彼女の魅力はきっと、その隠し切れない神秘性だった。
とてもあやふやで、それでいて確かに存在しているその神秘は、僕を惹きつけるには十分に過ぎた。
天真爛漫を絵に描いたような彼女はその神秘を必死に隠しているけれど、隠そうとしている時点でもうだめなのだ。
そしてなにより、そういった努力こそが、その神秘を引き立てていた。
彼女に出会ったのは今の大学に入ってすぐの事だった。
特に可もなく不可もない、全国探せばどこにでもあるような、本当に普通の大学だ。普通すぎて逆に珍しいのか、通う学生は多い。
僕もその「普通」を良しとして入学した、これまた普通な学生だ。夜の校舎窓ガラス割って回るような時期もあったけれど、それも普通のコトだ。
そんな普通な僕なので、普通にサークルに入ろうと思い、いくつか目星をつけて見学して回っていた。
中学では卓球をやっていたが、高校に入ってからはバイトばかりで部活はしていなかった。卓球以外、別段なにかの経験があるわけではないので、しなびた卓球サークル以外は全部純粋な興味でチョイスした。
なんとなく憧れた軽音サークルは魔窟だった。修羅のようなドラマーが般若のようなベーシストと一緒に、いわゆる「オタサーの姫」にこっぴどく叱られながら演奏していた。しゅん、となった修羅と般若は異様である。
ゴルフサークルがあったのには驚いたので顔を出したが、こちらは本気と書いてマジと読む人々が集まる、やはり魔窟だった。皆同じようなポロシャツに同じようなチノパン、同じようなサンバイザーを付けて、言葉もかわさず球を転がしていた。違うは色ぐらいなものであったが、サークルの特色として「身に付ける物の全ては暖色系とする」という決まりがあるらしく、結局色も似たり寄ったりであった。
ありきたりなテニスサークルは一見やはりありきたりであり、ホッとした。だがその実態は魔窟であった。赤い糸がそこいらでくんずほぐれつを繰り返し、出来上がった毛玉がサークルを圧迫しているようなありさま。有り体に言えば出会い系というか、身も蓋もない言い方をすればヤリサーである。テニスはあくまで世間体、本音は君に解き放つ。そんなサークルだった。
ここまで自分に物事を観る目が無いのかと途方に暮れていたが、これこそが大学の持つ奥深さなのかもしれないとも思い、やはり途方に暮れていた。今のところ入りたいと思えるサークルは皆無である。
自分が普通だと思ったところがことごとく魔窟であったので、いっそ魔窟らしさ満点のサークルこそが普通なのではないか、と考え、掲示板とにらめっこを繰り返した結果、自分が感じられる中で一番「魔窟」らしいサークルを選んだ。
それが、オカルトサークル「呪われ屋」である。
もはやサークルの名前だけで説明は不要だろう。この溢れでる「魔窟感」は他のサークルの比ではなかった。
オカルトサークル、というだけで十分魔窟である。たいていオカルトサークルなんてものはオカルトをいいことに結局赤い糸を結んだり解いたりするだけのものだ。そして本気でオカルトをやっているのなら、むしろそっちの方が相当ヤバイ。ふざけてやってもマジメにやっても魔窟である。
それを踏まえての「呪われ屋」である。きっと本気でオカルトをやっている方のサークルだ。でなければ「呪われ」なんて言葉は使わない。中二病をこじらせた女学生あたりが集まってなんだかごにょごにょやっている風景が目に浮かぶ。「こんな私は呪われるくらいがちょうどいい」とかそんなところだろう。実際に呪われるわけではないだろう(でなければ即刻潰される)が、これぞまさに求めていた魔窟だ。
もはや当初の「魔窟の殻を被った普通」を見つけるのではなく「魔窟観光一人旅」になってきているが、これはこれで面白そうだ。ヤバそうなら逃げればいい。部室があるのは端っことは言え事務室と同じ建物内だ。人通りもそこそこあるので安心である。
今までの予想を超えるであろう魔窟ぶりを思い描き、ひとしきり武者震いをしたあと、僕は事務室で見学の申し込みをした。
果たして、それは魔窟であった。
なるほど確かに「呪われ屋」である。高校の文化祭の出し物で使いそうなおどろおどろしい看板が入り口の上にでん、と設置されており、ドアにはシールのお札がぺたぺたと貼ってあった。今は昼なので滑稽だが、夜中に来るとちょっと怖いかもしれない。
それなりに広い部室の中も和人形やら藁人形やら、呪いアイテムが山と積まれており、こんなにあると逆に怖くないな、と鼻で笑った。サークルのメンバーらしき女性数人は皆揃って髪が長く、お決まりのように手首には包帯が巻かれ、びっしりと隈が出来ていた。
僕が驚いたのはその普通な異様さではなく、異様な普通さだった。
髪の長い女性たちが、苦々しげな目で髪の短い一人の女性を睨んでいた。
ちょっと明るい黒髪のショートヘアー、小麦色の暖かそうなパーカー、ぴったりとしたジーンズ、控えめなメイク。至って普通の女子大生である。
その女性は部員の視線もなんのその、そこら中に転がるオカルトグッズを大事そうにつまみ上げ、荒々しく投げ捨てていた。
「こんなところにいたら、そりゃあ呪われたような気にもなりますよ」
などと言いながら。
