよ!!」

 

甲高い声を上げて俺に酒瓶を投げる母。父が居なくなって母は壊れてしまった。毎日朝から晩までリビングのソファに寝転がって酒を煽るだけ、当時小学生の俺からでも間違いなく体に良くないことは分かった。

 

酒を取り上げようとしたこともあったが大暴れ、隣に住んでいた知り合いがすっ飛んでくる位発狂していたのだ。

 

俺は母がどうなってしまったのか、なにか良い対処法は無いかと様々な本をを読み始めた。しかし、結局母をどうすることはできなかった。

 

それから俺は暇さえあれば本を読むようになった。本を読み始めると時間はあっという間に過ぎるし何より現実を忘れられるから・・・

 

そして母の代わりにずっと自分で家事を行った。母と一言も言葉を交わさない無言の食卓、とても寒かった。

 

高校1年の頃、ずっと家にこもりっぱなしだった母が毎日外へ出かけるようになったのである。

 

胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は外へ出ていったっきり数日帰ってこなくなった。

 

理由を聞いても「関係ないでしょ」としか言わない。

 

ある日、学校をサボって自分の母を尾行した。母は知らない男性と会っていた。

 

カフェで暫く話した後そのままラブホテルへ、当然のことながら俺は入れなかったが中で二人が何をしているかは容易に想像がつく。

 

返ってきた母に問い詰めるとそのまま口論へと発展し、母は出て行った。

 

学校帰りに本を買って家で朝まで読む、暫くはそんな生活を繰り返していた。そんなある日・・・

 

「あれ、無い・・・」

 

金を下ろそうと銀行へ行くと預金の残高が殆どなくなってしまっていた。母が引き出したのである。

 

父の保険金はそこそこの額で受取人は俺、高校を卒業するまでは生活できるだけの蓄えはあった。

 

何度見返しても表示されている数字は変わらない。

 

「マジかよ・・・最悪だ・・・」

 

残っていた数千円を手に家へと向かう。俺は途方に暮れた。

 

何気なく寄った公園のベンチに座っていると俺はそこで意識を失った。

 

そして気がついたらワカ村に居たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺の話をリュウはただ黙って聞いていた。軽い気持ちで聞いてしまったことを後悔しているようにも見える。

 

「だから俺、日本に帰らないじゃなくて帰りたくないんですよ。日本に戻ってもなにも無いし、母親があんなだったから村に来た時、リュウさんが俺を匿ってくれた上に何かと気にかけてくれて・・・本当に嬉しかった」

 

「そうだったのか・・・嫌なことを思い出させてしまって済まなかったな」

 

「いえ、良いんです。もう気にしてませんし・・・」

 

「私にはそうは見えないんだが?」

 

「え?」

 

リュウは俺の頬に手を当てる。それで初めて自分が涙を流していたことに気付いた。

 

そのまま手を回して俺はリュウの胸に顔を埋めた。そして彼女も優しく俺を抱きしめてくれる。

 

「す・・・すいません・・・もう少しだけ、このまま・・・で・・・お願いします」

 

「あぁ・・・いいとも」

 

俺はリュウの胸で静かに泣いた。そして俺が落ち着くまで彼女はずっと抱きしめていてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが親の温かみなのだろう・・・


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