僕の見学の申し込みは事務室から渡っているはずであるが、サークルのメンバーはその普通な女性に意識を向けている。入ってきた僕には気づいていないらしい。オカルトグッズをつまんでは投げるその手が止まりそうにないのを確認し、「あのう」と、声をかけてみた。
途端、幽霊でも見たかのような反応でこちらを見る髪の長い女性数人。そのうちのひとりが
「あ、見学の」
と察してくれた。そうです、と返し、その普通な反応に笑ってしまいそうになった。
「ねえ、さっき話した次の見学の子、来ちゃったからもう帰ってよ。入らないんでしょ、うちには」
僕に反応したのとは別の女性が、ちぎっては投げを繰り返すいたずら娘に話しかける。
「あれ、もうそんな時間ですか。ううん、いいの無いなあ」
短く揃えた黒髪のてっぺんをぽりぽりと掻くザ・普通。よく見ると黒髪というより茶髪かな、なんて思っていると、唐突に、ぱりっとした仕草でこちらに振り向いた。
「あなた、ここに入るの?」
急な質問だった。
「え、いや、どうだろう」
部員のいる手前、正直に「魔窟を見に来た」とは言えず、お茶を濁す。
「ふうん」
と言い、ずい、とこちらに顔を寄せる。じろりと僕の顔を眺めたあと、そこそこに整った顔を歪めながら、
「じゃあ、ちょっと来て」
と僕の腕を取り歩き始めた。
「まだ見学が」
「もう十分でしょ。あれ以外何もないよ、ここ」
オカルトグッズを指差す。確かにそうだろう。この部屋に篭った異質さは、言ってしまえばただ異質なだけだ。ステレオタイプな呪いアイテムは呪わせてくれと言わんばかりで、一目見ただけで飽きてしまった。
それよりも。
「きみ、ここにいるのはもったいないと思うよ」
彼女の事のほうがよっぽど、僕の興味を引いた。
「それで、なに?」
なし崩しにテラスへ連れて行かれ、向き合ってテーブルに着いた。
「あ、ううん、別に大したことはないんだ」
缶コーヒーをぱきんと開けながら、彼女がさらりと言った。僕の胸にあった淡い期待が流れていくのが感じられた。
「ただ、ね」
こくんと一口飲んだあと、そろそろと喋り始めた。
「あなた、呪う側じゃないの?」
「ごめん、意味がわからない」
そう返すと、ぽかんとした顔で、
「なあんだ」
と返された。呪う側、なんて物騒なことを言っておいてあんまりである。
「ひどいな、名前も知らないのに」
溜息を吐きながら僕も自分の缶コーヒーを開けた。まだ春先なので肌寒く、ホットコーヒーでちょうどいい。
「名前?」
僕に興味をなくしたのか、がぶがぶとコーヒーを飲み下しながら彼女が言った。
「うん。会ったこと無いから、学科は違うのかな。僕は情報のほうなんだけど」
僕と同じ新入生であるということは、先ほどの「呪われ屋」で察していた。
「へえ、わたしは心理学。ところで、何回生?」
「あれ、知らずに連れてきたんだ……」
勇敢というか、なんというか。僕が三回生あたりだったらどうしてたんだろう。大学っていうのは高校までみたいな縦社会とは違うのか。
「一回生だよ。そっちもだろう」
「うん。よくわかったね」
「まあ、さっきのをみてればね」
一口、二口とコーヒーを飲む。さっきのサークルの部員達は嵐のような僕達をあっけにとられたように眺めるだけで、ひきとめようとはしなかった。
ふと、気になったのて尋ねてみた。
「なんであんなことをしてたの?」
「え?あんなことって?」
「オカルトグッズ。ぽいぽい投げてたじゃないか」
「投げてたわけじゃないよ、拾って、見て、置いてたの」
そのわりにはダイナミックだった。
「ああいうの、好きなんだ」
何とはなしに尋ねると、彼女は顔を曇らせた。
「好きっていうかね、気になるの」
「それ、好きなのとどう違うんだ」
そう聞くと、彼女はぶんぶんと首を振った。
「ぜんぜん違うよ。シュミで集めてるわけじゃないもん」
うん?と違和感に首をかしげる。
趣味でないなら、なんなのか。それではまるで――。
「あっ、今のナシ。忘れてっ」
慌てて取り繕っている。
「……」
「名前、名前教えるから」
どうやらそれだけでさっきのセリフを忘れさせるつもりらしい。
「……まあ、いいけど」
淡い期待が胸に戻る。彼女は取り立てて美人というわけでは無かったが、なぜかとても惹かれるのだ。
どうやら僕は、この子に一目惚れしているらしい。
「
ちょっと異様で、だけどとても普通な彼女の名前は、やはり普通なものだった。
僕に恋人がいたことは無かった。
別に理由があったわけではない。単純にできなかっただけだ。
好きな女の子に言い寄ったこともなかったので、ひかりに対してもどう接すればいいのかわからなかった。
なので。
「僕と付き合ってくれないか」
一回生の夏、一発勝負に出ることにした。
「わたしと?」
ぽかん、と、いつかのように僕を見るひかり。
「うん」
真剣に、こくりと頷く。
「そっか、そうなんだ。ぜんぜん気づかなかった」
そう言って、彼女は口元を緩めた。
「うん、いいよ」
彼女は笑顔で快諾した。
こうして僕に初めての恋人ができた。
「じゃあね、ひとつ、わたしの秘密を教えてあげるね」
大事そうに、ひっそりと言葉を運ぶ。
「わたしはね、魔法使いなの」